複雑・ファジー小説

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【10/27更新】縁結びの神様の破局相談
日時: 2014/10/27 21:06
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: KFRilj6O)

四か月ぶりに更新するとは……。

just before:まだなし
now:縁結びの神様の破局相談
next:ギャンブルの神様の進路相談



おはようございます、こんにちは、こんばんは。
そろそろ寝ないといけませんよ。
なぜそんな時間まで起きてるんですか?
そんな朝早くから健康的ですね。
とまあ一通りの挨拶を述べた所で狒牙です。はじめまして。知らない人しかいないでしょう。

神様の相談っていうタイトルなんですがこの作品短編集みたいな形になります。
一つ目終わって二つ目に移行するとおそらくスレのタイトルごと変わります。
時間効率は度外視して自分に出来る限り文章に力入れたいと思いますが、多分それでも大したことないです。
一回当たりの更新量は日に日に減っていくかもしれませんがどうぞよろしくお願いします。

その一 縁結びの神様の破局相談
>>1>>2>>3>>4>>5>>6>>7>>8
その二 ギャンブルの神様の進路相談

その三 努力の神様の博打相談

その四 時の神様の救済相談

その五 長寿の神様の安楽死相談

その六 続、ギャンブルの神様の進路相談


*神社リスト(各編序章の導入部)



 赤糸(あかし)神社という神社は、穏やかな街に居座っている。都市からほどよく離れた住宅街のすぐ近く、ほんの少し気が生い茂るような一角がある。その木々に囲まれている中に、南を向いて鳥居が立っているのがその入口だ。真っ赤な鳥居をくぐりぬけると、広葉樹によって作られた日影が快い参道となる。
 ささやかな神社なので、それほど参道も長くない上に本堂も小さなものだ。小さな子どもたちは昼間に、涼しげな日陰や光の降り注ぐ本堂付近を行ったり来たりしてはしゃぎまわる。そんな様子を目にして、神主がそっと柔和な笑みを浮かべる。そういう、穏やかで平和な神社である。
 だが、この神社にはとある伝承があった。運命によって恋人と結ばれるのは赤い糸、その名前を冠するこの神社には、縁結びの神様が眠っていると————。


____
足跡

4/20 スレッド作成。および縁結びの〜執筆開始。

Re: 【5/3更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.5 )
日時: 2014/05/10 09:00
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 7A24XzKU)

 恵子さんの笑顔と、俺たちの最初の接触を見届けると、神様はチリンチリンとまた鈴の音を響かせた。その瞬間、もう一度早送りが始まる。これじゃあまだ分かりませんねえ、そう呟いて首をかしげている。
 俺の卒業式の翌日に向かってみなよ。悩む彼女に俺はそう告げた。正直、俺としてはもうあの日の事は思い出したくはないのだけれど。
 時間が流れ、場所も変わり、歳月は映る。舞台は、真っ暗やみの中の住宅街。家一軒一軒の隙間も小さく、かなり密集してしまっている。こんな所だからあんな事件が起きたのだけれど。
 確か事件が起きたのは、午前二時すぎ。草木も眠る、丑三つ時というやつだ。道を歩く人も中々いなくて、寝静まったコンクリートの巣窟は、誰も何も言わないから静まりかえっていた。等間隔に並べられた街灯が優しくその場を包み込んでいる。

「そういえば、どうしてあなたはそんなにも社長や恵子さんに恩義を感じているのですか?」

 唐突に、神様は不思議そうな表情で尋ねてきた。自分の気持ちを押し殺してまで、好きな人と結ばれるチャンスを放棄する理由は並々ならないものだと思っているのだろう。きっと、今までこの神様は全てを捨ててまで恋愛を成就させたい人の願いだって叶えたはずだ。だからこそ、破局を願う俺が異端者のように映っているのだろう。
 この風景を見ていたら分かるよ。俺はそう言って口をつぐんだ。自分が経験してきた人生の中で、もっとも辛い時間が今から始まるからだ。全てを失って、新しい居場所を手に入れたあの時、俺は多分この時を一生忘れることはないだろう。


「多分、恵子さんがいなかったら俺は野たれ死んでたよ」

 そんな強烈な言葉を耳にして、神様は目を丸くした。神様なのに、ところどころ外見通り幼いしぐさになるのが、何だか可笑しかった。今なら、この日の事ももっと楽観的に見れるかもしれない。
 夜の夕闇を、ゆっくりめの早送りを続けていくと、たちまち異変が暗闇の中で起こった。いや、熾ったと言うべきだろうか。
 さきほどまで静まり返ってきた町の中で、不意に真っ赤な粒がぷっくりと生まれた。我が家の隣の家から火が出たのだ。煙草の消し忘れか何かだったと思う。それの火を充分に消さないままにゴミ箱に入れて、不注意にもその家の主が眠ってしまったのが火種だった。
 話によると、この日その主人は友人たちと呑みに行っていたようで、泥酔して帰ったらしい。そのため、そんな所にまで気が回らなかったのだろうと言うのが消防隊の見解だ。だが、真相はもう誰にも分からない。元凶となる人物もまとめて、灰の中に消えてしまったのだから。
 三倍速くらいで再生しているため、すぐさまその日は大きくなった。屑籠の中には紙ごみがいっぱいで、煙草の火はそちらに燃え移り、さらにそこから絨毯へ、家じゅうに広がった時には、もう手遅れだったらしい。一回で炎は燻ぶり続けて、庭の方へと広がる。二階には火が行かなかったが、そのせいで二階で眠っていた人は気付かなかった。そして、妻や子供たちは一酸化炭素中毒で亡くなっているのが発見された。
 悲しい事件はそれだけにとどまらない。庭に燃え広がったその炎は、ブロック塀を乗り越えて、隣の家へと燃え広がる。そう、俺の家だった場所にだ。

「えっ、ちょっとこれ……」

 ようやく、何が起こるのか分かったのだろう。隣の神様は息をのんだ。さっきまで明るく笑っていたのが一転、何を伝えれば良いのか分からないと言わんばかりに動揺している。

「あなたは、大丈夫だったんですか?」

 なんとかね。力ない声で俺はそう答えた。
 この日俺は卒業した記念に、友達の家に泊まりがけで遊びに行っていた。そのため、消防隊が全部を終わらせた後に、ようやく何が起こったのかを電話で伝えられたのだ。
 家が全焼した。その知らせを聞いた俺は、はやる思いと荒れ狂う心臓を意識しないためにも、全力で自宅へと走った。家はもうどこにもなくて、灰にまみれた土地だけがそこにぽつりと残っていた。父さんや母さんは一体どこに行ったのか。その答えは簡単で、体はすぐ近くにあったけれど、中身の方は違う世界に行ってしまっていた。
 火事で、住む所も家族も失い、俺の人生はそこで一度死んでしまったのだ。

「よく立ち直れましたね……」

 何が適切な返答か分からない神様は、無理やり押し出すようにそう声をかけてくれた。新しい家族ができたから。極力、明るい声を作ろうとしたけれど、ちょっと涙ぐんでしまっていた。
 目の前では、膝を地につけて涙をぼろぼろと流している当時の自分がまばたきも忘れてじっとしていたのだから。何が起こったのか分かっていても認めたくなくて、大事なもの全部が燃え尽きてしまったショックに、自分の魂までも殺されてしまったような気がして。

「次の日に、社長に拾われたんだ」

 飼い主は恵子さんなんだけれど。これまでの暗い雰囲気を覆すため、冗談めかしてみたけれど、神様はやっぱり神様で、そういうのも見抜いている。思慮深い目でこちらを見つめて、ここはその明るさに同調しておいた方が俺のためだと思ったのか「犬じゃないんですから」と顔をほころばせた。

Re: 【5/10更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.6 )
日時: 2014/05/13 12:17
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: yVTfy7yq)


 そこからは、もう鈴の音を鳴らすような事もなく、それからの経緯を神様に伝えた。次の日、何をすれば良いのか分からず、意識はあるはずなのに何も考えていないような俺に、友達が何人も励ましに来てくれた。野次馬根性丸出しの奴もいたけれど、そういう奴はやってきてすぐに態度を改めた。そんなふざけた事はできやしないと、俺の顔色から察したのだろう。
 元気出せよ、そんな風に皆が言ってくれたことは覚えている。ただ、そう言われれば言われるほど、我が身の上に不幸が訪れた事が肯定されていくようで、何だかやりきれなかった。
 悪い夢を見ていると信じたかったのに、友達の思いやりがその唯一の逃げ道もボロボロにしていた。優しさは、気づかないうちに刃になっていたと、その切っ先を突きつけられた俺だけが知っていた。
 夕日は西の空に沈みはじめ、空が炎のような深紅に染まると、何だか前日の炎を思い出して吐き気がしたのはよく覚えている。けれど、いくら吐き気がしても、胃のなかには何もないから吐き出すこともできなかった。
 やりきれなさも、悲しさも吐き出せずに体の中にどんどん溜まっていって、今にも体と心が破裂しそうだった。
 そんな時に、その日最後の来訪者があったのだ。恵子さんと四十半ばの男性の二人組。当時は若き専務だったのだが、後に社長となる恵子さんの父親だった。

「この子が、例の?」

 今よりも若き日の社長は、いやつまりは当時の専務は、俺を手で指し示して恵子さんにそう尋ねた。そうだよと恵子さんは答えたけれど、当時の俺にとっては二人が何の話をしようとしているのかさっぱり分からないし、考えようともしていなかった。
 そんな風に落ち込んでいた上に、労るような言葉はもういっぱいいっぱいになってしまっていたため、その後の手厳しい恵子さんの言葉は深く俺の心を抉ったけれど、とても胸に響いた。

「伸二君ってさー、今行くあてないよね?」
「おい。少しは言葉を選びなさい」

 そんな感じで、いきなりずけずけと行くあてがないと断言してきた恵子さんに、俺は目を見開いていた。これまで、心配してやってきた友達は皆自分を腫れ物のように扱っていたのに、彼女だけは違っていた。そんな言葉だけじゃ何の助けにもならない。そう思って恵子さんは、端的に当時の状況を突き付けた。
 咄嗟に父親がたしなめるも、彼女は自分なりの考えを持って行動しているため、止まらない。むしろ、自分から止めようとしてくる親を制したくらいだ。

「ところで、何で私まで連れてきたんだ?」

 どうやら、専務の言葉遣いから察するに事情を説明されずに恵子さんに連れてこられたようだ。娘は確かに友人のようだが、なぜ自分が見ず知らずの少年のもとへ連れてこられたのか、分かっていないようであった。無理矢理恵子さんに連れてこられたようで、状況が掴みきれていない。

「お父さん、この前お爺ちゃんからそろそろ世代交代って言われてたよね?」
「ああ。さすがにあの人ももう歳だからな。早めに一線から退こうとしているみたいだ」

 正直、この時二人がどんな会話をしていたのかは俺はよく覚えていない。後に、あの時どのような経緯で社長に雇われたのかをもう一度社長に聞いてみた。その時にこの顛末を教えてもらったのだ。あの時は、そんな事など何一つ耳に入っていなかったのだから。恵子さんに告げられた、家族の死を受け入れようと、それだけで精一杯だったから。
 その時に、俺の知らない所で話が進んでいたらしい。自分にとっては、ついさっきまで呆然とお通夜の準備を見ていたはずなのに、気付いた時には専務の車に乗っていてひどく驚いた。驚いたといっても、それを表現するほどのバイタリティーは無かったから外から見たら変わらないのだろうけど。
 お通夜は、お爺ちゃんお婆ちゃんが準備してくれていたので、どのみち俺がいなくても、いない方がスムーズに進んだようだ。
 そして、恵子さん親子の会話はというと、このようなものだったらしい。

「秘書がもう一人欲しいって言ってたよね。伸二くんを雇わない? 住み込みで」
「いきなり何を馬鹿なことを言っているんだ、無理に決まっているだろう」
「良いじゃない。伸二君、大学落ちたけど一応東大文系志望だし頭良いよ。手先も器用だし、要領も良いからすぐに戦力になるって」
「いや、即戦力を雇う方が早いだろう」
「固いこと言わない言わない。数少ない高校での友達なんだよ。私と一番仲良くしてくれたんだよ。恩返ししたいんだ」
「だから、お前の一存で決めることじゃ……」
「何なら私の使用人でも良いよ。由紀さん今度結婚するからやめちゃうじゃん。家事はできるみたいだから後釜だって」

 昔から親バカの気のあった社長なので、じわりじわりと恵子さんに押しきられた様子がありありと想像できた。恵子さんには兄が二人いるが、女の子は彼女が初めてだったのもあってかなり甘い父親なのだ。
 それに、高校で友達の少なかった恵子さんと、唯一親しくしていたのが俺だった。単純に俺は知らなかっただけなのだが、他の皆は恵子さんが大きな企業の息女だと知っていて、知らず知らずのうちに距離を置いていたらしい。
 そのため、同性のクラスメイトを差し置いて、彼女の仲では俺が最も仲のよい人物だったらしい。しかも、今日の告白を聞く限り、いつの間にか好意にも変わっていたようだ。

「という訳でだ。今度から君にはうちで働いてもらう。勉強がしたいならその合間になるが構わないかね?」

 結局、俺の知らない所で社長は恵子さんに言いくるめられて俺が働くことを認可。身の周りが落ち着いたら労働が始まることになった。俺としては異論はなかったけれど、お爺ちゃんお婆ちゃんは猛反対した。
 しかし、もう年金生活の始まった二人にも金銭の援助は頼めないので、きちんと勉強して大学に通うことを条件として二人を納得させた。ただし、東大に行くのはもう色々と無理そうだったので、恵子さんと同じ所へ通うことにした。四年制の大学に通いながら、一応学校での彼女の面倒を見る。そんな四年間だった。
 恋愛が始まればほとんど彼氏に任せれば良いだろうと思っていたけれど、そんな事を考えていると胸の奥がチクチクした。思えば、いつの間にか自分も惹かれてしまっていたようだ。しかし、言い寄ってくる男は数あれど、一度たりとも彼女が交際をするような事はなかった。
 二十三で大学を出ると、社長の第二秘書へと昇格した。社長から信用されていると分かり、今まで以上に奮闘すると、働きぶりがいいことと、第一秘書が定年退職することが重なり、ついには第一秘書になった。
 卒業して四年、今は二十七歳。長い間恵子さんのお付き、社長の秘書として過ごしてきたが、こんな事になるなんて思ってもみなかったし、今でもあまり飲み込めていない。
 どうすれば良いのかは、決めきれない。だから、神様にすがる事にしたのだ。全てを確認し終えて、事情を把握できた神様は難しい顔をしていた。もしかしたら彼女の管轄外の仕事なのだろうか。
 ただ、その時はその時で、別にそれでも構わないと思っている自分に、気づいていながら俺は目を瞑っていたーーーー。

Re: 【5/13更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.7 )
日時: 2014/06/02 10:09
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EP9rvI.Z)


「もう一度言います」

 知るべき事は全て見届けた彼女は、半透明の鈴を袂に入れる。それに同調して、目の前に広がっていた懐かしい光景も全て消えていく。泡沫が、弾けるようにあまりに一瞬の儚い終わり方だった。
 光輝く桜の花弁の舞い散る境内の風景が戻ってくる。時間が止まったかのような世界は、まだまだ幻想的なままだ。だが、神様の表情は険しいもので、申し訳なさそうに頭を下げる。
 やはり自分にはできないと、彼女は言う。

「私の神威は縁を繋ぐことです。切ることではないんです」

 神威とは、神が自分の神通力を用いて願いを叶える行いとその力の効果だと補足する。人々の欲求、希望……時には欲望を糧としてその神威は効力を発揮する。神頼みが天に通ずる際には、その神が欲するような強い想いを献上することによって、願いが叶う。
 そして、神によってどのような神威を持つかは異なっており、自分にできる以上のことはできない。この場合だと、彼女誰かと誰かを両想いにはできるけれど、その二人を別れさせるのはできないという訳だ。
 ただし、方法が全く無い訳ではない。心苦しそうに、俺の顔を見つめながら彼女はそう呟いた。本当にあなたが願うのならば、一つだけ方法があるのだと彼女は提案する。なんだ、できるんじゃないかと、陰陽の感情を織り混ぜた複雑な声音を彼女にぶつけた。

「簡単な話です。お見合いする相手と恵子さんの縁を結べば解決です」

 今ある縁を切ることはできない。だが、新しい縁を繋ぐことができる。本当に相手が素晴らしい人物ならば恵子さんとの仲を取り持ち、赤い糸を強制的に結びつけるのは不可能ではないと。
 ただし、今ある好意をねじ曲げて、新たな関係に繋げる以上、普通よりも遥かに難しいのだと縁結びの神様は言う。

「私は何度かこれをした事があります」

 しかし、成功率はある事情からとても低くなるのです。厳しい口調で彼女は俺と目を合わせた。本当に覚悟があるのかと、問いかけてくるような視線だ。時おり見せる気弱な様子や、幼い女の子のような見た目から忘れがちだが、彼女も立派に神様なのだとその視線から感じられた。人を試すような力強い目線。
 元から俺は藁にもすがるような想いでここにやってきたのだ。どの程度困難なのかは分からないが、少しでも可能性があるならそれに賭けるしかない。二つ返事で頷いて彼女の目を見返す。退く様子がないと察してくれたのだろうか、彼女は頷いた。
 それならば仕方がないと、彼女は胸元から新しい鈴を取り出した。今度の鈴は、目が覚めるような鮮烈な赤色をしていた。赤くて細い糸が何本も伸びている。

「今から鈴の音が響きます。響いているうちに、願いを口にしてください」

 そう告げてから、彼女は手をゆっくりとふった。鈴の音が閉鎖した時の中で反響し、重なりあって響き渡る。リーンリーンと広がる鈴の音に、一瞬俺は意識を奪われていた。しかし、それどころではないのだとすぐに我に帰る。
 両手を合わせて願い事を唱える。

「恵子さんが、お見合いの相手と結ばれますように」

 相手の人のよさと、グループの影響力は既に知っている。これ以上なく良い条件であるし、結んだ後の心配はない。問題は結ばれるかどうかなのだ。二人が仲良さそうに手を繋いでいるような所を、想像しようと必死になる。
 お世話になった人達に、自分の我が儘で迷惑はかけられない。だから、恵子さんの中にある迷いは断ち切らなければならない。
 反響していた鈴の奏でる音色は、俺が願いを口にすると共にその場に染み入るように小さくなっていった。いや、正確には俺の中に入ってきた。なぜだかは分からないが、そんな感覚は確かにあった。耳からじゃなくてからだ全体から、暖かいけれど形のない何かが、じんわりと浸入してくるのを。お風呂に使っていたら、その温度が体内に伝播していくように。

「これで、一段落です」

 もしも、後日私に訪ねたいことがあれば、この神社に再びいらしてくださいとの事だ。明日のお見合いに秘書として付き添うのだからもう今日はさっさと帰った方が良いと。
 ここをまた訪れる際には、私の名前を呼んでください。そう言って、彼女は初めてその名を名乗った。

「縁結び、から一文字を取りだし、えにしと呼ばれております」

 それではまたの日にお会いしましょう。俺の返事を待たずに、彼女は白衣を翻した。はらはらと、真っ白な衣がくるりと舞い上がる。赤い袴も風にはためき、揺れている。舞い散る花弁が、一斉に天に向かって跳ねあがった。強い風が花びらを天高く飛ばし、辺りを覆い尽くす。そして、その光が消えた頃にはもう既に縁の姿はそこになかった。
 まるで、夢のような出来事だった。もしかしたら、本当に気持ちの良い夢を見ていたのかもしれない。それぐらいに現実離れした不思議な体験だった。もしも今のが本当に起こったことじゃなかったらどうしよう。そう考えたけれど、そんな事はないと俺は勝手に確信する。
 この胸の中の温もりは、さっきの赤い鈴の音色の名残に間違いない。それに、あれほど喋っていたのに時計の針は一分と進んでいなかったのだから。

Re: 【6/1更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.8 )
日時: 2014/10/27 21:05
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: KFRilj6O)


「すいません、ただいま戻りました」

 明るい屋敷の玄関をくぐり、奥に聞こえるようはっきりと俺は声を出した。使用人である同僚がただいまと声をかけてくれる。恵子さんではなく、社長に仕えている人だ。どうやらまだ社長は帰っていないらしく、ドアの音を聞きつけてやって来たらしい。
 自分で申し訳ないと冗談交じりに声をかけたが、彼は神妙な顔つきになって黙り込んでしまった。その表情が一体何を意図しているのか俺にはとうてい分からない。社長の体調でも悪かったのだろうか。じっとりとした嫌な汗が背中から噴き出す。

「なあ、良いのか本当に?」
「ん、どうかしたんですか?」

 昔からこの家に努めているベテランの執事さんである。普段は温厚なのだが、今日の声音は普段と違っていた。険のある、という程ではないがどことなく機嫌が悪そうだ。
 とぼけるでもなく、本当に彼の言う事が理解できていなかった俺により一層顔をしかめた彼は、大きなため息を吐いた。その目線はどうやら二階の恵子さんの部屋に向いているようだ。
 これでようやく、白髪交じりの男性が頭を抱えている理由が分かった。

「良いも悪いも、仕方ないじゃないですか」

 恵子さんから、ずっと好きだったとは告白を受けた。それを聞いて喜んだ自分がいて、自分も彼女の事を悪しからず思っているのだと分かった。それは単純に、拾ってくれた恩義とかではなくて、一人の人間————異性として。
 だが、ただ自分が彼女と結ばれたいからと言って、この大事な縁談を破談にするわけにはいかなかった。社長に拾われなければ今俺はこうやって働いていない。もしかしたら死んでいたかもしれないし、生きているか死んでいるか分からないような暮らしになっていたかもしれない。
 社長には、一生をかけてようやく返済できる恩を受けた。ここで我儘を言って困らせるわけにはいかない。この婚約が成立しなければ天道家のグループは赤字の波に呑まれてしまうだろう。

「……お前が今ここにいるのはお嬢様のおかげでもある事を忘れるなよ」

 あの日、反対する社長を必死に抑え込んで説得したのが恵子さんである。今こうやって雇ってくれているのは確かに社長なのだが、その社長に無理やり俺を雇うように仕向けたのが恵子さん。だから彼女にも返さなければならない恩があるのだと彼は言いたいのだろう。
 きっとこの人は怒っている訳じゃない。むしろ悲しんでいる。その理由は俺にだってよく分かる。今までずっと社長令嬢として外でも丁寧に扱われてきた恵子さんに、ようやく好きな人が出来た。俺自身、あまり自分には自信が無いけれど、少なくともここの人たちからは認められているとは思う。
 願わくば、その二人がくっついて欲しい。要約すると彼らは皆そう思っているのだろう。社長にしたってそうだ。恵子さんの縁談が決まったあの知らせの時、ずっと俺に申し訳なさそうな目をしていた。
 一体どうして皆して俺にそんな目を向けるのか、全く分からない。恵子さんに対してそういう念を覚えるのは真っ当な反応だと思うけれど、俺に対してはきっと間違っている。だって彼女と違って、俺は一度も好きだと言った事が無い。思ってはいけないと感じていただけではなく、拾ってもらった日からずっと、雇い主だとしか見えなくてならなかったからだ。

「彼女と結ばれて、幸せにしてやるというのも、恩を返すことに繋がると思うのは私だけか?」

 政略結婚なんてどこの娘も望まない。望んでいるのは親だけだ。今回に至っては親すらも望んでいない。状況的に仕方なく、そういうものだ。だから多少の駄々は認められる。そう言いたいんだろう。でも、俺には何もできない。

「それ、本当に恩返しなんですか?」

 ふと、口からこぼれ出た。色んな想いが頭の中で絡まって、自分がそれに絡め取られてしまっていた。ありがたいほどのお節介に対する感謝と苛立ち、恵子さんの行動への不安感、二人への恩義————何もできない自分への怒り。

「分かってますよね? 先方の方が恵子さんを気に入っているって。いや、恵子さんの出自である天道家を、ですか。向こうも一流企業の御曹司、きっとお互いにいい所同士で結納を行いたいんでしょう」

 お金があれば幸せだとは限らない。世の中皆そう言う。だけど、そういう人だって結局はお金のある生活を望む。だってそうだろう、お金があるから幸せだというのは確かに間違っている、けれど、幸せというのはある程度の裕福さの上にだけ立つものだ。

「由里さんの言っている通りにして、そのままこちらが倒産してしまったらどうするんですか。僕らが結ばれて、でも家は潰れました。今まで送ってきた暮らしとは離れて一からやり直しです。そんなの……言っちゃ悪いですけど恵子さんにはできません。僕が教えるまで切符だって買えなかったんですよ」

 恵子さんを幸せにしてやるというならば、裕福でいてなおかつ彼女が愛せるような人と結ぶことしか考えられない。幸い向こうの御曹司は人が良い青年だと聞く。親が多少ブランド志向でもきっと恵子さんは無事にやっていけるだろう。
 だから、まだ顔も知らぬ彼と結ばれるように神様に願ったんだ。もし恵子さんが相手の事を好きになれば、それでちゃんと彼女は幸せだと言える。豊かな暮らしを、愛する人と共に送れる。俺も恩返しができて立派な大団円だ。

「そりゃ俺だって……!」

 声を荒げようとしたその時、ガタリと上の方でドアが動いた。その音に驚いて俺はふと言葉を止める。スリッパがフローリングに叩きつけられるパタパタという音を響かせて、恵子さんが下りてきた。明日は早いからだろうか、もう寝る支度は整っている。
 睨みつけられている気がしたので、俺は彼女から目を逸らした。由里さんに向き直り、取り乱してしまった事に関して頭を下げる。だが、彼はそれでも怒りは顔に出さず、余計に辛そうな表情をしていた。

「由里さーん、旦那さまからお電話ですー」

 奥の方から他の使用人がベテラン執事の名を呼んだ。社長からの電話だと聞くと話も途中だが切り上げざるを得ない。慌てて踵を返して電話のある広間の方へと駆けて行った。
 そうやって去っていった彼の背中を追って自分の部屋へと俺が戻ろうとした時、足音が二階から下りてきた。一段一段ゆっくりと。だが、俺はそれにあえて気が付かないようなふりをして逃げようと試みる。しかし、それがすぐにばれてしまい、結局は呼びとめられてしまった。

「逃げないで」

 鋭い声だった。けれど、ちっとも冷たくなかった。むしろとても感情的で、今にも燃え上がりそうなほどに熱いような、そんな声音。流石にこれを無視してしまうのは無理だと思い、足を止める。振り返ると仏頂面の恵子さんが立っていた。

「ただいま帰りました」
「……それで、『俺だって』どうしたいの?」

 どうやら由里さんとの話を聞かれてしまったらしい。しかも、最も聞かれて欲しくない部分を。けれど今、彼女に余計な事を告げる訳にもいかない。何を言うべきか少しの間逡巡する。そこに居るだけでも気まずいような数秒が流れ、仕方なく口を開ける。

「俺だって、恵子さんにとってこの話が良い縁談になることを祈ってます、と言おうとしたんですよ」

 だから、早く今日はご就寝ください。笑顔を作って逃げるようにそう告げる。「おやすみなさい」の言葉を盾にして、自分の城へと閉じこもる。私の事は放っておいてください。案にそう告げるけれども、そこでひかない女傑が彼女である。

「……せめてあの時の返事ぐらいしてもらえるかしら?」

 あの時、それがどれをさすのかは鈍感な俺でもすぐに分かる。

「とても嬉しいです。僕にとっても恵子“さん”はとても大事な人です」

 けれど、だからこそお断りします。確かに俺はそう続けようとした、だけどできなかった。理由はとても簡単で、目の前の女性が泣きだしたからだ。
 まだ泣くようなことは言っていないはずなのに。そう思ってしまう自分はひどく幼稚で、鈍感で、彼女が好いてくれた理由を何一つ分かっていない愚か者だった。

「何でそんな風に呼ぶようになったの? 何でそんな堅苦しい言葉を使ってるの? 何で……」

 そんな風に壁を作って接しているの?
 最後の質問は、もはや声になっていなかった。

「昔は天道って呼び捨てだったし、タメ口だったのに。普通の友達として話してくれたのに……」

 それは仕方ない。だって昔はこんな偉い人だとは思っていなかったのだから。今となっては命の恩人。それはそれは口調が固くなってしまうに違いない。

「それが嬉しかったから私は————」

 そこで彼女はようやく気付いたのだろう。自分が涙を流している事に。あまりにも気持ちの方が昂ってしまい、自分がまともに喋れないほどの嗚咽をこぼしていたのに気が付いていなかったようだ。目元の涙を指の腹ですくい、まじまじと眺める。
 目の前にいる俺を見つめて、また指を伝う涙を見る。しまいには、歯をぐっと噛みしめて二階へと帰ってしまった。

「……縁に頼む必要もなかったな」

 こんなにもあっけなく、縁というのは切れるものだ。
 一応、自分の目元に手を当てる。
 しかし、ただ指の冷たさが頬の上に広がっただけだった。

Re: 【10/27更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.9 )
日時: 2016/07/27 20:51
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

年単位で放置してたら何か参照が変ですね
そういや三ヶ月くらいSNSにこの小説のURLさらしてましたっけ

というわけでこちらの更新細々と頑張りたいと思います、というあげです


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