複雑・ファジー小説
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- 僕の愛する死神へ
- 日時: 2016/07/08 22:50
- 名前: 水色の風船 (ID: jx2ntsZm)
□僕(こころ)
□七瀬
- Re: 僕の愛する死神へ ( No.3 )
- 日時: 2016/07/12 22:44
- 名前: 水色の風船 (ID: jx2ntsZm)
a empty box さん
ありがとうございます。
がんばりますね(^^)/
- Re: 僕の愛する死神へ ( No.4 )
- 日時: 2016/07/13 21:07
- 名前: 水色の風船 (ID: jx2ntsZm)
どうしてこうなったのか。
だれが間違っていて、だれが正しいのか。
すべての問題の原因を探ろうとしたって、もう手遅れだった。
「殺しちゃったものはしょうがないしなぁ……」
家賃三万円の安いアパートに帰ってきた僕と七瀬は、締め切られた押し入れを目の前にして、どうしたものかと頭を抱えていた。と言っても、悩んでいるのは僕だけで、七瀬はどうでもいいといったように宙を眺めている。
夏の暑さのせいで、冷房もしていない部屋のなかは茹るほどだった。体中の水分が蒸発していくようだ。
押し入れのなかがどうなっているのか想像したくない。
ぼやける思考をいったん停止させて、七瀬に話しかける。
「死体ってバラバラにできるのかな」
「きっと、すっごく疲れるわね」
「だよな」
殺した居間から、押し入れに運ぶのでさえ、精一杯だった。
本当だったら死体が腐らないうちにバラバラにして、ビニール袋に小分けして、近くの山林に埋めてやるつもりだったのに。授業をサボって、作業をしようと僕の家に来たものの、思った以上に億劫だ。
まず、死体とか触りたくないし。
だけどこのままにもしておけない。押し入れの中でグジュグジュになっているのかと思うと、胃液がぐっと込み上げてくる。なんとかしたい。
殺してから二日経った。
体液とか流れ出すのはいつだろう。そういう心配事が尽きない。僕の押し入れを汚したくない。
「七瀬も少しは考えてくれよ。警察に捕まりたくないでしょうが」
「それはいやー!いーやーだー!」
子どもみたいに手足をばたつかせる。白いワンピースの裾から、細い足が見えてドキッとした。
「……骨とか絶対に硬いんだろうな」
一応、さっき徒歩で行ける距離にある祖父の家に行って、ノコギリとブルーシートをもらってきた。黙って。こっそりと。ぜんぶ僕が持って、七瀬は蝉の抜け殻の粉砕に夢中になっていたわけだけど。
本当に協力的じゃないんだから。
というか、現実を受けとめきれていない。ポロポロ零れているみたいだ。
「なぁ、七瀬」
「なんだい、こころくん」
僕のほうをじっと見つめる七瀬。
彼女のこれからの未来を奪った男を殺したけれど。
それが正しいのか未だにわからない。
「お兄さんが殺されたこと、後悔している?」
- Re: 僕の愛する死神へ ( No.5 )
- 日時: 2016/07/15 20:57
- 名前: 水色の風船 (ID: jx2ntsZm)
しばらく無の時間が流れる。僕にとっては意味のない、空虚な時間だ。五秒ほど七瀬の反応が停止し、再起動する。ガガガッと鈍い音をたてて、ゆっくりと不気味に首が傾く。
わからないのだろう。
僕たちの置かれている状況が理解できていないから。自分のこれからの未来を汚した男の傍にいても、平気な顔でいられる。
「このままだと、僕たちは捕まってしまう……」
人を殺してはいけない。
そんなこと、わかっている。
殺したら警察に捕まって牢屋に入れられるってことも。
だけど。
「僕はきみのお兄さんを殺したことを、後悔していないよ」
「…………そんなに心がズタズタになっているのに?」
「七瀬の気のせいだよ。僕、そんなに弱くないから」
「んふふふふ!とか言ってぇ、自殺しそうなくせに!」
どうしてこんなときに笑顔になれるのかわからない。七瀬は微笑みながら、前から僕を抱きしめた。汗と七瀬の香りが鼻腔をくすぐる。暑苦しくて突き飛ばしたかったけど、人肌が恋しくて、そのままにしておいた。
「わたしって、ずるいやつだからさぁ。こころくんがいれば、もういいやって気になっちゃうんだなぁ」
「…………僕はどこにも行かないよ」
薄っぺらい嘘を吐く。
七瀬は気づいていないふりをして、ぽんぽんっと、僕の背中をリズムよく叩く。
ぽんぽん、ぽんぽん、ぽんぽん……。
心地良さのなかで、ぼんやりと、押し入れのなかの死体をどうするかを考えた。
もう捕まったほうが楽かもしれない。
死体と一緒に眠るなんて冗談じゃない。この二日間、ずっとファミレスで夜を明かしていた。家に帰ると死体が待っていると考えただけで、吐き気がしていた。
ああ、もう、病んでいる。
今なら何かしらの病気になっていそうだ。
こころという名前なのに、メンタルがバキバキに弱っている。さっきの七瀬の言い分は正しいということだ。
僕が中学二年のとき、同じクラスに、転校生がやってきた。
一目見たときのその子の印象は、白い。
肌もそうなんだけど、髪の毛の色素が驚くほど白に近かった。緊張している様子もなく、教卓に立った彼女は、クラスメイトをぐるりと見渡し、
「七瀬好香(ナナセ コノカ)です。どうも」
と、短い自己紹介をした。
ひどく目立つのが、繊細そうで整った顔の左頬の痣だった。赤黒くなっているその部分が、じわじわと僕の心を侵食していく。きれいな子なのに、どこか影があって、違和感がある。
そこにいるのに、いない。
どこか遠くを見ている双眸は、未だに僕を見てくれない。
- Re: 僕の愛する死神へ ( No.6 )
- 日時: 2016/07/16 21:12
- 名前: 水色の風船 (ID: jx2ntsZm)
そして七瀬好香は、僕の目の前にいる。
汗ばんでいる体をぴったりと僕にくっつけて。僕は七瀬の胸で視界が隠れてしまっているけど、きっと七瀬の表情はなんの反応もしていないのだろう。
しばらくして、そっと体が離れた。
暑かったので助かる。
七瀬の香りも遠のいた。
「押し入れのやつを、バラバラにしちゃえばいいんでしょー」
やけに間延びする七瀬の口調。
スイッチがオフのときの彼女は、倦怠感のある独特な喋り方をする。
「そうすれば、こころくんは困らないわけねぇ」
「いや、まぁ…………完璧に隠すまでは前途多難なわけですが…………」
「なら、ちゃっちゃとやってしまえばいいわ」
そう言って、
「えっ」
七瀬が押し入れの襖を開ける。
なんの躊躇いもなく。
思いきり、ばーんっと。
「えっ」
そして僕は愕然とする。
絶望する。
自分の目を何度もこすって、それでも、目の前の出来事が信じられなかった。
「死体が、ない」
二日前に殺したはずの、七瀬琉衣の死体が、そこになかった。
七瀬琉衣(ルイ)は、そのどす黒さを隠すことに対して天才な猫かぶりだった。
僕は彼をお兄さんと呼んで、慕っていたし。
七瀬が同じクラスに転校してきた初日、学校の靴箱まで迎えに来ていたのは、親でも祖父母でもなく、お兄さんだった。
背が高く、顔立ちも整っていて、いかにもモテそうな風貌だった。少し遊び慣れている感じがしたが、どれもこれも格好良く見えた。七瀬より三歳年上で、当時高校二年生だったが、大学生のようにも見えた。
「きみ、好香の友達になってやってよ」
たまたま靴箱に着いたタイミングが七瀬と同じだった。それだけで、僕はお兄さんから直々に、七瀬の友達候補に選ばれたのだ。
普通なら「はぁ?」って感じだけど、まぁ、単純に、七瀬って可愛いから。
友達ならべつにいいかなぁって。
にやつきを抑えながら、あっさりと承諾する。
「いいですよ」
「やったな、好香。友達できたな」
突然、クラスメイトの男子が友達だと言われ、七瀬は明らかに挙動不審だった。目を見開いてお兄さんを見つめる七瀬。何かを言いかけて、けれどすぐに言葉は飲み込まれた。
七瀬の左頬の痣をぼんやりと眺めながら、
「今度、うちに連れてこいよ」
と、笑うお兄さんの楽しそうな声を聞いていた。
後になって、お兄さんは転入した高校をすぐに辞めてしまったことを知る。理由はとりあえず置いといて、お兄さんが中退したのと同時に、七瀬の痣が増え続けることがたまらなかった。
「痛いよぅ」
しゃがみこんで泣き出す七瀬をあやすこともできず。
僕はずるずると友達のふりをして。
いまも、彼女の傍にいる。
「死体なんて、どこにもないのよ」
開け放たれた押し入れを見て、七瀬が僕を鼻で笑う。
責めているというより、呆れていた。
「最初からないんだよ」
「どうして。僕は確かに、二日前、お兄さんを」
「琉衣を…………殺した?」
なんで笑うんだよ、七瀬。
きみをめちゃくちゃにした男だぞ。
殴って、傷つけて、犯して、壊れ物にした。
「あの獣が死ぬはずないじゃん」
この手が、あの男の血の感触を覚えているというのに。
ああ、ますます気が狂いそうだ。
- Re: 僕の愛する死神へ ( No.7 )
- 日時: 2016/07/29 21:14
- 名前: 水色の風船 (ID: jx2ntsZm)
死体がなかった。
七瀬琉衣の死体が。
三日前の夕方、僕の家に七瀬が尋ねてきた。僕たちの家はお互い近所にあって、歩いても来れる距離だ。
僕は両親が仕事の関係でよく県外に行っている。ほぼ一人暮らしだ。お金のことはきちんと面倒を見てくれているので、生活に不便は感じていない。でも、涼しい朝の光を見たとき、あるいは、静かな夜に浸っているときは、寂しさが募る。
だから学校終わりに七瀬が来てくれると、僕としても、気まぐれというか、そういう時間を共有できる相手がいるということは、幸福だった。
でも、その日は。
三日前の夕方は、訳が違っていた。
「殺されるって思ったのだぁ」
いつもの口調。
でも、訪れた七瀬の容貌は酷いものだった。体中に目立つ痣、端の切れた唇、足の間からの流血。虚ろな目は、僕を見ているのかどうかもわからない。
暴行されたというのは一目で分かったけど。
「とりあえずあがって」
「…………おっじゃまぁ」
ずり、ずりり、ずるる。
足をひきずっているせいか、畳の上から変な音がする。
七瀬が通ったところに点々とした血の跡が付着する。力尽きたようにその場に座り込み、
「お、あっ、おえぇっ、げほっ」
激しく嘔吐し始めた。
畳に胃液が染みこんでいく。酸っぱい匂いが立ち込めて、こっちまでゲロが出そうになった。肩を震わせながら、何度も吐く。おさまったと思ったら、また吐き出す。
小さな背中が丸まって、七瀬の額が畳に擦りつけられる。そのあと、「うわあああああああああああああああああああああああああんっ」と泣き出した。
そのまま何度も何度も、額を畳に打ち付ける姿は、観ていて痛々しかった。
「お風呂に入ろう」
細い腕を引っ張って、半ば強引に、七瀬をバスタブに沈めた。
熱いお湯を出して、服を着ていることお構いなしで、彼女の吐しゃ物や血を流す。僕の服も濡れたけれど、そんなことどうだっていい。
わしゃわしゃと乱暴に髪を洗っていると、七瀬が「うーうーうー」と唸りだした。
「服、脱いで」
僕の言葉は届いているようで、引きちぎるようにして七瀬が服を脱ぐ。今まで見えなかった部分にも痣はあった。股の間からの出血は止まっている。
「──いつやられたの」
「わかんない」
自身を守るために、都合の悪い記憶がデリートする仕組みの七瀬の脳では、暴行された記憶がすでに白紙になっている。
「わかんないし、えっと、こころくん、こころくんのアパート……に行かなきゃって思って……」
「僕のところに来て、どうしようと思ったの」
静かに問う。
髪の先から雫が落ちる。 シャワーの水が、この子の抱えているものをすべて流してくれればいいのに。
「こころくんが、救ってくれると思ったの」
僕が?
救う?
救うだなんて、愚かな言葉だよ。七瀬のような人間をひとり立ち直らせるために、どれだけの力がいると思う。力を集めたところで、七瀬はきっと完治しない。
「──殺してやろうか。きみのお兄さんを」
そして提案する。
最悪の最低な計画を。
救いなんてものじゃない。七瀬を守ろうとした僕の、勝手な考えにすぎない。
「僕が七瀬を守ってあげる」
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