複雑・ファジー小説

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プロスペル・ド・ラカーユ
日時: 2016/08/15 09:45
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
参照: ht

ボンジュール!マルキ・ド・サドです。掛け持ちする事になって誠に申し訳ございません。

コメントやアドバイスは大いに感謝です。

悪口、皮肉、荒らし、不正工作などは絶対におやめください。

この文を見て不快さを感じた場合はすぐに戻るを(人を不快にさせるのが一番嫌いなので)

ちょっとした豆知識も含まれています。

参照数100になる度にエグリーズの年表を公表します。(飛ばしても大丈夫です。)

今回の部隊は「ジャンヌ・ダルクの晩餐」の時代から数百年前の革命終結後のフランスです。

その作品に出ていた「エディスの仮面」も登場します。

追加ストーリーもできれば書きたいです。


それでは始まります。その前にストーリーと登場人物の紹介から。(用語は飛ばしても大丈夫です。)

Re: プロスペル・ド・ラカーユ ( No.3 )
日時: 2016/07/21 23:06
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
参照: ht

用語

エグリーズ(教会)

マリア・デ・ラセールが設立した秘密結社。エグリーズはフランス語で教会という意味。
オーバーテクノロジーの技術を用い悪魔と契約したイングランド軍を打ち破った。
どのような形で次世代兵器が生まれたかは不明だがマリア・デ・ラセール率いる
フランス軍がイザボー・ド・バヴィエールのいるパリへ侵攻した時には既にミサイルが完成していた。
百年戦争終結後、先に起きるであろう人間と魔物の戦争に備えるため各国に支部を築いていくことになる。

マリア・デ・ラセール

ジャンヌ・ダルクの継承者であるルネ・デ・ラセールの先祖。14歳。
1433年に実戦に参加しフランス軍の指揮を取った。
ピエール・コーション暗殺後、悪魔と同盟を結んだイングランド軍に抵抗するためエグリーズを設立した。
「第二の乙女」と呼ばれジャンヌと同じくらいの聖女だったがその名が歴史に刻まれる事はなかった。
エグリーズの秘密を守るため指導者である彼女の存在は闇に葬られた。

エディス・ヴィクトル・べアール

百年戦争時代のフランス軍人。ベルサイユ近くの小さな村出身。19歳。
オルレアン解放戦の勝利の半分はジャンヌ・ダルク、もう半分は彼女の活躍だった。
2人の活躍によりフランスは圧倒的有利な戦況となり戦争は93年で集結するはずだった。
だが思いもよらない事件が起き歯車が狂い始める。
味方であるフランス軍が故郷の村を襲撃、妹を含む数名の人間以外全員が殺されてしまう。
エディスはこの事件の発端をジャンヌの落ち度によるものだと思い込み彼女を憎悪するようになる。
そして1429年、軍の密書を盗みイングランドへ渡る。
その後親友のジョセフィーヌを手にかけジャンヌの暗殺を謀るが罠にはまり失敗に終わる。
胸部に数本の剣と槍が刺さったまま彼女に抱かれそのまま息絶えた。

聖カトリーヌの剣

ジャンヌ・ダルクが愛用していた剣。
デ・ラセール家の人間だけが持つ事を許されエグリーズの指導者が所持している。
それ以外の者が剣に触れると重罪人とされ極刑に処される。

Re: プロスペル・ド・ラカーユ ( No.4 )
日時: 2016/08/18 15:44
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
参照: ht

1803年 シャラントン精神病院にて・・・・・・


「今日は調子が悪い。1人でチェスでもしていよう。」

そう言ってやりたい事を一旦諦めボロボロの原稿を枕の下に入れる。
そのままベッドに横になり薄暗い外を眺める。
羽ペンを持つ右手が震えていたのは決して雨のせいではなかった。
強い安定剤を飲んだからでもない。

原因はさっき飲んだばかりのコーヒーだ。

この病院の奴らは私達患者の人権を軽視している。
心を病んだ人間を人と思っていないのだ。
だからあのような副作用を及ぼす飲食物しか与えない。
まあ、よしとしよう。

私は弱い者いじめが好きだ。実際にはやらないが。
何故善人と言うのは弱肉強食をあんなに拒むのか?
狼が兎を噛み殺す。どこも残酷ではない。当たり前の道理だ。
人間も対してそれと変わらないではないか。

好きな事が出来ない日こそ残酷極まりない。
私の書く芸術がなくなるという事はこの国から『美』が消えると言っているようなものだ。
それなのに今は笑えない程楽しめない。こんな不快な感覚は初めてだ。
始めて本当の絶望の意味を知る。

誰かをいたぶる行為は素晴らしいと思える。
だが、

「芸術の創作の妨害、これこそ本当の『罪』だ。」

私の自由を妨げる悪意は流石に受け入れられない。
そう思うと憎しみが殺意をかきたてる。
怒りが込み上げ吐き気を誘う。鳥がいたら翼をむしりたい。

そもそも最近の人間は利己的な者達が多すぎる。
他人に対する感心や尊敬の意がほとんど見えない。
私をここに放り込んだあいつだってそうだった。
ナポレオン・ボナパルト、救世主の顔をした戦争狂いが!
あの男に私の作品の良さが・・・・・・!

「ドナスィヤン(マルキ・ド・サドの本名)!お前に会いたいと言う奴がいる!胸糞悪い趣味に明け暮れてないで出ろ!」

この病院で1番嫌いな看守が呼んでいる。本当に人使いが荒い。
私も年だが大声を出されなくても十分聞こえる。

「客人?私に?ファンでも来たのか?」

「13歳くらいの白い長髪の少女だ。お前子供にも手を出していたのか?」

相変わらずの嫌味、反吐が出る。

「人を強姦魔みたいに言うな。今行くからその檻を開けろ。」

面会室に来るのは実は初めてだった。
家族も友もいないわけではなかったが誰も訪れてこない。
当然だ。あのナポレオンの怒りを買った私に関われば自分にだって危害が及ぶからだ。
嫌われたとしても別に構いやしない。
センスのない奴にはいささか腹が立つが・・・・・・

人の意見を受け入れない輩は思い通りにならなければ癇癪を起しすぐに暴力といういかにも『下等』な手段に頼る。
弱者にしか威張れず武器がなければ何もできない。
見れば見るほどバカバカしさが増す。無論尊敬などできない。

さて、今日私に会いに来た物好きは誰かな?

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

驚いた。私と同じジャンルの持ち主という感じだ、しかも子供。
目つきが悪く殺意その物の青い目でこっちを見ている。
誰かに睨めつけられぞっとしたのは久しぶりだ。

美しい・・・・・・、生気のない髪に殺気立った表情。完璧だ・・・・・・!
さっきまで脳を蝕んでいた白い霧が吹っ飛んでしまった。
これこそずっと私が探し求めていた物・・・・・・!
この子をモチーフにした作品を書く事にしよう。

孤独な自分に用があると聞いたからもしかしたらクレーマーだと少し弱腰になっていたがその逆だった。
素晴らしいプレゼントだ。貴族の身分など比ではない。
もし40年ほど若かったらプロポーズに死神の指輪をプレゼントしているところだ。

「やあお譲ちゃん、何しに来たのかな?知ってる顔じゃないな。お互い初対面みたいだが?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

随分と大人しい振る舞いだ。何を考えているのか分からないがそこがいい。
明るい子供より無口で控えめな子供の方が私は好きだ。
とにかくせっかく来てくれたのだから礼儀正しくご挨拶といこう。

「マルキ・ド・サド、皆からはサド侯爵と呼ばれている。」

「ヴィオレーヌ・・・・・・、ヴィオレーヌ・ジョフロワ=サン=ティエール


ヴィオレーヌ?名も容姿も美しい。黒い服を着た天使だ。間違いない。

「何故私に会いに来た?というより君は何者だ?」

「私はこの国の反逆者、べアール一族の末裔・・・・・・」

フランスに対する反逆?べアール一族?そしてその末裔?

この子は何を言って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これはこれは・・・・・・

それを聞いてますます面白くなってきた。
短い人生でこのような展開に巡り会う事になろうとは。
人の旅路は波乱万丈、長生きはするものだ。

「くくっ・・・・・・まさか本物の悪魔の血筋の人間が来るとは夢にも思わなかった。エディス・ヴィクトル・べアール・・・・・・聖女ジャンヌ・ダルクを裏切り親友をも殺しフランスを追い込んだ女。彼女の行いは戦争を100年以上も長引かせた。その魔女の子孫というわけか・・・・・・」

ヴィオレーヌは目の前で静かに堂々と頷いてみせた。
相手を疑う気はしなかった。偽りなど言ってはいない。
それにわざわざ精神病院までに来て嘘をつくなんてしないだろう。
だが1番気になる事は・・・・・・

「まだこっちの質問に答えてなかったな。何故私に会いに来た?」

「警告を言いに来たの・・・・・・」

自己紹介の次は脅迫か?相変わらず私の興奮を掻き立てるのが器用だ。
こんなにも気が合いそうな人間とは今まで出会わなかった。
嬉しいかって?狂喜に震えるに決まっている。
退屈していたところだ。最後まで話を聞くとしよう。

「警告?興味があるな、詳しく聞かせてくれないか?」

「数年後、フランス国内で戦争が起こる・・・・・・」

「革命の次は戦争か・・・・・・この国も末のようだな・・・・・・」

それが本当だとしても私はもう驚かなかった。
さっきも心の中で言ったが人間とはそういう生き物だからだ。
どこに行っても武器があれば戦争、なければケンカだ。

「なるほど分かった、戦争が起こるのはしょうがない。だがしつこいようだが何故私なんだ?ナポレオンのアホに直接伝えればいいだろう?」

ヴィオレーヌは首を横に振った。ネガティブな反応を示した。

「王権を持ったナポレオンはただの戦争狂い。信用するとか以前に信用できない。あいつは来年皇帝となる。」

「何だって・・・・・・!?あんな街中で大砲を撃った奴が皇帝!?フランスはそこまで終わっていたのか・・・・・・」

「それに比べあなたはあらゆる物を受け入れ尊敬の心を持つと聞いた。だからここに来たの・・・・・・」

目にした瞬間溺愛してしまった相手にそこまで言われると照れてしまう。
この子と同世代に生まれてこれなかったのが非常に残念だ。
だが同時に重い使命感を心身で感じ取る。
不安症に免疫のある私がプレッシャーを・・・・・・今日は信じられない日だ。

「それはいいとして、何をすればいい?私はここから出られないんだ。」

「大きな事をする必要はない。ただ頼みを聞いてほしいの・・・・・・」

私は何も言わず内容の説明を聞く準備をした。

「戦争が始まった年にある人物がここを訪れる。その人に私の居場所を教えてほしい・・・・・・」

「なるほど、ちなみに君は今からどこに行くんだ?」

「今から教える・・・・・・、今言った人以外には絶対に教えないで。」

口調から察して非常に深刻な問題を抱えているように見える。
無理もない。この少女の場合は・・・・・・

「心得た、いくらまわりから白い目で見られても私は人間だ。約束という誓いは必ず守る。」

「・・・・・・ありがとう・・・・・・」


ヴィオレーヌは私の耳元で囁いた。自分のまた違う秘密さえも・・・・・・
今思えばいつも暗く陰湿な芸術の事しか考えていなかった。
それが全て、たった1つの生き甲斐だった。
でも今日という日は違った。心が温かくなった。
母のぬくもりとは違う、とても複雑な嬉しさだった。
老いぼれの患者を信用してくれた・・・・・・目の奥の本当の自分を見てくれた・・・・・・
頼みを終えた直後、彼女は初めて笑顔を見せた。
まるで恋人同士、いや、親子ようだった。初めて家族以外の人間を愛した。
どうして君は私の心をここまで虜に・・・・・・?

「できたら必ずまた会いに来るから・・・・・・」

「必ず戻って来てくれ、いつでも待っている・・・・・・」

ヴィオレーヌは去って行った。
その日からずっと彼女の事ばかり考えていた・・・・・・

Re: プロスペル・ド・ラカーユ ( No.5 )
日時: 2016/07/28 21:16
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
参照: ht

ジャンヌ・ダルクは死に悪魔はフランスを滅ぼすでしょう。
シャルル様は心を病みジル・ド・レ様は私に暴力を振るう毎日。
私に優しくしてくれるのはルイ様ただ1人・・・・・・

・・・・・・だけど私は負けない。

シエナのカタリナ様のように最後まで信念を貫き通すつもりです。
敵が邪悪な力で牙を剥くなら神の聖品の中から剣を取り戦います。

それがだめなら疫病に犯された肉を食らいフランスと共に死にます。
私の形見はお母様、あなたに必ず届けに向かいます。
この国を見守る天使となってもあなたを忘れない。

            -フランス軍人-
          -マリア・デ・ラセール-
       「継承者の日記「最愛の母へ」より」




1799年8月18日とある船内にて・・・・・・


波と戯れ船が揺れる。ギィ・・・・・・ギィ・・・・・・と音がする。
柱にかけてあるランプが揺れる。蛾が灯を追う。
ここは薄暗くカビ臭い。寒くて冷たい・・・・・・
不安と臭いと揺れで気持ちが悪い・・・・・・そして恐い・・・・・・
もしも今が朝なら太陽を見たかった。温かい空気に触れたかった。

こんな毎日がずっと続いている。
時間を数えてはいなかったが数ヶ月は経ったかもしれない。
まわりを見れば自分と同じ思いをしている子供達が大勢いる。
知ってる顔はない。初めて見る人間ばかりだ。
手首と足首に鎖付きの手錠をはめられずっと檻に閉じ込められている。

皆、生気がなく絶望的な表情を浮かべていた。
喋る気配もなく笑顔なんて存在するはずがなかった。
一晩中泣き尽したのか気力すら残っていない有様だった。
与えられる食料は小さな握り飯1個と・・・・・・強い酒・・・・・・

何故水を飲ませてくれないのか不思議でしょうがなかった。
あれを体内に流し込むと意識がほとんどなくなり身体が浮いたように感じる。
心地のいい気分になるがその後は目まいと頭痛。それが何日も続く。
こんな生活を飽きるほど繰り返していた。

遠い昔のように思える大分前の話。
家を離れ大好きな林道の中を散歩していた。
祖母が死んでからほとんど街に行かなくなりいつも同じ道を歩いた。
母があそこは鵺(ぬえ)が出るから行っては駄目よと言った。
でもそんな事気にも留めなかった。

あそこに鵺はいなかった。そのかわり・・・・・・
恐い目つきをした2人の男が茂みから出てきて自分を取り囲んだ。
直後に乱暴され手足を縛られ口に布を巻かれた。
そのまま連れ去られた。

米俵に押し込まれ荷馬車に乗せられた。
狭い空間から引きずり出された時にはもう船の上だった。
船内に放り込まれ手錠をはめられた。布を外されたのはその後だった。
中には子供達が大勢いた。怯えた目でこっちを見た。
そして今に至る。

この船がどこに行くかは分からない。
多分大陸に向かうのだろう。その先は想像できない。
まだ海の上みたいだがずいぶん遠くまで来た事だけは分かる。
何も見えない海の向こうにいる家族に二度と会えないと思うと・・・・・・

「!!」

突然階段上の天井が開いた。ビクッと身体を震わせる。
誘拐した奴らが来たようだ。白い太陽の光が瞳の奥に突き刺さる。
海の香りが漂ってくる。カモメの泣き声が聞こえた。

1人の男が降りてくる。中年の老けた船乗り。
そいつはそのまま檻の前まで来た。懐から錆びた鍵を取り出す。
鍵穴に差し込み回す。檻を開ける。
中に入って来て大の大人を見上げた自分を見下ろした。

「おい、白髪のガキンチョ。外に出ろ。」

男はそれだけ言うと手錠を外した。

Re: プロスペル・ド・ラカーユ ( No.6 )
日時: 2016/08/18 15:52
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
参照: ht

船乗りの腕力はいとも容易く子供を片手だけで持ち上げた。服を引っ張られ檻の外へ出される。
殴られるのが恐かったので声は上げず相手の力に身を任せた。
これから何をされるのか見当もつかないが嫌な予感だけがした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

再び階段を上って行く男と怯えた顔をした自分を子供達はただ見ていた。

外に出るのは久しぶりだった。心に余裕などないはずなのに潮風や埃の混ざってない空気が癒しを与える。
空と海、両方の蒼色が楽園にいるような感覚を作り出す。
どこを向いても水だけの世界、海面が透き通っている。今魚が跳ねた。
数匹の海鳥が遠くに見える。水平線の真上を渡っていた。

船の甲板でまたしても放り投げられた。今度は髪を引っ張られ無理矢理立たされた。
大勢の男達がいた。すぐにでも千階から投げ落そうと言わんばかりの表情で睨みつけた。
恐くて指先すら動かせなかった。無抵抗な自分は怯える事しかできなかった。
逃げ出したかったがここからどうやって家に帰るのか?

水に飛び込めば深く暗い苦しみに悶え孤独な世界に沈んでいく。

-海の中にも都はございます-

誰かがそう言ったがそんなものあるわけがない。
死ねば楽になるだろう。今の苦悩からも解放される。
だが所詮自分は臆病者の子供。そんな度胸、抱けるはずもなかった。
こんなどうしようもない状況だというのにまだ母に会えるという希望を捨てきれなかった。
強く祈ればどんな願いも叶う。そんな言葉をまだ信じていた。

1人の船乗りが言った。

「おい餓鬼、何て名だ?」

子供は震えながら目の前の男を見上げた。

「びびってねえでさっさと答えろ!」

別の船乗りが後ろからやや大きめの声を出し背中を叩く。

「・・・・・・あ・・・・・・ぁ・・・・・・」

「くそっ・・・・・・!マジかよ。おい六助、こんなお嬢じゃ使い物にならねえだろ!?」

六助と呼ばれた船乗りは今言った相手を睨みつけ

「しょうがねえだろ。1番最初に目が行っちまったんだから。」

「その幼女に対する溺愛感情は治した方がいいぜ。かみさんに知られたら逃げられるぞ。」

「やめろバカ共、1日中下らない話をしているつもりか?おい餓鬼、早く名前を言え。」

「さ・・・・・・」

声を出すのも恐かったがこのまま相手を怒らせて海の藻屑となるのは嫌なので勇気を出して口を開いた。

「さへい・・・・・・」

静かに呟いた。

「何だって?」

「山下・・・・・・佐兵衛・・・・・・」

その名を聞いた途端船乗り達は黙り込んだ。何を驚いたのか互いに顔を見合わせた。
再び佐兵衛と名乗った少年を見た。そして

「ぎゃははは!!マジかよ!?」

「有り得ねえよ!!」

「六助、何て奴攫ってきたんだよ!!」

甲板の上で乗組員の大爆笑が響いた。中にはツボに入ったのか苦しそうに腹部を抑えて笑う男もいた。
下品な雑音の中から『こいつ絶対オカマの家系だ』とか『最近よく見る女装じゃないのか?』だのと腹立たしい発言が聞こえた。
それを聞いて今度は佐兵衛がそいつらを睨めつけた。
自分は列記とした武家の人間だ。一族そのものを侮辱され恐怖はやがて殺意へと変わっていった。
だか・・・・・・それ以上の感情は抱けなかった。

仕方がないのかもしれない。今よりも幼い頃から自分はよく女子のようだと親戚に会う度言われていた。
伸ばしっぱなしにしていた髪を紐で結わずにしていたから尚更そう見えたのだろう。
街を歩けば城の武士に「女子が男の衣服なんか着るものではない!」と叱られた日もあった。
生まれた頃から白髪で人々から白狐(びゃっこ)みたいだとも言われた。

だが友達は優しかった。そんな自分を公平に扱いいつも一緒に遊んでくれた。
皆で森を散歩し皆でおやつの金平糖を食べた。
そんなひと時があったから落ち込む毎日に負けなかった。
感謝しても仕切れない。たくさんのぬくもりに支えられた。
でももう、彼らにも二度と会う事はないのかな・・・・・・

我ながらあっという間の極楽人生だった。思い残す事は山ほどある。
勘が正しければこれから自分を含む子供達は奴隷として売られるのだろう。
ろくな食物を与えられず死ぬまで辛い重労働をさせられるかもしれない。
血を吐いても棒で叩かれ逃げれば火に放り込まれる。
今ならまだ間に合う。海から飛び降り自ら生命の鼓動を断ち切るか・・・・・・

・・・・・・認めたくないが自分にはやはりできない。悔しかった。自決ができない武士など・・・・・・!

「がはははははは!!!!」

悪意のこもった笑い声はしばらくの間無音の海を賑やかにした。

Re: プロスペル・ド・ラカーユ ( No.7 )
日時: 2016/08/18 15:52
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
参照: ht

「それじゃあ佐兵衛お嬢ちゃん。おじさん達のお手伝いは出来るかな?」

その発言に再び船乗り達は愉快そうな笑い声を上げた。
武士の子としてのプライドを傷つけられ恥ずかしそうに顔を赤くする。
殴られるのが恐い訳じゃなかったが痛い所を突かれ言い返す言葉を思いつけなかった。
悔しさが拳を震わせる。必死に涙を堪える。

(船を降りたら噛みついてやる・・・・・・!)

心の中でそう呟いた。

船に積んであった大量の武器を手入れする仕事を任された。檻から出された理由を理解した。
殺されたり寄ってたかって血祭りにあげられるよりはマシだったがやはり奴隷として扱われる。
甲板の上だけでも十分な数の武器が置いてあった。
黒光りした大筒が4門、中筒の数は見てないから分からない。
それと結構な量の火縄銃が並べられている。

佐兵衛にとっては珍しい代物ばかりたった。
自分が父に連れられた道場で目にした武器と言えば竹刀や木刀。
殺傷力がある物は掛け軸の前に飾られた刀と脇差、そして弓と矢。
銃器類はほとんど見た事がなかった。
特に短筒(ピストル)は一生見ることすらできないと思っていた。
だが今船乗り達が腰に下げている。

「お前には予備の銃の手入れをしてもらう。変な所は触るなよ?そのせいで海賊にやられたらお前のせいだからな。」

「海賊・・・・・・?」

「そのお頭じゃ山賊すら分かんねーだろ?」

見張りの船乗りが佐兵衛をからかう。
だがその皮肉の意味は幼い子供には別な解釈を取らせた。

「知ってるよ。山に住む悪い鬼だよね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

呆れ果てこれ以上はお互い何も喋らなかった。

仕事の内容は火縄銃を布で磨く事で他の武器は触れさせてもくれなかった。
大砲の試し撃ちを期待していたがそんなのは遠い願いだった。
大量の銃を目の前にまとめて降ろされこれを全部終わりと言うまでやれと命令された。
何も言わず最初の1丁を両手で持ち銃口を上に向けながら木箱に座る。
丁寧に銃身を磨き始める。それが済んだら銃口の埃を拭き取る。
それが終わったら次の1丁を手に取る。そして同じ行動を繰り返す。

男達の死角を見計らって砲弾に触ろうとしたら後ろからど突かれた。

面倒くさい役目を子供に押しつけ自分達はのんびりと海景色の見物か・・・・・・
大の大人が聞いて呆れる。例え力が強く背が高くても人格は子供そのもの。
こんな餓鬼がただ大きくなったような奴らに攫われるなんて少し情けなく思える。

少しばかり時間が流れた。12丁目の手入れが終わり銃を足元に置いた。
同じ事ばかりしていたから嫌でも退屈になってきた。
炎天下の日差しが身体から水分を抜き取り軽い頭痛を引き起こす。
聞こえる音と言えば聞き飽きた波の音にそれに揺れた船の木の音。
さっきまでの恐怖もほとんど煙のように消え去っていた。
船は水面の上を進み続ける。行き先も分からないまま。

「なあ、知ってるか?」

ふと大砲をいじっていた船乗りが口を開いた。

「何を?」

「江戸の町で女が切腹したらしい。」

「切腹!?女が!?それまた何で?」

休憩に酒を飲んでいた船乗りが興味を抱いたように聞く。

「確か名前が雪乃、隠れキリシタンだったらしい。」

「なるほど、それじゃ命を狙われるな。政府に追い詰められたわけか・・・・・・でもなんでそいつがキリシタンだって。」

男は右手の人差し指を胸の前で動かし十字架を表現した。

「ロザリオを首に下げてたらしい。自宅の居間で介錯なしで脇差を腹に押し込んだと聞いた。役人が押し入った時にはもう血の池の中で死んでいたらしい。」

話を聞き苦痛を想像したのか腹を抑え険しい顔をする。
なるほどと頷くと最後の一杯を飲み干しふらふらと立ち上がり自分の仕事を再開した。


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