複雑・ファジー小説
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- 七夜、八夜
- 日時: 2024/02/12 20:17
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: .tTl60oj)
画面を見て、動きがとまる。
そして僕は思った。
なんて馬鹿なことをしたのだろう、と。
□挨拶
浅葱といいます。
実質六年ぶりに当スレを動かしました。
ssを78作書くスレです。のんびり更新していきます。
□目次(6/78)
>>001 ⇒ からっぽらっぽ
>>002 ⇒ 金魚は円周率をおぼえることが出来るか?
>>003 ⇒ 僕らつぶ色の日々を過ごす
>>004 ⇒ 公園のあの子
>>005 ⇒ 紫煙に揺らるる
>>006 ⇒ あまいあめ
>>009 ⇒ 告白
>>010 ⇒ ねむれない夜のしょほうせん
>>011 ⇒ 夕嵐
□開始日20160822
- Re: 七夜、八夜【SS】 ( No.1 )
- 日時: 2016/08/22 19:58
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: a0p/ia.h)
- 参照: http://id43.fm-p.jp/data/333/epason/pri/9.png
小さなカバンにいれたかんかんが、からーんからーんと音をならした。
それを聞くと、なんだかたのしくなってきて、あっついどうろの上でぴょんぴょんと跳びはねる。
すると、からからーんからんからーんと、さっきとはちがう音がした。
今思えば、あのかんかんには大切な何かが詰まっていた。
——ような気がする。
一人暗闇で、目を覚ました。いつからか、僕は暗闇で生きていた。頭がしっかりと働かないまま、パソコンの電源を入れる。この暗闇にいるのは、僕とガラスケースの中に棺おけに収められた状態の、等身大の人形。
人と関わることを、極力避けていた。パソコンのブルーライトを遮断する眼鏡をかける。僕は日々、外界の情報を収集するのに専念していた。パソコンのカレンダーは、僕に春であることを告げる。気付けば、季節は二度も変わっていた。
机の上に置いてある袋の中からコンビに弁当を取り出し、食べる。特別美味しいとも不味いとも感じないそれを、機械的に飲み込んだ。静かな部屋に、お茶や弁当を嚥下する音だけが鳴る。
暗闇で生活をするようになってからというもの、感情と呼ばれるものを消失してしまった。欲望も、気付いたときには感じなくなっていた。
『メッセージヲ、ジュシン、シマシタ……メッセージヲ、ジュシン、シマシタ……』
普段ならない機械音に、僕は驚いた。思った以上に大きな音量で、つけていた大きなヘッドフォンから耳に流れてきたからだ。急いでメッセージを開く。そうしないと、延々と機械音が流れ続けることになる。
送られてきたのは音声ファイルで、差出人は不明。ネットウィルスかもしれないとは思ったけれど、好奇心に負け、ファイルを保存する。保存は直ぐに終わって、僕はそのファイルを開いた。
開始数十秒は、静かなノイズが響く。アナログテレビの砂嵐より静かな、少し心地の良いノイズだ。
からん。
ノイズに紛れて、一つ音がした。すると、その音が鳴ったのを機に、からんからーんからからーんと様々に音が鳴る。その音は、不確かな僕の思い出に確かに刻まれていた。失ったと思い込んでいた感情が、ふつふつを湧き上がってくる。
それと同時に、暗闇に囚われていた僕の時間を取り戻さなくてはいけないと、無意識に感じた。そう感じるとすぐに、体は動き出していた。机の上の財布を手に取り、暗闇から飛び出す。
外界も等しく暗闇で、その中を只管走っていく。黒猫が、飼い主の恋人に手紙を届けたように。走って走って、走った。数分ほど経って、こうこうと看板が照る二十四時間営業の店に駆け込む。
真っ直ぐに向かった目的のコーナーの棚を、上から下までじっくりと探す。あれがあるかどうか、まだ製造されているのかどうかが、分からないから。何分か探して、やっと見つかったそれは、昔と何一つ変わらないラベルだった。
それを見ただけで、何故か瞳が潤んだ。懐かしくて、温かい記憶が、戻ってきたような気がする。かんかんを手に持って、レジに向かう。会計を済まして、店を出た。
暗闇に紛れて、僕は静かに瞳に溜まった雫を外に出す。一度出すと延々と零れ落ちる涙は、今までの僕を労っている様だった。ポケットに入れたかんかんは、一歩進むたびに、からんからーんと僕を応援してくれている。
家に帰り、かんかんをあけた。一つ口に含むと、甘い甘いイチゴの味がする。幼い頃の僕が舐めたものと、同じ味だ。イチゴのアメを舐めたとき、僕は特別悲しんでいた。アメの甘さに、母親の優しさみたいなものを求めていたのかもしれない。
からんからんと音が鳴っていた空っぽの心を、それは満たしていてくれる。無くした時間を取り戻すように、ゆっくりと幼い頃に戻っていっている気分だ。涙を流しながら食べたこれは、優しく僕を包み込む。
「僕の世界は暗闇だけだ」
そう呟いていた自分の愚かさに、僕はようやく気付いた。
何が大事で、誰が大切で、何を守るべきか、ようやく気付いたんだ。
忘れていた記憶を、蓋した過去を、静かに開く。
手帳に書きとめていたわけじゃない。
音声を録音していたわけじゃない。
確かに僕の中に刻まれた、小さな思い出だった。
「からんからんって、僕の耳で音がするんだ」
そう言って、画面の向こうの君と話しをする。
不登校で、昼夜が逆転した生活を送る僕と君。住んでる所は違うけれど、置かれた状況は同じ。
『……私と、見てる、世界は、変わっちゃった?』
か細く出て、君の声。震えていたのは、気のせいなんかじゃないんだ。
僕は小さくかぶりを振った。音声通話だから、君には見ることが出来ないだろうけど。
「君が見るだろう世界を、先に確かめてるんだ。君が、怪我をしないように」
自分でも、驚くくらい優しい声色だった。
君が息をのむ音が、聞こえた。
『ありがとう』
しっかりとした、可愛らしい声。今迄聞いた君の声で、一番しっかりとしていた。
数週間後、また君と通話をした。
「最近、どう?」
『やっと、やっとね、学校に行けたんだよ。まだ、保健室登校で、お昼からしか行けないんだけど、ちゃんと、行けるんだよ』
「そっか、おめでとう」
僕とは違う、表世界に進んでいく君を、心から祝福する。
「それじゃ、また今度」
『うん、またね、お兄ちゃん』
「……うん、楓」
そうして、妹との通話を切る。
僕と違って親戚に引き取られた妹への、羨望や嫉妬の感情も、まとめて切り離した。
からんからんと、心は音を立てなくなった。
からんからんと、それは音を立てなくなった。
■からっぽらっぽ
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飴を一つ舐める度、記憶はふつふつ沸きあがった。
飴が一つ減る度に、心はだんだん満たされていった。
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