複雑・ファジー小説
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- 飢え、渇く花
- 日時: 2019/02/21 12:05
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)
- 参照: スレ再利用。
いつだって、私たちは飢えている。水を、栄養を、いのちを。そして、あなたという存在を。求め続けている。そう、いつだって。
*
騎士 >>12-
王子
奴隷
お姫さま
*
甲斐 翼…転校生。自殺幇助のテストプレイヤー
寒川 修哉…ただのオタク
鮎川 華…お姫さまになりたい
芹澤 律…ヒーローになりたい
*
すぺしゃるさんくす
三森電池 様
- Re: 失われたオレンジ ( No.11 )
- 日時: 2017/01/21 16:34
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: qbtrVkiA)
こんばんはゴマパン姉さん。ものすごい時間に来られていたのでびっくりいたしました。体調を崩されぬよう、ゆっくりとお休みください。こちらこそありがとうございます。
オーラ……ですか。世界観にはこだわっている節がありますが、オーラは自分ではあまりわかりません。ですが、そんな風に思っていただけていることが大変嬉しいです。あら、目から塩水が。
言葉はそのときに頭に思い浮かんできた、というか思いつきを躊躇わず使っていますね。なのでそう言っていただけて目から雨が降っています!
瀬名くんは私が今まで書いた中で1番私に近いキャラクターで、もちろん私の母がこうな訳では無いのですが、少しモデルにしていたり。内緒ですけどね。笑 私が作るキャラクターは基本、暗い過去に苦しんでいるような感じなので、そう感じられるのかもしれません。
お、そうですそうです。ひなたは太陽のような女の子をイメージして執筆しています。瀬名くんが月、左様ですか。……姉さんは色々と鋭いですね。もう先の展開を見透かしているのでは、というくらいです。笑
ひなたの性格はウザイですね。自分勝手で人を振り回すはた迷惑なやつです。これからさらに奇行が目立つように……げぶんげふん。こんなところに煙が!
本当に読んでくださっていたとは。あれは実験的な作品で、私の小説の世界観をしっかりと確立させようと執筆を始めたものです。リメイクをしたいなぁ、と思うことは物凄くありますが、多分しません。あれが、今までの私の限界だった、という風に残しておきたいんですよね。笑
……姉さんが100段階くらい上にいはって、私はいつでも少しずつ這い上がっていっています。え、会話文とか誤字が気になったでしょう。今でも読み返してみると顔が赤くなります!
こんな自分勝手な作品をそのような素晴らしいCMや絵と共に評価してくださってありがとうございます。これからも精進して参ります。
私よりもはるかに鋭い考察力ですね姉さん。正直そこまで考えておりませんでしたので……汗。
髪色もポイントなんですよね。アルは赤、エルフはプラチナブロンド。そこから登場人物に色がついていったようなそうでもないような。何言ってんだ私は。
ふふふ……それはまたいずれ書こうと思っています。果たして。いやー、姉さんは鋭すぎて怖いです。
後半は走りました。許してください。ほんの出来心だったのです……(エルフは私が殺したも同然。私は首謀者です)
チェシャ猫くんはあのシーンをやりたいがために登場させた人物なので、作者自身、なんで自殺したんだろう、という感じです。なんで殺しちゃったのか。
三森電池さまがアナと自分を重ね合わせていたので、びっくりした記憶があります。アナは普通の女の子で努力家。それがどんどん狂っていく描写をもっと頑張れば良かったな、と今後悔しています。そうやって格好よく去っていったら、物語はハッピーエンドですね。やったー!爆
こんな男の子いないだろ、という天然記念物、それがアルです。個人的には浮気させたかったですね。でも、真っ直ぐという印象を与えたかったので結局やめました。読んでくださった方にそれが伝わっているとしたらノックアウトです。私が!
エルフさんは来来世で幸せになります。来世は……笑 豚は私の気持ちです。ケーキとは豚の餌です。ショートケーキを食べる前は是非、「この豚が……」と罵ってからフォークを手にすると美味しくいただけるかと思われます。
私もゴマ猫さんの作品にまたお邪魔します。次は、春休みでしょうか。時間があるときに読破したいものです。とか言って冬休み全然読めなかった奴が私です。
ありがとうございました。
- Re: 飢え、渇く花 ( No.12 )
- 日時: 2018/12/10 00:54
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)
- 参照: 移り変わる景色の中、甲斐 翼だけが取り残されていく
移り変わる景色の中、甲斐 翼だけが取り残されていく。校舎の窓を見下ろしながら、私は空の青さを呪った。最後に前の学校に登校したときも、こんな空模様だった。太陽が笑っている。もう繰り返さないぞ、と何度胸の中で唱えたって、結局のところ、お前という愚かな人間はどこまでいっても変わりはしないのだと。
新しく転校してきた学校の廊下を歩きながら、私は目の前を歩く有名なスポーツブランドのロゴが印刷されたジャージを纏った背中に目線を移した。前の学校の担任は女だったので、なんだか新鮮だった。小柄な彼女は中身も小さかった。体育の教師らしい担任の肩幅は広く、上背もある。心もそうであるといいな、と思った。
「甲斐のクラスは2年のクラスの中でも特に雰囲気がいいって先生の間でも評判だから、心配しなくてもすぐに馴染めると思うぞ」
厳つい見た目を裏切らない力強い声に、私は「それはよかったです」と微笑む。それを見た担任は少し表情を緩ませて、また前を向いた。私はそんなに不安そうな顔をしていただろうか。頬に触れてみるも、万年末端冷え性の私の指が冷たい、という感触しか伝わってこない。それにしても、雰囲気がいい、とはなんだろう。転校してきたばかりの私を励ますための発言なのかもしれないけれど、教師という職業に就く人間に、高校2年生の何がわかるというのだろう。どうせ、学力と上辺の仲の良さしか見えていないくせに。
「ここだ」
スポーツブランドジャージが止まった場所は、『2−B』だった。出席票を肩に載せて、担任は扉を開く。
「お前らさっさと席につけー今日は新しいお友だちを紹介するぞー」
なんだその小学生並みの紹介の仕方は。クラスにも失笑の波が広がっている。にこにこと笑っている担任を見て、こういうキャラが定着しているのだろうな、と思った。どきまぎして、生徒の顔色ばかり伺っているやつよりかはよっぽどいい。私は今回のクラスでは、失敗は許されない。
「えー、ただいまご紹介に預かりました、皆さんの新しいお友だちとなる、甲斐 翼です。ぜひ、仲良くしていただけると嬉しいです」
ゆっくりとお辞儀をする。教室は失笑から苦笑に包まれ、たちまち広がる拍手に私は私の自己紹介が成功したことを悟った。担任も、満足そうに教室を眺めている。なるほど、雰囲気がいい、というのは本当らしい。確かに、ここは教師の求める理想の教室像だった。ただ、中身までもがそうなのかはわからないけれど。
「じゃあ、甲斐はそこの空いている席に座ってくれ。男子が隣だが構わないか?」
「はい」
教室の奥の窓側に空いている席があるのを確認して、私は教壇を下りた。私が一歩一歩足を踏み出すたびに、私に集まる視線。興味津々のもの、全く興味がなさそうで実は興味津々のもの、異生物を見るようなもの。実に多様だった。やっと席に辿り着いたときには私は視線の暴力にすっかり疲弊していて、ふぅ、と張り詰めていた息を吐いて、どさっ、と椅子に腰掛けた。
「よろしくね」
隣から低めの声が聞こえてきて、ああ、そういえば隣は男子だと言っていたな、とそちらを向くと、妙に顔の整った男子生徒が、こちらに笑顔を向けていた。ほんの少し、私を非難するような、嫉妬するような目線が増える。なるほど。彼がこのクラスのリーダー的なポジションで、クラスのアイドルらしい。
「……こちらこそ、よろしく」
微笑み返してすぐに前を向くと、その目線は少し弱まり、ほっとする。ここで惚れた腫れただの、そんな雰囲気を出せば私はあっという間にこの輪から閉め出されることになるのは明白だった。そもそも、私はイケメンが苦手だ。だってあいつらは、女の子を本当の意味で助けてくれはしないから。
「よし。それじゃあ、今日は連絡もないし、SHRはこれにて終了だ。授業の用意しとけよ!」
担任が出ていくと、がやがやとした雰囲気が途端に強まり、より高校生らしい教室へと変わる。ぱっ、と辺りを見渡すと、女子はいくつかのグループに分かれてはいるが、1人でいるような子は見当たらず、皆どこかのグループに所属していることが窺えた。まずはどこのグループから攻めるべきか、と頭を悩ませていると、
「改めて。甲斐 翼さん、このクラスにようこそ。俺は芹澤 律。法律の律っていう字を書くんだ。甲斐さんは、天使の翼の翼?」
「お招きいただきありがとう。そうだよ。何のひねりもないけど」
「そんなことないと思う。中性的で素敵な名前だと思うな」
100点満点の笑顔で彼は微笑む。彼は、自分が注目を集めてしまう人間であることを知らないのだろうか。あんまりなことを言われると転校早々女子に嫌われてしまうので、ここでどう返したものか、と考えあぐねていると、クラスの中でも派手なグループのリーダー格らしき女子が声をかけてきた。
「もう、芹澤くんそんなこと言っちゃ駄目じゃん。芹澤くんには彼女がいるんだからさ」
ほんの少し棘の含まれた言い方だったが、これは重要な情報だった。彼女もちのイケメン。彼に恋する女子もいるが、絶対に本命にはならないであろう私と彼が話していても、転校生が珍しいのだろう、と解釈されるように見せることは簡単そうだった。
「タラシなんだね」
「本当! 女の子は勘違いしちゃうよね。あ、私は彩乃っていうの。彩乃って呼んでね。翼ちゃんって呼んでもいいかな?」
「困るよね。うん、もちろん! よろしくね、彩乃ちゃん」
そこから芋づる式にクラスの女子たちの自己紹介が始まり、1時間目が始まる前の休み時間の間に、私は全ての女子の名前を知ることができた。覚えられたかどうかは別にして。男子の名前はさすがにまだ把握するのが難しそうだけれど、おいおいわかっていくだろう。転校初日だというのにこの成果は凄まじい、と、女子たちの「どこから来たの」「なんでこの時期に転校してきたの」などという質問に適当に答えながら心の中で戦慄していると、私を囲む女子たちの檻の向こう側で微笑みを浮かべる芹澤 律が見えた。彼は私と目線が合うと、声に出さずにぱくぱくと口を動かす。
『よ か っ た ね』
一瞬、心臓が止まってしまったかと思った。私がクラスに、それも女子の輪に溶け込みやすいように、彼はわざと私に話しかけたのだろうか。まさか、私が絶対にクラスに馴染まなくては、という強迫観念じみた思いを持っていることも、読み取って。
「おい、転校生の前で気持ち悪い小説なんて読んでんじゃねぇぞ、寒川!」
突如として教室内に響いた大声に、私ははっ、と意識を戻した。教室の隅の方で叫んだのは、髪色が少々派手なヤンキーじみた生徒2人で、耳元で叫ばれて耳を縮こまらせていたのは地味で気の弱そうな、少し小太りの男の子だった。寒川、と呼ばれた男の子の手には本があり、ブックカバーがされていて表紙はわからないが、サイズから推測して、ライトノベルのようだった。私はぐっ、とま眉を顰める。どこに行ってもこういったいじめじみたものは存在するらしい。前の学校の場合、それは女子だったけれど。
「ちょっとお前ら、転校生の前でみっともない姿見せるなよ」
「おーっと。芹澤に言われちゃあ仕方ないな」
ヤンキーたちは、芹澤の言うことは素直に聞くらしく、もうすぐ授業が始まることもあり、笑いながら自分の席に着いた。女子たちも時計を見て、また後でね、と言い、席へと戻っていく。授業は受けるなんて真面目なヤンキーか、と思いながら、私はそれをやってのけた男を見つめる。ニキビのない肌と二重の涼やかな瞳が、教室の窓から射し込んだ日光に照らされている。素直に綺麗だと思った。だけど、彼は中身までもそういうわけではないようだった。その証拠に、寒川がいじめられていても、その行為自体をやめさせはしなかった。つまりは黙認。女子たちも、また始まったよ、といったような雰囲気で、誰も寒川を庇ったりはしなかった。
嫌なクラスだ。
まだチャイムの鳴らない教室にため息をついていると、隣の彼が、こちらを向いた。
「よろしくね」
「……こちらこそ、よろしく」
もう一度繰り返された挨拶と同時に、まるで試合開始のゴングのように、チャイムが響き渡った。
- Re: 飢え、渇く花 ( No.13 )
- 日時: 2019/02/21 12:22
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)
「翼ちゃんって、なんか格好いいよね」
彩乃がカレーパンを食べながらふと呟いた。
「そうかな? あんまり女の子らしくはない自覚はあるけど」
「そんなことないと思う……でも、男装とか似合いそう」
「わかる! 髪の毛が長いから、ショートとはまた違う感じ〜」
彩乃の発言につられて、お弁当を食べている沙耶と珠美もきゃっきゃっとはしゃぎ出す。私は今、クラスで1番目立つ女子3人組と昼食を食べていた。
確かに、昔から私は可愛い女の子ではなかった。身長も高く、小中にかけて女の子によく好かれてきた自覚はある。自分自身はこの涼しげな自分の顔立ちがあまり好きではなくて髪を伸ばし続けていたが、どうやらそんなに効果はなかったらしい。この機会に切ろうかな、と口にすると、彩乃が駄目! と叫んだ。
「切っちゃ駄目だからね!」
「え、なんで?」
「それは……とにかく、文化祭が終わるまでは切らないで!」
そう言って、カレーパンの最後の一欠片を口に押し込む。理由は言ってくれないらしい。それでもあまりにも必死な様子だったので、それ以上は追求しないことにした。
「文化祭って、この学校は考査が終わったらあるって聞いた」
「そうそう。翼ちゃんは、前の学校で文化祭した?」
「あー前の学校は夏休み前に文化祭があったから、1年の文化祭も2年の文化祭ももうやったよ」
「わぁ、じゃあ1年間で2回も文化祭を体験できるってことだね」
前の学校での文化祭は、正直なところよく覚えていない。1年の頃の文化祭は楽しかったけれど、2年の文化祭は全く楽しめなかった。少し前に生徒が自殺したのにも関わらず、誰もそれを気にも留めず、文化祭は行われたからだ。
「あっちの文化祭はあんまり楽しくなかったから、こっちでは楽しめるといいな」
「うちの高校の文化祭は楽しいと思うよー翼ちゃんもきっといい思い出が作れると思うな」
ごちそうさまでした、とパンの袋を丸め始めた彩乃を見て、簡素なバーコードのみが添付されているだけのその袋を不思議に思った。今日は転校初日ということで母が気遣ってお弁当を作ってくれたけれど、これから毎日そういうわけにはいかない。母は忙しいし、それに私は前の学校のことで随分と迷惑をかけてしまった。もうこれ以上、母を悩ませることはしたくない。
「そのパンどこで買ったの? コンビニじゃないよね」
「これ? これは食堂のパン屋で買えるよ」
「あたしまだ食べたりないかも。翼ちゃん、興味があるなら一緒に行かない?」
「あっ、翼ちゃん、そういえばまだ校舎内の施設とかわからないよね? 食堂のついでにわたしたちが案内するよ」
「じゃあ、お願いしようかな」
お弁当を食べ終わった沙耶と珠美が口々に提案してくる。私はまだどこに何があるのかほとんどわからない状態だったので、特に遠慮することもなくその善意の申し出を受け入れた。
「わーやばい。今日食べすぎたかも」
「私もお腹いっぱい。でも沙耶、これから食堂まで行ってまだ食べるんでしょ? 太るよ」
「翼ちゃんはいいなー。身長もあるし、スレンダーで」
「いや、私もお腹いっぱいで今スカートぱっつんぱっつんだよ」
昼食を食べたばかりで膨らんだお腹を抑えながら、自己流に制服を着崩した彼女たちに連れられ、廊下を歩いてゆく。2年生の校舎である2階から1階へと一番奥の階段から下りるとすぐに食堂があった。前の学校は食堂がなく、購買しかなかったのでその大きさに圧倒された。
「私たちは教室で食べる方が落ち着くから教室で食べてるけど、食堂でお弁当とか食堂で買えるメニュー食べてる人も多いよ」
食堂のメニュー表には「きつねうどん」や「唐揚げ」やら、購買には絶対に売っていないようなものばかり載っていた。食堂に入るなり一気に走り出した沙耶の方を見ると、彼女は数多く並んだパンの前で、ポニーテールを揺らし、頭を悩ませているようだった。
「流石にたらこフランスはないか……」
「たらこフランス?」
「ものすごく美味しいんだよ。だからすごい人気で、チャイムが鳴った瞬間に教室を出ないと買えないの」
「もうこの時間じゃね……」
食堂の時計を見ると、すでに学生に与えられた昼休みは当初の半分ほどだった。よく見ると並んでいるパンは甘いものか少々奇抜なものばかりだ。昼休みが始まった瞬間に殺到する人によって人気のあるパンは粗方買い尽くされてしまうのだろう。前の学校の購買でもそういった学生ならではの覚えがあり、くすり、と笑みが溢れた。
「これあげるよ」
爽やかな声が響く。後ろを振り返ると、近くのテーブルに座っていた男子グループがこちらに目線を向けていた。見覚えのない私を物珍しそうに見る視線ばかりの中、柔らかな笑みを浮かべて沙耶の方へ何かを差し出した彼だけが異質で。
「芹澤くん!」
沙耶に名前を呼ばれた彼は、さらに笑みを深める。
「たらこフランス、好きなんだよね? 今日はたまたま買えたからあげるよ」
「でも、芹澤くんが買ったものだし、それ、いつも食べられるものでもないし……」
彼の手には沙耶が求めていた未開封のたらこフランスがあった。パンは全品110円で大した値段ではなかったけれど、それを人に渡そうとする彼の神経がよくわからない。しかも、それは苦労して手に入れたものだろうに。沙耶がもごもごとどもりながら躊躇いがちに首を振るのも当然だった。
「僕は何回も食べたことがあるから今日はいいよ。それに」
彼はその整った顔立ちを最大限に活かした綺麗な笑顔で呟いた。
「困ってる人を放っておけないからさ、僕」
少しの沈黙と、軽いざわめき。沈黙は主に男子で、控えめなざわめきは食堂の女子たちのものだった。それは沙耶も例外ではなく、林檎のように顔を赤くして、彼女はたらこフランスに手を伸ばす。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
私からすれば胡散臭いほど完璧な笑顔から目を逸らすように彼女は礼を言い、そのまま私たちの手を引いて食堂を去る。私の手を握りしめる沙耶の顔は廊下に出ても紅潮したままで、その手のひらは燃えるように熱かった。
食堂から離れ、中庭に出たところで沙耶は呟く。
「やっぱり芹澤くん、格好いいよね」
「本当! 王子さまみたい……」
沙耶が口を開くと、彩乃の口からも黄色い声が上がる。私はどんどん広がっていくその王子さまへの賛美を聞きながら、どこか冷めた面持ちで彼女たちを眺めていた。彩乃はそんな私に気づいたようで、会話を中断し、首を傾げる。
「翼ちゃんもそう思わない?」
これはやばい、と思った。ここで解答を間違えてしまったら、ぷつりと何かが途絶えてしまうような。そんな予感がした。
絶対に間違えるな。今度こそ、失敗は許されない。
「いや……格好いいなって思うけど、ああいう人って格好よすぎて見てるだけでいいかなって私は思っちゃうかな」
「あーわかるかも。あんな人の彼女になったら大変だもん」
珠美も同調する。他の2人もえーーー、と不満げな顔をして抗議をするも、空気は柔らかいままで、私はほっと胸を撫で下ろした。
「さて。パンもゲットできたし、食堂の案内もできたから次は校舎の案内をしようか」
「えっ、このパンはどうすればいいの」
「歩きながら食べればいいじゃない」
「お行儀悪いじゃん……」
「あれ、そんな品のある子だったっけ?」
彩乃が歩き始めると同時に、少々眉を顰めながらも沙耶も動き出し、珠美も茶々を入れながらもそれに続く。ツインテールでリーダー格の彩乃、ポニーテールでよく食べるムードメーカーの沙耶、ボブカットで口数は少ないものの冷静な珠美。3人の関係性が段々とわかってきた。
「まあでも、芹澤くんには彼女がいるんだけどね」
珠美がふと呟いた。中庭の芝生を踏む彩乃の足が止まる。
「ここが体育館ね。体育は男女別々だから、男子がグラウンドのときは女子は体育館とかが多いよ」
彩乃は珠美を無視するかのように声を張り上げた。彼女の指差す先には年季が入り、薄汚れた白い壁の大きな建物が見える。珠美はそんな彩乃のことをさして気にすることもなく、体育館の方を見て、ほんの少し目を細めて言った。
「体育館の裏側の花壇には近寄らない方がいいよ。芹澤のお姫さまがいるから」
彩乃も沙耶もそれに同意するように押し黙った。王子さまにはお姫さま。それはつまり、芹澤の彼女が普段そこにいる、ということなのだろうか。
「鮎川さんとは関わらない方がいいよ。色んなもの盗られちゃう」
この1日で溌剌とした印象を与えていた沙耶が神妙な顔で呟いた。彩乃が頭を掻きながら「もう次のところ行こ」と催促する。この話題を始めた珠美も切れ長の目を体育館から背けた。
中庭から校舎へと通じるドアへと歩きながら、私は芹澤の恋人であるという鮎川さんが一体どのような人間なのか少し気になった。珠美は芹澤の彼女になったら大変だ、と断定的な言い方をした。つまりは、現時点で鮎川さんは大変な目に遭っているということなのだろう。その話題を出すことすら煩わしい、という彩乃の態度が気にかかる。一体どんな女の子なのだろう。その、お姫さまとやらは。
- Re: 飢え、渇く花 ( No.14 )
- 日時: 2019/03/03 18:32
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)
妙な時期に転校してきたので初登校日からそんなに日が経つこともなく考査が始まった。私が元いた高校はまあまあな進学校でこの学校よりかは先の範囲の学習をしていたので、特に問題なく私は考査を終えることができた。
相変わらず隣の席に座る芹澤は珍しく1人で分厚い冊子を眺めている。ぱらりぱらりと頁を捲るその姿さえも格好良くて、無性にイラついた。「赤点だ!」と騒ぐ周囲に対して、物凄く静かで余裕がある。まあ、芹澤が赤点を取るような人間には思えなかったけれど。
そんなことを言いながらも、私も芹澤と同じ冊子を机に並べていた。考査が始まる前日に渡されたそれは、文化祭の劇の台本だった。私以外の人間は夏休みが終わってすぐに配られていたらしい。
1週間の考査を終えた今、夕方まで文化祭準備だ。私にとって、今年2回目の文化祭。
「翼、急にごめんね」
数学2の試験が終わってから私の席に近づいてきた彩乃が少し申し訳なさそうに言う。初日はちゃん付けだったのに、気づけば呼び捨てにされている。初めてそれを聞いたときはほんの少し眉を顰めかけたけれど、結局何も言わなかったので、今では他の2人からも私はそう呼ばれている。今では私も彼女たちのことを呼び捨てにしていた。
「構わないよ。クラスに貢献できるの嬉しい」
窓に映る私は聖人か、というくらいの笑みを浮かべていた。
この台本を私に示したとき、彩乃は「お願い!」と手を合わせていた。綺麗に整えられたぱっつん前髪が表情を覆い隠すくらいに深く頭を下げた彼女に「どうしたの?」と聞くと、劇のキャストをやってほしい、と返ってきた。
『お姫さまを守る騎士の役なんだけど……キャストを決めるときにね、立候補者がいなくて一応ジャンケンで決めたの。でも、その後もその男子がものすごく嫌がっててね。それに、なんていうか、この子が……』
彩乃が困ったように後ろを振り返ると、古風な三つ編みで眼鏡をかけた女の子が台本をぎゅっと胸に抱きかかえている。何やら、私を見つめる瞳がキラキラと輝いていた。
『こ、こんにちは。翼ちゃんが転校してきた日に挨拶はしたんだけど……』
前に進み出て、女の子はしどろもどろに言う。大きな眼鏡の下にあるそばかすに気づいて、私は嗚呼、と呟いた。
『安住さん、だったっけ?』
『覚えててくれたんだ。嬉しい……下の名前は美奈っていうから、ミーナって呼んでほしいな』
ぱぁぁと表情を明るくして、ミーナは私につめよる。私がぎょっとしていると、彩乃が間に入って「気持ちはわかるけど、話が進まないでしょ!」とツインテールを揺らした。ミーナははっとしてそうだよね、と元の位置に戻って彩乃に平謝りしている。この2人は随分タイプというか階級層が違う感じがするのに、不思議とそこにギクシャクとした様子や差別感情は感じられない。少し気になる部分はあるけれど、やっぱり担任の言う通り、いいクラスなのには違いないようだった。
『それでね、その騎士の役を翼ちゃんにお願いしたくって……』
『私が騎士?』
『うん。私がイメージしてた騎士の役にぴったりなの!』
あっ私が脚本を考えてて、と彼女は恥ずかしそうに口元に手をやった。受け取った台本の裏側を見ると、隅の方に「安住美奈」と書かれている。彼女の纏う空気は文学少女、といった感じで、文芸部にでも所属しているのだろうか、と思った。
『まだ台本を配っただけでみんなまだ演技の練習もしてないし、考査が終わったらしばらくは1日丸ごと文化祭の準備期間だから、そんなに負担はかからないと思うんだけど……駄目かな?』
下から覗き込むようにして彼女が懇願してくる。正直、他のキャストはずっと前に台本を受け取っていて一通り台詞やストーリーを把握しているのだろうし、いくら練習がまだだとはいえ、少しブランクが大きいような気がした。けれど、私を見つめる瞳は真剣で、彩乃も気遣わしげにこちらに目をやりつつも、その手は腰にあり、私がこれを断ることをあまり考えていないように思えた。一度断ってしまっても、あの手この手を使って、いつの間にか頷いてしまっているような、そんな状況になってしまう気がして、私は仕方なく眉を下げた。
『いいよ』
2人の顔に安堵が広がる。
『よかった……ありがとう、翼ちゃん』
『うん。ストーリーだけ簡単に教えてくれる?』
『それくらいお安い御用だよ!』
彼女は胸に手を当て目を閉じると、静かに語り始めた。
「ファンタジーなんだよね、一応」
更衣室で体操着に着替えながら私はふと訊ねる。文化祭期間は制服以外で過ごしていてもいいことになっているのだ。隣で同じように着替えている珠美がそうだよ、と返す。
『王国物語』──小国の姫が大国の王子に見初められて大国に嫁ぐことになるのだが、姫は自らに仕える騎士に恋心を抱いていて、またその騎士も姫に身分違いの恋心を持っていた。しかし宙ぶらりんな日々の中で隣国から兵が攻めてくる。騎士もその戦いに駆り出され、さらには大国が小国に味方し、その戦いに参戦した。そして戦いには勝ったものの騎士は深い傷を負い、命からがら城へ戻って姫の前でその生涯を終える。王子は「小国に味方した」ことを盾についに姫を手に入れる。物語は姫の悲しみの独白で幕を下ろす、というものだった。
「騎士って普通男じゃないの?」
「それはそうだけど……でも翼、格好いいし」
「髪長いよ?」
「それがまた男装の麗人って感じでいいんだよ!」
それが前に髪を切るなと言った理由か、と納得する。誰かが置きっぱなしにしているらしい大きめの手鏡の向こう側に写る私は酷く冷めた目をしていた。
「王子役、芹澤くんなんだよね」
「そうそう! もう、決まったときは黒板に書いてた芹澤くんの名前を撮ってTwitterに上げちゃった! 反響もすごくてね、うちのクラスの劇、1位とっちゃうんじゃないかって評判だよ」
既に着替え終わり、1人スマホを操作していた沙耶が言う。台本の表紙を捲った次のページにキャストが羅列されていて、その文字にげんなりしたことを思い出す。
けれど、そんなことよりも驚いたことがあったのだ。
「姫役で珠美の名前があってびっくりした……」
「そう?」
そうなのだ。姫役は彩乃あたりだろうと思っていたのだが、立候補したのは珠美だったらしい。彩乃は「私には演技は無理だもん。もちろん沙耶にもね」と笑った。沙耶はスマホから顔を上げ、そんなことないけど!と反論する。沙耶と彩乃は衣装係だと聞いていた。
「言ってなかったっけ? 私、演劇部に入ってるの」
「それは初耳。でも、演劇部なら文化祭とかで劇やったりしないの?」
「やるよ。でも、私はオーディションに落ちちゃって、裏方になっちゃった。ただ音楽を流すだけなの」
仕上げに体操服の上着を上から被る珠美はなんとなく不満げで、どうしても劇に出たかったのだろうな、と察する。ボブカットでどことなくクールビューティという単語が浮かぶ珠美のお姫さまは、正直なところ少し想像しにくかった。
「珠美と翼に似合う衣装を作るから、楽しみにしててよね!」
「あたしたちに任せといて!」
「ふふ、ありがと」
「格好いいのをよろしくね」
全員が着替え終わったので、私たちは荷物を持って更衣室を出ることにした。朝のSHRで担任が大きな声で言っていたが、今日はこの更衣室は時間制になっている。今はA、Bクラスが利用しているが、10分後にはC、Dクラスがここで着替えることになっているのだ。
一時的に脱いでその辺に転がしておいたスリッパを履き直していると、色々なものが放置されている更衣室の棚の下にリップが転がっていることに気づく。私はそれを拾い上げ、眺めた。全体的に黒いそのフォルムはなだらかで持ちやすい。先に扉を開けていた沙耶がはやく!と私を急かしていた。
「どうしたの、翼」
「いや、なんかリップが落ちてて……」
立ち止まる私に気づき、手元を覗き込んできた彩乃がげっ、と嫌そうな顔をする。
「それデパコスじゃん……しかもめちゃめちゃ高いやつ。そんなの使ってるのアイツくらいじゃん」
「アイツって?」
「鮎川」
珠美が静かに呟く。沙耶にも聞こえたらしく、目を細めて行こうよ!とこちらに呼びかける。
「そんなのほっときなよ!」
「そうだよ。文化祭準備、もう始まってるんだから」
彩乃が私の腕を引く。男子は自分の教室で着替えることになっているので、先に準備を始めているのかもしれない。私は引きずられるようにして更衣室を出た。しかしその掌はリップを握りしめたままで、私の後ろを歩く珠美だけがそのことに気づき、よくわからない眼差しで私を見つめていた。なんだろう。失望? でも、それは私に対しての感情ではないような気がした。
- Re: 飢え、渇く花 ( No.15 )
- 日時: 2020/03/14 22:45
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)
団ごとに配られたパンフレットには文化祭までのスケジュールが事細かに記されていて、目が回りそうだった。体育祭は文化祭が2日あった後に1日準備期間を挟んで開催される。どちらかというと体育祭に向けての準備の方が忙しくて、昼休憩の後に行われる団ごとのパフォーマンスはなんと全員参加だった。そのときに踊る衣装も、型紙と材料は配られているが、自分で作るように言われている。前の学校では踊りたい人だけが踊り、あとは衣装係や旗係などと振り分けられていたことを思い出した。
「体育館とか格技場とかグラウンドとか、移動嫌だ! あたしお腹空いちゃうし」
「移動したくない理由それなの? ウケる」
ダンスの練習を終えて教室に返ってくるとひとまず水分補給をして、彩乃と沙耶は布の前でうんうんと唸り始めた。スケッチブックには煌びやかな衣装のデザインが描かれている。ミーナが描いたものらしく、彼女は一体何者?と聞くとマンガ同好会と文芸部と合唱部に所属してるらしいよ、と返ってきた。劇中ではBGM代わりに歌うらしい。なるほど。描いて書いて歌うのか。
「翼ちゃん、台詞覚えた?」
すごいな、と思っていたところにミーナが話しかけてくる。相変わらず地味な姿だけれど、人は見かけによらないな、とどことなく痛みを覚えながら私は頷いた。
「完璧じゃないけど、ある程度は」
「よかった! 今から次のダンスの練習時間まで読み合わせするから、廊下に出てくれる?」
「わかった」
教室は団旗やら衣装やらダンボールやら人やらで手一杯だ。やたらとキラキラ光る視線妨害装置のような芹澤がいないところを見ると、外で他のキャストたちと一緒にいるのだろう。話すの嫌だな、と思いつつ、私は磨かれた緑の床を踏みしめた。
「翼ちゃん来たよ〜練習しよっか」
「おっ、騎士サマだ」
にやにやと兵士役の男子がこちらを見てくる。初日にクラスの地味な男子を虐めていたヤンキーだった。その後も何かとあの男子にちょっかいを出しては芹澤にそれとなく注意され続けているこの男の名は……ええっと……
「姫川、そんな風に言うなよ。甲斐さんが困ってるだろ」
そうそう姫川だ。芹澤の声に私は心の中でああ、と手を打つ。古典の授業中に爆睡していたことで先生に名指しされており、ピアスを開け、髪色も明るいヤンキーにしては随分と可愛い苗字だな、と感じたことを思い出した。
「オレを苗字で呼ぶなよ! 拓海だ」
「拓海くん、ね。よろしく」
姫川は急にしゅん、となって頭を掻く。姫川ともう1人の佐原といういじめっ子コンビは芹澤には従順なのだ。芹澤はいつものように爽やかに微笑んでいて、威圧感の欠片もない。毎度のことながら不思議だった。
「そんなことより、早く読み合わせしましょ」
「八木さんの言う通りだ。ほら拓海、やるぞ」
「へいへい」
芹澤がこちらににこりと微笑みかける。ちなみに、八木とは珠美の苗字だ。
最初の台詞は放送部だという細身で芹澤よりも背の高い濱野という男子で、ナレーションだった。朗々とした耳触りの良い声が文化祭で浮ついた空気の廊下に響く。ダンボールを切るために教室から出てきたらしい他クラスの生徒が、すっげーとこちらを見つめていた。
『……ある日、小国の姫であるエリザベスは各国の王族が集まる舞踏会に出かけることになる』
世界観についての短い前置きのあと、姫役の珠美が口を開く。
『ああ、憂鬱だわ。きっとお父様は、この舞踏会で婚約者を探しなさいとおっしゃっているに違いないわ』
演劇部に所属しているという珠美の発声もなかなかのもので、私は流石だと思った。台詞に色がついている。そうこうしているうちに自らの台詞がやってきたことに気づいて、私は
『心配なさることはありませんよ、姫。姫はまだお若くていらっしゃる。これから運命のお相手を自分で探してゆけばよろしいのです』
『……そうね。そうよね』
姫の台詞の後に(ここで切なげに騎士を見る)とあるが、今日は読み合わせだけのようで、珠美は台本に目線を向けたままだった。それにしても、家で台詞を読み込んでいたときにも思ったけれど、これを女同士でやるというのは……少し抵抗があった。一応、この先にキスシーンがないのは何度も確認済みではあったけれど。
台本を脇において読み合わせを聞いているミーナは、私が台詞を言う度に「ひっ」だとか「きゃっ」だとか妙な悲鳴を上げている。なんとなく、この様子だと際どいシーンも追加されそうな気がした。なんてったって、この台本の作者は彼女なのだから。彼女の采配ひとつで物語はいくらでも形を変えるだろう。
読み合わせは進み、すぐに舞踏会のシーンに移った。それまで薄く微笑みを浮かべて私たちの掛け合いを聞いていた芹澤が一層笑みを濃くする。
『ああ、どこかに僕に相応しい女性はいないものか……』
芹澤が台詞を読み始めた瞬間、ミーナの口から「ぎえっ」と一際変な声が上がる。それは伝染して、他クラスで私たちの読み合わせに聞き耳を立てていた女子たちも「カッコイイ……」「うわ」と黄色い呟きを漏らした。
その後、王子と姫が舞踏会の中で奇跡的な出会いをし、ちょっと展開早くない? と思うくらいすぐに戦争が起きた。眼鏡の脚本家もそれに気づいたらしく、少し顔を顰めている。多分、台詞の追加が行われそうな気がした。今でもけっこうつめつめなんだけれども。
『……すみません……私は、もうあなたを守ることができません……』
気づけばそのシーンに辿り着いていた。ただの読み合わせなので特に感情を込めることなく呟いたけれど、口にした瞬間胸がどくりと跳ねた。もう、守れない。そうだ、私は守れなかったのだ。彼女を。
「初めてにしては上手くいったね!」
ミーナの嬉しそうな声にはっとする。いつの間にか読み合わせは終わっていて、彼女は私たちの台本を一旦回収する、と言った。姫川や他のキャストも少し嫌そうな顔をしていた。覚えなければいけない台詞が増えることがなんとなくわかっているのだろう。私も憂鬱だと思った。
「騎士、格好よかったよ」
芹澤が話しかけてくる。私は一瞬体を強ばらせながらも、ありがとう、と返した。
「でも、芹澤くんの方が格好いいよ。だって王子だし」
「そうかな? 僕は本当は騎士をやりたかったな。みんなが言うから王子役を引き受けたけど」
芹澤は綺麗な項を掻きながら、どこか俯きがちに呟いた。
「だって、騎士って姫に身を捧げているだろ? それって物凄く素敵なことだ。それに比べて、みんなの望む王子様なんて形だけの虚像だよ。くっだらない」
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