複雑・ファジー小説
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- 「女王陛下に知らせますか?」第2章⑤更新
- 日時: 2016/11/20 21:13
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: dPcov1U5)
別の大手投稿サイトで連載してたりしたのですが、
なんとなく、こちらの雰囲気が自分にはあってる気がして、また戻ってきましたいずいずです。
ほとんどの方がはじめましてですね。
はじめまして。
覚えていてくださった方、ご無沙汰しております。
「Family Game」ではたいへんお世話になりました。
またよろしくお願いいたします。
ここで完成したものをどんどん投稿していこうと目標を立てたので、
生あたたかい目で見守ってくださるとうれしく思います。
とはいえ、まだ、なにを連載しようか悩んでいるところ。
某サイトで途中まで連載していた「女王陛下に知らせますか?」という、ミステリーっぽいお話がいいかな?
ここで途中まで連載していた「おしゃべりな猫と小間使い」がいいかな?
それともほかのなにか?
きまったら、この「(仮)」というタイトルがしれっとかわっているので、
かわってたら、気にかけてやってください。
とりいそぎ、ご挨拶まで。
いずいず拝
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1日考えて、自分が書きたいものを書いていくことにしました。
「女王陛下に知らせますか?」
タイトルは、ジェフリー・アーチャーの「大統領に知らせますか?」のまんまパクリですね、ごめんなさい(笑)
「Family Game」のときのように、ストックがあるうちは毎日更新する予定です。
ストックが減ってしまったら一気に更新が遅くなってしまうと思いますが、エンドマークを打てるよう頑張ります。
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『Family Game』紹介 >>1
『朝陽』紹介 >>2
『女王陛下に知らせますか?』
登場人物紹介 >>13
序章 >>3 >>4 >>5
第一章 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
第二章 >>14 >>15 >>16 >>17 >>18
- 「女王陛下に知らせますか?」序章② ( No.4 )
- 日時: 2016/11/02 21:49
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: OBp0MA9U)
十三歳で、彼女は娼婦になった。
彼が客としてやってきはじめて、もう四年になるだろうか。黙ってやってきて、なにもせずに、ただ朝まで寄り添って眠るだけの奇妙な客。
港に船がついたときなど、飢えた荒くれ者を相手に、分刻みで仕事をしなければならない。どんなに体がつらくても、虐待のような行為をされても、唇を噛んで足を開き続ける。
彼がやってくるのは、決まってそんな日の翌日だった。彼女を休ませるつもりなのかは、聞いたことがないのでわからない。それだったら、忙しいその日に来てくれればいいのにと何度思ったことだろう。
でも、トゥルーディはなにもいわなかった。なにか口にすると、二度と彼がこなくなる。なぜか、そんな気がしたから。
「……」
月の明るさに眠れずにいた。眠れないついでに隣で規則正しい寝息を立てる男を眺めていたら、ふと、その柔らかい金色の前髪をいじりたくなった。
(わたしは眠れないのに)
彼の心地よさそうな寝息に腹が立って、前髪を引っ張る。少し眉間にしわが寄った。痛かったのかもしれない。
(起きてしまえ)
もう一度、前髪を引っ張った。呼吸が乱れる。ギュッとしわを寄せた目が、うっすらと開かれる。
「……トゥルーディ?」
声変りなどとっくに終えているはずなのに、ちょっと高めの声がトゥルーディの名を呼ぶ。咎めるでもなく、ただ、トゥルーディの名前を呼ぶだけ。
「貴方が気持ちよさそうに眠っていたから、起こしたくなっちゃった」
彼は笑った。どうしてか幸せそうな笑顔だった。
「ぼくだけ眠って悪かった。起きるよ、少し話でもしよう」
「いいわよ、そのまま眠ってて。わたしもすぐに寝るわ」
身を起こしかけた彼を押しとどめ、トゥルーディはベッドの上に起き上がった。古びたカーテンに手を差し入れ外を覗くと、眼下にはまだ賑やかな夜が広がり、空には青い月ばかりがしらじらと輝いている。
「この部屋は月が眩しいな」
「灯りがなくても、相手の顔が見えるようによ。間違って別の客の名前を呼んじゃいけないでしょう?」
「間違って呼びたくなる名前があるのかな?」
「あるわ。——あなたの名前」
ややあって、彼が答える。
「……でも、きみはぼくの名前を知らない」
トゥルーディは彼を振り返った。トゥルーディ自身の体が影になり、彼の表情はわからない。だから、いえた。
「そうね、でも、あなたの名前を呼びたくなるわ」
(これで、彼は来なくなる)
いままで踏み込まずに来た彼のプライバシーに、今日に限って足を踏み入れたのは月明かりに惑わされたからだろうか。
思わぬ失態に、心の中で、この平穏な夜も今日で終わりだと思ったときだった。
「サイ、だ」
彼が、はじめて名乗ってくれた。
「——!」
サイモンの愛称のサイなのか、それともサイだけなのか。もしくは偽名だろうか。あるいはミドルネーム。きっと本名ではない。わかっていたけれど、名前を教えてもらえることがこんなに嬉しいとは想像もしていなかった。
「なぜ泣くの?」
彼が——サイが、気遣うような声をかけてくる。トゥルーディは顔をふたたび外へとむけた。
「気にしないで、寝てちょうだい。朝までもうそんなに時間がないわ」
耳が、サイが起き上がる音を拾う。あたたかな、意外にしっかりとした腕が背後からトゥルーディを捕えた。
「サイ?」
知ったばかりの名前を口にする。頬に、かすかなぬくもりが触れた。
「おやすみ、愛しいひと」
トゥルーディは涙をこらえきれなかった。せめて嗚咽が漏れないよう、口を手でしっかりと押さえる。
(どうかこの幸せがいつまでも続きますように)
十七歳の夜、娼婦は月に願った。
- 「女王陛下に知らせますか?」序章③更新 ( No.5 )
- 日時: 2016/11/03 21:14
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: OBp0MA9U)
十三歳で、彼女は自由になった。
子どもの頃、なんのきまぐれか、父が王都に連れて行ってくれたことがある。
山と畑、それに牧草地に囲まれて育ったアリスにとって、王都は非常に魅力の詰まった場所だった。
目に映る色が緑と青しかない田舎に比べ、都は、赤や黄やピンクなど、物の数だけ色彩があふれかえっていた。田舎には、木造の一軒家しかなかったが、ここには石造りの複数階建ての家々が、窮屈そうに身を寄せ合って並んでいる。
それら建物の一階部分に、贅沢なほど大きなガラスをはめ込み、中が見えるようにしてあるのは店だと父親はいった。
アリスが一生身につけることなどないような、服や帽子、靴、宝石などがそれぞれの店に並んでいて、父に促されるまで、その場から足が動かなかったのを覚えている。
でも、なによりアリスの心を掴んで離さなかったのが、村の教会を何十倍も大きくしたような劇場で見た演劇だった。
店で見た服や帽子、靴、宝石を目いっぱい身につけて——のちにそれはすべて偽物や劇団員の手作りであることを知るのだけれど——、舞台に立つ人々が泣いたり笑ったり怒ったり。客席でそれを見つめる観客が、同じように泣いたり笑ったり怒ったり。
そして、幕が下りた瞬間の、観客がいっせいに立ち上がっての万雷の拍手!
その拍手を一身に受けていたのが、小柄な女優というのもあったのだろう。
(お父さん、あたし、女優になる!)
村への帰り道、興奮して騒ぎ立てるアリスを、父が楽しそうに見つめていたのはもう遠い記憶だ。
「…………く、」
流行り病で父親を亡くして半年もたたないうちに、母親が見知らぬ男と再婚した。新しい父親となったその男は、こともあろうに借金のかたに、アリスを、棺桶に片足を突っ込んだ男の元へ嫁がせようとしたのだ。
(お願い、アリス。お父さんのいうことを聞いて、コルバンさんの所へお嫁に行ってちょうだい。コルバンさんは確かにおじいさんだけれど、お金をたくさん持っているわ、あなたを幸せにしてくれるわ)
(誰が嫁ぐかーっ!)
すっかり男のいいなりとなってしまった母親と言い争いの末、着の身着のまま家を、村を飛び出したのは十三歳のとき。以来、憧れのままもぐりこんだちいさな劇団で、四年間、なんとか必死に働いてきた。
そしてようやく掴んだ主演女優の座。
アリスとしては、いつも以上に全力で稽古に打ち込み、万全の態勢を整えて迎えた初日だった。
脚本の仕上がりも、共演者の演技も見事で、上演中に笑い声やすすり泣きが聞こえ、終了後は鳴りやまぬ拍手に答えるため、二度、三度と舞台に上がったほどだった。
それなのに、
「太っていても痩せているように、年老いていても若々しく、見るものに錯覚させるのが一流の舞台俳優というものである。夕星座のアリス・オーが人並みに演じられるのは彼女と同じ歳の登場人物のみである。つまり、彼女は舞台俳優として三流以下といえるだろう」
辛辣な批評家として有名なウィングフィールド伯セリウス卿の言葉なので、褒め言葉の期待はしていなかった。
でも、「百年にひとりの天才だ!」などと褒めてくれるかもしれないとほんのちょっと期待していなかったといえば嘘になる。
正直にいえば、絶賛されてもおかしくない出来だと自画自賛してさえいた。
「や」
しかし、蓋を開けてみれば褒め言葉どころか、名指しで酷評。上流階級から下流階級、浮浪者まで目を通しているといわれる大衆紙に、三流以下だと一刀両断。
その日、アリスのちいさなプライドは、ズタズタに引き裂かれたのだった。
仲間たちは気にするなと励ましてくれたが、いままで目端にもかけられていなかった自分たちの劇団が、女優の酷評という形とはいえ、かのウィングフィールド伯に批評してもらえたことを素直に喜んでいさえした。
酷評された当事者でないのだから、慰めも簡単に口にできるし、ばかみたいに喜ぶこともできるだろう。だが、アリスは当事者だ。
きっと今日以降の公演は、いつもより客の入りは多いだろう。そして皆、嘲りの笑みを口元に浮かべてアリスの演技を見るだろう。終演後は、わかったような顔をして、口々に「やっぱりあれは三流の演技だ」と繰り返すのだ。ウィングフィールド伯の酷評の、次なる犠牲者があらわれるそのときまで。
アリスは空を見上げた。窮屈そうな建物と建物の間に見えるわずかな夜空に、ぽっかりと白い月が浮かんでいた。
「し——いっっ!!」
十七歳の夜、女優は月に吠えた。
- 「女王陛下に知らせますか?」第1章①更新 ( No.6 )
- 日時: 2016/11/04 21:20
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: OBp0MA9U)
夕星座の公演は、その名の通り、夕方のみに限られている。これはなにも出し惜しみしてのことではなく、劇団員のほとんどが、昼に別の仕事を持っているせいである。
独自の劇場を持ち、そこを拠点に公演する大きな劇団であれば、それこそ専業の俳優や裏方を持ち、一日に二回公演することも可能だろう。
だが、夕星座は、もともとが大学生が主体となって旗揚げした貧乏劇団。他の劇場持ちの劇団が休演の際に劇場を借りて、格安のチケット代をすべて場所代として支払っているようなありさまなのだ。
だからこそ、アリスのような演劇経験のない田舎者でも雇ってくれたし、主演女優を務められるのだろうと、別の劇団に移った元主演女優が吐き捨てていったことがある。
「……まったくだわ」
昼下がりの喫茶店。オープンテラスのテーブルについて、冷めきった紅茶にためいきを落としながらひとり呟くと、
「なにが、まったくだわ、なの? アリス」
ひとりごとを誰かに拾われた。
アリスは顔をあげた。まるで夜会にでも赴くかのようなあでやかなドレスに身を包んだ、黒髪の美しい、おとなびた顔立ちの女が立っていた。
「トゥルーディ!」
「待たせたかしら、アリス。久しぶりね」
そういってにっこりと微笑んだのは、アリスの待ち人、親友のトゥルーディだった。
すかさずあらわれた給仕係が、トゥルーディの椅子を引く。礼を口にし、優雅に腰かけるその姿は、あでやかすぎるその衣装と相まって人の視線を惹きつける。アリスはうっとりと見惚れた。
「トゥルーディは、いつも綺麗ね」
「いやだわ、なによ、突然」
困ったように笑う顔は同じ十七歳の少女そのものであったけれど、彼女は娼婦だ。髪型も、化粧も、服装も、そして雰囲気すら、昼の世界に生きるもののそれではない。周囲から無遠慮に投げかけられる視線がいとわしげであるのは、敏感にそれを察したからだろう。
それでも、彼女は昼の世界に出てきてくれる。月に一度、アリスとおしゃべりをするために。
ふたりがこうやって会うようになったのは、一年ほど前に、彼女がアリスの出演した劇を見に来てくれたことがきっかけだった。
たまたま大きな劇場を借りられたため、演目も派手めなものを用意した。それが運よく大衆紙に取り上げられ、一時的に話題作となったのだ。
トゥルーディは、客のひとりから観劇に誘われてやってきたそうだ。そこで、端役であったアリスの演技を気に入ったらしく、手紙を送ってくれたのだ。
はじめてもらったファンレター。しかし、送り手は娼婦。
その事実は、少なからずアリスを動揺させた。けれど、高級娼婦の存在は、喜劇でも欠かせないものである。いつか自分が高級娼婦を演じるときの参考になれば。下心からお茶に誘ってみたら、いつのまにか親友といえるほどの仲になっていたのである。
最初はもちろん、女優と娼婦という、似ても似つかぬ立場ゆえに話がかみ合わなかったり、お互いの住んでいる世界の違いに戸惑うことも多かったが、そこは同年代の娘たちである。
「今日は顔色がいいわね、あのお客さまだったの?」
「ええ、おかげで朝までぐっすり。ね、聞いてくれる? あの人、やっと名前を教えてくれたの」
「ほんと!? やったわね、トゥルーディ!」
『恋』という共通の話題が、いっきにふたりを近づけた。
とはいえ、初恋もまだなアリスにとっては、もっぱら親友の密やかな恋心を、いっしょになって泣いたり笑ったりするだけなのだけれど。
「それで? なんて名前だったの? どこのひとだかわかった?」
質問を畳みかけるアリスに、運ばれてきたお茶に口をつけながら、トゥルーディは苦笑した。
「それが、サイという名前だけなの」
「サイ?」
- 「女王陛下に知らせますか?」第一章②更新 ( No.7 )
- 日時: 2016/11/05 21:05
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: OBp0MA9U)
トゥルーディはティーカップを置きながらうなずいた。
「それだけ? サイモンとかサイラスの愛称じゃなくて?」
アリスは拍子抜けした気持ちで畳みかけたが、
「偽名ってこともあるわね」
そういって悲しげに表情を曇らせるトゥルーディの表情に、続く言葉を失う。アリスは気がついたのだ。
(ほんとうの名前じゃないんだわ……)
サイと名乗る客の姿は見たことがないが、話を聞くだに、上流階級に属する存在であるのではないかとアリスは考えていた。
労働者のようなくたびれた服装でいつもやってくるそうだが、よくよく見れば汚れた上着も、穴をかがったズボンも、上等なこしらえであるらしい。
話し言葉も訛りがなく、立ち居振る舞いが、貴族のように洗練されているとトゥルーディはいう。彼女の客のひとりに下級だが貴族がいて、その貴族よりも、言葉も振る舞いも優雅なのだそうだ。
そして、なにより、ひと晩中トゥルーディを買える財力。
月にそう何度もあることではないし、二、三カ月来ないこともあるそうだが、それでもトゥルーディは売れっ子のほうだ。ひと晩買おうとすると、そうとうの金を用意する必要がある。
しかし、そのサイと名乗る男は、一度も出し渋るようすを見せたことがないらしい。
おかげで、店を仕切るやり手婆から、絶対に逃がすなと強くいわれているのだと、トゥルーディが微苦笑していたのを覚えている。
「それでも、呼んで偲べる名前があるのはいいものよ、アリス」
つられてアリスの表情も明るいものではなくなっていたのだろう。トゥルーディが、微笑みながらそういった。
「きっと彼のお家には、彼にぴったりな可愛い奥さまがいらっしゃるの。ちいさなお子さまもひとりかふたり、いらっしゃるのじゃないかしら。でも、奥さまが呼ぶのは別の名前。サイとあのひとを呼べるのはわたしだけ。これはとても幸せなことよ、アリス」
「……そうね、トゥルーディ。ほんとうに、そうだわ」
トゥルーディの言葉が、まるでトゥルーディ自身に言い聞かせているようなそれだったから、アリスは素直にうなずいた。
「……それより、」
重くなった空気をみずから払うように、トゥルーディが不意に話題を変えた。
「はじめての主演女優はどうなの、アリス?」
——アリスが、もっとも触れてほしくない話題に、だ。
「……」
「うん?」
「……」
「アリス?」
「……トゥルーディーっっ!!」
アリスはトゥルーディに泣きついた。
大衆紙にウィングフィールド伯セリウス卿の酷評が掲載された翌日から、劇場内はつねに満席となった。いつもは準備したチケットが何十枚も売れ残るところ、すでに完売のようすを見せていて、座長の頬は緩みっぱなしだ。
だが、観客席から感じる視線の、温度の低さといったら。
必死で主人公を演じ続けるアリスの心を簡単にへし折るほどのものだったのだ。
アリスは、持ってきた大衆紙を鞄から引っ張り出すと、親友に押しつけた。
「見て! 読んで! そしていっしょに怒って!!」
「え、ええ……」
勢いに飲まれたらしいトゥルーディが、とまどいもあらわに大衆紙を受け取る。そして開きぐせのついたページを開くと、ややあって、は、とちいさく息を飲んだ。
- 「女王陛下に知らせますか?」第一章③更新 ( No.8 )
- 日時: 2016/11/07 21:48
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: dPcov1U5)
「……どうかした? トゥルーディ」
「い、いいえ、なんでもないわ。でもアリス、これはちょっとひどいわね」
「ちょっとなんてものじゃないわ! おかげでお客さんがみんなばかにしたような目で劇を見るの。これが三流以下の演技かって。せっかく主役を演じられたのに、理想までが遠いよぅ」
「舞台で泣いたり笑ったりするのと同じように、観客にも泣いたり笑ったりしてほしいものね、アリスは」
テーブルに突っ伏したアリスの頭を、トゥルーディが優しく撫でてくれる。こくこくと、そのあたたかい重みにだけ伝わるようにうなずくと、
「——でも、逃げるわけじゃないのでしょう?」
トゥルーディが問うてきた。
アリスは即答する。
「当然だわ」
顔をあげると、トゥルーディが満足げにアリスを見ている。
彼女は娼婦だ。親に捨てられ、たった十三歳で体を売り、いま昼の光の中に座っている。夜の住人が昼日中に出歩くことを、昼の住人は眉を顰める。下世話な視線も、言葉も、無遠慮に投げかけられることは、まれではない。
それでもアリスとこうやって会うためだけに、彼女は昼にやってくる。それなのに、
(一回酷評されたくらいで、逃げ出せるもんですか!)
「ウィングフィールド伯に、発言を撤回させて見せるわ」
「それでこそ、わたしの親友よ、アリス」
このときのトゥルーディの言葉と笑顔を、こののち、何度もアリスは思い返すことになる。それほど美しく、力強く——幼いあの日、アリスの心を掴んで離さなかった万雷の拍手の中に立つ女優そのものだったから。
それにね、と彼女は続ける。
「あなたの演技は、観るものに元気を分けてくれるわ。明るくて、はつらつとして。こんな仕事をしていなかったら、こんなふうに生きられたのかしら、って夢も見せてくれるの」
「トゥルーディ……」
「十七歳の女の子の役しかできないのなら、十七歳の女の子役ならアリスに演じさせれば世界一といわれるようになればいいの。十八歳になったら、十八歳の女の子役で世界一になればいい。二十歳になっても、三十歳になっても、それこそおばあさんになっても、その歳の役をやらせたら世界一と呼ばれるようになれば、それはもう三流以下じゃないわ、専業女優よ」
親友の激励は規模が大きく、アリスは冗談といっているのだと、思わず彼女を見返した。けれど、世界一を目指せというトゥルーディの目は真剣で、怖気づいてとっさに目をそらしてしまった。
(世界一)
それは、途方もない夢だった。しかし、心にある湖が、静かに、ちいさくさざ波を立てていることに気づく。
(世界一の専業女優……)
拳を、いつのまにか強く握りこんでいた。果てしない未来に、頬が紅潮する。
「なるわ、世界一の専業女優!」
「——素晴らしい!」
トゥルーディのその言い方が、まるでどこかの教師の物言いそのままだったので、ふたりは思わず声をあげて笑った。