複雑・ファジー小説
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- トーキョー・フェアリテイル
- 日時: 2017/05/12 21:51
- 名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?mode=view&no=11628
さぁ、始めよう。
『トーキョー』が舞台の御伽噺を。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どうも、水海月と申します。どうぞくらげとお呼びください。
ガチめの初心者ですが、日々くらげのぬいぐるみをポフポフしながら精進したいと思います……!
■目次 (#はイラスト付き)
01.開幕 >>1 >>3 >>4 >>5 >>9# >>10 >>11 >>12 >>13
番外編
・年の瀬編 >>8
□アテンション
・フェアリテイルと銘打ちながら内容は少しダークな予定です。
・童話、昔話など、御伽噺のパロディ(?)を多々含みます。というかそれで成り立ってます。
・R-15くらいのエログロナンセンスにお覚悟お願いします。
■お客様
・柚子雪みかん 様
□Special thanks
・神瀬 参 様
……それじゃ、奇怪なお噺のはじまり、はじまり____
- Re: 開幕 [1] ( No.1 )
- 日時: 2016/11/24 16:38
- 名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)
生まれた時から、既に俺達には『物語』が用意されていたんだ。
そのストーリーが大きく、大きくねじ曲がったのは____
____そう、あの日、あの時。
01.開幕
「これでこの家ともサヨナラ、だなぁ」
「……そうだな」
凪紗が穏やかな笑顔で、残念そうに言う。頭の後ろで組んだ腕をぐっと青空に突き上げ、気持ち良さそうに伸びをした。まったく呑気な奴だ、住む家が無くなったというのに。
「マジでそれだよなー、これからどうしよっか……またこんなボロアパートは御免だけどな」
「言っとくけど、金は貸さないぞ?」
「うわー、このドケチ! 貸してくれよ、家が一件建つくらい!」
頭を軽くはたかれ、思わず凪紗を睨み付ける。こんな金銭感覚がガバガバな奴とはもう、金輪際同居なんてしたくない。こいつの無駄遣いで、いくら損したかはもう数えるのをやめた程だ。凪紗の脳内は、何時だって今日みたいな暖かい春先の快晴なんだろう。
安っぽい古びたドアの隣の壁に貼られた紙の上、表札代わりに、と印刷された『七海 凪紗』の文字と、その下の明らかに手書きで下手くそな『桃瀬 晴』の文字。なんだか変な気持ちがこみ上げてきて、俺は、つっ立ってそれを眺めた。これを見ていると、俺が凪紗と初めて会った日の事を思い出す。
確か、土砂降りの日だった気がする。
「……ついに、『脅威』がハチオウジを完全侵略するとはな」
「いや……二十年でここまで食い止められたのは、凄い方だと思う」
そう。ここももうすぐ、『脅威』達のさまよう危険地帯になるわけだ。
都から避難命令があった範囲内の住民は、全員安全な地域へ移動しなければならない。ここもつい一週間前に指定され、引っ越さなければならなくなり。結果、俺達の行くあてがなくなった。
そもそも親がいないし、頼れる親戚もなし、どうやって生きていけばいいのだろう?
「……うーん、こうなりゃ……奥の手か……」
凪紗が何か妙な顔で呟き、下を向く。
「……なに?」
「あ、何でもない」
そうはぐらかされたので、たいして深く考えずに「ふーん」とだけ返した。
「……あー、君たち!」
突然大声が聞こえ、思わずびくっと背筋が伸びた。凪紗と一緒に、アパートの手前の道路をばっと振り返って見下ろす。一台の白いワゴン車が停まっており、運転席から、アラフォーくらいの年齢のおっさんが顔を出していた。なんだかどうにもパッとしない。
「避難命令から一週間だ。早く他の地域へ避難しなさい! 行き先があるなら、乗せて行ってやってもいいぞ」
「……けっこーです」
凪紗がそう言うと、おっさんは鼻を鳴らし、何も言わずに走り去って行った。申し訳程度の見回りのようだ。『脅威』に遭遇したら、どうするつもりなんだろう。
「……行こうぜ」
凪紗が、俺にちらっと視線を寄越してから、アパートのボロボロの階段をゆっくり降りていく。なんだかんだで名残惜しいのだろう。何故か少しだけ寂しくなって、俺はドアを見つめた後、壁の紙を破ってポケットに入れた。
「今行く」
そう言い、俺はアパートを後にした。
人の気配が全くしない。街自体が死んだように静かだ。
気味が悪い、水を打ったような静寂の中、俺と凪紗はただ歩いた。行き先はない。本当に「ただ」歩いているだけだ。始めは他愛ない会話も弾んだが、十分と経たないうちに、二人とも無言になった。なんだか胸の辺りがどんよりする。足も砂が詰まったみたいに重い。心情に調和しないのんびりとした暖かい空模様が憎い。なんだかこのままではいけない気がして、俺は、とにかく話し出してみた。
「……あのさ、どこ行くの」
「さあ、どこだろうな」
投げやりな口調にちょっとイラつき、「あっそ」となるべく冷たく返す。が、直ぐに後悔した。
駄目だ、こんなやり取りでは気分なんて晴れるわけがない。これからの事を話し合わなければいけないのに、雰囲気を悪くしてどうする。小学生のガキか俺は。
隣を見ると、眉根を寄せ、険しい顔をした凪紗がいる。今にも舌打ちが聞こえてきそうだ。思わず俺も顔をしかめる。最悪の循環だ。
……何にせよ、この状況は打破しなくてはならない。どうすればいいだろう。
こういう時は、何か驚かせるようなものがいいかもしれないと思い立ち、俺は小さく息を吸った。
「あのさ」
「……何だよ」
「この世界から『脅威』が消えるボタンがあります。それを押すと、苗字が『も』から始まる人が全員死にます。あなたはボタンを押しますか?」
「……は?」
今度は横をしっかり向く。すると、凪紗の大きく開かれた綺麗な茶色の目と目が合った。少し気まずくなって直ぐ顔を逸らす。なんだか気恥ずかしい。訊かなきゃよかったかも。と、心の中で呟き、がしがし頭をかく。
「……冗談、ごめん」
俺が発言を取り消しても、凪紗は真面目な顔をして下を向いた。
「オレは……」
……突然、大きな地鳴りが聞こえ、地面が激しく揺れた。間髪入れない咆吼。
「グオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!」
俺達は咄嗟に後ろを振り返り、そして絶句した。
地面から完全に姿を現したそれは、完全に異形だった。気持ち悪い緑色の巨体は見上げるほど大きく、額に角が生えている。とてつもなく臭い。そして、何より特徴的な大きな一つ目は、紫色に輝いていた。
「……『脅威』だ」
思わず呟く。小学生の時、「紫の目を持つモノは悪いやつだから、会ったら逃げろ」みたいなことを教わったのを覚えている。今、それを間近で確認しているのだ。実際、五メートルも距離は無い。しかし、教わった事を実行できなかった。脚がすくんで、動けない。辛うじて、凪紗に向かって声を絞り出す。
「逃げっ……」
腹に衝撃が走った。凪紗の驚いた顔がちらつく。体が宙に浮いたと思った直後に背中にも衝撃が来た。頭がぐらぐら揺れているみたいに、何が何だか分からない。痛い。すごく痛い。
薄く開けた目の隙間から、『脅威』と凪紗の姿がぼんやり見えた。どうやら俺は吹っ飛ばされたみたいだ。スローモーションの世界で、凪紗が俺に駆け寄ってくる。おい、待て。敵に背中を見せたら殺られるぞ……
案の定、『脅威』は凪紗に向かって拳を振り上げた。ゆっくりと、そいつが一歩踏み出す。凪紗は気付いていないのか、いかにも一心不乱といった形相でこちらに駆けてくる。
「……なぎ……さ……」
気付けよ、バカ。
……そんな心の声も虚しく、『脅威』は、凪紗に拳を振り下ろした。
凪紗は潰れた。と、思った。
急に凪紗の背後に、「何か」が現れた。青い、何か。水流のような感じだ。よく見るとそれには爬虫類の顔があり、『脅威』の拳に向かって大口を開け、牙を突き出している。爛々と輝く瞳。その「何か」は、『脅威』の拳に噛みつき、攻撃を受け止めた。
(なんだ……あれ……)
凪紗は攻撃に気が付いた様で、ばっと振り返った。その姿がだんだん霞んでいく。瞼が重い。真っ暗になった世界に、凪紗のよく通る声が響いた。
「【セブンス・シー】!!」
- Re: 開幕 [2] ( No.3 )
- 日時: 2016/12/05 01:06
- 名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)
『凪紗! どうしてこいつ男の癖にヘアピンなんかつけてるわけ?』
『えっと……色々あったんだとよ……』
……やかましい。
『はぁ〜、いかにも都会、って顔してんなぁ。綺麗な顔だっぺなぁ』
『えぇ? 普通よ、どう見ても!』
『んー……一応色は白いけど、判断し難いかな』
……うるさい。
『ちょっとお前ら……晴が起きちまうだろうが……』
唯一知っている声。あぁ、凪紗だ。何故だかなんとなく懐かしい。
凪紗の制止も効かず、まだ知らない声は何か話していた。
「……あのさ、起きてるんだけど」
騒がしさに我慢できず、目を開けて、勢いよく上体を起こしながら言ってみる。今俺は多分、物凄い仏頂面をしていることだろう。俺が横たわっていた黒いソファの隣に居た知らない少年がビクッと肩をすくめた。そしてソファの側にもう一人立っている。目をやると凪紗で、少しほっとした。しかし、俺のそんな気持ちとは逆に、凪紗は目を見開いた後、どことなく気まずそうな顔をした。
「……あ……」
「おい、凪紗お前! ここは一体……」
凪紗が何か言おうとしていたのを、わざとではないが遮ってしまう。いつもなら元気に、直ぐ反応するのがこいつなのだが、「……おう」と呟いたきり、下を向いて黙ってしまった。変だ、おかしい。何かあったのだろうか。俺は首をかしげて、凪紗から目を離し、辺りをぐるりと眺めた。
照明はあるみたいだが、少し暗い。見渡してまず目に飛び込んできたのは、一面コンクリートの壁。窓は高めの所にいくつかあり、天井は尋常じゃない位高い。普通の家ではないことは確かだ。灰色の殺風景さを隠そうともせず、壁の表面を剥き出しにしている。半世紀以上前に、こんなのが流行ったと聞いたことはあるが、実物を見るのは初めてだ。
視線を動かすと、白と黒を基調とした品のいい家具、そして見知らぬ人が数人いて、こちらをじっと見ている。ますます混乱してしまう。凪紗の浮かない顔と関係あるのだろうか。何かの組織に捕まったとか? もしかして死後の世界とか?
不安が心を支配し、俺は思わずソファから立ち上がった。そう言えば、いつの間にか傷が完治している。その事に若干驚きを感じながら、凪紗に詰め寄った。
「……ここは一体何なんだって、訊いてるだろ、なぎ……」
「……それは、俺から説明しようかな?」
右から、心地よい低さの声が聞こえてきた。ふっ、と空気が静まり返る。俺は、そちらに首を向けた。
部屋の奥の方に木机があり、その机に寄りかかっていた男が、声の主らしかった。ぼさぼさの黒髪を無造作に後ろで束ねている。やたら光を湛えた金色の目が、緩く微笑んだ。
「やぁ、初めまして……ちょっと、皆は席を外してくれるかい。あぁ、凪紗も」
「……隊長、」
凪紗がまた何かを言いかけた。しかし、その肩をぽん、と叩いて「早く行くべ」と急かす方言男子。金髪の少女も、ぐいぐい凪紗を引っ張っていく。あっという間に、他の人間は数個あるドアにそれぞれ消えた。部屋に残ったのは、俺と、「隊長」と呼ばれた男だけだ。緊張から、体が少し硬直する。「隊長」は手招きし、俺を机の側に呼ぶ。何か仕掛けてあるかもしれない。ゆっくり、慎重に近づいていったら、「どうぞ」と近くの椅子に座らせられた。拍子抜けだ。
「……さぁ、それじゃあ話そうか」
「……はい」
「まずは自己紹介から、かな。俺は笛吹 凛。皆からは隊長、って呼ばれてる」
優しくも、どこか妖しい笑みを浮かべた男が言う。なんとなくだが、胡散臭い。飴色の、使い込まれているらしい木机にもたせかけたままの体は線が細く、身長も高かった。彼の薄い唇が開く。
「えっと、桃瀬 晴、だったっけ?」
「……はい」
「じゃあ、晴くん。君は……御伽噺は、好きかい?」
「……え?」
全く予想していなかった問いが飛んでくる。あまりにいきなりだから、何て答えようかちょっと迷った。キョロキョロと目を泳がせながらどもる。きっと俺は、格好悪い挙動不審な姿を晒しているのだろう。笛吹と名乗った男が喉の奥で笑う。よいしょ、と腰を浮かせ、おもむろに歩き始めた。
「知っているだろ? 大昔の文学の生んだ宝だ。例えば桃太郎とか、本当に千年以上前のものだったり、五百年ぐらい前の最近のものもある」
「はあ……」
五百年前がそんなに最近だろうかと、俺は首を捻った。五百年前というと……第一次世界大戦の頃か? だいぶ昔だな。
そんな事を考えているうちに、笛吹は一冊の本を、壁の本棚から取り出してきた。薄い、朱色の表紙の本だ。今時紙の本なんて珍しい。彼は頁をぱらぱらと捲りながら、俺の向かい側の椅子に座る。座り方もなんとなく品があるというか、ばっさり言ってしまうと色っぽい。大人の色香というヤツだろうか。決して惚れてはいないけど。ますます変な人だ。
「ほら、これ」
そう言い、笛吹は本の中の挿絵を指差し、俺に分かるように見せた。それは人物で、旅人のような雰囲気を出し、角笛を吹いている。驚いたのは、その後だ。その男の後ろに、生気のない目の子供たちが何人も、ぞろぞろと付いて行進している。不気味な行列に、思わず息を飲んだ。そんな俺を面白そうな目で見た笛吹は、ゆったりとした声で語る。
「『ハーメルンの笛吹き』。ヨーロッパのハーメルンという街で起きた、幼い子供達の大量失踪事件を元にした、と言われている童話だ。……とある旅人が、ハーメルンの街から黒死病……ペストかな。それの原因になるネズミを、不思議な音色の笛で、一匹残らず追い出した。しかし旅人は気味悪がられ、感謝もされずに街を追い出された。旅人は報復に、その街の子供達を笛の音で一人残らず連れ去って行ってしまった……という話だよ」
首の付け根辺りに鳥肌が立った。そんな話、聞いたこともない。
「はは、童話にしては怖いかな?」
「……えっと……大丈夫です」
「なら良いんだけどね。そしてこの、『ハーメルンの笛吹き』が、俺の中に埋まっている……種だ」
「たね……?」
全く意味が分からない。何も言えずにポカンとしていると、笛吹がまた語り出した。表情がいくらか真剣になっている。俺を騙しているというわけでは、多分ないのだろう。そう信じたい。
「……『脅威』は二十年前に、オクタマで初めて確認され、周囲に深刻な被害を与えたのは知っているね?」
「はい。学校で教わりました」
「うん。そうだと思う。これから話す事は教科書にも載っていないし、教師が教えることでもない。むしろ事実を知らない人の方が大勢いるだろう……だけど、真実だ。信じて欲しい」
ゆっくり、頷く。
「ありがとう……君は、『脅威』の特徴を幾つ知ってる?」
「んっと……紫の目と、後は……現代の兵器では倒せない、だったっけ……?」
「正解だ。でも、それに加えてもう一つある。分かるかな? 晴くんが知っている『脅威』の種類を思い出してごらん」
種類? ニュースとかで見たもので良いのだろうか。例えば……
……鬼。オオカミ。でっかい鳥? 金閣と……銀閣……後は……ジャバ何とか……
「そうそう。よく覚えてるね。そいつらの共通点、分かる?」
「……えっと……わかんない、かも」
「ホントに?」
金色の瞳でジッと見つめられ、どきまぎしながらも頷く。笛吹はため息をつき、苦笑いした。
「そっか、まあしょうがないね。じゃあ大ヒントだ」
「…………」
ごくりと、唾を飲み込む。
「鬼は、日本の話全般」
「……は?」
「金閣と銀閣は『西遊記』。でっかい鳥……ロックバードは『シンドバッドの冒険』。オオカミはヨーロッパ全般かな」
「あ」
「……ジャバウォックは、『不思議の国のアリス』だ。ここまで言えば、もう分かったよね」
笛吹が静かに煽る。ようやく、何故さっきから御伽噺が話題なのかが分かった。俺も頭は良くはないが、この問題も難しい。御伽噺なんて、ほとんどそれぞれのタイトルでしか聞いたことがない。小さい頃、膝の上に俺を乗せ、絵本を読んでくれる人など、居なかった。本を手に取ったのなんて、だいぶ大きくなってからだ。その時は、もう子供っぽいお話になんて興味が無かった。読む機会はゼロだったが、ここまで言われたら答えられる。
息を吸い込んで、ゆっくり吐き出し、俺は答えを出した。
「『脅威』の正体は、それぞれの御伽噺に登場する悪者……ですか」
笛吹は、あはは、と笑った。
「あたり」