複雑・ファジー小説
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- テ・ツ・ガ・ク・ゾンビ
- 日時: 2017/01/07 21:25
- 名前: 電柱 (ID: jV4BqHMK)
- 参照: http:/https://kakuyomu.jp/works/1177354054882254138
「生きている意味とは?」
「俺は……何者なんだ」
「死って……?」
そんな哲学、こんな腐った世の中じゃ、何の役にもたたないじゃないか!!
前代未聞のゾンビパニックにより荒廃した日本の救済は、ひとりの白衣の青年、哲に託された。
哲学的ゾンビ、
世界五分前仮説、
スワンプマン、
アキレスと亀……
己を証明せよ。
解答を導き出せ。
命題を見いだせ。
「腐ったゾンビどもの脳をぶち抜くのは弾丸でもなんでもねぇ、私たちの魂だ!」
その身に宿せ、世界の神髄を。
学ばぬ者に明日はない。
※ブロマンス表現があります。
目次
プロローグ >>1
『問題提起』
1、目覚め
1泥男、帰還ス >>2
2ゾンビサイキッカー >>3
3それでも私は >>4
4有象無象は死にたまえ >>5
5私立ゾンビ保育園 >>6
6神に祈りを >>7
- Re: テ・ツ・ガ・ク・ゾンビ ( No.3 )
- 日時: 2017/01/07 21:06
- 名前: 電柱 ◆mkc9J3u9MM (ID: jV4BqHMK)
- 参照: http:/https://kakuyomu.jp/works/1177354054882254138
「ばっか、テメー揺らすんじゃねーよっっ」
「しょーがないでしょー、パブロフこいつさっきからずっとスカート覗いてくんだからよー」
「??」
「こンのスケベ犬!!!! くたばれ!!!」
「……大人げな」
……結局。中途半端が一番だめだと、哲も巻き込んで歓迎パーティーの準備を進めることになった第1ラボメンバーたち。
1人黙々と折り紙飾りをつくり直し続けるアキレス。ぼたぼたと落ちる血が紙を赤く汚していって、なかなかスプラッタでダークな仕上がりだが。
「さっき所長から連絡があった。もうこちらに向かっている、すぐ来るそうだ……どうすんだ、こんな散らかってて」
「なんとかするしかないでしょー」
「パブロフ、確かに少し便利だが自分の腕を画鋲刺しにするな。見てるこっちが痛ぇ」
「おーよしよし、パブロフは痛覚お釈迦だもんなー、しょうがないよなー」
終わりが見えない作業と、そして、久しい戦友に何て言葉をかけていいのか……哲は深くため息をついた。
*
「このラボは外から遮断されている……理由はあちらで話そう。ともかく、研究所というよりは、基地という方が良いような気もする。大きな窓があるのは一部屋だけだ。もちろんどんな手段でも傷ひとつつけられん……であろう強化ガラスのな」
「……であろう、ですか?」
「ああ、私たちのようなサイキックなら壊せるかもしれん」
所長室を出た2人は、せっかくだから、ある程度の地理は頭にいれてくれ、と、研究所内を巡っていた。無機質なリノリウムの床に足音がひびく。
「あまり広くても困る……部屋は最小限にとどめたつもりだ。食堂、娯楽室、資料室に資材、食料庫……屋上は海外からの物質調達のため一応ある。出口はそこと地下道、あとは非常口のみ」
「……海外から、ですか?」
「ああ、1つだけ定期的に援助をくれる団体がある。他の国はもう、日本になんて関わりたくないだろうな。政府が機能停止した今、表向きの友好関係も意味がない」
「そんなことが……」
栄瞬はうつむいた。事態は思ったより深刻なようだったからだ。
しかし所長は、真っ直ぐ前を見据えた強気な瞳で語る。
「大丈夫、私たちがいる限り、復興の希望はある。元の豊かな国に戻るのには相当な時間がかかるだろうがな。その上で、君たち第1ラボメンバーは非常に重要なのだよ」
「何かと戦っていた記憶はあるのですが……不甲斐ない……自分の仕事も思い出せません」
「まあそう気を落とすな。そう、だな、まあ言ってしまえばそれなのだ、第1ラボの仕事は。元哲学的ゾンビ、現本モノのゾンビどもを殺すことだ」
「……意味が、わかりません」
突然現れたファンタジーな単語に、栄瞬の脳は追いつかなかった。
思考するほどにわかには信じられない。ゾンビ、リビングデッド、歩く死体、蘇る死体……映画にでてくるアレだろうか? 弱点は脳のみ、噛まれると感染するという、アレか?
それに、哲学的ゾンビとは、目覚めたときそばにあった手紙にかかれていたーー
「……日本はゾンビに侵されたのだ。原因はハッキリとしていない。ほぼ不明だ。発生源は東北のようだが、今は本州、四国、九州全部ダメだ。青函トンネルが封鎖された北海道、遠い沖縄はまだ大丈夫だが……。ゾンビだと分かって、各国は逃げ惑う日本人の受け入れを打ち切った。自国が感染しては大変だからな、打倒だろう。何カ国かにほんの一部の富裕層や運のいい人は逃げられた。海外に逃げた政治家を批判する間もなく、日本は終わった」
「そんな、ことが……」
栄瞬は強いショックを受けた。まだ全ては受け入れられないが、パズルのピースが1つはまった。思い出せなかった記憶の一部、突如起こったなにかは、ゾンビパニックだったのだ。
「君たち軍人はよく戦ったよ。しかし、人には限界があるものだ。君の隊も全滅してしまった……残っている大きな対ゾンビ組織はここだけとなってしまった」
「しかし、俺は!……私たち、は、生きています」
「……」
所長は考えこんだように黙りこくった。
そして、うーんと唸り言った。
「いや、正確には……? 生きている……というのもまちがいではない。しかし、ううん……とだな……ああ、ダメだな、私では。これは君の仲間たちから聞きなさい。そっちの方がわかりやすいだろう」
「……わかりました」
まだモヤモヤとしたものが残ったが、ここは所長に従うことにした。
「……話をこの研究所に戻そう。まず、ラボは4つある。簡単に言うと……第1ラボは戦闘、探索。第2ラボは研究、分析。第3ラボは救護、保護、管理。第4ラボは実験、というところだ。それぞれ小さいが棟が分かれているから、あとで挨拶にでもいっておいで」
「はい、そうします……」
「よし!」
所長はとある扉の前で足をとめた。
他と同じ、白い扉。中からは話し声……というか、叫び声が聞こえる。
「相変わらずここは賑やかだな」
「だ、大丈夫なんですか」
「はは、いつものことだ。よし……んんっ、おい! 私だ!」
所長はノックをして、よく通る声を張った。一瞬、中の喧騒がやむ。トトトト……と足音が聞こえ、がちゃ、とノブが回る。
「……所長、すみません、騒がしくて」
でてきたのは哲だった。かがむことによって、2つボタンが外されたシャツの胸元から、下品なピンク色の、ハートを模したようなタトューが覗いた。
「えい……しゅん」
哲は、信じられないというような、嬉しいような……肩の荷が下りたような、それでいて申し訳ないような。そんな複雑な表情を浮かべていた。
「……」
栄瞬はなにも言えなかった。この彼が、所長のいう戦友で、あの手紙の主なのだろうかと思うが、何1つ思い出せない。
「あ、あの……私、は……」
次の瞬間、
「おかぁーーりーー!!!」
「な……っっ!!!」
「ぅお……っっ!!?」
どたーん!! と派手な音をたてて、栄瞬は後ろに尻餅をついた。所長は危機を察知していたのか、いつのまにやら少し後ろに退いていた。
哲を押しのけ栄瞬を押し倒したのは、興奮覚めやらぬ様子のパブロフだ。
「ええしゅん!! えーーーしゅん!! おれのえさ!!!」
「っ、な、なんだ貴様……っっの、け!!」
「くわせろ!!!」
今にも喉元噛みつかん勢いのパブロフを、栄瞬は必死に押し返す。その押し返した手にガブガブと噛みつかれ、獰猛な犬歯が肉を割いた。
「だ、だめですよパブロフくんっっ! 師匠はエサじゃありませんっ」
「あーあ、完全にスイッチはいっちゃってんね、こりゃあ」
慌ててかけつけたアキレスが、なんとかパブロフを引き剥がそうとするも、パブロフのリミッターの外れた怪力にはかなわない。道明は遠目からみて笑っている。
「は、なしてっ、くれ…………離せ!!!!!」
「がふっっ!!」
栄瞬の膝が、パブロフの鳩尾に入った。空気とともに赤黒い血が口から吐き出された。そのままゴロゴロと二転三転したパブロフは、そのままうつぶせで倒れ伏した。
「相変わらずの筋力だね〜」
「パブロフくん……師匠相手にむりするから……」
「あー、くそ犬……私と栄瞬の感動の再会を……いてぇ……」
あきれ顔の4人に対して、栄瞬は目を白黒させている。
「だ、大丈夫なのか、彼は」
栄瞬のその発言に、哲、アキレス、千種の動きが止まる。表情が凍りついた。ぁあ、まずい……所長は、目元を覆い、天を仰いだ。
哲が固まった表情のまま、声を絞り出す。
「か、彼って……てか、大丈夫なのかっ、て……、私たちのこと、覚えてねーの……?」
- Re: テ・ツ・ガ・ク・ゾンビ ( No.4 )
- 日時: 2017/01/07 21:09
- 名前: 電柱 ◆mkc9J3u9MM (ID: jV4BqHMK)
- 参照: http:/https://kakuyomu.jp/works/1177354054882254138
あとは親しかった者だけで、と、気まずそうに所長が席を外した第1ラボ内。
友の帰還に舞い上がっていたその分、記憶を失っていたことへのショックは大きい。
「まさか、こんなことがあるなんてな……」
千種は深刻な表情で、ぐっとプリーツスカートの裾を握りしめた。
「すまない、私のせいだ。私を庇わせて大きな損傷を与えた上、再生プログラムに誤りがあったとは……」
自分の失敗が情けない。やるせない気持ちでいっぱいになり、いつにもまして険しく、悔しげな哲に、栄瞬は言った。
「……申し訳ないのは、俺の方だ」
無表情の中に自責の念をたたえ、栄瞬は続ける。
「俺はこんなにも慕われる人物だった覚えはない……ここにくる前……軍にいたとき一度死んだのも、俺が人の心がわからなかったせいだと、一度記憶も何もかもリセットされた今なら分かる。お前たちは、そんな俺にもきっと優しかったのだろう……」
栄瞬は、栄瞬が記憶を失っていると気づいた瞬間の、哲の今にも泣き出しそうな絶望的な表情を見たそのとき、記憶を断片を拾っていた。
『あなたのような人のもとで、命を捧げろと? もう、いい加減、ふざけないでほしい……やってられませんよ』
『アイツは冷血な鬼野郎だぜ。俺たちなんて、出来損ないの使い捨てとしか思ってねーんだ』
逃亡する兵士。
終わらない戦場。
鼓膜を裂きそうな爆発音。
一人、また一人と息絶えて。
底を付いてしまいそうな物資。
『兵士たちがいうように、たとえあなたが心のない鬼だとしても、私はついていきます、泥濘大尉』
絶対の信頼おく、右腕と言える部下のその言葉は、安堵とともに、やはり自分は冷徹な人間なのだという深い傷も残した。
その部下も、栄瞬を庇って死んだ。人間の命とは、実に呆気ないものである。
『彼は何のために生まれてきたのだろう?』
『少なくとも……俺を生かすためじゃなかったハズだ』
トランシーバーから流れるのは、栄瞬の隊の、任務失敗通知。『全滅』と繰り返される無機質なその音声は、栄瞬たちはもう死んだものとして、捨てるということに他ならない。
そんな知らせを聞きながら、栄瞬はつぶやいた。
拠点はもうゾンビたちに包囲されている。侵入してくるのもそう遅くはないだろう。
栄瞬にはもう、ゾンビたちを迎え撃つ手段も、その気もなくーー
「お前たちの期待を裏切ったこと、記憶がない俺では、きっとお前たちの力にはなれないことーー本当に、すまない」
奥歯を噛み締める栄瞬、黙ったままのアキレスと哲、何も分かっていないであろう、頭上に?を浮かべ続けるパブロフ……
重々しい空気に耐えかねた千種は、自身もそうとうショックを受けてはいるが、それでも、無理に明るく、話題を切り替えようとした。
「落ち込んでてもしょうがないって! ほら、じゃあ1から説明しなきゃだろ?? 私、ここじゃ一番新入りだし、後輩できたみたいで嬉しいよ!! うん! ほらっ、哲! リーダーだろ、しゃんとしろよっ!」
どん、と鈍い音をたてて、小突く、というにはだいぶ強く、千種は肘で哲の脇を突いた。
「ってぇ! な、なんだよ……ったく……まあ、そうだな、くよくよしてても、な……」
やっと前を向いた哲に、千種は安堵する。
「……じゃあ、ひとまず、この組織? については、所長から聞いたよな?」
「あ、ああ。今でも正直信じがたいが……このゾンビパニックの収束のために、哲学的ゾンビではなく、本当の人間を探しだし、再び人間がこの日本を統治できるようにするためのそ組織だ、と……しかし、所長から受けた説明だけでは、俺たちがなんなのか、何と戦っていたのかははっきり分からない……元、哲学的ゾンビ? だと聞いたが」
ああ、そのとおり、と哲は腕を組んで満足げに頷く。
「本当の人間は、この日本に……いや、世界にほんの一握りだと私は結論を出している。そして、今暴れ回っているゾンビどもは、ウイルスに感染した元哲学的ゾンビどもだ、と」
「じゃあ、俺が戦っていた彼らは……?」
「そう、全員クオリアを……意志を、感覚を、患者を持たない生きる屍、ということだ。よって、罪悪感を感じる必要はない。まあ、君は元軍人だし、大丈夫かもしれんがね」
「私はその事実にだいぶ救われたよ。ああ、人殺しになんなくてすんだんだ……ってな」
千種は、はぁーっと息を吐いて言った。
栄瞬は、哲を金色の瞳でじっと見つめて問う。
「では、人間が感染したら……?」
「それが、私たち学者だよ」
「サイキック……」
栄瞬は、所長からの説明でも何度か聞いたその言葉を反復する。
「学問の力を持つ者。そして、ゾンビに対抗できる、唯一の新人類。一度死に、ゾンビウイルスに感染した者で、各々が何らかの特殊能力を持っている。ゾンビどもと同じく、脳を破壊されねぇかぎり、二度目の死を迎えることはない」
「なんだと? それなら、俺たちも、なんら奴らと変わらないじゃないか!」
栄瞬はあからさまに顔をしかめた。
哲は冷静に答える。
「ああ、そうだ。クオリアどうこうはおいておいて、アキレスなんかをみるとおり、身体的にはほとんど変わらねぇ。ただ能力があるかないか、だ。だからいってるだろ? 私たちはあくまでゾンビなんだってな」
まだ納得しきってはいないようだが、なるほど……と、栄瞬は引き下がった。そして、アキレスとパブロフをちらりと見て、遠慮がちに次の問いを投げかける。
「……では、彼らは……なぜ、その……そんな外傷が酷いんだ」
「ああ、これは、僕らに宿る能力の違いですよ」
アキレスがにこやかに答えた。ひ、と、栄瞬が顔をひきつらせる。にこやか、とはいっても、アキレスの傷だらけの顔では、完全にホラー映画のそれだ。しかし、栄瞬の恐怖の対象はそこではないらしい。
「……虫は、あまり得意ではない」
アキレスは、一瞬きょとん、としてから、ぷ、と笑いを漏らした。
「ああ、そういえば、師匠は虫がお嫌いでしたね、スミマセン」
アキレスの顔で一番目立つ、左頬のおおきな傷。そこや口からは、時折うねうねとしたウジ虫が顔を覗かしているのだ。軍帽で傷はかくれているが、頭からはとめどなく血が流れている。
パブロフはパブロフで、肌は青白く、身体中包帯ぐるぐる巻き、手錠や足枷の痕が痛々しく、頭には大きな刃物が刺さったままである。
一方で、哲や千種、所長は、ほぼ無傷である。
「い、いや、いいんだ、俺のことは……で、能力の違いとは?」
「ん? ああ……ええと、な、能力は、3種類に分かれているんだ」
そういって、哲は指折り数えていく。
「哲学、数学、心象実験……だ。哲学は生前の外傷も、ゾンビになってからも塞がる。数学は外傷が塞がらない。心象実験はまた特殊で、実はこいつらのクオリアは後付けなんだ。人体実験の産物ってやつ」
「では、このなかだと……」
「パブロフだな。以前は哲学的ゾンビだった。しかし今はクオリアがある……見たとおり、完璧ではないがね」
「なるほど……」
栄瞬はパブロフをしげしげと眺めた。この狂犬のような彼は、昔は哲学的ゾンビだった……納得するような、信じられないような、そんな気持ちだった。
「さて、こんなもんかな……質問はあるか?」
「大丈夫だ、いまのところ」
その返答をきいて、よし、と、哲は手を打った。
「じゃあ……改めて、自己紹介といこうか。私はここのリーダー、学屋 哲。『哲学的ゾンビ』のサイキックだ。クオリアを宝石のように物質化して取り出すことができる。真骨頂はそこではないのだが……それはまたの機会で。あと、仲間に思われるというか錯覚させられるから、ゾンビに襲われず歩くこともできる」
次に、ハイ! と、千種が元気に手を挙げ立ち上がった。
「次、私! 私は道明 千種、17歳の女子高生……だった。うん。能力は、『バター猫のパラドクス』。ネコは必ず足をついて着地する、バターを塗ったパンは、バターを塗った面を下にして床におちる……なら、ネコの背中に、バターを塗った面を上にしてパンをくくりつけたら、床に着地せず、延々と廻り続ける……っていう、永久機関を提示したパラドクスなんだけどさ。そのパラドクスのとおり、私は廻り続ける永久機関を作り出すことができるってわけ。改めてよろしく!」
早口で言い終えると、千種はぼすん、とまたソファに腰掛けた。
「あ……では次は僕が。僕は本名を覚えてなくて……アキレスっていいます。師匠の弟子です。師匠は戦い方とか、色々教えてくれていたんですよ。名前は能力から取りました。『アキレスと亀』という数学です。亀がスタート地点を出発し、a地点を通過したとき、アキレスはスタート地点を出発する。アキレスがa地点にいるとき、亀はb地点にいる。アキレスがb地点にいるとき、亀はc地点に……というように、永遠にアキレスは亀に追いつけない、という話です。このように、僕は相手との距離を操ることができるんです。どれだけ必死に走っても、敵は永遠に僕に追いつけないんですね、ええ。ああ、これは師匠が考えてくださったんですが、その追いかけられてる間に、鉄砲でバーンってやっつけてしまうんです。師匠は本当に……」
「アキレス、アキレス! そこらへんにしとけ、日が暮れる」
アキレスはハッとして、すみません……と縮こまった。あまりヒートアップするな、と哲はアキレスをたしなめつつ、困ったように、横目で狂犬を、パブロフを見た。
「あー、ええと、パブロフの分は……」
自分の名前が呼ばれた瞬間、パブロフはばっと上体を起こして叫び始めた。
「おれ! パブロフ、の、いぬ、みんなえさ、たべる、おれ! えさ!!」
すかさず、アキレスがパ興奮状態のパブロフを、また栄瞬を押し倒して襲ったらたまらない、と、よしよししてたしなめる。
「あ、彼はパブロフ君です。こんなですけど、まあ、ただのわんこです、わんこ。能力は『パブロフの犬』。犬に、ベルを鳴らしてエサを与える。それを繰り返していると、犬はエサをもらえずとも、ベルの音を聞くだけでよだれを垂らすようになる……という実験です。彼は、ベルをならすと、見たものをエサと認識し、犬としての彼の力を100%までひきだし、補食します。僕らなんか、たとえ師匠でも比にならないほどのパワーなんですよ」
よしよし、よしよし、と、とても嬉しそうにパブロフを撫でるアキレス。栄瞬はそれを見て、軍人だった自分にはこんな戦友はいなかった……と、微笑ましくも少し寂しい気持ちを覚えた。
「と、まあ、私たちはゾンビと戦っているわけだ」
「ああ……よくわかった、感謝する」
「栄瞬……泥濘栄瞬」
哲は、立ち上がって、栄瞬に握手を求めた。困惑しつつも、栄瞬も、ゴツゴツとした武骨な手を差し出す。すぐさま、ガシッとその手を握った哲は、キッとした表情で栄瞬を見つめた。先程までの気弱な表情はもうない。
「栄瞬が記憶を失ったと聞いて驚いたし、悲しくも思う。しかし、それでも……それでも! この私が、栄瞬の盟友ということに変わりはない! たとえ君が君でなくても、一生をかけて共に戦おうと、そう誓ったことは覆らない! 泥濘栄瞬、共に戦おう!」
記憶を失っていようと、栄瞬にはハッキリとわかった。
『ああ、この彼は……俺の半身だ。
この安心感、信頼できるという思いに、俺は何度も救われてきたんだ……』
「世界を、救うぞ!」
栄瞬は、力強く返事をする。
「ああ、もちろんだ!!」
- Re: テ・ツ・ガ・ク・ゾンビ ( No.5 )
- 日時: 2017/01/07 21:12
- 名前: 電柱 ◆mkc9J3u9MM (ID: jV4BqHMK)
- 参照: http:/https://kakuyomu.jp/works/1177354054882254138
ショックを乗り越え、自己紹介も終えた哲たち。
ひんやりとした湿った外気の流れる、研究所とは違って原始的なトンネル……所長からの説明にもあった、地下道を進んでいた。先頭をいくのは哲、哲に並んで千種。その後ろに栄瞬。そのまた後ろには、口枷をはめられ、その上手錠と足枷で動きを封じられたパブロフ。アキレス以外の人間には見境なしに噛みついて補食しやうとするので、必要時以外は拘束しているのだ。そして、そんな彼の首輪についた鎖を握り、台車のようなもので運搬するアキレス。
外へ出る目的は、外界に蔓延るゾンビたちの調査、及び生き残った、またはサイキックと化した人間の捜索だ。
研究、分析を担当する第2ラボから要請があったのは、つい先ほどのことだ。
『先日……3日前ほどか、君たちが発見した、不審な行動を繰り返すゾンビなのだが、監視の結果、一様にとある場所に向かっているらしい。新たなサイキック、もしくはゾンビパニックの原因となる何かの発見ができるかもしれない。急行するように。詳しい場所は──』
「石反イシソリ第一保育園……」
「保育園に群がるゾンビ……想像するだけでアホな光景だな……」
石反第一保育園、そこは、ここ一帯では一番おおきく、新しい保育園だ。意識せずとも目に付く、クリームイエローの外壁に赤い屋根、様々なファンシーキャラクターが装飾された数々の遊具、以前別の調査で付近を通過した哲たちの記憶にも残っていた。
「あー……やっぱりさ、ゾンビといえど、できれば子供は相手したくないなぁ、私……」
武器である剣道の竹刀片手に、強い光を放ち、行く先を照らしている懐中電灯を揺らしながら、千種は気が進まなさそうに、暗い表情を覗かせていた。
「どうしてだ?」
栄瞬は不思議そうに、自分より30cmほど背の低い千種を見下ろした。
「だってさ……」
「あー、子供は案外機動力あるし、狭いとこからでてくるから気がぬけねぇしな」
「そーいうことじゃないっての! かわいそうだって話だよ!」
千種の叫びが、地下道内に反響して余韻を残す。冗談だっての……と、哲は口を尖らせた。
「でも、そうですね、子供は僕もあまり……」
「かわいそうだよね……」
「あ、いえ……子供は小さいので的にしにくいんです」
「んぐぐぐ」
「パブロフくんも、食べ応えがないって……」
「……ここは地獄か」
血も涙もない鬼め……と、千種はうなだれた。
栄瞬は、日本を救おうとする果敢な戦士だとしても、やはり根本は普通の女子高生なのだな……と、世界からいまだ無くならない悲惨な戦場を見てきた自分には、もうない純粋な感情を、少し羨ましくも思った。片手に持ったアサルトライフルは、長い眠りから覚めた今でも、しっくりと掌に馴染んでいて、戦場という自分の居場所を、いやでも自覚させられる。
「……その、保育園まではどうやっていくんだ」
今は一刻もはやく役立てるようになるのだ、と、栄瞬は邪念を振り払った。
「ん? ああ、普通に車だよ、車」
ワープ能力のサイキックでもいたら便利だったんだけどな〜と、哲は半笑いで言った。
「……車」
「問題だらけだ、実際。ガソリンスタンド使うのも命がけだし、強度の優れた軍用車両は持ち出すの大変だったし。そもそもここ付近のガソリンがいつ底をつくかもわからないし」
「だからソーラーの車見つけようよっていってるじゃん?」
「そういってもなぁ……見つけられても破損してたりキーがみつけらんなかったりするし……」
移動手段がなければ、なにもはじまらない。この問題にはそうとう頭を悩ませているようだ。
……そんな話をしていると、前方から光が見えてきた。地下道はここで終点だ。
「……っ、すごいな」
光に目を眩ませながらも、栄瞬が目にしたのは、実に生々しい光景だった。
先ほどまでいた研究所の周りは高く重厚な壁で囲まれていて、中の様子を見ることは出来ない。何カ所か、脳を破壊されて動かなくなったゾンビが無造作に詰まれていて、悪臭を放っている。何台かある車などを守っているのは、壁より半径が30mほど広い有刺鉄線と柵のみで、少々頼りない。
その外側では、おぞましいゾンビたちが、うめき声をあげながら歩き回ったり、ガシャガシャと鉄線を揺らしたりしていた。
「入ってこないのか、奴らは」
「ゾンビは、基本的にはおとなしい。よたよた歩き回って腐臭を撒き散らすだけだ。ただ、人間の体温や声とか、生体反応を感知すると狂暴化する……目が見えてる奴らはみかけただけでも襲ってくるがね。特に音に敏感だ。だから、動かさない、入ってきても限り車は無事」
哲が、有刺鉄線と柵の門を開ける。確かに、彼にゾンビはよってこない。哲学的ゾンビのこの能力は、なにをするでもなく発動するようだ。
「知能がないのでまれにしかここまでは来ないですし、もし入ってきたら僕が屋上から射殺しています」
「音に、か……本当に映画どおり、典型的なゾンビなんだな」
哲は、スイッチを押して車の鍵を開けた。
「んー、7人乗り大型車両といえど、さすがに5人プラス装備諸々は少々狭いな!」
「師匠は身長大きいしガタイもいいですしね」
哲は羨ましげに栄瞬の逞しい腕を触った。どちらかというと華奢な哲とは比べものにならない。さすがはこの若さで大尉まで昇進した軍人、といったところか。
「お前ほんとに2年寝てたとは思えないな。まあ、私の装置がそれだけ完璧だったということでいいんだが……まあ多少我慢すりゃなんとかなる」
「……すまない」
「いーんだよ、頼りになるから」
そういいながら、哲は運転席に乗り込んだ。哲に誘われて、栄瞬は助手席に座る。二列目のシートに千種は救急セットや予備の武器などと一緒に一人で座り、三列目にはアキレスとパブロフが、銃器とともに乗った。
「……運転できるのか」
「免許はないが、だいぶ所長にしこまれた。まあ、この日本じゃ交通ルールもクソもねぇし、一通りできりゃなんとかなんだよ」
「……そう、か」
栄瞬は、ハンドルを握る哲に一抹の不安を覚えつつ、一般車両も、軍用車両も運転の免許はもっていたが、ゾンビが歩き回る道路での運転は未体験ということもあり、ここは哲に任せることにする。
「じゃ、出発進行!」
どんっ!
「わっ!」
「ぎゃわっ!?」
「このっ、ばか!」
「……っ!」
「わははは、突っ立っているから悪いのだ!」
「……慎重に、いってくれ……」
ぶおん、と発車して数秒もたたずにゾンビを轢殺し、ワイパーとウィンドウォッシャーで血や飛び散った肉、臓物を払いとり、なおも笑顔の哲に、やはり運転を代わった方がいいかもしれない、と、栄瞬は冷や汗を拭った。
血と硝煙とゾンビと……地獄のドライブ、スタート。
- Re: テ・ツ・ガ・ク・ゾンビ ( No.6 )
- 日時: 2017/01/07 21:14
- 名前: 電柱 ◆mkc9J3u9MM (ID: jV4BqHMK)
- 参照: http:/https://kakuyomu.jp/works/1177354054882254138
「アキレース、あの内臓だかなんだかボトボトしながらこっちくる気持ち悪ぃやつやっちゃってくれー」
「りょ、了解です……っ」
千種はぎゅっと目をつぶり、耳を塞いだ。バン! という銃声のあと、出勤途中に噛まれたのか、血肉で汚れたスーツを着込んだ中年の男性のゾンビの顎が吹っ飛び、頭とさようならした体は、力なく地面にゴトリと倒れた。
「どーしてこうもゾンビってグロい奴ばっかりなんだよ……」
「まぁ、発症しつくさないかぎり、ヒトガタはエサの認識だからなー、周囲のゾンビも群がって補食するし……どうしても、な」
うんざりとして、顔色の悪い表情に、哲は右にハンドルをきりながら答えた。ゾンビは車に積極的に寄ってくる。音に反応するのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、邪魔なことこの上ない。射撃できるゾンビはアキレスと栄瞬で撃ち殺し、避けられず、撃てず、どうしても無理なゾンビは轢殺していた。というより、動けなくした、というほうが正しい。さすがにピンポイントで頭を轢くのは厳しい。
「栄瞬、大丈夫か? ひさびさの狙撃は」
栄瞬は手を握ったり開いたりして、感覚を確かめた。
「さすがに、だいぶ鈍っている。ただ、2年も眠っていたのだ。歩けるだけで驚きだ……お前の技術に感謝しなくては」
「あー、はは……改めて言われると照れるな……」
「自分じゃ私は天才だって言いまくるくせによくいうよ」
照れ笑いする哲のシートを、千種はぶしつけに蹴った。
「おい、バカ蹴るなっ、運転に支障が出るっ」
「師匠に言われたから照れてるんですよね、リーダー」
「ばっ、違うっっ!!!」
うふふ、と微笑ましげに言うアキレスを、哲は叱責した。勢いでアクセルを踏み込んだせいで車の速度が一気に上がり、続けざまに二匹のゾンビを轢いた。哲は住宅に突っ込まないよう、慌てて急ブレーキを踏み、後ろから追いかけてきていたゾンビは、止まりきれずバックガラスにごつん、とぶつかり倒れる。
「くそ……てめぇらのせいだからな……っ」
哲は苦々しげに舌打ちをひとつ。そして車のドアを開け、後ろにまわった。
「あー、めんどくせぇ……」
ばさり、と白衣を脱ぎ捨てた哲は、その白衣で、バックガラスに飛び散った赤黒い血を拭き取った。倒れたゾンビは、損傷を更に激しく身体と飛び出た腸を引きずって、再び道路を彷徨い歩く。
「いいのか? あの白衣は……」
きたねぇ、と道路に白衣を捨てた哲を見て、栄瞬が言う。外見にも性格にも似合わず着ているのだ、てっきり、何か思い入れがあるのだろうと思っていたからだ。
「あれ着てないとただのヤンキーにしか見えないから着てるだけだよ、あれ。まあどうがんばったってただのヤンキーが頭おかしいヤンキーになるだけだけど」
そのとき、がちゃ、とドアを開けて哲が帰ってくる。
「おい、全部聞こえているんですが?」
「傷ついちゃった? ごめーん」
栄瞬は不思議に思う。決定的な事実も、もちろん記憶もない。しかし、漠然とした違和感が残るのだ。だって、彼にとってあの白衣は……
「リーダー、あんまり怒ると血管切れますよ」
「うっせぇ、全部てめーらのせいだっっ! 次変なことぬかしたら車から降ろしてその場に置いていく。本気だからな」
哲は眉間にシワをよせてイライラしながら言った。感情が前へ前へでるようなタイプなのだろう。はいはーいと適当に返事をした千種に、更に頭に血が上ったようだが、怒鳴ろうとした直前で、言っても無駄か、と、大きくため息をついた。
「……至急、ということだし、とっとといくか」
すっかり意気消沈した哲がハンドルを握る。
「ああ……そうしよう」
「ですね、パブロフくんがもう待ちきれなくて、お腹空かしてそろそろ涎がふききれませんし」
パブロフはぐるる、と唸った。目が血走っている。
「……ゾンビ、食べるのか……」
この世界の現実に、新たに得た真理に、驚きながら、葛藤しながら。栄瞬はこの腐った日本に身を馴染ませていく。時には、受け入れられない事実も、嘆くしかない真実もある。しかし、そんなふうに生きているのは栄瞬だけではない。この世界では、誰もが皆、新たな事象を受け入れながら生きていくのだ。
そして、適応していく──
*
「さーて……ここか、保育園は」
「保育園なんてひっさびさだなー……わー……すごいね」
なにがすごいかというと。
「そ、そーぜつ……」
保育園といえば、先生といっしょに子供が遊んでいて、笑い声が絶えず、キラキラしたファンシーな場所であるはず。
間違っても、遊具の鉄棒に内臓がひっかかっていて、滑り台は血のウォータースライダーで、ガラスはビキビキに割れていて……などという地獄絵図にはならないはずだ。
たしかに、ゾンビたちはわらわらと集まっているようで、他の場所より格段に量は多い。それがまたこの場所との不釣り合いさを演出していた。
まだ車の中にいる一行は、身支度を整えながら、その様子を見守っていた。
「……多いな。臭いがすごい」
鼻がひん曲がってしまいそうな血と腐肉の悪臭に、慣れていない栄瞬は思わず吐き気をもよおした。
「うーん、でも、案外子どものゾンビは少ないね?」
「いるっちゃあいるけどな……それより、窓が割れてんのが気になるぜ」
「どうしてです?」
がちゃがちゃ、と、パブロフの手錠と足枷を緩めながらアキレスが返す。哲はそんなこともわからないのか? とでもいいたげに、足を組んで答えた。
「だって、ゾンビは自分から窓を割ったりしねぇだろ。ゾンビは道具が使えねぇから、素手でそんなパワーがあるやつがいたらイレギュラーすぎる」
「あー、確かにそもそも玄関開いてるからそこから入ればいいしね」
「そこもだ……わざわざ玄関を開ける意味がわからない。ゾンビがでたってきいたら、危険はえらばねぇ。まず籠城だろ。人の子を預かっているのならなおさらだ……警察に通報、救助を待つ。それがセオリーってもんだろ? 全滅だとしても、ゾンビどもがご丁寧に玄関から入るわけがない」
スラスラと見解を述べる哲に、うんうん、とアキレスも頷いた。
「です、ね……僕ならそうします。食料が底をつかない限り、武器もないのにわざわざ危険な外にはでません……」
「……つまり、だ。この中には、ゾンビパニックが起こってから、何者が侵入、窓ガラスが割れるほどの乱戦をした可能性もある……ってことだな」
「確定じゃないんだ?」
「あほな保育園が避難しようと外にでた可能性もありきだし……窓ガラスだって、玄関にゾンビどもがいたからそこを割って脱出した可能性もあるし……な」
哲はこの惨状を目にしても、いたって冷静だった。慣れというものは恐ろしい。
「ともかく、中に入ってみねぇことにはなんとも言えん」
「ですね。いきましょう……」
「そんじゃ、ともかく頭だけには気をつけろ。二度目の死から救うのは、さすがの私にも、まだ不可能だからな」
栄瞬はゴクリと唾をのんだ。脳裏には苦々しい生前の思い出が焼き付いている。また仲間に裏切られたら……そんな思いがないわけではない。そんな恐れと、ゾンビと再び戦うことへの恐怖。それらが入り混じって、栄瞬の、戦場へ赴く足を震わせた。
がちゃ
車のドアを、少しずつ、少しずつ開けて。
ゆっくりと、深呼吸。
ぐわっと手を伸ばして襲いかかってくる、女のゾンビに標準を定める。
引き金に指をかけて──
「お目覚め一発めの獲物、お見事だ」
栄瞬は、キッと黄金の瞳を鋭く光らせた。もう、弱気な感情は捨てねばならない。
決意し、理解した──
「──泥濘 栄瞬。目標、ゾンビ一体……撃破」
ここは、戦場だと。
- Re: テ・ツ・ガ・ク・ゾンビ ( No.7 )
- 日時: 2017/01/07 21:17
- 名前: 電柱 ◆mkc9J3u9MM (ID: jV4BqHMK)
- 参照: http:/https://kakuyomu.jp/works/1177354054882254138
保育園の中は、まるで連休中のテーマパークのごとくごった返していた。そこにいるのは微笑ましい家族連れではなく、おぞましいゾンビたちだが。
「……ったく、キリがねぇな!!」
次から次へと這い出てくるゾンビたちに、哲はその間を駆け抜けながら舌打ちした。
栄瞬が一掃しようと先頭をいくが、この狭さでこの量ではヘッドショットも難しい。栄瞬は胴体や脚を打ち、すかさずその頭を千種が竹刀で潰した。もしくは口にその先端を突き入れて、内側から脳幹を破壊する。全身腐ったゾンビは案外脆い。逃がしたゾンビはアキレスとパブロフがトドメをさした。
哲はというと、ゾンビに人間だと認識されないその能力を生かし、一足先にそれぞれの部屋を見てまわっていた。邪魔なゾンビをときどき蹴飛ばしながら、ゾンビが集まるこの事象の原因を探る。玄関や窓など、しっかりとゾンビたちの進入口を防ぐのも忘れない。しかし、どの部屋も残っているのはおもちゃや亡骸の一部のみで、とくに変わったところは見受けられない。いや、これがゾンビパニック以前なら大事件なのだが、ゾンビが蔓延した今となっては、転がる子供の腕も、床に張り付く引きさかれた髪の毛のこびりつく頭皮も、ただの日常だ。たまにそれをパブロフが拾っては食べている。何を食べても微妙な顔だ。彼いわく、「ゾンビはまずいが人間は美味しい」らしい。パブロフにとっての、ゾンビ、または哲学的ゾンビなのか人間なのかの判断材料は、「味」ただ1つだった。
「非常食かなんかあったらもってかえるぞ! 少しも無駄にできねぇからな」
哲は後方にいる仲間たちに呼びかけた。
「それどころじゃないってーっの!!」
千種は竹刀でゾンビの喉を突きながら叫ぶ。口から飛び出た黒い血が、千種の制服を汚す。
「あーもうさいっあく!! ゾンビなんて早く死ね!!」
「……落ち着け」
そういう栄瞬は、上半身はほぼ血まみれだった。顔についた血を拭い、銃をリロードする。
「……なにをどうしたらそんなになるの? ライフルって、遠距離武器じゃないの?」
「……自分でも、よくわからない」
「まずい!!!!」
外から入ってくる分はおいておいて、とりあえず、今保育園の廊下や部屋にいるゾンビの最後の一体の頭をパブロフが首からかみちぎった。頭だけになったゾンビは、まだ目をぎょろぎょろとうごかし、ぼろぼろの歯を鳴らしてうめいている。
「もう、最後までやらないとダメっていつもいっているでしょうに」
「だってー、まじいもん」
アキレスは無機物を見るように冷たくその若い男のゾンビを見下ろし、額に一発、拳銃で弾を打ち込んだ。廊下の掲示板にあるかわいらしい張り紙や園児がかいた絵に不似合いな銃声が響く。
廊下の曲がり角で待っていた哲は呑気に壁に寄っかかって、けだるげに言った。
「さー、次いくぞ。さすが大きさはここら一だけあるな、そっちに中庭が──」
一段落、と思ったのもつかの間、響いてきたのは、人間の、女性の声だった。
「あらぁ、無慈悲なお客人。ここは子供たちの学びの園……かわいそうに……殺戮は許せませんわ?」
びりっと、哲たちの間に緊張が走る。敵か、はたまた感染した人間か? 歩いてきたのは──
「……シスター?」
血で汚れた黒い装束は、ワンピース状のトュニカと呼ばれる、まさしく修道女のそれである。腰からぶらさげたロザリオはなんの汚れもなく金色に光っていて、頭から髪を覆い隠すように被った頭巾の、額にも、金で十字架の刺繍がされてあった。
その女性はニコリと微笑む。右手には、先端になにか宝石のような装飾のついた立派な杖のようなもの。
「そうねぇ、私は神に身を捧げた修道女……あなた方は? 道を求道する迷える子羊かしら? それとも、ただの愚かなラム肉さん?」
変わらず笑顔で穏やかに語りかけ続けるシスター。一行は身を強ばらせながら、口を開くタイミングを伺った。
哲は思考する。間違いない、原因は彼女だ。なぜ彼女がこんなことをしているのかはわからない。しかしこれだけのゾンビをおびきよせていたのだ……彼女は確実に感染している。ならば、なんらかの能力があるということだ。彼女自身気づいていないかもしれないが──
「あらあら、無視はダメ。存在の否定はなによりもいけないことよ──導く声に、耳を傾けなさい」
スッと真顔になったシスターに、哲はとっさに口を開いた。彼女が空いている左手で、ロザリオを握りしめるのをみたのだ。
「……っ、すまない、シスター。私たちにあなたへの敵意はない。そう……ただ、警戒しただけだ。こんな日本だからな、ああ……。私たちは、とある研究所から来た。ここにゾンビが集まる理由の調査のために」
シスターは、あら、そうなの、と、また笑顔に戻った。まだロザリオから手は離さないが。
哲は両手をあげて、なにも武器はないことを示す。
「驚かせてすまない」
「いいのよ、子羊さん。うしろの方たちも、その物騒なモノ、置いてくれないかしら? 私、怯えてしまうわ」
どうするか迷う栄瞬たちに、哲は目配せをし、おろせ、と呟いた。
栄瞬はアサルトライフルの引き金から手をはなし、安全装置をつけた。千種も、構えていた竹刀をおろし手の力を抜く。
「……ですがリーダー、もし他にゾンビが中にいたりして……その、なにかあったら……」
「なにか」というのは、このシスターが敵という場合を含めてあるのだろう。躊躇うアキレスに気づいたシスターが言った。
「心配しなくても、私は慈悲深い神の僕。傷つけるようなことはしないわ」
それを聞いて、不審感は拭えないものの、アキレスも銃をホルスターにしまった。その代わり、忠犬のようにそばにしゃがみ込んでいた、パブロフの首輪をぐっと引き寄せる。
「うふふ……かわいいわんちゃんね。疲れたでしょう? こちらへいらっしゃい。ラム肉さんたちが集まる理由、教えて差し上げましょう」
杖を引きずりながら歩きだしたシスターのあとを、数秒迷ったのち、哲はついていくぞ、と合図を出した。敵意と警戒心は見せないように。それでいて、用心深く。
現れた小さな中庭には、異様な光景が広がっていた。
「さあ、ゆっくりお休みになって。ここにはラム肉さんたちはいないから……安心しなすって?」
「これは……」
真ん中にあるのは、テーブルクロスのかけられた、組み立て式の簡易テーブル。そして数個の椅子……中庭の芝生の端の方や、辛うじて無事な教室の角では、怯えた数名の子供たちが寄り集まっていた。そんな、いままでの惨劇からしたら平和的な光景をゆがませているのが……
「う■う゛う゛■ウ゛■■ーーーッ!!!!」
「こ……この男は、なんだ」
栄瞬は、思わず驚きを口に出してしまった。
テーブルのそばの椅子に座り、その全身を縄で椅子にがっちりと固定され、身動きがとれなくなっている男がいた。右足の膝から下がなく、その口は身体と同じように縄とタオルのようなものでふうじられ、くぐもった叫び声をあげてはガタガタと椅子を揺らしている。
その服装はシスターと同じような、全身を覆う黒のカソック。首にかけられた金色のロザリオ。おそらく、変わり果てた姿の司祭だろう。
「こいつ……ゾンビになっているのか?」
哲は男をまじまじとみながら問う。シスターは男の肩に手をおいて、悲しげに微笑んだ。
「ええ、私と子供たちを庇って……いくらゾンビでも殺しはしないと言っていたのに、この杖で2人も撲殺し、瀕死の状態で言ったのです……僕の頭を打ち抜けば、僕はもう起き上がることはないのだろう、だが、君まで地獄へ堕ちてはならない、そして僕もこれ以上殺したくはない。僕がゾンビになるまえに、動けないようにこの身体を縛っておけ……そういって冷たくなってしまった」
「……でも、今はあなたもゾンビに噛まれたのでは?」
哲は言ってしまってからハッとした。今のはデリカシーに欠けたかもしれない、と。しかし、シスターはロザリオを固くにぎりしめただけだった。
「……取り残された、無事な子供たちもいるのというのに、本当に馬鹿げたことを考えてしまって……神父さまに、自分の手を噛ませたのです。情けない……神の与えた試練に、私は耐えられなかった……神父さまの待つ地獄のほうが、ここよりもましだと……」
それでも、彼女はゾンビになることは……悪魔に甘んじて楽になることは許されなかったのだ。
「……これはきっと、神が私に与えた罰なのです」
哲たちは、彼女にかける言葉が見つけられなかった。
彼女は、敵でもなんでもない、独りきりのか弱い女性だった。
では、なぜゾンビが集まってきてきていたのか……哲が思考を巡らせたとき、彼女は再び口を開いた。
「──もしくは、神が私の懺悔を聞いて、もう一度チャンスを下さった、か……」
「それは、どういう──」
「神は、私に力を与えてくださった。ラム肉さんたちを、わざと声や食べ物を焼く匂いや煙なんかでおびきよせていたのは、彼らを殺し、救済するためですわ」
哲は疑問を呈した。彼女が敵だという認識は消えたものの、言っていることの意味が理解できなかった。彼女はゾンビといえど、ヒトを殺すことなどできないはずだ。なのに、どうして?
「悲しいかな地獄に堕ちてしまった、神父さま彼の身体という器を借りて……お見せ致しましょう、私の力を。粛正の方法を」
シスターは、司祭の口の戒めをするりと解いた。手慣れているかのように。いつもやっていることのように。
「What is it like to be bat……いえ、What is it like to be him」
哲が彼女の力を理解するには、その言葉だけで十分だった。
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