複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 時計のおじさん
- 日時: 2017/06/01 22:44
- 名前: 心井虚 (ID: vyKJVQf5)
人間という生き物は本当に不思議なもので、誰しもが心の中に後悔等を抱いているらしい。やり直したい過去が、誰にでもある。
もうやり直せない。もう、戻れない。そう分かっているのに、あの日、あの、人生で最も輝いていた日常に胸焦がし、思いを馳せずにはいられない。さて、もし、もしも人生で一度だけ、過去をやりなおせるとしたら・・・。
こんなハズじゃ、無かったんだ。
俺の頭の中にこの言葉が浮かばない日は一日としてない。どこで間違えたのか、なんていうのは考えるまでも無く、自分が一番よく分かっている。どうしてあの時、俺は・・・。
「ま、どうでもいっか」
いつも思考の途中で嫌気が射す。ため息を一つ吐いてから、俺はゆっくりと起き上がり大学へ向かう準備を進める。
ボロアパートを出て、雨の匂いに満ちた空気を肺に溜め込む。すぅ〜っと息を吐いて、帽子を目深くかぶった。
俺は、対人恐怖症だ。齢11歳にして、人と接する事ができなくなって、いつしか、部屋に閉じこもるようになった。
皆のまなざしが、まるで俺を攻め立てているように思えて、どうしても人と顔を合わせることができない。
「あれは、仕方が無かったのよ。あなたは悪くないわ」
何度も、母親は俺にそういって励ました。でも、俺の中では何が仕方なかったのかが、全く分からない。あの日から、俺の心の時計は時を刻む事を拒み続けている。
あの日も・・・。そう、あの日も今日みたいに、雨の匂いが充満していたように思う。
- Re: 時計のおじさん ( No.3 )
- 日時: 2017/06/01 20:13
- 名前: 心井虚(こころい うつろ) (ID: vyKJVQf5)
まず俺が行ったのはネットカフェでの個室レンタルだった。当然だが少しでも早く北海道に行けるのであれば、それに越した事はないのだ。
子供だから、という理由で断られる筋合いはない。幸い、俺はアルバイトをしていたこともあって、貯金は50万を超えていた。時間を巻き戻すなんて偉業、50万でもできないだろう。この際、有り金全てを叩いても北海道に行く必要があった。
どこまでも運がいいのだろう。念の為検索を掛けてみたが、飛行機には年齢制限は無いそうだ。子供一人でも、乗れるらしい。
あとは・・・切符を・・・・・・・・・。
しかし、不幸な事に切符は全て売れてしまっていた。行きだけでいい。片道だけでいい。なら、方法は無い訳じゃない。俺はまず、空港へと向かった。
「あの、すみません!」
受付の人に俺は声を掛けた。さすがに子供の足だと空港内の移動だけでも体力を消耗したが、今の俺にとってはそれすらもどうでもいいことだ。
「飛行機のチケット、譲ってほしいんです!声掛けしてもらえませんか!?一刻も早く北海道に行かなきゃならないんです!お金なら、40万出せます!!」
「よ、40!!?坊や、それは、坊やのお金なの?」
「こんな緊急事態に嘘なんて付かない!人の命が懸かってるんだ!たのむぅっ!!」
切羽詰まった俺の姿を見て、どうやらただ事じゃないと察してくれたようだ。すぐさま空港内に案内が流れる。
「9時、32分発、北海道行きのお客様。航空会社は問いません。チケットをお譲りいただけるという方がいらっしゃいましたら、ぜひ、受付までお越しくださいませ」
意外にも、それは早く訪れた。
「あの、チケット譲ってほしいって案内聞いて・・・。俺、間違って買ってしまって、これからキャンセル入れるところだったんですが」
その言葉を聴いて俺はすぐに飛びつく。
「おじさん!!それ僕に売ってください!40万までならお金出せます!人の命が懸かっているんです!」
「人の命・・・?」
その人は少し悩んでから、俺にチケットを渡してこう言った。
「俺には良く分からないけど、人の命が救えるなら喜んで譲らせてもらうよ。でも、お金はいらないかなぁ。不測の事態にも対応できるように、とっておきなさい」
・・・・・・神だっ!!
後にわかることなのだが、この時俺の中で僅かな変化が起きていた。その変化に俺は気付かなかった。気付く暇が無かった。
2時間で北海道の新千歳空港へ到着する。11時40分。間に合う!俺は、そう確信した。
- Re: 時計のおじさん ( No.4 )
- 日時: 2017/06/01 20:29
- 名前: 心井虚(こころい うつろ) (ID: vyKJVQf5)
新千歳空港に到着した俺は、即刻タクシーを捕まえた。行き先を告げたとき、運転手が「五万は行くかもしれないけど、大丈夫?」と確認してきた。それが数回にも及んで、きっと運転手は疑っているのだな、と感じた俺は財布から札束を取り出した。
「これで、文句ないですよね?」
「あ・・・あぁ、す、すまないね、疑って・・・」
気まずい空気が流れたが俺は気にしなかった。とにかく、あの川へ、彼女を行かせない事が最優先事項!
気付けば雨はより一層に強まっており、稲妻が空を切り裂いていた。激しい音が当たりに轟き、この年頃の俺はよく怖がっていたよなぁ、と昔の事を思い出していた。
春は、俺の唯一の理解者だった。俺の全てを受け入れてくれた。生まれながら親が金持ちで、金の面で困った事なんて無かったけど、周囲からはその分疎まれた。
でも、春だけは俺とずっと友達で居てくれたんだ。俺の事をわかってくれたんだ。春の家は決して裕福じゃなかったけど、俺とは対照的だったけど、それなのに俺を分かってくれたんだ!!
助けたい!!助けたい!!
「坊や、何かあったのかい?」
運転手に声を掛けられて、俺は自分が泣いている事に気付いた。そして、思い出す。
あの日、顔が濡れていたのは・・・雨なんかじゃない。あれは紛れも無く、涙だったんだ、と。
「・・・はい。これから、大切な人が・・・」
そこまで言いかけて、俺は口を噤んだ。この人に打ち明けたって、何かが変わる訳じゃない。今この瞬間、必要なのは、俺の力なんだ。
「・・・?」
それから、俺と運転手の間に会話は無かった。しばらく経って、ようやく”その場所”へと到着した。春の、家・・・。
心臓が激しく脈打つのが分かる。でも、何を怖気づく事がある?俺は別に悪い事をしようとしているわけじゃないんだ。大切な人を助けようとしているだけなんだ。なら、迷う事は無い。自分にそう言い聞かせ、俺は彼女の家のインターホンを鳴らした。
「すみません」
「あら?亮君?学校はどうしたの?」
しまった・・・!まだ時間は2時ごろ!今日は早く終わるにしても、5時間授業の終了時刻が基本的には2時40分。なら、あと40分は待つべきだった!
「少し、用事があって早く抜けたんですけど、その用事が無くなって。それで、春ちゃんが帰ってくるまで、待ってようかなって」
「う〜ん、よく分からないけど上がって」
春の母親はそう言って俺を上げてくれた。
「すみません。どうしても、深い理由は言えないんです」
「うん、いいわよ。気にしないで。そういう時だってあるわよ。うちの春も、今日は早く帰ってきて」
なんていい人なんだ。こんな自分を疑いもせずに、受け入れてくれるだなんて・・・。
「・・・・・・?」
「・・・?どうしたの?亮君」
今、この人、なんて言った・・・?
「あ、の、春ちゃんが・・・早退??」
「えぇ、何でも、どうしても言えない理由があるからって・・・」
「・・・!?」
な、何が起きてる!?俺の知ってる今日この日は、春は早退なんてしていないぞっ!!何だこれはっ!?
「あ、あの、僕・・・すぐ出掛けなきゃ!!」
「え?ぇ?亮君っ!?」
意味が分からない・・・!何なんだよこれは!なんで、なんでこんな・・・!?
俺は完全にパニックに陥っていた。まともに思考する力は、失われてしまった。
- Re: 時計のおじさん ( No.5 )
- 日時: 2017/06/01 20:44
- 名前: 心井虚(こころい うつろ) (ID: vyKJVQf5)
時に、人はどうしても抗う事の出来ない事態に直面する事がある。そして後になってから、「なぁんだ、そんな事だったのか」と理解する。まるで、手品の種を明かされた瞬間の様に・・・。
「はぁ、はぁ、はぁ、意味が分からない!どうして!?どうしてなんだ!春!!」
次に俺が向かった場所は、小学校だ。そこ意外に、どこにいけばいいのかまったく持って分からなかった。
インターホンを鳴らして、俺は担任に代わってもらう。
「あれ?亮じゃないか。どうしたんだ?今さっき出ていったばかりじゃないか」
・・・!
あ、危なかった。これで、学校にまだ俺が残っていたら・・・。いや、結果オーライ!居なかったんだから、考える必要は無い!
「あの、春ちゃん、どこいったか聞いてませんか?」
「ん?佐々木か・・・?ん〜、ちょっと分からないなぁ」
「お願いです!どんな些細な事でもいいから、なにか変わったとことか、無かったですか!?」
「そういえば、急用が出来たって言って急いで早退してたけど・・・」
うぅ、やっぱりそんなんか・・・。
「ん〜、悪いなぁ、力になれなくて」
「いや、いいんです。すみません・・・」
俺は職員室の戸に手を掛けた。そのときだった。
「おい、亮。お前が今、どういう状況かは分からない。ただ、この短期間に家に帰って戻ってきて、見た事もない腕時計をつけてるっていうのはどうも不自然だ。ま、これは先生の憶測だから違ったら無視してくれてかまわないが、お前、さっきの亮と、同じ亮か・・・?」
「・・・どういうことですか?」
「いや、なんていうか、お前、大人びてるように見えてな」
「気のせいですよ・・・」
「そっか。ま、風引くなよ」
「はい。失礼します」
そうして俺は職員室をあとにした。
ん?
俺は先生の台詞を反芻する。
「家に帰って戻ってきて、見た事も無い”腕時計”をつけてるっていうのはどうも不自然だ」
腕、時計・・・?
自分の腕に目をやる。なんで、気付かなかった・・・。つけてきてたのか。
時刻は、8時4分。
「・・・!!」
この時、俺の中で全てがつながった。そういう、事だったのか。
なら、もう一度あそこに向かって、確認しなければならない。もしかしたら・・・。そう、彼女は、翌日、東京に行く予定だったんだ。時計は、俺の心を映す鏡のようなもの・・・。
鏡・・・。
もうこの時点で、俺の憶測は、ほぼ確信に変わっていた。
あの時・・・本当は・・・。
- Re: 時計のおじさん ( No.6 )
- 日時: 2017/06/01 21:02
- 名前: 心井虚(こころい うつろ) (ID: vyKJVQf5)
こんなハズじゃ、無かった。
私の頭の中にこの言葉が浮かばない日は一日としてない。どこで間違えたのか、なんていうのは考えるまでも無く、自分が一番よく分かっている。どうしてあの時、私は・・・。
平成15年、6月13日。この日は亮君の誕生日だった。亮君の家はすっごくお金持ちで、それが一年に一度の誕生日ってなったらそれはもうものすごいパーティーが開催される程だ。
私は、その日亮君と他愛もない話をしていて、そしたら亮君は急に何かを言いたそうにして・・・。
「あの、僕、今日誕生日なんだ。それで、その・・・」
すぐに私を誘いたいんだな、って分かった。私も、亮君の誕生日会に参加できるのは凄くうれしくて・・・。いや、言い訳はよそう。もうすぐで父の仕事の都合上、東京へ向かう事になっていた。私は、自分の気持ちを伝える決意をしたんだ。
私は、亮君が好きだった。
私のことを貧乏人だからっていう理由でいじめてきたクラスメイトと違って、私に優しくしてくれた。
でもその日、亮君から電話がかかってきた。
「ごめん、お母さん、体調崩しちゃって。誕生日会・・・できないや」
ショックだったなぁ。私はその後なんて言ったかは覚えてない。ただ、すごくショックだったって記憶しかない。
自分の部屋でずっと泣いていたらいつのまにか眠ってしまっていて、目が覚めたのは8時33分。夜ご飯を食べなきゃ、と思って居間へと向かう。そこで、お母さんが誰かと電話をしている場面に直面した。
なにやら亮君の話をしているみたいだったけど、私は聞かないフリをして適当に冷蔵庫をあさる。
「春・・・、亮君が・・・」
お母さんが何か言ってるけど、私は知らないフリをする。亮君なんて、もう嫌い!そう心にずっと言い聞かせていた。
でも、そしたらお母さんが私の肩を思いっきりつかんできて、それで、大声で叫んだ。
「亮君が居なくなったの!!今、警察の人もさがしてて・・・」
私は頭が真っ白になった。そして気付いたら、外にいた。大雨の中、傘も差さずに走り続けた。
亮君、亮君、亮君・・・!!
「亮君・・・!亮君!!」
ひたすら、ただ遮二無二走り続けた。いつの間にか顔がびしょびしょに濡れてたけど、それが涙なのか雨なのか、そんな事はどうでも良かった。
でも、このままじゃ寒いから私は川原で眠る事にした。ちょうど橋が雨戸の役目を果たして雨宿りも出来たし、少し休んだらすぐにでも探し出すつもりだった。
でも、目が覚めたら私は、病院に居た。
「春・・・!!」
お父さんとお母さんが私を強く抱きしめてきた。
「良かった、無事で・・・」
どうやら私は、高熱を出して倒れてしまったらしかった。そして、ある質問を投げかけた。
「あの・・・亮君は・・・?」
二人は一向に口を開こうとせず、お父さんは私と目も合わせない。お母さんは泣き出す始末だ。
私はなんとなく状況を理解したけど、それでも聞かずにはいられなかった。
「亮君はっ!!?」
「春、よく、聞いてくれ・・・。亮君は、今朝、遺体で見つかった・・・」
- Re: 時計のおじさん ( No.7 )
- 日時: 2017/06/01 21:13
- 名前: 心井虚(こころい うつろ) (ID: vyKJVQf5)
その日から私は人と話をするのが怖くなった。その目が、まるで「お前が休まずに探し続けていれば」と言っているかのように思えて仕方なかった。
あれから私は両親に連れられ東京に住まいを移すことになる。ボロボロのアパートに3人ぐらしで、毎日毎日罪悪感と自己嫌悪につぶされそうになる日々だった。
「いって、きます・・・」
そういって、フードを目深くかぶって、いつもの様に大学へと向かった。
「雨・・・」
雨の日は、凄く憂鬱な気分になる。あの日の事を、思い出す・・・。
もし、戻れたら・・・戻れたら、なぁ・・・。
「君・・・」
「・・・?」
目の前には、一人のおじさんが立っていた。
「あの、あなたは?」
「私は、フルヤケイジ。そこの古時計屋の店主だよ。いやいや、ちょうど作ってた時計が完成した、ちょうどそのとき!君が目の前を通ってね」
「・・・?意味がわからないです」
「いやいや、なに、この時計を君に使ってもらいたいな、って思ってね。毎日虚ろな顔でここを通り君をみてね、君に似合う時計を作りたくなったんだよ」
「はぁ、そうですか」
私は面倒だったので、その時計を受け取って適当に歩き出す。
「もし」
はぁ、まだ何か話しがあるのか・・・。
「もし君に、やり直したい過去があるなら、強く願いなさい。その時計は君の心を映し出す鏡のようなもの。もし君が強い願いを抱いたなた、あるいは・・・」
そういって、そのおじさんは笑った、その笑顔は、不思議な魅力があった。まるで、私の心を見透かしているかのような、そんな不思議な感覚に陥った。
「期待しないで、持っておきます・・・」
「それがいい。きっと、君の為になるさ」
それから一週間程たって、私はいつものように大学へ向かう準備を始める。
「・・・?」
最初は寝ぼけているのかと思ったけど、どうやら違うらしい。私の姿は子供の頃の物になっていた。
「え・・・、なに、これ・・・」
まず最初に向かったのはあの古時計屋だった。でも、そこの従業員いわく、フルヤケイジという人間はそこにはいないらしい。
「あ、最後に一つ、いいですか・・・?」
「なんだい?」
「今日は、何年ですか?」
そして店員は、こう言った。
「今日は、平成15年の6月13日だよ」
・・・と。
Page:1 2