複雑・ファジー小説
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- まなつのいきもの
- 日時: 2017/08/29 23:31
- 名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)
はじめまして、星野です(´ ` )
夏って、どうしてノスタルジックな気持ちになるんでしょう、不思議。
ファンタジーではないです、普通の中学たちのお話になります。
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- Re: まなつのいきもの ( No.1 )
- 日時: 2017/07/04 13:21
- 名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)
【みんなの久住くん】
「沢城さん、いいだろ。天文学研究会に入れてくれよ」
夕日が射す教室で、久住くんは鮮やかに笑った。くしゃっとした、子供みたいに混じり気のない笑顔に、私は思わず顔をそらす。久住くんは、いつもこうだ。顔が整っていて、背が高くて、人当たりが良くて、みんなの人気者。だから、久住くんの頼みに首を横に振る人なんて、いないのだ。
「でも、私たち3年生だし」
「それがどうかした」
「高校受験だってあるのに、新しく部活に入る人なんていないよ」
私の言葉に、久住くんは大袈裟な仕草で肩を竦めた。久住くんの仕草はどこか演技じみていて、様になる。
「いいだろ、クラスメイトの仲なんだし」
久住くんは入部届けを私に手渡した。そこには几帳面な文字で、久住宗治と書かれている。久住、宗治。フルネームを舌で転がしてみると、何故だか違和感だけが残った。たぶん、久住くんは誰よりも現実感を抱かせない。月並みな表現だけれども、漫画から飛び出してきたような、完璧な存在だった。だから久住くんの周りには人が絶えず、孤独というものから最も嫌われていた。
「沢城さんが部長なんだろ」
「うん、そうだよ」
「そんなの、絶対面白いに決まってるって」
一体どうしてそんな思考回路になるんだろう。久住くんの顔をまじまじと見据えた。一等星みたいにきらめく双眸とかち合って、少し息を飲んだ。久住くんの表情は一点の曇りもなく、別段からかっているという風でもない。
「とにかく、さ」
机に腰掛けていた久住くんは、伸びをしながら立ち上がった。一本筋の通った背は、橙色に染まっている。まぶしい、と思う。なんとなく目を細めて、この人の姿を眺めた。
「これからよろしくな」
あ、またあの笑顔。本当に、よくできた人形みたいに、何もかもが完璧だった。
「……よろしくね、だけど久住くん。本当に入ってもやることないよ」
研究会とは名ばかりで、部員のほとんどは幽霊だ。週に3度設けられた活動日だって、テスト勉強とか、本を読んだりで終わってしまう。
「ああ、全然いいよ。実をいうとさ、あんまり天文学に興味ないんだよね」
「じゃ、じゃあなんで入部するの」
「つまるところ、沢城さんさんと五十嵐くんですよ」
五十嵐くん。五十嵐くんといえば、堅物が制服を着て歩き出したような人だ。唯一毎週来てくれる部員で、天文学研究会の副部長。
「だからさ、もし2人が美術部でも、陸上部でも、何でもいいんだ」
久住くんの目は緩く弧を描いている。けれども、瞳の奥に、何か冷たいものがしまい込まれてるような気がした。背筋が強張る。あれ、久住くんって、こんな笑い方だったっけ。くしゃっとした、子供みたいな笑い方。でも、ほんのちょっと、例えるなら蛇みたいな。
「五十嵐くんとは去年委員会が一緒でさ、その時から仲良くしたいと思ったんだ。それにさ、沢城さん」
緩慢な動作で、私のことを指差す。嫌に胸の奥がひりついた。
「俺たちって、けっこう似た者同士だと思うぜ」
どこが。その一言は、喉の奥に引っ付いて、発せられることはなかった。私は瞬きすらできずにいた。“みんなの久住くん”と私には、太陽と蟻ほどの差があるように思われた。
私が身動きできないまでいると、久住くんは屈んで、床に放り投げてあった黒のリュックを掴んだ。うつむきがちに伏せられた顔は、殊更映画のワンシーンを思い出させた。
「俺、そろそろ行くわ。じゃあな、沢城さん」
そう言い残して、久住くんは教室を去ってしまった。彼のいた形跡は、私が握っている入部届けしか残されていない。後ろ姿が見えなくなったのを見届けて、私は肺の中の空気を絞り出した。完璧な、久住くん。その完璧さは、どこか無機質だった。何故、彼が私たちに興味を抱いたのかはわからない。けれどもそれが、単なる冗談であればいいと願う。私は、この地球が息を止めてしまうまで、しじまの中で暮らしたいのだ。
- Re: まなつのいきもの ( No.2 )
- 日時: 2017/07/04 13:24
- 名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)
【クリア】
天文学研究会の部室は、部室棟2階の隅にある。前は文芸部が使っていて、その前は漫画研究会。大きな長机と、パイプ椅子が数脚と、小さなプラネタリウムしかないけれども、中々居心地がいい。オレはいつも窓側の椅子に座る。斜め向かいは部長の沢城の席だ。週に3度の活動は、特に何かをするわけでもない。ただ、ひっそり閑としたこの空気は、勉強するのに向いていた。図書室に行けば3年の目立つグループが笑い声を立ててるし、家では誘惑が多すぎる。
「五十嵐くん、大変、大変!」
沢城が部室へ駆け込んでくる。日焼けのしてない、真白の肌は若干紅潮していた。沢城は、変わっている。変人、というわけではない。むしろいいやつだ。頼みごとは快く引き受けてくれるし、教師からの信頼も厚い。けれども同い年の女子と比べて、達観したところがあった。透明感、ともいうのだろうか。痩せた体躯だからか、余計に壊れてしまいそうな印象を抱かせる。
沢城は乱れたセミロングの髪を整えると、手に持っていた紙を机に置いた。
「……入部届け?」
「そう、新しく入ったの」
「まだ5月だから、珍しくはないが」
「五十嵐くん、よく見て」
眼鏡をかけ直して、よく目を凝らす。
「は、久住って、あの久住か」
「そう、あの久住くん」
「はは、嘘だろ」
無意識に、乾いた笑いを立てた。正直、オレは混乱していた。久住の名前を知らない奴は、恐らく俺の学年には少数だろう。いい意味で、久住は有名人だった。
「大体あいつ、3年生だ。入る意味なんてないだろ」
「それが、五十嵐くんと仲良くしたいみたい」
沢城が曖昧な笑みを浮かべて、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
なんだ、そりゃ。
「沢城、冗談は良くないぞ」
「本気だよ」
「そもそも、オレ、あいつに嫌われてるかと思ってた」
「へ、何かあったの」
去年のことを思い出して、オレは頭を掻いた。何かあったも何も、大きな事が起こったわけじゃあない。ただふとした瞬間、例えば歯を磨いてる時、脳の隅っこから顔を覗かせるのだ。
「いや、まあ、去年美化委員で一緒だったんだ。その時、何故かわからないけれど、嫌に突っかかってきてな。オレ、ちょうど色々あった時期だったから、八つ当たりみたいに言ってしまったんだ」
沢城は意外そうに目を瞬かせた。すうっと通ったまつ毛が、スローモーションのように動く。
「何を言ったの」
「……お前、空虚だなって」
「わ、わあ」
今でも、あの時の久住の顔は忘れられない。
「言ったあと、すぐにしまったって思った。だから謝ろうと久住の顔を見たら、真顔だった。初めて見たよ、人気者の久住の顔に何も映ってないなんて」
今日の俺は、嫌に饒舌だ。きっと、暑さのせいだろう。まだ5月だというのに、ほんのりと8月の気配を感じさせる。ああ、夏が近いな。
「五十嵐くん、只者じゃないよ。久住くんにそんなこと言えるの、五十嵐くんだけじゃないかな」
「しかし、沢城。お前もそう思わないか」
そう問いかけられて、沢城は意表を突かれたように「へ」と漏らした。こういう時の沢城は、常にあやふやだ。こちらに一見同意しつつも、ある確信的な部分では否定をする。恐らく、これは沢城なりの処世術なのだろう。
「……私、久住くんのこと、少しだけ怖いな」
だから、沢城の答えは予想外だった。沢城は理由なく陰口を叩くような奴じゃない。つまるところ、沢城は本心から言っているのだ。
「なんだろう、出来すぎているからかな。まるで、ロボットみたい」
雨音みたいな声は、地面に浸透して消えた。沢城の瞳は、入部届けに注がれていた。これ以上見つめたら、穴が開いてしまうくらいに。
「あ、でも私がそう思っているだけだから。本当に素敵な人だと思うよ。変なこと言って、ごめんね」
心底申し訳なさそうに、眉毛を下げた。沢城郁子は、脆い。だからオレは、彼女のことが心配なのだ。
- Re: まなつのいきもの ( No.3 )
- 日時: 2017/07/04 13:28
- 名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)
【人魚姫なんかじゃない】
朝が来るたびに、私は陰鬱な気持ちになる。どちらかといえば、夜の方が好き。誰とも会わないから。学校にいくと、ほんの少し息が詰まってしまう。いじめられているわけじゃないし、クラスの中でもそこそこの人間関係を築けているはずだ。でも、人間関係ってとても移ろいやすい。些細な変化を取りこぼしてしまえば、あっという間に弾かれる。だから、私は五十嵐くんが羨ましい。だって五十嵐くんは、ブレないから。
「おはよう、郁子ちゃん」
教室に入るとおさげの髪を揺らしながら、結菜が駆け寄ってきた。所在なさげに、指を髪に絡ませている。結菜は、私の幼馴染だ。大人しくて、目立たない女の子。ちょっぴりふくよかで、柔和な顔つきをしている。
「おはよう」
「郁ちゃん、あのね」
「あ、郁子!」
教卓の近くで輪を作っていた数人の女子たちが、一斉に私の方へ向いた。挨拶の代わりに、胸のところで小さく手を振る。
「結菜、さっき何か言わなかった」
「あ、ううん、大丈夫」
結菜はわずかに口角を上げて微笑んだ。そうして「またね」と自分の席に戻る。入れ替わりに、教卓の前のグループが手招きをした。仕方なしに、私はそこへ向かった。
「郁子も大変だよね、佐倉さんに付きまとわれて」
「かわいそう、郁子。鬱陶しくない?」
「優しいから調子乗るんだよ」
密やかな声と、鈴が鳴るような忍笑いを漏らす。みんなの視線はじわりと結菜を突き刺した。結菜は怯えるように肩をすぼめる。
「結菜、私の幼馴染だから」
そう困ったように笑えば、みんなは目を合わせて、悪口を止める。
「まあ、郁子がいうなら」
「郁子って本当に優しいよね。あ、そういえばさ」
次々と違う話題に飛び移っていく様子は、蜜蜂に似ている。ちらりと結菜を横目で見ると、安堵で胸をなでおろしていた。昔から、結菜は女子に目をつけられやすい子だった。結菜は言い返せるほど気が強くない。台風が去るまで、じっと身を潜めているのだ。
「見て見て、久住くん来たよ」
隣に立っていた、ベリーショートの彼女が私をつつく。教室の後ろが華やいだ気配がした。見やれば、久住くんは清々とした表情でクラスメイトと挨拶を交わしているところだった。久住くんは、3年1組の太陽だった。太陽の周りには、人の群れができる。私は、それを少々むず痒い気持ちで眺めた。
「郁子はさ、久住くんは好みじゃないの」
「あんまり面食いじゃなさそうだよね」
「でも久住くん嫌いな人なんて、いないでしょ」
急に話を振られて、上手く反応できない。その間にも、女子たちは、好き勝手に憶測を飛ばしている。
「そんなことないよ、かっこいいって思う」
きゃあと姦しい声で、話に花が咲く。彼女達の意見に同調さえすれば、とりあえず輪を乱すことはない。
あ。
視界の端、久住くんがこちらに顔を向けているのがわかった。一瞬、世界から音という音が消えてしまったんじゃないかと錯覚する。まるで、水の中にいるみたいだった。どうして、私は久住宗治が怖いのだろう。みんなと同じように、憧れの存在として認識できないのか。ぐらりと世界が揺れる。あれ、もしかして、貧血かな。朝ごはん、今日抜かしてきたからだろうか。
「ごめん、ちょっと保健室に行ってくるね」
「どしたの郁子」
「え、大丈夫?」
みんな、私の顔色を覗き込む。それをやんわりと振り払って、教室から出ようともがいた。廊下に出ると、まだ騒めきは残っているものの、教室よりは静かだった。あと5分で始業のチャイムが鳴る。
「い、郁ちゃん。私、付き添おうか」
結菜が後を追ってきた。ああ、この子は、私なんかよりも人間ができている。
「ううん、いつもの低血圧だから平気。ありがとう、結菜」
「でも……」
なおも諦めない結菜に、私は笑みを形作る。
「2限までに戻るから」
「う、うん」
まだ不安の色が濃く残る結菜を残し、私は屋上の踊り場に向かった。着くと同時に、始業のチャイムが響いた。当然だけれど、人の気配はない。屋上への扉は鍵がかけられていて、ここに来る人は普段いない。深呼吸して、瞼を閉ざす。こうしていると、雑多な感情がぐるぐると流れ込んでは溶けていく。ここは、私の秘密基地だった。薬品の匂いのする保健室よりも、ここの方が安らげる。
「沢城さん、保健室に行かないんだ。不良だな」
悪戯めいた、砕けた口調。きっと、これは久住くんの声だ。私はそうっと目を開けた。
「なんで、ここにいるの」
「それはこっちの台詞だって」
「……落ち着くから」
私の返答には、あまり興味なさそうに「へえ」と相槌を打つ。そしてそのまま、階段に座り込んだ。
「久住くん、もうホームルームはじまったよ」
「教室から出ていくの気付いたから、心配で」
「本当に、良い人だね」
言ってから、嫌味に聞こえたかもしれないと思った。しかし、後悔しても遅い。
「あはは、沢城さんって俺のこと嫌いだろ」
押し殺したような笑い声をあげる。それは、仄暗さを孕んでいた。いつも教室で聞くような、純粋なものではなかった。恐ろしくなって、顔を下に向ける。同時に、久住くんが立ち上がる気配がした。
「嫌いじゃないよ」
「俺、クラスメイトが沢城さんを悪くいうのを聞いたことがないよ。みんな、沢城郁子は善人だって評価を下してる。だってさ、佐倉さんにさえ、手を差し伸べてるだろ」
「結菜のことは、言わないで」
顔を上げる勇気が出ない。私と久住くんの距離が近づくのを感じた。
「1年の頃から、沢城さんのこと知ってた。だって、俺と同じで、空っぽじゃん」
頭の中で警鐘が鳴り響く。目眩がした。思わず、体のバランスが崩れる。素早く、久住くんの手が伸びて、私の背中を支えた。その手の感触は、どこまでも無機質だった。視界に広がる、久住くんの顔は、夜の海を連想させた。昨日、五十嵐くんが言っていた言葉を思いだす。その表情には、何も映っていない。この人に捉えられてしまえば、あとは水底に沈んでいくのだろうか。