複雑・ファジー小説

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Bone fantasy
日時: 2017/08/26 14:28
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 俺は死んだ。
 これは、俺が死んだ後の物語。
 死んだ俺と、俺の仲間の物語。



 こんにちは。新作を書かせて頂きます波坂です。
 どうぞよろしくお願いします。
 コメントや意見はお待ちしておりますが、見当違いなものは出来るだけ控えて頂けると幸いです。


2017/07/31 スレッド立て


Twitter創作アカウント→@wave_slope


※題名は仮題です。

Re: Bone fantasy ( No.6 )
日時: 2017/08/14 13:56
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 魔術師団の業務内容は課題制だ。
 出された分の仕事を期限内に終わらせる。それさえやれば、団員はどんなことをしても基本的に自由。それが魔術師団の長所である。なんでも、時間制にするよりこちらの方が効率が良いらしい。
 が、今日は俺もリルベルも仕事と全く関係ないことをしていた。
 具体的に言うと、模擬戦。つまり、戦闘の訓練だ。
 魔術師団も当然自治組織であり時には戦わなければならない時も当然ある。そのため団員はいつでも戦闘ができる状態でなければならないのだ。が、俺は現在戦闘力などほぼ無に近いため、こうしてリルベルが訓練に付き合ってくれる。
 リルベルのレイピアの一突きで、俺の体がバラバラに分解した。やはり一定以上の衝撃を受けるとスケルトンの体はバラけてしまうようだ。すぐに体を組み直そうとするが、その前にリルベルに頭蓋骨を踏み付けられて上手く組み上げることが出来なくなる。

「……やはり最大の弱点はこれか……バラけてしまってはスキが大きすぎる」

 リルベルの指摘に俺は何も言えない。硬化魔術はあくまで高度を上げるだけで、バラけないように固めるなどといった行為は出来ないし、移動魔術については最早使いようが無い。
 服を硬化させるという手も考えたが、攻撃を受け付けないほど固くしてしまうと全く動けなくなってしまう。魔術を解いている間に頭でも狙われたら終わりだ。

「避ける練習をするしかないな……クロアス。とりあえず今からは攻撃を極力受けないようにしろ。お前の防御力はほぼ無いんだ。こうなったら避ける以外に術はない」

 言葉で言うのは簡単だ。だがそれを実践するのはかなり難しい。無論の事、それはリルベルも分かっているのだろう。つまりそれは他に手段がないとリルベルが考えているという事を表していた。

 休憩を入れろ。そうリルベルから言われた俺は修練場の横に設けられている休憩室へと足を運んだ。そこまで俺の様子は疲れていると思われたのだろうか。
 至って質素な内装の中に置かれた座り心地の悪そうな硬い木製の椅子に腰掛ける。そのまま机に突っ伏して楽な格好をとると途端に疲れがどっと押し寄せてくる感覚がした。
 パンチも効かない。キックもダメ。防御力が無ければ遠距離攻撃もできない。無い無い尽くしの今の自分にいい加減嫌気が差してくる。クソ、なんでこうなっちまったんだ。

「お疲れ様。調子はどう?」

 俺が意味もない自己嫌悪をしていると、俺の向かい側から椅子を動かす音がした。誰かが座ったのだろう。そして声から俺は人物を判断し、そちらも向かずに返答を返す。

「これが調子良く見えるか?」
「いや、見えないよ。そうだね……絶不調……ってところかな」
「分かってるのに訊くとか……お前口調に反してゲスだな」
「ははは。ごめんごめん。これ以外に話しかける言葉が無かったんだよ」

 コイツはギル。フルネームはギルガルド・ワーグナー。大柄でゴツイ体格で俺よりも高く、恐らく190cmはあるだろう。だが顔は優男といった感じでとても温厚な正確だ。彼が怒った所を、俺は見たことがない。彼がどのような理由で他人に怒りを向けないのかは知らないが、悪い人間でないことは確かだ。
 そしてそんなギルも俺と同じ小隊のメンバーだ。俺の所属する招待の人数は全員で6人。リルベル、フレッダ、マークス、ギル、俺。そしてもう1人、ニーアという女がいる。それぞれ得意分野に統一性はなく、バランスの取れた小隊である……とも言えないのが現状だ。何せ、俺がこれからどうなるかは分かったものではない。今までは皆より前に出て物理攻撃を行ってきたが、今の俺では前に立って戦うなど、夢のまた夢だ。

「しかし驚いたよ。休憩室に入ったら、白骨死体がテーブルに腰掛けて突っ伏してるのかと思ってね。隊長から連絡を受けてなかったらどうなっていた事やら」

 笑いながら話すギル。確かに、今の俺は白骨死体と同じ容姿をしているため、傍から見たら白骨死体がくつろいでいるようにも見えただろう。

「なぁギル」
「なんだい?」
「お前、硬化魔術が得意だったよな」
「まぁそうだね。それがどうかしたの
?」
「どうやって使ってるのか気になってな」
「そうだなぁ……僕は基本的に手に肘まである手袋を付けて戦うだろう? 硬化魔術を使うのは、敵の攻撃を手袋で受けたり殴ったりする時に手袋にかけるかなぁ。あと、攻撃が当たりそうな時には服に硬化魔術をかけて防御するね。それくらいだよ」

 ギルの今言った使い方こそ、正しく硬化魔術の正しい使い方だ。だがそれには、ギルのように衝撃を真正面から受け止める力が前提条件だ。だが、この使い方を俺がすることは出来ない。例えば、俺が拳を放つとする。だがそれは軽い骨が飛んできたに過ぎない。部位によってはダメージすら与えることが出来ないだろう。これを硬くしようが、あまり結果は変わらないだろうな。そして、防御に関してはそもそも衝撃そのものが弱点の俺にはできない事だ。仮にやっても、衝撃でバラバラになる未来が見える。

「クロアス……どうしたんだい? さっきから、なんだか落ち込んでる様子だけど……」

 俺は今の戦闘能力についてギルに大雑把に話した。ギルはそれを聞いて、顎に手を当てて唸る。

「それは難しいね……うーん……」
「やっぱりか……」
「ま、そんなに気を落とさない方がいいよ。ネガティブ思考は心を脆くするからね」
「悪いな」

 俺は気分を切り替えようと椅子から立ち上がり、そのまま休憩室を出て修練場へと戻った。
 だが、その後の模擬戦でも俺は成果を見つけることが出来なかった。







 修練場から小隊室へと戻る俺とリルベル。結局何一つ得られなかったが、逆にそれがわかっただけでも良しとしとしよう。俺にはそう思う他に先程までの時間に意味を見い出すことができなかった。因みに俺がスケルトンになったことは既に他の魔術師団の団員にも伝わっているため、バレても問題は無い。まあ驚かれることは確定なのだが。
 通路を歩いていると、向こう側から3人ほどの人間が来ることがわかった。左に避けようと俺とリルベルが端に寄る。が、どういう事だろうか。その3人のうち、2人が俺達の前にわざとらしく現れて前を塞いだ。

「奇遇ですね。リルベルさん」

 そして、その2人とは違うもう1人の男がリルベルに話しかけた。
 確か、別の小隊の隊長だったはずだ。名前は……残念ながら記憶に無い。横分けにされた黒い髪と頬についた無駄な肉。そして横に広い体型。明らかに運動能力があるとは思えない見た目をしているが、これでも小隊長クラスなのだから人は見かけによらないものである。

「誰だ?」
「……貴女は酷い方だ。私のことをお忘れで?」
「悪いが興味無い奴の名前を覚える程余裕が無くてな」

 そう言って、リルベルが右に避けて通ろうとするが、それを目の前のどっかの小隊長が邪魔する。角度的な問題もあるかもしれないが、リルベルの瞳に嫌悪の色が宿ったことがわかった。

「ではお教えしましょう。私はフリックス・アーブラ。どうぞお見知りおきを」
「用が済んだならさっさと退いてくれないか? こっちも暇じゃないんだ」
「はは、貴女もつれない女性な事で。どうです? 今夜私と食事でも」
「消し炭になりたくなかったら退け」

 聞いているだけで竦み上がるような声が、リルベルの喉から絞り出された。アーブラは「おお怖い怖い」などと言いつつも道を開ける。リルベルは早歩きでその間を通過したので、俺は慌ててそれに着いて行った。通り過ぎる際に、アーブラから睨まれた気もするが、きっと気のせいだろう。

「隊長、アイツは……?」
「フリックス・アーブラ。小隊の隊長で私と同じ階級にいる。家が富豪で恐らくは寄付金で隊長の地位を獲得したんだろうな」
「……? さっき知らないって言ってましたよね?」
「アイツは三ヶ月前程から私にああやって馴れ馴れしく接してきている。何が目的かは知らんが、はっきり言って鬱陶しいからああいう態度を装ってるだけだ」

 ああ、きっとあのアーブラとかいう奴はリルベルに好意を抱いているのだろう。俺は直感的にそう覚った。というか、気が付かないリルベルは最早鈍感にも程があるのではないか……? まあ、アーブラの態度が非常識なものであることから本人には分からないのかも知れないが……。
 しかし三ヶ月もあのような態度を取られて、むしろ諦めないアーブラは中々執念深いのかもしれない。粘着質とも言えるが。

「しかも家からの圧力でアイツが問題行動を起こしても魔術師団は何ら口出ししないときた。だから私も脅すことは出来ても本気で消し炭にすることはできん」

 だが流石に消し炭にするという発想についてはこの女の思考回路を疑わざるを得なかった。普通ムカつくからと言って消し炭にしようなんて思うか。いや、思わない。
 俺は粘着質のよその男よりも、過激な自分の上司に恐怖を覚えてしまった。

「ん、どうした? そんな体をカラカラ鳴らして」

 どうやらスケルトンは恐怖を感じると体が震えてカラカラと音が鳴るようだ。頑張って体が震えないようにしつつも自分の内心を隠そうと必死で答えた。

「何でもないです」

 俺の声が多少裏返っていたことを気が付かなかったのかどうかは知らないが、リルベルは「そうか」と一言言うと前を向いて歩き始めた。
 が、暫く歩いていると、リルベルは何かを呟いた後に急に立ち止まってこちらを向いた。一瞬本気で驚いたが、その後の彼女の言葉に安心を覚えた。

「そうだ。今日はニーアが来る日だ……一応逃げる準備はしておけ。人間の意識を保持したスケルトンなんて奴の格好の的だ」

 が、その言葉は安心と同時に俺に倦怠感を与えてきた。
 ニーア・ウラム。小隊のメンバーの1人であり、唯一の研究員だ。
 研究員とは、主に戦闘ではなく魔術の研究などの裏方仕事を主なものとする魔術師団員のことだ。ニーアは研究員の中でもかなり優秀な方に入るだろうし、戦闘だってできる。こうして見るとかなり高スペックにも思えるが……彼女には色々と欠落しているのではないかと俺は思っている。いや間違いなく欠落している。人肉が欠落している俺が言うのもなんなのだが。
 スケルトンは主に死体に亡霊などが取り憑いて発生するモンスターだ。が、死者が自分の死体以外に取り憑くと、元々の素材と魂が合わずに魂が崩壊し、結果獣のような意識になってしまう。そのため、意識を保持したスケルトンというのは、自分の死体に取り憑いた場合以外には有り得ない。
 そして、自分の死体に取り憑くのはかなり稀なのだ。なぜなら、死んだ時点で白骨死体となっているケースなど殆ど存在しない。俺のように肉を溶かされた結果骨だけになった場合などを除けば、殆ど存在しないだろう。それ故に生前の意識を保持したスケルトンはかなり貴重であり、それをあのニーアが見たら何をされるか……正直想像するだけで恐ろしいものがある。

「分かりました……」

 そう返事をした俺の気分は最低まで落ちていた。

Re: Bone fantasy ( No.7 )
日時: 2017/08/20 18:47
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 あの後特筆することもなく、そのまま俺達は小隊室へとついた。硬い表情でドアノブを握り、こちらを真剣な眼差しで見つめるリルベル。それに対して俺は首を縦に振った。
 リルベルがドアノブを回してドアを開けた。

「なあマークス君。この縄を解いてくれないかな? 望むならこの私の身体を好きにしてもいいぞ?」
「マークス! 絶対解いちゃダメ!」
「だ、そうだ。悪いな、ニーア」

 状況を説明すると、まず椅子に縛り付けられた女性──ニーア・ウラムがニタニタしながら喋り続けている。そしてその前には相変わらず両目が隠れているため表情のわからないマークスに、困った顔で笑うギル。そして顔を赤くして涙目になっているフレッダがいた。
 ……そして俺はここで起こったことについて大体理解することが出来てしまった。なんだか前にも同じような光景を見たことがあるからだ。

「ほう、そうかそうか。つまり君は私の容認を得た上で私と致すよりも私を椅子に縛り付けて無理矢理行う方がお好みと言う訳だな。この変態が」
「……お前さん、俺はそんな事一言も言ってないぜ?」
「大体だね、たかが脂肪の塊を触ったくらいで椅子に縛り付けるのもどうかと思うんだよ私は」
「だ、そうだが?」
「おかしいでしょ! それにアンタのアレはどう考えても揉んでた!」
「ははは。違うね。弾力を確かめてた」
「尚更悪い! この変態!」
「私が変態じゃないとでも?」
「お前さん、それ認めるのかよ……」
「まぁまぁ皆落ち着いてよ。フレッダも、ね?」

 恐らくだが、ニーアがフレッダにセクハラ行為を働いたのだろう。彼女は男性よりも女性に興味があると自ら公言していたし、以前もこのような行為をしてフレッダを困らせていた。フレッダはきっと俺以上に彼女を恐れているだろう。
 温厚な口調でギルが仲裁に入ったことで終わるだろうと俺は思った。だが、それをニーアが簡単に打ち砕く。

「ギル君、マークス君、君達はフレッダ君に好き放題あんなことやこんなことをやってみたいという欲求はないのかい? 人間の三大欲求はあるのかい? 主に食欲と睡眠欲以外のヤツ」
「悪いがそれでブタ箱行きなんてシャレにならんのでな」
「そんな……女性にそんな行為を働くなんて……」
「フン! 詰まらん男達だ! 男なら女の一人や二人、無理矢理『自主規制』して自分のものにしてみろ!  『お前は今日から俺の物だ』くらい言え!」
「悪質な十八禁の本に毒されてんぞ」
「私の高尚な趣味だ」
「それマジで言ってんのか?」
「ああ大マジさ。読んでみろ。自分の世界が完全に駄目な方に広がるぞ」「駄目な方に誘導するなよ」
「だが駄目な方向を極めた私が天才になるのだから世も末だね」

 ……そう、この変態こそがニーア・ウラムという女だ。
 切るのが面倒だからという理由で伸ばし放題になった黒い髪は雑に後ろに回されている。長いものでは膝まであるそれは、海に漂う藻を連想させた。
 真っ白とまでは行かないものの、白い部類に入る肌の色。恐らく、いつもいつも日の当たらない所で生活していることが原因だろう。
 魔術ローブではなく、白い色の研究ローブというものを羽織っていて、その下には色気も何も無い黒いスーツを着ていた。そして手には黒い手袋。白黒しかないその格好にはこだわりのようなものを感じる。因みに彼女のローブは特注なのか床に擦れるほど大きい。

「やぁ、骨の君はクロアス君かい?」

 次の瞬間、幾何学的な模様──魔術式がニーアを縛るロープに浮かび上がり、ロープが勝手に捻れて切れた。そして何事も無かったかのように立ち上がるニーアにマークスが呆れつつも言葉をかける。

「おいおい、さっきまでは遊んでたって事か。まあ、そりゃそうだ」
「拘束プレイも中々興奮するものがあったが少々飽きてしまってね」
「お前さん……流石に発言が自由過ぎやしないか?」
「おっと、私はこれでも規制しているつもりなんだがね」

 軽口を叩き合いながらこちらに歩いてくるニーア。因みにフレッダはギルの後ろに隠れていた。ギルは困ったような表情をしつつもフレッダに付き合っているようだ。

「クロアス君、単刀直入に言うが解剖させてくれ」
「断る」

 ニーアは俺の予想を超えて直球で俺に頼んできた。勿論、俺は体を解剖されたり調べられたりする趣味はないので断った。大体、解剖させてくれって言われて許可を出すやつなんて少なくとも人間には中々いないと思う。

「遠慮することは無い。君が解剖されて、私が解剖する。どうだい? 誰にも不利益は生じてないだろう?」
「お前には解剖された俺は不利益の中に入らないんだな」
「安心しろ。元の形に組み立ててやる」
「そういう問題じゃないことに気が付け」

 この女の次々と飛び出る発言達に、俺は少しだが恐怖を感じてしまう。なんだコイツ。どうしてそこまで解剖したがるんだろうか。研究員の連中はこんなヤツらばかりなのだろうか。

「まあまあ、冗談だ。おちつきたまえよ」
「お前の冗談はホント笑えないんだよ」

 ニーアのからかうようなニヤニヤとした笑みに俺は呆れてしまった。だめだ。この女といいリルベルといい考えていることが分かりにくい女がこの小隊には多すぎる。フレッダはまだわかりやすい方だが。

「……本当は解剖したいんだけどね」

 ……ホントに何考えてるか分からねぇな。








「さて、そろそろ本題に入ろうか」

 ニーアが小隊の部屋に置かれている椅子に腰掛けると、足を組んで背もたれに寄りかかるというなんとも偉そうな姿勢で話を始めた。

「私が来た理由は他でもない、最近新たに発見されたモンスターについてだ」

 ……それだけか? 俺は不意にもそう思った。
 新種のモンスターが発見されることは珍しい事でもない。よっぽどの脅威である場合は正式な報告書で送られてくるはずだ。だがそんなものが送られてくればリルベルが知らせるはずだが、そんなことは一言も聞いていない。

「そのモンスターはそこまでの脅威じゃないんだ。ドラゴンやワイバーンのように飛行能力を持っているわけでも、強力な魔術が使えるわけでもないんだ」
「でも引きこもりのお前が地下から出てきたんだ。何かあるんだろう?」

 リルベルの発言は中々酷いものであったが、それが事実である。ニーナは極度の外嫌いでいつもいつも地下にある薄暗い研究室に引きこもっている。滅多にここに来ない彼女がここに来た理由が俺目的でないとするなら、その新種のモンスターには何かあるに違いない。

「流石だねリルベル。その通り、そのモンスターには他のどのモンスターも持ってないユニークな力を持っているんだよ」
「……どんな力なんだ?」
「コピーだ」

 コピー……? 真似るということだろうか。
 その問いをニーアにぶつけると、彼女は馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

「ハハハ、確かにそういった解釈もできるがそのような意味ではないね。まあいい、答えは他のモンスターの死骸から特徴の一部を自分の体に付けるんだ。例をあげるなら……鳥の死骸から翼をコピーしたり、殻を持つ生物から殻をコピーしたりするんだ」
「……それ、結構危ない生物なんじゃないかな?」
「それがそうでもないんだよギル君。彼らには知性がないんだよ。鳥から翼を奪い取ったのに、その後重たい殻をコピーして空が飛べなくなったりする個体みたいに、自らの長所を自ら潰す個体がかなりの数いるんだ。恐らく、本能的に周囲の死骸の特徴をコピーしているせいだろうね。彼らはコピーすることは出来て、それらを扱うことは出来ても、原理そのものを理解できているわけではない。だから自滅する個体が出てくるんだ」

 ニーナの説明に皆が納得したような顔をした。と、思っていたが、どうやらフレッダは全く理解できなかったようで、困ったように苦笑いを浮かべていた。

「ま、いちおうそういう種類のモンスターが現れたという事だけは把握しておいてくれ。さて、要は済んだから私はフレッダ君の体に好きな事して帰ることにするよ」

 このあとニーアを止めてかえらせるまでに30分ほどかかった。







 アルニ街からおよそ80kmほど離れた場所に、リチル村という小さな村があった。
 人口は100人弱ほどで、基本的に農業や畜産などで自給自足をしている村で、文明のレベルはアルニに比べてかなり低い。見晴らしのよい平原地帯に作られた村のせいか、人間に敵対するモンスター達に襲撃されることはあったが、魔術の使えるものなどがそれらを撃退したりなどして存続していた。
 そして、その村に住むゴリアという男がいた。ゴリアには、魔術の才能はないが強靭な肉体を駆使して魔術を使える者達に並んで前線に立ち村を守る一人として皆に知られていた。
 そんな彼は、農家をしており、丁度作業を終えて家に帰ろうとしていた。
 爆発音のような大きな咆哮が、村全体に響くまでは。
 それを聞いた彼は、家への進路を変更して一目散に走り出した。咆哮の聞こえた方へと向かい梯子を使って木材で作られた高い壁の上に乗った。

「なんだあれ……」

 彼が意識外から発したその言葉には、驚きではなく何が起こっているのか分からないといった様子だった。
 彼の視界に映し出されたもの。それは、巨大の一体のモンスターの姿だった。
 遠くから見てもわかる、その象の足に似た形状をした太く、強靭な6本の足。体から何本も無造作にくっつけた形状の違う翼。体から垂れるように生えた幾つもの触手。そして何よりも目を引いたのは、三つの首とそこについた頭だった。
 その怪物はゴリアの方を向くと、そのままゆっくりとだが、街に向かって歩み始める。その光景を見たゴリアは直感的に覚ってしまった。
 もうこの村は終わりだ、と。
 
 そして次の日、リチル村のあったはずの場所には、巨大なモンスターが眠っていた。
 そしてその周りには、壊れされた木材の壁や家、デコボコになった土地、そして赤い色が、巨大なモンスターの口と村の一部を赤く染めていた。
 そして、この日以来、リチル村の住民の姿を見た者は誰一人としていない。

Re: Bone fantasy ( No.8 )
日時: 2017/10/19 19:18
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 鋭く突き出されたレイピアが、俺の肋骨を寸分の間違い無く捉えた。足裏に力を込めて仰け反らないようにするが、瞬間的に骨同士の結合が崩れ、バラバラになって骨の山を作り出す。
 クソ。また失敗だ。攻撃を受けると体に衝撃が巡り、魔力の結合が解けて、結果的に全身がバラバラに崩れてしまう。
 いつまでも修練場を独占する訳にもいかず、今日は軽いトラウマでもある瘴気の森で、隊長と一騎打ちをしているが、やはりと言うのはなんだが、上手くいかない。
 スケルトンの性質上、どうしても体に強い衝撃が加わると、魔力の結合が解けてバラバラになってしまう。これでは全く使い物にならないどころか、戦闘すらできない状態だ。
 魔術師団は自治組織だ。回数そのものは少ないが、どうしても戦わなければならない時がある。そんな時、俺は何もすることができないのだろうか?
 その思考を、骨の体を組み立てながら消し去った。だからこそこうして、隊長に鍛錬を付き合って貰ってまで、解決策を探しているのだ。今するべきことは悩むことではない。打開策を見つける事だと、そう思ったのだ。

「クロアス……何か方法はないのか?」
「……分からないんです。この体の使い方が。どうやったら、この骨だけの体を使いこなせるのか、分からないんです」

 だが、肝心の解決策が見つからない。防御力のない体。攻撃力のない攻撃。使い物になる魔術は硬化魔術だけ。オマケに魔力を使い過ぎると死に至る。クソ、こんな状況でどうしろと言うんだ。

「……そうか」

 それしか言わなかったのは、きっと口下手なリルベルなりの気遣いだったのだろう。
 相変わらず解の見つからない疑問に苛立ち、その感情を右手に乗せて近くの木へと叩きつけた。が、こちらの骨の拳が砕けて手のパーツたちが四散する。
 その光景は、俺に自分への小さくない失望を植え付けた。







「もうすぐ覇竜祭だな」

 俺がスケルトンとなり、2週間ほどが過ぎた頃だった。リルベルが、思い出したかのように、そう呟いた。
 覇竜祭はりゅうさい。覇竜と呼ばれる巨大なドラゴンを、アルニの街にて打ち倒した日として、この街のみで行われている行事だ。当日になると、覇竜の巨大な白骨が、組み立てられた状態で広場に設置される。
 また、広場を囲むようにして、道やら空き地やらに屋台が並んだりするためか、街の一大イベントと化している。それ目的で観光に来る者もいるらしい。

「大体2週間後だな」
「私達はまた警備かぁ。つまんないの」

 残念そうにフレッダが呟いた。確かに、その気持ちは分からないこともない。覇竜祭の警備には、騎士団と魔導師団があたることになっているため、俺達は覇竜祭を楽しむことが出来ないからだ。
 ドラゴンの骨には、そのものに強大な魔力が秘められている。ましてや、覇竜のものとなれば、かなりの魔力が秘められているだろう。もし盗み出されでもしたら、大問題に発展してしまうだろう。そのため、騎士団と魔導師団が警備にあたる事になっている。

「今回も、祭りは楽しめそうにないな」
「マークス、お前は去年サボって遊んでただろうが。何が今回もだ」
「流石隊長様だ。しっかり部下の行動を把握していらっしゃる」
「ああそうだ。そんな隊長が今回はお前が安心して働ける環境作りをしてやったんだ。感謝するんだな」
「ん、まあ期待しておきましょうかね。隊長殿?」

 マークス……お前は去年サボってたんだな。そして上司を煽るのを止めるんだ。いつこちらに飛び火が来るか分かったものじゃない。
 ケケケと口元を歪めて笑うマークスに対し、フフフと無表情のまま笑う隊長。2人の間で、電撃が飛びあっているような気もするが、やるなら外でやってくれ。

「でもそうなると小隊戦があるよね」

 フレッダは、今の俺にとって最悪の行事を思い出させてくれた。小隊戦、パーティバトルとも呼ぶ。
 この行事の仕組みは至って簡単だ。それぞれの小隊から選手を5人ずつ選出する。その5人に『ルーク』『ナイト』『ビショップ』『クイーン』『キング』の役職を与える。
 次に、2つの小隊を右陣と左陣に分け、20m×20mの正方形のフィールドで、お互いのチームの同じ役職の選手を戦わせる。それをルークからキングまで行い、勝利数が多い方が勝ち、というものだ。

「私たちの小隊のメンバーだが、ルークがクロアス、ナイトがギル、ビショップがニーア、クイーンがマークス、キングが私だ」

 そして、これには俺も出場することとなる。5人選出ということは、誰か1人は出ないでいいと言うことだが、その1人はフレッダで決定されている。
 彼女の1番の得意魔法は治癒魔法だ。他の得意魔法も大体が支援系であり、一騎打ちには向かない。そのために、どうしても俺が出ることになる。
 既に魔導師団では、どこかの小隊にスケルトンがいることだけは、知れ渡っているので、そこは問題がないのだが……問題は、今の俺が出場すると殆どの確率で負けるということだ。何故かは、言うまでもないだろう。

「おいおい待ってくれよ。俺にクイーンなんて大役は負えねぇよ」

 不服を申したのはマークスだ。彼は自分の役職がおかしいと言うのだ。
 確か、去年は俺がクイーンとして出場したし、彼は確かナイトだったはずだ。
 基本的に、役職には特徴のようなものがある。ルークは近距離型。ナイトには中距離。ビショップは遠距離型。クイーンはオールマイティ型でキングは隊長が務めることになっている。

「クロアスがクイーンを務めれない以上、お前が適していると判断した」
「隊長様もご存知だろうが俺の魔力に特出した力は無いんだよ。それなのに」
「だからこそクイーンに選んだ。せいぜい期待しているぞ?」

 恐らく隊長は、マークスの魅力でもある、欠点らしい欠点が無いという所にかけたのだろう。彼の魔術は1つを除けば弱点がない。基本的な全ての魔術をバランス良く扱える。それがマークス・ビリーバーという魔術師であり、俺の相棒でもある。

「あー分かりました分かりました。やりますやります。ただ、これで活躍したら俺の待遇改善求めますね」
「いいだろう。活躍できたらお前にとっていい環境を作ってやる」
「よーし俺の待遇改善のために頑張ってやる。全力出すぞ全力」

 マークスは基本的に怠け者でどうしようもない奴だが、やる気を出すと決めた時の集中力は誰よりも高い。これは期待していいのかもしれない。
 反面、そんな期待をされるマークスが羨ましたかったのか、それとも期待すらされない自分が悔しいのか、俺の中で何かモヤモヤとした感情が生まれていた。

Re: Bone fantasy ( No.9 )
日時: 2017/10/22 18:47
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 小隊戦まで、あと4日を残すところとなった。
 小隊戦は、唯一とも言える魔術師団が市民と交流する機会でもある。小隊戦は覇竜祭前の行事として非常に人気が高い。普段は魔力中毒を気にして見ることが出来ない魔術を用いた派手な戦いを、観客席という安全が確保された場から見ることが出来るのだから、当然といえば当然のことだ。
 この時期になると、修練場は予約しなければ使えなくなるほどに人が殺到する。エキシビションのようなものとは言えど、魔術師団は小隊戦に対して意欲的だ。
 何故なら、この小隊戦の結果に応じてそれぞれの小隊に援助金……平たく言うとボーナスが入ってくる。そのボーナスは、トーナメント形式で行われる小隊戦で、勝てば勝つほど多くなる仕組みだ。因みに一回戦負けと優勝では、援助金が50倍ほど違う。
 中々上手いやり方だと思う。どんな魔術師も金が欲しい。魔術師とて、決して裕福ではないのだから。勿論、俺もその1人である。

「……とは言うものの絶望的にやる気が出ない」

 俺は今、1人で小隊室の中で椅子に座ってグダッとしている。傍から見たら、ローブを着た白骨死体が椅子に置かれているように見えるだろう。
 何故だろう。本当にやる気が起きないのだ。いわゆる無気力状態とかいう奴である。
 努力しても全く成長できなかったのが原因だろうか。それとも、自分の想像を超えた弱さに心が折れてしまったのか。どちらかは俺にも分からないが、全くやる気というものが出なかった。

「……こんな時に限って話し相手もいないなんてな」

 いつもならマークスが仮眠という名目で熟睡している、部屋の隅にある椅子には誰も座っていない。マークスは今回は本気で行くらしい。そこまでして楽をしたいのかと思うが、楽の種をまくために苦労することを厭わないのがアイツだ。
 他のメンバーも誰もいない。リルベルは小隊戦の抽選に行っているのだろう。フレッダは愛用の杖のメンテナンスで自宅。ギルは今頃修練場か瘴気の森で小隊戦に向けて体を動かしていることだろう。
 先ほどの独り言を呟いてから10分ほど経った頃だ。ドアノブを回す音が聞こえ、誰かが入ってきた。そちらを向いて、思わず、無いはずの顔が引き攣るような感覚を覚えた。

「やあやあクロアス君。久しぶりでもないね」
「ニー……ア?」
「おいおい、そんな死神を見たような顔をしないでおくれよ。別に解剖とか解剖とか解剖とかする気は無いからね」
「お前の頭に解剖しか無いことが良く分かった。帰れ」
「ああ、なんて酷い仲間だろう。同じ小隊のメンバーが入ってくるなり帰れなんて、さ」
「同じ小隊のメンバーを解剖することについてはどう思う?」
「いいんじゃないかな。素晴らしいことだ」
「……思いやりって知ってるか?」
「ん? ああ、重槍のことかい? 知ってるよ。重量型のランスだろう?」
「違ぇよ!? 重量的な意味の重いじゃないし槍も武器のやりじゃない!」
「ああ、なるほど。すまないわざとだ」
「もう嫌だこいつ」
「だが同じ小隊である以上私からは離れられないのさ。ファハハハハハ!」

 高笑いをするニーア。どうしてこんな奴と同じ小隊に入ってしまったのか。一年くらい前から思い続けていることだが、本当にどうしてこうなったのだろうか。神のせいなら俺は神を恨むぞ。

「心配するなクロアス君。今回は君を解剖しに来た訳じゃあないんだ。ちょっとした話でね」

 ニーアは俺の向かい側のソファに偉そうに座る。一々足を組むあたり本当に偉そうな態度だ。

「……ならそうと言えよ」
「悪い悪い。スケルトンと会話する機会なんて中々無いものだから、ついつい熱が入ってしまってね。それで本題だが──」



「──君、今のままなら確実に殺されるぞ」

 一瞬、空気が凍り付いたかのように、身体中がヒヤリとした感覚を覚えた。ニーアの顔は先程までのおちゃらけた様子とは打って変わって、本気の眼差しをしている。

「いいかい? 魔術師団の中には少なからずモンスターを残らず虐殺しようとする魔術師も少なくない。アーブラの小隊なんかその代表だ。小隊戦とはいえ、本気で殺しにかかってくるぞ」
「……小隊戦はあくまで覇竜祭のエキシビションみたいなものだ。そこまでしてくる奴なんかいる訳が」
「君は知らない。君はモンスターを憎む人間の憎悪がどこまで深いか知らないのさ」

 どうしてそこまでニーアが言うのか、俺には分からなかった。ただ、一つわかるのは彼女は一切嘘をついていないということだけ。

「じゃあ……お前は俺にどうしろって言うんだ……?」
「強くなるんだ。クロアス君。聞いたところ君の実力は人間の頃に比べて格段に落ちたそうじゃないか。今のままでは、仮に小隊戦が何事もなく終わったとしても、そのうち殺されるだろうね。少なくとも、今の君の戦力的価値はゼロに等しい」
「分かってるんだよ!」

 ニーアの言葉に、思わず机を右手思い切り叩き、声を荒らげてしまった。

「俺だってやれることはやったんだよ! だがこれを見てみろ! 今! ただ思い切り机を叩いただけでこのザマだ!」

 俺の右手のパーツは各方向に四散していた。そう、机を叩くだけでバラバラになってしまったのだ。

「こんな体でどうしろってんだよ……」

 ニーアは顎に手を当てて黙り込む。
 少しの間の静寂の後、ニーアが喋り始める。

「なるほど。君の弱点はよく分かった」
「ああ、こんな身体じゃ戦えな」


「君の弱点はその知能だ。空っぽの頭だ。知恵の無さだ」

「──は?」

 俺の頭が空っぽ? 確かに今はそうだが、恐らくニーアは比喩として言っているのだろう。その意味が理解できた分──俺の中で怒りの感情が大きくなる。

「どういうことだニーア!」
「そのままの意味さ。君は十分な魔力も力も魔術も体もある。足りないのは君自身の、ココだ」

 そう言いながら、ニーアは自分の頭を人差し指でコンコンと叩く。

「お前なぁ……!」
「仕方ない。ここは一つ先輩として教えてあげようじゃないか。ついてきたまえ。君の本当の克服すべき場所を教えてあげよう」

Re: Bone fantasy ( No.10 )
日時: 2017/12/04 22:49
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

「さぁ、授業開始だ。君に教えてやろう」

 ニーアに連れてこられたのは、修練場だった。まさか彼女は、最初からこうするつもりで予約を取っておいたのだろうか。
 だがそれは俺の発言を予想していたという事を示している。その事実に、手のひらで踊らされている気分になる。
 ニーアは、白い先端部分がカクカクした渦巻き状になっている、2mを超えそうな長い杖でこちらを指している。彼女との間合いは10m程だろうか。
 遠距離型のニーアと近距離型の俺の公平性を考えてこの距離にしているのだが、どちらかと言えば俺が有利な勝負である。
 何故なら彼女の魔術の特徴は超長距離魔術──いわゆる狙撃型だからだ。最大射程範囲は200m程に及ぶ。
 そんな奴が近距離での戦闘ができる訳が無い。そう高を括った俺は、練習用の木剣を構えた。木とは言ってもそれなりに重い、防御せずに本気の一撃を喰らえば骨くらい一発でポックリ逝く。

「さぁ、来いクロアス君。もし君が私に対して不満を持つなら、私に斬り掛かってこい」
「……舐めやがってッ!」

 感情のままに、木剣を片手にニーアに飛び掛る。そして木剣を左斜めに振り下ろした。軌道通りに進めば、そのままニーアの右肩を捉えるだろう。いくらスケルトンの腕力が無いとはいえ、これを喰らってタダで済む道理はない。
 だが、ニーアに触れる直前に透き通った緑色の幾何学的な模様が発生し剣が弾かれた。俺の手に衝撃が伝わるが、なんとかバラけないようにして、武器を構え直す。

「結界魔術か……」
「ご名答。中々興味深いものだったのでね」

 結界魔術。『結界』というものを作り出す魔術だ。結界は幾何学的模様が張り巡らされている壁のようなものだと思えばいい。それは物理攻撃に対して高い耐性を持つ。基本的に魔術師の能力が高ければ高いほど結界はより強固なものとなる。

「ああクロアス君、覇竜祭だからって遠慮する事は無いさ。その刃が私を捉えることなんてないのだからね」
「だったら手加減は無しだ!」

 寸止めができるように力を抜いていたが、俺はその気遣いを止め、全身の力を込めてニーアに剣を上段から振り下ろす。だがその全力を乗せた一撃も、ニーアの前で結界によって止められてしまった。

「フン、私の結界が正面突破できる訳がないだろう。頭を使いたまえ」
「うるせぇ!」

 右に左にと木剣を振うが、結界は壊れない。それでも構わずに攻撃を続ける俺に呆れたのか、ニーアは大きくため息をつきながら後ろに跳躍した。その距離、およそ10m。ぎょっとしたが、ニーアの足元には幾何学的模様が浮かび上がっていた。恐らく、加速魔術なり移動魔術なりを使ったのだろう。
 杖を持つ右手と反対の手で髪をかき上げるニーア。表情には呆れた、と言うよりはむしろ失望したという色が濃く出ていた。

「全く君にはガッカリさせられるね。本当に見ていてイライラする」

 この言葉は俺の沸点を超えるには十分過ぎた。

「お前なぁ! こっちは必死なんだよ! 必死でやってあの程度なんだ! お前は俺に何を期待しているんだよ!?」
「馬鹿者。君に期待なんかしちゃいないさ。ただ、君はまだ全力じゃない。全力じゃないのに必死なんて言葉を使ってくれるなよ……この阿呆が!」
「なっ……」

 珍しく大声を張り上げたニーアに、一瞬気圧された。その言葉には周囲を黙らせる程の圧力があった。

「君が全力? たわけ。全力とはな、自分が持つ知恵を絞り出して最適解を見つけ、それを全力で実行する事だ! 君に至ってはまだ最適解どころか自分の持つ力すら知らない。数学で例えるなら方程式を解く以前に君は方程式にすら辿り着いてないのさ。そんな者に私が負ける訳ないだろうが」
「俺の……力?」
「君は常識に囚われすぎている。しかも人のね。魔術の基本は常識を捨てることと学校で習わなかったか」
「……俺は自分でも常識離れした感覚してると思うけどな」
「馬鹿者。それは人としての常識だ。君はスケルトンだ。まずは過去の自分の偏見を捨てろ。自分をあらゆる視点から見つめ直せ。それで見つからないなら君は三流だ」

 そうだ。確かに俺は今まで自分の中の常識に囚われていた。俺は昔の自分の戦い方に囚われすぎて、出来もしない再現ばかりをしようとしていた。
 だがそれは間違いだとニーアは言った。確かに、素材が違うのに同じ方法でやっても上手くいく見込みは少ない。ならば、多少リスキーでも新たなる道を開拓すべきだ。
 だがどうする。その言葉が、俺の脳内に重く響く。
 全力の攻撃は防がれた。恐らくあの障壁を壊す事も不可能。こちらは簡単に崩れる体で武器は木剣。使い物になる魔術は硬化魔術だけ。残るは骨の体……さて、どうしたものか。

「フン、相手が待ってくれると思うなよ」

 ニーアはゴニョゴニョと口元を動かした後、杖でこちらを指すようにした。恐らく呪文を詠唱していたのだうろ。杖の先に幾何学的な模様が現れ、その先から激しい火炎が放出された。慌てて身を横に投げ出してなんとか回避する。
 今の魔術は出力魔術だ。これがそこそこ面倒な魔術で、出力魔術は火系統、水系統、光系統、雷系統、闇系統、その他に分かれる。
 火系統や水系統、雷系統は単純にそれらを発射するだけの魔術だが、光系統と闇系統は周囲の明暗を変化させるだけ。その他の中には音などを放出するものが含まれる。
 因みに、出力魔術の系統は全て先天的な魔力によって決まる。ニーアは今のように火系統であるし、俺は水系統。リルベルは雷系統だったりする。基本的に人はそれを一種類しか持たない。
 そして放出魔術の厄介な所。それは出てくるまで範囲や形状、威力が分からないことだ。時に球体、時に棒状。手のひらサイズの範囲の時もあれば都市丸ごと覆うほど広い時もある。それらは全て呪文詠唱によって左右されるため、詠唱を聞き取れたら区別が付くが、魔術師は他人に聞こえないように詠唱するのが基本である。

「ああ埒が明かねぇ!」

 ヤケクソ気味に木剣をニーアに向かって放り投げた。回転を帯びたそれは、結界に弾かれて明後日の方向に転がる。

「……さてどうすっかな」
「休んでいる暇はないぞ」

 立て続けに放たれる炎達を掻い潜りながらも、俺は必死に考えた。
 考えている途中で、まだ体が慣れていないのか足を絡ませてしまい、盛大に転倒してしまう。そして、転倒の際に咄嗟に着いた右手が衝撃で弾けたように見当違いな方向に飛んでいった。

「クソ! 戻って来い!」

 だがスケルトンの体はすぐに直せる。飛んでいった右手も、すぐにこちらに飛んできて元あった場所に収まった。
 ……待てよ。遠くにあった自分の体は引き寄せられるんだよな。

「ほら! まだまだ行くぞ!」

 ニーアの火炎放射を回避するも、いよいよ余裕が無くなってきた。こうなったら一か八か、色々試してみるしか無いらしい。

「こうなりゃヤケクソだ!」

 次のニーアの攻撃が来る前に、俺は自分の頭を右手で掴んで右脇に抱えた。視界が揺れ動いて若干気持ち悪いが仕方ない。
 そして、俺は覚悟を決めて、自分の頭を右手で掴み、思い切りニーアの頭上に向かってぶん投げた。
 瞬間、俺の視界がグルグルと高速回転を始める。景色がミキサーに掛けられたようにして色が混ざり合い、同時に俺の頭が掻き乱されているような感覚に陥る。つまり、端的に言うと吐きそうである。
 意識を手放さないようにしつつも、俺はなんとか口を開いた。

「来い! 俺の体ぁぁぁ!」

 その言葉を発した後、段々と自分の体に体重が戻るのを感じた。そして、全ての骨が空中で組み立て終わった時、回転はかなり減速しており、周囲の情報をハッキリと捉えることが出来た。
 真下にニーアがいてボーッとしたように口を開けている事が分かったおれは、彼女に向かって右足を突き出すような姿勢を取った。
 漸く意識が戻ったのか、ニーアは呪文を詠唱する素振りを見せるが──それは間に合わない。結界が張られるよりも先に、俺の右足がニーアの腕を捉えた。殆ど垂直からの飛び蹴りに、ニーアの細腕が杖を離した。媒体を手放してしまえば、いかなる魔術師であろうと魔術を発動できる道理はない。案の定、魔術は発動しなかった。
 膝を着いて着地を決め、ニーアを見る。そこにはおどろかされたと言わんばかりの表情の彼女がいた。そして彼女に一撃を打ち込もうとした所で──不意に、視界がぐにゃっと歪み、立とうとした瞬間に足がふらつき、そのまま横に倒れてしまった。

「うえっ……気持ち悪い……」

 恐らく、頭を投げた際に回転したせいだろう。目が回るどころの話ではないが、それに近い状態になっている。というか真面目に吐きそうだ。胃もねぇし吐くものねぇけど。

「……ははっ」

「ははははは! いやぁ、実に面白いものを見せてもらった! あそこで自分の頭部を投げるとは予想もしなかったよ! 中々面白く滑稽な発想だ! 素晴らしい! そんな馬鹿げた考えを思いつく君には最高の賛美を贈ろうじゃないか!」

 ニーアのそんな褒めているのか貶しているのか分からない高笑いを含んだ声を聞きながら、俺は深い意識の闇に落ちていった。


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