複雑・ファジー小説
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- 夜に舞うは百火繚乱
- 日時: 2018/01/21 16:32
- 名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: UPSLFaOv)
スカーレット・シーフはこう言った。
泥棒が正義で何が悪い。
ってね。
〆story
第一話 勧誘じゃなくて脅しじゃねーか
>>1 >>2 >>3 >>4
第二話 何でこんな色物ばっかりなんだ
>>6 >>7 >>8
第三話 これからは、頼っていいんだ
>>10 >>11 >>12 >>13 >>14
- Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.1 )
- 日時: 2017/09/02 19:58
- 名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
第一話 勧誘じゃなくて脅しじゃねーか
「警備は……もういないな」
街が夜の闇に包まれて、静まり返った丑三つ時、都内の高層ビルに一人の盗賊が忍び込んでいた。昼には狭いフロア中に多数の社員がひしめいているような事務所のなかで、そっと息を殺している。
このビルにおける警備員の巡回ルート、時間帯はあらかじめ依頼主から提供されている。つい先程、一時間に一度の見回りにあたって、彼の潜むこのオフィスにも警備員の男はやってきたが、そこまで丁寧に確認もせずに、照明を数秒つけて怪しい人影が無いかだけ確認したらすぐに去ってしまった。
提供された情報の通り、扉から離れた机の下に忍んでいるだけで充分隠れることができた。
「ちょろいもんだな」
彼自身、この規模の企業に忍び込むことは初めてのことではない。しかし、事前情報がこれほど与えられての潜入はこれまでにはなく、行き当たりばったりではない侵入はこうも簡単なのかと感心していた。
今回の依頼主、少々胡散臭いところもあるが仕事は丁寧なものだなと独り呟き、再び夜の闇に目を慣らせる。
情報通りなら、警備員の最後の周回がこれで終わりである。通常ならこの巡回の後に警備員室で仮眠を取り、五時からまた巡回を始めるはずだ。
後十五分程度の辛抱というところだろうか。彼は安全な時間帯を待つと共に、この期の盗難プランを思い出した。級友の声が、耳の傍で直接響く。イヤホンの向こうからのアナウンスの声は、今日もよく聞こえていた。
「どや? そっちの調子は」
「順調すぎて怖いくらい。少し警戒してる」
「そうか。最後まで順調に行けばええんやけど」
不吉なことを言うなと、彼はイヤホンの向こうの司令塔に返事をする。どこかその声音に、何か不祥事が起きて欲しいとでも期待しているような色を感じ取ったからだ。
「まるで俺に取っ捕まって欲しいみたいだな」
「えー、そんなそんな。蓮が捕まってもうたら、うちは悲しいで」
この女、棒読みである。その事に青筋を額に浮かべながらも、冷静にこの後のことを打ち合わせる。
「この後は46階に向かえばいいんだな」
「せやで、そこの社長室の金庫に入っとるブツを持って返ったらほぼほぼ終いや」
今回の依頼で、盗み帰る予定の代物は、この会社の社長の横領の証拠。金庫の中に横領した証拠と、彼の個人通帳が入っているらしいとの情報が依頼主から寄せられている。
今回の目標はそれを奪取して持ち帰り、依頼主に引き渡すところで完了だ。
「にしても普段よりも通信の通りがいいな。少しだけど、いつもならノイズ混じるだろ?」
「えー、なんでやろなぁ」
「棒読みやめろ、怪しいぞ」
ええからはよ先進めや。これまでの大根演技など無かったかのように、いつもの調子で先な進むよう指示される。本来この女ほど嘘をつくのが得意な人間を彼は知らない。何か隠し事をしているが、まだ伝えたくはない、くらいの事情だろうか。本当に彼女が隠したいと願うのならば、全く悟らせないことも可能なのだから。
「次、北側通路の階段だっけ?」
「せやせや、カメラに映らんように、打ち合わせた経路で行ってや」
警備員が違うフロアに移動したのを確認した後、彼はオフィスの扉を開けて、目的の階段へと向かった。まっすぐ向かうのではなく、左方面から迂回する。こちらにもカメラはあるが、警備員の巡回ルートに入っているため、真夜中は節電を兼ねて機能していないとのことだ。
足音も衣擦れもほとんど起こさず、奥にたどり着く。そのまま階段を3フロア分上へと登る。次の部分は監視カメラが起動しているので、今度は南側へと向かう。
「今回あんたが指名された理由みたいなもんがそのフロアや。気ぃ引き締めや」
このフロアにはサーモグラフィーによる徹底的な警備が成されている。カメラこそ無いが、カメラよりも的確に侵入者を捉えることができる特殊な目。
「分かってるよ」
俺の能力だったら余裕で誤魔化せる。彼はそう言って、無造作にそのフロアへと侵入した。
次>>2
- Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.2 )
- 日時: 2017/09/03 14:27
- 名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
パイロキネシスの超発展系。黒崎によると、彼の能力はそう形容するのがずばり適していた。そもそも、彼の能力の根幹を成しているのは発火能力である。中学の理科の実験の際、ガスバーナーで手を炙りかけた日になぜか彼の能力は花開いた。
彼は口調の粗さから推察されるほど愚かで考え無しではなく、むしろ聡い部類であったため、この力のことは親兄弟にも親友にも告げなかった。そして、人目を忍んでその能力について自分なりに研究していくうちに、できることの幅はだんだんと広がっていった。
彼が次にできるようになったのは火を使わずに温度を上げること、熱の能力であった。きっかけは、夜中にコーヒーが飲みたくなった時、温めようと思いながら水道を捻ると、そのままお湯が出てきた時だ。ガスを使うより自分の火を使った方が静か、そのため彼は自分の力で温めようとしたのだが、温度を上げたいという意思が優先されたのか、物を熱する能力に目覚めた。
それ以降、能力の応用は留まるところを知らなかった。今回利用するのはそのうちの一つ、熱操作能力の一部、体温の低下だ。とはいえ、元が炎を操る能力であるため、あまりに低温にはできない。その時自分が置かれた空気の温度、それが下限だ。しかし、だからこそサーモグラフィーには関知されない。
これは、表面温度だけではなく体内も同様である。黒崎にかつて、そんな状態でちゃんと生体内のタンパクは動くのかとその昔心配されたが、どうせ科学で説明できるような事象ではないと彼は割りきっている。
「ここを抜けたら、後は?」
悠々と、口笛混じりに彼はフローリングを闊歩する。このフロアは音も拾われない仕様だ。サーモグラフィーに頼りすぎではないかと不安になる。まるで、誘い込まれているようで怖い。
「もういっちょ階段上ったら終わりや。社長室入って金庫壊して中身抜き取って終いや」
「金庫壊して大丈夫か?」
「アナログのめっちゃ丈夫な金庫らしいわ。デジタルやとハッキングで開けられるのが怖いからやって」
「アナログだから無理に開けてもバレないって?」
「そそ、せやからはよ終わらせよ」
簡単に言いやがってと、彼は大きくため息をついた。中身を焦がさないよう施錠部のみこじ開けることがどれだけ気を張るか、向こう側の彼女、黒崎は分かっていない。
「あれ、めっちゃ熱しないと開かないんだからな。中が常温になるよう、入れ物は高温になるよう二重で能力使うのってきついからな?」
「んな固いこと言うなや、今さら。蓮やったら楽勝やろ」
説明してもはぐらかされ、理解してもらえないだけと諦めた彼は、いつのまにか目的地へとたどり着いていた。もちろん施錠はされているが、鍵の部分の金属を融解させて施錠を無かったことにするので関係ない。
「着いたぜ」
後は、金庫をこじ開けるだけ。隠されていたらどうしようかと思ったが、そのような心配はいらず、巨大な金庫は窓側の壁に寄せて立てられていた。なるほど、丈夫だと言う訳である、自分と同じくらいの背丈の金庫に、彼は圧倒されていた。
人間一人がそのまま入ってもばれないくらいではないかとも思える。少し怖じ気づいてしまったが、これを開けなければならないのだ。早速彼は作業に取りかかった。
「あのな、蓮」
「んだよ黒崎」
「うちな、謝らなあかんことがあんねん」
「そんな気はした。で、何だ?」
「今回の依頼、横領とか全く関係ないんや、実は」
「は?」
一瞬、作業の手が止まる。それを察知したかのように、黒崎の声は手を緩めないようにと指示を出してきた。
「今回のほんまの依頼人は社長さん本人でなぁ」
「俺を捕まえさせろって?」
「ちゃうちゃう、話聞けや。あんたの実力が見たかったらしいわ」
「はぁ? どういうことだよ」
「無事にその金庫開けられたら教えたるわ」
まだ誤魔化すのかと蓮はイライラを募らせる。なら開けてやればいいんだろうと、解錠のラストスパートに取りかかる。後は、金庫の扉を引っ張るだけ。
そもそものサイズが大きいだけあって、その扉はとても重かった。筋トレをしているような気分で、両腕の力をフルに使って金庫をこじ開ける。
中には、書類など入っていなかった。代わりに入っていたのはというと、見慣れた顔の同級生。
「おまっ、ここで何してんだよ!」
「何って……試験監督? 入団テスト一次選考の」
「はぁ? ここに着くのが一次選考だって?」
「やっぱあんた物分かりよくて助かるわ。せやからな……」
「てか、一体誰がなんのためにそんなこと……」
「こっから早速二次選考やで」
黒崎が小気味良く指を慣らすと、奥のドアから三つの影が躍り出る。目の前の相棒はというと、焦る蓮の顔つきに、さも面白そうな笑みをこぼした。
「嵌めたって訳か?」
「まあそうっちゃそうやな。なんにせよあんた……」
捕まらんように頑張りや?
暗がりに、楽しそうな黒崎の声がただこだました。
次>>3
- Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.3 )
- 日時: 2017/09/04 14:46
- 名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
「まずは俺が拘束する」
一人の男が飛び出してくる。出方を窺う蓮であったが、すぐさま足元の違和感に気が付いた。ありえないことではあるが、足場がまるで意思を持ってうごめいているようであった。いたって普通の建造物のはずなのに、どうして。
不味いと分かったのは少し手遅れで、途端に足場は陥没した。対照的に、周囲の部分は競り上がり、まるで檻のような形となって、石造りの牢獄は蓮の事を捕らえてしまった。
しかし、彼は慌てない。瞬時に状況を把握すると、高温の炎を自身の障害となる牢獄へと叩きつけた。極高温に当てられた障壁は燃え上がり、蓮が通れる大きさの風穴を開けた。
「おいおい、熱すぎだろ」
自慢の檻が即座に破られたと分かると、捕らえた男が脱出するよりも先に、男はその穴を塞ぐべく手をかざした。
同じ手にかかる訳にはいかないと、穴が塞ぎきるその前に、蓮はそこから拘束の外へと飛び出した。
「んだよあいつ、どういう仕組みだ」
「あなたと同じでしてよ」
頭を撫でられる感覚がしたため、弱い炎をまとった右手で上空を薙ぎ払った。ひらりと影が舞い、蓮の反撃を優雅にかわす。目の前の光景に、彼はいたく驚いた。
しかし、信じざるを得ない、一人目の男の働きにより、陥没した場所に立つ蓮の頭を撫でるなど、浮いていなければできない芸当だ。暗がりで顔はよく見えないが、長い髪をたなびかせた女性が宙を浮かぶ景色に彼は一瞬意識を奪われた。
「変な力持ってるの……自分だけ……とか、思って、た?」
静かでぼそぼそとした声音が、フロアを沈めた男の隣の方から聞こえてきた。彼女は他の二人と違い、何をするでもなくぼんやりと蓮の方を眺めている。
「何にせよ、ビル一階分の深さの穴にはまった君は、もう出られないだろう?」
「……お前らも、俺みたいな超能力を?」
「そんなところよ。さて、詰みかしら。大したことないのですね」
「ぬかせ……!」
両手で炎を起こし、足元に叩きつける。小さな爆音を響かせ、爆風により一気に蓮は舞いあがった。余裕ぶった口調の、浮いた女に並ぶ位置まで一気に飛んでみせた。
だが、それでも対面する三人の余裕は崩れない。
「やりますわね」
ですが、残念でしたわね。彼女がそういうと、空中で蓮の体はぴたりと止まった。それ以上上昇することも無ければ、落ちることもできない。ただ空中を溺れるようにもがいても、彼女に近づくこともできない。
「私は触れたものを浮かべて、自由に動かせますの。そこでじたばたしていなさい」
「はっ、形のねーものだったらその力無駄だろ」
脱出こそできないが、相手に自分を落とす気がないと分かると、彼は掌を彼女の方へと向けた。紅蓮の炎が、その手の中に集束する。
「ぶっ飛べ!」
「暴力……反対……」
先程まで動こうとする意志が見られなかった最後の一人が、とうとう動いた。仲間のピンチに彼女も自分の能力を使った。
ジュッと、焚き火に水をかけた時にするあの音がして、蓮の手中の炎は消えてしまう。それもそのはず、彼は全身に水を被ってしまっていた。それは、後から後から滝のように彼に襲いかかる。
「ちょっとアクエリアス! 私までびしょ濡れでしてよ」
「ん、ごめん。でも私……グッジョブ」
「それ、自分で言うかよ……」
始めに動いてから静かになった男が、呆れた口調で隣にいる女に釘を刺す。
「でも今度こそ、終わりかな」
「はっ、舐めんなよ。水なんか、全部消し飛ばしてやんよ!」
その後の疲労感など全て苛立ちで忘れた彼は、最大出力で炎を放出する。それはまるで大火事のように荒れ狂い、先程頭から被った水でさえも一気に大気中に押し返す。
「おーおー、えげつないパワー」
「アクエリアス、手を緩めてはいけませんよ」
「りょうかーい」
滝のように降り注ぐ水と、それすら瞬時に蒸発させる紅蓮の炎。先にスタミナが切れた方が負け、両者の根比べは実に三十分ほど続いたが、先に折れたのは蓮の方だった。ジリジリと肌を焦がすような高温はしだいに落ち着き、乾いてパリッとしていた彼の服も、再びじっとりと濡れてしまった。
彼を浮かせた女はというと、今度は濡れないところから悠々とその様子を眺めている。
「あー、疲れ、た」
「くっそ、何だってんだよこいつら」
肩を大きく上下させ、ゼェゼェと息を吐きながら彼は悪態をつく。一体何だってこんな目に。そのときふと、自分を罠に陥れた張本人のことを、彼も思い出した。
「黒崎ぃっ! 結局これは何なんだよ!」
「あ、うちのせいって覚えとったん?」
「当たり前だろ!」
「せやから入団テストやって。うちら二人がこの人らのお仲間になるための」
こんな粗っぽいテストがあってたまるかよ。そう蓮が吐き捨てると、それに関しては全く同感だと他の四人も一斉にうなずいた。
「はぁ? 何でお前らまでそんな態度なんだよ。じゃあこれ考えたのどこのどいつだよ」
「私だヨ」
黒崎以外、知らない連中ばかりがポンポンと現れた中でまた一つ新たな人物が増えた。見ず知らずの連中を統率する胡散臭い男、であるはずなのにその声には聞き覚えがあった。
話したのは一度だけだったが、すぐに覚えられる独特の、鼻につくような話し方をする男。胡散臭いけれども、情報だけは丁寧に提供してくると蓮も評価した男。
そう、最後に現れたのは、今回の依頼を出してきた依頼人その人であった。
次>>4
- Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.4 )
- 日時: 2017/09/07 12:59
- 名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
「あんた、今回の依頼人の……」
「何だ、覚えていたのカイ?」
勿論だと、蓮はゆっくりと首肯した。こんな特徴的な声はすぐに覚えられるし中々忘れられもしない。機械のように無感情で、それでいて気怠そうなリズムでだらりと垂れるような語尾。感情らしい感情が今一読み取りにくい、少し気持ち悪い語り方。今回の仕事を受諾するにあたって、一度だけ電話越しに打ち合わせをしたが、その時に耳の中にへばりついた声とまるで変わらなかった。
「当たり前だろ。で、何であんたがこんなとこに?」
「ン? 先ほど黒崎さんから聞いただロウ? 今回の依頼者である僕こそが、君に忍び込まれた社長室の主だってネ」
「はあ? 何だってそんなこと……」
「それも既に聞いているはずだヨ」
「……俺たちを、いや違ぇな、俺を試したって?」
「その通り、黒崎さんに関しては僕が接触する以前に選考が終わっていたからね」
「何のためにだ?」
この男が自分の実力、おそらくは潜入作戦の能力と超能力による不意の戦闘への対応力を見たかったのだろうことは、今自分が襲われたこと、そして今回の依頼の内容からして察せられた。しかし、彼がこのような質問をしたのは、もちろんそれが知りたかったからではない。それを知って、蓮の実力を把握して合格だったからと言って何に利用しようとしたのか、彼が疑問視しているのはその一点だ。
「ふむ、黒崎さんの言葉通り、君は口調がバカっぽい割には話がしやすいネ」
「余計なお世話だっつの」
「逐一茶々を挟まないでいただけます? このテストのために私たちもこんな時間まで駆り出されてますの、早く本題に入らせてください」
「てめえのそれも茶々だろ、上品ぶってんじゃねえ」
「何ですの、その口の利き方は!」
「まあまあまあ、仲良うしよーや」
途端に勃発しそうになる口げんかに、黒崎が割って入った。だが、これが間違いであったとは彼女自身すぐに気が付いた。今ここでこの間に割って入ってしまうと、興奮した蓮の怒りの矛先が自分に向くと分かっていたからだ。
「黒崎も黒崎だ! 何で最初から言わなかった!」
「言うたらあんたやる気無くすやん。試すって何様だよ!とか言うのが目に見えとったわ」
「う、それは……」
「話を、続けてもいいカナ?」
蓮が言葉に詰まり、少し沈静化したのを見計らい、依頼人の男は割って入った。そろそろ本題に入りたいと言わんがばかりで、その口調は少し早くなっていた。この男にも焦りがあるのかと、蓮は何となく人間臭いところを発見できたような気持になり少しだけ安心した。
「それで、何のためにこんな試験を設けたんだ」
「そうだね、簡単に言うと勧誘だよ。今君が戦った三人だが、一つのチームだと言うのは理解してもらえるカイ?」
「……まあ、お互いのことを信頼している風ではあった」
自分の炎を目と鼻の先に突きつけられても、宙に浮かぶ女が焦りを浮かべなかった理由はわかる。上の方で待機していた仲間が水の能力で助けてくれると信じていたからだ。だからこそ、蓮を拘束することに意識を集中していられたし、事実舌足らずな女性能力者は蓮の炎から彼女のことを助けて見せた。
「それで、そのチームに俺を……違うな、俺と黒崎を入れたかった」
「その通りだ。それで、社長が一芝居売つためにまずそこの黒崎さんに接触したという訳さ」
「彼女はその年で、バックボーンがないにも関わらず君がこなす依頼をとれるぐらいの優秀な人材だからネ。まったく、こんなスキルをどうやって身に着けたものだカ……」
「まあ、その辺はトップシークレットやな。蓮にも話してへんし。まあ身に着けた経緯なんてどうでもええやろ。大切なんはうちがそういうことができるっちゅうこっちゃ」
確かに黒崎は得体のしれない女性だとずっと蓮も思っていた。ただの女子高生でありながら、気づいた時には表沙汰にできないような依頼から、しょうもない盗難品の回収まで、様々な依頼と標的施設のセキュリティの情報を一度に持ってくる。
いつもどうやって仕入れているのかと聞いても、毎度のごとく「うちは天才美少女ハッカーやから」とはぐらかされてしまう。その後美少女だけ否定するのまでがお約束だ。
「まあ、正義感を持って働いてくれるなら何でも構わないヨ。偽善だろうが関係はないしネ」
「……あんたにとって、俺たちはどう映ってるんだ?」
「ふむ、義賊だロウ? 素質は十分、おまけに能力者。このまま野放しにしておくとそのまま捕まってしまいそうで怖くてネ。その前にぜひ私のもとに置いておきたかった」
我々と同じ活動をしている君たちをネ。平坦だった声色が少し変わった瞬間を黒崎と蓮の二人は気が付いた。この男はやはりポーカーフェイスに長けているだけで、実の床尾胸の内に何か熱いものがくすぶっているようである。
「この社会ってやつは中々腐っていてネ。小説の中のお話、と言いたくなるような政治の裏の話なんかも実は本当に起こるようなことなんダ」
権力のある悪人をのさばらせるのは自分たちの本意ではない。社長の男が伝えたいことは、つまりはそういうことだった。しかし、表立って反抗したところで、敵はあまりにも大きく、そして数は多い。粛清対象が多すぎると、どうしてもすべてを達成する前にこちらが社会的に殺されてしまう。そのため、影から粛清を行わなくてはならない、そう思った。
「粛清と言ってもあからさまに訴えられる加害者になる気はナイ。我々の活動は、悪と断定した人間の失脚、あるいは善と判断した人間の地位の向上に努めル。不当に脅される革命家が人質を取られているなら救い出し、黒い蜜をすする害虫は不正の証拠を盗み出してでも徹底的に糾弾すル。そのために我々も君たちのように義賊的な活動をしていたんだが、そのために丁度よく君たちを見つけてネ。こうして勧誘するに至った訳だヨ」
「それと、社長は言わなかったけれど、俺たち三人だと戦闘能力に不満があってね。事実三人まとまってようやく君を疲労させるのが限界だった」
「まあそれに関しては蓮が強すぎっていう話でもあんねんけどな。火力に恵まれた優秀な戦闘用超能力。おまけに運動神経そこそこええしな。判断力も度胸もある。学校のお勉強だけできへんのが玉に瑕やけどなー」
「うるせえ、一言余計だ」
「話を戻そうカ。我々の素性は、私の尽力もあってまだ白日に晒されていない。しかし、存在自体は知られ始めていル。そのため、最近は対象の護衛も能力者や百戦錬磨の傭兵なんかが増え始めてネ。ここらで我々も戦力の増強を図りたかったんだヨ」
どんな障害をも消し飛ばす、最強のエース。それに白羽の矢が立ったのが蓮たちだったという訳だ。
「君らがどうしてそんな活動をしているか、それを無理に聞くつもりはナイ。だがお願いダ。どうか僕たちと志を共にして……同じ道を歩いてはもらえないだろうカ」
選考をしたことなら、今からになるが謝る。人工的に作ったような話し方を崩して、社長の男は蓮にそう謝罪した。
「だが、理解してほしい。僕としてもこの子たちを、危険にさらしたくない。君のことだって同じだ。君の実力が足りなかったら、お互いに関わらない道の方が互いのためだと思ったのだ。だから初めに試させてもらった。君たちは元々信頼できる人間であったが、僕が求めていたのは“全幅の信頼がおける人間”だったのだ」
「……お眼鏡には適ったのか」
「まさに理想的だ」
本音の口調で、即座にそう断定される。そこまで言われてしまうと、蓮としても断るという選択肢はなかった。
「黒崎は、とっくに納得してんだろ?」
「せやな。そうでもないとあんたにこの仕事ふってへんわ」
じゃあ仕方ないな。彼は張りつめていた緊張の糸を緩めて、自らの意思を力強く告げた。
「分かった、手伝ってやる」
どうせ、黒崎が手伝っている時点で巻き込まれることは絶対だ。それなら、最初から自分も入っていた方がいいという判断である。それに、絶対に彼は口にしたがらないが、彼自身社長の言葉に、意志に、目的に、感銘を受けて、同意していた。
「そうか、ありがとう。いや、それにしてもよかったヨ、これで通報しなくて済むしネ」
「感謝しろよ……って、通報?」
口調が元に戻ったかと思うと、依頼人の男は突拍子もない言葉を漏らした。その言葉に、蓮は目を丸くする。
「いや、断られたら、不法侵入と、ビルの破壊に関して通報しようかと交渉しようと思っていてネ」
「勧誘じゃなくて脅しじゃねーか!」
「まあまあ、そうならなかったんダ。今更気にすることでもないだロウ?」
「とんでもねえやつの仲間になっちまったって、今になって後悔してるよ」
「後悔先に立たず、と言うだロウ?」
カラカラと、楽しそうに社長の男は笑って見せた。こいつこんな風に笑うのかよと、蓮は心の中でそっと悪態をつく。
「それじゃ、自己紹介を互いにしようカ。アクエリアス、照明を頼むヨ」
「ラジャー」
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