複雑・ファジー小説

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Secret Garden ~小さなの箱庭~
日時: 2019/09/09 10:07
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: 9nuUP99I)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=16274

在る者はこう言った——この物語は希望に満ち溢れた兄妹の話だと。

在る者はこう言った——この物語は絶望に呑まれた兄妹の話だと。

また在る者はこう言った——この物語には希望も絶望もない犯した罪の十字架の重みに嘆き苦しむ少年少女たちの後悔を綴ったものだと。

"あなた"の目にはこの物語はどう映るのだろう——か。

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お初にお目にかかります。物書きモドキをしております。姫凛と申します。
こちらの作品は私が2014年からチマチマ マイペースに書き進めています『シークレットガーデン~小さな箱庭~』を大幅に加筆、変更、させたリメイク作品となっております。

※更新スピードは亀さん以下(一週間に一回は更新しようかなと思います)
※小説家になろうでも書かれています。
※グロ/残酷描写有り。苦手な方はご注意ください。

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-目次-[シークレットガーデン〜小さな箱庭〜]

∮登場人物∮>>

∮用語解説∮>>

∮魔物図鑑∮>>

∮読者の皆様からの頂き物∮
≪オリジナルキャラクター≫
『シル』Orfevre様より
『リア・ハドソン』はる様より
『ヒスイ』ブルー様より
『エリス』レム様より


-章の目次-

∮???章 ——これからこの物語を"観るキミ達"へ∮

第零話『覚醒』【>>16

∮???章——始まりを告げる者∮

『絶望の???編』【>>17-18



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【お知らせ】
スレ創立日:2017.12.01
執筆開始日:2017.12.17~凍結
立て直し日:2019.09.01~
「修正」
2018/1/11『混沌→絶望の未来編(文字数が2180から4500に笑)』

覚醒 ( No.9 )
日時: 2017/12/17 21:15
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: 46h1u6ru)

 『——此処は何処だ』

目覚めた"私"を迎えたのは永劫の闇。

無限に広がる黒い世界。

 『——あの子達は無事だろうか』

遠い故郷へ思いを馳せる。

だが当然、帰れるはずもない。

どうやら"私"は常闇の世界に囚われの身となってしまったようだ。

 「んあ……? 迷子……発見?」

生きて故郷へ帰ることを諦めかけた丁度その時だった、手を差しのべる者が現れたのは——。

絶望の未来編 ( No.10 )
日時: 2018/01/11 12:12
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: UsiAj/c1)

 森が燃え。轟々(ごうごう)と音をたて黒煙が空高く昇っている。

「おえっ。お、おえええ……」

 辺り一帯に漂うのは肉が焦げたクサイ臭い。そして脂が焼けたクサイ臭いは嗚咽し胃からこみ上げてくるのは消化しきれず原型をとどめたままになっている食べ物たち。皮を兎にカットされた半分溶けた林檎。その次に固形物のまま吐き出されたのは水を入れ練った小麦粉の生地に細かく刻んだ木の実などを混ぜて焼いた携帯食料。燃え盛る炎を背後にし黒く焦げた樫の木に片手をつき苦しそうな表情で胸を押さえ、薄い桜色の口から吐しゃ物をまき散らす。足元は自分が吐き出した食べ物でぐちゃぐちゃだ。

 だが胃の中に入っていた食べ物すべてを吐き出したおかげで少しだけ気分も楽になったよう、身体の支えにしていた樫の木から手を離しよろよろとまた歩き出す。速度を徐々に早めて行く、早歩き、駆け足、そして最期は走る。追ってから逃げるために。

 空に輝く月。今宵は満月、こんな状況でなかったら仲間達といつものように楽しくふざけ合いお月見でもしたかったものだ。誰が多く団子を食べたなどくだらない喧嘩をし始め、殴り合いにまで発展してゆきみかねた母が最終的に愛の鉄拳を喰らわせ、渋々仲直りをさせられる。思い出すのはそんな阿呆な記憶ばかり……でもどこか懐かしくて愛おしい記憶。もしあの頃に戻れたなら——と願うがそれはもう叶わない願いだということを知っている。アーモンドのように大きな灰色の瞳から一粒の雫が流れ落ち、噛みしめた唇からは燃え盛る森に良く映える赤い血が流れ、月の光に反射し煌めく白銀色の髪の毛を赤く染めた。

 無我夢中で走り続けた。助けを求める相手などいない、この森には仲間の元へ一緒に逝けなかった自分を追う敵しかいないのだから。すぐ傍の木が火花を散らした。倒れる。折れた枝がまるで狙ったかのように一直線にこちらに向かって倒れて来る。

「…………っ」

 すぐさま立ち止まり身を翻した。ぐにゅり。足から伝わる厭な感触。ぬめぬめとした柔らかい何かを踏んでしまったような感触、これは動物の糞を踏んでしまった時の感触に似ているような気がした。そうだ。きっと誤ってまた糞を踏んづけてしまったんだ、そうに違いない。と、自分に言い聞かせ、地面に転がる"ソレ"に視線をやった。見なければ良かったと後悔する数秒前。

「……ぁ。あああ……そんな……ぁぁ」

 動物の糞か何かだと思っていた(思い込んでいたかった)それは動物は動物でも、人の死骸だった。ほんの数時間程前まで隣で一緒に戦っていた仲間、炎に焼かれ黒焦げ誰ったのか分からなった友の死骸。踏みつけてしまったのは人の頭部だったようだ。割れた頭からどろりとした液体のような固体物がはみ出した。まるで大福の中にしまわれている餡子が押されてはみ出してくるかのように。だがこの光景はとてもそんな食欲のそそるものではない、全て吐き出され何も残されていない胃はまた何かを吐き出そうとえずく。
目を瞑り無我夢中で走っていた為気が付かなかった(気が付かないままでいたかった)が目を見張り現実からそらさずに辺りを見渡せば、目の前にあった物は肉。肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉。真っ黒に焦げて香ばしい臭いを発する人の形をした肉の塊ばかり。個々の名称までは分からないが、大切な仲間だった物には違いない。まだかろうじて残っていた衣服や装飾品に見覚えがあった、目の前に一杯に広がる仲間の死骸。見るも無残な黒焦げの死骸。なんで自分だけが生き残ってしまったのだろうと自責の念にかられ、どうして一緒に逝かせくれなかったのだと怒りがこみ上げる。だけどここで闘う事を諦めるわけにはいかない、こんな時でも思い出すのはやはり母の怒号。

——この闘いは例えこの命を我らの神???様hへ返すことになろうとも、絶対にやり遂げなくてはならないことだ。誰が欠けたとしても振り返るな、前だけを見ろ、任務遂行だけを考えて走り続けろ!!

 まだ幼く何も出来なかった自分を護る為に犠牲となった母の最後の言葉。最後だと言うのに怒りの言葉と言うのがなんとも生真面目で融通の利かない母らしい。くすりと笑みが零れた。
そうだ。自分はまだ立ち止まる訳にはいかない。こんなところで足踏みをしている場合じゃないんだ。そう新たに意気込むと、再び前を向いて走り出した。足元から伝わる感触は正直言って気持ちの良い物ではない。肉を踏むのはかなり気持ち悪いこと、それが仲間の物だと思えばなおのこと。だがそんな事で走る足を止めてはならない、何故なら。

グルルルル……グシャア!!

 追手がすぐ傍にまで迫って来ているから。聞こえて来るのは獣の咆哮。獣と言ってもなんの生物かは判らない。声の主は"本来この世界には存在しないはずの生き物"だから。地獄の鎌を開けやってきた獣声はかなり近いものだった、木々の枝をぼきぼきと折っている音が聞こえる。こちらに迫って来ている証拠だ。

「もうここまで来てんのっ!? 早すぎるんですけどっ!?」

 足の速さには自信がある。仲間達の間でも一二に速いのではないかと噂されていた程、だから敵との距離はかなり離していたつもりだった。だがその考えは甘かった。いくら自分の方が足が速かったとしても、この精神的ダメージが多く歩き辛い地面は自慢の速さを減速させるに十分だ。
 ぐにゅり。ぐちゃり。ぐにょり。踏み出した先は肉、次に踏み出した先もまた肉。せっかく新しく身長した橙と白の縞模様の靴が台無しだ。お洒落をした方が良いと言ってくれた仲間の提案を断ってまで選んだお気に入りの靴だったのに、靴よりももっと大好きだった仲間の血で赤黒く汚れてしまった。

 走っていると少し広らけた広場のようなところに出た。真上に輝く赤い満月の光は妖艶的でこれから起ころうとしている悪夢を予言しているようだ。

「見つけたぞ!」

 目の前に立ちふさがったのは魔術師を思わせる黒いローブを纏った男。顔は深々とかぶったフードで鼻元まで隠しているため分からない。両脇にある道、そして自分が走って来た背後の道からも同じような格好をした男達が現れた。彼らは自分を囲うように円形に並び四方の道を塞いだ。これでもう逃げる事は出来ない。

 「…………」

 顔を見合わせ頷き何かを確認をすると男達は、薄いベージュ色の唇を小刻みに動かしブツブツと小声で何かを唱え始めた。最初は聞き取れなかったそれは呪文だとすぐに解った。何故ならバラバラに唱えていたはずの言葉が少しずつ重なり始め一つの呪文となり、一つの詠唱となり、そして。

「さあ——来るのだ! 哀れな我が僕達よ!」

 魔導士達がは両手を天高く掲げ唱え終わると同時、赤い月が綺麗な星一つ無い夜空一面に藍色の直径一メートルほどの円、魔法陣が無数に出現し円の外側は古代文字(ルーン文字)がびっしりと事細かく書かれており、円の中には白い線で五芒星が描かれていた。この模様を自分は知っている。これは召喚の儀式、此処ではない世界から異物を混入させる為の儀式だ。

 グルルルル……グシャア!!

 空を覆いつくすほどの魔法陣から召喚されたのは無数にいる黒い影。ぼとりと鈍い音をたて目の前に着地したこれはコールタールを思わせ、表面はプルプル動き、一秒として同じ動きを保っていない。スライム種と呼ばれる液体と固体の間の姿をした魔物(モンスター)と呼ばれる生物だ。同じ姿を一秒たりとも保っていられないはずなのにどうしてだ、奴らが見覚えのある人の形をしているように見えるのは。

 ウウゥ……アァァ……。

 奇声をあげる者。呻き声をあげる者。
魔物達があげる声は様々なのにその声に聞き覚えがあるように感じるのは何故だ。どして魔物の声を聞くとこうも胸が締め付けられ涙がとまらない。

「あれは決して"外界"に出してはならぬ物。貴様に怨みなどは無いが、此処で消えてもらおうか」

 真正面に立つ魔導士は身に纏った赤いポンチョで隠すように肩から下げているショルダーバッグを指さし、それをよこせと吐いた。フードで目元は隠されているがきっとその瞳は娘を蔑んでいるのだろう。ニヤリといやらしく緩んだ口元がその証拠だ。

「……っ!」

 ショルダーバッグを握りしめキッと目の前にいる魔導士を睨み付けた。魔導士達の狙いがこのバッグの中に在るものだという事は最初から解っていた事、だってこれは奴らから奪い取った物だから。
自分に与えてられた任務はこれを文字通り命懸けで奪って来た仲間達全員の想いを背負い"ある人"に無事送り届ける事、そして願わくばこの誰も救われない絶望の未来を変えたい、自分は救われなくていいからせめて"ある人とその仲間達"だけでも平和な未来を歩んでほしい。

(だからあたしは——)

 自分にはまだ早過ぎる、似合わない、そんな大きな獲物をお前が扱いきれるのか、歴戦の戦士達から言われ続けた言葉。料理をする時でさえも包丁を握らない自分が誰かの命を奪う刃物を握る資格はないのかもしれない。だけどそれでも——背負っていた自自分よりもはるかに巨大な剣を柄を握りしめ振り上げると。

「こんなとろこで死んでる場合じゃないんだぁぁぁああ!!」

 グルシャアア!!

 のろのろとすぐ傍にまで迫って来ていた魔物をを真上から叩き斬った。響き渡るつんざくような悲鳴。地獄の底から鳴り響く断末魔はやはりこの世の生者が発するものではない。
縦真っ二つに斬り裂かれた魔物からは黒い、星の無い夜空よりも黒い液体が淋漓(りんり)のように噴き出し辺り一面吹きつけ、ゆっくりとまるでスローモーションのように別れ二つとなった"肉"は地面にぼたりと倒れると、じゅうぅぅ……熱した鉄板で肉を焼いているかのような音を鳴らし黒い煙となって後絶命し、完全にこの世界から消え失せた。目の前からやっと一体の魔物が消えてくれた。

 アアアア……あああ。

 辺り一帯に無数にいる魔物の一帯が目の前から消えたくれた。魔法陣から無限に召喚される魔物のうち一体だけが目の前から消え失せた……ただそれだけのこと。
魔導士達が詠唱を続ける限り魔物は召喚され続ける。奴らを止めないかぎりこの闘いは終わらない、この闘いに勝利などありえない、そうだとしても。

(絶対に勝ってやる! 待っててね——お父さん)

 強くそう心の中で想い、重たい大剣を振り回す。がむしゃらにだがしっかりと魔物を斬り裂いて走り出す先にいるのは魔導士。

「あんた達には怨みにしかないよ! コンチクショー!!」

 目からは大粒の涙を。鼻からは滝のように落ちる鼻水を。穴と言う穴から水を流すみっともない顔で振り上げた大剣を真っ直ぐに振り下ろす。死んでいった仲間達の無念の思いを乗せて、殆ど握った事の無い大剣をを振り回す。怒りや悲しみ全てをぶつけるように。

「うおおおおーー!!」



 最後に森に残るは——人か 魔物か 魔導士達か それとも別の存在か。それは神のみぞ知る事実であり、神の暇つぶしの遊戯である。
誰もが幸せな未来も。誰もが不幸な絶望の未来も、全ては神が振るう賽子(さいころ)しだい。この世界は謂わば神の用意した人生遊戯(じんせいげーむ)。

忘れられた人々編 ( No.11 )
日時: 2018/01/11 10:47
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: UsiAj/c1)

世界名"ミトラスフィリア" 

 "創造主???"が創りあげた無数ある世界の一つ

 世界の中心に佇む巨木の枝葉の世界が一つ。

 創造主の子あり、人々の正の感情から生まれし"女神ナーガ"が支配する世界。人々は女神を信仰し、女神は人々の信仰心を力の糧とし、世界へ恩恵を授けていた——はずだった。














——女神歴:六百二十五年 貧困時代




「今年も不作だったか……」

 枯れてひび割れた台地を見渡すと男は、はあと大きな溜息をつき、首に括っている紐から肩へさげて麦わら帽子を頭に乗せ照り返す日差しを避ける。
 しゃがみ込み足元に生えた枯れた草花に手を添える。それだけの衝撃で枯れた草花は塵となり、風に吹かれ飛んで行く。その様をぼうっと見つめ男はもう一度はあと大きな溜息をを吐いた。

 神が人を見放したのが先だったか。

 人が神を見放したのが先だったか。

 女神の加護を受け自然豊かで実りに溢れて、作物の恩恵に扱っていたのはもはや過去の話。








「……今回も不漁だな」

 船を沈没させようと荒れ狂う海の上、何も入っていない水槽を見つめ漁師の男は重くはあと溜息を吐いた。飽きずに毎日毎日網を投げ続けているが小魚一匹たりとも獲れたためしがない、それは釣りでも同じこと。

 神が人を見放したのが先だったか。

 人が神を見放したのが先だったか。

 女神の加護を受け海の幸に恵まれていたのはもはや過去の話。
今では黒く濁り死んだ魚が浮いている荒れた海では生きた新鮮な魚を獲る事など夢のまた夢。そんな事出来るはずもなかった。





 見放したのは神か人か。






 世界は残酷だ。と、誰かが言った。確かにその通りだろう、人の命と時間だけは皆平等にあると言われているが実際は不平等なものである。

「けほっけほっ」

 可愛らしい熊のぬいぐるみが枕元に置かれたベットの上でうずくまり苦し気な咳をする一人の童。まき散らさないようにと口を押さえた手には血飛沫が付いている。吐血だ。咳と一緒に出てしまったのだろう。咳をするたびに白銀色の髪が揺れ動き、毛先が閉じた目に重なり入るのが痛いからと払えば、毛先は真っ赤な血で汚れてしまう。
ガタガタと騒がしい音が部屋の外から聞こえ、バタンッと勢いよくドアが開かられた。

「ヨナ! 大丈夫!?」

 動揺しきっているのは童と同じ白銀色の髪をした少年だ。おろおろと慌てふためいている事から彼は童の近しい人物だと思われる。少年はすぐさま童の傍に駆け寄ると、身体を抱き起し背中をさすってった。それで少しは楽になってくれたんだろうか、童ははにかみ。

「うん……ちょっと咳が……でただけ……だから」

 大丈夫だよ……お兄ちゃんと言葉を続けた。
兄と呼ばれた少年の顔はまだ晴れない。どんよりとした曇り空のように童を心配そうな顔で見つめ、背中をさすり続け幼い子供に言い聞かせるように優しく丁寧に言う。

「そ、そう? でも無理しちゃ駄目だよ?」
「うん……わかってる……ヨナは……だいじょうぶだからね?」
「……うん」

 だがこの兄弟の上下関係は妹の方が上のようだ。兄はこれ以上何かを言うのは諦め、血で汚れた手のひらと髪の毛先をタオルで拭き取ってあげた。拭き取る際妹は「くすぐったいよ」と言っていたが、ちゃんと拭き取らないと後でかぴかぴになって大変なことになるよ? と、言い聞かせちゃんと綺麗に拭き取った。自慢の透き通るような白い肌が赤黒く変色した姿など兄として見たくないから。
拭き終われは妹は満足したように布団の中へと戻って行く、ベットの中だけが彼女の居場所だからだ。

(やっぱり今日はヨナの傍に居てあげた方が……)

 心の葛藤。今日は村の住人から仕事を手伝って欲しいと頼みごとをされてた日。だがこんな状態の妹を一人家に置いて出かけると言うのも……兄は勇気を振り絞って妹に訊いて見ることにした。

「ヨナ……やっぱり僕……」

 今日はずっと家にいるよ。そう言いかけた桃色の唇は小枝のように細く小さな指が制した。はんなりと笑う犯人に対して困った兄は表情で固まり首をかしげる。妹は諭すように言った。

「お兄ちゃんが行かなきゃ、みんなが困っちゃうでしょ?」
「それはそうだけど……」

 もごもごとまだ何か言いたそうにする兄を妹は許さない。今度は小さな手を使って口を塞いできたのだ。これではもう喋ることが出来ない、兄の完敗だ。降参だよ、両手をあげれば妹は満足そうな笑みを浮かべ手を離しまた布団の中へとしまいこむのを確認すると兄は立ち上がりドアの方へと歩き出し、

「行ってくるね」
「いってらっしゃい」
「すぐに帰って来るからっ」

 もう一度妹の可愛い笑顔を見て、彼女がこくりと小さく頷くのを確認してから部屋を出て静かにドアを閉めた。
二人に両親はいない。妹が生まれて間もなく二人の目の前から姿を消したからだ。兄弟共に両親との思い出は殆ど残っていない。兄が覚えているのは父の大きな手のひらに頭を撫でられた事、妹を産んだ母から妹を受け取り「今日から貴方がお兄ちゃんよ」と言われた事の二つだけ。
何故二人の前から両親が消えたのか誰も知らない。いつ帰って来るのかもわからない。生きているのかさえもわからない。
それでも兄妹は待ち続ける。両親が二人の前に帰って来るその日を夢見て待ち続けるのだ。

この人々から忘れ去られ地図からも消されてしまった村で——。







                        †





鶏のトサカを彷彿とさせる前髪をした男児にしては細い身体に背の低い兄の方——名はルシア。
妹の手編みの首まである温かい鼠色のセーターを着込み、腰にベルトを巻きそれを通して左側に下げているのは、居なくなった父が唯一残していった形見の品である"宝剣リリース"をぶら下げている。
白い鞘に海の波のような青白い模様が描かれ、柄の部分には希少価値の高い"アウイナイト"が埋め込まれている。

「おー、ルシアかー」
「こんにちは、ヤッカルおじさん」
「お前さんは今日も元気なさそうだなー」

 鍬(くわ)を振り上げた男はカッカッと大口開けて笑う。頭に乗せた紐付きの麦わら帽子を被り直すと、肩に下げているのは銭湯の模様が描かれたタオルで額の汗を拭く。

「今日もあちぃなー」

 上はパーカーで下はダルダルのズボンに足元は長靴の動きやすい恰好をしている中年男は大口を開けて大笑い。ルシアも愛想笑いをする。

「……今年も駄目だったんですね」

 目の前に広がる枯れ果てた台地を見つめ溜息混じりに呟いた。
この村ではもう何年も作物が出来た事がない。どんなに畑を起こしても、良いとされる肥料を撒いても、、死んでしまった台地は蘇がえらない。

「おう。今年もからっきしよ」

 農業を生業としている農家の男はケロッとした表情で明るく答えた。もう何十年もやり続けていても駄目なのだ、もはや開き直るしかない。

「そういやー。ルシア、ヨナちゃんの具合はどんなだ?」
「……あまり良くはないです」
「そっかー」

 ルシアの妹ヨナは齢八ながらにして重い大病を患っている。
女神の加護を受けられなくなったのと同じ、丁度百年前から流行り始めた謎の病。
罹った者は変な苦し気な咳をし始め、狂ったように発狂したり、化け物のような呻き声をあげ、のたうち回り苦しんだ後、奇声をあげ死に至るという恐ろしい病。

 病の事は各国あげて研究されているが未だその解明には至ってはいない。治療方法も発見されず、苦しむ患者にしてあげれることは只傍で見守ってあげる事のみ。
咳をしたなら背中をさすり、寝具の上から出られない彼らの身の回りの世話をしてあげることしか出来ない。

 未来ある子供達も、これからの大人達も、まだまだこれからの老人達も、関係なく襲い掛かり全ての光を奪い闇中へ引きずり込む事から人々は"闇病"と呼ぶようになっていった。

「じゃあルシア、お前さんが頑張って稼いで来ないといけねーな!
お前がだけがこの村の頼りでもあるしな。お前に倒れらちゃ、この村は終わりだぜ!」

 ガハハハッと大きな口を広げ笑う農家の男はルシアの小さな背中を丸太程に太い大きな腕で叩く。
村一番の狩人のルシアは数少ない村の外に出る事を許された存在である。ルシア達兄妹を入れて三十人程しかいないこの村の殆どはあまり身動きが取れないお年寄りばかりで、働き盛りの若者と言えばルシアくらいしか思い浮かばない。
彼の頼みごとをされると断ることが出来ない性格も禍してか、

「じゃあ今日は西の草原で放牧しているヨッカルの手伝いをして来てくれー。
こんなあっちぃ日に、お天道様の直射日光なんて浴びちまったりしたら真っ黒焦げになっちまうよっ」

 豪快に笑うただの面倒くさがりの頼みごとを

「ええ、いいですよ」

 何も考えず二つ返事で引き受けてしまう程の村一番のお人好しは良いようにこき使われる。
そもそも此処へ来るように呼んだのは面倒くさがりだ。だが自分にされや頼みごとが面倒になり、仕事はルシアへなすりつけて昼間から酒場に入り浸ろうという魂胆なのだろう。

 そのことを知ってか、知らずか、ルシアはニコニコした笑顔で面倒くさがりの男に手を振ると、丘の上にある西の草原へと歩き出した。


忘れ去られた人々編 ( No.12 )
日時: 2018/01/11 12:14
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: UsiAj/c1)

 西の草原——その名の通り村の中心にある噴水広場から西へ半日かけて行った所にある切りだった丘の上にある小さな草原であり、村の周囲で唯一残っている牧草地。サンサンと輝く太陽の光を直接浴びる事の出来る唯一の場所であり、火傷して痛い程に浴びる事が出来るでもある。
そのため自称日の光に弱い系である、ヤッカルは何かと理由を付けては放牧の仕事をさぼり、ルシアに押し付けては酒場に入り浸り酒を飲む毎日を送っている。

「こんにちは、ヨッカルおじさん」
「んあー?」

 木で作られたフェンスの前に立つ巨漢の男に声をかければ、振り返るのは怠け者と同じ顔。

「なんでー、お前さんがいるんだー?」
「ヤッカルおじさんに頼まれて」
「まーた、あの野郎仕事さぼりやがったなー」

 男が地団駄を踏むたびに着ているオーバーオールの紐が悲鳴をあげる。

「兄貴の野郎、後で覚えとれよー」

 この巨漢の男は東の畑に居た怠け者の弟にあたる。真ん中にあともう一人挟んだ、同じ顔の三人兄弟。
兄弟仲は良好でこうな風に本人のいない所で影口を叩く仲。
仕事の手伝いをお願いしたら、さぼられたり、仕事していないのにも拘わらず酒場で大騒ぎと、本当に仲の良い兄弟である。

 プギー。

 男が地団駄を踏んでいる様を苦笑いで見守っていると、聞きなれた動物の声がした。

「今日もプウサギたちは元気ですね」
「そーだろ?」

 木のフェンスで囲われた牧草地の中にいるのは村にいる唯一の家畜たち。

 プギー。

 豚のようなピンク色の鼻、肥え太った巨体、くるりとした小さな尻尾、それらは一見すると豚のように見えるが、兎のようなぴんっと真っ直ぐ伸びた耳、赤いくりりとした目、前歯が発達した出っ歯、アンゴラウサギを思わせるようなふわもこな体毛、それらはまるで兎のようにも見える。
豚と兎のどちらでもあり、そのどちらでもない、両者の姿を併せ持つ新種の生物、その名は"プウサギ"

 彼らのふさふさな体毛を刈り取ることをメインとした家畜またはペットとして飼われていたプウサギだったが、昨今の食糧不足問題により最近では食糧としても重宝されるようになり、その絶対数を減らしつつあるらしい……。

「んあー、兄貴のことはいつもの事だからほっとこうぜー。
 今日はやってもらい事が沢山あるんだからなー」
「はーい。よろしくお願いします!」

 元気よく遠くにまで聞こえる声で返事をすると、軽々と木のフェンスを飛び越え、プウサギ小屋へと歩いてゆく男の背を追って走り出した。







                             †





 日没。日が沈み夜の闇が支配する時間。村に電気などハイテクなものは通っていない。いや違う、そんな物はそもそもこの村に存在しないと言った方がいいかもしれない。
人々から忘れ去られてしまった村には誰も近寄らない。旅人や商人など来るはずもない、村の人々も自分達が食べて暮らせれるくらいあれば十分だと考えているためあまり村の外へ出ようともしない。それ故にこの村は地図上からも消されてしまい、孤立してしまっているのだ。

「ただいま」

 家のドアを開けば

「おかえりなさい、お兄ちゃん」

 最愛の妹が笑顔で出迎えてくれる。
本当はベットから起き上がる事さえ辛いはずなのに、重い身体を引きづって玄関前まで来て、大好きな兄が帰って来るその瞬間を今か今かと待っていてくれるのだ。
そう考えただけでも、ぐっと目の奥が熱くなるものがある。

「今日はヤッカルさんのお手伝いをしたんだよね?
 美味しい野菜いっぱいとれた?
 虫さんたくさんいた?
 おやさいとお兄ちゃんが取って来てくれたおにくがあればおいしいグラタンが作れるね……お兄ちゃん?」

 今自分はどんな顔をしているのだろう。今にも泣きそうな顔をしているのだろうか、それとも嬉しさのあまりにやけているのだろうか、ヨナの不思議そうに首を傾げる顔を見るとふとそんな事を考えてしまった。

「今日はね、ヤッカルおじさんのところじゃなくて、ヨッカルおじさんのところでお手伝いしたんだ。
 ほらみて、プウサギのお肉をこんなに沢山もらったよ」

 右手に持っていたプウサギの肉が沢山入れられたビニール袋を持ち上げて見せる、するとヨナは一瞬複雑そうな顔を、

「わあ……これだけあればしばらくはお肉に困らないね」

 したがすぐにいつものとろんとした優しい笑顔へと戻った。
何故ヨナがそんな表情をしたのかルシアは知っている。ヨナは命の大切さを良く理解しているという事を知っている。

——自分達が生きるために、他者の命が犠牲になっていると言うとこを彼女はちゃんと知っている。自分の所為で兄が危険な目に合い大変な想いをしているという事をちゃんと知っている。

「じゃあ今日は腕に縒り掛けて作るね」
「いつもありがとう、ヨナ。僕も手伝はなくて大丈夫?」

 台所へ入って行くヨナの背にそう声をかけると、

「大丈夫! お兄ちゃんは疲れているんだから、そこに座って待ってて」

 と、怒られてしまった。男子厨房に入らずとはこの事か。正直に言うとヨナの料理の腕前はそれほどと、言うわけでもなく。どちらかと言うと……という味なわけではあるのだが、

 妹に料理を作ってもらえるというのは、お兄ちゃん冥利に尽きるという事であって、それは最上級な幸福な事であって、たとえヨナの料理がそれほどのものであったとしても、妹の手料理というだけでそんなの全然関係ないわけで……

 などと、色々自分に言い聞かせて、自己暗示をかけてからヨナの手料理を食べるのが日課となってしまった。

「出来たよ。お兄ちゃん!」

 ビクンッ。台所から聞こえてくるのは妹の嬉しそうな声。でも香って来る臭いは、どちらかと言うと御伽噺に出て来る魔女が釜の中でかき混ぜているスープを彷彿させるものであり、

「いっぱい作ったから、いっぱいおかわりしていっぱい食べてね。
 お兄ちゃんは他の人におじさん達に比べたら細くて木の枝みたいだから……だからいっぱい食べて元気にならなきゃね」

 満面の笑みで"ソレ"を持って来るヨナ。お兄ちゃん想いな妹に育ってくれてお兄ちゃん冥利に尽きるよ……泣きたいところだが、目の前に出されたのはやはり魔女のスープを思わせる紫色の泡を噴く謎の食材が浮いている液体だった。

「あーんっ」

(差し出されたスプーンを僕は——)


忘れ去られた人々編 ( No.13 )
日時: 2018/01/11 12:15
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: UsiAj/c1)

「じゃあ、行ってくるよ」

 ドアノブを握りしめる。

「ヨナも一緒にいっちゃ……だめ?」

 背後から服を掴み弱々しく引っ張るのは、妹の方だろう。仕事に出かけようとする兄を引き留めようとした行為。本当は痛くて動くこともままならないはずなのに、毎日ヨナは自分の為に、みんなの為に休む暇なく頑張り続けるルシアを心配して起こした行動、それを知っているルシアは振り返りそっと包み込む込むように妹の手を握りしめ。

「今日はユッカルさんと狩りをすることになるだろうから、やめておいたほうがいいかな」

 緩んだ表情を浮かべ優しく諭すように囁き握っていた手を離し、ヨナの頭の上へとのせ撫でてやれば、静かに俯き「……うん」と力なく頷き返事をする。しっかりしているように見えて、まだ齢八の子供。出来る事ならば大好きな兄とずっと一緒に居たいと願うのは同然の事。叶うのならなもう自分の為に辛い思いをしないで欲しい。この願いを聞き届けてくれる神がいるとするならば、聞いて欲しい、自分と言う重みを無くして兄を幸せにして欲しい——と。

「帰りに図書館に寄ってヨナの好きそうな本を借りて来てあげるから……だからね?」

(頭の上から聞こえてくるのは困惑したような声。わがままな事を言いだしたから、お兄ちゃんは困った顔をしているのかな。ユッカルさんとの約束があるのに……ヨナがわがままな子だから)

 妹の方は知っている。自分のわがままな発言がどれだけ兄を困らせているのかを。自分の身勝手な行動でどれだけ兄を心配させているのかを、良く知っている。それは両親を失った時に厭と言う程思い知らされた。だから妹は自分の意思を兄に伝えない。本当の気持ちを伝えようとせず、

「ヨナ……良い子にして待ってるから……」

 薄っすらと雫が頬を伝う精一杯の笑顔で兄を送り出す。「いってらっしゃい」消え入るような小さな声は兄に届いているだろうか。健気に笑い頑張る妹の気持ちを兄は知らない。

 「行って来ます」

 満面の笑みを浮かべ家を出て行く兄。彼が精一杯の笑顔を作る妹に何もできない自分を戒め、さらに過酷で危険な事をしようとしている、兄の気持ちを妹は知らない。

 



 交わり交差すしすれ違う兄妹も気持ち。彼らは何時その過ちに気が付くだろうか。


 




                     †




 人々から忘れ去られた村から北へ二時間程歩いた所にある森林。青々と生い茂る木々にはどれも美味しそうに熟れた果実が実り、何時来ても甘い木の実で客人をもてなしてくれる、魅惑的な森だ。
此処に誘われるのは世界各国を放浪する旅人や実った果実や木の実を他国へ売る商人、と言った人だけではなく近隣の森に住む小動物達や遠くの森から山を越え川を渡りやって来た大型の草食動物達もが熟れた甘い果実の匂いに誘われてやって来る。

「フンッ。今日も間抜けな猪共が集まってきているな」

 それを狙う狩人にとって此処は絶好の狩り場と言え場所だ。
設置していた罠に剛毛な毛で覆われ、鋭く尖った二本の牙を生やした胴体の大きな動物が数頭集まっているようだ。それを嬉々として木の物陰から見つめているのは全身緑の巨漢の男。

「こんにちは。ユッカルさん」
「俺の後ろに立つな!」

 背後から声をかけたのがいけなかったのか、男は大きく飛び上がり明後日の方向へ身体を翻した。手には御伽噺に出て来る天使が持つような小さな弓と矢が一つずつ握りしめ、誰も居ない場所に向け矢を放つ。放たれた矢は何処へ飛んで行くのか、真っ直ぐではなくぐにゃりと方向を曲げ何故か放った主の元へと返って来て、本人の頭へぶすりと突き刺さった。

「んぎゃああああっ!!!」
「大丈夫ですか!?」

 痛みにもがき暴れまわる全身木の葉だらけの男に手を差し出したが

「大丈夫な訳あるか! 痛いわ!!」

 凄い剣幕で怒られてしまった。理由は分からないが怒られたという事にショックを受け、声をかけた青年、ルシアはしゅんと顔を俯せ「……ごめんなさい」とぼそり呟き男に謝罪した。それで気をよくした男は「分かればいいんだ、分かればな」と胸を膨らませえっへんと偉そうに咳き込んだ。

「と、ゆうより、誰かと思ったらルシアじゃねえーか!」

 話しかけた人物に今気づいたのか、とツッコミを入れたくもなるが彼は決してボケているわけではなく、至って大真面目に答えていると言うのが輪をかけて悪い。

「こんにちは。ユッカルさん」

そしてその事に全くもって気が付かず、当たり前であるかのように捉え平然と答えるルシアもまた悪い。いつどんなときでもニコニコ笑顔なのは彼の長所であり、短所でもある。

「ユッカルさんじゃない、俺様の事はユッカル師匠(せんせい)と呼べといつも脇の下が酸っぱくなるくらいに言っているだろう!」
「そうでしたっ、すみません。ユッカル先生(ししょう)!」
「先生じゃない! 師匠だ、馬鹿者!」

 鼻息を荒くさせ偉そうに言っているこの緑のカウボーイハットをかぶったこの男は、自称世界一の狩人であり、一応ルシアに狩りの仕方を教えた先生であり、剣術の師匠でもある。名前から解る通り、南の畑に居た怠け者の弟であり、西の草原の丘にいた働き者の兄ある、真ん中のお調子者だ。


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