複雑・ファジー小説
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- 今夜、彼も彼女も浮気する
- 日時: 2018/03/24 01:49
- 名前: えびてん (ID: cdCu00PP)
はじめまして!
これはタイトル通り恋愛ものです。
駄作になっちゃうと思いますが、読んで頂けたら嬉しいです。
登場人物↓
#黒川 楽(くろかわ らく) ♂
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、さらに大手会社の御曹司。
とモテる要素が揃いに揃っている事からかなりのナルシスト。
お調子者で趣味は女遊び。
腹黒だが表向きは爽やかな好青年で人気が高い。
弥琴の事は自分のステータスとして認識。
#佐倉 弥琴(さくら みこと)♀
楽同様すべての能力が備わっておりかなりのナルシスト。
男遊びがすごく1番でなければ気が済まない。
楽と同じように腹黒だが表向きは常に笑顔で、優しく可愛い天使。
楽のことをステータスとして認識。
#鳴海 千和(なるみ ちわ) ♀
楽や弥琴よりも1つ年下の大学生。
明るく優しい性格だがバカで世間知らず。
瞬に好意を抱いているが踏み出せずにいる。
唯一楽のことをカッコイイと思わない人物。
#汐谷 瞬(しおや しゅん) ♂
楽と弥琴と同じゼミの好青年。
誰にでも優しいおっとりとした性格。
弥琴に好意を抱いている。
#黒川 麦(くろかわ むぎ)♂
楽の弟。楽とは違い一途でしっかりしている。
いつも兄の尻拭いをする羽目になる。
千和と同じ年。
#小宮 天(こみや あまね)♀
楽や弥琴と同じ学年。
クールな性格をしている。
弥琴が唯一本性を出している友達。弥琴とは中学からの仲。
#佐倉 理人(さくら りひと)♂
弥琴の兄。有名な大学病院で外科医をしている。
一見クールに見えるが弥琴を異常なほど溺愛しすぎている。
【 内容 】
#01 【 猛獣と小型犬 】
#02 【 嫉妬とかいう面倒臭いものは 】
#03 【 猛獣vs猛獣 】
- Re: 今夜、彼も彼女も浮気する ( No.6 )
- 日時: 2018/03/03 16:16
- 名前: えびてん (ID: cdCu00PP)
そこから、このチワワはいつの間にか汐谷の方しか向かず、俺の話を聞いているとは思えない状況にあった。
汐谷は汐谷でチワワとも話しながら、他のやつらからも人気のようで。
気に入らねーなーもう。
布巾をテーブルに置くと、先程の女の子が「楽先輩!」と話しかけてきた。
「え、あ、ん?なに?」
この子、あのチワワに飲み残しを拭かせて自分は話していたわりに態度がでかい。
そーゆーのは好みじゃないんだよな。
「で!いつ遊んでくれるんですかぁ」
彼女はムスッとした表情で言った。
ああ、そんなこと言ったっけ?
「ああ、今度また予定わかったらね」
とかなんとか適当なこと言って困っていると、携帯が鳴った。
弥琴からだった。
弥琴は楽とは違うテーブルで話をしている。
この距離でなんの用だ…。
『あたしんとこ来て』
と、Limeが来ていた。
ああ、仲良しアピールでもしに行くか。
楽は立ち上がり、弥琴のテーブルへ。
「おーい弥琴っ!飲んでるか〜?」
と言って楽は弥琴の肩に腕を回した。
弥琴は「ちょっとやだぁ!急にうるさいな〜」と微笑んだ。
周りにいた男はえっ?というような顔。
女はムスッというような顔。
「本当仲良いよなー」
健太が言った。
ナイス健太。
「そんなことねーよ。てかこの女、顔は綺麗でも中身はおっさんだぜ」
楽はそう言って弥琴の頬を引っ張る。
「ちょっと!みんなにそんなこと言わないでよね」
弥琴はムッとした表情で楽に言う。
「へえ、弥琴センパイ意外ですね!」
後輩の女子が言った。
弥琴は「ちがうの、こんなやつのこと信じちゃだめだよ〜」と微笑んで返す。
「先輩たちは付き合ってるんですか?!」
ちがう後輩の女子からの質問。
待ってましたこの質問。
「えー勘弁してよこんなガサツな女。そんなんじゃないよ」
と楽。
「本当だよ〜、楽みたいなのと付き合ったりなんかしたらきっと大変だよ。こいつ寝相悪いし」
と弥琴。
実際ガサツかどうかも、寝相が悪いかどうかなんてお互い知らない。
1回しか休日に遊んだことは無いし、そもそも業務のようにしか会っていないわけなのだから。
「そうなんですね、とっても仲良しでいいな〜」
彼女はそう言って微笑んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃあまたなー!」
二次会へ向かう健太に手を振られた。
楽は「おう!じゃあな」と手を振り反対方向へ。
「あれ、黒川くんは行かないの?」
と話しかけてきたのは汐谷だった。
「ああー、行きたいのはやまやまなんだけど今日はこれから友達が家に来る予定でさ」
嘘だ。
正直最近金がないこととカラオケが苦手だということが理由だ。
「そっか、じゃあまた来週」
汐谷はそう言って微笑み、手を振ると健太たちの方へ行った。
顔は俺の方がかっこいい…よな、うん、そうだよ、うん。
汐谷を見てそう思った。
彼もイケメンだなんだと言われてはいるが俺ほどではない!…はず。
さて、ラーメンでも食べて帰るか。
いつものラーメン屋へ行く。
「兵藤さーん」
楽はそう言って屋台の椅子に腰掛けた。
店主である兵藤は「お、楽じゃねえか」と微笑んだ。
「久しぶりだなあ」
兵藤に言われ、楽は「まあ、最近飲みに行ってなかったもんだから」と苦笑。
「飲みに行ったあとじゃなくても来いよ〜。元気してたか」
「まあ元気っちゃ元気。味噌ラーメンね」
「あいよ〜」
兵藤はそう言ってラーメンを作り始める。
「最近来ねえから死んだかと思ったよ」と兵藤。
「んなわけねえだろ。最近忙しいんだよ俺は」
弥琴と契約してから約2ヶ月。
弥琴との仲良しアピールの準備やらなにやらで。
「女か?」
兵藤に言われ、楽は「うーん、まあ」と答えた。
「お、ついに腹くくったか」
「いや、彼女は作る気にならんね」
「いつまでフラフラしてんだ〜、いい女いるだろ大学生なら」
「いい女はいる。でも付き合おうとは思わないね」
「かー、贅沢だなー」
「兵藤さんと違ってモテるからね俺は」
「おまっ、俺にだって嫁と子供がいるんだからモテねーわけじゃねーよ?」
「はいはい。愛妻家だよな」
「まあな。ほらよ」
兵藤はそう言ってラーメンを差し出した。
楽は「いただきまーす」と言って近くにあった割り箸をわり、ラーメンをすする。
「ただ今日さ、珍しいもん見た」
楽が言う。
「珍しいもん?なんだ?」と兵藤。
「俺に興味のない女」
「おまえ、相変わらずのナルシストだな」
兵藤はそう言って笑った。
「まあな。その女、すっげー犬っころ見たいでさ」
「楽の苦手な犬か」
楽は5歳のときに近所の犬に吠えられてから犬が大の苦手だ。
「そいつは小型犬だけどな。犬には変わりねぇから苦手だけど」
「小型犬ねえ、可愛かった?」
「うーん、まあ普通ってとこ?俺に興味ない女なんか可愛くねえよ」
「随分理不尽なこったな」
「絶対俺に惚れさせてやる」
「は?お前またか〜。前にもあったな、そんなこと。お前のこと好きになった途端に手のひら返すっていう、最低なことしてたな」
うん、よくやる。
自分に興味のある人間は好きだ。
好きだけど面白くない。
追われることは嫌いじゃないし気持ちがいい。
でもやっぱり俺は追いたい生き物で、追われてたら冷める一方。
弥琴が俺のことを好きにならないのは好都合かも知れない。
不思議と俺も弥琴には惹かれない。
同じ種類だからなんだろうか。
ラーメンを食べ終え、家に帰ろうと夜道を歩いていると階段を下りたところのベンチに人影が。
女だが濃いめのミルクティー色のような髪色を見ると、幽霊ではなさそうだ。
暇だし引っ掛けようかな。
楽は階段を下り、彼女に近づく。
が、すぐに足を止めた。
なんとベンチに座っているのは先程の小型犬ではないか。
あの小型犬とはなるべく関わりたくない気持ちもあるが興味を惹きたい気持ちもある。
楽は彼女の前を少し通り過ぎてからそんなことを考え、クルリと方向を変えると彼女の前にしゃがみこんだ。
「なにしてるの?」
声をかけると、チワは瞑っていた目を開け、楽をみた。
「…えと、あの、うーんと…先輩!」
チワは自信なさげに言った。
は?!この女まさか、俺の名前忘れてる?!
いやむかつくむかつく、まてまてまて。
悔しい、俺も名前忘れたふりしよ。
「…ああ、ごめん。さっき飲み会にいた女の子だよね、ちょっとしか話してないもんね」
楽は愛想笑いを浮かべそう言うと、立ち上がりチワの隣に腰を下ろした。
「ああ、あの…すいません」
チワはそう言って俯いた。
うわー傷つくわ〜。
俺の名前覚えない女なんてこの世にいたんだな〜。
「えーっと…わたしはナルミチワです」
チワはそう言って携帯を出し、画面に『鳴海千和』と打ち込み、楽に見せた。
「鳴海千和…。貸して」
楽はそう言って千和の携帯を取り、千和の名前の下に『黒川楽』と打ち込むと千和に携帯を返した。
「俺の名前は黒川楽、ね。覚えてね」
楽に言われ、千和は携帯を見つめ「わかりました」と言い、
鳴海千和
黒川楽
と書かれたメモを保存した。
「で?何してたの?こんなとこで」
楽はポケットに手を突っ込み、辺りを見渡しながら言った。
隣にいる小型犬は極端に落ち込んだ表情を浮かべた。
「ちょ、ちょ、なんだよ…?どうした?」
素で言ってしまった。
さっきまでの優しい俺がああ。
焦りを隠せない。
「…し…ん…ん」
千和はぼそぼそと呟いた。
「え?なに?」
楽が聞き返すと、千和は勢い良く楽の方を見て言った。
「瞬君、好きな人がいるみたいなんでずううう!」
千和は今にも泣きそうな顔をして言った。
楽は「えっちょ、え?!」と言って立ち上がり、千和の顔を覗き込む。
「まって、まって落ち着け!いや俺も落ち着け!」
楽はそう言いながら頭を抱える。
「瞬君のあんな顔、初めて見まじだ…。わたしの知らない幸せな顔……」
千和はぐすんぐすんと泣きながら言う。
「まてまてまて、1回整理していい?お前って汐谷のこと好きなの?!」
楽はそう言って千和を見る。
千和は「好きでずううう」と泣きじゃくる。
好きだったんかーい。
通りで俺に気がないわけだ、納得納得。
いやいやいやいや、この俺を前にして汐谷が好き?
変わってんな、この犬。
「な、なるほど…。それで何、何があったわけ?」
楽は落ち着きを取り戻しながら、千和の隣に座って聞いた。
千和は楽の腕をガシッと掴み「聞いてくれますか?!」と涙目を向けてきた。
「いや、もうこんだけ泣きじゃくってるやつ放っておけるわけねえだろ!なんだよ!聞いてやるから!ほら!」
楽はそう言いながら千和の強い手をどかそうとする。
千和は楽の腕を離さずに話を始める。
「瞬君は優じい人なんでず!」
「うん…それで?」
「誰にでも優しくて…みんなから人気で…女の子からもよくモテて…でも滅多に彼女とか作らないんです!」
ふうん、そうなんだ。
まあ俺ほどではないだろうけど。
「お、おう…」
「けど…けど…さっきの二次会で…見ちゃったんです…」
「なにを?」
「瞬君が弥琴先輩にアプローチしてるところ!」
え?
「…は?弥琴?」
なんだ、汐谷も案外普通の男じゃん。
「そうなんです…瞬君に好きな人がいるなんて知りませんでした」
千和はそう言って俯いた。
「でも、弥琴のことすきってはっきり言ってたわけじゃねんだろ?だったら別にそんな悲観的にならなくても」
楽は足を組みながら言った。
「そうですけど…。わたしには分かるんです。瞬君、好きになるとわかりやすいんです。中学の時から見てきましたから」
「へえ、でも、お前の方が弥琴より圧倒的有利な立ち位置にいるだろ」
「そんなわけないじゃないですか!弥琴先輩は、女子の憧れです。あんな綺麗な人に勝てるわけないじゃないですか」
「女子の憧れねー…。でも、弥琴が汐谷のこと好きになるとは限らねーだろ」
「瞬君は素敵なんです!絶対好きになっちゃいます」
「なんだその理屈。お前だけだろ」
「違います!瞬君は中学の時からモテてました。だってあんなにカッコイイんですもん!」
うわー、それ俺に言う?
「女の子に他の男の話されたのって初めてなんだけど」
楽が言うと、千和は不思議そうに首を傾げた。
「どういうことですか?」
「…いや、みんな俺に媚び売るから、女の子は」
「先輩は…いわゆるナルシストなんでしょうか」
は?!なにそれ?!
「えっ!ナルシストって、ナルシストだけど!な、なんだよその…言い方!」
楽はつい立ち上がって言う。
千和は冷静な顔で楽を見上げる。
「あ、いや、そうなのかなって」
くうー、なんだこの女本当腹立つ!
絶対惚れさせてやる。
そんでこっぴどく振ってやる。
「だ、大体!あんな自分に自信なさそうな男どこがいいんだよ」
楽が言う。
ただの負け惜しみだ。
「瞬君は謙虚なんです」
千和はそう言って微笑んだ。
「あんな男、つまんねえだろ」
「真面目なんです」
「頭堅そうだし!」
「計画性があるんです」
「ヘラヘラしてるし!」
「愛想がいいんです」
見事に論破される。
千和の語尾にはもれなくハートマークがついてるように聞こえる。
ああ腹立つ!!
いや落ち着け、落ち着んだ楽。
楽は咳払いをしてからベンチに座る。
「…ま、まあお前が汐谷のこと好きなのはわかった。そこまで言うなら俺が手伝ってやるよ」
楽が言うと、千和は「本当ですか!」とぱあっと表情を明るくした。
「お、おう!汐谷とは去年から同じゼミだし色々聞き出してやるから」
「ありがとうございます!先輩優しいですね!」
「ま、まあな…」
俺は何か方向性間違えてる気しかしない。
弥琴という猛獣とこの鳴海千和という小型犬を飼い慣らすことが、果たして俺にできるのだろうか。
- Re: 今夜、彼も彼女も浮気する ( No.7 )
- 日時: 2018/03/06 13:31
- 名前: えびてん (ID: cdCu00PP)
#02 【 嫉妬とかいう面倒臭いものは 】
と、そんなこんなで始まった黒川楽と佐倉弥琴の"友達契約"。
ナルシスト同士のこのイカれた契約は大学中に割と大きな影響を及ぼした。
まず2人を羨む声が増えたのはもちろんのこと、楽と弥琴に告白してくる者が激減したのだ。
この件に関しては二人にとって良いことではなかったが、付き合ってるの?と質問される度に否定しているうち、告白される回数は元に戻った。
ということで今のところプラスな事しかなく、二人は調子に乗っている最中なのである。
「はあ〜〜〜ん、うまっ!」
焼肉を食べながら、弥琴が言った。
「そんな食うと太るぞー」と楽。
「うるさいわね、いいの。あたし太らないもーん」
「へいへいそうですか」
この日は週1の二人で夕食を食べる日だ。
もちろん、契約である。
「あ、そうだ。弥琴」
楽は弥琴の皿にカルビを置いて言った。
弥琴は置かれたカルビを箸で掴んで「なに?」と答える。
「お前、汐谷と仲良いの?」
「汐谷くん?まあ、普通。なんで?」
千和が言っていた話のことだ。
汐谷が弥琴を好きだ、と。
「ああ、いや。別に深い意味は無いけど」
楽が言うと、弥琴は気に入らない顔をした。
「なによ、このあたしに隠し事?偉くなったものね」
弥琴に言われ、楽は「そんなんじゃねえよ」と焦り気味。
「じゃあなに?」
弥琴の目力がハンパない。
「いや、こないだの飲み会で結構仲良さそうに話してたから。珍しいなって」
「ふうん。別に普通よ。まあでも、前1回狙ったことあるけど」
「えっ!弥琴が汐谷を?!」
楽は驚いた表情で言う。
驚いた拍子に網の上でホルモンを落とす。
「うん。ホルモン落ちてる」
弥琴はさらりと答える。
「ああ、うん」と言って楽はホルモンを拾い、話を続ける。
「なんで汐谷を?」
楽が聞くと、弥琴は肉を食べながら淡々と話し出す。
「うーん、何でって言われると…顔がタイプだから?」
「か、顔?!」
この俺を差し置いて、汐谷を先に狙うとは。
この女もなかなか変わっている。
「え、し、汐谷ってそんなにいいか?俺より?」
楽が言うと、弥琴は表情1つ変えずに答える。
「他の女は知らないけど、あたしからすれば何であんたみたいな羽虫がモテるか知りたいものね」
「は、羽虫…?俺が?」
「あたしの周りをすばしっこく飛び回ってる感じ。出会った時からそうでしょ?」
確かに弥琴のことを狙ってストーカーまがいなことはしていたが、羽虫などと言われたのは初めてだ。
いや、誰が羽虫だ。
そんなことはどうでもいい。
「…で、汐谷狙ってどうなったんだ?ヤッたの?」
楽は気を取り直して言う。
「失敗した」
弥琴に言われ、楽は「え?!ふられたの?!」と声を荒らげる。
「んなわけないでしょ。なんであたしが…。汐谷くん、あたしがどんだけ隙を見せてもなびかないから飽きてやめた」
弥琴はそう言って豚トロを口へ。
「あっそれまだ焼けてない」と楽。
「ちょっとくらい大丈夫よ」と弥琴。
弥琴さんはまだ赤い豚肉を食べても平気なお強い腹をお持ちで。
俺ならすぐにトイレが自宅になる。
「隙見せてもって、一体なにしたんだよ?」
楽が言うと、弥琴は「うーん」と上を見て思い出しながら答える。
「二人で飲みに行こーって誘ってー、酔っ払ったふりして終電逃してー、あいつんち行こうと思ったんだけど車で家まで送られて車でも何もしてこなかった。このあたしが誘ってるのにそんなのありえる?」
この女、さすがだ。
俺と手法がまったく同じじゃないか。
そしていつの間にか汐谷のことを"あいつ"呼ばわりするのはやめてくれ。
だって汐谷はお前のことをーーーーーー。
でも何で汐谷はそこまでされてホテルに行かなかったんだ?
俺ならどう考えてもホテルに行く(楽の考え)。
それなのに汐谷は泊まらせもせずわざわざ家まで送り届けるとは、本当にアイツ男か?
でも待てよ、そしたら千和の言っていた話はやはりただの被害妄想ということか?
長年の付き合いだからわかるとか何とか言っていたが、結局あのバカ犬の勘違いだったわけか。
「で?それが何?」
弥琴に言われ、楽は「いやだから深い意味はないって」と微笑んだ。
「ふうん。あんたって汐谷くんと仲良かったっけ?」
「いや、まったく。ただのゼミ仲間?」
「言いなさいよ、本当は何なのよ」
弥琴はそう言って睨みつけてきた。
彼女の目力はハンパない。
「…いや、千和ってわかるか?鳴海千和」
楽が言うと、弥琴は「だれ?」と顔をしかめた。
「1個下の…目がでっかくて、肌が極端に真っ白」
「ああ、あの子犬みたいな子。その子がなに?」
「あいつがさ、その、汐谷と昔からの知り合いらしくてさ。それで汐谷のことが気になったってわけ」
あのバカ犬の気持ちをばらすのはどうも罪悪感がある。
これなら嘘はついていないし、弥琴にも伝わる。
やっぱ俺って天才。
楽はそんなことを思いながらキャベツを口に運ぶ。
「そうなんだ。汐谷くんかあ」
弥琴は少し考え込むように呟いた。
「なんだよ」と楽。
「真面目すぎてつまんないのよね、汐谷くんって」
「確かに、俺は友達にもなれないタイプ」
そんな会話をしながら食事を終えると、時刻は19時を回っていた。
「あー帰るの面倒臭い」
店を出て駅に向かいながら弥琴が呟く。
「一駅だろー?歩けるだろそんなん」
ここは偶然、弥琴の家は楽の家からそう離れていない。
「それが面倒臭いのー。あ、明日休みだしあんたんち泊めてよ」
弥琴は閃いたように微笑んで言った。
楽はけだるそうに答える。
「嫌だよ、散らかってるし。大人しく帰れ帰れ」
「えーいいじゃない。汐谷くんのこと思い出したら腹たってきた、飲もうよ」
「知らねえよ」
「あんたのせいで思い出したんだから泊めてくれるわよね?」
「…いや、嫌だ!」
「行くから。さ、行こ行こ〜」
弥琴はそう言って楽の腕を掴み楽しそうに歩き出した。
「おいっ」と言いながら楽は渋々弥琴に続く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コンビニに寄ってから2人は楽の家へ。
「まじで汚ねえからな」
楽はそう言いながら家の鍵を開ける。
「はいはーい。お邪魔しま〜す」
弥琴はそう言いながら楽より先に家の中へ。
「そんな散らかってないじゃん、あたしの家よりまし〜」
弥琴はそう言ってカバンを置き、ソファに腰を下ろした。
部屋には服が散乱し、テーブルの上にはペットボトルが数本。
とても綺麗とは言えない状態だ。
となると弥琴の部屋はどんだけ汚いんだか。
楽もカバンを置くと弥琴の隣に腰を下ろす。
「あーお腹いっぱい。お風呂借りるわ」
弥琴はそう言って立ち上がる。
楽は「まて!」と弥琴の腕を掴んだ。
弥琴は振り返り、「なによ。一緒に入りたいの?」と楽を見下ろす。
「アホか、んなわけねえだろ。タオルとかねーぞ」
「大丈夫、適当に使うから」
「…あっそう」
楽はそう言うと弥琴の腕を離した。
弥琴はそのままスタスタと風呂場へ。
シャワーの音が聞こえる。
ああ、まったくドキドキしない。
相手が弥琴だから?
契約とか、割り切った関係だからかな。
普通だったら少しくらいドキドキするのになー。
あれ俺最後にヤッたのいつだっけ。
弥琴と友達契約してから2ヶ月。
この2ヶ月女遊びは一切していない。
もちろんそれは弥琴が好きとか、そーゆーことじゃない。
付き合ってるの?という質問待ちだったからである。
そろそろ弥琴との友達説の方が濃くなってきたことだし遊び始めてもいいかなー。
とか考えていると弥琴が上がってきた。
うっわ、やっべ。
弥琴は今日履いていたショートパンツに洗面所にあった楽の白いTシャツを着ていた。
楽のシャツは透け、ピンク色の下着が見えている。
しかもサイズの違いから、首元がゆるゆるで。
さすがの俺でもちょっとドキドキする。
「…お前、くそ女だけどやっぱ可愛いな。だからモテんだな」
楽が言った。
弥琴は表情1つ変えず「あら珍しい楽が褒めた。知ってる」と答え、後ろのベッドに寝転んだ。
「あ、Tシャツ借りたから」
弥琴はそう言いながら携帯をいじる。
うん、見ればわかる。
「俺も風呂入ってくるわ」
楽は立ち上がり、「はーい」という弥琴の声を背に風呂場へ向かう。
風呂に入ると、どことなくいい匂いがする。
て、なんか俺もキモくね?
まるであいつのストーカーみたい。
- Re: 今夜、彼も彼女も浮気する ( No.8 )
- 日時: 2018/03/15 21:48
- 名前: えびてん (ID: jBbC/kU.)
風呂を上がると、弥琴はまだベッドにいた。
「おい、んなとこにいると襲うぞ」
楽はそう言ってソファへ。
弥琴は携帯の画面を見ながら「やってみればー」と呟く。
楽は立ち上がり、仰向けに横になっている弥琴の上に乗り、携帯を取り上げた。
「いいの?」
楽は弥琴に顔を近づけていう。
弥琴は「…ちょ、なに言ってーーーー」と少し焦りを浮かべた。
やっと表情変えた。
むかつくやつ。
「冗談だよ」
楽はそう言って微笑み、ベッドに座る。
弥琴は起き上がり、後から楽を見上げた。
「もしかして欲求不満?」
弥琴は笑いながら言った。
楽は「ちょっとな」と微笑む。
「ふうん、最近ヤッてないんだ」
「まあな。お前のせいでな」
「あたしとヤりたい?あたしはいいけど」
「お前、そんなこと言ってっと次はまじで襲うぞ」
「いいよ?あたし別に顔さえ良ければ誰とでもヤれるけど?」
「意外とビッチなんだな」
「あんたもそうでしょ?」
「まあな」
2人はそう言って微笑んだ。
「…いや、俺たち友達だし」
楽は強ばった表情で言う。
弥琴は微笑みながら答える。
「まあ確かに?じゃあやめる?」
「やめる」
「本当に?」
「本当に…いや、やる」
楽に言われ、弥琴は少し驚いた表情。
「…本当に?」と弥琴。
「本当に」
楽がそう言うと、弥琴は真顔で言う。
「…あたしのこと、恋愛とかじゃなくて普通に、好き?」
「好き」
楽も真顔で答える。
「それはヤりたいからそう言ってる?」
「いいや?」
「じゃどこが好き?」
「目」
「他は?」
「ちっちゃい唇」
言われ、弥琴は微笑んで続ける。
「あたしはあんたの鼻が好き。高くて」
「眉毛の角度」と楽も微笑む。
「身長」と弥琴。
「ふくらはぎ」
「ちょっとそれは」
弥琴はそう言って微笑んだ。
楽も笑う。
「エッチしてもあたしと友達でいられる?」と弥琴。
「ああ、俺たちは友達じゃん。それ以上でもそれ以下でもない」
そう言い、二人の間に数秒沈黙が流れた。
その間相手を見つめる。
楽は弥琴の頬に左手を添え、ゆっくりと唇を重ねた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目覚ましが鳴った。
アラームを止めると楽は頭を掻き毟る。
少し静止したあと、バッと起き上がった。
隣には昨日までいた弥琴の姿がなくなっていた。
…え、夢?!
楽は携帯を手にした。
画面にはLimeの通知が来ていた。
Limeを開くと、相手は弥琴だった。
『用事思い出したから先に帰る。お邪魔しました。』
Limeはこれだけだった。
…きもい。
弥琴のLimeはいつもこんなに律儀じゃない。
となると昨日のは………。
楽は昨夜のことを思い出す。
弥琴にキスをしたこと、それから…。
「あああああ!まった!まった!」
楽は静かな部屋で1人大声を上げた。
まてまてまてまてまてまてまて!!
俺昨日弥琴とセックスした?!
何であいつ先に帰ったの?!
気まずくなった?!
やっばい、やらかしてる。
ワンナイトなんて初めてじゃないしヤることなんて屁でもない。
けど相手は弥琴。
弥琴は友達で…え、セフレになっちゃった?!
いやまてまてまて?
恋愛映画ならここから2人はだんだん惹かれ合うパターン?
俺が弥琴を…?
いや、ないないない。
普通にない。
とりあえずLimeで聞いてみよう、うん。
『りょーかい。』
と返信してしまった。
聞けない!無理!無理!無理!!
その後、楽が送ったメッセージに既読はついたが返信が来ることはなかった。
月曜になり、大学が始まった。
「よっ楽!おはよ!」
後から声をかけてきたのは健太だった。
「おー、おはよ」
楽がそう言ったとき、健太の後ろから弥琴が歩いて来るのが見えた。
やべ、まじか。
弥琴もこちらに気づいたようで、目を見開いている。
「あ、佐倉さん。おはよ」
健太が言う。
ばか、話しかけんなよ…。
弥琴は「お、おはよう」と愛想笑いを浮かべている。
「…おはよ、弥琴」
楽は精一杯の笑顔で呟いた。
弥琴も「お、おはよう」と呟く。
すると健太は不思議そうに「ん?どうした?お前ら」と首を傾げた。
「いや別に!」と楽。
「なにも!」と弥琴。
「そうか?」と健太。
「…楽、お昼一緒にどう?」
弥琴に言われ、楽は「お、おう」と頷く。
弥琴は「じゃまたお昼…」と言って先に歩いて行ってしまった。
「なんかあったのか?」
健太にいわれ、楽は「いや別に!なにもないって」と微笑んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昼休みになり、大学の校門で二人は会う。
「…行くか」
弥琴と顔を合わせるなり、楽が言う。
弥琴は頷き、二人は歩き出す。
歩きながら、沈黙が続く。
なんでだ、なんでだ。
ワンナイトなんて今まで何度繰り返して来たと思ってるんだ、きっと弥琴もそうだ。
本当に気がない相手とヤったのが初めてだから?
「あ、あのさ」
弥琴が口が開いた。
楽は「ん!?」と焦った表情を浮かべる、
「その…あれよね…」
弥琴がいい、楽は「だ、だよな?!」と弥琴を見た。
弥琴も「そうよね?!おかしいよね?!」と二人は顔を見合わせる。
「だよな!だよな、良かったこんなことで友情壊れるとこだったよな!」
楽が言うと、弥琴も大きく頷いて言う。
「ほんとよね!やっぱあんたは友達、友達!はあー良かった、今日からまた友達ってことで」
「だな!だな!」
こんな会話をしたその夜、俺たちはまた体を重ねてしまった。
翌日、目が覚めたとき今回は弥琴が隣に寝ていた。
下着姿で寝ているが、初日のようなドキドキなどない。
「…おはよう」
弥琴は目を覚まし、楽を見上げた。
楽も「おはよ」と声を出し、ベッドから出た。
お互いシャワーを浴び、ソファに腰掛ける。
「あのさ」
弥琴が言った。
「ん?」と楽。
「ルール改正しない?」
弥琴はそう言ってソファの横に投げ散らかされていた紙とペンをテーブルに置いた。
「ルール改正?」
楽はそう言って弥琴を見る。
「1回目は確かに気まずくなったけど実際、2回目もヤッた訳だし、しかも今回は気まずくもない。体の相性もわりと良かった。もちろんあんたのこと好きにもなってない」
淡々と話す弥琴に、少し悔しささえ感じる。
俺に惹かれない女がこんなにも。
とはいえ、それはこちらも同じだ。
彼女のことを気にもなっていない。
「…というと?」と楽。
「あたしたちの関係って、なに?」
「このままいくと…セフレ?」
楽はそう言って苦笑した。
弥琴は露骨に嫌な顔をする。
「このあたしが羽虫のセフレ?」
「いやっだって!そうだろ…」
楽が言うと、弥琴は紙に文字を書き始めた。
すべてを書き終えると弥琴はペンを置く。
知り合い
友達
親友
セフレ
恋人
と書かれている。
「あたしたちは実際は知り合いってくらいの関係。でも契約したから友達、けどセックスしたから…」
弥琴はそこで語尾を濁らせた。
「…セフレだろ」と楽。
「ふざけないでよ。もしあんたに彼女ができたとき、そのしょーもない女からしたらあたしはセフレって、絶対下に見られるじゃない。そんなの嫌。あたしはあんたの彼女に羨ましがられたいの」
なんてわがままな持論。
「だったら、親友?」
楽がいうと、弥琴は「親友って、なに?」と不思議そうに首を傾げる。
「うーん、何でも話せる!とか?」
「あたしたちってお互いのこと…」
「何も知らねえな…」
そういえば、生い立ちも知らなければ好きな○○とかいうジャンルも知らないし、交友関係も恋愛に関することも何も知らない。
「やだ…やだやだ!あたしのあんたのセフレなんてやだ!」
弥琴は焦った表情で駄々をこね始めた。
「いや結局のところセフレだろ」
言いながら楽は苦笑。
「だったらあんた、親友になってよ」
また突拍子もないことを言うこの女は。
「なってよって、そーゆーのは頼むもんじゃねえだろ」
「何でも話せばいいじゃない?」
「そんな簡単なもんかよ」
「簡単なの!セフレなんてやだ!絶対絶対やだ!」
- Re: 今夜、彼も彼女も浮気する ( No.9 )
- 日時: 2018/03/23 19:12
- 名前: えびてん (ID: cdCu00PP)
なんやかんやで2人は自分の生い立ち、家族構成、趣味、出身学校、興味のあること、好きなタイプ、今までの恋愛、コンプレックス、好きなブランド、好きなこと、嫌いなこと、好きな食べ物、嫌いな食べ物…など、自分について語り合った。
こんな形式的なことに意味があるのかと言われればきっとないだろう。
『親友』の定義なんか分からないのだ。
そして謎にツーショットを撮り、SNSのアイコンにして準備は終了。
なんの仲良しアピールなのか何なのか知らないが、このアイコンにはきっとみんなが反応するであろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
講義が終わり、椅子を立ち上がったとき足に何か違和感を感じだ。
足元を見ると、シルバーのペンダントを踏んでいた。
だれのだろ。
楽はペンダントを拾い上げ、ペンダントを凝視した。
「楽〜、今日どっか行こーぜ!」
そのとき、健太がテンション高めで言ってきた。
「ああ、まあ別にいいけど」
「よっしゃ!じゃ今日は明日休みだしーーー」
健太が何か言っているとき、汐谷を見かけた。
汐谷は何やら教室中をうろつき、床を凝視している。
何か捜し物をしているようだ。
もしかして。
「楽?聞いてんのか?」と健太。
「ああ、うん、ちょっと待ってて」
楽はそう言うと階段をおり、汐谷の元へ。
「汐谷」
楽が声をかけると、汐谷は顔をあげ微笑んで「ああ、黒川くん」と言った。
「なにか捜し物か?」
「え、ああ、うん。ちょっとね」
汐谷がそう言うと、楽は「もしかしてこれ?」とペンダントを見せた。
すると汐谷はぱあっと表情を明るくし、「うん!」と微笑んだ。
「どこにあったの?!」
「俺が座ってたとこに落ちてた。はい」
楽はそう言ってペンダントを汐谷に渡した。
「ありがとう。本当に助かった…」
汐谷は心から大事そうに小さなペンダントを握りしめていた。
「…それ、そんなに大事なものなんだ?」
楽が言うと、汐谷は微笑みながら答えた。
「ああ、まあね…母さんの形見なんだ」
あ、それは随分と…。
「そっか。見つかって良かったな。じゃまた」
「うん!ありがとう黒川くん!」
汐谷は本当に嬉しそうに言った。
汐谷は母親がいなかったのか。
通りでしっかりしているわけだ。
何か悪いことを聞いてしまった。
校舎を出ると、大きなリュックを背負って歩く千和を見つけた。
リュックが大きいんじゃなくてあのバカ犬が小さいのか。
勘違いしてるみたいだし汐谷のこと、教えてやるか。
「おーいそこのバカ犬」
楽が声をかけると、「え、わたしですか?」と千和が振り向いた。
「そこにお前以外誰がいるんだよ」
「バカ犬って?」
「バカ犬はバカ犬だよ。いいこと教えてやるよ」
「いいこと?!ああ、ちょっと待ってて下さい。これ、置いてくるので」
千和はそう言って手に抱えていた大きな本のようなものを見せた。
「なんだそれ?」
「楽譜です。家に帰って練習してたので」
「楽譜?ああ、お前って学部なんだっけ?」
「専攻はピアノです」
「へえ、ピアノ弾けるんだ。一緒に行くよ」
「ありがとうございます。こっちです」
千和はそう言って歩き出す。
楽たちの大学は1つ離れた棟に芸術科もある。
「へええ、初めて入った。こっちの棟」
音楽科の棟に入り、楽は当たりを見渡しながら呟く。
「向こうの棟とあんまり変わらないですよね」
千和はそう言いながらドアを開けた。
そこは大きなピアノが置いてあり、譜面台と楽譜棚があるだけのシンプルな部屋だった。
「ここでお前が?」
楽はそう言ってピアノを見た。
「はい!ここは藤村先生が担当で、わたしとあと5人が使ってるんです」
藤村が誰かは知らないが楽は「ふうん」と言って辺りを見渡している。
「ピアノ、弾いてみてよ」
楽はそう言って千和を見た。
千和は「えっ嫌ですよ」と焦った表情。
「なんで」
「下手くそですから」
「いいから。聴いてみたい」
楽に言われ、千和は仕方なくといった態度でピアノの前の椅子に座る。
ピアノの蓋を開けると、大きな鍵盤が出てくる。
千和は鍵盤に両手を置き、音を出し始めた。
その音色はつい聴き入ってしまうほど美しいものだった。
まるで違う景色を見ているような。
千和の表情も、この前とは全然違って大人びて見えた。
曲が終わると千和は「どうでした?」と楽を見上げた。
「へっ、どうしたんですか…?」
立ち上がった千和に不思議にそうな表情で見られ、ようやく気づいた。
あれ、何で泣いてるんだろう。
「えっ、あ、俺、なんで…」
気づいたら涙が溢れていた。
どこかで聞いたことのある曲と音色。
なんだこの感覚は。
「いや、感動してさ!」
楽はそう言って涙を拭き取り、微笑んだ。
千和は「そうですか…」とどこか不安気な表情。
「…お前、すごいんだな。びっくりした」
楽はそう言って微笑んだ。
千和は笑顔で答えた。
「この曲、昔瞬君が教えてくれた曲なんです。それからわたしーーーーーー」
目の前で幸せそうに話す千和に腹が立つ。
また俺の前で汐谷なんかの話…。
そう思ったら、いつの間にか口走っていた。
「お前汐谷のペンダントのこと、知ってるか?」
と。
「へ?ペンダント?あの、お母さんの…」
千和は不思議そうに言った。
知ってるよな、そりゃあ。
「…あれ汐谷のだって知らなくて、道に落ちてたやつ川に捨てちゃったんだよな」
とんだ嘘だった。
それもすぐにばれるような大嘘。
「えっ?!どこの川ですか!?」
千和は食いついた。
血相を変えて腕にしがみついてきた。
「駅の裏にある川」
適当に言うと、千和は「わかりました!」と言って走り去って行った。
おいおいまてまて、信用しすぎとかそれ以前にさ、まず俺を置いて行かないでくれるかな。
- Re: 今夜、彼も彼女も浮気する ( No.10 )
- 日時: 2018/03/29 01:45
- 名前: えびてん (ID: jBbC/kU.)
言った通り川へ行くと、千和は小学3年生の夏かとツッコミを入れたくなるほど川に足を踏み入れ必死にペンダントを探していた。
やっべ、まさか信じるなんて。
まあ後で見つかったとかなんとか適当なこと言えばいいか。
俺の前で他の男に惚れてる話なんかするからだ。
ああ認めるよ、こんなの一種の嫉妬だよ。
別にこの女が好きだから汐谷の話をされるのか嫌なんじゃない。
俺より汐谷が勝っているという事実に腹が立つのだ。
今まで俺の前にして他の男が好きだと言う女なんかいなかった。
どいつもこいつも俺を前にすると取り繕い、媚びてきた。
それなのになんでこんな小型犬に汐谷より俺が下だと宣言されなければならないんだ。
※していない
そんなことを思いながら仕方なく楽も草むらを漁り始める。
20分ほどたち日が暮れた頃、楽は飽きてきた。
「なあ、もう帰ろうぜ。飯でも奢ってやるから」
楽が言うと、千和は1度も楽の方を見ずに「わたしはもうちょっと探します」と言った。
「…そうかよ」
楽はそう言って立ち上がり、1人河川敷を後にした。
橋を歩きながら、千和を見下ろす。
千和は今も必死にペンダントを探していた。
楽はふんと鼻を鳴らし家へと向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
家に帰り、あれから3時間ほど経ったが落ち着かなかった。
あのバカ犬のことが頭から離れない。
自分は、あんなに必死になれるほど人を好きになったことがあっただろうか。
"好き"なんて言葉、心になくても勝手に口走ってきた。
付き合っても好きだったわけじゃない。
顔がタイプとか、スタイルが良いとか、可愛いとかそんなレベルの話だった。
きっと彼女の大事なペンダントがなくなった、と言われてもまた買えばいいじゃないかと俺は探さなかっただろう。
今考えてみれば好きな人のことをあんなに幸せそうに他人に語ったことがあっただろうか。
いいやない。
1人をそんなに強く思ったことなんかない。
どうしてあんなに必死になれるんだ。
『今からごはん行かない?』
弥琴からLimeが来た。
気分転換にそれもいいか。
『わかっ』まで打ち込んだとき、そんな気分ではないことに気がついた。
さすがの俺も心が痛い。
すると弥琴から電話が来た。
とりあえず出ておくか。
『ちょっと早く返信してよね』
「わりーわりー」
『で、どこ行く?あたし今日はね……』
弥琴の声が入ってこなかった。
あいつをこのまま放置して大丈夫だろうか。
あのバカ犬のことだ、死ぬまで探して続けるんじゃないか。
「…悪い、今日はやめとく」
楽はそう言い『は?なに急にねえ楽…』と弥琴の声がやしんどいを遮り、電話を切った。
時刻は21:56。
楽は財布と携帯をポケットに入れ、家をあとにした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さすがにいないか。
河川敷に行くと、千和の姿はなかった。
楽は辺りを見渡し、ため息をつくと橋を渡り始める。
むろん、家へ帰る方向へ。
だがすぐに足を止めた。
川から物音がする。
楽は神妙な表情を浮かべ、堀を降りた。
さっきは暗くて見えなかったが、橋の真下には川に手を突っ込み必死に探す千和の姿があった。
なんでだよ。
あれからもう何時間も経ってるのに。
なんで。
「…おい何してんだよ」
楽はボソボソと声をかけた。
千和は振り返り、「先輩!帰ってくると思ってました」と小さく微笑んだ。
「…ずっと探してたのか」
「はい、見つかってないですけどね」
「なんでそんなに必死になるんだよ」
「何でって…瞬君の大事な物だからです。あれは瞬君の宝物なんです。瞬君が悲しむ顔は見たくありません」
千和はそう言いながらまた川に手を突っ込む。
「…もういい、帰ろう」
楽に言われても千和は手を止めない。
楽は「もういいよ」と言う。
「良くないです。瞬君がーーーー」
千和がそういい、楽は川に足を踏み入れバシャバシャと音を立てながら千和の手を掴んだ。
「離してください、探します」
千和はそう言ってまた川に手を入れる。
楽はため息をつき、千和を抱き上げ草むらの方へと歩き川を出る。
「ちょっ先輩ーーーーー」
「探してもねえよ」
楽は千和を下ろしてから静かに言った。
楽が言うと、千和は「へ?」と顔を上げた。
「…探しても見つかるはずねえんだよ!」
「…え、どういうことですか?」
「嘘なんだよ、ペンダントは汐谷がちゃんと持ってる」
楽はそう言って唇を噛み締めた。
千和はぽかんとした表情を浮かべている。
「…幻滅しただろ。お前が汐谷汐谷って言うからむかついてこんなガキみたいな嘘ついた。でも騙されるお前がーーーーー」
楽がそこまで言ったところで、千和は笑顔になった。
「良かったあ…!」
は?
千和はビシャビシャに濡れた髪の毛をかきあげ「じゃあペンダントは瞬君が持ってるんですよね?」と微笑んだ。
「…あ、ああ」
楽は動揺しながらも答える。
千和は笑顔で「良かった!」ともう一度言った。
「…怒らねえのかよ?」
「どうしてですか?ペンダントがあるならそれでいいんです」
なんなんだこの女。
この笑顔が逆に怖い。
「くしゅん!!」
と、そんなことを思っていると横で千和はバカでかい声でクシャミをした。
そういえばこいつ全身びしょ濡れだった。
てかどうやったら髪の毛までこんなに濡れるんだ?
いや、俺のせいか。
楽はため息をつくと立ち上がり、「来い」と千和を見た。
千和は「へ?」と驚いた表情で楽を見上げる。
「どこに行くんですか?」
千和はそう言ってゆっくりと立ち上がった。
楽は千和の腕をガシッと掴み歩き出す。
「ちょっちょっ先輩!」
千和はよろめきながら声を上げるが楽は無視して歩き続けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…ここどこですか?」
楽がアパートの前で立ち止まると千和は息を荒らげながら訊いた。
楽は階段を上がりながら「俺ん家」とだけ答える。
「えっ」と千和。
「え、じゃねーよ。安心しろ貧乳に興味ねえから。はやく来い」
楽は面倒臭そうに言った。
千和は「いえ……」とまるでこの世の終わりかのような表情を浮かべる。
一体なんなんだ。
「そんなびしょ濡れの女そのまま帰すほど俺も鬼じゃねーよ。この俺様が風呂くらい入れてやるっつってんだ」
「…男の人の部屋入るの初めてなんです」
千和は目をギラギラさせて言う。
怯える方の震えじゃねえのかよ。
興奮の方の震えかよ。
飢えすぎかよ。
「…どうでもいいけど早くしろ」と楽。
「いや迷ってるんです」
「何を」
「初めて入る男の家が楽先輩でいいのか。最初はやっぱ瞬君って決めてーーーー」
「殺すぞ」
「あっでも瞬君の実家は昔から何度も入ってるし結果的に先輩は2人目…」
なんかごちゃごちゃ言っているがもう面倒臭い。
楽はため息をつき、千和の腕を引っ張り階段を上がる。
「えっちょっそんな強引に!」と千和。
こういう時だけ女子ぶるのやめろ腹立つ。
言っとくけどお前ビチャビチャだからな。
髪の毛ペタペタだからな。
気にするとこ他にもっとあるだろ。
てか騒がれると近所迷惑だし俺がレイプしてるみたいだからやめろ。
そもそもびしょ濡れの女家に連れ込むってどんな趣味してんだよ俺。
家の鍵を開け、楽は千和の襟を引っ張り中へ入れた。
楽は靴を脱ぎ、家に入ると真っ先に洗面所へ。
タオルを手に戻ると玄関の千和に渡した。
「ほら、とりあえずそれで拭け」
千和は投げられたタオルを受け取り、「ありがとうございます」と言って頭を拭く。
「風呂沸いてるからどうぞ」
楽はそう言って廊下の奥を指さした。
千和は「はい!お邪魔します」と言ってた楽の指さす先へ歩いていった。
楽はリビングへ行きソファに腰を下ろした。
ああ疲れた。
思いつきであんな下手な嘘つくんじゃなかった。
更に面倒臭いことになった。
別にあのバカ犬が汐谷のことを好きでもいいじゃないか。
それがどうしたというのだ。
今までと違う女に戸惑いはしたが考えてみればただの小型犬相手に俺は何をムキになっていたんだ。
大体汐谷のことをあんなにしつこく好きなのはあのバカ犬だけだ。
他に汐谷のことを好きな奴がいたとしても俺を前にして汐谷を好きだなんて寝ぼけたことを言う奴はいないだろう。
※そんなことはない
いやそもそも何で俺はあのバカ犬と関わっているんだ。
俺のタイプは背が高くて服は露出が多くてスタイルはボンキュッボンでヒールがよく似合う茶髪のサラサラストレートヘアの大人っぽい女だ。
アイツは背が低くて露出の少ない異国の貴族みたいな服を身にまとい貧乳でペターっとした靴を履いたゆるゆるの貧乏臭いパーマをあてがった小型犬だぞ。
あんな奴を相手にする必要なんて端からなかったのだ。
こんなことをしている暇があったら弥琴とヤッてた方がマシだ。
いやむしろそうしたい。
あ、いけねアイツ馬鹿そうだし下着で出てきそうだな服くらい用意してやんねーと反応に困るな。
楽は立ち上がり、クローゼットを開けるとグレーのスウェットのズボンと黄色のトレーナーを出した。
それを手に洗面所へ行き、洗濯機の上へ。
よしこれで完璧だ。
一応俺が招いた事態だ。
申し訳ない気持ちが2%ほどある故あの小型犬の世話は最後までしてやらなければ罪滅ぼしにならない。
どうせアイツ夜飯も食べずに川でピチャピチャしていたんだろうな、しゃーねーからエサでも作ってやるか。
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