複雑・ファジー小説
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- ガイドブックの無い恋
- 日時: 2018/02/04 18:39
- 名前: 弓雷斗 (ID: OBp0MA9U)
私の名前は、桜木寛。さくらぎ ひろ。19歳。
最近、憧れの歌手に髪型を真似てウルフカットにしたんだけど、ちょっと後悔。
まさか、あんな恋をするとは、思いもしなかったんだもん。
私は今日も勤め先の本屋に、急ぎ足で行く。
「おはようございます……宏太さん」
「おはよう、ひろさん。今日もいい天気だね」
やさし〜笑顔で、今日も彼が私に挨拶をする。
神田宏太さん。歳は七つ上の26歳。
憧れの人。髪型をまねた歌手より、憧れの人。
とにかく爽やかで、くせが無くて。その笑顔にグッとくる。
でも、なんとなく距離がある。
その距離感も、なかなか悪くないんだけど。
要は私が、ただ単に、意気地なしな訳で。
ここが街の小さな本屋なら、良かっただろう。
いやしかし、ここはあらゆるジャンルの本がそろっているビル一戸丸ごと大書店。
ライバルはいくらでもいる。
訳でもなく、シフトが合いづらいのだ。
そもそも宏太さんは事務なので、事務室の前をわざと通るしかコンタクトの方法はない。
昼休みとか、帰りにちょこっと。
ほぼ毎日、やってるんだけどね。
だから今日は、すごくラッキーだ。
まさか、挨拶できるなんて。
しかも彼、なんて言った?
「今日もいい天気ですね」
う、嬉しい。その付け足しがたまらなく嬉しい。
「あぁ〜、自律神経狂いそう!この気持ちわかる?知子!」
「わからんよ」
マブダチの坂田知子。中学校からの同級生。
はっきり言って、現実の男性に興味がないような。そんな風に感じる。
「大体、もっと濃い顔が好みじゃなかったっけ?」
「いやいや、知子。あんた人の話聞いとらんよ。私は『好きになったら、それがタイプ』って言ったじゃん」
「ていうか、くっつきすぎ」
今夢心地なんだから。少し妄想させてくれ。ん〜、無理。匂いが完全に知子だもん。
「ふじふじはいいの?」
「ふじふじ、怖いもん」
ふじふじとは、経理の藤田美義(ふじたよしき)のことである。
いつもつんけんしていて、正直近寄りがたい雰囲気だ。
昔、バレーでもやっていたのか、少し顎をあげて偉そうに歩く。
前は好きだった。女子にきゃいきゃい言われてた宏太さんより。
でも、なんか、こう、話しかけにくい。
「あいつの目って、なんかこう、ギロってかんじ、しない?」
「あいつとか言わない」
「むぅ」
今はなんとなく、宏太さんの方が好き。優しそうだし、優しいし。
その、宏太さんが私に「いい天気ですね」と言った。言ったの?言った…のか?
↓妄想↓
私「こんなにいい天気だと、仕事サボってどこか行きたくなりますね」
宏「ですね。ランチは一緒に行きませんか?」
私「え…?」
宏「ひろさんの好きな、イタリアンにしましょう」
私「どうして私の好みを」
宏「そりゃわかりますよ。だって、僕は———」
「ぎゃあああ!」
「それやめろ!いきなり叫ぶやつ!」
取り乱してしまった。
「……好き。玉の緒よ、絶えねば絶えね、ながらへば…か」
「大丈夫?あんた」
知子の怪訝な顔の向こうに
「あ、ほら!営業の青葉氏!」
「どこ!!」
知子の「推し」である、青葉渓氏。クールな五十代。歯に衣着せぬ物言いをする。
そこがいいらしい。
知子は頻りに「近所のおじいちゃんになってほしい」と言っている。
よくわからない。
そんな風に私は浮かれていた。
宏太さんを深く知らずにいた。
いや、これから知りたいんだ。
自分でもびっくりするほど純愛なワケで。
一度彼女がいるという噂もたったが、さほど気にしてはいなかった。
ん?違うか。そん時はふじふじが好きだったんだ。
この行き場のない気持ち!
恋の位置エネルギー半端ねえ!!
しかし、そんな私はこれから、「現実」に喝を入れられる。
いつもと同じ朝。昼休みのためだけに起きて、職場に行く。
「今日もいい天気だなぁ!うん」
これで昨日みたいにまた……。
↓妄想↓
私「あ、また会いましたね」
宏「そうですね」
私「今日も素敵ですね」
宏「ほんと、太陽も輝いてるし最高の朝ですよ」
私「いえ、天気ではなく、宏太さん」
「貴方の話をしてるんです…」
……にこっ…。
「ほんとアンタは口説かれるより口説きたい女子だよね」
「うわわわ!!知子!どの辺から聞いてたの?」
「『今日も素敵ですね』から。何のために出勤してんだ」
「宏太さんかな。はい」
「おい。そんな妄想して、本人前にしたらお前目も合わせらんないだろ」
「ええ、まあ」
知子さん、ありがとうございます。聴いていたのが貴方でほんとに良かった。
いつの間にか声に出るもんな。びっくりするわ。
仕事時間にちょっと空き時間が出来たので、さりげなくいつものように、(知子を強制連行して)事務室の前に行く。
あれ、いないや。トイレ?
「おい、チェリー。何してる」
「うわわ!青葉さん!」
青葉氏は私の苗字が『桜木』であるため、『チェリー』と呼ぶ。
「いや、こいつが宏太さんの顔見たいって…」
とーもこー!!お前は、この人を前にすると息するようにそういうこと言うなぁ!
「神田か?あいつは昼に帰ってくるって言ってたぞ」
「はぁ、昼……」
「知ちゃあん…昼休み、どっか外食しない?」
「そんなことだろうと思ったわァ!!」
「おごりますから」
そうして、昼。社員玄関でもたもた靴を履く私に
「会える保障ないよ〜?」
「あんの。運命だから。会えますよ。絶対会えますよ……ん…会えるか……?」
「あぁストップ!早く靴はけ!お前が喋りに詰まって黙り込むのは、妄想が始まる合図だ!」
「ようお分かりで」
流石です。
「さてどこ行こうか!」
「あ!ほら!すげえ!いたよ!」
「え——」
交差点に花束を抱えた彼がいた。あ。やばい、駄目だ。
「なぜ隠れる」
「いや、見るだけでいい。ほんと、見るだけでいいからぁ!」
知子は学生時代、砲丸投げをやっていた。すごい力で柱の陰の私を引きずり出す。
「お前は青葉さんまで煩わせただろ!行ってこい!」
「煩わせたって…そんな!」
「ほら、あの花一本貰ってきなよ」
「花っつったって、どう見ても仏花じゃんよ!」
「いいから、『綺麗ですね』とか言ってもらってこいや、花には変わりないんだから!」
「えと、宏太さん!」
「ん?ああ、ひろさん」
結局、来てしまった。いやしかし、良〜い笑顔だ。ほんにいい笑顔しとる。
「その花、綺麗ですね」
いやだから、仏花っつってんだろ。自分!しっかりせい!!
「花、もらえたじゃん。良かったね〜!」
「良くない、全然良くない……!マジ犬神家」
「どういう意味だ」
「あっしは悲しいことがあると『犬神家の一族』のメインテーマが頭の中に流れるんじゃ!」
ヘビーローテーションだ。ほんと、真面目に。ショックだ。
「その曲知らんし、説明してくれ。何が悲しいのか」
「その花、綺麗ですね」
「ええ、ちょっと、お墓参りで」
ほら、知子。これどう話を広げても不謹慎になるって。
「誰の、ですか?」
口が滑った!マズった!!超マズった!!最っ悪だ。ごめんなさい、宏太さん。悪気は微塵もないです……答えなくていいです!
宏太さんの横顔は、少し困ったように苦笑いした。その目が、合った。
「奥さんです」
宏太さん……私は……。
どうやって、
貴方のテリトリーに、入ればいいんですか?
- Re: ガイドブックの無い恋 藤棚 ( No.9 )
- 日時: 2018/03/04 18:30
- 名前: 弓雷斗 (ID: r7gkQ/Tr)
藤田君がやっと、主要枠に入ってきました。
彼は、R&Bの似合うクーデレ系です。顔的には窪田正孝系です。
神田宏太はJ-POPっぽいおにいです。塩顔です。
毎度薄っぺらい文章、すみません。
寛ちゃんは時々後先考えず、行動しようとしてます。ちょっと男性脳なのです。
「藤田、お前店頭に立て」
「え、なんでですか。オレ経理ですよ」
「変わりはいくらでもいる。お前2,5枚目だから、店頭に立った方がいい」
おい。ぴったり二枚目じゃあないんか、店長さんよぉ。
どうせ俺は中途半端の中の下だよ。
「いつまで、ですか」
「決めてなかったけど、まあ、いいよって言うまで」
は?……オレ人と接するのが嫌いで、経理来たのに。
……クソ店長。
「わかりました」
「ふじ……!」
かなり狭い陳列棚の間。どうしてだ?彼が店頭に立つなんて…!藤田さん……。
ここは奥の方で、かび臭い漢和辞典とか、誰も見ない百科事典が並んでいる。当然、だぁれもこない。だからって、本棚に寄りかかって寝るなんて。
あ、これアレができる。少女漫画でよく見る、あの、寝ている隙にってやつ!
でも、あれ、こやつ、背が高い!あ、脚立ある。え、こいつが(こいつとか言っちゃって)これ使うの?ま、いいや。寧ろあってよかったし!天の配剤!
いただきまぁ……
- Re: ガイドブックの無い恋 藤棚 ( No.10 )
- 日時: 2018/03/07 14:42
- 名前: 弓雷斗 (ID: RNmRe6F2)
「ン…」
わっ、起きた、起きちゃった!!
「す、すみません!!」
焦って振り返った私の腰に、巻きつく腕。
ん?え?
「ばか、脚立から落ちんぞ」
あ……。いや、ちょっと待ってくれ。だって、おかしい。そんなにギュッと。あの藤田さんが。
「こんなことで何してんの」
男っぽい、低めの薄い声と、タバコのにおい。嫌いじゃない。全然嫌いじゃない。心臓飛び出る。離してくれない。
「神田がいると思った?」
「な、なんでここで宏太さんが出てくるんですか」
「だって、お前が神田のこと追っかけまわしてるとこ、何回も見たし」
げ、知られている……。
しかも、「追っかけまわしてる」って、ひどいわ。
「別に、ちょっとサボりたくて、来ただけですよ」
「ほんとに?……オレも同じ」
肩に、顔が乗っている。肩幅が普通の女子よりあるの、結構コンプレックスだったんだけど、こんなメリットがあったとは。
「あんな距離で、何しようとしてたの?」
まさか、あなたにキスしようとしてました、なんて、言えるはずがない。
「あ、わかった。これだ」
え、え、え?あ、や、嘘だ。
「はいはい、っていう妄想ね。わかるよ」
「……」
「嘘だろ、嘘でしょ」
実話です。
「……」
「黙って、頷かれても。っていうか、なんで元気ないの。あ、あれ?宏太さんがよかったとか?」
「いや、口を開くとにやけちゃうんで、黙ってました」
「気持ち悪いわ!引くわ!」
- Re: ガイドブックの無い恋 藤棚 ( No.11 )
- 日時: 2018/03/11 21:37
- 名前: 弓雷斗 (ID: Ft4.l7ID)
なぜ桜木にキスしたのか、分からない。
深い意味なんか、全くない。
ただそこに唇があったから。
薄いピンクのかさついた唇。
乾いてたから。
だってあの距離は、あっちがしようとしてたから。
絶対そうだ。
「藤田君……」
普通好きでもない男に、あの距離で近寄るか?
「ふ〜じ〜た〜く〜ん」
来ないよな。これだけはオレの勘違いじゃないよな。
「よしきくぅん!」
「あ〜、もうなんすか、うるさ」
「やっと振り向いた」
あぁもう、神田宏太……。オレあんたのことあんまり好きじゃないって言ったよなぁ。
「そんな怪訝な顔しないでよ」
「してないです。オレはこういう顔なんですよ」
あんたと違って、すっと引き締まった顔してるもんでな。
「女の子に告白されたことある?」
「ありますよ」
「断った、例も?」
「山ほど」
無いけどね。
宏太さん、あんた少しは人を疑うこと知ってた方がいい。
しきりに「う〜ん、そうか」とか「やっぱりなぁ」とか頭抱えてないで。
てか、あんたこそないわけじゃなかろ。
「寛さんに告白された……」
「ぶふっ。なるほど」
「なんで笑うの。なるほどって何」
「いや」
切り替え早いな、桜木は。
- Re: ガイドブックの無い恋 ( No.12 )
- 日時: 2018/03/17 23:01
- 名前: 弓雷斗 (ID: w4lZuq26)
「桜木」
「わっ!」
残業の彼女に話しかけた。
そんなに驚くなよ。昨日はあんなに積極的だったくせに。
「聞いたよ。神田に振られたんだってな」
ムッとした顔になる。面白い。
「だからオレにああゆうことしたわけね」
照れてる、照れてる。
「藤田さんも残業ですか」
「ああ、だってオレ、仕事遅いもん」
藤田さんは手をゴシゴシこすって、もう既に温度が下がっているヒーターの前に立つ。私はというと知子を先に帰らせて、ここで残った二人分の仕事をしている。帰った時、あったかい飯と部屋がないとしんどいから。
「遅いというか、しないんだけどね」
ちょっと。まあ、人のことは言えないが。
「終わらせるだけ偉いでしょ」
「そーですねー」
なんだ、これは。二人だけ、なのか?
「な、桜木」
「はい」
「缶コーヒー、買ってきてくれたら仕事手伝ったげる」
夜景をバックに、窓におっかかって、マスクの下から言う。相変わらずR&Bが似合うなあ。密かにずっと思っていた。
じゃなくて。
「え?だって藤田さんだって終わってないじゃないですか」
「いいから早く」
やれやれ、人使いの荒い.....。
「ブルマンですか、キリマンですか?」
「あ〜、中間でいい」
中間とか無いよ。もう。いいや、砂糖のめっちゃ入ったカフェ・オレにしてやる。一番近い自販機でも、一階下に行かないと買えない。うちにはソーサーがないのだ。やれやれ。
「はい。買ってきましたよ」
「サンキュ、って、カフェ・オレかよ」
彼はまるでスポーツドリンクのようにそれを飲み干して、缶をぐにゃっと曲げた。
「嘘」
「何がですか?」
「残業。する必要なし。終わってる」
藤田さんは窓の方に向き直った。え、いや、まさか、そんな。私が一人になるから、とか......?
「この時間帯、神田がいないからな」
「え」
彼は窓の外を見たままだ。
「オレ、ニガテなの。あいつ」
「な、なんで、ですかあ?」
宏太さん?だって、仲よさそうな感じあるけど。いや、感じあるというより、そう見えるんだけど。
「仕事出来るし。一生懸命だし。悪い人じゃないけど、嫉妬してんのかな、オレ」
「嫉妬......」
「そ。だってあの人なら、ちょっとしたミスでも許されるし。若い上に、めちゃめちゃモテてるくせに、死んだ奥さんを未だに想ってる。オレも若いっていう点じゃ、一歳若いけど。オレがあいつの立場なら、絶対、死んだ奥さんのことなんか、忘れちゃうもんね。すぐに次行けちゃうよ」
藤田さんは自分を抱きしめて、上体を揺すった。きっとその顔は顰められているだろう。
「でも、もしそういう人を、奥さんに先立たれた人を好きになってしまったら、藤田さんみたいな、人の方が、惚れる側だったら、良いですよ。普通に。その方が」
「体験談?」
藤田さんは、振り返って皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「あ〜、ん〜?個人的見解です」
「あ、そ」
「それに、健康的ですよ...!男なら、ねえ」
「お前に男心わかんのかよ!」
ふはっと笑った。この人の破顔ってちょっとかわいい。
- Re: ガイドブックの無い恋 ( No.13 )
- 日時: 2018/04/01 13:46
- 名前: 弓雷斗 (ID: GNaqrXDU)
私は単純だ。
結局またここまで来てしまった。
そして、彼を見つけた。
「またサボってるんですかぁ?」
「そういうお前も、ここに来てんな」
シガレットを咥えながら、ニヒルな笑みを浮かべた。
「店内禁煙です」
「ああ悪い、忘れてた」
藤田さんは、携帯灰皿を出して煙草を消す。相変わらずここはがらんどうだ。
「嘘、ここに来てみた」
?
「神田を毎日追っかけるお前が、ここに来ないはずないよなって」
うわ、いや、そうだけど。
「自意識過剰ですね......。性格悪いですよ、その発想は」
私とどっこいどっこいだけど。
「オレのこと嫌いじゃないっしょ」
「ええ......まあ」
悔しくも。
↓妄想↓
藤「前から気付いてた。なあ、もう一回」
私「いや、いけません、駄目です」
藤「お前だって俺のこと好きだろ?」
私「んんん、いやあ、それを言われると……きっつい」
藤「じゃあ、いいじゃん」
私「覚えててください、私の本命は宏太さんですよ」
藤「そんなんどうでもいい。あとで変わるかもしれない。なあ、俺のことも名前で呼べよ」
私「一回だけですよ、美義さん」
「ばか、あぶねえよっ」
訳もなく(大有り)本棚にぶつかりそうになった私を、藤田氏はまた抱きかかえるように回避した。この人はどうしてこうも、スキンシップに抵抗がないの。
「藤田さん、ちょっと、くっつき、すぎ」
はっとした。
「いや、あ、ごめん」
オレ、前もそんなこと言われた気がする。
あ、ああ、あいつだ……。
くっそ……
「いや、あの」
個人的にはすっごくいい。全然悪くない。だけど、自分単純すぎるから駄目だ。
「陳列、手伝ってくれ」
「……はい」