複雑・ファジー小説
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- ハッピーエンドに殺されたい
- 日時: 2018/06/25 21:54
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: STnlKppN)
土曜日の夕方5時から、平均視聴率は約7%。始まってまだ半年しか経っていないにもかかわらず女子小学生を中心に大人まで巻き込んで社会現象となった「キャンディ・ガール」は、今日から3クール目に突入し、オープニング映像がまた一新された。ジャンルとしてはドラマに分類されるが、アニメーションやCGの演出も多く使われ、一つの分野には留まらず人気を博していた。
主人公である「いちごみるく」こと花宮いちごを演じるのは、元天才子役として話題を集めていた佐藤小春という女子高生。一時期消えていたのが嘘かのように返り咲き、天使のようなその風貌に世間の明るい声援が沸き起こった。
「そうですね、こうやって私がまた演技が出来るのも、応援してくださる方々やオーディションで私を見つけてくださった監督のお陰です。感謝してもしきれません」
来年の夏に映画が決まったのは、つい先日のことだった。朝のニュースのエンタメコーナーで有名私立の制服を着た佐藤小春がにこやかに微笑む。インタビューマイクを持った30近くの女子アナが彼女が子役だった話を始めると同時に仕組まれたように彼女の昔の映像が放出されていく。あどけない笑顔の少女の写真から今のインタビュー映像に変わり「全然変わってませんね」とアナウンサーから言われ「そうですか」と小春は昔の写真を見て小さく笑った。
*
インタビューが終わり、メイクばっちりの女子アナが「ありがとうございました」と言いながら握手を求めてきた。小春はまた小さく笑って「こちらこそ」と彼女の手のひらを軽く握った。
ああ、疲れた。なんだこのおばさんは、いちいち笑顔が鬱陶しい。化粧濃いんだよ、私のエンジェルスマイルよりお前の化け物みたいな顔に注目が集まんだろ。ふざけんな。
小春が心の中で唱えながら「お疲れ様です」とスタジオを出ると、すぐ傍に彼女のマネージャーが立っていた。
「お疲れ様です、小春さん。今日もいい笑顔でした」
「そうですか、マネージャーさんにそう言ってもらえるなら安心ですね」
「はい、では次のお仕事なのですが——」
「あー、写真集のサイン会でしたよね。ファンの皆さんに会えるのとても楽しみにしてたんです、私」
マネージャーの筒井が後方座席のドアを開け、小春が中に入る。すぐに彼も運転席に座りエンジンをかけた。車が進みだし、外のつまらない景色がゆっくり動いていく。今日の天気は晴れでも雨でもなく、かといって曇りというわけでもない、微妙な天気だった。こんな日にわざわざアイドルまがいの女優に会いたいか。否、私なら絶対に家から出たくない。
ファンに会うなんて冗談じゃない。応援してると言ってもテレビを見てるだけではないか。自分がここまで這い上がってきたのは自分の実力と自分の努力の成果であり、ファンのお陰でもましてや小春をキャスティングした大人たちのお陰でもない。すべては自分の実力である。
こんな感じで、中身が最悪なことが原因で子役人生が終わったために、小春は絶対に自分の感情を口にはしない。品行方正な優等生ちゃんで通さないと世間は自分を愛してくれないことに気づいたのだ。猫をかぶり、外面を良くしていればみんなから可愛がられる。茶の間から消えた8年間で彼女が学んだことはそれだった。
「小春さん、着きました。会場はこのビルの7階です。では参りましょう」
ドアが開き、小春は車から降り会場に向かった。勿論サングラスとマスクを忘れずに。有名人気取りかよ、と最初は思ったが自分の存在に気づいたミーハーな奴らの反応が鬱陶しかったために、これだけは常備することに決めたのだ。
従業員用のエレベーターを使い、控室に案内される。その間、筒井は何も喋らず、次に口に開いた時も予定の確認をしてきただけだった。干渉してこないマネージャーの存在は彼女にとっては楽で、むしろこれが女だったらと常に思っていた。マネージャーが異性であるとメディアがあることないこと吹聴し、叩かれるときがある。その時に自分がしっかり彼のことを守ってあげられる自信がまだなかった。
「あと5分です。小春さん、移動しましょう」
「そうですね」
会場に移動すると、それは驚くほどの長蛇の列ができていた。8割方が男性で、ああやっぱり、と小春は思った。今日もこいつらは「可愛い小春ちゃん」を見に来ているんだ。じゃあ、その理想をぶち壊さないように精進しましょうね、と心の中で声をかけ小春は人差し指を使って口角をあげた。
「それでは、順番にお進みください」
会場に来る前に何度かサインの練習をさせてもらったが、アイドルでもない自分がどうしてこんなことをしているか違和感しかなかった。マネージャーである筒井と一緒に作った「佐藤小春」のサインを求め、列がゆっくり動いていく。最初に小春の前に来たのはセーラー服を着た女子高生だった。長い黒髪ストレートを揺らしながら、抱き締めていた写真集を小春の前に出す。
「好きです」
それは少しトーンの高い、透き通った声だった。
ファンとしてだろう、その「好き」の一言に、小春は当然のように「ありがとうございます」と答え、ペンを走らせる。けれど、セーラー服の少女は躊躇もなく小春に近づき、ふいに顔を近づけた。
「あなたのことが好きです」
触れ合った唇に気づいたのはきっと自分と彼女だけだろう。小春は硬直し、思わずマジックのキャップを下に落としてしまった。それに気づいた筒井が拾って机に戻し、また後ろに下がった。
「…………は?」
「だから、あたし小春ちゃんのことが好きなんです。ラブ的な意味で」
動揺してなのか、言葉が上手く出てこなかった。しかし、サインだけはしっかり書き終わり、それに気づいた係りの人が「次の人—」と声をあげた。
「これ、あたしの携帯番号。連絡してね、小春ちゃん」
衣装のポケットに吸い込まれた小さな紙切れ。満足げに出口に向かっていくセーラー服の少女。動揺したのか小春の動機はなかなか静まらず、ファーストキスだったのに、とまるで処女みたいなことを思った自分に少しだけ腹が立った。
代り映えのしない映像のような世界が、少しずつ動き出したのかもしれない。
それが、佐藤小春、15歳の秋のこと。
*佐藤小春
*水島芹香
□■□
たぶん続かない。
はじめまして、脳内クレイジーガールです。久しぶりに小説を書いたので出来が酷いです。これ以上続いたら百合展開になると思うので、たぶん続きません。書きたくなったらまた書きます。
表裏激しい女の子と熱烈なファンのラブコメって最高に美味しいよねと思って書きました。可愛い女の子が好きです。ありがとうございました。
〈 りれき 〉
はじまり 2018,2/17
タイトル変更 CANDY GIRL →ハッピーエンドに殺されたい 2018,3/24
一部完結 2018,6/13
- CANDY GIRL ( No.3 )
- 日時: 2018/04/06 00:10
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: CSxMVp1E)
目覚ましの音が部屋中に響き渡り、小春の耳に届いたが、彼女の手のひらは目覚まし時計を薙ぎ払っていた。地面に落っこちた時計は逆に壊れたように鳴り続け、大きな奇声を上げながら彼女は目覚ましを拾いに起き上がった。
マジ腹立つ。どうしてうまくいかないのよ。こんなうるさい玩具に私の生活の邪魔をされたくな、
イライラして時計の時間を確認すると、衝撃的な時刻を示していた。真っ青な表情を手で覆いながら身震いしていると、チャイムが鳴った。間違いない、マネージャーが来た。
今日の予定を思い出し、もう部屋を出なくてはいけないと焦ってクローゼットを開ける。筒井が誕生日プレゼントでくれた可愛い花柄のワンピースを勢いよく頭からかぶり、カバンの中に化粧ポーチを突っ込んだ。髪を軽く解かしてお気に入りの靴を履いて扉を開ける。前に立っていた筒井に「お待たせ」とはにかんで笑って、準備完了だ。
すぐに車に乗り込み、スタジオに向かう。その中で化粧をしながら、筒井から今日の予定の変更を聞いていた。
「で、今日の十六時からはドラマの撮影が入っています。台本は覚えていますか」
「え、ああ、うん、覚えてる、大丈夫……」
「……珍しいですね、小春さん、朝寝坊ですか?」
「え、ああ。いや、気になってた本を読んでたらいつの間にか時間忘れちゃって。お恥ずかしい」
筒井に図星をつかれ、ごまかしながら小春は化粧を続ける。渋滞にはまったのか、車が止まり、筒井がこちらを確認したころには化粧は出来上がり、みんなが可愛いともてはやす「小春ちゃん」が完成していた。
「あと十分くらいで到着です。準備は、大丈夫そうですね」
「あ。大丈夫です」
カバンの中に台本が入ってないことに気づいたのは、その時だった。まぁ、仕方ないと思いと腹をくくり筒井には何も言わなかったので、あとで小春は筒井にめちゃくちゃ怒られた。
□
ドラマの収録は午後九時を過ぎても続いた。終わったのは、もう十時近かっただろうか。街灯に照らされても暗く感じる外に出て、小春は大きなため息をついた。筒井が急用で自分から離れていったのは今日が初めてだった。「やっぱり残ります」という彼を送り出したのは、引き留める女々しい自分が嫌いだったから。ここからタクシーを使って帰ればいいということはわかっていたけれど、それをせずに駅まで歩きだしたのは、単なる気まぐれ。
「小春ちゃん?」
もちろん自分が芸能人であるという認識は忘れていなかった。だけど、マスクも眼鏡もしていたし、ただの売り出し初めのアイドルもどきに気づく物好きなんていないと思った。
その声は女の子の声だった。小春が顔を伏せた時にはもう遅く、近づいてきたその人影に身を丸めるだけで精いっぱいだった。
「小春ちゃん、だよね。ほらやっぱり」
顔を覗かれて気づいた。暗闇でよくは見えなかったけれど、見覚えのある顔、しかも、最近見たことのある。気づいた瞬間小春は絶句した。そして勢いよく仰け反り声にならない悲鳴を上げながら後ろにしりもちをついた。
「あんた……」
「あ、覚えてくれてた? 芹香だよ。てか、なんでこんなとこに小春ちゃんがいるの、危なくない?」
前にあったときのポニーテール姿ではなく、髪はおろし少し大人っぽくなっているあの時の少女。名前をしっかり憶えていた。水島芹香。ファーストキスをいとも簡単に奪った女だった。
うまく言葉が出ずに口をパクパクしていると芹香はこちらをじいっと見つめた後、小春の手を取り走り出した。
「ちょ、な、なにすんのよ!」
「なにって、あれでしょ、家帰るんでしょう。じゃあ駅かなって思ったんだけど、あれ、もしかしてタクシーとかで帰る?」
「いや、電車で帰ろうと思ったけど……」
「じゃあ、こんなとこで話してるよりとりま駅行こ。こんなとこでいたら変質者でるよ。危ない」
「……う、うん」
芹香に手を引かれ走り出す。お気に入りの靴が皮膚に擦れていたかったけど、何も言えなかった。
暗い夜道を二人で走る。なんだか逃避行みたいだと思った。ああ、ほんと馬鹿らしい。
***
タイトルが変わりました。この物語にハッピーエンドがあればいいなと、個人的に思っております。
- CANDY GIRL ( No.4 )
- 日時: 2018/04/12 21:03
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: CSxMVp1E)
夜になると電池が消耗して動きが鈍くなるのだろうか。と、芹香は小春の手を引きながらそんなことを考えていた。蛍光灯のような白い街灯の通りを抜けると、LEDライトで明るくなった駅が見えた。とりあえず人気のないベンチに彼女を座らせたけれど、前に見たあの佐藤小春とは全く違った様子に少しだけ不安になった。
「ねぇ、小春ちゃん、大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
ぼおっとしているのはすぐにわかった。声をかけても返事は譫言のようにつぶやくだけ。
こんな調子で電車で家に帰るなんてできるのだろうか。不安を抱えながら、もう一度彼女に尋ねる。
「ねぇ、小春ちゃん。ほんとに電車で帰るの? タクシー拾ったほうがいいなら、つかまえるよ?」
「……大丈夫」
何を言ってもこう返す、まるでロボットみたい。駅の近くだからか人通りが多い。会社終わりのサラリーマンや部活終わりの高校生、近くを通り過ぎていく人たちがこちらを見るたびにいつばれるか冷や冷やした。だけど、小春はばれるなんて一ミリも思っていないかのようにマスクを外した。
「息、苦しいや」
「ちょ、小春ちゃん、それはダメだって。ばれたら大騒ぎになるよ」
「マスク外したくらいでばれないわよ。あんた馬鹿じゃない?」
「え、ちょっ」
やっぱタクシー拾って帰る、と小春がぼそりとつぶやいた瞬間、彼女はすぐにタクシーの近くに寄って行き、扉を開いた。
「あんたも一緒に帰る? 家まで送ってってあげる」
彼女は何を考えているのだろう、と勘繰ってしまうその発言。だけど考えてもわからないことは考えないようにした。小春の手招きに芹香はタクシーに乗り込み、自分の住所を言おうとした。その瞬間、ズボンの後ろポケットに入れていたスマートフォンが振動した。すぐに見てみたけど、案の定母親からだった。「今日はおうちデートです。帰っちゃやーよ」メッセージは短く悪意は込められていない。ただ淡々とお前に帰る家はないと告げられた一言だった。
「えっと、あの、えっと」
自分の住所をごくんと飲み込んで、運転手から少しだけ目をそらした。いかつい顔のタクシードライバーに何故かせかされているような感覚がした。小春がこちらをちらりと見て、ふうと小さなため息をついたあと「じゃあ、○○町の××マンションまでお願いします」と芹香を目の前にぺろっと自分の住所を吐いた。
「家に帰り辛いなら、一日くらいならうちに泊めてあげてもいいけど」
「……え」
タクシーが動き始める。見慣れた景色が移り変わる様子にごくんと唾を飲み込んだ。隣ですうすうと寝息を立て始めた小春に驚きながら、芹香は母親に「了解」と短くメッセージを返していた。
□
「小春ちゃん、着いたよ」
彼女の体をゆすって起こすと、彼女は「うるさい」と寝言をつぶやきながらゆっくり瞼を持ち上げた。芹香の顔を見るなりいろいろ思い出したらしく、はあと今度は大きなため息をついてカバンの中から財布を出して一万円札を運転手に渡した。
小春があっさりと部屋にあげてくれたことには正直驚きすぎて声が出なかった。女子高生が一人で住んでいるには広すぎるその部屋は、ただただ白かった。真っ白だった。
部屋の明かりがついて、雪のように白い部屋に小春の姿が映えた。こちらを振り返った彼女は、にこりとも笑いもせずにこちらを見て、一度瞬きをして、足に力が入らなくなったのか急にしゃがみこんでしまった。
「こ、小春ちゃん?」
名前を呼んでも彼女が応えることはなかった。聞こえたのは小さな鳴き声。
透明な雫が真っ白なカーペットに落ちて、にじんで、消えていく。泣いている彼女の姿を見て、芹香は何も言えないまま突っ立っていた。
***
更新スピードが少しだけ上がります。ただの気まぐれですので、またすぐに亀更新に戻ります。
- CANDY GIRL ( No.5 )
- 日時: 2018/04/18 20:34
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: CSxMVp1E)
「どうして泣いてるの、小春ちゃん」
普通に発しただろうその声に冷たさを感じたのは、彼女の表情がとても悲しそうだったから。一見、心配してるように見える表情も、ほんとは馬鹿にしているだろうに。
自分が泣いていることに気づいたのは、彼女が傍にあったティッシュで涙を拭ってくれてからだった。ああ、どうして泣いているんだろう。涙があふれた理由に心当たりはあったが、うまく言葉にはできなかった。覗き込むように見る彼女の瞳に囚われてしまいそうだった。小春は化粧が崩れるのも気にせず、ごしごしと目の下のあたりを擦って涙を止めた。
「どうして、あんたは私のこと気にするわけ?」
「どういうこと?」
「私のことが好きなんて、全部嘘じゃん。あんたさっきので分かったでしょ、私は口が悪くてファンのこともただの道具としか思ってないクズなんだから」
「それ、言っちゃうんだね。……ううん、いいや、それでも。それでも、あたしは小春ちゃんのことが好きだよ」
「嘘だ」
突然変異したのはいったい何があったのだろうか。芹香はじぃっと小春を見つめて考えてみたが、彼女はただ涙を我慢するのに精いっぱいでそれ以上はなかなか語ろうとはしなかった。
唐突に、何か飲む? と聞いてきた小春に軽くうなづいて席に着いた。真っ白な部屋に、家具も必要なものくらいしかない寂しい部屋。まるで社畜でなかなか家に帰ってこない男の人が住んでそうな部屋だと芹香は思った。
珈琲を淹れてきた小春は芹香の顔を見てすぐに不安そうな顔に変わる。
「ごめん、珈琲とか若い女の子はあんまり好まないかしら」
「え、ああ、大丈夫。ミルクと砂糖もらえたら。あるかな?」
「うん、ある」
小春がすぐにキッチンの奥からスティックシュガーとクリープを持ってきた。芹香が甘くした珈琲を口に含んで美味しいと笑うものだから、小春もぎこちない笑みを浮かべて見せた。
「好きってそんなに簡単に言えるもの?」
唐突な小春の質問に芹香は少しびっくりして、珈琲のカップを机の上に戻した。真面目なその言葉に、こちらも真面目に答えなければいけないと思い、形から入ろうとひとつ咳ばらいをしてみせた。
「あたしは好きな人には好きって伝えたいよ。小春ちゃんは言えないの?」
「……そんな簡単に言っていいものなのか、わかんない」
「そんなにあたしのこと好きなんだね。うれしい」
「……うん、そ——っは? な、なに言ってんのばかっ!」
ぺしんと頬をはたかれた。真っ赤になった小春の表情はとても可愛く、今すぐにでも抱きしめて自分のものにしたいという衝動に駆られた。やらないけれど。
小春の好きな人はいったいどんな人なんだろう。どんな素敵な人なのだろう、そう考えるたびに彼女がこんなにも悩んでそれでも好きという気持ちを押し殺せないくらい好きなその愛の大きさに胸が苦しくなった。
「そんなに好きなんだ」
芹香が呟くように漏らした言葉に、小春がこくりと頷いた。
「どこにも行ってほしくないの。ずっと私のそばにいてほしい。私と一緒にいてほしい」
「……じゃあ、言ってみればいいじゃん。好きって」
「だって、言えないよ。もう、私のものじゃなくなるんだから」
「なにそれ、もうすぐ結婚するわけ?」
「違う。代わっちゃうの。他の子に担当替えだって」
意味が分からない小春の言葉に芹香は首を傾げるが、彼女は無視して言葉を紡ぎ続けた。
「夜に突然言ったの、あいつ。「もう小春さんは僕がいなくても大丈夫です」って。ひどくない? それなのに家までは送りますって! 社長に呼ばれてるくせに、昇進するくせに、私のこともういらないくせに、私のこと捨てるくせに、もういらないってはっきり言えばいいじゃんっ。それでもいいんだ、わたしはっ、筒井のためなら何でもできるのに……」
誰だ、筒井って……。
芹香はわんわん泣きわめく小春を見ながら、無意識に冷たくなった珈琲に手が伸びていた。
***
あと数話でこのお話は終わります。
- CANDY GIRL ( No.6 )
- 日時: 2018/05/21 23:32
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: CSxMVp1E)
「筒井はどうしようもない私のことを拾ってくれた恩人だったわ」
「ふーん、まぁ確かに小春ちゃんはどうしようもないクズだけど」
「……は、今なんて」
小春が芹香をぎろりとにらみつける。そんなことはどうでもいいことのように、芹香は珈琲にまた口をつけた。もうすでに空になっているはずのマグカップに口をつけるのは、彼女の昔からの癖だった。
「だって、小春ちゃんは本当はすっごく口が悪くて性格が悪くて、あたしのことなんて信用一ミリもしてない」
芹香の顔がずんっと近づいて、鼻と鼻が触れ合う距離になった。まっすぐにこちらを見つめる瞳は汚れなんて少しもない。純潔、無垢、そんなお綺麗な言葉がとっても似あう。
信用してないでしょ、とまた芹香が言葉を連ねた。ピンク色の唇が小さく震えていたのはどうしてだろう。信用してない、という本音を彼女に伝えてもきっと彼女は悲しんだり傷ついたりしない。それでも言葉にはできなかった。
「どうしようもなく、いなくなってほしくない人っているじゃない。あなただっているでしょう」
「小春ちゃんのこと?」
「存外、あなた私のこと好きなのね。ほんと、ばか」
「うん、あたしも馬鹿だってわかってる。小春ちゃんなんか好きでも、あたしは幸せになれない」
それは報われない恋だからなのか、小春の性格が悪いからなのか。
同性に恋情を抱かれたのは初めてだった。小春にとって芹香は異端な存在であり、どうでもいい存在なはずなのに。それなのに、弱ってるということだけで、彼女を家に招くなんて。
「私もきっと、あなたと同じよ」
「なあに?」
小春は自分に淹れた珈琲に口をつけるけど、もう冷たくなっていて美味しくはなかった。ほんの少しの苦みが口の中にじんわりと広がって、舌で上唇を軽く舐めた。
「私もきっと馬鹿」
小春は芹香の手を取ってぐっと自分に引き寄せた。ふわっと小春の髪の柔らかな花の匂いが鼻孔をくすぐって、最初何が起こっているのかわからなかった。
「私はただ、誰かに必要とされたかっただけなんだ。きっと、筒井が私のことを要らないって思ったら、私はまた一人になっちゃう。それが怖いんだ」
小春の弱音は、あの時の、初めて会った、他人を罵倒しているときの様子からは想像はできなかった。あんなに強気な小春ちゃんが、こんなにも弱い存在だなんて知らなかったよ。
すすり泣く声が耳元で聞こえた。芹香はそんな小春を優しく抱きしめて「いいこいいこ」と頭を撫でてあげた。
「あたしはそんな弱くて脆くて、どうしようもない小春ちゃんが」
その声は甘ったるくて、溶けてしまいそうだった。
この感情が「恋」というならば、それはきっと間違いだ。違う。君に恋なんて私はしない。
私は誰も好きにならない。みんなの理想の「小春ちゃん」になるんだ。
「好きだよ」
芹香の微笑みに、うっかりときめいてしまった。という話は、絶対誰にも言わない、言わない。芹香には死んでも言わない。
***
更新ペース早くなるとか嘘やん。前の更新から一か月たってた。次は最後のお話です。
- CANDY GIRL ( No.7 )
- 日時: 2018/06/20 22:20
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: STnlKppN)
ビルの上に掲げられた佐藤小春のポスター。大きなテレビモニターに映るのも佐藤小春。にこやかな笑顔で映画の宣伝をしている。もうすぐ夏休み。あの日から、彼女と出会った日からあっという間に半年の月日が経った。
日照りが強く、セミの鳴き声が煩い。水島芹香はヘッドホンで大音量の音楽を聴きながら、横断歩道をゆっくり渡った。青信号の点滅で急いで走るフリルのお洋服を着た女の子を見ながら、ふと、小春のことを思い出した。元気にしているだろうか、そりゃあんなにテレビで楽しそうな笑顔を見せているんだから、元気じゃないわけないか。自問自答を繰り返しながら、ひたすらに歩く。目的地なんてないのに。
「あなたって、本当馬鹿」
小春のあの子馬鹿にした言葉が聞こえたような気がした。幻聴まで聞こえるなんて、そろそろやばいや。芹香は頬をぱんぱんと叩いて、ゆっくり目を閉じた。次に瞳が世界を映した時には、見覚えのある少女の姿があった。声がうまく出なかった。呼吸がうまくできなかった。酸素が自分の体内に入ってこなくて、体中が二酸化炭素で埋め尽くされて死んじゃうんじゃないかって。芹香は心の内側からこみあげてきた熱い何かにぎゅっと心臓を潰されそうになって、そしていつしか目の縁がじんわりと湿っていった。
「こ、小春ちゃん」
無意識にヘッドホンを外して、彼女の名前を呼んだ。どうしてこんなところに、あたしに会いに来てくれたの、あれからどうしてたの。聞きたいことはたくさんあったけれど、それどころじゃなくて、芹香は滝のように流れる涙を堪えることができなかった。泣いている芹香を見て、やっぱり「馬鹿」という言葉を口にした小春が、小さく笑っていることに気づいて芹香も思わず笑ってしまった。
「芸能人の家にホイホイついてくるなんて、本当馬鹿」
「それ、小春ちゃんが言うの?」
「私のことが好きとか、本当馬鹿」
「ねえ、小春ちゃん」
思い出す。あの日の芹香が言ったことを。好きなら好きといえばいい、離れてほしくないならそばにいてと伝えればいい。そんな簡単なことも小春ちゃんは言えないの? 鼻で笑って彼女は言った。あたしなら言える。余裕で、って。
「筒井がね、……えっと、あの時話したマネージャー、我儘言ったら私のマネージャー継続してくれるって。昇進の話蹴って、私のもとにいてくれるって」
「ふうん。よかったね」
「あなたの、おかげだと思ってる」
「——あたしは何もしてないよ」
「あなたは私に勇気をくれた。ほんのちょっとの、勇気」
太陽のようなその笑顔は、テレビの中の小春とはまた違った。演技じゃない、きっとこれが小春自身の本当の「笑顔」
「……好きだよ」
小春がまた笑った。なみだでぐしゃぐしゃになった芹香の顔を見ながら。半年も音信不通だったくせに。半年も放ったらかしだったくせに。そりゃ芹香と小春の関係はただの芸能人とそのファン。ただそれだけ。でも、それでも。ほんの少しだけ近づけたと思っていたのだ。だから。
「……小春、ちゃん?」
「好きだよ。……ほんのちょっとだけ」
芹香の頬にキスをした小春は耳まで真っ赤にして、すぐに背を向けた。驚いて声が出なくなるのはさっきも経験したけれど、それとはまた違った感覚だ。ぐわっとこみあげてきた感情が制御できなくなって、芹香は勢いよく小春に抱き着いた。
「ちょっ、なにするのよ」
「うれしいよおおおおおおおお。小春ちゃああああああんっ」
「ああもう、これくらいで抱き着かないでよ、鬱陶しい」
言葉とは正反対に、小春の表情は柔らかだった。
キャンディ・ガールの劇場版の公開日はもう明日に迫っている。もちろん映画のチケットは手に入れている。一緒に見に行こうって誘ってもいいかな。来てくれるかな。
いつか、小春に言わせてみせるのだ。「ほんのちょっと」じゃなくて「大好き」だと。
【 一部 】 終わり。
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