複雑・ファジー小説
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- 灰被れのペナルティ 【完結】
- 日時: 2019/01/27 18:56
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: DceO7Q3b)
あなたへ
あなたは、どんな罪をもっていますか?
*完結しました。読んでいただき、本当にありがとうございました。
■挨拶
初めまして。またはこんにちは。瑚雲と申します。
前作『スペサンを殺せ』よりすこし長めのお話をまたこちらで書こうと思い至りました。
最後までお付き合いいただければ、幸いです。
■目次
一気読み >>01-10
1 >>01
2 >>02
3 >>03
4 >>04
5 >>05
6 >>06
7 >>07
8 >>08
9 >>09
10 >>10 (最終話)
- Re: 灰被れのペナルティ ( No.1 )
- 日時: 2018/04/07 00:16
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: mj0ze2CG)
—1—
『それ』は、突然日の目を浴びた。
はっきりとした発生日時は確認されていない。ただ春のことだった。テレビ画面に、広大な海面から天を衝くような巨大な建造物が映りこんだのは。なにを模しているのかも、なにを象徴としているかも、確実な判断は下されていない。ただ、『それ』は、たしかに大海原の中に夥しく聳え立っていた。
私が初めて『それ』を見たとき、私はいまみたいに朝食のパンをかじっていた。
バターだけを塗った薄切りのパンをかじったところから、危うく落としそうになったのを覚えている。いくらかチャンネルを回してみたけれど、ほとんどの番組がこの話題で持ち切りだった。そんな中で唯一、ちがう話題だったといえば、
『次のニュースです。昨夜、また新たに被害者が出ました。昨夜18時頃、東京都にお住まいの××さんが自宅から塾へ向かったまま、まだ自宅のほうに戻られていないとの報告が入りました。塾の関係者並びに、××さんと親しい友人にも、原因はまったくわからないとのことです』
『塾へ行ったっきり、まだ……帰ってこなくて。どうしよう。なんで、あの子に限って………』
『べつにいじめられてるとかもなかったし、あの子すごいいい子だし……。無事でいてほしいです』
『やはり、あの謎の建造物が原因なんでしょうか』
『あの建造物と、こうして相次ぐ失踪被害を関連づけるというのはとても難しいことだと思いますけどね……でも実際には、あの建造物が出てきてからですからね。この事件が相次ぐようになったのは』
『そうですね。警察は、引き続き調査を進めていく模様です』
物騒な事件の報道だ。また今朝も似たようなニュースをやっているなあと思いながら、私はひとくちパンをかじった。
「あんた、今日始業式じゃなかった? そんなのんびりしてていいの?」
「始業式明日になった。うちの学校からも被害者が出たとかで」
「ああ、そうなの。じゃあなんで制服着てるの」
「さっき連絡が来たの。メールで」
「そう」
「ねえお母さん。あの建造物の仕業なのかな。失踪事件って」
「なにそれ」
「あの建造物に人が吸い込まれてるんじゃないかなって。ニュースの人も言ってるよ、関係してるんじゃないかって」
「ばかなこと言わないでよ。建物が人を吸い込むって? 掃除機じゃあるまいし」
「んー」
パンの耳の角のところをひとかけら残して、私はイスから立ち上がった。
「ごちそうさま」
「そういやあんた、もう行く大学決めたの? この間、あんたの部屋に志望調査みたいな紙があったけど」
「んー。まだだよ」
「まったくあんたは。そういうのははやく決めなさいよ? まわりの子はもうみんな決めてるでしょう」
「まだの子もいるよ。友だちにはけっこう」
「そんなこと言って、焦りだしてからじゃ遅いのよ。あんたいつも動き出すの遅いんだから」
我が家は、世間を騒がせている事件なんて関係ないみたいに、いつも通りだ。
私はシンクの中の食器の山に、自分の分を適当に置いた。ガラスの擦れるいやな音がして、そのまま置き去りにする。
「いまからどこか行くの? 学校もないのに」
「本屋とか、ぶらっと」
「またマンガ? そのへんに積み上げないで、ちゃんと片付けてね」
「ん」
「遅くならないでね」
ジャー、という水の勢いと食器が擦れ合ういやな音にまぎれて、そんな声が飛んできた。
汚れた食器を洗う母の姿は見えなかったけれど、私はおそらく母がいるであろう方向に声を返した。
「うん」
私は家を出た。
将来の夢がはっきりしている友だちの中には、女優やアナウンサーになりたいなんていう子もいた。
私は、その生き生きとした感じがいやだった。反感を持っているわけじゃない。むしろ心の中ではそれをすごいと思っていて、私にはとても抱けない夢だなと自覚があるからだ。
趣味は音楽鑑賞。マンガを読むのは好き。すこしだけだけど、一応小説も読む。
部活は友だちに誘われて、高校から文芸部に入った。活動時間の間、ずっと本を読んだり詩を書いたり、ネットサーフィンしたりするだけのゆるい部活だった。
でも二年生に上がったとき、強制的に委員会に入らなければいけなかったので、しかたなく球技大会の実行委員を選んだ。一年の間で活動する期間も短いだろうと思った。でもまさか、球技大会の当日に審判係をするから競技に参加ができないなんて知らなかった。運動は得意なほうではなかったけれど、クラスの子といっしょに競技をやりたかった、なんて心のどこかで思ってたと思う。
明日から正式に高校三年生になる私には、もう部活や委員会なんていうものが日常にない。
その代わりこれから進路を決めなくちゃいけないんだけれども。
(私、なにがやりたいのかな)
身内とのたわいない会話に、将来の夢についての話題が出るといつも口を閉じていた。明確なビジョンのない私にはまるで、発言の権利がないみたいだった。
はやくやりたいことを決めたいな——ぼんやりとそんなことを思ったときには、駅の近くまで来ていた。
お目当ての本屋はもうすぐだ。
(やっぱり、マンガを買おう。おすすめされた長編のやつ。でも大人買いしたらまた片付けがどうのってうるさいしなあ……いや、でももし内容がおもしろかったら、ぜったい続き読みたくなっちゃうし。また外出るのもめんどうだし……)
でももしおもしろくなかったら。返品できるかな。きっと買ったとき払う金額よりもすくない金額で売ることになるだろう。
おもしろい内容でありますように。天に祈りを捧げながら、ガラスの自動ドアを開けた。
「え?」
そこは。
神話、みたいに煌々と光が降り注ぐ、どこまでも幻想的な場所だった。
- Re: 灰被れのペナルティ ( No.2 )
- 日時: 2018/04/26 10:11
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: JiXa8bGk)
—2—
言葉を失った。
天から降り注ぐ暖かな光に照らされた景色は、どこを見ても光り輝いていた。
純白の太い柱には、繊細な金細工がなされている。そこに緑色の蔓が幾重にも巻きついていて、柱は遥か天上を目指して伸びている。見れば、下へもずっと。
私はおなじく純白の床の上に立っていた。足元に蔓が絡みつく。この足場と大きな柱との間にはなにもない。いうなれば電車の車体とホームだ。柱との距離はとても遠く、手はつけられそうにないけれど。手すりのようなものが一切ないため、文字通り一歩まちがえれば、どこまでも落ちていきそうだった。
そう。
上も下も、まるで果てのない空間だった。
「なに……ここ……」
駅前にある本屋の自動ドアをくぐった。はずだった。
マンガを買おうと思って、ただそれだけだった。
けれどいま目の前に広がる現実は、「そうじゃない」と告げている。
なにかに導かれるように歩きだした。
西洋の壮大なオーケストラ音楽が聴こえてきそうだ。言語のよくわからない歌詞に高らかな歌声を乗せて響かせているのを想像させられる。
癖で、つい壁に手をつこうとしたときだった。
「うぁっ!?」
びちゃ、という水音。手をつこうとした力が勢いあまって、腕が壁に呑みこまれた。
——水の壁に。
右肩と関節の中間くらいまで水に浸っている。思わず身震いした。冷たかったのだ。それに、水の中で指や肌になにかが触れている。
「え……さ、魚……?」
そこで初めて気づいた。よく見たら、透き通った水の壁の中には、大小さまざまな魚が群れをなして泳いでいるのだ。悠々と。名称はわからないけれど、たしかに魚が泳いでいる。なんで気づかなかったのか不思議なくらい多くの魚たちだ。
柱の向こう側も、どこを見渡しても、水の壁に沿ってそれらは泳いでいる。私の視界のずっと先まで。魚の群れが私の真横を通りすぎると、私もそれについていくみたいにまた歩きだした。
きっと好奇心だ。
これは当然のことながら夢で、そんな幻想的な夢にすこしばかり心が弾んでいるのだ。
歩きはじめてからすこし経って、わかったことがある。
ここは大きな円形になっている。気づきづらいけれど、歩いてきた道がほんのすこし曲がっているような気がするのだ。目を凝らせば、道の先端がなんとなく曲がっているのもわかる。
そして、タイル。途中大きな柱や床と同様の、純白のタイルを見かけた。それはどういうわけか、床と柱の間にいくつも宙に浮いていた。階段のような役割を担っているのだと思う。
つまり、上の階にいけるらしいのだ。
(そう思って、何階か上ってみたけど……)
どこの階も、景色はまるで変わらなかった。
あいかわらずガラスのない水槽が私を囲っている。ように思えた。実際には、その水が巨大なドーナツ型を描いていて、どこへも逃げられないようにしているのだと思う。
ここにきてからどのくらいの時間が経ったのかは定かじゃない。
1時間のような気もするし、2時間のような気も、はたまた5時間くらい経っているような、ちがうような。おなじ景色ばかりで、時間の感覚が狂っているのかもしれない。あいにく腕時計もしていないし。
帰りが遅くならなければいい。そう思ったけれど、ここは私が見ている夢の世界だろうからその心配はいらないなとすぐに思い直した。
もう一階、上ってみようか。
「よいしょ、と」
浮いている白いタイルのひとつに手を伸ばす。しっかりとそのタイルをつかみながら、すぐ足元で浮いているほうのタイルに足を乗せた。
つかんで、身体に力を入れて、ふっと足を浮かせて足場を変えて——を器用に繰り返し登っていく。上の階の床がすぐそこまで迫っていた。
調子を上げて、勢いまかせにタイルをつかんだとき、
「え?」
足を、踏み外した。
つくはずだった足場がない。抗えない力に両脚がとらわれていく。
ものすごい摩擦とともにタイルから手がすべり落ちた。
死を直感したときだった。
「おっと。危ないところでしたね、お嬢さん」
頭上から低い声音が降ってくる。なにかに腕を強くつかまれていた。混乱しているその間に、私はどうやら上の階に引き上げられていたようだ。
「ど、どうも……」
「これはご丁寧に。お怪我はございませんか? お嬢さん」
「……」
「なにか?」
なにか? ——ではない。私は、目の前にいる男性のようななにかから目が離せないでいた。
目の前の男性は黒い生地のシンプルなスーツを身にまとっている。手には白い手袋をはめていた。なかなか見かけないような紳士的な恰好だ。
しかし問題なのは服装ではなくて。
男性の首から上に、頭ではなく十字架が乗っているという点だ。
「……あの……」
「ああ。これですか。申し訳ありません、このような姿でいきなり現れては驚いてしまいますよね」
「い、いえ……」
「ですがこれは、案内人としての正式な姿なのです」
案内人? 私はすぐさま、そう聞き返した。
「ええ。案内人です。わたくしは、あなたをお迎えに上がりました」
「私を?」
「そうです。それでは向かいましょうか、処刑場へ」
「え?」
広い背中を見せて歩きだした男性をおもわず引きとめた。
十字架はこちらを振り返った。
「いま、なんて?」
「はい?」
「ここは……なん、なんですか」
十字架の男性は、表情のない顔らしきもので淡々と答えた。
「ここは、処刑場ですよ」
しゃんと伸びる広い背中がさっさと前を歩いていく。
その場に立ちつくす私をひとり、置き去りにして。