複雑・ファジー小説

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トモエ 【 完結 】
日時: 2022/11/17 12:54
名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: IkQo2inh)

【はじめに】

この度、時間はかかってしまいましたが無事に小説を書き終えることができました。
自分で言うのもなんですが、かなり人を選ぶ題材かな、とは思います。

また、自分がこうして小説を書いたのは今回が初めてかと思います。
拙い部分も見られますが、読んでいただければ幸いです。
改めて後書きは書く予定です。しばしお待ちを。

【暁烏】




初めまして。以後宜しくお願いします。
初めての投稿、初めての小説カキコで動悸が激しい。
ゆっくりと進めていきたいと思います(目標)。
挫折しないで完結したいです(切実)。




【留意事項】

・複数の『トモエ』さんが登場しますが作者は現実でトモエさんに対して恨みは一切御座いません。

・この作品はフィクションです。登場する人物や場面などは現実のものとは全く関係ありません。

・この作品では『自殺』を多少題材にしています。ですが自殺を推奨するつもりはありませんし、自殺を進める作品でもありません。自己責任。

・自殺、よくない。やめよう自殺。



2018/4/28 初記
2019/3/31 名前変更:暁烏→暁月烏
2020/11/14 名前:暁烏へ戻す
2020/12/18 トモエ、完結しました


>>1  第0話 トモエ、掲示板にて
>>2  第1話 トモエ、集合する
>>3  第2話 トモエ、移動する
>>4  第3話 トモエ、思い出を作る
>>5  第4話 トモエ、一泊する
>>6  第5話 トモエ、夜を明かす
>>7  第6話 トモエ、死地を探す
>>8  第7話 トモエ、デートする
>>11 第8話 トモエ、死ぬ直前
>>12 第9話 トモエ、葛藤する
>>13 第10話 トモエ、――――
>>16 後書き

Re: トモエ ( No.2 )
日時: 2020/05/05 18:23
名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: HrJoNZqu)

第1話 トモエ、集合する


三月の下旬——世間は大体春休みの時期に入っていた——のショッピングモール。そのフードコートの一席に少女が一人で座っていた。
周りの席には家族連れや、或いは私服の少年たち、或いはカップルと思える男女がいる中、一人制服でいるその少女はやや浮いているようにも思えた。
どこか芯の強そうな印象を窺わせたが、今はどこか緊張と不安が混ざったような表情をしていた。
落ち着かない様子で、時折辺りを見回したり、自身のスマートホンを確認していた。
テーブルの上には注文したであろうパフェが置かれているが、何故かスプーンが刺されたままの状態で一口も食べられてはいなかった。添えられているアイスが溶けだしている。

 〜♪ 〜♪ 

「……!」
突然着信音が鳴りだした。メール通知のようで少女は急ぎで確認する。
差出人は『トモエ』と書いており、本文も『今着きました。これから向かいます』とだけ。
「……ふう」
しかし、それを見た少女は安心したように一つ息をついた。

「…………」

そして、制服の少女は気付いてないが、そこへ近づいてきている少女がいた。
3月の温かい気候の割にはやや厚めの服装。眼鏡と、前髪をやや左側に寄せて左目を覆っていて、更には眼帯もつけているようだった。肌の露出は極めて少ない。
眼帯の少女はメールに表示されている『先に着きました。一人制服でいるのが私です。目印にデザートを置いておきます』のメールを頼りに、待ち合わせている相手であるその制服の少女——周りに似たような席がないのもあったが——だとは予測は出来てはいた。できてはいたが、声をかけられないでいた。そこで、向こう側から気付いてもらえるように少しずつ歩み寄っていた。

「…………?」
漸く制服の少女も近づいてきている人物に気が付いたようだった。しかしまだ声をかける様子はなく——気が付くと手が届くところまで眼帯の少女は近づいていた。
「…………」
「…………あの」
沈黙に耐え切れなかったのか、意を決したのか、先に声を出したのは眼帯の少女だった。

「……“トモエさん”ですか……?」

恐る恐る、泣き出すんじゃないかと思うような、そんな感じだった。
それに対して、制服の少女は席を立ち、眼帯の少女の両肩を掴んだ。
「ひっ」と眼帯の少女は小さく声をあげる。
一方で制服の少女はどこか嬉しそうだった。
「貴女もトモエなの?」
制服の少女の問いに、眼帯の少女は「……はい」と小さな声で頷く。
「——私は八木原智絵」
宜しく、と言って制服の少女——八木原智絵は両肩から手を下ろし、そして差し出した。
「……私は、今川友衣と言います」
そう名乗って、今川友衣は八木原智絵の手を握った。
「宜しく。今川さん」
「こちらこそ……宜しくお願いします」
「立ったままなのもなんだし、好きなところに座っていいよ」
「……ありがとうございます」
今川友衣は添えられているパフェと、八木原智絵を交互に見ていた。
「あの……身分証明とか、大丈夫ですか……?」
「え、ああ……そうね。」
はい、といって八木原智絵は制服のポケットから小さな手帳を取り出した。
それは学生手帳のようで、八木原智絵は自分の顔写真が張られているページを開いて見せた。
「免許証は持ってないし……後保険証くらい?」
「……学生証明証だけで大丈夫ですか?」
「それでいいわ。私はパスポートは持ってないし、ワザワザ偽物を作ろうなんても思ってないし」
今川友衣も学生手帳を取り出した。
八木原智絵は手帳を受け取り、中を確認する。学生手帳に貼られている写真の今川友衣は眼帯をつけていなかった。

「はい、ありがと」
「こちらこそ……宜しくお願いします」
「そんなに畏まらないで。今日は来てくれてありがとう。ここに来るのは遠かったかな?」
「少し……朝から電車を使って。ここって八木原さんの地元なんですか?」
「いいや、私もここは初めてだったけど、思ったよりも簡単に来れたわ」
「……? ここって八木原さんの地元じゃないんですか?」
「んー、来てくれるみんなからどこに住んでいるか聞いて、集合場所を決めたし」
『ゲスト側』として参加する今川友衣はメールでの八木原智絵とのやり取りを思い出した。確かに、どこに住んでいるのか等色々な質問をされていた。
「みんな割と遠くなかったからよかったけど。来るのに半日以上とか、交通費も大変だと思ったからね」と八木原智絵は言った。
「じゃあ、ちょっと飲み物買ってくるから。待っててね」
そう言って八木原智絵は席を立った。
「あ……」
八木原智絵が店の一つに並んだのを確認した今川友衣はため息をついた。

「……緊張、しました……」
時計を確認する。午後2時を回ったばかりだった。
集合時刻は午後2時の約束だった。だが実の所八木原智絵は正午過ぎにはここにいた。
そして今川友衣も午後1時にはこのショッピングモ−ル内にいた。その時にも一応八木原智絵を視認していた。
ただ、本当に八木原智絵が自分が待ち合わせの相手なのか、不安で仕方がなく、声をかけられずに、一時間近くも時間を弄していたのだった。
昔から、臆病で弱虫で、そして泣いていた……気がする、と今川友衣は思い返す。
嫌な思い出の方が多く、思い出したくないのに、思い出さずにはいられなかった。
「…………」
今川友衣はため息をついて、スマートホンを取り出し、一つのサイトへと移動する。
『走馬灯』という名前が上部に見えた。
「…………」
今川友衣がこうして彼女——八木原智絵と出会うきっかけとなったサイト。
そこの一つの掲示板に書き込もうとした、ところだった。

「おい」

声をかけられた。はっと声をかけられた方を向くと、男が立っていた。
年齢は今川友衣たちとさほど変わらない、少年だった。
目つきが怖そうだと今川友衣は思った。
自分が通っていた学校の不良少年グループを思い浮かんだが、彼らと比べるとそこまで不良染みてないかも、とも思った。
「私……ですか?」
「……そうだが」
少年はぶっきらぼうに答える。
「ええと……」
異性とどう話せばいいのか分からず、今川友衣は内心恐怖でいっぱいになった。
逃げ出したいくらいに。八木原智絵に助けを求めたいくらいに。
「……トモエ」
少年の方から、少し恥ずかし気に口を開いた。
「……はい?」
「トモエって、ここで合ってるか?」
「…………あ」
漸く理解して今川友衣は小さく何度もうなずく。
「そうです。トモエです。トモエ……さん?」
「ええと……そうか」
少年は何かに気づいたようにポケットから手帳と、免許証を取り出して見せた。
少年の学生証と、二輪車運転免許証、それぞれに少年の顔写真と『双見巴』の名前があった。
「双見巴……これでいいのか?」
「あ……はい。私は今川友衣と言います……座って下さい」
座ったまま、自分の隣の席を示す今川友衣を見て、少年——双見巴はそのまま、今川友衣の隣の席に座った。

「…………」
「…………」

互いに自己紹介と言う名の身分証明証の見せあいを終え、何を話せばいいのか分からないまま、微妙な間が二人の間にあった。
「お待たせ……って、そっちの男子は?」
丁度よく、八木原智絵が戻ってきて今川友衣の方へ声をかける。
「あ……八木原さん。彼も“トモエさん”だそうです」
言われて双見巴は頭を下げた。
「私は八木原智絵。宜しくね」
「……双見巴だ」
「へえー、男子でトモエね。性別までは確認していなかったからね。メールのやり取りで口調が男っぽいって思っていたけど」
「……悪かったか?」
「まさか。だって自分と同じ名前の異性なんて本当に会えるなんて思わなくて。何か新鮮な感じ」
どこか嬉しそうに話す八木原智絵に対し、双見巴は何かもの言いたげな表情だった。
「はい。ドリンクは二人ともアイスコーヒーでよかったかな?」
双見巴の表情には気づかず、八木原智絵は二人の前にアイスコーヒーを置いた。
「わざわざ遠いところからありがとう。まあこれはほんの気持ちってことで」
そう言いながら八木原智絵はずっとほったらかしだったパフェを自分の元へと寄せた。アイスは半分以上溶けていたがお構いなしに八木原智絵は口へと運んでいく。
「……目印にしていたパフェ食べてよかったのか?」
双見巴がそう言ったが八木原智絵は「大丈夫だよ」と答えた。
「来るのはあと一人だし、その最後の”トモエさん”からも着いたってメールが入ったし。多分もうすぐじゃないかな?」

「もうすぐっていうより、もうここまで来たところよ」

と、一人の少女が今川友衣の後ろに立っていた。
背は低めというより背格好全体から“少女”という感じだったが、表情や雰囲気はどこか、四人の中ではやや大人びているようにみえた。
「私が最後だったみたいだね。待たせてごめんね?」
そう言いながら今川友衣の両肩を掴んだ。
「いやその……」
「それにしても、こうしてみると初対面だけど、同じ名前の者同士、何か運命みたいなものを感じない?」
嫌そうな今川友衣を無視しながら、更に寄りかかる少女。
「じゃあ貴女が?」
「そ。竜谷兎萌。竜の谷の兎に萌えるって書くの。宜しくね」
そう言って少女——竜谷兎萌は財布を取り出した。そしてカードを2枚テーブルの上に並べる。
「学生証と保険証あれば十分かな?」
「どちらか一枚でいいわよ」
「そ、じゃあこれで」
竜谷兎萌の手帳ではなく、カードのようなものを取り出した。竜谷兎萌の学生証で、きちんと顔写真まで載っている。
「私もみんなのを見たいわ」
3人も各各取り出して竜谷兎萌に渡した。
「保険証まではいらないよね?」
「いいわよ。何かこうしてみるとサラリーマンの名刺交換みたいだね」
一つ一つ眺めていく竜谷兎萌。そして満足した様に「ありがと」と言って3人に返した。
「みんな同い年なんだね。本当に、偶然とは思えないわ」
竜谷兎萌はどこか楽しんでいるような感じだった。
「まあずっと立ってるのもなんだし、竜谷さんも座ってよ」
「それじゃあお言葉に甘えて」
そう言って竜谷兎萌は残った一席に座った。
少しの間、誰も喋らない、妙な雰囲気になったが——八木原智絵が口を開いた。
「じゃあ参加者全員集まったみたいだし……改めて、八木原智絵って言います。分かっての通り、この件の企画者です……最期の我が儘に付き合ってくれてありがとうございます」
そう言って八木原智絵は深く頭を下げた。
「まあ……」
「私の方こそ、誘ってもらえて本当によかったって思ってるよ」
「私も……ありがとうございます」
「……最期に、みんなと出会えてよかったなって、ここにいる全員が思えたらいいなと思っています。折角なんで……まずはみんなで最期にいい思い出を作っていきましょう」
そう言った八木原智絵の顔は、少し寂しそうにも見えた。

<トモエ、集合する・終>

Re: トモエ ( No.3 )
日時: 2020/05/05 23:39
名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: HrJoNZqu)

トモエ、移動する



【走馬燈】というサイトがある。

”生死を彷徨う心中サイト”、”中途半端な奴らが集う自殺サイト”などと皮肉られている、所謂自殺サイトだ。
自殺サイトとは、死にたい者が共に死んでくれる同胞を探すために利用するためにある。
しかしながら、そこで集まった者同士で何かしら——例えば愚痴の零し合い、ストレスのぶつけ合い、共感、同情——が起きて、結果自殺までに至らなかったケースもある。
そして、この【走馬燈】を利用して集まった場合に『自殺至らなかったケース』が良く起こることで有名だった。
逆に死にたい思いを止めて欲しいが為に【走馬燈】で自殺オフを開くケースもあるという。
勿論、自殺サイトである以上、自殺することも大いにあるのだが。
その一方で自殺サイトとして、どんな条件でも一緒に死んでくれる人が現れるということでも知られていた。
他にも自殺オフとは別に傷心旅行をしてくれる相手を探したり、そのての旅行の写真や感想などを公開できるスペースも存在している。
故に”生死を彷徨う心中サイト”、”中途半端な奴らは集う自殺サイト”。
”生きたい”と”死にたい”を持つ奴らが集まってくるのが【走馬燈】だった。

   +  +  +

「このまま今日、死ぬ予定なの?」

ショッピングモールから出、竜谷兎萌はそう言った。
先頭にいた八木原智絵は振り向いて「いいえ」と返す。
「チャットでも言ったけど、最後に思い出づくりとしてちょっと旅行でもしようかなって」
「……心中旅行ってやつ?」
「できるだけ未練とかそういったのって残したくないしね。何か……思い出があった方がいいじゃん?」
「……これから死にに向かうのにね」
竜谷兎萌が小さく溜息を吐いた。
「どこに行くとか決まってんのか?」
双見巴が八木原智絵に訊ねた。
「んーまあ一応ね? で、一泊して明日に」
「……一泊?」
「一泊……」
怪訝そうに言う今川友衣と双見巴に対し八木原智絵は「うん」と頷くだけだった。
「逆に今日死にたいって人いるかしら?」
突然そんなことを言って竜谷兎萌が手を挙げた。
「……」
「……」
「……」
「……」
竜谷兎萌も含めた全員が黙って、
「ごめんなさい。今死ねるほどの勇気はないの」
と八木原智絵がきっぱりと言った。
「冗談よ」
「……まあいきなり集まって死ぬってのも、ね……」
「まあ会っていきなり心中じゃ集まる意味も無いしね」
と竜谷兎萌は一人頷いた。
「じゃあ行きましょ」

   +  +  +

電車に揺られながら竜谷兎萌は窓の外を眺めていた。これまでの移動も含めて疲れてしまったのか、他の三人は眠っていた。
同じような景色ばかりの外を見るのにも漸く飽きたのか、竜谷兎萌は眠っている三人を順に見つめる。
同じ名前で、なのに姿も性格も違う。双見巴に至っては性別から違う。それなのに、みんな死にたいと思い、こうして集まった。
「なんか悲しいわね」
小さく溜息を吐いて、そしてまた同じような外の景色に目を移した。

「ん……」
小さく声が漏れた。視線だけをやると今川友衣が起きたようだった。
「私の独り言が聞こえた?」
「……いえ。何も」
「そう……ならいいけど」
「…………?」
起きているのは今川友衣と竜谷兎萌だけ。しかも車両内には他に乗客はいなかった。
「今川さん?」
「はっ、はい?」
突然声をかけられ、今川友衣は変に声を出してしまった。
「人見知りするタイプ?」
「ええ……人と話すのは苦手です」
「移動中とか、けっこう周りに視線張ってたよね。なんか周りに恐怖を抱いているというか……恥ずかしがりやさん?」
「……弱気なのは間違いないですね……」
「それでよくオフ会に参加なんてできたわね……」
軽くそう口にしたが、対する今川友衣は下を向いてしまった。
「結構迷ってたんですが、チャットを見ている内に……勇気を出してみました」
勇気を出す方向を違っているんじゃないかな、と竜谷兎萌はふと思ったが口にはしなかった。
「生きていく辛さが……死への怖さに勝ったんです」
何処か悲しそうにそう言った今川友衣に竜谷兎萌はふと思った。
「そう言えば今川さん。手帳の写真だと眼帯してなかったけど……それは高校に入って?」
「……やっぱり気になりますか」
「キャラ付で眼帯つけてるのかなーって。最期死ぬときは外すのかなって」
「え……そんな」
「冗談よ……流石に不謹慎だったかな。ごめんね?」
「いえ…いいんですが……」
「理由があるなら、そのままでいいわ」
「はあ……」
「まあそれはおいといて……今川さんは、どうして死にたいって思ったの?」
「…………!!」
「参加者同士なら、気になって当然だと私は思ってるし、死ぬまでのこの旅行の中で、お互いに語り合うってのも悪くないかなって思うんだけど」
「私は…………竜谷さんは、理由を言いたくない、ですか?」
「私は別に話してもいい。先に話してもいいかな?」
「……どうぞ」
窓の外から、顔をちゃんと今川友衣の方へと向きを変え、竜谷兎萌は薄く笑った。
「改まって言うほどでもないけど……人生が、この先生きていくのが嫌になったから。私は死ぬことにした。それだけよ」
「……その、嫌になった、という理由は……」
「……退屈で、窮屈な、味気も魅力もない、そんな人生をただただ生きていけば、嫌になるには十分な理由じゃない?」
「そうですか……」
「どこか納得しない?」
「……死ぬ理由は人それぞれだと思います。それを否定するのは間違っているので……」
それは分かってるんだけどな、と竜谷兎萌は内心呟いた。
「でも納得できない、と」
「…………」
今川友衣は少し黙り、
「私の理由とは、全く違うので……そういった、主観から差異はあると思います」
「大人な理由ね……それじゃあ今川さんのを聞いてもいいかな?」

「……苛めです」

一言、今川友衣はそう言った。
苛め。その単語がここまで重く圧し掛かるのかと竜谷兎萌は思った。
「それより先は……聞かないでください」
「……そう。理由を言ってくれてありがとう」
「お礼を言われるまでの事でもありません……」
「…………」
嫌われたかな、と内心竜谷兎萌は思った。
「……弱気な私が勇気を振り絞って、やっとここまで来れたんです。ですので……その、笑わないでください……」
「私は人の死ぬ理由を笑ったりしないわ」
「竜谷さん……」
「その代わりと言っちゃなんだけどにこれから今川さんをからかってもいいかな?」
「ええ……」
「……意地悪が過ぎたようだったわ。冗談だよ?」
何処か満足したように、竜谷兎萌は意地悪く笑って見せた。
対して今川友衣も「い、いえ」と苦笑して返した。

   +   +   +

今川友衣は再度眠りにつき、また竜谷兎萌だけが起きている状態になってしまった。
竜谷兎萌はまた外や三人を見て、あるいは寝ている今川友衣にちょっかいをかけながら時間を潰していた。
「まだなのかしら……」
「もうすぐかな。結構長かったね」
今川友衣ではない声が聞こえた。
「……みんなぐっすり眠ってて、話し相手がいなくて退屈してたの。どの辺から起きてた?」
「実はさっき目が覚めて、寝たふりしてたんだけど……」
苦笑いを浮かべつつ、八木原智絵が竜谷兎萌をじっと見つめた。
「……見てた?」
「寝ている今川さんにちょっかい出しているのは感心しないわね」
「……二人は気付かないのかな?」
寝ている双見巴と今川友衣に目をやりながら竜谷兎萌は笑った。
「彼は最期をこんなハーレムで迎えられるなんて、幸せだと思わない?」
話をそらした竜谷兎萌に対し八木原智絵は小さく溜息を吐いて返した。
「理性とか持つのかしら」
「変なことばっかり言わないの。聞こえてたらどうするの?」
「彼はずっと、一度も起きなかったよ。聞いてないんじゃないのかな? 寝たふりもしてなさそうだし」
そう言って隣で寝ている双見巴の頬を突いた。
「私は気にしないけども? それとも同性だけだと思ってた?」
「それは確かにあったけど……」
「異性の彼が邪魔?」
「意地悪な質問ね。邪魔だとは思ってないよ。意外だった、以外の感想は無いわ」
「意外と女装しても違和感ないかな?」
「全く……」
「ねえ、八木原さん」
ぽつり、と竜谷兎萌が八木原智絵に聞いた。
「八木原さんはどうして死にたいなんて思ったの?」
先程、今川友衣にも投げかけた質問だった。対する八木原智絵は平静とした顔のままだった。
「私はさ、例えば苛められているから、借金を抱えているから、失恋したから……そういった理由じゃないのよ」
何処か自虐的に、竜谷兎萌が先に言った。
「……それは、何となく予想できたわ」
「そう? まあいいけど……あの掲示板を利用して、色んな人の死にたい理由とか、そういった気持を見てて……それで自分の死にたい理由を比較しちゃうんだよね。生きたくないから死ぬ、っていう私の理由と」
さっきも今川さんと話してたけど、と付け加えて竜谷兎萌は窓の方へと視線を移した。
「私の死にたい理由は……他の人のと比べて下らないわ。ちょっと申し訳ないって思う」
「死にたい理由に劣等感を抱いているってこと?」
「そう。でも、私にとってそれは深刻な理由よ」
「私は……」
八木原智絵は少し考えて、
「私は、両親が死んだから、私も死ぬことにした。でもそれは別の人からすればそれは違うって思うかもしれない……というか実際に説教されたよ。両親はそんなこと望んでいないって」
八木原智絵は強く、自分にも言い聞かせるように言った。
「その人からすればそうかもしれないけど、私からすれば、死にたいって方が強く思っちゃう。竜谷さんはどう? 私は死ぬべき? 生きるべき?」
「……八木原さんのしたい方で、と」
「そしてそれは、竜谷さんにもあてはまることだよ」
「…………」
「人それぞれ、死にたい理由があるってさっき言ってたじゃん。それが、自分の納得できるかどうかが肝心なんだと思うよ」
「…………」
竜谷兎萌は嘆息して、
「そうね……ありがと。おかげで少し蟠りが消えたと思う」
「それはよかった。私も、竜谷さんの死にたい理由が聞けて良かったよ」
そう言って八木原智絵は微笑んだ。

   +  +  +

八木原智絵はそれまでは普通の家庭で生まれ、普通の家庭で育った。
“智絵”の名は両親がつけてくれた名前だった。だから自分の名前が好きだったし、両親の事も好きだった。
だからこそ、一度に両親を失ったことの衝撃は大きかった。自分で死ぬことを躊躇わないほどに。
そんな折に【走馬燈】の存在を知った。
『どんな条件を出しても一緒に死んでくれる人が現れる』——そんな噂を耳にして。
——自分の名前が好きだから、同じ名前の人と一緒に死ねたらいい。
そんな思いで書き込み、募った。
その結果集まったのが竜谷兎萌であり、双見巴であり、今川友衣であった。
一緒に死んでくれる仲間が集まったことに八木原智絵は安堵し、確かに嬉しかった。
けれども一方で、死ぬことへの恐怖は勿論あったし、そして自分と同じ名前の人がこれだけ傷つき死にたいと思っているのかと考えると悲しくもあった。

<トモエ、移動する・終>

当然ですが【走馬燈】なんて自殺サイトは存在しません。フィクションです。

死にたいと言っても大まかに2パターンに分かれると思います。ポジティブとネガティブ。ポジティブに死にたいっいて意味わかんないですが、ざっくりいうと

←生—————+—————死→

みたいな線(真ん中が原点)があったとして、
ポジティブに死にたいっていうのはプラスより右の方で死の方に矢印が向いている状態、
ネガティブに死にたいっていうのはプラスより左の方で死の方に矢印が向いている状態、といった感じ。だと思います。要は“生”から離れていくってこと。

Re: トモエ ( No.4 )
日時: 2020/05/06 15:06
名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: HrJoNZqu)

トモエ、思い出に残す


「ここで何をするのかしら?」

竜谷兎萌が八木原智絵に向けて言った。
移動を終えた四人は周囲を見渡した。
辺りはもう暗くなっていて、駅を出る人々の中にはスーツを着ている者も少なくない。
町といっても都会と言う街並みではなく、看板などを見ても聞いたこともない町の名前。
「何かで有名なの?」
「そういうのは聞いたことないけど……」
「まさか自分の思い出の地? それとも生まれ故郷?」
竜谷兎萌が更に問いかける。
「私の今までの思い出の中に、残っているのよ」
「……思い出作り、ね」
そう言って竜谷兎萌はため息を吐いた。
「で、どっちの方向へ行くんだ?」
「案内するから、ついてきて。結構歩くし」
「ここから……?」
近くにあった町全体の略図に目をやる。近くには海、自然公園、公共施設などは一応ある様だったが、八木原智絵がこの中のどこへ行くのか、三人には分からなかった。
「……付いていける?」
竜谷兎萌は傍にいた双見巴に訊ねた。
「ん……まあどこでも、多分大丈夫だろ」
「どこでも文句は言わない、と」
「文句は……そりゃ言わないだろう。こっちは行く宛はないし」
「そう……」
不安を抱えているのは自分だけなのか、と竜谷兎萌は思った。
「思い出に残ればいいんじゃないのか?」
「……それもそうね」
今川友衣は既に八木原智絵に付いて行ってた。

   +  +  +

いつの間にか暗い砂利道を歩いていた。
木々に覆われていて、所々に街灯はあるが数は少なく、心許ない。
「この道で合ってますか……?」
今川友衣は先頭を行く八木原智絵に訊ねるが「道になってるし、大丈夫よ」と返す。
「環境はお世辞にもいいとは言えないわね……」
竜谷兎萌は小声で呟いた。
ふと目を逸らすと海が見えた。遠くの方には灯台も確認できる。
「……この山の頂上に、一体何があるのかしら」
山に登っている、というのは分かっていた。
しかし駅で看板を見た際、山に何かあるという案内はなかった。この規模の山に、何か建物があるとも考えられなかった。
「海も見えるし……この先はどうなっているんだろ?」
最後尾を歩く竜谷兎萌は少し先前にいる双見巴に「ねえ」と声をかけた。
「私たちはどこに向かっていると思う?」
「……ここの頂上、という答え以外でか?」
「こんな山に隠れ宿みたいなのはないと思うし、有名なスポットならもう少し案内があるはずよ」
看板も数少ないが見られたがあくまで展望台までの案内だった。何かを観光として売りにしているのならもう少し何かあってもいいはずだと竜谷兎萌は思った。
「肝試しスポットとか?」
「……物騒ね。冗談は止して」
逃げ場もないし助けも呼べない、そんな山で思い出作りに肝試し。想像するだけで身震いしてしまう。
「怖いのは嫌いだったか?」
「考えるだけで物騒だわ。初対面の女子に意地悪ね?」
「……それは悪かったな」
「他に考えるとするなら……例えば展望台だったとして、肝試し意外に何をするの?」
「さあ……」
双見巴は考えたが、それより先に竜谷兎萌が口を開いた。
「例えば……本当は今日死ぬつもりだったら?」
「ん……?」
「八木原さんは明日死ぬと言っていた。けどそれは嘘で、実は今日、これから死ぬの。どうやって? 答えは……展望台からの飛び降りね」
「……たちが悪いな。冗談だとしても」
「……冗談よ。流石にそこまで非道ではないでしょ、八木原さん」
窘められて一蹴されてしまったので竜谷兎萌は心の中で反省した。

「じゃあ話題を変えましょう。どうして死のうと思ったの?」

双見巴の歩みが止まった。
「…………」
双見巴は答えない、竜谷兎萌は構わずに言う。
「私は生きていくのが退屈だったから……それが嫌で、こうして死ぬ為に参加しているわ……それって下らないと思う?」
「……下らなくはないと思う。それは何となくわかる」
「へえ」
「俺も、どちらかと言うと厭世観から自殺を決めた方だからな」
双見巴は今川友衣や八木原智絵とは違う——寧ろ自殺の理由は自分側だった。
そのことに、竜谷兎萌はどこか安堵した。
「死ぬ理由には十分だと思うな。価値を見出せない人生を送っているなら……別に死んだっていいだろう?」
「……そうね」
「俺は誰にも文句は言われないし。誰も気にかけないだろうからな」
「誰も?」
ふと、その一言が気になった。
「記憶に残っているのは全部施設での生活と、学校での生活だ。親の記憶はないし、悲しむ親なんていない」
「…………」
予想外の言葉に竜谷兎萌は返事に窮した。
「なんか……変なこと言わせたりしてごめんね?」
「自分から言ったことだ。逆に謝られると複雑な気分になるからやめてくれ」
「でも……良かった」
「何が?」
「厭世観からの自殺請願者が私以外にもいて。そうじゃなかったらコンプレックスで逃げちゃいそうな感じだったし……なんてね」
そういって竜谷兎萌は笑って見せた。双見巴は「……早くしないとおいて行かれるぞ」と言って竜谷兎萌の先を歩きだした。
「男子なんだから、きちっと女の子をリードしてよね」
意地悪く、竜谷兎萌はそう呟いた。

   +  +  +

竜谷兎萌と双見巴も八木原智絵たちと合流し、山頂へと進んでいった。
夜空を覆う木々の量は減っていき、綺麗な星が見えてきた。
「大分歩いたわね……今日はこの山頂で野宿でもするの?」
「ええ!?」
冗談で言ったつもりの竜谷兎萌だったが、今川友衣は驚いたように叫んだ。
「そんなことはしないから、安心して」
「今川さん揶揄い甲斐があって面白いわ」
「ほらそこ。あんまりいじらないの」
「いじってるんじゃなくって、いじめてるのよ」
笑いながら言う竜谷兎萌に対し、今川友衣は困ったように苦笑いした。
ふふっと竜谷兎萌は笑って返した。
「……着いたよ。ここが山頂」
八木原智絵がそう言った。
ようやく山頂へと着いたようだった。

「やっと着いたのね」
「……ここが」
「わあ……」

上に広がるのは一面の星空。春の星々が輝いて見えた。
下方に見えるのは街の灯り。その様々な建物の灯りは星空とは違った輝きが広がっていた。
その一方で、視界を変えて広がって見えるのは——真っ黒な世界。海と空の境界だけ見える闇の世界だった。
「星空、綺麗……」
今川友衣が上を見上げて呟く。
「あの街の灯りに、私たちはいたのね」
自虐的に竜谷兎萌が言って笑った。
「…………」
双見巴は昏い海と空の向こうを見て黄昏ていた。
だがその表情は、魅了されているようにも見える。
各々が惹かれる景色が、そこには広がっていた。
「成程……いいじゃない」
「ああ……」
「見る場所を変えればまた違う景色を見られるよ。色んな景色が、ここにはあるから」
それを聞いた双見巴は「そっちも行ってみる」と移動した。今川友衣もそれに付いていくように。
「星空を眺めたいってリクエストがあってね。折角だから、私が来たことのある、この場所をチョイスしてみたの。何回か家族で来ててね」
「へえ……悪くないわ。私は、こういうの好きよ」
リクエストをしたのは双見巴か今川友衣か。
星空を眺めてみたいとは今川友衣が言いそうだなと竜谷兎萌は思った。
「因みに別のルートを辿ると夏には蛍が出る場所もあるんだよね」
「何それ。そっちも気になるじゃないの」
「周辺の花火大会もここからの眺めは格別だったわ」
「夏にまたここに案内しなさい。是非に」
「……最期の眺めだなんて、惜しくなるわ」
言いながら、少しだけ涙ぐんできた八木原智絵。
「……やっぱり、さ」
「…………」
「死のうって決めてからも、生きたいなあって大きく心が揺らぐことがあるの」
「…………」
「今もそう。なんで死のうって思ったんだろうって」
「……怖い?」
「怖いし……すごく嫌な気持ちよ」
「ただ当然の如く生きているから、かしら。死が怖いのって」
八木原智絵はその場にしゃがみこんだ。少し体が震えている。
「…………」
何かを呟いているようだったが、竜谷兎萌には聞こえなかった。
そして、切り替わったかのように、八木原智絵は立ち上がった。
「じゃ、夜も大分過ぎた頃だし、降りるわよ。長く居すぎると風邪ひいちゃうし」
そう言った八木原智絵は足早に双見巴たちが向かった方へと歩き出した。


<トモエ、思い出に残す・終>


最期の思い出作りとして、こういうのは恐らく理に適っていると思います。
死ぬ前に思い出作りでもしませんか、って時点で矛盾してるとも思いますが。
どこか寂しさを感じているから共通の何かを求めるんじゃないのでしょうか。
だから知らない人相手でも共通の何かがあればそこに安らぎや満足感が芽生えると、思います。

Re: トモエ ( No.5 )
日時: 2018/06/02 01:41
名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: ZqHgmXF/)

トモエ、一泊する



「死ぬ直前まで、人は記憶することが可能だと私は思うの」

山を下りた四人はファミリーレストランで食事をとることにした。
八木原智絵の前には最初に集まった時と同じようにアイスの乗ったパフェが置かれている。
「死ぬ直前まで思い出作りは出来るってこと?」
「まあそんなところかな……てなわけで、まだやりたいこととかあったら言って頂戴。残りの人生限られているんだし」
そう言って八木原智絵はパフェを口にした。
「……好きなんですね」
今川友衣が八木原智絵を見て呟いた。
「集まるときもデザート置いて目印にしていたな」
「アイスが溶け出している状態のが食べ易くて好きかな?」
「……食前にデザートって普通なの?」
竜谷兎萌の前に料理が置かれた。
「……いや。私だけ、かな」
「突っ込むだけ野暮かしらね」
「それにしてもホントにいいの? お金全員分出すって」
食事をとる段階で竜谷兎萌が「全員分出せるから、ここは私に出させて」と言い出したのだった。
「いいのよ。最後くらい出し惜しみなく使ってもいいじゃない? こう見えても学生の割には結構あるし」
「でも……」
「宿泊代も出してもいいわよ。泊まるのよ? 十分なお金持ってるの?」
「そこまで言われると……」
「双見君は男でしょ? 男なら女子全員分出すのは当然って気ぐらいないとダメよ? 大丈夫なの?」
「無理だ」
あっさりと双見巴は答えた。
「決まりね。パーッとお金を使ってみたかったのよ」
竜谷兎萌は八木原智絵を見て不敵に笑った。
「じゃあ……ここは、お言葉に甘えて」
「宿泊も任せなさい。女子会でよくあることだし。まあ折角だし双見君には手伝ってもらうけど」
漸くみんなの料理が並べられてきた。パフェを食べ終えた八木原智絵の前にも。
「漸くそろったね……それじゃあ、この日を最後まで忘れずに?」

乾杯。

四人はグラスを合わせた。

   +  +  +

食事を終えた4人は泊まるホテルを探すことにした。
とはいっても竜谷兎萌が主に行動したおかげで難なく見つけることが出来たし、支払いも無事に済んだみたいだった。

「…………」
「…………」
「…………」

借りたのが一部屋の時点で一言申せばよかったかもしれないが、部屋代を全部竜谷兎萌が出している以上、八木原智絵は言い出すことは出来なかった。
4人一部屋。部屋の中には一つのベッド。
ホテルの外観から悟ればよかった。今川友衣はそう後悔した。
「これって、ラ——」
「カップルズホテル」
今川友衣の独り言に竜谷兎萌が間髪入れず訂正する。
「ラ——」
「カップルズホテル」
「…………」
「カップルズホテルよ。ラブホテルなんて、いやーらしいわ」
小馬鹿にしたように言う竜谷兎萌に対し八木原智絵は溜息を吐いた。
「友達とこうして使っていたわ」
「それって……男子も交えて?」
「いいえ。いつも女の子だけよ」
八木原智絵も使用するのは初めてだったがそれ以上に今川友衣が緊張していた。
「ホテル……ホテル……」と小言で呟いている。
対する双見巴を見遣ると、こちらはどこか諦めたような思いつめたような表情をしていた。

「じゃあ寝ましょ?」

「えっ」
皆を他所に竜谷兎萌は平然とベッドへと向かった。
「竜谷さん、これは……」
「これは流石にまずいと思うぞ……」
「折角一泊するっていうんだし、4人で同じ部屋で泊まるってのも趣があっていいんじゃない?」
「それはそうかもしれないけど……」
竜谷兎萌は明らかに皆の反応を楽しんでいるようだった。
「…………そうね。恥ずかしいとは思うけど——双見君、今川さん。いいわよね?」
観念したように八木原智絵はそう言って二人に訊ねた。
「まあ調度寝られるソファーがあるんだ。俺はそこで寝る。それでいいか?」
「…………はい」
今川友衣も双見巴も提案に頷く。
「やっぱり恥ずかしい? 異性に寝顔や肌を見せるのは」
「……そういう竜谷さんは、恥ずかしくないの?」
八木原智絵の問いに竜谷兎萌はうーんと頷き、
「恥じらいの気持ちもあるけど断固拒否って訳じゃないよ」と笑って言った。

「そういえば私は寝るときは下着派なんだけど」

「…………」
「…………」
双見巴と今川友衣の表情が固まる。
「竜谷さん」
「双見君。先にシャワー、浴びていいかしら?」
八木原智絵の視線にどこ吹く風と、竜谷兎萌は話題を変えた。
「……別に構わないが」
双見巴は視線を逸らしながら答える。
「そう。じゃあお言葉に甘えて」
そう言いながら竜谷兎萌は服に手をかけつつバスルームへと移動した。
細く、白いお腹の肌が少しだけ露わになった。
「——流石に見ちゃダメ!」
八木原智絵が言うや否や慌てた様に双見巴を部屋から追い出した。
双見巴は驚きつつもそれに流されるように部屋を出る。
「一時間ぐらいで大丈夫かしらー?」
「全くもう……」
八木原智絵は双見巴が出た扉を出て、溜息を吐いた。
何故か今川友衣が両目を覆っていて「もういいですか……?」と小声で呟いた。

   +  +  +

双見巴は外で時間を潰していた。
始めはホテルの周辺を歩き回っていたが次第に飽きてきて、程なくして部屋の前まで戻っていた。

その間、ふと自分の人生を振り返っていた。
施設での生活。学校での生活。
生まれてこの方”親”という存在を知らず生きてきた。
周りとは明らかに足りないモノがあった。
自分の生活に疑問を抱き、そして劣等感を抱くようになったのは何時からだったか。
どちらに於いても、どこか満たされないと感じることがあった。
親子で歩いている光景を見ると心が重く感じることがあった。そしてそんな自分も好きじゃなかった。
そういったこと全てが、命を絶とうとしている自分を作っているのだろう、と双見巴は思った。
竜谷兎萌との会話を思い出す。竜谷兎萌は『生きていくのが嫌になった』から自殺すると、自分と同じベクトルの理由だと。
だが、根底は違う。竜谷兎萌のそれは『退屈』だが、自分のそれは『孤独』だ。

自分は死んでも、誰にも迷惑にはならない。
自分の死が、誰かの邪魔にはならない。
——彼女は、竜谷兎萌はどうなんだろうか。退屈が嫌で死んだとしたら、彼女の周りの人たちはどう思うのか。
そして八木原智絵や今川友衣は。

「…………」

溜息を吐き、双見巴は考えるのを辞めた。自分が死んだら周りはどう思うか、なんて考えていいものではない。第一、それを考えた上で自殺を選択したんだから。
「そうだよな……」
いつの間にか泊まる部屋の前まで戻っていた。
入り口には今川友衣が床に座っていた。
髪の毛は若干湿っていたから、既にシャワーは浴びたのだろう。
双見巴に気づいた今川友衣は座ったまま会釈をした。
「今八木原さんがシャワーを浴びています……もう少しかかりますね」
「そうか……」
「…………」
「…………」
互いに喋らず、沈黙が二人を囲んだ。
「……最初の、みなさんが集まるときもこんな感じでしたよね」
今川友衣の方から口を開いた。
「最初、人違いかと思いました……女子しか集まらないと思っていたんで」
「……女っぽい名前で悪かったな」
つい、不機嫌そうに双見巴は答えた。
「い、いえ……そんな……あの、すいません」
「そんなこと、俺自身が一番分かっている。実際何度か揶揄われたし、喧嘩もした」
見たことも無い親に勝手に付けられ、女っぽいと揶揄われ、そして度々喧嘩したりと、双見巴は自身の名が好きではなかった。
寧ろ恥ずかしさや、嫌いな節さえある。
そんな思いが語気に入っていたのか、今川友衣は「ごめんなさい」と小さく言った。
「……一つ、聞いてもいいでしょうか?」
「ん?」

「どうして、参加しようと思ったんですか?」

「…………」
「……私、苛めが理由で死のうと思ったんです」
いきなりの今川友衣の発言に双見巴は少しだけ驚いた。
「でも、死のうと思っても、怖くって、死ねなかったんです……」
「……まあ、そうだよな」
自分で勝手に死ねるなら、どれだけ気楽か。
「そんな時、たまたま八木原さんの書き込みを見つけて、ここにしようって思ったんです……私の事を知らないけど私と同じ名前の人たちなら、拒絶されないって、苛めとかひどい目に合わないと思って……」
自然と今川友衣の眼から涙が流れていた。
あー、と双見巴は何処か恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……恥ずかしいところを、わざわざすいませんでした」
「……さっき俺も自殺する理由を竜谷と語ったが、そういったのを吐き出すのも悪くはないと思う」
「竜谷さんと……私も電車の中で話しました」
「そうか……」
双見巴は深呼吸をし、自分も参加した理由を話すことにした。
「俺の場合なんていうんだろうな……根底にあるのは自暴自棄、だな」
「……自暴自棄?」
不思議そうに今川友衣は返事をした。
「さっきアンタが言ったように女子しか集まらない、っていうのは八木原自身思っていたと思う。メールでやり取りはしたが、まさか男だとは思ってなかったみたいだったし」
実際集まった時も、不思議そうな顔をしていた。実際同じ名前の異性と会う機会は滅多に無いだろう。
「俺も、自分らしくないと思っている、というか自分の名前に誇りなんて持ってないし、どっちかって言いと嫌いな方だ」
自身の名前に対して、八木原智絵とは真逆。
にも拘らず、双見巴は参加した。
「死のうと思ってから、偶然あの掲示板を見つけて、アイツの書き込みを見つけた……なんだって自分の名前にここまで好感が、誇りがあるのか興味が湧いてきたんだ。だから……最期くらいいいだろ、と思ったんだ」
「そうだったんですね……」
「……最後の最後まで自分勝手だと思うがな」
「私は、それは自分勝手だなんて思いません」
苦笑する双見巴に、けれども今川友衣は至って真面目に返した。
「形はどんなのでも、こうして一歩進むことが出来たんじゃないですか」
「進む方向が間違っている気がするがな……だから自暴自棄、なんだろ」
「いえ……勇気ある行動だと思いますよ?」
「勇気ねえ」
「辛いことから、少しでも逃げられるように、そこから離れるために、進んだんだと」
今川友衣は自分にこそ言い聞かせるように、納得していった。
双見巴も「最期だからか……」とどこか納得したようだった。
「やっと、辛い日々から逃げられるんです。何もかも、お別れなんです」
「……そうだな」
その時、ドアが開き八木原智絵が出てきた。
「そこで待ってたんだ。漸く女子皆シャワー使い終わったよ」
「ああ、分かった」
「いよいよ、明日なんですね」
「……そうね」
「私も、明日に備えてお先に失礼します」
そう言ってベッドに向った今川友衣の表情は何処か曇っていた。


<トモエ、一泊する・終>


自分の名前に自信がないからハンドルネームを使う……は別ですね。
まあ同じ名前でも、尚且つ同じ漢字だったとしても環境とかが違えば違う人間違う人生。そんなの当然ですよねー。
ところで自分の名前とは基本的に自分では決められない部分なので、故に自分の名前への葛藤というのが存在するのでしょう。
では大抵は自分で決める自分のハンドルネーム。これには自信がありますか?
自分のハンドルネームへの葛藤はありますか?

しかし文章の間隔がイマイチつかめない。
……読みにくい?

Re: トモエ ( No.6 )
日時: 2020/05/06 16:40
名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: HrJoNZqu)

トモエ、夜を明かす


何故夢を見るようになったのか。

苛められて、眼に傷を負い、そして”死のうと思った時”から、今川友衣は夢を見るようになった。
夢。否——悪夢。
毎回毎回同じ内容、そして同じ場面で必ず目が覚める。
夢は——思い出したくもない、目を失う日から始まる。

今川友衣は床に押し付けられていた。苛めの中ではいつものことだった。
必死に抵抗をするが、起き上がれないでいた。逆に手を思い切り踏まれる。

——イヤだ。

今日は何をされるのか、考えただけで背筋が凍る、お腹が痛くなる。
視線を上げると、ニヤニヤした顔が数個、自分を見下ろしていた。
『何見てんだよ』
脇腹を蹴られた。痛みと苦しみが襲うが、抑えつけられているのでどうする事も出来ない。
『今日はどうするよ』
誰かがそんなことを言って、髪の毛を掴み上げた。

——イヤだ。

『んー、ボールみたく蹴る? 歯飛ぶとこもみてみたいな』
『面白そうじゃん。やってみようよ』
『決めたれエースキッカー』
面白半分に、そんなやり取りが今川友衣の頭上でされていた。

——やめて。

少し離れたところに誰かが立つ。抗おうとするが逆に抑える力が強くなった。
『抑えてる私を蹴るなよー?』
『するわけないじゃん』
『じゃあ、やっちゃえ——』
足が、近づいてくる。手も、足も、動かすことはできない。

——やめて!

必死に抵抗して、そして——左目に激痛がはしった。
力の限り暴れ、抑えを解いた。
息が出来なくなるほど、喉が潰れるほどに悲鳴を上げる。
分からない。分かりたくない。
自分が今どんな状態になっているのかを。
熱い。見えない。左目が開かない。
そして時間がすぎるにつれ呼吸が段々と落ち着いてくるにつれ——右眼で周囲を見渡す。
何もない。
苛めっ子も。教室も。外の景色も無い空間。
漸く、夢の中だと思い知らされる。
同じ夢を見て、同じ場面で目が覚める。分かっていても夢はその場面まで終わらない。

何故夢を見るようになったのか。
苛められて、眼に傷を負い、そして”死のうと思った時”から、今川友衣は夢を見るようになった。
何もない空間、今川友衣の前に——今川友衣の姿が現れる。
一糸纏わず——体中に傷痕がある、今川友衣。
その眼前の今川友衣は、何かを悟ったような表情をして、今川友衣の肩に手を置く。
そして耳元で囁く。目が覚める直前の、最後の言葉。


『死んじゃおうよ』


   +  +  +

「!!!!」

今川友衣は目が覚めた。
恐る恐る、目に手を当てる。左目は熱を持っていたし、右目からは涙が出ていた。
「また……あの夢ですか」
体からは嫌な汗が流れていた。
「本当に嫌なのに……もう死ぬんですから、最後くらい嫌な夢を見せないでくださいよ……!」
自分自身に対する怒りと悲しみ。けれどもどうすることもできず、今川友衣は少しずつ呼吸を整えていく。
時刻は夜中の3時に差し掛かろうとしていた。同じベッドには八木原智絵と竜谷兎萌が眠っていた。そして離れたところにあるソファーには双見巴が寝ている。起きる気配は無いように見えた。
「……シャワーを浴びますか」
静かにベッドから移動する。バスルームのドアを開け、正面の鏡に目をやる。
小さく、疲れたような笑みを浮かべて見せた。
「…………」
表情を元に戻す。
死のうと思ってからこの夢を幾度となく見続けてきた。けれども、何故そんな夢を見るのかは今川友衣自身にも分からなかった。
死にたいと思っているからなのか。
それともどこかで思いとどまっているからなのか。
それとも——あれが死そのものなのか。

「どうせ、死ぬんです」

死ねば解放されるだろう。そう思い、今川友衣は考えるのをやめた。
再びシャワーを浴びるために、今川友衣は服に手をかけた。

そこから露わになったのは——傷だらけの体だった。

   +  +  +

「ん……」
八木原智絵は夜中に目が覚めた。
「トイレ……」
半ば寝ぼけた状態で、バスルームへと向かう。そしてそのままドアを開けた。
脱衣所には上半身裸の、体中傷痕がついている今川友衣がいた。
「…………!!」
「え——」

「で、出でってくださいいいいいいいいいいい!!」

力いっぱい押し出された八木原智絵は、漸く目が覚めた。
「い、今川さん……」
「ほっといてください!!」
大きな声で叫ぶ。夜だという事などお構いなしに。
傷だらけの体を見られてしまったのだ。無理もなかった。
「ううぅ……」
今川友衣は自然と涙が流れだした。
「いやだ……嫌ですよ……もうこんなの」
「今川さん……」
迂闊だったと八木原智絵は思った。
「私の不注意でこんなことになって、ごめんなさい」
だがそれ以上に、今の今川友衣を宥め、落ち着かせないといけないと八木原智絵は思った。ドアを挟んだ向こうで、今川友衣の泣く声が聞こえる。
「今私たちといる今川さんが、今川さんよ。どんな過去があっても……それでも、私たちは最後まで一緒だから」
一緒に死のうと集まったから、最後まで一緒にいたいから。
「今川さん……」
「…………」

暫くして鳴き声が止み、今川友衣がバスルームから出てきた。服を着た状態で。
「……ご迷惑をおかけしました」
「……私は大丈夫よ」
そう言って八木原智絵は寝ている二人に目をやる。双見巴も竜谷兎萌も、起きる様子はなかった。
「大声まで出して、ごめんなさい」
今川友衣がそう言って頭を下げた。
「いいわよ、そんな……それよりも、落ち着いた?」
「……少しだけ、お話ししてもいいですか?」
「ええ」

二人はベッドの脇にある椅子へと移動した。
「……八木原さんには」
椅子に腰かけた八木原智絵に対し、今川友衣が立ったまま、
「——言ってなかったですよね。私が自殺する理由」
そう言って、今度は自分から服を脱ぎだした。
突然の事に八木原智絵は驚いたが、構わず今川友衣は眼帯も外した。

「……これが私の、死ぬ理由です」

傷だらけの体。失われた左眼。今川友衣は必死に笑顔を作っていたのが八木原智絵には余計に堪えた。
「……お願い。全部つけて頂戴。見るのが辛いわ」
すいません、と今川友衣は慌てたように服を着て、眼帯と眼鏡をかけた。
「ずっと我慢して生きてきたんですけど……もうダメになっちゃいました。段々心が削られていって、今はもう、無い状態、とでも言うんでしょうか」
そう言って今川友衣は自分の胸に手を当てた。

今川友衣は語りだした。
苛められていたこと。苛めが原因で左眼を失ったこと。
それがきっかけで自殺を決めた事。
そしてそれから夢を見るようになったこと。
一通り話した後で、今川友衣は深呼吸をした。
「なんか……ごめんなさい。一方的に話を聞かせるような形で——」
申し訳なさそうに、悲しそうに呟く今川友衣に——八木原智絵はそのまま今川友衣の体を抱きしめてた。泣いていた。

「……どうしたんですか?」
「分からない……」

どうして泣いているのか、どうして抱き着いたのか、八木原智絵自身分からなかった。
「分からないけど……こうするのが今一番じゃないかなって、思って、さ……」
「あ……」
そう言って今川友衣も静かに泣きながら、抱き返した。
「ありがとう、ございます……」
この人と、この人たちと最期を迎えることができて良かったと、今川友衣は心の中で思った。




<トモエ、夜を明かす>

一月ぶりの投稿でした。
ストーリー的にも折り返しです。
最後まで頑張りたいです。継続って難しいんですね。


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