複雑・ファジー小説
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- ただ、それだけのこと。(短編集)
- 日時: 2019/02/18 23:40
- 名前: 麗楓 ◆F.XzXC1pug (ID: AwUzQTp7)
ただ、それだけのこと。
朝、君に何を話そうか玄関で考えて、
昼、君に見せる笑顔をトイレの鏡でつくって、
夜、君との夢を見れるように祈りながら眠る
たったこれだけのことなのに、
なぜ心が踊るのか
たったこれだけのことなのに、
わたしの心が揺さぶられるのは、
きっと貴方のせいです。
nana「三行ラブレター」において、匿名で佳作を受賞。
(一部改編)
のんびり気ままに更新する短編集です。
麗楓と言います。以後お見知りおきを。
>>1 嘘
>>2 なので私は彼を殺します。
>>3 意味合い(前)
>>4 意味合い(後)
>>5 初めてだった
>>6 交換日記(前)
- Re: ただ、それだけのこと。(短編集) ( No.3 )
- 日時: 2018/09/30 13:00
- 名前: 麗楓 ◆F.XzXC1pug (ID: Vy4rdxnQ)
おはこんにちばんわ〜麗楓です。
中編っぽいの書いたけど長いので、二つに分けて投稿します。
昨日見晴らしの良いレストランで昼食を取り、アサリのパスタが美味しかったのですが、デザートのブドウが酸っぱすぎて景色が全て抹消されました。
意味合い(前編)
「お兄さん何してるの?」
突如背後から聞こえた声に思わずビクッと身体を震わせる。振り返ると、大きなリュックを背負った少女が立っていた。
月に照らされたショートボブの黒髪、暗闇で大きくなる黒目。セーラー服を着ている少女は中学生に見える。
リュックの重さに負けじと、前屈みになるその姿は重心が傾いてヨロヨロと倒れそうだった。
「その自転車、お兄さんのもの?」
「……そうだよ」
まさか盗んできたとは言えない。
「へー、青いのかっこいいね」
「そうかな……」
受け答えしないで逃げれば良かった、と思った。
自分の物ではないから、上手く反応することが出来なかった。
実際自転車のデザインはどうでも良い。色合いがどうとか、そういうことは関係ない。
ただ鍵をかけ忘れた自転車を選んだだけだ。
橋の近くまで行くことが出来れば、後はどうでも良かった。
「それより君こそ、こんな夜遅い時間まで部活かい? 寄り道しないで帰るんだよ」
地域に居る人が言いそうな言葉を選んで話す。
少女は周りをキョロキョロと見回して「ふーん」と呟いた。
「お兄さん死ぬの?」
向日葵が一面に開花したように微笑んだ
———ヒュッと息が詰まりそうになった。
呼吸はしているはずなのに、心臓や肺まで酸素が行き届いていないようで苦しく感じる。
平静を装うとすると何故か頭は思うように働かなくて、どうしても焦る。
「な……んで、そう思うんだい?」
精一杯捻り出した言葉の選択に誤りがないか考える余裕すらなかった。
「それよりさ、お兄さん」
「え?」
少女は駆け足で駐輪場まで行くと、適当に選んだシルバーの自転車を自分の物のように扱い、また戻ってきた。
「鬼ごっこ、しませんか?」
「目の前で窃盗した人に言われても……」
「どーせお兄さんも窃盗でしょ? お兄さんが鬼だから! 早く私を捕まえてね!」
一方的に喋り、返事すら聞かないで少女は自転車を漕ぎ始めた。
「何で自転車で鬼ごっこしなきゃいけないんだ……」
訳が分からないまま、自転車を漕ぎ始めた。ライトを付けているからか、やけにペダルがずっしりと重たかった。
———しまった、もっと自転車を見極めて選べば良かった。
そのまま少女を追いかけて懸命に走っているが、全く追い付くことが出来ない。
少女は教科書やノートの入った具沢山のリュックを背負っているにも関わらず、自転車を漕ぐスピードは速い。
他人の自転車を漕ぎ続けて何年ぶりに大量の汗をかいた。
先ほどまでドロドロとした心情が身体中に巡回していたはずなのに、いつの間にか無くなっていた。ハンドルを強く握り締める。
無我夢中で走っていると、目の前には満月、遠くの方で夜の街がきらびやかに輝いていた。
続く
- Re: ただ、それだけのこと。(短編集) ( No.4 )
- 日時: 2018/10/01 09:31
- 名前: 麗楓 ◆F.XzXC1pug (ID: DPXEEa5h)
ぬぬぬ...長いなぁ(´・ω・`)
元々、動画投稿サイトで見つけたコメントに心引かれて、小説を書きました。
そして私事ですが、小説投稿サイト「エブリスタ」を始めました。
エブリスタさんは多ジャンルでイベントも豊富なので、良いなーと思ったからです。
一応「小説家になろう」でも活動しているので、良かったら見に来て下さい( ´∀`)
名前は一緒です。名前に意味は特に無いです。
(私の投稿を昔から見てる人なら知ってるかも)
意味合い(後)
少女が豆粒みたいに小さくなったと思ったら、いつの間にか少女は自転車を漕ぐのを止めていた。
「……体力、ある……ね、部活何か、やってるの?」
息切れしながら言葉を吐き出すと少女は「バドミントンやってるし」と誇らしげに言った。
「で、自殺する気失せた?」
「見事に失せちゃったよ。どうしてくれるのさ」
冗談めかしく言うと少女は苦笑した。川の水面に満月が煌々と照らし出されている。少女は小首を傾げてから尋ねた。
「ところでどうしてお兄さんは死ぬの? 誰かにフラれた? 酒とタバコに溺れた? パチンコで失敗したとか?」
「君は汚い大人を見すぎだね……。死ぬのに特別な理由はないよ」
———ただ疲れたから。人生という膨大で先の見えないステージの上から降りるだけだ。
「……お兄さんは詩人みたいだね……」
頭の上に「?」が沢山ある気がした。少女は眉間にシワを寄せている。
少し難しかったか、と聞くと「SNS上によく居るポエマーみたい」と言った。今度は僕が苦笑する番だった。
「君は生きているのに何か理由はあるかい?」
少女は目を瞑り、静かに頷く。
「へぇ、どんな理由?」
少女は走行する自動車の音にかき消されるような、小さな透き通る声で呟いた。
———綺麗に死ぬために、今日を生きてる。
周辺の雑音が大きいはずなのに、少女の声は玲瓏で鮮明に聞こえた。少女の方がよっぽど詩人に見えた。
月夜の水面に映る少女が、どれだけ大人っぽく綺麗に見えたことか。
「……なかなか難しいね」
「そうかな?」
電車への飛び降りは確実だけど、ダイヤが乱れて大勢に迷惑をかける。
首吊りは生き残った時が大変だし、死んだ後の処理が面倒。
練炭もギロチンも有効だけど、用意するのが大変。
病気で苦しんで死んでいくのは費用がかかる。
「身内の目の前で死んだら葬式費用がかかる。綺麗に死んだわけでもない、納得して死んだわけでもないのに、そんな所に金を使ってほしくない」
さも当たり前のように喋る少女は本当に中学生なのか?
それすらも疑わしく思えてきた。
少女の言葉を、少女の身内に今ここで聞かせたら何と言うだろうか。
もし僕が同じように家族の目の前で、こんなことを言ったら何と言われるだろうか。
「変人だ」とか「気持ち悪い」と言われるだろうか。病院の精神科に強制入院させられるだろうか。
だが僕は少女が間違えているとは思わない。
寧ろそのような考えが浮かび上がるなんて凄いと思う程だ。
「……つまりそれは、安楽死したいってこと?」
「んー、最終的に死ぬ手段が無かったら。でも」
「でも?」
「私が生きている内に綺麗に死ねる装置ができたら、私は迷わず使用すると思う」
真っ直ぐ前を見つめる少女は、未来へ向かって将来を想像し歩んでいく子供に見える。
だが心の中を一度覗くと、中身は人生を放棄し、「死」への想像へと膨らんでいるのが分かる。
「そうだねぇ。装置があれば僕も使用するのかな」
「でも安楽死を導入しない限り、そんな装置の使用だって禁止される。そうなると、私はまだ生き続けなきゃいけない」
結局その装置が発明されない限り、死んだら誰かに迷惑をかけちゃうんだよね、と感慨深く少女は言った。
「……ところで、もう夜の8時過ぎだけど、大丈夫?」
「うわぁ、ママに怒られちゃうから帰らなきゃ」
先ほどまで人生を悟ったように語っていた少女から「ママ」という言葉が出てきて一安心した。
ちゃんと可愛らしい中学生の一面が見えて、内心ホッとしている。
「こんなにスッキリしたの初めて。お兄さんとまた話せたらいいなぁ。それじゃあ、バイバーイ!」
最後は可愛らしく手を振り、全速力で自転車を漕いで消えた。
この後僕が、"自殺することを考慮して"、あえて何も言及しなかった少女に感謝する。
僕は再び月が反射した水面を覗いてみたが、諦めて盗んだ自転車を返すために、カラカラと重い自転車を引きずって歩き始めた。
川のせせらぎは穏やかに、背中を押すように静寂に流れていた。
- Re: ただ、それだけのこと。(短編集) ( No.5 )
- 日時: 2018/11/17 14:23
- 名前: 麗楓 ◆F.XzXC1pug (ID: 5/4jlQyE)
こんにちは、麗楓です。
模試の判定がEからDに一つ上がりました。
舞い上がって親に報告しようか悩んでいたら、校内順位は下から2番目と気づきました。
報告は諦めます(´・ω・`)
初めてだった。
「かっこよかったよ」
頬を赤らめた彼女は、俺の顔を見ずにそう言う。
「3Pシュート決めてたの、凄く良かった」
黒髪から覗く堂々とした茶色の瞳は、強い信念を持っているように見える。俺は肩ベルトを強く握りしめた。
「3秒前にシュートされて逆転負けしたけど、かっこいいって思う?」
「思うよ」
彼女の凛とした真っ直ぐの瞳が俺を見つめる。即答だった。
放課後の夕焼けに照らされた彼女は、髪の毛1本1本から泥で汚れたスニーカーまで、全てが逆光に包まれて眩しかった。
「……俺さ、体育大会のバスケで優勝したら、好きな人に告白するって決めてたんだ」
「うん、知ってる。この前聞いた」
「告白なんて初めてだから、無理に高い目標まで定めて。結局決勝にすら行けないなんて、バカみたいだなぁなんて……」
誤魔化して笑おうとしても、上手く笑えない。上ずった声しか出なかった。しばらくの間、沈黙が訪れる。
———本当に、バカみたいだよな。
弧を描いて飛ぶボールを今でも思い出す。
試合終了3秒前にシュートを決められて、ボールの感触が手に残るなか、7対8で俺達は負けた。
———あのボールに触っていたら。
———あと1本シュートを入れていたら。
体育館の天井を見上げながら、何度も悔やむしかなかった。
クラスメートは労いの言葉をかけた。誰も3Pシュートのことなど、俺自身もシュートを打ったことすら忘れていた。
なのに、傷を抉るように思い出された過去。
出来れば封印して、二度と思い出すことがないようにしたかった。
———なのに、
外靴に履き替えた俺は靴紐を軽く結び直してから、沈黙を突き破るように明るく喋った。
「3Pシュートの話したの、お前が初めてだわ。俺の名前も呼んでくれてたでしょ?」
「え、私が呼んだの気づいた?」
「気づいた気づいた」
「うん、そっか…………ごめん。もしかしたら気分損ねるかもしれないんだけど」
「何?」
———なのに、
「あの試合、君がかっこよかったこと以外覚えてない」
———なのに。
———どうして君から発せられる「かっこいい」の言葉は、こんなにも胸に響き嬉しくなるのか。
誰かの「かっこいい」より君の「かっこいい」が一番心に染み渡るのは何故だろうか。
初めてだった。誰かから「かっこいい」と言われて胸が高鳴るのは。
初めてだった。誰かから自分の名前を呼ばれて、あんなに自分の名前は美しい響きをしていたのか、と思うのは。
その説得力のある澄んだ瞳に、嘘など見受けられるはずがなかった。
「しかし、よく人に向かって褒め言葉がぽんぽん出てくるよな。羨ましい限りだわ」
「別に全員に対して言ってるわけじゃないよ? 好きな人にしか言わないもの」
「ふーん………………え?」
今、「好きな人」って———。
心臓がバクバクと音を立てて制御が出来ない状態。試合の時よりも頬は火照って身体中熱くなっている。半開きの唇は閉じないまま、いつまでも開いていた。
「よそ見してると置いてっちゃうよ?」
悪戯っぽく微笑む彼女は、可憐で綺麗だった。
やっぱり勝ち負け関係なく、ちゃんと伝えたい———。
彼女の手を掴み、俺は深呼吸をする。そして、
「試合では負けたけど、俺本当はお前のこと———」
君に、初めての告白をしよう。
- Re: ただ、それだけのこと。(短編集) ( No.6 )
- 日時: 2019/01/21 22:14
- 名前: 麗楓 ◆F.XzXC1pug (ID: P/XU6MHR)
お久しぶりです、麗楓です。
更新していきなりですが、小説カキコは3月まで浮上しないことを宣言します。
センター......失敗したので(´・ω・)
先程動画投稿サイトを見て、「本気でやらなきゃ」と思いました。
中編を作りました(12月頃に)が、次の更新は3月まで待っていて下さい。
そしてなかなかに長い(`・ω・)
交換日記。(前編)
———離婚して下さいって書かれてないよな?
ある日家に帰ると、食卓テーブルの上に一冊のノートが置かれていた。
深夜0時、昼間に働いている妻は明日に備えて静かに寝ている。
塾の講師として勤務する私は昼夜逆転してしまっているため、結婚してからというもの、妻との会話は少なかった。
朝起きて昼間働き、夜眠る妻。
昼起きて夜間働き、朝眠る私。
結婚から3年ほど経つが、1年前から私の方が忙しくなり、まともに会話することがほとんど無くなった。
怖じ気づいた私は、恐る恐るノートを開く。すると、丸みを帯びた文字で次のような言葉が書かれていた。
『ここ最近まともに会話出来ていないので、なんとかお話できないかなって思って、ノートを作ってみました! これからは今日起こった出来事を書いていく"交換日記"をしましょう!』
「はあ?」と思わず声を漏らす。
さらにその次のページには『今日朝の占いが1位だった!』と綴られていて、私は眉間にシワを寄せた。
妻の寝顔を覗き込むと、布団をかけずに腹を出して眠る妻が居る。
———今日起こった重大な出来事が、まさか「占いが1位だった」で済まされるとは。
しばらくは付き合ってあげるか、と観念して私は、真夜中に小さく光を灯すスタンドライトの中、私はペンを走らせた。
返事は家に帰ってきてから書かれていた。
相変わらず、布団を蹴飛ばして静かに寝る妻を見て、苦笑する。
私は布団をかけ直してから、チェックの付箋が付いているノートを開いて、見てみることにした。
『よかった。あなたのことだから、恥ずかしがって書かないかもって思ってたけど、ホッとしたわ。昨日は1位だったからか、可愛いワンピースを見つけたの。似合うかな? 今度これを着て一緒にお出掛けしよう!』
顔を上げると、ハンガーに掛かったワンピースを見つける。
清楚な水色のワンピース。腰にリボンがあしらわれた逸品は、思わず「ほう」と声を漏らすほど可愛らしかった。
同時に、心にぽっかり穴が空いたように思えた。空虚感の帯びた空色の服にそっと触れる。
———二人でお出掛けなんて、いつになるんだか。
なぜかスラスラと、書くことが決まっていたかのように、ペンを走らせた。ショッピングすることと、お茶すること。
嘘八百だ———。
ゆっくり相手に合わせてショッピングも、甘いものも苦手である。
交換日記に付き合ってあげるだけだ。少しばかり期待させても良いだろう。
次の日、衝撃の言葉が返ってきた。
『はーい! じゃあ場所は駅前のデパートで。お昼ご飯は駅の中にある、美味しいって噂のパンケーキ屋さんがあるから、そこに行きましょ。今度一緒に締めパフェ食べようね!』
「げっ!」と口を開いた。苦手なセロリを食べたような顔をする。
しかも「わ」と「は」を間違えたようだ。妻の脳は幼稚園児以下にまで衰退したのだろうか。
ちらりと横目で妻を見る。相変わらず幸せそうな顔で、静かに寝ていた。
妻の顔を見るなり、突然ホイップクリームがたくさん乗ったパフェやパンケーキを思いだし、さらに私は顔をしかめた。
"毎週末甘いものを食べに行こう!"
これにしめて、妻が言いそうな言葉である。私は溜め息をつきながら、渋々ペンを走らせた。
それから、私と妻の不思議なやりとりは毎日続いた。
時に綺麗な文字で、時に眠たかったのか崩れた文字で、妻は交換日記を書き続けていた。
『私、今週末友達の結婚式があるんだけど、参加してもいい? もし参加するなら、ドレス選んでほしいなぁ』
妻には黄色いドレスを選んだ。胸元のコサージュが綺麗だと思ったからだ。
次の日、ノートには歓喜の伝わる文面。余程気に入ったのだろう。
『お揃いのティーカップを買ったから、今度一緒に使おう! コーヒーでも紅茶でも、できればココアがいいな……。今度二人で休みが取れたら、お出掛けもいいけど、ゆっくり家で過ごしたいね』
仕事帰りにコンビニで、インスタントコーヒーを買って机に置いておくと、次の日のノートは荒れ模様だった。
交換日記を始めて1週間が過ぎる。
『明日は結婚式で、二次会も含めたら終わるのが11時を過ぎるみたい。あなたが帰ってきたら、久しぶりに話せそうね。そろそろお義母さんの所にも伺いたいから、予定話し合って決めようね♪』
大事なことは、交換日記で話し合わないらしい。
そういうところは妻らしいと感じる。私はノートを見て微笑んだ。
と同時に、同僚の鍵谷から、変態を見るような蔑む目線が送られてくる。黒髪からぎょっと覗き込む鍵谷に、私はスーツの中にモルモットが入り込んだように身震いした。
「藤城がノート見てニヤニヤするって……」
「何だよ、誰だってニヤっとする時ぐらいあるだろ」
「ここ1週間妙に元気だから、心配だったよ。職場にまで変なノート持ってきて、しかもニヤニヤしてるなら……グラビアのおっぱ」
「んなわけ! 大体表紙に『交換日記』って書いてるだろ」
「……え?」
覇気が無くなったように、鍵谷は弱々しく呟いた。
こちらも「え?」と思わず呟く。鍵谷とは目の焦点が合わない。鍵谷は私の腕を掴み、教材室に連れていった。
鍵谷は隠し事でも喋るように小さい声で喋った。
「だ……誰、と?」
「誰って奥さんとだよ」
「お前……大丈夫か。ちょっと1回医者のところ行った方がいいんじゃないか」
突然真面目に話し出したので、私は「ハア?」首を傾げる。余計訳が分からなくなったのだ。
鍵谷の顔が真っ青になった時点で、私は何かがおかしいと感じ始めた。
「おかしいのはお前だろ、顔色悪いぞ。体調悪いのか? 一緒に外科行ってやるよ」
「おかしいのは……っ……自分の奥さんのこと分かってんのか!?」
「意味分かんねぇ何のことだよ」
「———お前の奥さん、1年前に亡くなってるって……」
- Re: ただ、それだけのこと。(短編集) ( No.7 )
- 日時: 2019/05/17 19:44
- 名前: 麗楓 ◆F.XzXC1pug (ID: AxfLwmKD)
お久しぶりです、麗楓です。
センター失敗しまくって色々ありましたが、無事札幌へ進学することができました。
サークルの加入はありませんが、高校生の時の自分なら絶対やらないような、プロジェクトに参加してみたり、毎日楽しく過ごしています。
なので、先に大事なお話から。
2016年から小説カキコで活動してきましたが、今日で活動休止します。
理由としては「時間が無い」、「小説を書くスピードが遅くなった」、「小説を投稿するウェブが増えてしまった」など。
そして小説を投稿するウェブを絞らせていただきました。
なので「小説家になろう」での活動も休止します。
エブリスタやLINEノベルの活動が主流となります。
小説カキコでは、たくさんの方々にお世話になりました。
オリキャラをくださった方、コメントをして下さった方、いつも見て下さっている方。
本当に皆さん、ありがとうございました。
尚コメディライトの方は、載せる短編が残っていますので、活動休止は7月頃になります。
もしかしたら、コメディライトは活動を続けるかも?
私、有言不実行が多いので笑
それでは、最後の短編をどうぞ!
歪んだ愛情がテーマです。
黄色いカーネーション
私のパパは、すっごく強い。
重い荷物を軽々持つことができるし、背が高いし、手が大きいし、優しい。
何より私のついた嘘を見抜いちゃう。
私の同級生は、見抜けないのに。
「えー、何で私が嘘ついたって分かるの?」
「あはは、彩未あみは嘘つくの下手だからなぁ」
「そんなぁ」
「パパは彩未のこと、何でも分かるよ」
そう言って、いつも私の頭を撫でる。パパの暖かく大きな手が好きだった。
お菓子をこっそり食べても、テストで悪い点数を取っても、友達とケンカしても。
パパにだけは嘘が通用しない。
そんなパパが、絶対に勝てない相手がいる。
それは———ママ。
パパはママに絶対勝てなかった。
別に重い荷物持てるわけでもない、背も小さい、手だって小さいし、いつも怒っている。
そして私のことを生ゴミみたいに見つめる。
パパはそんなこと、絶対しない。
「あのねママ……」
「彩未、ママ疲れてるから黙ってて」
「でも……」
「何で言うことが聞けないわけ!? あんたなんか生まなきゃ良かった!!!」
そう言って、いつも私の頬を叩く。ママの冷たく小さな手が嫌いだった。
パパはママに勝てない。二人でケンカすると、パパが絶対負ける。負けた所しか見たことがない。
大学の偏差値、会社のお給料、交友関係。
パパはきっとママに劣っていたんだ。全部を比べるママの目は、何かを品定めしているみたいで、とても怖い。
ママはパパに手を上げるときもあった。お酒に酔った日は、殴ったり蹴ったり、パパを玩具おもちゃのように扱う。
パパは犬で、ママは飼い主。
パパは奴隷で、ママはご主人様。
私の大好きなパパを傷つけるなんて、許せない。
いや、ママのことは大嫌いだ。
———必要ないのに、ママなんて……。
「ママのこと、大嫌いなんて思っちゃ駄目だよ」
彩未を産んでくれた親なんだから、とパパは笑みを浮かべて私のことを抱きしめた。ママに殴られてできた痣のせいで、笑顔がぎこちない。ふんわりと石鹸の香りが鼻をくすぐる。
腕には青みがかった痣が残っていた。
「別に、私ママのこと好きだよ」
「彩未は本当に嘘が下手だなぁ」
私の髪に優しく触れて、痣のことなんて気にしないで思いきり笑うパパ。
誰かのことを見下して嘲笑うママとは大違いだ。
「それより、もうすぐ母の日だろう?」
「うん」
「日頃の感謝を込めて、ママにカーネーションでも買ってあげたらどうだ?」
「カーネーション……」
パパの言葉で私はハッと目を見開いた。
そっか、こうすれば良かったんだ。
みんな喜ぶプレゼントなんて、簡単じゃない。
5月の第二日曜日は母の日。だけど私はパパのために準備を始める。ママに感謝することなんて無い。
感謝を向けるのはパパ。大好きなパパを守ってあげなきゃ。でも私は小さくて弱いから、パパを守ることができない。
だから、ボロくて弱い盾でパパを守るんじゃなくて。
「いつもありがとう、ママ」
ママに矛先を———ううん、槍を向けるんだ。
「何これ……黄色いカーネーション?」
「綺麗でしょ? 花言葉はね———」
ハサミよりカッターより鋭いもの。ママが私の頬を叩くときの痛みより、ずっと突き刺さるもの。
でもビックリしちゃったよ。こんな近くにいいものがあるなんて。
「『軽蔑』だよ」
鋭利な刃物でママを貫く。事態を理解していないママは、横目で私を睨んで目の前に倒れ込んだ。
踞うずくまるママから、キツい香水の匂いと鉄分が含まれた生臭い匂いがする。
いつの間にか真っ赤な海に囲まれていた。暖かさを保った赤黒い溶岩みたいなものは、靴下を湿らせてドロドロ溢れ出る。
「生ゴミ」がヒューヒュー言いながら、私に怒号を向けた。
「彩未っ……!!!」
「ママはパパの世界に必要ない」
少しだけ猶予を与える。別にママの手足を縛っているわけでも、口元を塞いでいるわけでもない。
少ーしだけ、生きてた証を残そうと思って。
ママは足掻いて足掻いて、必死にドアまで這いずっている。外へ出られたら誰か助けてくれると思ったのだろう。
くっきり血の塊が絨毯に絡み付いた。
でも残念、時間切れである。
パパに必要ないものは、私が消去するんだ。
パパは驚きを隠せない顔で私を見つめた。よほどビックリしたのだろう。会社から帰ると血の世界が広がり、無惨なママの死体が申し分なく置かれていたから。
切り刻まれたママを見て、パパは言葉が出ない様子。言葉が喉に引っ掛かっているみたい。
私にかける言葉が出てきそうなのに、目の前の死骸がパパの妨害をしているようだ。
「———……誰に、殺られたんだ……」
「誰って私だけど」
「こんなの……倫理に反するだろ……」
「リンリ? そんなの知らない」
今、私笑っている。
ママの居ない世界が、愉快だから。
最強だと思っていたのに、小学5年生娘にあっさり殺られるなんて。
ほんと、可笑しすぎる。
「必要ないから私が処分しただけ」
そう言った瞬間、パパは泣き崩れた。
冷たくなった人形を優しく撫でる。血に触れても構わない。最後はママの身体を起こして抱き締めた。
その触れ方は、私の頭を撫でるときと一緒。
その抱き締め方は、私を抱き締める時と一緒。
何で。
何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で。
どうして……。
だってママはパパをいじめてたのに。
パパのこといっぱい殴ってたし、暴言だっていっぱい吐いてた。
なのにどうして。
ママのことを愛しそうな目で見つめるの?
私は間違ってない。
ちょっと存在を消しちゃっただけ。私は間違ってないもん。
「……っ……ああっ……ぅっ……っ……はは、ははっ……ははははははははははははははっ」
パパは満面の笑みを浮かべて私に抱きつく。予想外の展開に私は戸惑った。抱き締める力が強くて、ちょっと苦しい。
服にべったりと血の痕跡が残る。
私もパパを抱き締め返す。パパの身体は大きいので、両手いっぱい広げても、左右の手は交わらない。
「……パパ?」
「彩未……」
「パパは嬉しい?」
「うん、嬉しい」
———なぁんだ。
パパも必要ないって思ってたんじゃん。
二回り大きな手が私の髪を優しく撫でた。いつもは何も感じないけど、今日はパパの手から花の香りがお便りを届ける。
それは私が買ってきた花の香りと同じ匂い。
「パパも何か買ってきてくれたの?」
「———……鋭いね。彩未とママ用に買ったんだ。きっと喜ぶと思って」
「本当に!?」
「うん、これだよ」
そう言って私の前に姿を表したのは、
———黄色いカーネーション。
「黄色いカーネーション?」
「カーネーションといっても、特に黄色は様々な花言葉があるみたいだね。彩未は黄色のカーネーションの花言葉、知ってるかい?」
「うん、えっと……」
淡い黄色を馳せる花の目の前で、私は声に出して指を一本ずつ曲げていく。
軽蔑、嫉妬、友情、美———。
あともう一つは何だっけ、思い出せない。
黄色のカーネーションは否定的な意味が多いから、誰かに贈る花として向いていないって、本に書いていた気がする。
そうして———ふっと脳裏に過る。
もう一つの、花言葉。
「え?」
もう何も、言葉を発することができなかった。
パパが銀色に煌めく刃を、私に向けていたから。
最後に発した言葉。
「———パパ?」
次の瞬間。
私の身体にトスっと包丁が突き刺さる。パパが力一杯ねじ込むと、簡単に身体の中に入り込んできた。
傷口は熱を帯びていて焼けるように痛い。重力を受けるまま、私の血液は下へ下へと流れ出る。
パパの足元にドサッと倒れ込んだ。変わり果てたママの姿と今の私の姿、どちらも悲惨な姿だろう。
パパは目を細めて、声色高く話し始めた。
「いやぁ彩未がママを殺ってくれるなんて。パパの手間が省けたよ。ありがとう彩未」
パパは私の髪に指を絡める。
違うって言って、パパ……違うよね?
あの花言葉を、私に贈るわけじゃないよね?
だってあれはママに向けるものでしょ。
私に向けるものじゃないじゃん。
「パパがママを殺るつもりだったけど、予定が早まったねぇ」
パパの高笑いする声も、照明の映る目も。
全てが殺気立っていた。
悲しみと恐怖で、私の顔は涙でグシャグシャだ。
「ごめんねぇ、彩未。パパはねぇ」
黄色いカーネーションの花言葉。
「10歳までの女の子が、だぁいすきなんだ」
———愛情の揺らぎ。
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