複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 月の国ものがたり
- 日時: 2019/01/04 17:08
- 名前: 小雨 (ID: nEqByxTs)
はじめまして。小雨と申します。
自らが書いた文章をこういった場で他人様にお見せするのは初めてですが、楽しんでもらえるように精一杯書こうと思います!
これから書く『月の国物語』は、アジアっぽいところを舞台にしたファンタジーです!多分!
お願い
・読みづらかったりつまんなかったりあるかもしれないですが、できれば悪口とか書かないでほしいです。
・でも、文法・知識等で間違っていることがあればすぐに言ってください。訂正します。普通に感想とかも嬉しいです。てか感想質問等コメントじゃんじゃかください!
……というわけで、よろしくお願いいたします。
目次
はじめに
第一部 やわらかい太陽
一話 シンとスーリヤ
二話 白の塔にて
三話 スーリヤの話
四話 彼ら
五話 夢
第二部 砕けた星々(仮)
第一部の主な登場人物(ネタバレ注意?)
シン(16)月の国より東の国コチャン出身。弓使い。男。
黒の短髪に瞳は青みがかった色。
妹・ユエを探して月の国に来た。
スーリヤ(16)十年前に滅びた小国シェヘラの元王女。
髪の毛は茶色に近い黒を一本のおさげに結っている。瞳は飴色。赤い布を頭にまいて いるほか、服も赤色。
逃げてきた先が月の国だった。
ユエ(12)シンの妹。
髪色は黒、瞳は青(右)と紺(左)のオッドアイ。唇の下にほくろがある。
ダル(19)なんでも屋の一人。男。
長い前髪、肩まである金髪と同じ色の瞳。
ユレイトス(25)なんでも屋の一人。女。
長い赤毛を高いところでまとめている。瞳は緑。
プルートゥ(25)なんでも屋の一人。男。
髪と瞳は黒。日焼けしていて体が大きい。
ヴィナ(20)なんでも屋の一人。女。
銀髪。両目には刀傷がついており常に閉じている。
メルクリウス(23)なんでも屋の一人。男。
飴色の長髪を耳の下で結っている。瞳はこげ茶。
マーズ(22)なんでも屋の一人。男。
栗色の短髪と瞳。右腕に入れ墨があり、耳飾りをつけている。
サターン(19)なんでも屋の一人。男。
黒髪で前髪は長め。瞳は燃えるような赤色。
- Re: 月の国ものがたり ( No.5 )
- 日時: 2018/12/17 20:27
- 名前: 小雨 (ID: z2eVRrJA)
「君は、どこから来たの?」
青年が屈託のない笑みを浮かべ、首を傾げる。見る人の警戒心を解くような顔だが、シンはすぐに目をそらした。
(なんだ、なんだ……何がおかしい?)
「? どうかした?」
「あ、いや、なんでもないです」
シンは慌てて首を振った。
「俺は……ここよりもっと東の方から来ました」
「コチャン?」
「はい」
青年がすぐに国名を当てたことにシンは驚いた。これなら訊く必要が無かったのではないかとすら思った。
「コチャンかあ、いい国だよね。僕も一回行ったことあるけど、そこの人に、凄く親切にしてもらった……食べ物もおいしいし、文化も面白かった」
「……」
ね、と青年が顔を向ける。シンは曖昧にうなずいた。
「そっちは、どこから来たんですか」
んー、と青年は考え込むようなそぶりをした。
「特にそういうのは無いんだな」
「はあ……」
シンは呆れた。
(なんなんだこの人。早いとこ離れた方がよさそうだな)
そーっと場を離れようとしたシンを、青年は「待って」と引き留めた。それからシンが背中にしょっている弓矢を一瞥すると真顔になった。シンは初めて青年の笑っていない顔を見た。
「その弓矢、誰かにもらった?」
「……え」
シンは困った。これは言うべきなのか。でも……。
「言いたくないならいいよ。それに、ほら」
青年が指差した方向を見ると、白の塔からスーリヤが走り出てくるところだった。おーい、とスーリヤは大声で叫びながら向ってくる。
「じゃあね。今日はありがとう」
青年はシンに手を振ると、市場の人混みの中へ消えて行った。丁度そこへやってきたスーリヤが尋ねた。
「今の人、知り合い?」
「別に……。それより、ユエは」
ああ、とスーリヤはうなずいた。そして、白の塔で見たことと聞いたことの一部始終をシンに話した。
「——ていうかんじ。あんたの探してる人、見つかるといいわね」
「ありがとう」
シンはスーリヤに礼を言うと、そのままくるりと向きを変えて歩き出した。スーリヤは黙って見送っていたが、何かを決心したように走り出すと、シンの服の袖を思い切り引っ張った。
「うわ、なんだよ」
体勢を崩したシンは驚いて振り返った。
「あのさ、また会えるかな」
スーリヤはそう言うと、じっとシンの目を見た。シンはため息をついた。
「お前、そんなこと言いに来たの?」
「何よ!訊いちゃ悪い?」
スーリヤがむっとした顔になったのを見て、シンはふき出した。
「いや。そんなん俺も知らねえよ。お前はどう思うんだ?」
「私も知らない!知らないから訊いたんじゃない」
でも、スーリヤは下を向いた。
「会えるんならまた会いたい」
え、とシンがスーリヤの顔を見ると、そのままスーリヤは顔を真っ赤にして一目散に走りだした。
(なんかあいつと俺っていつも変な別れ方するなー)
同刻。少し離れたところから、二人の様子を見ている者たちがいた。先ほどの青年と小柄な女、そして短髪の日焼けした男だ。
「あ〜っ、若いっていいなあ」
小柄な女がそう叫ぶと、隣に立っていた青年がぎょっとした顔をした。
「ちょっと、そういうの大声で言わないで下さいよ」
「何よぉ、いいじゃないちょっとくらいは」
はあ、と青年が呆れた顔をすると、男が豪快に笑った。
「笑わないで下さいよあなたも。まったく……」
七日後、日もすっかり落ちた夕方。何やら下が騒がしいのが気になったシンは、何かあったのかと宿屋の女中に尋ねた。
「それがねえ、お客さん。大変ですよ。白の塔で火事だって」
えっ、とシンは驚いた声を出した。
「まだ燃えてるのか」
「ええ。しかも中に人が残されてるみたいで……あれ、お客さん?」
シンは急いで白の塔へ向かった。
(もし、あの塔にユエがいるなら……)
考えるだけでぞっとした。しばらく行くと、人だかりとこうこうと燃える炎が見えた。
「どいてくれ」
人ごみをかきわけ、水の入った桶を手にすると、人ごみの中にいた男がシンの手をつかんだ。
「おい、兄ちゃん。あんた中に入る気か」
「そうだけど」
「やめておけ。さっきもそう言って女の子が中に入ってったが帰ってこないんだ」
「女の子?」
「ああ。もしかして心当たりがあるのか?赤い服を着て、おさげの……」
スーリヤだ、とシンは思った。
(まずいことになってるんじゃないか)
ふと、嫌な考えが頭をよぎった。その途端シンは水を頭からかぶると、男の止める声も聞かず塔に向かって走り出した。
- Re: 月の国ものがたり ( No.6 )
- 日時: 2018/12/19 15:36
- 名前: 小雨 (ID: oN2/eHcw)
——あのさ、また会えるかな
ああ、会えるさ。
姿勢を低くして走る。煙の充満したところではこういう姿勢をとれと、昔爺に教えてもらった。
感覚を研ぎ澄まし、周囲の物音を注意深く聞き取る。どこかで、うめくような人の声がした。声のした方向へとさらに加速する。廊下を右に曲がり、煙を吸わないように気を付けながらスーリヤの名前を大声で呼ぶ。
「——し」
激しく咳き込む音と、かすれた声。ここだ、と確信したシンは炎に触れないように部屋の戸を開けた。
部屋は誰かの寝室のようだった。真ん中にはスーリヤと、白の塔の幼い少女が倒れていた。
「スーリヤ!おい、大丈夫か、返事しろ!」
ぐったりとしているスーリヤを揺さぶりながら声をかけたが、気を失ったままだった。シンは二人を背負うと、出口へ向かった。
「あ〜。めっちゃ燃えてるじゃーん。まだ中に人いるんでしょ、どうする?」
女があくびしながら後ろを振り返る。
「どうするって……大丈夫ですよ。ほら」
ふふ、と青年は微笑むと、塔の入り口を指さした。顔が煤で汚れたシンが出てくるところだった。
(つ、疲れた……)
よくやった、という周りからの称賛の声も、ぼんやりとしか耳に届かない。疲労でふらつきながら、シンは背中の二人を地面におろしたその瞬間、シンは自分の体がぐらりと揺れるのを感じた。
(まずい、倒れる)
前のめりに倒れたシンの体を、誰かがさっと受け止めた。
「君もふらふらじゃないか。でも、もう安心していいよ」
聞き覚えのある声がゆっくりと遠ざかっていき、シンは自分の意識が遠のいていくのを感じた。
目を覚ますと、シンはほの暗い部屋にいた。自分はベッドに寝かされていて、隣りにはスーリヤが寝ていた。シンははっとしてスーリヤに駆け寄った。
「スーリヤ、起きろスーリヤ」
「……シン?あれ、私——」
スーリヤはゆっくりと体を起こすと、大きく伸びをした。しかしすぐに真顔になると、慌ててあたりを見回した。
「まって、私倒れて——あの子は?」
「助かったよ」
スーリヤは、はあ、とため息をついた。
「私、またあんたに助けてもらったの?」
「まあな」
「ごめん。本当にダメだ。こんなに助けてもらってばっかりで……」
「いいって。お前だって、あの女の子を助けたんだろ」
違う、とスーリヤは首を振った。
「結局一緒に倒れちゃったの。助けたなんて言えない」
「でも、お前が中に入ったって聞かなかったら、俺は助けに行かなかった。お前は見ず知らずの他人でも、自分の危険を顧みずに助けに行った。俺よりすごいじゃないか」
シンは本当にそう思っていたが、スーリヤは暗い表情のままだった。そして、いらだったような口調でシンをせめた。
「大体シン、あんた死んじゃったらどうするつもりだったの?『ユエ』を探すんでしょ。私なんかのせいでダメになったら——」
シンは驚いた。
「じゃあ、あの場で見捨てろって言うのか」
「そうよ。私なんかより、あんたの命が優先されるべきよ」
「そんなことできるか」
「それに、現に今こうして被害をこうむってるじゃない。私のせいで——」
「いい加減にしろよ!」シンは声を荒げた。「私なんかとか、そうやって自分の命を軽々しく扱うな!俺もお前も同じなんだよ。人の命に上下は無いんだよ、金輪際そういうこと言うんじゃねえ!」
シンに負けじとスーリヤも叫ぶ。
「でも!あんたには夢がある。『ユエ』を探すって夢が。それをかなえるまで死んじゃいけない。でも、私にはそんなものは無い。それなのに周りの人はいつも私をかばって死んでいく!夢も何もなくこの十年ただ生きているだけだった私を!」
「夢の無い人間は生きてちゃいけないのか?違うだろスーリヤ!さっき言ったはずだ、人の命に上下は——」
「やめてよ!」
スーリヤは悲痛な叫び声をあげると、乱暴に部屋のドアを開けて走り出て行った。
「待てよスーリヤ!」
シンは慌てて後を追いかけようとしたが、廊下にいた女にぶつかって派手に転んだ。
「きゃっ、ごめんね」女は申し訳なさそうにすると、またすぐに走り出そうとするシンに声をかけた。「今の彼女、追いついたらちゃんと話を聞いてあげてねー!今みたいにただ怒鳴り合うんじゃだめだよぉ」
階段を下りながら、シンは驚いて振り返った。
「あんた、今の会話聞いてたのか」
「大体ねー。それよりほら、あの子を追いかけて!早く早く!」
何が早く早くだ、と思いながらもシンはそれ以上は答えずにスーリヤを追いかけた。
- Re: 月の国ものがたり ( No.7 )
- 日時: 2018/12/21 18:39
- 名前: 小雨 (ID: R6.ghtp2)
三話 スーリヤの話
シンがスーリヤを見つけた頃には、真上にあった日がすっかり落ちて夕方になっていた。スーリヤは夕焼け色に染まった海を眺めながら、膝を抱えて浜辺に座っていた。浜辺にはシンとスーリヤ以外誰もいなかった。
「スーリヤ」
シンが声をかけると、スーリヤはゆっくりと振り向いた。しかしシンの姿を一瞥すると、また目線を海の方へと戻した。シンはスーリヤから少しだけ距離を置いて、同じように浜辺に座った。
「スーリヤ、さっきはただ怒鳴るだけで悪かった」
「……」
スーリヤは答えない。
「あのさ、お前の話をしてくれよ。どうしてお前は俺よりも自分が死んだほうがいいとか考えるんだ?」
沈黙。相変わらずスーリヤは無言だった。
「じゃあ、話してくれるまでここで待つ」
やがて日が沈み、あたりは真っ暗になった。夜空の星と満月、そして遠くの町あかりだけが二人を照らしている。
「……シンって案外しつこいわね」
スーリヤが口を開いた。シンはふっと笑った。
「そうかな」
「最初は私の方がしつこかったんじゃない?立場逆転ね」
スーリヤも静かに笑ってシンの顔を見た。ざざん、と波の音がしている。
「で、どうして私の話が聞きたいの?」
「お前に死んでほしくないから。スーリヤのことが知りたい」
本音だった。シンはスーリヤの目をじっと見た。悲しそうな目をしていた。
スーリヤはぽつりぽつりと語り始めた。
シン、シェヘラって知ってる?
知ってるんだ、よかった。じゃあ、説明しなくていいよね。
あのさ、今から言うことに驚かないでよ。私ね、あの国の王女だったの。はは、見えないでしょ?でも本当のことだよ。
シェヘラが無くなった十年前——六歳の時まで、私は城で母様と父様と、二人の兄様と暮らしてた。兄様たちは私とよく遊んでくれた。母様は頭がよくて、色んなことを教えてくれた。父様は忙しくてあまり一緒にいられなかったけど、会うととても優しくしてくれた。幸せだったよ。
シェヘラは大国サガルに攻め滅ぼされた。友好国だったはずなんだけどね。何か大変なすれ違いがあったって、幼かった私はそれくらいしか知らない。
今でもはっきりと覚えてる。あの日は母様の誕生日の前日で、下の兄様と私、あとは三人の召使いで贈り物を買うためにお忍びで街に出た。上の兄様は国事で城にいたよ。
ちょっと都から離れたところだったけど、日帰りで帰れる距離だった。贈り物をじっくり選んだころにはすっかり日が暮れてて、急いで城に帰ったらさ。
燃えてたんだよ。城が。都が。
都にはサガルの兵士がいっぱいいた。私たちは母様たちを助けなきゃって城に行こうとしたけど、召使に止められた。
泣き叫びながら引きずられるようにしてその場を逃げた。あの頃はわけが分からなくて、どうしてみんなを見捨てるのって、召使を何度も殴ったり、罵倒しながら逃げてたよ。
きっと、父様から言われてたんだろうね。もしもの時は一番確実に子どもたちが逃げられるような手段をとれって。知らなかったからひどいことをした。
都から遠く離れた山の中に逃げ込んだ。夜が明けてから都の様子をうかがったら、城の前に三人の首が晒されていた。
国の人はみんな奴隷にされた。病気で働けない人や、逆らう者は殺されたよ。母を殺されて泣く子供が鞭をうたれて連れて行かれた。家族をかばおうとした父親は生きたまま焼かれて、助けようとした他の家族も炎に巻き込まれて死んだ。
私たちは地獄を見た。
それから三日も経たないうちに、軍は私と兄様の行方を探し始めた。私たちは身分を隠して逃げた。とにかく逃げた。
そうだ、召使たちの話をしておくね。私の家庭教師で、気のいいふくよかな女だったアーリ。護衛の男ジマ。それと調理場の見習いだった青年ホヅク。
途中何度か捕まりそうになったときは、ジマが助けてくれたよ。食料は野草とかをホヅクが調達して、料理にしてくれた。お金が必要になったら、アーリが街に行って飾りなんかを売ってきた。
半年くらいは何とか捕まらずにすんだ。でも、あるときついに拠点にしていた山小屋が見つかってしまった。
いつの間にか私と兄様の首には懸賞金がかかっていたらしくて、兵士たちが我先にと剣を向けてきた。ジマが相手をしている間に、あとの二人が私たちを連れて逃げた。
走りながら、振り返るなと言われていたけれど、私は一度だけ後ろを見てしまった。
ジマが数人の兵士に四方八方から剣をさされて血をはいていた。それでも抵抗しようとする彼の頭に、どこからか飛んできた岩が命中した。
それきりジマは動かなくなった。
ジマは死んだの。
私たちを生かすために誰かが死んだ。……その事実が耐えられなかった。
ごめん、今そういうのはいいよね。
で、その後私たちは二手に分かれた。私とアーリ、兄様とホヅク。
ひとかたまりになっていると狙われやすいのと、何かあっても全員が死なないようにするためだった。
数日後、兄様たちが死んだ。
当時、サガル軍が出していた新聞で知ったの。兄様の似顔絵に大きくばつがつけてあって、兄様を殺したやつのことがほめたたえられていた。見るに堪えなくて、泣きながら破り捨てたよ。
それから私はアーリと二人で、何とか国を出た。シェヘラが滅ぼされたあの日から三年が経っていて、私は九歳になっていた。
私たちは親子のふりをして、ここ、月の国に潜り込んだ。え?こんなふうに堂々と歩いてていいのかって?大丈夫よ、この国は安全。サガルはもちろん、どこの国の指図も受けないって月巫女が決めてるからね。
二人で粗末な部屋を借りて、一生懸命暮らしたよ。アーリは働きながら、私に勉強を教えてくれた。私も働くと言ったけれど、許されなかった。それよりも図書館に行って知識を増やしなさいと言っていたよ。
私はアーリが心配だった。嫌な予感は的中した。この国に来て二年、五年前の春にアーリは突然倒れた。もともと心臓に病気があったって、その時初めて知った。
アーリは半年もしないうちに死んだ。
アーリは城にいたころよく言っていた。自分は田舎から出てきて、たくさんのきょうだいが実家にいる。こうして城で働けることになった時とても喜んでくれたから、いつか山ほどのお土産を持って帰ってその倍は喜ばせてやりたいっ、て。
その夢をかなえることはできなかった。
もし、私なんかに仕えていなかったら。
アーリはもっと幸せだったかもしれない。都からアーリの故郷まではサガル軍の足でもおそらく半日から一日はかかる。その間に逃げていれば、家族と生きられた。こんな遠い遠い家族も友達もいない土地で、苦しんで死ぬことは無かったかもしれない。
そう考えると、眠れなくなったよ。
それからの五年間は、ただひたすらに生きた。物を売って、知識を生かして働いて、なんとかその日食べるものや眠る場所を確保し続けた。夢とか希望とかは無かった。死にたくないとすら思わなくなっていた。
あんたが私を助けに来たって聞いた時、アーリたちのことを思い出したよ。もう誰も私のせいで死んだり、夢を失わないでほしい……だから、ああいうこと言ったの。
私の話はこれでおしまい、とスーリヤは笑った。何かを諦めたような笑みだった。
シンは言葉を失った。と同時に、今までスーリヤに対して抱いていたいくつかの疑問が解けた気がした。最初に渡された指輪。盗賊と対等に渡り合えるほどの体術。あれは王族や貴族が教えられる護身術だ。
再びの沈黙。
- Re: 月の国ものがたり ( No.8 )
- 日時: 2018/12/24 14:41
- 名前: 小雨 (ID: kEC/cLVA)
「あのさ、スーリヤ」
今度、先に口を開いたのはシンだった。
「いっしょにいてよ」
「は?」
「お前が何かやりたいことを見つけるまででいい。俺と一緒にいてくれ」
「え、ちょ、話しが呑み込めないんだけど」
「スーリヤ。さっきの話を聞いて思ったんだが、お前は夢や目的のあったアーリさんたちが、そういうもののない自分をかばったりして死んだのが辛いんじゃないか。だったらお前が何かやりたいことを見つけるまで、俺の傍に一緒にいて、ユエを探すのを手伝ってほしい。そうすればやりたいことを見つけるまで、それが俺だけじゃなくお前の目標にもなる。スーリヤが夢を見つけたら、それをかなえるためにもう俺のことは気にしないでやってくれ」
スーリヤはまじまじとシンの顔を見た。シンも真剣な瞳でスーリヤを見返す。
「シン、あんたはそんなに私に死んでほしくないの?」
こくりとシンはうなずいた。
「どうして?」
シンは少し考えていたが、お手上げだと言うふうに両手を広げた。
「自分でもわからない。ただ、死んでほしくない。ダメか?」
シンがあまり真面目に答えるので、スーリヤは思わずぷっとふき出した。
「ダメじゃない。いい。ありがとう。本当にありがとう」
ほのかに明るい町の方へ、二人は並んで歩きながら帰っていく。
- Re: 月の国ものがたり ( No.9 )
- 日時: 2018/12/25 14:20
- 名前: 小雨 (ID: jX/c7tjl)
四話 彼ら
シンたちが宿に戻ると、そこでは七人の男女が座って二人を待っていた。七人の中にはシンが塔の前でスーリヤを待っている時に会った青年と、さっきぶつかった女もいた。
「お帰り〜」
女が嬉しそうに笑う。二人は状況を見て戸惑った。
「あの、これは……」
「あのねぇ、君たちそろそろ帰ってくると思ったから、みんなで待ってたんだ。せっかくだしちょっと自己紹介でもしようかと」
『みんな』というのはこの女を除く六人のことだろうとスーリヤは思った。女は二人にも椅子をすすめると、自分の席に戻った。
「シン君とスーリヤちゃんだっけ?すごいねぇ、あの塔が火事の時助けに入ったんでしょ。勇気あるぅ」
「いや、別に……。こちらこそ助けてくれてありがとうございます」
シンは頭を下げた。いいのよ、と女は言った。
「こっちが興味あっただけだから。で、そうだ。私はユレイトス。こー見えて君たちよりおねえさんだから。よろしく!」
「よろしくお願いします」
ユレイトスの次にシンたちに話しかけたのは、彼女の隣に座っていた男だった。日焼けした肌に真っ白な歯、目と髪は黒。おそらくこの場にいる中で一番体が大きいだろう。
「俺はプルートゥ。よろしくな!」
大きな掌でぼすぼすと強めにシンの背中をたたく。シンは呼吸が詰まりそうになった。
その後も自己紹介は続く。
「ヴィナ」
名前だけ言ったのはシンたちよリ少し年上の娘だった。銀髪に、色白ですらりとした手足がまぶしい。両目は常に閉じていて、まぶたから頬の上あたりにかけて刀でつけたような傷があった。
「私の名はメルクリウス。シン君、奇遇だね。私も弓を使うんだよ」
メルクリウスはそう言って二人に握手を求めた。少し長めの髪を一つに結った二十代前半くらいの男で、背が高く、落ち着いた雰囲気をまとっていた。
「えーっとはじめまして、オレあマーズ。よろしく!」
照れ臭そうに笑ったその顔はなかなかのいい男だった。栗色の短髪に耳飾り、右腕には刺青があり、女にもてそうだとスーリヤは思った。
「俺の名前はサターン。……なあ、お前」
まっすぐな黒髪に燃えるように赤い目。サターンはつかつかとスーリヤの方へ歩いてくると、目線を同じくらいにしてスーリヤの顔をじっと見た。
「な、なんですか」
「ん?なんかどっかで見たことある顔だなあ。お前スー…なんていったっけ、まあいいや。俺とどっかで会ったことねえか?」
自分の素性がばれたのではないかとスーリヤはどきどきした。シンが心配そうな顔で見てくる。
「ないです。気のせいじゃないですか」
「そうか?うーん、でも……」
ぶつぶつと言っているサターンを、メルクリウスが止める。
「サターン、その子に失礼だ」
そうよ、とユレイトスも口をはさむ。誰だっけ?とサターンは考えながら椅子に座った。
「僕で最後かな。君とはこの間も会ったよね、シン君」
青年がにっこり笑う。シンはあの時青年に対して抱いた違和感がまたふつふつとわき上がってくるのを感じた。
「改めて、僕はダル。よろしく」
ダルが軽く頭を下げる。肩まである髪がふわりと揺れる。
ぱん、とユレイトスが手を打った。
「じゃあこれでみんな終わりだね。というわけで、ユレイトス、プルートゥ、ヴィナ、メルクリウス、マーズ、サターン、ダル。以上!よろしくね!」
「は、はい」
一度に何人もの紹介をされ、シンは少し圧倒された。あの、とスーリヤが手を上げる。
「お、どうした」
「七人はどういう関係なんですか?家族じゃなさそうだし、何か商売を?」
よくぞ訊いてくれたな!、とプルートゥが嬉しそうにする。
「俺たちは『なんでも屋』だ」
「なんでも屋?」
スーリヤとシンは首を傾げる。
「客から依頼されたことなら子守りから人探しまで大体何でも引き受けるのがなんでも屋だ。ああ、もちろん危険な依頼だってあるがそこは承知で引き受ける。俺たち七人がそろえばできないことなんてないさ」
「はああ、すごーい」
二人は素直に感心した。
「そんなにすごいことじゃないよぉ」ユレイトスはふふっと笑った「私たちも一人じゃ大したことはできないけど、こうして皆でいるから色んな依頼にこたえられるの。それは当たり前だよ。君たちだってそうでしょ?」
君たち、というのがシンとスーリヤをさしていると気付くまでに二人は数秒かかった。
「え、いや、私なんかシンに助けられてばっかりで」
「スーリヤ、お前だってあんな炎の中に一人で飛び込んで、俺は普通にすごいと思ったけど」
「ねー!どうしてあんたそういうの面と向かって言えるの!?」
「えっ、だって本当のことだし」
「そうじゃなくて恥ずかしいわよ!こっちが!」
「え〜でも」
「もういい!」
「スーリヤ?俺なんかした?おーい」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人を、七人は優しいまなざしで見つめていた。
真っ暗だった空が少しずつ夜明けに近づいていく。シンとスーリヤは二階の部屋ですうすうと寝息をたてていた。
「……ユレイトス」
一階で水を飲んでいたユレイトスに、ヴィナが声をかける。
「どうしたのヴィナ」
「あの子たちに言わないの?ヴィナたちの正体」
「正体って、なんのこと—?」
ユレイトスがへらへらと笑う。ヴィナは黙っていた。
中身のない笑い声だけが部屋に響く。ユレイトスはしばらく下を向いていたが、顔を上げると遠くを見つめた。
「だってさ、本当のこと言ったら信用してもらえないじゃん」
「そんなに気になる?シン君の、弓……」
「ヴィナは気にならないの?だってあれ、あの人のやつだよ絶対」
「まあ、そうだけど……」
ヴィナは不満そうだった。ふう、とユレイトスはため息をついた。
「隠しているのは辛いかもしれないけど、それもみんなで覚悟したでしょ。仲良くなりたい人みんなに言ってたらどこでも生きられない」
「ヴィナだってわかってるもん……ちょっと言ってみただけ」
「はいはい」
ヴィナは自分の部屋へ戻っていった。また一人になったユレイトスは、窓の外に昇る朝日をじっと見つめていた。