複雑・ファジー小説
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- 祠村(短編小説)
- 日時: 2019/11/17 18:27
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
小さな男の子・・・・・・おいで・・・・・・おいで・・・・・・
東京に住む千歳 唯月(ちとせ いつき)は、従弟である立華 小鳥(たちばな ことり)から手紙を貰い、東京を離れ、山奥の村、"祠村(ほこらむら)"を訪れる。久々に従弟と再会し歓喜する唯月であったがそれはこれから起こる悪夢の序章だった。
村中に建てられた奇妙な祠、村に災いをもたらした獅子鬼の伝説、"祠人"のしきたり。唯月は自分が祠村に招かれた本当の理由、そして、村に隠された秘密と真相を知る事となる・・・・・・
- Re: 祠村(短編小説) ( No.5 )
- 日時: 2019/12/22 19:16
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
6.牢獄
「おらっ!ここに入ってろ!」
地下牢に連れ込まれ、唯月は檻の内側へと乱暴に放り込まれてしまう。
回るようにして地面に横たわり、苦しそうに咳を吐き出す。
「服も脱がすぞ。"家畜"のこいつにはもう必要ないだろ」
更に村人達は唯月を取り囲み、彼の衣服を掴む。
上着は勿論、下着も凌辱のように強引に剥ぎ取られ、瞬く間に全裸にされた。
唯月はされるがままに沈黙し、動かない。
「しっかし、こいつの顔、本当に男なのかよ?体も貧相なもんだなあ」
村人の1人が唯月の体を眺め、苦笑を零す。
「都会の人間ってのは、まともな飯を食ってねえから体が逞しく成長しねえんだろ。だから男でも女っぽくなっちまう」
「都会にはこんな奴がうじゃうじゃいるのか・・・・・・うぇっ、想像したくねえ・・・・・・」
別の村人が蔑むように言った。
まるで、外部の人間を人として見ていないような、そんな言い草を口にする。
「お前も気持ち悪ぃ話すんなよ、飯が不味くなっちまうだろ。今日は年に一度の奉祀祭だぜ。酒が飲み放題だ」
「ああ、今日だけは酔っぱらっても女房に殺されずに済む」
「お前はいつも、女房に殺されそうになってんだろうが」
閉じた鉄格子の扉に鍵をかけ、村人達はゲラゲラと笑いながら、牢獄から立ち去っていく。
やがて、静寂に包まれた牢獄の中で、唯月1人が孤独に取り残される。
「うっ・・・・・・うう・・・・・・」
唯月は目を細く開くと、途絶えかけた力を振り絞り、やっとの思いで上半身を起こす。
辺りを見渡すと、地下牢は数十人を収容できる広々とした空間となっている。
まるで、不治の病の病人が死を待つためだけに入れられる、昔の閉鎖病棟のような場所だった。
明かりのない部屋は全体が薄暗く、つんとした異臭が一面に漂う。
どこかの隙間から流れ込んでくる風の寒さが、露出した素肌に鋭く突き刺さる。
「・・・・・・?」
手の位置をずらした時、指に何かの感触が伝わり、同時にカランと硬い音が鳴る。
目を近づけると、それは上半分になった人間の頭蓋骨、腕や骨盤なども部屋全体に散らばっていたのだ。
「ひっ・・・・・・!ひぃぃぃぃ!」
乱心した唯月は足を引きずり骨だらけの地面を這いずる。
やがて、背中に鉄格子に打ちつけると、自分の体を抱きしめ、喘鳴呼吸を幾度なく繰り返した。
奥底から激しく揺れ動く、心臓の鼓動が胸に響く。
しばらくして、呼吸は楽になり、ようやく落ち着きを取り戻す。
しかし、それは束の間の平静であり、死期が迫る恐怖までは消えるはずがなかった。
この牢獄から引きずり出される時は、生贄として殺される時だ。
1秒、また1秒と時間が進む度、行き場のない絶望が精神を蝕んでいく。
「母さん・・・・・・父さん・・・・・・助けて・・・・・・」
唯月は涙を頬に伝わせ、届くはずもない助けを呼んだ。
たった数時間の時の流れが、丸1日の退屈な感覚を作り出す。
窓のないこの空間で夜の訪れを知ったのは、風の冷たさが微妙に変わった頃だった。
奉祀祭が始まったのか外では、村人達の楽しそうに賑わう声や、笛や太鼓の音が鳴り始める。
この世の地獄とも言える環境に、長く閉じ込められた唯月の理性は壊れる寸前。
涙が枯れた目からは光が消え、肌の色も白く体は酷くやつれている。
彼はかつて、自分のように生きていたであろう少年達の亡骸を眺めていた。
そして、無残に殺された彼らを慰めるように、歌を口ずさむ。
「・・・・・・!」
その時、上の階から厚い扉の開く音が木霊する。
一歩、また一歩と大きくなる足音、誰かが、階段から降りて来るようだ。
唯月は、我に返ったように真っ青になった声を上げ、牢獄の奥へ這いつくばった。
「どうやら生きてるみたいだな。よかったぜ。勝手に舌を噛み切って死なれたんじゃ、生贄にする意味はねえからな」
やって来たのは、捕らえた唯月を暴行し牢獄に放り込んだ村人の1人。
悪意に満ちた卑しい笑み、片手には牢獄の扉を開ける鍵をぶら下げている。
「おいおい、随分とやつれたな?でもまあ、これだけ弱っていれば、俺1人だけでも十分に事足りそうだ。出ろ」
男は鉄格子を開け内側へと踏み込むと、逃げようとする唯月の腕を掴み、強引に牢獄から連れ出そうと乱暴を加える。
「ひぃぃ・・・・・・!い、嫌だっ!やめてっ・・・・・・殺さないでっ!」
唯月は、絶対に檻から出まいと必死に暴れた。
しかし、例え1人でも相手の力は強く、どんなに逆らっても徐々に行きたくない方向へと引きずり込まれていく。
「どんなに泣き叫んだって、誰も助けに来ないぜ?可哀想にな〜、死ぬ時が来たんだよ。お前みたいな冴えないガキをわざわざ村の貢ぎもんに選んでやったんだ。感謝し・・・・・・いでっ!?」
男は突如、手に走った鋭い痛みに顔を強張らせる。
噛みついた唯月の髪を掴んで無理に引き離すと、牢獄の奥へ投げ倒す。
赤く歯形がついた自分の手と、こちらを見上げる少年を交互に見て
「・・・・・・このクソガキがっ!!生贄にされる前に殺されてえのかっ!!」
逆上した男は拳を振り上げ、唯月は反射的に手をかざし、ギュッと目蓋を閉ざす。しかし、拳が頭上に打ちつけられる事はなかった。
代わりに"ぶしゃっ!"と水が弾けるような音がし、同時に得体の知れない液体が降りかかる。
生温かく鉄の臭いに違和感を覚え、唯月は恐る恐る目を開けると、体中に血を浴びている事に気づく。
「が・・・・・・があ・・・・・・」
男は大きく口を開け、頭から血を流し、暴力を振るう直前の姿勢を保ったまま硬直していた。
よく見ると、右脳の部分に何かが突き刺さっている。
やがて、白目を向き絶命すると、マネキンのように倒れ込む。
「はあはあ・・・・・・死ぬのはお前だ・・・・・・!」
殺された男の後ろには、返り血を浴びた小鳥の姿。
死体を睨む彼女は、同胞を裏切り手にかけた行為に体を震わせ、激しい息切れを繰り返す。
「小鳥・・・・・・お姉ちゃん・・・・・・?」
唯月は一瞬、目の前の現実があやふやになり、自分の目を疑ってしまう。
しかし、助けに来た少女が本物の小鳥だと確信すると、涙が溢れ出るのを堪えられなかった。
「唯月くん・・・・・・もう、大丈夫だよ・・・・・・」
「・・・・・・こ、小鳥お姉ちゃああん・・・・・・!」
小鳥は泣き崩れる唯月を腕で包んだ。
肌のぬくもりのない従弟の頬に顔をすり寄せ、自身も涙を流しながら何度も謝罪を述べる。
「ごめんね・・・・・・ごめんね・・・・・・!」
「うわああああ!!」
「こんな所にずっと閉じ込められて、辛かったでしょ・・・・・・?間に合ってよかった・・・・・・」
少女の温かい体温が、冷めきった少年の裸体に伝わる。
小鳥は唯月が泣き止むまで、苦しみを分かち合う。
「ぐすっ・・・・・・でも、小鳥お姉ちゃん・・・・・・何で僕を助けてくれたの・・・・・・?お姉ちゃん自身が僕を生贄にするために、この村に誘い込んだんでしょ・・・・・・?どうして・・・・・・?」
小鳥のお陰で命拾いした唯月だが、彼女に対し完全な信用を抱けなかった。
別の企みがあるという怪しさを捨て切れず、訝し気になりながら問いかけると
「君が連れ去られた後、私は1人、部屋の中で頭を抱えた。激しい後悔に駆られ、その苦しみにどうしても耐えられなかった。私にはやっぱり、大切な従弟を殺すなんてできない。伝統だろうが何だろうが、こんなのは間違ってる。最初から手紙なんか書かなきゃよかったんだ。そうしていたら、唯月くんが殺されかける事も、こんな恐い思いを味わせなくて済んだ。全部、私が悪い。なら、犯してしまった罪は償うしかない・・・・・・!」
小鳥は顔に付着した血痕と涙を拭い、しっかりとした表情を作ると、死体に刺さった鎌を抜き
「奉祀祭が始まって、村人達のほとんどは神社に集まってる。だけど、生贄の到着が遅い事に不審に思ったこいつの仲間が、必ずここに来る。もし、奴らにこうしてる所を目撃されてしまえば、私達は2人共殺される。従弟を救うため村の掟を破り、同胞を裏切って殺した。私はもう祠人どころか、この村の人間ですらない。とにかく、手遅れになる前にこの祠村から逃げ出そう。君の服や所有物は全部持って来た。自分の力で歩ける?」
「う、うん・・・・・・やってみる・・・・・・」
唯月は鼻を啜らせ、自力で起き上がろうと試みる。
しかし、生きた心地がしない状況に脚の感覚が戻らず、すぐにバランスを崩して跪いてしまう。
小鳥は彼の両肩を掴み、転びそうになった姿勢を支え
「大丈夫、何があっても唯月くんは私が守るから・・・・・・!」
- Re: 祠村(短編小説) ( No.6 )
- 日時: 2020/01/03 21:33
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
7.2人だけの時間
外灯すらない夜道の闇に紛れ、吐き出される激しい吐息と、バタバタとした足音。
背の高い少女は、背の低い少年の手を引き、2人は誰もいない村の間を走り抜ける。
唯月は恐くて、自分を助けようとしている小鳥の姿から、目を逸らせなかった。
まわりに聳える明かりのない家も、黒い水が淀む田んぼも、風に揺らぐ木々も、全て自分達を監視しているという強迫観念。
そして、いつ逃げ出している所を知られてしまうか分からない、そんな恐怖が絶え間なく襲ってくるのだ。
村を外れ、出入り口である門までようやく辿り着くと、2人はひとまず足を止め、少しの間だけ英気を養う。
死と隣り合わせという緊張の圧迫が、疲労を煽り、より体に重くのしかかる。
例え、立ち止まって復調を望んでも、安楽な感覚が戻る気配はない。
「はあ・・・・・・はあ・・・・・・!唯月くん・・・・・・大丈夫・・・・・・?」
小鳥は膝に手を置くと
体力に限界を感じた唯月も大の字に倒れ、全身の痛みに、嘔吐に似た咳を吐き散らす。
「げほっ、おぇっ・・・・・・!・・・・・・うう、ぐすっ・・・・・・もう、走れそうにもない・・・・・・!」
「頑張って・・・・・・もう少しだから・・・・・・!」
小鳥は、生きた心地のしていない従弟を見下ろすと、平気を偽り無理に微笑んだ。
「・・・・・・こ、小鳥お姉ちゃん・・・・・・足・・・・・・速いね・・・・・・あっという間に・・・・・・げほっ!村の入り口まで・・・・・・着い・・・・・・ちゃったよ・・・・・・」
「へへん、毎日、畑仕事や近所の草野球で鍛えていたからね・・・・・・こう見えても結構、体力には自信があるんだ・・・・・・」
小鳥は自慢気に言って、立った姿勢を崩すと、唯月の傍で腰を下ろす。
「小鳥お姉ちゃん・・・・・・僕ね・・・・・・久々に、小鳥お姉ちゃんに会えて・・・・・・嬉しかった・・・・・・」
「え・・・・・・何、このタイミングで・・・・・・ちょっとぉ、時と場所を考えなよ・・・・・・」
「死んじゃったら・・・・・・言えないから・・・・・・」
「・・・・・・ありがとう・・・・・・でも、心のどこかでは、私の事・・・・・・恨んでるんでしょ?」
小鳥の問いに、唯月はようやく浮かんだ笑顔を横に揺らし
「ううん・・・・・・だって、お姉ちゃんは僕の事、助けてくれた・・・・・・やっぱり小鳥お姉ちゃんは昔のまま、優しくて強い・・・・・・僕にとって1番のヒーローだよ・・・・・・」
「唯月くん・・・・・・」
想像の欠片もなかった言葉に、小鳥は無意識に苦笑を崩し、泣き出しそうな顔を露にする。
自分を信じてくれた嬉しさと、そんな彼を卑劣に裏切った罪の意識。
その正反対の感情に胸を絞めつけられ、どうしても返答が見いだせなかった。
「・・・・・・昔、小鳥お姉ちゃんと・・・・・・遊んだ日の事を思い出した。遠い過去だから・・・・・・何もかも忘れていたけど、1つだけ覚えている事があるんだ・・・・・・」
唯月は、遠い空に広がる無数の星を見上げながら、話の内容を続ける。
「家に遊びに行った時・・・・・・小鳥お姉ちゃんは、庭で洗濯物を干していたよね・・・・・・?僕はお姉ちゃんを驚かせようと、こっそりと後ろから近づいて抱きついた・・・・・・反応はいまいちだったけど・・・・・・その瞬間をおばさんが撮影したんだよね・・・・・・」
「ああ、あれ?いきなり誰かに抱きつかれて、近所の子供がいたずらしてきたと思ったら、まさかの唯月くんで・・・・・・反応は薄かったって言うけど、結構びっくりしたんだよ?そして、同時に幸せな気持ちになれた・・・・・・大好きな人が来てくれたんだからね・・・・・・」
告白に似た語尾の台詞を耳にし、唯月は頬を赤くした照れ臭い表情を、小鳥がいる真逆の方へ逸らした。
「あ〜あ・・・・・・もう一度、驚かせられたらよかったのにな・・・・・・だけど、失敗しちゃった・・・・・・」
「今回は、お姉ちゃんの勝ちだったね・・・・・・?一勝一敗の引き分け・・・・・・ふふっ・・・・・・」
静かに吹き出した小鳥に釣られた唯月も、可笑しくてたまらなくなり、2人は声を出して笑い合う。
殺されるかも知れない状況を忘れ、そこにあるのは愉快な一時を分かち合う従妹同士の姿。
「ぼ、僕もね・・・・・・こ、小鳥お姉ちゃんの事が・・・・・・」
唯月が恥ずかしさを堪え、ソワソワと何かを言おうとした時
『捕まえた生贄が逃げたぞぉー!!仲間が1人殺されたぁぁー!!』
静けさを打ち消すように村人が怒鳴り声を発し、異常事態を知らせたかと思うと、すぐさま、甲高い鐘の音が村一帯に響き渡った。
緊張感が戻った2人は我に返り、遠くにある祠村に視線の向きを変える。
騒ぎを聞きつけた大勢の村人達が、波のように押し寄せて来るのが松明の明かりで知った。
「どうしよう・・・・・・!?」
「まずいよ・・・・・・村の出入り口はここしかないから、あいつらもきっと、私達がここを通る事を想定している。急いで森を抜けよう!ほら、立って!」
小鳥はまだ疲れが残った唯月を手を掴み、引っ張り上げると、再び手を繋ぎ黒い森の中へと駆けていく。
村から距離を置く度、鐘の音が遠ざかっても、追って来る村人達の声は次第に近づいていた。
- Re: 祠村(短編小説) ( No.7 )
- 日時: 2020/01/13 20:29
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
8.別れ
村へ足を運ぶ際に通った雑木林を、でこぼこの悪路を頼りに走り抜けていく。
唯月が気持ち悪いと言った山道の祠も、無視して通り過ぎ、唯月と小鳥はバス停が置かれた道路まで行き着いた。
2人は再び足を止め、さっきと同じように、ふらふらと真っ直ぐな姿勢を崩す。
「はあはあ・・・・・・!ねえ、小鳥お姉ちゃん・・・・・・?森を抜けたら、次はどうするの・・・・・・!?・・・・・・まさか、このまま山道を走って降りて・・・・・・ふもとの街まで行くつもり・・・・・・!?」
これ以上は走れそうにない唯月は、力の出ない細い声で聞くと
「ううん、その必要はない・・・・・・はあはあ・・・・・・もうすぐ、最終時刻バスがここを通るはず・・・・・・これを逃したら後がないよ」
「そうか・・・・・・僕達、助かるんだね・・・・・・?あはは、よかった・・・・・・もう、ここで死ぬのかと思った・・・・・・」
「・・・・・・」
小鳥は会話を繋げる事なく、ゆっくりと息を吐いた口を閉ざし、沈黙した。
彼女は、隣で跪きうなだれる唯月を見て、切なそうに微笑む。
守りたい人間を愛する汚れのない純粋な目だった。
そして、その目を鋭く強張らせる。
「・・・・・・うわっ!?」
突然、唯月の両肩を掴んで抱き起すと
「唯月くん、今から言う事はとても大事な話だから、覚悟して聞いて?・・・・・・ここから先は、"私は一緒に行けない"。バスには君1人だけが乗るんだ」
「・・・・・・え・・・・・・?」
唐突な一言に、唯月の表情は無になった。
それは彼女が、これから死のうとしている事を意味していたからだ。
永遠の別れを告げられ、彼は現実感を失くし、言葉を詰まらせる。
悲しみが表情に現れなくとも、震えた口がその感情を物語っていた。
「小鳥お姉ちゃん・・・・・・どうして・・・・・・」
当然の反応を返された小鳥は、辛い選択に顔を逸らそうとしたが、その衝動を抑えながら従弟を真剣に睨んだ。
「私は祠村の伝統のために、これまでに大勢の人間を殺した・・・・・・例え、一緒に行っても犯罪者としての烙印は消えない。だけど、私は一生、"獅子鬼"のままでいたくない。だから、せめて最後は人間として少しでも、自分の過ちを正したい・・・・・・!」
「嫌だ・・・・・・嫌だよ・・・・・・」
「君の鞄の中に、祠村で行われてきた"犯罪の証拠を示す物"を入れておいた。これをふもとの街に持って行き、警察に届けてほしいんだ。この役目の果たせるのは唯月くんだけ・・・・・・」
「嫌だ!小鳥お姉ちゃんは獅子鬼なんかじゃない・・・・・・!人を平然と殺す奴らとは違う!・・・・・・お願いだから一緒に行こう!?今ならまだ、人生をやり直せるよ!」
「私は、どんなに償っても償いきれないほどの犯罪をたくさん犯した・・・・・・もう、後戻りはできない・・・・・・どんなに逃げても、幸せな結末なんて迎えられないだろうから・・・・・・」
小鳥は決して頷かず、唯月の腕に食い込ませた指先を一層、強く突き立てる。
「これ以上、こんな非道な過ちを繰り返させてはならない。君と過ごした大切な一時は、地獄に行っても忘れないよ。だからどうか、私の分まで生きて・・・・・・幸せになってほしい・・・・・・」
「・・・・・・嫌だっ!お願いだから自分の命を大事にしてっ!小鳥お姉ちゃんが行かないなら、僕も行かないっ!」
それでも尚、唯月は否定を覆さず、必死に泣きわめいて訴える。
「泣くな唯月っ!!」
小鳥が厳しい剣幕と怒声で、唯月を叱りつける。
水を差されたように大人しくなった従弟に再び、温和な笑顔を戻し
「人はね、生きていれば大切な人の死を乗り越えて行かなきゃいけない日が、必ずやって来る。唯月くんはまだ子供だけど、それをいち早く経験するね?将来、君は立派な大人になれるよ・・・・・・絶対に。高校生になったんでしょ?だったら堂々と男らしく、ね?」
「うっ・・・・・・ううっ・・・・・・小鳥・・・・・・お姉ちゃん・・・・・・!」
小鳥は掴んだ手を離し今度はそっと、唯月の頬を優しく包み込む。
「唯月くん・・・・・・こんな酷い形になっちゃったけど、また君に会えて嬉しかった・・・・・・もう二度と会えないけど、私はいつでも、君を見守っているからね・・・・・・」
その励ましを最後の優しさに、小鳥はそっと、唯月に口づけをした。
2人の僅かな時間を切り離すように、最終バスが道路の上を走って来た。
バスはバス停にいる2人の姿をライトで照らし、彼らの真横で停車する。
中心にあった乗車ドアが空気圧の音を立てて開く。
「お別れだね・・・・・・?さあ、乗って・・・・・・後は君に託したよ?」
「小鳥お姉ちゃん・・・・・・僕、やっぱり・・・・・・!」
「・・・・・・行って!行くんだっ!」
小鳥は強引に唯月の背中を押しバスに乗せる。
直後に乗車扉が閉まり、2人の間に壁が立ち塞がった。
最早、お互いが触れ合う事はできない。
「小鳥お姉ちゃん!!」
唯月は窓ガラスに顔と手を当て叫んだ。
小鳥はそんな彼を見て、涙で濡れた笑顔で
「さようなら・・・・・・」
バスのエンジン音が鳴り出し、車両は少年を乗せ走り出す。
愛した者を守った少女を1人残して・・・・・・
「はあはあ・・・・・・ぜぇぇ・・・・・・!」
そこへちょうどあ2人の後を追って来た村人達が息を切らしながらようやく追いつく。
小鳥の両親、長老を含む列幅が乱れた長蛇の列が、一斉に道路へ流れ込む。
彼らは既に発車したバスの後部に絶望しきった面持ちを浮かべ、次に小鳥を鬼の形相で睨んだ。
「小鳥・・・・・・何て事してくれたの・・・・・・あなたっ!自分が何をしたか分かってるのっ!?」
彼女の母が真っ青になりながら叫んだ。
「せっかく、祠の巫女としての位を授かったのに・・・・・・何故、裏切ったっ!!」
優しかった父も血相を変えて自分の娘を怒鳴りつける。
長老も平静さを失い、白髪を掻きむしりながら
「お前のせいで・・・・・・村は終わりじゃっ!どうしてくれるっ!古くから続いた伝統も、皆の平穏が暮らしも、全部失ってしまうのじゃぞっ!!」
大勢の人間から罵声を浴びせられても、小鳥は謝るどころか彼らを睨み返し
「ええ、そうです。私達は終わりです」
と後悔の欠片もない口調で淡々と言った。
「な、何じゃと・・・・・・!?」
「私達は間違っていた。こんな事、とっくの昔にやめるべきだった。たかが迷信のために、罪もない子供達を攫っては家畜のように殺して・・・・・・愚かだったんだ。私もあなた達も・・・・・・でも、それも今日で終わる。自分達のしでかした報いを受ける時が来たんだよ!」
「小鳥・・・・・・お前ぇ・・・・・・!」
「・・・・・・この裏切り者めぇぇ!!」
修羅と化した村人達は逃げ出す隙も与えず小鳥を取り囲んだ。
「死ねクソガキっ!!」
最初に凶器の刃先を向けたのは彼女の母親だった。
自分の娘に包丁を深々と突き刺し、強引にねじ込む。
真っ白な服は赤く染まり、傷口から血が刀身を伝って滴り落ちる。
「がっ・・・・・・!」
小鳥は胃を貫かれ、黒い血を吐き出し蹲る。次に鍬を振り下ろしたのは父だ。
肉を裂き、骨は砕かれ、背中の原型はぐちゃぐちゃに壊されていく。
一撃一撃を加える度、噴き出した返り血が村人達に降りかかった。
彼らは次々と、持っていた凶器で少女の体中に深い傷を負わせる。
「小鳥お姉ちゃん・・・・・・!!」
移動する車内の後部から、唯月は為す術もなく、その様子を眺めていた。
小鳥の姿は見えなかったが、村人達が彼女を殺そうとする最中である事は嫌でも理解してしまう。
「い・・・・・・つき・・・・・・く・・・・・・」
耐え難い苦痛の中、小鳥は呟く。
その表情は苦し紛れだが、幸せそうな笑顔を繕っていた。
直後に振りかざされた斧が、その頭上に叩き落とされる。
「小鳥お姉ちゃん!!・・・・・・嫌だあああああ!!」
- Re: 祠村(短編小説) ( No.8 )
- 日時: 2020/01/28 19:44
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
9.消えた村
・・・・・・その後、唯月はふもとにある街に行き着き、警察に駆け込んだ。
小鳥の渡した証拠は全て有力な情報とされ、警察は祠村へ大勢の調査隊を派遣、大掛かりな捜査が行われた。
念入りの家宅捜索の結果、村の至る場所から数百にも及ぶ少年の白骨死体が発見される。
奉祀祭に関わった村人達は逮捕一掃され、そのほとんどに死刑判決が言い渡された。
それから1ヶ月後、山奥にあるその集落は閉鎖され、1つの村が地図から消えた・・・・・・
- Re: 祠村(完結) ( No.9 )
- 日時: 2020/02/05 19:20
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
10.墓参り
空は青く晴れ晴れとしていた。
淀みのない雲が風に乗り、ゆっくりと流されていく。
そこは田舎の自然だらけの風景に囲まれた墓場。
しーんとしていて、無数の黒い墓石が並ぶ寂しげな雰囲気を漂わせる場所だ。
その間を堂々と歩く、1人の男性。
伸ばした髪を後頭部に結った男らしい顔つき、首にネクタイを締め、身なりのいい正装を着ていた。
彼は花束を大事に抱えながら穏やかな面持ちで、1つの墓石の前で立ち尽くし、静かに声をかける。
「こんにちは、久しぶりだね?僕の声、聞こえてるかな?どんなに月日が流れても、あの日の事を忘れはしない。あなたのお陰で、僕はこうして生きていられるんだと毎日、実感してる。あの後、僕は必死に勉強して福祉の仕事に就いたんだ。1人の社会人として誰かのために、一生懸命生きてるよ。あと、職場で出会った人と結ばれて、幸せな家庭を築く事ができました。小さかった僕は今、家族を支える父親です」
そう嬉しそうに語りかける。
しかし、その声はやがて歪み、悲しそうな口ぶりに変わていく。
「ぐすっ・・・・・・あなたは今、どこにいますか?ちゃんと天国にまで行けましたか?1つだけ、願いを叶えられるなら・・・・・・また、あなたに会いたい・・・・・・だって、僕は一生、あなたを忘れなれないから・・・・・・!」
男は抑えられなくなった涙を袖で拭う。鼻を啜り、無理に平気そうに振る舞うと
「ごめん・・・・・・ぐすっ・・・・・・僕が泣いてる姿なんて見たくないよね・・・・・・今日はあなたのために、たくさんのお花を持って来たんだ・・・・・・これくらいの事しかできないけど・・・・・・喜んでくれたら嬉しいな・・・・・・」
男は石段を登り、墓石に近づくと花束を添える。火をつけた線香を供えると、姿勢を低く両手を合わせ、しっかりと冥福を祈った。
「パパぁ!」
そこへ、小さな少年が無邪気にこちらへ走って来る。
遠い後ろには、更に幼い少女とその子を抱く母親らしき女性の姿が。
男は涙を拭い、にこやかな顔を振り返らせ
「お!雪乃、早いな!お前が一等賞だ!」
と我が子の頭を撫で、腕に抱いて喜ばせる。
「うん!あれ?ねえ、パパ・・・・・・どうして泣いているの?」
雪乃と呼ばれた子供の問いに男は"何でもないよ"と悲しみを誤魔化した。
「パパ、このお墓には誰が眠ってるの?」
「ここにはね、僕が昔、誰よりも大好きだった人が安らかに眠っているんだよ?彼女は一生の恩人で僕の命を救ってくれた」
「え〜?僕が世界一大好きだって言ったじゃん」
頬を膨らませる可愛い息子に、男は自然と笑みを零して
「あはは、勿論だよ。僕は裕一をこの世で一番、愛してる。勿論、母さんや綾音の事もね」
「あなた・・・・・・」
後からやって来た妻子が父子の前で足を止める。
女は娘の綾音を夫に預け、自身も目をつぶり、墓の前で手を合わせた。
「勇敢な人よね・・・・・・大切な人を守るため、自分を犠牲にするなんて・・・・・・私にはとても真似できない・・・・・・」
女は涼しくて柔らかい風に、髪をなびかせながら呟いた。
「この人のお陰で私はあなたと出会い、こうして素敵な人生を歩めるのよね・・・・・・?」
「・・・・・・そうだね。だから僕達は、彼女の分まで幸せにならなくちゃいけない。それが唯一の恩返しなんだって信じたい・・・・・・」
「違いないわ・・・・・・さあ、行きましょう。今日は私の両親に久しぶりに会いに行く日でしょ?成長したこの子達を見たらきっと喜ぶわ」
男は何度も頷き
「この子達を連れて、先に車の中で待っててくれないかな?僕もお別れをしたらすぐ行くから」
「分かったわ。なるべく早く来てね?」
女は2人の子供と手を繋ぎ、墓場から去って行く。
1人・・・・・・ではなく、再び彼女と"2人きり"になると、男はポケットから何かを取り出した。
「鞄の中にこれが入ってたからびっくりしたよ。あなたが入れてくれたんだね?これをずっと大事に持っていてくれた事、本当に嬉しかった。これがあると、いつもあなたが傍にいてくれるみたいで温かい気持ちになれたんだ。だから今度は、あなたが持ってて・・・・・・寂しくならないように・・・・・・また会いに来るからね・・・・・・小鳥お姉ちゃん・・・・・・」
それを"さよなら"の代わりに、唯月もその場を後にすると、家族の待つ所へと歩いて行った。
供物台に1枚の写真を置いて・・・・・・
祠村 終
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