複雑・ファジー小説

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花泥棒に罪はなし
日時: 2020/10/13 00:14
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: uWyu1tga)

■花はこんなにも綺麗なのだから、道すがらに摘んでしまいたくなるのも仕方ないだろう。だから、花摘み人に罪などないのだ。

!(不定期に)ときどき更新したり、連載したりします。いわば、作品集のようなものです!
!感想・アドバイス等歓迎!


 どうも、はじめましての方が多いでしょう。天津あまつといいます。以後、お見知りおきを。
 SSから長編よりのものまで、色んな長さの話を置いていくかと思います(その予定です)。


◇.スレ設立日:2020-10-12


《目次》

>>1 マリーゴールド【君にごめんなさいを言わせたかった。】

Re: 花泥棒に罪はなし ( No.5 )
日時: 2020/10/28 17:11
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: bq5vtmiU)

#3-2

 音無さんの背中を見送り、さっき指した椅子に座る。
 ……そういえば、携帯マナーモードにしてたっけ。図書館って確か、携帯は電源を切るかマナーモードにしておかないといけないマナーみたいもなのがあったはずだ。
 そう思い携帯を取り出してみると、やっぱりマナーモードにし忘れていた。この間にLINEとか来なくて良かった。そう思いつつ携帯をマナーモードにした、丁度その時。
 ブルブルブルと携帯がバイブレーションすると同時に、何か通知が届いた。由井からだ。

『セナ:これ、どういうこと?』
『セナ:写真を送信しました。』

 一体何の用だろう。
 携帯のロックを解除して、由井とのトーク画面を開く。

「……なに、これ」

 由井から送られてきた写真に目を奪われる。いや、言葉を失うしか無かった。

『セナ:今、インスタで話題になってるよ。』

 舘高前のバス停に居る私たちを撮ったもの、図書館に二人で入っていく所を捉えたもの。その二枚の写真がそこにはあった。

『古瀬:それ、どこで見たの?』

 やはり、盗撮されていたらしい。
 私たちが図書館に入ってからそれほど時間は経っていないから、まだ近くに犯人はいるはずだ。そう思い窓から外を見渡してみるものの、それらしい人影は見えなかった。けど多分、どこかに隠れているはずだ。

『セナ:この写真のこと?』
『セナ:これ、インスタで回ってきたの。玲ちゃんの彼氏激写、みたいな感じで』

 ……インスタ? インスタってあの、ほとんどの同級生がやってるようなSNSのことじゃないか。じゃあつまり、今、由井から送られてきたこの写真がインスタで回ってきた、ということは。

「……由井以外のやつにも広まってる可能性がある……?」

『セナ:でね、インスタで繋がってる友達が、これ出瀬さんじゃない?って気づいちゃって』
『セナ:今、玲ちゃんと古都が付き合ってるんじゃないかって噂でもちきり。』

 いや、待て、ツーショットの写真が撮られた程度で、付き合ってるかもしれないなんて噂が出るのか。
 あまりに直結的な捉え方に呆れつつ、キーボードに指を滑らせる。

『古瀬:それ、嘘だから信じなくていいよ。国語のやつで来てるだけだから』
『セナ:分かってるよ、だって古都、そーゆう恋愛ごとに興味ないタイプでしょ? しかも女子相手とか、なおさら無いわーって思ってたし笑
    一応聞いてみただけだよ〜(´・∀・`)』

 まあ、由井はそうなんだろうけど、周りの騒いでる人達もそうだと考えてるとは思いにくい。多分、噂に流されて、音無さんと私は恋人同士であると勘違いするだろう。

『セナ:それより国語ってなんのこと?』
『古瀬:まあ、その写真はそういう事だから、由井の友達にもそう言っといて』
『古瀬:国語は本を紹介するやつ。音無さんとその本を探しにきてた』
『セナ:あーね!』

 由井にそう返信したところで、本棚の奥の方からこっちに向かって歩いてくる人影が見え始める。多分、音無さんだろう。

『古瀬:ごめん、音無さん来たからちょっと間LINE見れないわ』

 送信した直後に、由井から一通のスタンプを送り返された。かっこいい感じの男の子が了解って言ってる感じの、よく見るやつ。

Re: 花泥棒に罪はなし ( No.6 )
日時: 2020/11/04 16:59
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: bq5vtmiU)

#3-3

「お待たせ、出瀬ちゃん」
「……ん。それ、何の本?」

 音無さんが何冊か持ってきた内の、一冊を指差して聞いてみる。文庫本にしては薄く感じる本の厚さで、黒と赤を基調とした表紙が特徴的だ。
 由井から知らされた盗撮の件について話そうかとも思ったが、何故か何となく言ってはいけないような気がして、少しだけ憚れた。

「江戸川乱歩の短編集よ。読む?」

 音無さんはそう言うと、私に返事をさせる暇も与えず、私にその本を渡してきた。
 表紙に芋虫と江戸川乱歩と書かれている。江戸川乱歩は作家の名前だろうから、この芋虫、というのは恐らくタイトルだろう。中々に変なタイトルだ。どんな内容の本なのか全く想像がつかない。

「江戸川乱歩の本はこっちもあるの。好きな方を読んでみてちょうだい」

 今度は青っぽい表紙の本を渡される。タイトルはD坂の殺人事件。……なんか、聞いたことのある気がする題名だ。

「こっちの本は有名どころの話が多いの。もしかしたら、出瀬ちゃんも知ってる話があるかもね」
「……ふーん。ちなみに、音無さんはどの話が好きなの?」

 青い方の本を指差しながら、音無さんがふふふと笑う。
 二冊とも目次を開いて中身を確認してみるが、特にこれといって心当たりのある話はなかった。朧気ながらに題名だけ聞いたことのある気がするものはあったが、多分いずれも読んだことが無い筈だ。

「何者とか、どうかしら。こっちの本はわたし、芋虫と夢遊病者の死が好きなの」
「何者? ……あ、あった、これね」

 青い方の本をパラパラと捲って、何者のページを見つける。何者の話だけページ数を確かめてみるが、それほど文字数は多くないらしい。そりゃあまぁ、短編だから当然のことだけど、少し時間を取れば読み切れそうなぐらいだった。赤と黒の本の方に収録されている芋虫も夢遊病者の死も大して長くはないように見受けられた。
 早速読んでみようかと思うものの、音無さんが持ってきた他の本も気になるから一旦机の上に置く。

「……あ、それ、怪談レストランじゃん」
「うん、懐かしくって、持ってきちゃった」

 文庫本の中に混じった、一回りくらい大きなサイズの本。幽霊屋敷レストラン、とある文字の下に、白いおばけの絵があるこの表紙にはとても見覚えがあった。
 確か、怪談レストランのシリーズを初めて読んだのは小学生の頃だろう。っていっても、二、三回読んだ程度だし、中学に上がってからはめっきり読まなくなってしまったけど。
 小学生のときは『図書』という時間割があったから、本を読む機会がまぁまぁあったのだ。

「……で、これは──」

 音無さんが本のタイトルを読み上げながら、次々に机の上へと置いていく。一気に机の上に置けば、どさっと音がたちそうなぐらいではないか。そう思うくらい、音無さんの腕には本が抱えられている。

「ほとんど知らないやつばっかだ、ペンギンハイウェイと無限のiぐらいしか分からないや」
「あー……ペンギンハイウェイは映画化してたから、かしら?」
「うん、そう」

 音無さんが持ってきたものは江戸川乱歩の本を含め、合計で九冊あった。その内、私が知っていたものはペンギンハイウェイと、無限のiくらいしかなかった。
 無限のiは、由井が珍しく本を買ってたから、その影響で知っている。確か、泣ける感動の本だと話題沸騰だったから買った、って言ってたっけ。上と下に分かれた長編ミステリーだと由井から聞いている。

「音無さんって、サスペンスとかミステリー系が好きなの?」
「ええ、よく読むわ」
「やっぱりね、そうだと思った」

 本の裏表紙にあるあらすじみたいなものを読んでいると、ミステリーだの探偵だの推理だの、なんて単語がよく出てきた。勿論そうじゃない本もあったけど。特に、水鏡推理っていう本に至っては、もはやタイトルに言葉が入っているぐらいだ。

「てか、これだけ本があるなら、この中から選べば良さそうね」
「……あら、それでいいの?」

 音無さんが私の隣に座る。

「え、うん。八個も本があるなら、その中から選ぶ方が効率良いでしょ。というより、音無さんがこんだけ持ってくると思ってなかったし」
「そうなの?」
「そうだよ」

 そう話しつつ、机の上に乱雑に積まれた本のタワーを崩す。代わりに一冊一冊、表紙がきちんと見えるように並べて置き直してやる。

「んー……無限のiは、長すぎて発表までに読み切れない気がするんだよね」
「ざんねん、機会があったら是非読んで欲しいわ」

 音無さんのコメントを聞き流しつつ、無限のi上下を両方除外。机の端の方に寄せる。

「この、汚れつちまつた悲しみに……って何?」
「ああ、それは詩集よ」
「……詩を紹介するのって、難しそうじゃない?」
「まあ……確かに、そうね」

 帽子を被った男性の白黒写真がプリントされた表紙の本だった。この男の人は恐らく著者だろう。だから多分、中原中也、って名前の人だ。全然知らない人だけど。
 音無さん曰くこの本の内容は詩らしい。けど、詩集をプレゼンするのってとても難しそうだから、同じく除外。これで残り六個、もとい本が六冊だ。

「あのさ、思ったんだけど、怪談レストランはみんな知ってるんじゃない?」
「……それは、紹介するまでもない、ってことかしら?」
「そ。私も読んだことあるし、多分みんな読んだことあるよ」

 そう言いながら、怪談レストランも机の端の方に寄せる。

「後は……読んでみないと分からないな」
「読む時間ならたっぷりあるんじゃない? まだ十一時にもなっていないもの」
「確かに、予定通りだと五時解散だし……お昼ご飯までは読書しとくか」

 時計で時間を確認すると、まだ十時四十分ぐらいだった。

「じゃあ、この辺の本は戻しておくわね」
「うん、ありがとう」

 音無さんはそれだけ言うと、机の端に寄せた本を手に持って、再び本棚の奥へと消えていった。

Re: 花泥棒に罪はなし ( No.7 )
日時: 2020/11/17 18:22
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: bq5vtmiU)

#3-4

 十二時半過ぎ。
 江戸川乱歩が書いた短編の内、音無さんが好きだと言っていた三話をちょうど読み終えたところだ。

「……この人の本、割と面白いね」
「でしょ? ……ちなみに、どれが好き?」
「うーん…………何者かな。芋虫はちょっと気持ち悪かった。夢遊病者の死は……私には、ちょっと難しい話だったかも」

 文学って難しいイメージがあったけど、実はそんなことないのかもしれない。教科書を読むくらいしか本を読まない私でも、割とすんなり読めたし。ちゃんと話を理解出来た。
 音無さんはさっきまで何か読んでいたらしい。ぱたりと音をたてながら本を閉じては、嬉しそうに口角を上げた。

「何者かぁ。赤井さんがかっこいい話よね?」
「か、かっこいい……? ……まぁ、確かに大活躍だったけど」

 興奮混じりに話す音無さんの意見には、ちょっと賛同しがたかった。

「……それより、どっか食べに行かない? そろそろ良い時間だし」
「ふふ、そうね」

 そう話題を切り替えつつ、立ち上がる。
 音無さんは何も借りないのだろう、手元にあった本を本棚に返しに行っていた。何の本かは分からないけど、なんだかとても分厚そうだった。

「あ、出瀬ちゃん、その本貸してちょうだい」
「……良いけど……なんで?」

 まだ読めていない三冊の本と、江戸川乱歩の短編集を抱えて歩いていると、受付が見えてきたところでふと音無さんが手を差し出してきた。音無さんがそんなことを言ってくる理由が分からなくて、差し出された手に本を置きながらもそう問い掛ける。
 ここの図書館は、図書カードを持っていなくてもお金を払えば借りれた筈。それに、面倒くささはあるけど新たにカードをその場で作ることだって出来た筈だ。

「出瀬ちゃん、図書館にあまり来ないでしょ?」

 音無さんは振り向きざまにそう言うと、鞄から財布を見せ、図書カードを取り出す。そして受付の人に図書カードを渡し、あっという間に貸し出し作業を済ませてしまった。

「はい、出瀬ちゃん。わざわざ本を返しに来るのも面倒でしょ、読み終わったらまたわたしに持ってきて。そしたら代わりに返してあげるから」

 はい、とまた本が自分の手元に戻ってくる。今度は袋入りだ。しかも舘前図書館専用の袋なのか、『舘前図書館』と白い下地の上に青い字で印刷されている。

「ああ……なるほどね」

 だから自分の図書カードで借りたのか、と頷いく。
 芸能活動の賜物ってやつなのかは分からないけど、よくそこまで気が回るものだ。でも、こんな所で本領発揮するなら、せめて変装ぐらいして来て欲しかったけど。

「ところで、何か食べたいものはあるの?」
「え? ……いや、特に無いけど。音無さんこそ、何かあるの」
「いいえ、特に何も」

 図書館を出たところで、音無さんのその唐突な話のフリに思わず足を止める。
 音無さんの問い掛けに数秒考えてみるけど特に何も思い浮かばなかったから、音無さんに逆に聞いてみた。が、音無さんはただ首を振るだけだった。

「そ。……じゃあ、“Hey Siri”、んー……“ここから一番近い飲食店教えて”」
『こんなのはどうでしょう?』

 特に行きたい場所が無いのなら、その辺をフラフラしていても時間が無駄なだけだろう。こんなときはAIに頼るのが手っ取り早くて良い。
 携帯を取り出してヘイシリ、と呼びかけると、すぐに検索結果が表示された。表示された画像を見るに、どうやら老舗の喫茶店ぽかった。Siri曰く、歩いて十分ぐらいでつく距離らしい。

「こんなのはどう? だってさ、喫茶店っぽいけど」
「……なぽりたん亭……うん、いいんじゃないかしら」

 携帯画面を音無さんに見せると、喜んでそれにオーケーを出してくれた。



   *



「お待たせいたしました」

 こと、と音をたてて、最後のお皿が机の上に置かれる。
 お皿を持ってきた店員は机の上に精算表を置くと、控えめに礼をして、別の席へと去っていった。

 店のおすすめらしい、ナポリタンを手元に寄せながら、音無さんの方をちらりと見る。

「めっちゃ食べるね」

 玉子のサンドイッチ、エビのピラフ、チーズグラタン。ホイップが添えられた甘そうなパンケーキに、喫茶店ならではのかたいプリン。細いシルエットの音無さんからは想像もつかないほど、沢山のお皿が並べられていた。

「……意外?」
「まあ」

 塗りたくられたマヨネーズがこんがりと焼いたパンからはみ出すのを、舌で舐め取りながら、音無さんは片方の口角だけ上げる。
 音無さんの華奢な体つきからして少食なのだろうと勝手に思っていたから、素直に頷いておいた。

「っふふ、よく言われる。……あのね、わたしが食いしんぼうだから、って、マネージャーがね、食べたり飲んだりするロケとか番組とかのオファーを断ってるの。どう思う?」

 スパゲティを巻いていた手を止めて、音無さんの方に視線を向ける。
 急にそんなことを言われても、よくある答えしか出てこない。というかそもそも、芸能界のことなんてよく知らない。なんて言えば正解なのか分からなくて、音無さんを見つめ返した。

「ひどいよね。……イメージ商売な所があるからだって分かってるけれど、わたし、ギャップも狙えると思うのよね」
「……へぇ」

 そんな私に気を使ったのか、それとも私に問いかけるだけだったのか。音無さんは真剣な顔でそう続けたが、私は頷くことしかできなかった。

「……あ、愚痴、ごめんなさい」
「いや、良いよ。てか、思ったんだけど、そういうの、マネージャーに直接言ったら良いんじゃないの?」

 フォークを回転させながら、音無さんの発言に首を振る。そのとき、はっと思い付いたことをついでに伝えてみたけど、音無さんは微妙な顔をして、黙り込んでしまった。思い耽ってるような顔のまま、サンドイッチを食べている。
 ……いや、よくよく考えれば、“マネージャーに相談”なんて誰でも思いつく提案だ。そう思うと、既に実践している可能性の方が高いように思えた。

「あ、いや……一般人の私が口出しするってのも変な話だけどさ」

 口の中にあるナポリタンを飲み込んで、頬を掻きながらもそう補足しつつ。ナポリタンをフォークに軽く絡めてみたは良いものの、なんとなく気まずくて、かちゃんとフォークをお皿の上に置いた。

「……ううん、出瀬ちゃんの言う通り。わたし、考えてみれば、マネージャーに相談することが少ないわ、って思っただけ」

 音無さんは思い出すような目付きになると、頬に片手を当てた。そうして一通り弁解した後、「だから、気にしないで」と申し訳なさそうに眉尻を下げながら私を見てきた。
 少なくとも、私の言葉に困っていたわけではないらしい。そのことに安心して、フォークを持ちながらも「あっ、そう」とだけ返した。

「あっ、あと、そのナポリタン、一口だけもらえたり……しないかしら」

 サンドイッチを食べ終えたらしい音無さんが、ふと私のナポリタンを指さした。まだまだ目の前にある料理だけでは飽き足らないというのか、僅かに目を輝かせている。どうやら貰えると思っているようだ。大食いにもほどがあるだろう。

「いや、それだけ頼んでるんだから、いらないでしょ。あげないよ」
「えー……何かと交換するから、一口だけでも」
「あげません。そんなに食べたいなら、自分で頼めばいいじゃん」

 いや、どんだけ食べる気なんだ。お皿を自分の方にさらに寄せつつ、ぱくっと巻いたナポリタンを口の中に入れる。

「じゃぁ……要らない、食べたいけれど」

 音無さんはちらっとメニュー表を見たが、ため息混じりにぼそりと言った。

「……どっちなの、それ」
「わたし、出瀬ちゃんのナポリタンが食べたいだけなので」
「っ、ふはっ、はははっ! うん、そうなんだ」

 音無さんは机に肘をついて、顔の前で手を組むと、ドクターXのあの人みたいな態度でドヤ顔気味にこちらを見てきた。それがなぜか面白くて、気が付いたら吹き出していた。

「っふふ……そんなに笑うことかしら」
「音無さんだって、笑ってるじゃん」
「出瀬ちゃんがそんなに笑うからよ、つられて笑ったの」

Re: 花泥棒に罪はなし ( No.8 )
日時: 2020/11/25 16:52
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: bq5vtmiU)

#3-5

 十七時、五十七分。ふと時間を確認すると、もうそろそろ帰る時間に差し掛かっていた。
 待ち合わせ場所のバス停に戻り、そこで現地解散することになった。もうすっかり暗いこともあってか、朝のときとは違って、大勢の人に囲まれることもなかった。

「ばいばい、出瀬ちゃん。また月曜日」
「ん。気をつけなよ」
「心配性ね、大丈夫よ。すぐそこに弟が居るんだから」
「……弟?」

 音無さんに弟がいるなんて話は聞いたことない。

 僅かに目を細めた音無さんが、ある方向を指さす。つられて、指先の方を見ると、暗くてよく見えないものの、ぼんやりと何かが居るのは分かった。近くの街灯の明かりで、シルエットだけ浮かび上がっている感じだ。

「……姉さん」

 呆れた様子の声とともに、弟と呼ばれた男の子が街灯に照らし出される。双子かというくらい、音無さんに顔がそっくりだ。

「そこまで言う必要無いだろ。もう帰るよ」
「……出瀬ちゃん、ごめんなさいね。この子、いつもこんな感じなの」

 音無さんの弟はこちらを見てきたが、睨むように眉間に皺を寄せた後、すぐに音無さんの方に顔を戻した。なんでだか分からないけど、初っ端から彼に嫌われた気がする。
 そんな彼をフォローするように、音無さんが困ったような笑みを浮かべた。「あ、そうなんだ」と頷きながら、ちらっと弟の方に視線を向けてみる。彼も私を丁度見ていたのか、目があった。

『こっち見んなよ、きもい』

 彼もそのことにすぐ気付いたのか、ぱっと僅かに目を見開く。が、すぐに蔑むように目を細めると、口パクでそう言ったように見えた。確証は無いけど。
 でも、舌をちろっと出した生意気そうな態度からして、発したのはあまり良い言葉ではないだろう、と簡単に推測できた。

「じゃあね、出瀬ちゃん」
「……あ、うん。また」



   *



 音無さん達と別れてから数分して、父さんが迎えに来てくれた。車の中に買い物袋を乗せ、自分も乗り込む。助手席には母さんが座っていた。

「楽しかったか?」

 車を走らせて、早々赤信号に捕まった父さんが、少しだけ後部席の方に顔を向けながら薄く笑いかけてくる。「まぁまぁ」と軽く頷きながら返事を返すと、父さんは「そうか」と言って、また車を走らせ始めた。
 
「古都、その袋は?」
「図書館で本借りてきただけ」
「……ああ、あの、モデルの子と?」
「うん」

 がっつりと私の方を向いている母さんと、そこまで会話を交わすと、母さんはどこか感慨深そうに目を細めた。

「まあ……あんたが星那ちゃん以外と遊ぶなんてねぇ」

 母さんは私に言っているわけでもなく、一人言のようにそう呟くと、私から顔を逸らし、前を向いた。

「今日はマックにするか、ちょうど月見バーガーとかの時期だろ」
「じゃあ、パイのやつも買う?」
「そうだな」

 父さんがそう言うから、外を見ると丁度マックの看板が見えた。今日は、っていうよりは近くに丁度マックがあったからだろ、と思いつつ、賛成の意味で私も頷く。
 ちなみに母さんはマックの期間限定的なパイが大好きなのか、よく買ってきている。ちなみに、三角チョコパイの黒がお気に入りらしい。

「俺は月見、ママは月見チーズだけど、古都は何にするんだ?」
「チーズバーガー」
「だろうな、って思ってたよ」

 父さんは、ドライブスルーの方に車を寄せながら、ハハハと笑った。私が期間限定のものがあろうが無かろうが、チーズバーガーしか頼まないし食べないからだろう。口には出さないけど、分かっているならわざわざ聞く必要も無いと思う。

「エルサイズのポテトを一個、──と、チーズバーガー一個で」

Re: 花泥棒に罪はなし ( No.9 )
日時: 2020/12/10 17:08
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: bq5vtmiU)

#4-1

「これはどう? 私映画も観てるし、本との比較も出来るんじゃない?」
「出瀬ちゃん、映画も観てたの?」
「まあね。由井が観たがってたから、ついでに一緒に観に行っただけだけど」

 たぐり寄せた本を片手で持ちながら、そう推薦をする。ペンギンハイウェイだ。
 プレゼンの内容だって書きやすいだろうし、ちょっと前、と言っても年単位だけど、何より映画になっているのだから、まだ皆が分かるのではないかと思った。

「…………。ふふ、そう、良いわね。是非、それにしましょう」

 音無さんは目を細めてしばらく何かを考えている様子だったが、くすっと短く笑うと、こくりと頷いた。

「じゃあ、これに決定ね」

 本のタイトルをずらりと並べて書いたメモ用紙に、ペンを走らせる。幾つかあるタイトルの内の一つ、“ペンギンハイウェイ”と書かれている所に、大きく赤で囲った。

「……ぁ、そうだ、出瀬ちゃん。この本たちは、もう返してしまって良いのかしら?」
「んー? ……あぁ、んー……いいけど、ペンギンハイウェイはどうすんの? プレゼンのときは
その本も持ってこいって先生言ってたけど」
「その本なら、私の家にもあるわ。発表のことは心配しなくても大丈夫よ」
「そうなんだ。じゃあ、全部返しといて」

 そう言いながら、メモ用紙に目を通す。本のタイトルの下に、それぞれの本の内容が詳しくまとめられていた。これらは全て音無さんが書いてくれたものだ。
 このメモ用紙はグループ内で情報を共有出来るようにと、先生の気遣いで用意されたものだ。メモ用紙ではあるが、A3サイズぐらいはあるだろう大きさである。

「映画の内容も兼ねて、の内容にしなくちゃね」
「ん」

 あの例の袋に本を片付けていたらしい音無さんは、その袋を机の上に置きながらもそう言った。

「つか、雨だからか知らないけど、今日めっちゃ暗いね」
「あ、ほんと。……出瀬ちゃん、傘、持ってきた?」

 私たちの席が窓際なせいかして、ぱちぱちぱちと窓に打ち付ける雨の音がよく聞こえる。窓の方を見ると、まあまあ雨が降っているのか、どんより、というよりは既に夜かってくらいに空は暗かった。

「え、持ってきてるけど。天気予報で雨降るって言ってたし」
「……実はわたし、忘れてきちゃったの、傘。雨が降るなんて、知らなかったから」
「……へぇー。……で、それが何?」

 音無さんはわざとらしく真剣みを帯びた声色でそう言うも、すぐに困ったような動作を大袈裟に取った。
 なんか、怪しい。

「今日、一緒に帰らない? 放課後になっても雨が降ってたら、だけれど」
「……二本も傘持ってきてないけど?」

 なんだか不審な様子の音無さんにそう聞いてみたけど、何故か、このタイミングで一緒に帰ろうと誘われてしまった。さっき傘がないって言ってたのに、どうやって一緒に帰るというのだろう。音無さんに貸す分の傘なんて持っていない。
 音無さんはいつも話が突然で、何を考えてるのか時々分からなくなる。

「いえ、違う、違うのよ出瀬ちゃん。わたしは、出瀬ちゃんの傘を半分だけ貸してほしいって言ってるの」
「……はぁ?」

 音無さんはふふっと思わず吹き出したが、すぐに否定するように何度も小さく首を振った。
 私は音無さんの申し出に固まっていた。つまりそれは相合傘、ということになるのではないか。まさか、この音無さんが私にそんなお誘いを持ちかけるだろうか。

「あら……よく分からなかったかしら。わたしは、出瀬ちゃんと相合傘をしたいのよ」
「いや、それは分かるよ。分かるけどさ……」

 どうやら聞き間違いではなかったらしい。丁寧に、わざわざ別の言葉に言い直してまでくれた。

「なんで、私なの?」
「……なんで、って?」

 相合傘を誘われた、一緒に帰ろうと言われた、という事実は分かったが、どうして音無さんが私にそんなことを言うのかがよく分からなかった。
 そもそも、あまり仲の良くないクラスメイトに急にそんな話を持ちかけるものなのか。
 音無さんは眉間に皺を薄く刻むと、よく分かっていない様子で首を傾げる。

「いや、どうして私と帰りたいのかな、って」
「ああ、……」

 音無さんは顎に手をあてると、考える仕草を取り始めた。視線を下に下げているのか、伏せられた睫毛がよく見えた。めちゃくちゃ長い。
 ……しかし、改めてこうやって見ると、音無さんは本当に美形だ。ちょっとした仕草でも絵になる、とでもいうのか。

 ふと、音無さんがぱっと視線を上げる。
 そのときに目があったが、何となく目を逸らしたくなって、視線を少しだけずらした。まさか、考えてる様子の音無さんのことを見ていたなんて、本人に思われたくなかった。

「……ただの気まぐれ、って言ったら、怒る?」

 そして少しだけ眉尻を下げて、はにかむ。ものすごくあざとい。けど、めちゃくちゃ可愛いから気にならなくなってしまう。

「別に。一緒に帰るのは、いいよ」
「ふふ、良かった」



   *



「挨拶無くていいから、キリのいいところで各自終わってください」

 先生がそう言うと同時に、チャイムが鳴り出す。集中していたせいで全く気付かなかったけど、だいぶ時間が過ぎていたらしい。

「──よし、次からはコンピュータ室に行けそうね」

 本のプレゼンには、パワーポイントというソフトを使う。パワーポイントでスライドを作成して、そのスライドと実物の本を用いてプレゼンを行う仕組みだ。
 私たちはそのスライドを作成する前に、どんなスライドにするか練っていたところだった。が、その作業も次の時間からは必要無さそうである。案外トントン拍子に作業が進んでる気がする。
 うまく作業が捗ってるのが嬉しいのか、音無さんは笑っていた。
 音無さんの言葉に「うん」と返した後、私たちは解散した。

 時計を見ると、休み時間は残り五分くらいになっていた。次は英語で移動教室だから、少し急がねばならない。
 英語の授業は、クラスを半分に割った人数で二つに分かれて授業が行われている。いわゆるハーフっていうやつだ。なんでも、成績順に分別されているらしく、私たちのクラスは比較的優秀な子ばかりが集まる方だという。

「古都、一緒に行こー」

 英語の準備がちょうど出来たのを見計らってか、タイミング良く由井が来た。
 由井の言葉に軽く頷くと、由井はへらっと口元を綻ばせて、私の腕に巻きついてきた。少しだけ歩きにくくなって不便だが、わざわざ引き剥がすのもめんどくさい。
 由井はそのままにして、英語の教室まで足を運ぶ。
 ちょうど手前には音無さんが歩いていた。しかも、クラスのイケてる女子、いわゆる一軍ってやつらと随分と仲が良さそうにつるんでいるところだった。
 ふと、さっきの授業での音無さんの発言が頭の中をぎる。やっぱり音無さんの誘いなんて断ろうかな。

「……古都?」
「え、何」
「なんかすっごい暗い顔してるけど、なんかあった?」
「……そう? 別に、何も無いけど」

 音無さんの行動一つで私がそんなに落ち込む訳が無い。由井は何を言ってるんだ。そう思いつつ、適当に返事を返した。

「嘘でしょ。ぜーったい恋愛関係だわ。古都にもついに好きな人ができたとか!」
「んな馬鹿な、あんたじゃあるまいし」

 が、由井は中々引き下がらない。自信満々に妄想を語ってくれている。由井はこうなると凄くめんどくさい。ので、由井のおでこを軽く小突いてやった。


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