複雑・ファジー小説

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微睡みのエンドロール
日時: 2020/11/24 21:47
名前: ネイビー (ID: CAVbJ4NS)

※ドキドキのラブラブな話が書きたい(大嘘)。
※暇潰しの為の書き物。クオリティは低い。
※ネイビーは好きな色。
※よろしくね

Re: 微睡みのエンドロール ( No.16 )
日時: 2022/02/01 12:53
名前: ネイビー (ID: kAWEuRKf)

4

 柄の悪いスキンヘッドの女が、床に血溜まりを作って倒れている。男物の厚いパーカーは血を吸って変色し、指先は微かに動いているけれど、やがてそれも止まった。
 これはなんの悪夢だろう。
 私の手の縄を裂き、口のテープと押し込まれたティッシュを取ってくれる目の前の男は……不機嫌そうだった。
 それは紛れもなく、私の『一縷』だったけれど、『一縷』ではなく、ましてや『黎』でもなかった。
 起きたな、と確信した。
 彼の中にずっと居座るものが。

「聞きたいことがたくさんある」

 奴はそう言うと、もう死体となっているであろう『木原皐月』の体を、足先でつつく。容姿はだいぶ変わってしまったけど、インターホンで顔を見たときにはっきりと彼女だと分かった。
 一縷が……黎が気づくだいぶ前から、私はポストに投函されていた手紙のことを知っていた。黎より先に処分していたけれど、患っていた睡眠障害がここ暫く悪化して、手紙を彼より先に見つけられなかった。何通かは黎が見つけてしまったことは、知っていた。彼は嘘をつくことがあまりにも下手だから。
 いずれ直接会うことにはなるだろうとは思っていたけれど……こうも凶行に及ばれるとは思っても見なかった。

「とりあえず、これ、バラバラにしないとダメだよね」

 奴はそう言ったあとで、部屋の中を見渡し、怪訝そうに首を傾げる。恐らくここがどこだか分かっていないのだろう。その証拠に私のことを見て、尚更、目を丸くする。

「ワタシとアンタ、どこかで会ったよね」
「会ったどころか、共犯者よレイ」

 だからきみを、この名前では呼びたくなかった。
 同じ響きの、同じ人間の、だけど違う別の存在を呼び起こしてしまいそうだったから。
 それならまだ、汚名憚る実兄の名を染み込ませた方がマシだから。




 高校生の時、宮川一縷に煙草がバレた。夏休みに入る直前、コンビニの側の喫煙所でばったり会ってしまったのだ。私は彼を知らなかったけど、何故かむこうは、私の顔も名前も知っていた。
 そこから何故か、彼は私に執着しだして夏休みの時はどこで知ったのか、私の自宅に来てただ話をするという、妙な関係が続いた。
 友人の木原皐月が好いているのが、この「宮川先輩」と同一人物だと少しして気づいた。私は何に対しても気付くのが遅すぎる。
 精神疾患で生活保護をもらいつつ、見てくれはよくて男には困らない母は、ほとんど家に戻らなかった。この実情がよろしくないことだと気付くのも、中学終わりの頃だった。私が軽いネグレクトを受けている、という事実は、一縷にも伝わったらしい。
「見てみる?」と急に服を脱いだ彼は、そこにある無数のケロイドを私に見せてくれた。綺麗な顔をしている人だったので、白い肌に浮かび上がる歪な痕が異質で、だけどすごく目惚れたのを覚えている。
 誰に?という質問を呑み込んで、私の視線はその傷跡に夢中だった。それに気づいてか、一縷は妙に枯れた、低い声で問うた。
「……触ってみる?」
 躊躇いながらも、触れてみた。男の体に触るのは、それが初めてだった。かさついた、見た目と反して冷たい感触に怯え、手を引っ込めそうになる。その手をとられ、抱きしめられたときには、もう私の中には一縷しかなかった。
 どうしていいのかわからず、ただ、抱きしめられることの心地よさにひどく安心する自分に驚いた。飢えている。この心地よさに、すごく飢えているのだと。
 一縷の父親は、その名前を検索すれば出てくるようなちょっとした有名人で、法という正義のもとで働いている人間だった。ただ、一縷曰く「何度も殺されかけた」し「暴力と悪意と快楽で支配している」ような、欠陥だらけの父親らしかった。
 一縷には、「黎」という名前の弟が居るのだが、これが驚くほど亡くなった母親に似ていて、声変わりをしていないのと、床屋に連れて行ってもらえないので髪が伸びきっているのとで、女の子に見えるらしかった。
「自分の子どものケツにぶっこむような男だ。死んでもいいだろ」
 私の部屋で煙草を吸いながら、ある時、一縷がぼやいた。
 なんの希望も持っていない目で、窓の外を見ている。リンリンと虫の音が聴こえる。
「黎は、俺のことが誰だかわかっていないような話し方だった」
 久々に家に戻り、弟と会うと、そこに居たのはまったくの別人だったという。
「初めは混乱してるのか、ふざけているのかと思った。でもあいつ、庭で野良猫を殺しててさ。家政婦の霧香ってやつに聞いたら、女言葉で喋る時だけ、そういうことをしているって。後片付けは家政婦がしてるって」
 そしてその「レイ」が現れる時はきまって、父親が家に戻ってきた翌日らしい。病院に連れて行くことを提案したが、一縷は苦笑して「やっぱ、変だよな」としか言わなかった。
 今思えば、一縷だってその時は高校2年生の子どもだったのだ。力もない、悪いことでしか周囲に力を見せつけられない、弱虫の。
「翠、抱かせて。ぜんぶ、忘れさせて」
 不完全で不明瞭な一縷の惑う空気すべてが、甘い毒だった。私は彼の匂いを嗅ぎ、彼の汗を舐め、彼の指を喰んだ。もう私たちは離れられないと、お互いが確信していた。
 高校を卒業したあと、私はフリーターになってバイトをしながら、知り合いに頼まれた時にだけ、ヘアモデルをさせてもらっていた。一年先に卒業した一縷は、夜の商売をしながら一人暮らしをしていて、私たちの関係は不思議にも穏やかに続いていた。
 そして、あの日。
「黎と一緒に住みたい」
 この一縷の決断によって、私たちの運命が変わってしまったあの日。
 私は一縷を失った。一縷の守りたかった、たった一人の弟によって。

Re: 微睡みのエンドロール ( No.17 )
日時: 2022/02/21 17:24
名前: ネイビー (ID: kAWEuRKf)

「共犯者……、そんなこともあったかな。ワタシ、ちょっと混乱していて。とりあえず、この臭い奴をバラバラにしたいんだけど、アンタ手伝える?」

 宮川黎の顔で、『彼女』が覗き込んでくる。
 さっき木原皐月を刺したのは、黎なのか『彼女』なのか、どちらなんだろう。
 首を横に振ると、レイは「そっか」と呟いて、自分の視線を足下に落とす。

「なんか怪我だらけだねワタシ。いっつもいーっつも怪我だらけ。なんでこんなふうになってるのか、わからないよ」
「ねぇ、私のこと覚えてないの?」

 私は敢えてレイに訊く。レイであるうちは、どんなに呼びかけたって彼には届かないことを、5年前に嫌というほど知り過ぎている。
 レイの目がじっと私を見る。眉間に皺を寄せて、唇を尖らせて、「あーどっかで……見たことあるかも……」とぼやいた。血で乾いた両手を、そっと頬にあてられる。

「うん、あぁ……!一縷くんと一緒にいた人か」

 記憶が噛み合ったのか、レイの表情が柔らかくなった。

「共犯者……!なるほど。そっかそっか、アンタとはあのとき初めて会ったけど、たくさん話をしたもんねぇ。なんでここにいるの?ワタシに説明してよ。この臭い金髪豚野郎は誰なのよ」
「そこで倒れてるのは、木原皐月。私の高校の時の同級生で……ストーカーよ」
「すとーかー?」

 木原皐月とは、高校を卒業してから会っていない。というか一縷が卒業したあと、彼女は高校を辞めた。一縷のいない高校に意味を見出せなかったのか、理由は聞いていないけれど、忽然と姿を消していた。
 一縷に対して変に執着していたから、私と一縷のことも言っていなかったし、言わなくて済んだと内心安堵した。事件があってからは尚更、彼女のことを思い出すこともなくなって、存在自体が風化されていた。

「一縷の、ストーカーよ。それ、レイが殺したの?」
「え?ちがうよーワタシじゃない。なんか外がすっごくうるさくて、目を覚ましたらこんなわけわからない状況になってたの」

 ということは刺しているときは黎のままだったということか。なら、レイに木原皐月を刺したという意識はない。……今回は、彼女は何もしていないに等しい。

「ほんっとうに、わけわからない。いつも、アタシが起きたときは、おかしい状態になっちゃってて、アタシだけがおいてけぼりなんだから」

 表情は笑っているけれど、口調は苛立ちと諦めを含んでいた。
 何度も入れ替わっているはずだ。
 実の父親に虐待をされているとき、それを思い出しそうなとき、既に無い心の安寧を保とうとしたとき。
 彼女はその度に身代わりになった。
 それは、わかっている。
 歪んで壊れて玩具にされた結果だって。
 だけど、私が守りたいのはレイではない。
 一縷が守ろうとしたものも、お前じゃない。

 私もどうかしている。

「かわいそうだなって思うけれど」

  目の前の男を殺す機会を。
 こんなにも、待ち焦がれていた。

「そう思うのも、疲れたのよ」

Re: 微睡みのエンドロール ( No.18 )
日時: 2022/04/10 07:11
名前: ネイビー (ID: kAWEuRKf)




 宮川一縷のことを悪だと語る人間は、彼のどこを見てそう言っていたのだろう。
 彼ほど子どもっぽくて、傷つくことを怖がっている人間もいないだろうに。
 暴力の矛先が自分ではなく、弟に向いた時、彼は家に帰らなくなった。それをどれほど悔やんでいたか。自分だってまだ守られるべき子どもなのに、いつも弟のことを気にしていた。時々帰るたびに、訳の分からない女の子のような話し方になっている弟を見ては、「もう手遅れなんだ」と咽び泣き、それでも必死で救おうとしていた。

「黎と一緒に住みたい」

 一縷の提案を聞いて、あのとき黎は何を思っただろう。
 久々に実家に帰るから翠も来てほしいと、一縷に頼まれた。父親は仕事でいないはずだから、その間に黎を説得したいと。一縷がずっと望んでいたこと。反対する理由なんてない。
 私が黎を見たのは、その日が初めてだった。
 ものすごく広いリビングのソファに座っていて、デリバリーのピザを食べていた。手がチーズの油でベトベトに汚れていたけれど、黎はお構いなしで、突然現れた私たちに驚くわけもなく、咀嚼を続けていた。
 黎の視線は久々に会う実兄ではなく、私に注がれていた。この女は誰だろう、とでも言いたげに。怪訝そうに。
 一縷が黎に伝えたのは、一緒に住みたいことや仕事をしているから金のことは心配しないでほしいこと、今まで家に帰らなかった理由だった。それらを全て黙って聞いていた黎は、たった一言。

「つかまえるなら、いまかぁ」

と、笑いながら言って。
 舌で口の周りを舐めながら、何かを取り出した。それが、何かを理解する前に、勢いよく一縷の額に振り下ろされる。不意打ちで食らった瞬間、一縷が膝から崩れ落ちた。小さいけれど重みのある布製の袋を、黎が「効果抜群ね」と感嘆して眺める。ブラックジャックだ、と気づいたときには、それは私にも振り下ろさ、れ  て、、、



「ワタシはね、痛いことも苦しいことも嫌いだし、悲しくなるの。なんでいっつもワタシは怪我をしているのかなー、痛いことされるのかなーって、考えてたけど。頭の中がグチャグチャで、もう分かんなくなってきたの」


 
 黎が折檻されていたであろう奥の部屋には、たくさんの少年の裸体写真が貼られていた。それらが全て宮川兄弟のものであると分かり、改めてここの父親のイカれ具合に吐き気がした。
 そしてその部屋には先客がいて。
 その父親本人が肉だるまのように隅で蠢いていた。両手は後ろで縛り上げられ、片足の骨が折れているのか、あり得ないほど腫れていて青く変色しており、尻の穴にパイプを挿されて、口にはタオルを詰められていた。
 ブラックジャックで殴られて、どれぐらい経ったのかはわからない。
 目の前にいる宮川黎が、一縷の話してくれた「訳の分からない女の子」になっていることは、なんとなく分かった。彼女も、自分のことを「レイ」と名乗った。
 レイは一縷が懸命に何かを話すけれど、それを一蹴し、何故か私を痛ぶることを率先して楽しんでいた。目の前で私が泣き叫び呻くたびに、「翠は関係ない」だとか「もうやめてくれ」だとか、一縷の声が響いていて。
 でもそれもだんだんなくなって。
 私の反応がなくなると面白くなくなったのか、一縷にも手を描けるようになった。肉だるまは何も言わない。死んだのかもしれない。
 自分が重たくて粘度のある泥になったような気がした。一縷が虐待のかぎりをし尽くされている間、その叫びを聞きながら、意識を手放さそうと努力してみる。でもギリギリのところで擦り切れない理性は、私が壊れることすら邪魔をして、耐え難い現実が体中に染み込むように蝕んでいった。時間の感覚はない。
 何度目かの、痛ぶる矛先の順番が私に回ってきた。
 背中がカッと熱くなる。刺されていることが分かって、混乱のなか嘔吐した。呻いている声が自分のものだなんて思えなかった。
 私、今、殺されてる最中なんだ。
 一縷も震えて、かわいそうだな。
 肉だるまはなんとも思わない。地獄に行け。

「もうお姉さんだけだよ。生きてるの」

 すぐ上の方で声がする。
 背中が熱い。

「ワタシ、今までの痛いこと、ぜんぶ、返しただけなんだけどな。足りない、ぜんぜん」

 血の味がする。
 ゆっくりと、私に覆いかぶさる、少年の体。

「ねえ、お姉さんも死んじゃったら、ワタシはどこにワタシの痛みをぶつけたらいいの」

 問われている、ということにやっと気づいた。この頭のおかしい、人格も破綻している少年が、私に質問している。

「……わたしをこぉさなけぇば、いいんじゃない」

 口の中が鉄錆の味でいっぱいだ。
 信じられないかもしれないけれど、私はこのとき、頭の中が澄み渡るほど冷静だった。自分が生き残ることへの執着からか、私に覆いかぶさるレイへの同情心か、そへとも。
 唯一の弟を助けたいと願った一縷への想いからか。

「こぉさなけぇば、ずっと、わたし……わたしと、いっふぉにいぇば、うけとぇてあげる」

 レイの手が私の頬に触れた。鈍く痛んだがどうでもよかった。

「お姉さん、お母さんみたい」

 レイの方を向かせられる。何故か、そいつは泣いていた。大粒の涙を溢れさせて、子どもらしく、泣いていた。

「……レイ、おやすみ」

 自然と口からそう出た。
 できれば、貴女の中でこんこんと眠っている彼に代わってください。恐怖から保身の為に貴女を作り上げた、救われない彼と。
 がくっとレイが脱力して私の上に落ちてきた。気を失っているようだけど、私もこの状態で華奢な少年の体とはいえ起こすことができない。
 迷っていると、ゆっくりと少年は上半身を起こした。
 まず私の顔を見てギョッとした表情をする。次に目線が部屋の奥に注がれる。

「あ…………?なんだあれ、えっ」

 見なくていい、と。
 力を振り絞って黎の体を抱きしめた。何も見ないように、しっかりと胸の中に顔を寄せる。

「わたしの、いぅこと、きいて。だいじょおぶだから」
「……あんた、だれ。血、怪我、してる」

 ぜんぶきみがやったんだよ。

「なんでこの部屋に入ってんの……。さっきのはなんだよ、またあの人が何かしたの?」
「もう、なにもおきないよ。こわいこと」
「……あんたはだれなの」

 みどり。
 黎と次に会えるのは、いったいいつになるだろうね。

Re: 微睡みのエンドロール ( No.19 )
日時: 2022/10/01 23:20
名前: ネイビー (ID: kAWEuRKf)

 眠り姫が王子様のキスで目を覚ました時、城を覆っていた茨は解け、眠っていた人たちは目を覚ましたっけ。実際のところ、こさえた死体は蘇らず、呼び覚まされたのは悪鬼のようなぶっ壊れた人格だけれど。

「かわいそうって思っていたの?」

 レイが首を傾げる。誰を?とでも言いたそうに。

「ワタシを共犯者って言う割に、どこか下に見ているところが少しムカつく。かわいそうだなんて思わないでよ。ワタシにとっての普通はずっとあの地獄で、血も、臭い息も、薄ら笑いも、全てがワタシには当たり前のことだったんだから。ワタシからしたら、アンタがそこまでして一縷くんのナニを守ろうとしてんのかわかんない。ワタシを受け止めるためなんかじゃないって、もうわかってんのよ」
「あの時は痛みを受け止めて、なんて泣いていたくせに。自分に痛みを与えていたやつを殺して、全部終わっちゃった今、存在意義がわからなくなってるんでしょう」
「待って。待て待て。ワタシを怒らせようとしてる……?いきなり態度が変わって怖いんですけど」
「怒らせようとは思っていない。でも私は怒っているわ」
「ワタシに?なんで?」
「その話は後にしよう」

 努めて冷静に話した。私たちは今、死体を目の前にしているのだ。

「これを、バラバラにするんでしょう」

 これ、と木原皐月を顎で示す。
 レイは「ああ」と今思い出したように言い、面倒臭そうに「手足を落とすのって、力の要ることなのよ」とぼやいた。
 瞬間的に、あの家で見た宮川雫の亡骸を思い出して、吐き気が込み上げてくる。眼窩の奥が重く震えた。肉だるま。私のいた地獄。一縷を失った日。



.
 


 額に汗を滲ませたレイが、風呂場から出てきた。時間がどれほど経過したのかわからないけれど、二日は経っていると思う。
 レイが何かを得意げに見せてきたが、それは切断された木原皐月の右耳だった。ピアスがたくさんついているので、すぐわかった。着ていた男物のパーカーは捨てる為に袋に入れた。
「風呂場見る?」と訊かれたが、遠慮した。二日風呂に入っていないことなんて、今までにいくらでもあったし。
黎のバイト先には適当な理由をつけて休みを取っているが、その言い訳もいつまでもつか分からない。徹夜で肉の塊をこさえていたレイは、当たり前だけれど、黎の体で家の中にいる。その光景がいつもの日常と同じなので、煙草を吸う余裕はできた。我ながらおかしい。狂っている。

「冬だけど、やっぱり体を動かすと熱いわ」

 言いながら、服を脱ぐ。人格が女だからなのか、お構いなしに。全裸になったレイはタオルで汗を拭きながら、あらかじめ私が用意した服に着替えた。

「さてと。ああしたはいいけれど、これからどうするの?」
「……」
「あのまま風呂場に置いといてもいいけれど。てか、誰が殺したの?あの女」

 きみの中に眠っている彼よ。
 そんな答えを知っても、レイはなんとも思わない。

「ねーぇ!どうして黙ってんの?」
「私の身の振り方を考えているのよ。どうすればいいのか」
「ふぅん。どうしたいの?」
「……ねえ、一緒に来てほしいんだけれど」
「なになに?遊びに行くの?」
「うん。最後のデートだよ」
「…………?ワタシ、女の子だよ?」

 そうだったねー。

Re: 微睡みのエンドロール ( No.20 )
日時: 2022/10/02 00:08
名前: ネイビー (ID: kAWEuRKf)


5

 
 それは、1月半ばのことだった。
 パチンコで勝った金でラーメンを食い、冬の乾いた空気がどこか懐かしく思えて、公園で缶コーヒーを飲むという自分じゃあまりやらないことをやってみていた。平日の15時。気温は8度。人は少なく、ベンチに座っている俺がこの公園をのしている感覚になる。……あまりにも滑稽か?
 寒すぎるので帰ろうかとも思ったが、自販機で買った缶コーヒーがまだ口をつけたばかりだ。手もいつも以上に震えている気がする?

「田島千里さんですか?」

 熱くて苦い液体を飲み込むのに苦戦していると、背後から声をかけられた。
 声からして子どもかと思ったが、そこにいるのは二十代前半の女だった。自分で言うのもなんだが、俺みたいな人間に話しかけていい人間じゃない。小綺麗で、大学でキャンパスライフを謳歌していそうな、華やかな女だ。きちんと手入れされている茶髪を、緩くひとつに結っている。マフラーも着ているコートも、毛玉ひとつない。俺と違って。

「初めまして〜!佐野美玲です」
「はぁ……ハジメマシテ」
「お隣いいですか??」
「どちらさんですかね?」

 訝しい目で女を見る。本来なら逆だろうに。
 サノミレイ。
 聞いたことがない名前だ。

「佐野美玲って名乗ったじゃないですか〜。ここから少し離れた、△△大学に通っています。貴方が、田島千里さんで間違いないですかね?」
「はぁ……。なんで俺の名前知ってんですかね?あと顔」
「ここに、」

 女は、自分の鼻先を指差す。

「ミドリンにつけられた傷跡が残っているはずだーって、お母さんから聞いたものですから」

 動揺で、手元がより震えた。いやこれは元からか。というか『あの日』、あいつに襲われてからの---。それを見た佐野が、にやりと口角を上げる。

「その手の震えも、後遺症だからって聞きましたぁ。だからわかるはずだって!」

 ミドリン。ミドリ。大島翠。

「…………あんた、関係者?」
「はぁい!もう片方の身内でーす!」

 佐野……。ああ、なんか『あいつ』がしばらく世話になっていたところが佐野とか言ってたっけか……?
 思い出そうとしたが、女がぐいっと身を寄せてくる。

「で、私はずっと貴方を探していたんです」
「…………」
「黎の当時のバイト先がわかってからは簡単でした!お父様に会えればすぐだったので」
「親父に会ったわけ?」
「ええ。お会いできました。けっこう仲悪いんですね!」
「……まあねえ」

 定職にも就かずプラプラしていたので、元から仲は良くなかった。『あいつ』が折り合い良く居てくれたから、ぎりぎり親子の関係を持っていただけで。

「貴方が木原皐月にちょっかいをかけていたのは分かっているんですよー」
「ちょっかいのつもりは、なかったんだけど」
「でも結果的に最悪でしたよね。木原皐月は肉だるまに、大島翠は犯罪者に、そして……宮川黎は死体になってしまった」
「……まあねぇ」

 まさか俺のところに大島翠と宮川黎が二人で来るとは思わなかったけど。大島翠には、俺が木原皐月とずっと繋がっていたことは知られていたのかね。
 不意打ち。理不尽なほど、不意打ちだった。
 バイトを宮川が休むんでいると親父から聞いて、嫌な気はしていた。木原皐月にあいつらの住所を教えたのは俺だったから。木原皐月が作った怪文書を届けていて、それで満足しろと思ったけれどしつこかったから。女同士直接やり合えと思い、軽く教えたのだ。まったくもって軽率すぎた行為だったけれど。
 木原皐月が肉の塊になっていたのが明るみになったのは、あの一ヶ月後だったか。俺が二人に奇襲をかけられていなかったら、もう少し発見は遅れていたはずだ。
 
「私の初恋は一縷でした」
「……危ないっすね」
「はい!当時3歳でした」
「ロリまでたぶらかしてたんすか、あいつは」
「ロリコンではなかったと思いますけどねー。次に好きになったのは黎です」
「宮川ブラザーズコンプリートじゃないですか」
「はい!当時中学生でした」
「なるほど。めっちゃ犯罪臭がする」
「実る恋ではなかったんです。イトコだったし。黎とは5年間過ごしたけれど、ミドリンと住んでからは会っていなかったし。お母さんも会わないでって言っていたから」

 
 


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