複雑・ファジー小説

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流星メタルに精錬フォージ
日時: 2022/06/02 00:06
名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)

 20XX年、突如飛来した隕石「ブリギット」。都心に直撃したそれの影響によるものか、異能に目覚める者が現れ始める。金属と性質をなぞらえたそれらを、人々は《フォージ》と呼んだ。
 その世界である日、記憶を失った少年は、鉄のフォージを持つ男に出会う。異能、銃弾、金属音の飛び交う世界で、少年は何処へ進むのか。

0.序章
>>1

1.緑玉メタルツリー
>>2-

Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.4 )
日時: 2022/06/04 21:05
名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)

1-2.ペストマスクにゴシックロリータ②

 少女と哲人は誰も入り込めない電撃戦を繰り広げていた。だがお互い死力を尽くしての攻防というわけでもない。両者未だに顔には余裕がある。
 少女の振り下ろした刀を漆黒に染った腕が受け止め、何度目かも分からない鍔迫り合いが起きる。

「テット。あなたとならいっぱい遊べそう」

 そう言って嬉しそうに口元を上げた少女の髪の毛が、不自然に揺れた。いや、揺れるだけではない。明らかに物理法則を無視して、まるで生きているかのようにゆらゆらと動く。それらがポニーテールのようにひとつに収束したところで、柔らかそうな髪の毛が突如として変異する。
 少女の髪がガラスのような、巨大な一つの刃に変化していた。

「《ダイヤモンド……」

 少女が哲人を真っ二つにしようと、髪の毛から伸びた刃物を振り下ろそうとする。だが少女がフォージの名前を言い切る前に、彼女の肩に手が乗せられた。

「そこまでだ」

 スイッチが切れたかのように、恐ろしいサイズの刃物はパラパラと崩れ、彼女の髪の毛が元の柔らかさを取り戻して重力に従い垂れる。少女は背後の手を乗せてきたペストマスクの男、大門を見て頬を膨らませて抗議する。

「パパ、いまいいところなの」
「遊びは終わりだ」

 はーい。と少女は不満気な顔で下がり、机の壊れていない部分によじ登ってちょこんと座る。その姿は端正たんせいな顔立ちやゴシック調の服装、そして現実離れした白さの肌や瞳等から、まるで人形のようだった。それが先程まで刃物を振り回して暴れていたとは思えない。

「乃亜とここまで遊べるなんて中々やるなアンタ。並の奴なら秒でサイコロステーキだぜ」
「出来ればそれに免じて投降して欲しいんだけどねぇ」
「カカ。そいつぁ無理な話だな」

 大門はペストマスクの奥で笑い声を漏らしつつも否定する。そして再びモニターに向き直った。

「早く答えないと死人が出ちまうぜ」
『知らんもんは答えれんわアホ』
「……全く頑固オヤジは困るぜ。ま、今回は挨拶だけで済ませとくか」

 そう言うと、大門と少女は自分たちが登場した窓の穴に手をかけ、頭だけでこちらを振り向く。

「ばいばい」
「これは今回のお礼だ。遠慮なく受け取ってくれよな」

 少女は手を振り、大門は指を弾いた。

「『緑玉エメラルド叛逆リヴァリアン』」

 彼が鳴らした音を合図に、空中に停止していた銃弾が、一斉に発射された。──その銃弾を放った、異警の方向に。

「うわぁぁぁぁっ!」

 咄嗟に進が机を盾にするようにしゃがみ、哲人はしゃがみ込んで全身を《鉄人》によって硬化させる。二人は反応できた為に幸いにも怪我を追うことはなかった。
 しかし、乱射された弾丸が齎した被害は少ないとは言えなかった。身体を抑えてのたうち回る者、倒れ伏しショックで意識を失ってしまっている者。一瞬にして地獄を作り出した本人はというと、既に少女を抱えて超高層ビルの窓から飛び降りていた。
 阿鼻叫喚と化した部屋は最早収集がつかなくなっており、警視総監の我堂の声すら通らない。この場から逃げ出す、進のように呆然とする、哲人のように怪我人の手当てにあたる等、中の人々の様子は、まるで戦地であるかと錯覚させる様な光景だった。
 事態が収束したのは、応援に駆け付けた特殊部隊と救護班が到着してからだった。こうして進は、ある意味忘れる事のできない初仕事を終える事になった。



「……大丈夫かい」
「すみません哲人さん。もう大丈……うっぷ」

 現場を離れ事務所に戻った進を襲ったのは、激しい内から迫り上がる逆流だった。ショッキングな光景に、未だに慣れていない環境に対するストレス。彼の胃はズタボロだった。

「……話は……聞いてる……お疲れ様……」
「久々に出てみたらこんな事になるとはねぇ。今回ばかりは啓次けいじくんが不在でよかったよ」

 二人が事務所に戻ると、水夢すいむは眠たげながらも同情を含んだ目線を進に向けた。元々彼がこの界隈に関わること自体、余り水夢は乗り気ではないのだから、今回の件はそれに拍車をかけることになった。

「……あっちの方……仮眠室がある……使うといい……」
「すいません。ありがとうございます……」

 明らかに顔色が悪い進は、そのままフラフラの足取りで部屋を後にした。そして水夢は琥珀色の眼で哲人の方を見る。

「しかし、あの状況でもまだ発現しないか」

 その言葉に、水夢は少しだけ眉を動かした。余り表情筋が発達していない彼女においては、言葉を聞いただけで表情が動くというのはかなりの出来事である。

「……どういう……こと……?」
「いやぁ、彼のフォージを早く目覚めさせない事には、連れ歩くのにも一苦労だからねぇ」

 その言葉に、水夢は心の奥が底冷えするような感覚を抱いた。ここで怒りのようなものが湧かない辺り、自分も善人ではないな、と水夢は自覚しつつ、哲人に言葉を返す。

「……どうして……そこまで……冷たくなれるの……」

 水夢は哲人の事を同僚として、ある程度は知っている。だからこそ、彼が暖かみに溢れた人間でない事は把握していた。だが、進を気にかけているような素振りを見せておきながら、心配の言葉一つ出ないのは、異様に見えた。

「え? そんなこと言われても、ねぇ」

 まるで何を問われているのか、分からないと言いたげな哲人。その言葉に、水夢は察してしまった。この人間は、心まで鉄で出来ているのだな、と。

Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.5 )
日時: 2022/06/05 21:21
名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)

 メタルツリーという建造物があった。
 ある日建造された、謎の建物。外見は三つの円柱が重なったような形状で、階層ごとに徐々に円柱が狭まっていく事で先端の方が細くなっていく仕様だ。幾つかの階層は展望できるように壁面がガラス張りになっている。全体的に黒くメタリックなカラーリングのそれは、まさにネーミング通りの建物なのだ。
 そう、それだけである。
 電波塔という訳でもないこの謎の建物は、建築目的さえ判明していなかった。ただ分かるのは、公共スペースであり一応観光が出来なくもないスポットであるということだけ。
 そんな七不思議にでもなりそうな場所のとある階層で、すすむは溜め息をついていた。彼が下を見ると、ガラス越しに周囲の風景が見える。メタルツリーも最上階はそこら辺の建造物よりも高いが、展望ルームの階層はそれほど高くもない。その為街の景色が細かく良く見えた。

「ダメだ。何も思い出せない」

 街の風景を見て回れば、何か思い出せるかもしれない。そう思って、進は暇があれば街中に出歩くのが習慣になっていた。だが彼の目に映るのはどれもピンとこないものばかり。見慣れているのか、見たことすらないのか、それすらも不透明だった。

「記憶喪失か。私も一度はなってみたいものだねぇ」
哲人てっとさん、そんな他人事だからって」

 進がそう言って隣の哲人を見ると、哲人は片手に持っていた缶コーヒーを進に投げた。

「恥の多い生涯だったからねぇ」

 慌てて缶コーヒーを受け取りながらも、進は顔をしかめる。

「僕には忘れたい恥もないのに」

 ブラックの方が良かった? 微糖が好きです。そっか。なら良かった。とやり取りをして、二人は同時に快音を鳴らした。

「はは。それもそうだ」

 缶コーヒーを呷り空を見上げる哲人。進から見たその横顔は、何時になく寂しさ含んでいた。
 意外だ。そう進は感じた。哲人はいつも朗らかな笑みを崩さない、柔らかい人間のイメージがあった。寂寥感せきりょうかんに満ちた鉄のように硬い表情を、進はとても珍しく感じていた。

「哲人さんは、なんで異警に?」

 気付けば、進はそう聞いていた。
 おそらくは、哲人の背景をもっと知りたかったのだろう。それを聞けば、その鉄仮面の意味も、少しはわかったかもしれない。

「さぁ?」

 だが哲人は、何も答えなかった。明確ではないが、彼らしい遠回しな拒絶の仕方だった。

「……そうですか」

 進は落胆する。まだ自分は、彼からの信頼に値する人間ではないと、そう言われている気がした。
 暫く二人の間で交わされる言葉もなく、代わりにコーヒーが喉元を過ぎる音だけがする。居心地が悪くなるくらい、その場は静寂に包まれていた。

「てっと、みつけた」

 その嬉しそうな少女の声が、彼らの耳に届くまでは。
 二人が咄嗟に振り向く。モノクロの硝子のような少女はご機嫌な様子で哲人を指さしていた。もう片方の手は、誰かの服の裾を掴んでいる。

「カカ、変な偶然もあるもんだ」

 特殊な笑い声に妙に甲高い声。何よりもその顔に被ったペストマスクが、彼が何者であるかを物語っていた。



 『ちと遠い』とは言っていたが、街の外れまで歩かされる事になると進は思っていなかった。周囲を見渡せば、発展に置いていかれた一昔前の背の低い建物達が並んでいた。その多くは簡易的な宿泊施設​──と言えば聞こえはいいが、実際は布団が敷いてあるだけの狭苦しい部屋を、格安で提供する店である──で、所謂ドヤ街というものであった。

「正直、君が場所を変えようなんて言うとはねぇ」
「俺達は目立ちたくない。アンタらは俺達の根城が知りたい。利害は一致してるだろ?」
「それもそうだねぇ」

 前を歩くのは哲人と大門だいもん。それぞれについて行くような形で進と乃亜のあが並んでいた。
 どうしてこんな事になったのかというと、少し時間は遡ることになる。
 大門と乃亜の二人は、以前からある特定の施設を襲撃する事件を起こしていたのだ。その数は現行犯だけでも五つを超えるという。しかし、あの会議の日以来は姿を眩ませていた。
 そんな二人が目の前に表れたのだ。当然進と哲人も臨戦態勢に入る。だが、一触即発の空気を破って断りを入れたのは意外にも大門だった。

『今は暴れると都合が悪いんでな。俺ん家に招待してやるよ。茶くらい出すぜ』
『君の家には興味あるねぇ。お茶は結構だけど』
『言っとくけど仲間を呼ぶのはナシだぜ? ま、呼んだら今この場を即地獄にしてやるだけだけどな』
『はは。流石に私もクズじゃないさ。約束は守る』

 そんなやり取りが交わされた後、四人はこうして、傍からしたら迷惑な陣形で移動しているのだ。

「哲人さん、何考えてるんだ?」

 進は思わず独り言をこぼしてしまう。警察に連絡するとか、水夢《すいむ》さんに伝えるとか、色々やるべきことはあるだろう、と彼は思っていた。だが彼は大門の提案に本気で乗たのか、連絡する素振りは一切見せていない。
 その時、進はふと横から視線を感じた。そちらを向くと、あの日と同じように、白銀の瞳と目が合う。少女こと乃亜が、進の方をじっと見つめていた。

「ど、どうかした?」

 進は思わずたじろぐ。ずっと哲人に熱烈な視線を送っていた彼女が、気付けばこちらを見ていたのだ。
 なにがあったんだと進が身構えたが、乃亜の言葉に思わず目を見開くことになる。

「あなた、わたしに似てる」

 え、という、端的な言葉が進の口から溢れた。
 それでも乃亜は、言葉を続ける。まるで、進と合わせている目の奥を覗いているかのように。

「前も後ろも分からなくて、一つのみちしるべだけを見てるの」

 空いた口が塞がらないという言葉は、きっと今の進を表す為にあった。
 乃亜はそれだけ言うと、進から視線を外した。

「ま、待って。それは」
「ここが俺の隠れ家だ。アンタらに教えたからには、今日中には出ていくがな」

 進の言葉を遮った大門が入っていったのは、古ぼけた街並みの中でも特に際立ったものだった。酷いを通り越してもはや廃墟同然の外見で、傍から見たら人が住んでいるとは思えない。乃亜も小走りでそれについて行き、哲人と進も続く。モヤモヤとした拭いきれない消化不良な心が、進の中に燻る。

 内装は外見よりも幾らかマシだった。家具などは所々壊れているが、使用する分には問題のないレベルだった。大門は置かれていたソファに座り込み、その膝の上に乃亜がちょこんと乗る。
 哲人も遠慮なく大門の向かい側に座る。進も遠慮がちに哲人の隣に座り込んだ。

「さて。君には色々と聞きたいことがあるんだ」
「多くに答える気は無いぜ」
「百も承知さ。だから単刀直入に聞かせてもらうよ」

 次の言葉は進を驚かせ、大門の雰囲気を変えた。

「大門 青葉あおば。君は何故警察を辞めた?」
 
 少しの静寂の後、カカと笑って大門は言う。

「簡単な話だ。理想と現実は違った。以上」
「君は随分優秀だったそうじゃないか。若手にして何件ものフォージを有した加害者を拘束した。出世も確約されてただろう。そんな順風満帆に思える君のような経歴でも、なにか不満があるのかな?」
「辞めたって事ぁそういう事だろ」

 二人のジャブを打ち合うようなやり取りを中断させたのは、大門の膝の上に居た少女だった。乃亜は父親の腕を掴んでぐずるように言う。

「ねぇパパ〜、きりたい切りたい斬りたい〜」
「あーもう落ち着け乃亜。数日前からテットテットって。お父さん泣いちゃうぞ」
「やだやだ、てっとと遊びたいもん」

 やれやれ全く、と言いながらも、大門は乃亜を抱えて立ち上がる。哲人と進も、それを見てソファから離れた。
 先程までの空気とは打って変わった緊張感が流れ始める。張り詰め始めた頃合で、言葉を発したのは大門だ。

「じゃあ始末させてもらうか。今日は楽しかったぜ」

 その言葉を皮切りに、火蓋が切って落とされた。
 最初に飛んできたのは、鋭い刃。乃亜だ。ガラスの様に透き通った刀を、哲人に目掛けて振り下ろす。

「《鉄人てつじん》」

 だが予測していたかのように、哲人はその刀を横に薙ぎ弾き飛ばした。弾き飛ばされた乃亜もくるくると空中で回転した後に着地。両者にとっては挨拶のような攻防だった。

「てっと、あいたかった」
「親の顔が見てみたいねぇ」

 すぐ近くにいた大門は、短く笑うだけで何も言わない。
 一方、乃亜の髪があの日と同じように逆立ち始めていた。それらが収束し、そして透き通ったガラスのような刃が出来上がる。

「《ダイヤモンドダスト》。わたしの、フォージ」

 少女が再び、哲人に肉薄する。しかし先程までとはまるで違う。彼女が刀を横に振り、髪から伸びる刃を縦に振った。十字に切るような斬撃に、哲人は受け切る事を諦めて背後に跳躍した。ダイヤモンドで形成された刃物達は、獲物を失い虚空を切り裂く。
 筈だった。

「ッ!」

 哲人のコートが、十字で切られた様に裂けた。そして、彼の黒く染った肉体が服の隙間から覗く。その鋼鉄の体には、二本の引っ掻き傷のようなものがついていた。

「まだまだ」

 少女が再び二本の刀を振るう。ダイヤ製のそれらが煌めきを放ちながら、哲人の両足を分断してやろうと襲い掛かる。再び跳躍して背後に避けるが、またもや当たってもいないのに、今度は両足の布が破かれ、小さな傷が入る。

「はは。面白い手品だね」

 哲人は朗らかな笑みこそ浮かべているが、こめかみに浮いた冷や汗が全てを物語っていた。

「哲人さん!」
「おい、よそ見してる場合か?」

 進が哲人の名前を呼んだ時、既に大門は間合いに入っていた。その言葉でようやく気付き、飛んできている右ストレートを咄嗟に身体を仰け反らせて交わした。

「反射神経は合格。ならフォージはどうかな」

 そう言って、大門は進に手を向ける。感覚的なフォージを操る者において、手を向けるとは即ちスコープを覗くような行為だ。

「《緑玉エメラルド拒絶エクスクルード》」

 瞬間、感じたこともないようなものに進は襲われる。正しく圧力を持った緑の板が迫り、進を突き飛ばして廃墟の壁に叩き付けた。

「がはぁッ!」
「どうだ? 斥力の塊に殴られた気分は」

 壁に激突した進は、意図せず肺から空気を吐かせられた。だが大門の攻撃は突き飛ばすだけでは終わらない。緑の板で、進は壁に押し付けられ、潰されそうな程に圧迫をされる。

「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」
「おいおい、フォージのない一般人か?」

 呆れたような大門の声がすると同時に、緑の壁が消え、進が床に崩れ落ちる。進はもう、呼吸をするのが精一杯といった様子だった。

Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.6 )
日時: 2022/06/06 23:59
名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)

1-3.道標にエメラルド②

 刹那の間に決着がついた大門だいもんすすむとは対称的に、乃亜のあ哲人てっとの戦闘は一進一退を繰り返していた。ただ五分という訳では無い。ほんの少しだが、押されているのは哲人だった。
 乃亜の攻撃を哲人が躱しても、フォージの影響か哲人にはダメージが入る。しかし乃亜は哲人の攻撃をひらりひらりと避ける為、その僅かな差が積み重なり始めていた。
 乃亜のダイヤの刀と髪から伸びる刃が、上下から挟み込むように肉迫する。全く違う道筋から繰り出される、二つの斬撃。例え後ろに逃げても、謎の力が追撃を行う不可避のコンボ。
 このままでは埒が明かない。そう判断した哲人は上段から迫り来る刃を右手で掴み取り、下段からの刀を無視して足で受けた。
 不協和音が鳴り響く。哲人は右手と左足に走る激痛に、苦しげな表情を浮かべながら、髪から伸びた刃をそのまま強く握って引き寄せた。

「ッ!」

 肉を切らせて骨を断つ。哲人はリスクを受けた分の、リターンを得ることが出来た。振り切った後の体制の乃亜は、姿勢を崩して無防備を晒す。その隙を哲人は見逃さない。
 一歩、鋼鉄の足が強く踏み込んだ。そして左腕から、渾身のストレートが繰り出される。初めて直撃した弾丸のような拳が、乃亜の鳩尾に突き刺さる。

「かはっ……!」

 乃亜の体は紙吹雪のように飛び、そのままロクな受け身も取らず派手に背中を打ち付けた。常人ならば、その拳だけでも呼吸すら出来なくなるほどの一撃。壁に激突した衝撃も相まって、普通ならば立ってすらいられないだろう。
 だが、当然のように少女は立ち上がる。まるでダメージなど無い、いや感じてすらいないように見える。フォージによっては耐久力が高いものが存在するが、彼女のフォージがとんでもない耐性を誇るのは、もはや動かし難い事実だった。
 大の大人に容赦の無い拳を撃ち込まれた少女。しかし、その眼差しは恐怖に染まるどころか、寧ろ歓喜を顕にしていた。

「まだまだ、あそぼ?」
「はは。……子供の相手は疲れるねぇ」

 哲人は半ばやけくそ気味に答えた。こちらが肉を切らせても、向こうは骨を断つどころか肉を打たれてもピンピンしている。乃亜は哲人が想定していた以上の強敵だった。
 そして、更に状況は悪い方へと転がり落ちていく。

「カカ。相手は一人じゃないぜ」

 それまで静観していた大門が、哲人の背後に回り込んでいた。だがその言葉を聞いて尚、哲人は振り返ることが出来ない。目の前のダイヤモンドの少女から、目を逸らす事そのものが、自殺行為でしかない為だ。

「二対一は卑怯じゃないかねぇ」
「アンタの相棒なら向こうで伸びてるぜ」

 哲人は倒れ伏し苦悶の表情を浮かべる進を一瞥すると、直ぐに視線を戻す。彼の表情は何も変わらない。仲間に対する情など、持っている場合ではなかった。

「いくよ」

 乃亜の二重奏が始まる。透き通った二本の刃が、クロスするように左右から切り下ろされる。狙うは哲人の両肩。芋虫にしてやろうと襲い掛かってくる獲物を、哲人はそれぞれを両手で掴み取る。

「っ!」

 手首に掛かる衝撃に、哲人は歯を食いしばる。関節が外れる程のそれを何とかいなし、再び掴んだまま反撃を試みる。
 しかし、背後からは大門の右手が迫っていた。大門はその手を哲人の背中にそっと添える。

「『緑玉エメラルド一撃ストライク』」

 その手がエメラルドグリーンに輝き、発された斥力が、そのまま哲人の身体を中身を通り抜けて撃ち抜いた。
 哲人は驚きつつも目を見開く。

「何を……」
「俺の《緑玉エメラルド拒絶エクスクルード》は斥力を発する壁を生み出すフォージだ。手のひらに壁を作って、体内に直接斥力をぶつけてやったんだよ」

 幾ら皮膚が鋼鉄だろうが、直接内部に衝撃を打ち込まれては成す術もない。意識が揺さぶられる程のダメージが、刃を受け止めていた握力を緩ませる。
 乃亜はその隙を逃さない。一瞬で哲人の手を振り解き、二つの刃を並べるようにして哲人の脇腹に横から叩き込んだ。
 幸いにも哲人の体は真っ二つには成らなかった。しかし幾ら鉄のフォージ、《鉄人てつじん》による防御力を加えた鋼鉄の身体と言えど、その鋭い斬撃を受けて無傷では済まない。深くはないが、かすり傷とは言い難い負傷を受けた上、哲人は派手に吹き飛ばされる。

「そんなっ……哲人さん……!」

 進は床を這い蹲って、思わず目の前の光景に声を上げた。いざとなれば、哲人が何とかしてくれる。心のどこかでそう思っていた進は、自分の浅はかさと敵の強さに気付く。
 哲人は吹き飛びながらも何とか意識を取り戻し、寸でのところで受け身をとって姿勢を立て直す。

「はは、これはまずい、ねぇ!」

 敵の不意をつくように、起き上がりざまに哲人が跳ぶ。床を力の限り蹴り、砲弾のような超高速での接近。大門に一瞬で間合いに入った哲人は、その拳をガラ空きの鳩尾に叩き付ける。
 しかし、大門に触れる直前で、漆黒の拳が緑玉の壁に阻まれる。まるで金属が削り合うような音を撒き散らしながら、二つのフォージがぶつかり合う。

「惜しかったな。『緑玉エメラルド叛逆リヴァリアン』」

 緑玉の壁が一度煌めき、受け止める壁の性質が弾き返すものに変質する。一瞬の衝撃の後、拳ごと弾き飛ばされた哲人は、床と靴との摩擦でなんとかブレーキをかけた。

「わたしとも、あそんで」

 だが息をつく暇すらない。今度は飛び上がった乃亜の二連星が上から振ってくる。最早まともに掴む握力も残っていない。そう判断した哲人は、両腕を体を守るようにクロスさせ、二振りの剣を受け止めた。その衝撃に肩肘膝が悲鳴をあげる。蓄積されたダメージ達の影響か、哲人は片膝を付いてしまった。

「隙だらけだぜ?」

 右手に緑の光を宿した大門が、再び哲人に迫る。だが今腕を動かせば、哲人は乃亜の上段切りをまともに受けてしまう。これはもう、どうしようもない詰みだった。

「《緑玉エメラルドの……」

 再び斥力を伴う咆哮が、哲人の身体を貫く、筈だった。

「あああああああああああッ!」

 咆哮がした。哲人でも大門でも、乃亜でもない叫び。喉から引き絞るような、悲痛なもの。
 その声が大門に近付いた次の瞬間、大門は右頬にペストマスク越しの衝撃を感じた。
 《緑玉エメラルド拒絶エクスクルード》によって守られている筈の大門は、その場でよろめく。

「な、何だ?」

 その拳は大してダメージがあった訳では無い。《緑玉エメラルド拒絶エクスクルード》によって勢いは殆ど殺されていた為、精々子供に殴られた程度でしかない。
 それでも大門は驚愕せずには居られなかった。弾丸の雨も、フォージを用いた哲人の攻撃すら一切受け付けなかった無敵の防壁を、その少年──刈野かりの進が破った事実に、大門の頭は疑問符で埋め尽くされる。

「どうなってんだ!」

 大門は視線を進に向ける。
 その回答は、進の拳にあった。

「そのフォージは──」

 それを見て、大門の頭は疑問と衝撃でかき混ぜられ、停止してしまった。
 進の右手を包む、エメラルドグリーンの輝き。
 それは間違いなく、大門が有しているフォージ、《緑玉エメラルド拒絶エクスクルード》だった。

「何も出来ないのは、もう嫌だ」

 まるで泣きそうな声音で言う進の瞳には、緑玉が宿っていた。





 無力感。ただひたすらに、進はそれに押し潰されていた。目の前で嬲られる哲人を見ながらも、進は何も出来なかった。

 ──僕が無力だから。

 この場だけで見れば二対二の現状のはずだった。だが進は戦力どころか頭数のひとつにすらにすらなれない。フォージを持つ者と持たざる者。まして体術などに身の覚えがある訳でもない進だ。その格差は圧倒的だった。
 歯噛みをして、八つ当たり気味に床に拳を叩き付ける。それでも何も起こらない。ただの傍観者にしかなる事は出来ない。そんな都合の悪い事実だけが、進を取り囲んでいる。
 僕にあんな力があれば、と、ペストマスクの男を食い入るように見た。今にも哲人を追い込もうとしている、あのフォージ──《|緑玉の拒絶《エメラルド・エクスクルード》》のようなものが僕にあれば、と。だがそれは、願望でしかない。
 そんな時、進の頭の中がパチパチと電気が弾ける音がした。頭の回路に受け入れられない事実というどろりとした液体が入り込み、焼ききれてショートをする感覚。
 その感覚に、進は既視感を覚えた。まるで記憶などもなく、そんな経験をした覚えもないのに、その虚しさだけを、進は覚えていた。

 ──嫌だ。

 脳内に、フラッシュのように光景が映り込む。
 目の前で、何かが悶えている光景だ。座り込んで、何かに怯えるような、一人の少女。進の視点は、今と同じように地に這うような位置。
 黒い影のような何かが、少女の首を掴んだ。悲鳴やら命乞いやらが聞こえても、影は聞こえているのかすらも分からない。進が分かったのは、その少女が必死に藁にもすがる思いで足掻いた後、こちらに手を伸ばそうとして、ふと糸が切れたマリオネットのように力尽きたということだけ。

 ──何も出来なかった。

 『また』、何も出来ないのか。嫌だった。進は嫌で嫌で仕方がなかった。目の前の現実も、脳内に映った映像も、無力な自分も、何もかも全て捻じ曲げてしまいたかった。
 脳内の回路が、本格的に火事を起こした。頭の奥が焼け、視界が白らんでいく。

「あああ」

 小さく、喉の奥から音が出た。何を意図したのかも分からない小さな音。

「ああああああああああッ!」

 次第に膨れ上がり、それは声となり、叫びとなる。
 ふらりと立ち上がり、進は大門に駆け出す。
 熱暴走を起こした脳内は、まるで何をすればいいか分かっているかのように、進に指示を出した。それが何なのかは彼には理解できない。
 ただ、何かが起きる確信だけがあった。
 その指示に従い、進はその拳を振るう。
 銀色の視界に、緑色が重なった。




「俺と同じフォージだと!?」

 その声音は、動揺が隠せていない。しかし今は排除が先だと直ぐに頭を切り替えた大門が、進に手を向ける。

「《|緑玉の咆哮《エメラルド・ブラスト》》!」

 緑玉の壁が、槍のような一本の細い形状に変形して進へと一直線に飛翔する。それに対して進は自分の身を守るように、緑色の斥力壁を作り出した。
 聞いたことも無いような音と共に、緑色の光が空間を波打つ。同じフォージから生み出された矛と盾は、対消滅をした。

「お前の相手は、僕だ」
「…………カカ。面白いじゃねぇか」

 進と大門。圧倒的な力量差は、もはやついてはいない。大門は初めてそこで進を排除すべき『敵』であるとみなした。

「はは、狙い通り……だねぇ」

 何とか乃亜を追い払った哲人が、力無くそう言って笑う。その言葉に、進は驚きを隠せない。

「……狙い通り?」
「君がフォージを持っていることは、出会った日から勘づいていたさ」

 フォージの発現する例は幾つか発見されているが、その多くが危篤状態や過度なストレスなど、生命としての危機に瀕している場合が多いと言われている。つまり哲人は、狙ってこの状況を作り出したと言える。
 ただ、対価は大きかったようだ。

「後は……その状況に追いやれば……うっ」
「哲人さん!」

 哲人が痛みで言葉を中断し、腹部を抑えふらりと倒れそうになる。慌てて進が受け止めると、その手で抑えている部分からは、血が滲み出していた。切り裂かれた服の隙間から覗く肉体は、人間のものである肌色になっている。つまり、彼のフォージである《鉄人《てつじん》》が作動していない事を意味していた。

「はは……ティルトしてしまってね……」
「そんな……!」

 ティルトとはフォージが意図せずして解除される事を言う。そしてその原因の多くは所謂スタミナ切れというものだ。
 フォージの連続使用はそうできるものでは無い。勿論個々人の差はあるが、ダメージを負いすぎた上に何度も刃を受ける為に過度な硬化を繰り返した結果、哲人はいつも以上に早くフォージを使えなくなってしまった。再度使っても、恐らく数秒程度しか持たず再びティルトしてしまうだろう。

「これで終わりみたいだな」

 勝ち誇ったように言う大門に進は何も返せない。幾ら《|緑玉の拒絶《エメラルド・エクスクルード》》が使えるようになったとは言え、二対一という状況では進に勝ち目はない。

「いや、引き分けさ」

 だが進に支えられて立っているのが精一杯の哲人は、朗らかに笑ってそう返した。ペストマスクの奥から、はぁ? と心底疑うような声がする。

「ハハ。僕はこう見えて実は良い人じゃなくてねぇ」

 外から聞こえてくる、聞き覚えのある騒音に、哲人の言葉の理由が、進には理解出来た。

「口約束なんか、守る必要ないのさ」

 誰もが一度は聞いた音がある、分かりやすく危機的状況を伝えるサイレン。

「チッ、警察呼んでやがったか」

 その音を聞いた大門は、直ぐに部屋の隅にあるアタッシュケースを手に持ち、廃墟の窓をフォージで破る。

「……まあいい。次に会うことはねぇ。乃亜、行くぞ」
「はーい」

 そう言って乃亜を片手に抱えた大門は、窓の外からどこかへ空中を浮遊して行った。斥力の応用だろうか、今の自分には出来る気がしないな、と進は思う。それと同時に、脱力感からその場で尻もちをついてしまった。哲人もそれにつられて床に座り込む形になる。
 警報音が激しくなり、ドアが激しく開かれ特殊部隊が乗り込んでくる。しかし中にはもう哲人と進しかいない。
 救急隊に運ばれながら、進は自分の手を見つめた。

 ──僕は、何者なんだ?

 自分が持つフォージは、あの大門と同じものだった。それも気になるが、何より気になるのは、あの時フラッシュバックした光景だ。
 記憶にモヤが掛かっているかのように思い出せないが、確かに数秒だけ映像として頭に浮かび上がってきたそれら。
 そのほんの僅かな時間では、進には自分が何者かなど分かりはしなかった。

Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.7 )
日時: 2022/06/07 20:06
名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)

1-4.流星にメタルツリー

 進がフォージに目覚めた一件から、大門と乃亜は姿を眩ませていた。警察も異警と連携を取り、躍起になって捜査こそしているが、未だ検挙には至っていない。また近頃は異警には待機命令が出ており、大門達が活動する時間帯である夕方以降は、出動ができるようにという指示がある。
 そんな中、日も落ちようかといった夕暮れ頃。進と哲人はスワンボートで公園の池の上にいた。

「哲人さん」
「どうかしたかい?」

 キコキコ、と古ぼけたペダルを踏みながら進は尋ねる。

「何やってるんですかね僕達」

 事務所にいた進は、状況説明もなしに連れて来られ、気付けばスワンボートの運転手にされていた。幾ら進と言えど、流石に疑問を持たずにはいられない。その灰色の瞳が哲人を訝しげに見つめると、哲人は一度周囲を見渡してから、再び進に向き直った。

「よし、ここら辺で大丈夫だ。停めてくれ」

 言われるがままに進はペダルを漕ぐ足を止める。場所は池の真ん中で、時間帯もあってか周りには他のスワンボートの影は無い。
 さて、と哲人は持っていたカバンから、液晶端末を取り出す。携帯端末と言うよりも、そのサイズは読書や資料を見るのに適しているだろう。

「少々、人に聞かれてはまずい話なのでねぇ」
「水夢さんにも?」
「盗聴器なんかがない空間が好ましいのさ」

 それでさっきから周囲を確認していたのか、と進は納得する。哲人はさて、と話を始めた。

「最初の事件は、遡る事三ヶ月前の一件だ。とある施設が襲撃を受け、被害者こそ出なかったものの、無許可のフォージを使用した破壊行為はかなり重い罪だ」
「異警やその他職業の免許が無い場合はその時点で……でしたっけ」
「その通りだねぇ。そこから大門達は二週間ほど前まで同じような施設を襲撃していた。現行犯で六件だから、総数はおよそ十件といったところかな」

 進が気になったところを問う。

「とある施設って?」
「フォージの研究施設さ。なにも最新分野だからねぇ。それを研究する施設は大小含めたら数え切れない」

 哲人は端末に別の資料を映し出す。

「で、こっちは進君に出会った日に捕まえた三人だ」

 進が液晶を覗くと、見覚えのある三人の男の写真が並んでいた。哲人と出会った日に、何故か襲ってきたグループ。

「彼らが口を揃えて証言してるのは『ペストマスクの男に依頼された』だ。まあ言うまでもないけど、大門《だいもん》青葉《あおば》だろうねぇ」
「哲人さんは、大門が起こしていた事件を捜査してたんですか?」
「そうだねぇ。君に声を掛けたのも、聞き込み目的だったのさ」

 意外な線が繋がるものなんだなと感心する進だが、頭の中に気付きが生まれる。

「じゃあ、哲人さんが捜査してたのを、大門は知ってたって事ですか?」
「そういう事になるねぇ。どうやら、彼の消息が中々掴めない理由はここにあるらしい。自分を嗅ぎ回っている人間を、他の人間を使って、消すなり邪魔するなりしているのかな」

 さて、と一区切りを置いた哲人は、端末の電源を切った。液晶から光が失われ黒い板と化す。

「どうやら大門はフォージに関する情報を集めているらしい。だけど、最近は鳴りを潜めている。何故かな?」
「異警や警察が警戒し始めたから?」
「それもあるかもしれない。でも他にも止める理由は至ってシンプルなものがある」

 例えば、と哲人は続ける。

「必要な情報が揃った、とかね」
「……大門は何が目的なんですか?」

 そう進に問われた哲人は、少しだけ思案するように顎に手を当てた。

「これは、私の推測なんだがねぇ」

 そう言って、哲人は自分の推測を話し始めた。

「恐らくは『フォージを廃絶する』事だろうね」
「フォージを……廃絶?」
「襲われた研究所は、どれもフォージのコントロールや暴走に関するものが多かった」

 それに、と哲人は言葉を付け足す。

「彼は一般人もいるメタルタワーでは暴れようとはしなかった。そして進君も、フォージに目覚めるまでは殺そうとしなかった。……彼は、フォージを持つ異警のみに、致命となる危害を加えているのさ」
「でも、なんで?」
「それは分からない。ただ彼はフォージという存在を憎んでいて、それを消そうとしている」

 進は前に大門に言われたことを思い出す。
『おいおい、フォージのない一般人か?』
 その後、大門はそれ以上進を、フォージに目覚めるまでは攻撃することは無かった。確かに、彼は意図してフォージを持つ者だけを狙っていた。

「そしてここに、彼が会議に現れた際の発言が鍵になる。『ブリギッド』の所在を探っている、というね」
「隕石の所在の為だけに、あんなに人を……」

 進が組む両手に、力が入る。それを見た哲人は、力を抜けと言いたげに肩に手を乗せた。

「ブリギッドは隕石と呼ばれているけど、その実態は金属の塊なのさ」
「……金属?」
「そう。しかも我々人類が確認していない、未知のね」
「でも、そんなのあったって、何ができるんですか」
「……実はね、フォージというものは、最初はオーアという病名の病気だったんだ」

 哲人の言葉に、進は驚きを顕にした。

「詳しい概要は省くけど、ブリギッドが降ってきた後、ある一人の人間が異能に目覚めて暴れ始めた。それが最初のオーアさ」

 オーアと聞いて、進は英語のoreを思い浮かべた。その意味は、鉱石。

「そして研究の結果、オーアはブリギットが発する電磁波に似たものが原因で発症する事がわかった。だから政府はその電磁波を弱める目的で、ブリギットをある施設に入れたんだ」
「……電磁波を弱めた結果、病気は人が操れる異能になった」
「その通り。鉱物が精錬《フォージ》されて、金属として扱えるように、ね」

 だけどねぇ、と哲人は言う。

「ブリギットが発する謎の力は、今もある施設に蓄積され続けている。今解き放ったら、フォージを持つ人間は暴走どころでは済まないだろうね」
「つまり、大門はブリギットの力を解放して、フォージを持つ人間を……」

 纏めて排除しようとしている、そこまで言葉が繋がって、進は思わず身震いした。そして先程の哲人の『必要な情報が揃った』という発言を思い出して、進は慌てたように、哲人に問う。

「じゃ、じゃあ大門はもう」
「掴んでいるんだろうねぇ。ブリギットの場所を」

 つまり、大門はもうチェックメイトに手をかけている。しかし進達には国家機密であるブリギットの場所など分かりはしない。このままでは、大門が無防備な|キング《ブリギット》を取って勝ちじゃないか。そう考えた進は、呆然とするしかない。

「……さて、行こうか。|金剛《こんごう》|異警《いけい》|事務所《じむしょ》には、今は僕達しかいない」

 だから、哲人が言った意味が分からなかった。

「行くって……何処に行くんですか!? ブリギットの場所が分からなきゃ、僕達にできる事なんて」

 そう必死で言いながら、ふと進は、哲人が笑っている事に気づく。
 まさか、と思った。
 哲人は、進のまさかを踏み抜いた。

「はは。いつ私が、知らないなんて言ったかな?」

 進にとって、目の前の男は、日に日に分からなくなるばかりだった。



 日は完全に落ち、代わりに月が天に昇る頃だ。メタリックな外見が街の灯や電光を反射する鉄塔、メタルツリーの屋上に、二つの影が立っていた。
 そのうちの一つ──白いペストマスクを被った、裾が足元まである黒いモッズコートの男──大門青葉は、黒と緑が混じった髪を隙間から覗かせていた。相も変わらず不気味なその外見は、もはや自分は人ではないと主張しているようだった。
 もう片方の影── シミひとつない肌に膝元まで伸びた髪。どちらも透き通りそうなほど真っ白だ。白いブラウスには、サスペンダーで留められた、黒いコルセットスカートが合わせられていて、ゴシックロリータのような服装だが、靴だけが無骨な黒いブーツである。無彩色で固められた端正な顔立ちの少女──大門《だいもん》乃亜《のあ》は、まるで人形のようだった。

「パパ、あれは何?」

 少女が男の袖を小さく引っ張って問う。ああ、と男は少女が指差すものを見た。

「あれは線路って言ってな。人を乗せた凄い早いものが通るんだ」
「線路……覚えた」

 乃亜は何も知らない少女だ。正確には、覚えることが出来ないのだ。自分が強く関心を持った事、そして特定の事以外は、すぐに忘却してしまう。まるで、コンピュータを最適化する為に、定期的に不必要なファイルが削除されるように。
 きっとすぐに忘れちまうんだろうな、と思いながらも、大門は少し屈んでその手を握る。
 その細腕は、折れそうな程、華奢に思える。小さな手のひらは、ガラス細工のように繊細に見える。それなのに、この少女は何があっても傷付きはしない。
 それならきっと、大丈夫だ。
 きっと、自分の事など忘れてくれるし、それでも傷付きはしないのだろうと。そう思って、大門は安堵する。もう思い残すことも無いなと、彼は自分の腕時計を確認した。
 時刻は午後十一時を回っていた。もうすぐ指定の時間だと、彼はポケットからひとつの端末を取り出した。
 携帯端末のようにも思えるが、それには音量を調節するボタンも充電プラグを挿す場所もない。あるのは、電源をオンオフにする機能だけ。彼がその端末に電源を入れると、液晶が光だし、幾つかの赤いボタンが映し出される。
 問題ないと確認し、端末を電源を切ってポケットに仕舞った。

「……カカ。最後の大仕事だ」

 彼の口から、笑いが出た。その笑いは、愉快でたまらないと言うよりも、やっと終われるという、安堵のこもったものだった。乃亜は不思議そうに大門を見るが、その顔はペストマスクに隠されていて、よく分からなかった。
 大門はもう一度、街を見下ろした。今日も沢山の人間が、街という身体の血液となって循環している。この景色こそが、大門が守りたいと志したものだった。
 それなのに、ある日ウイルスのように、正常なものを狂わせ、破壊するだけのものができた。

「……はぁ」

 大門はため息をついた。メタルタワーから発された駆動音を聞き取ったからだ。
 そして、到着を知らせるベルと共に、エレベーターが開く音がする。
 折角、最後の日は安心して終われると思っていた。それでも、彼にとってのウイルスが、今日もまた現れた。
 フォージなんてウイルスを携えた、二人組が。

「全く、なんでここに来たんだ?」
「はは。秘密を知っているのは、何も国のトップだけじゃないのさ」

 哲人の言葉に、大門はマスクの内で怪訝な顔をした。しかし今更どうでもいいと思い直した大門は、哲人に手を向ける。

「《|緑玉の拒絶《エメラルド・エクスクルード》》」

 その声に呼応するように、緑玉の壁が哲人に迫る。

「させない!」

 しかし反応したのはその横に居た進だ。

「《|緑玉の城壁《エメラルドファランクス》》!」

 進のフォージによって、進と哲人を覆うように緑玉の壁が形成される。誰かを拒絶する為ではなく、誰かを守る為の壁。大して出力をしていなかったのか、大門が向けた壁はガラスが割れるように砕け、大気に霧散した。

「やれやれ。自分のフォージと対峙してみると厄介なもんだな」
「もう好きにはさせない。逃げるなら今のうちだ」

 進のその言葉に、大門は笑いながら返す。

「カカ、逃げる?」

 大門はポケットから端末を取りだし、液晶に映ったボタンを一つ、押した。

「違うな。お前らはもう、逃げられない」

 哲人と進が乗ってきたエレベーターから、謎のピーピーという機械音が流れ始める。

「危ない!」
「わっ」

 進が呆気に取られて周りを見ていると、哲人が進を抱えて飛んだ。
 次の瞬間、暗闇の中に閃光が迸る。
 先程まで二人がいたエレベーターが派手な音、光、熱を発して爆裂した。その爆風で、乃亜の髪がフォージを使ってもいないのに荒ぶる。

「さあ、腐れ縁もここまでだ……決着を付けようぜ」

 戦いの火蓋は、既に切り落とされていた。

Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.8 )
日時: 2022/06/09 23:46
名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)

 男は、誰かを救える人間になりたかった。そんな正義を目指す男に芽生えたのは、ベリリウムのフォージ。圧倒的な防御力と、中距離の間合いを得意とする攻撃を持つそれは、他のフォージとは一線を画す程の力があった。
 この力で、きっと多くの人を救う事が出来る。
 まだ若かった男は、そう信じて止まないまま、警察官になった。



 今か今かとうずうずしていた乃亜のあが、真っ先に飛び出した。当然ダイヤモンドの刀が斬り掛かるのは、既に《鉄人てつじん》で身体を鋼鉄に染めた哲人てっとだ。
 哲人も分かりきったように、その刀を右手を払って弾く。静かな夜の屋上に、心地のいい音が反響する。

「てっと、わたし、おぼえてる」
「そうかい。私としては、忘れて欲しかったけどねぇ」

 少女は心の底から嬉しそうに言って、哲人から跳び退く。やれやれと言いながらも、哲人は構えを正す。その挨拶のような攻防を傍目に、大門だいもんすすむの方を見る。

「向こうも始まったみたいだな。俺達も始めようぜ、後輩」
「あなたを先輩にしたつもりは無いですけど、受けて立ちます」

 ペストマスクの奥の、黒く濁った緑玉の瞳が、進の白んだエメラルドグリーンを灯した瞳と合う。
 二人が行動を起こしたのは、ほぼ同時だった。

「『緑玉エメラルド咆哮ブラスト』!」

 二人の声が重なる。お互いの手から、斥力を持つ緑色の槍が放たれ、ぶつかり合う。こちらはギャリギャリとまるでドリルをかち合わせているかのような、歪な金属音が弾ける。
 今度は対消滅などしなかった。勝ったのは、大門が放ったもの。進は自らが放った攻撃が押し負けるのを見るや否や、すぐに自分の前に緑色の壁を展開した。勢いはだいぶ削られていたのか、壁に激突した『緑玉エメラルド咆哮ブラスト』は一瞬で消える。

「出力は俺の方が上みたいだな」
「くっ……」

 同じフォージを持つとはいえ、大門は経験も何もかも進の上を行く。この戦いでは、進は不利だと直感的に悟った。
 だから、進は哲人を信じるしかない。自分が持ち堪えている間に、哲人が乃亜を倒してくれる事を待つしかないのだ。傍から情けないかもしれない。しかし、進が油断出来ない駒となっている事が、以前のような二対一の不利状況になることを防いでいた。

 一方、哲人と乃亜の戦闘は激化を辿る一方だった。もはや前座のような値踏みのし合いはなく、あるのは一瞬の隙を狩ろうとお互いが目をギラつかせる、達人同士の電撃戦だ。

「《ダイヤモンドダスト》」

 乃亜がそう唱えるのを聞いて、哲人は気を更に引き締める。乃亜の髪が荒ぶるように逆立ち、それらが収束して、一本のダイヤモンドの剣となる。彼女が手に持つ刀を含めれば、二刀流だ。
 しかしそれだけでは無いことを、哲人は知っていた。もはやその特異性を隠す気もないのか、乃亜は間合いでもないのに、哲人に向かって二つの刃物を振るった。
 夜の中で、ダイヤモンド達が光を放って煌めく。
 そして、哲人の身体に少しの衝撃の後、また服が切り裂かれ、体に小さな傷が入る。哲人の鋼鉄の体が傷付いているのだ。並大抵の人間ならば、この時点で死亡しているだろう。

「なるほど……《ダイヤモンドダスト》……そういう事か」

 哲人はその様子を見て、何が起こっているのかようやく理解出来た。

「君が刃物を振ると、塵みたいに小さなダイヤモンドの粒が飛ぶ。そして超スピードで放たれたダイヤモンドの粉塵ダスト達が、カマイタチのように、目にも見えない斬撃となって、切り付けてくる訳だ」
「……やっぱり、てっとは、つよいね」

 少女は感心したように言う。自分のフォージが見破られたことなど、今まで無かったからだ。理解する前に殺傷するだけの性能が、それには十分あった。
 しかし、それで問題が解決したわけではない。そのギミックがハッキリしたところで、その飛んでくる不可視の斬撃は、防ぎようがないのだ。厄介だねぇ、とだけ呟いて、哲人は焦らないように頭を回転させる。
 これが哲人の戦い方だった。彼の持つフォージ、《鉄人てつじん》は、言うなれば最弱のフォージだ。その能力は体の鋼鉄化だけで、あとは他のフォージより少し強めな身体強化程度しかない。
 そんな彼がここまで喰らい付けているのは、無比な体術と経験、そして知略によるものだ。最弱の能力だからこそ、それを補う為に思考を巡らす。不意を打ち、隙を突き、策を巡らし、勝利をもぎ取る。この手段を選ばない泥臭さこそが、哲人の何よりの武器だった。

「負ける訳には、いかないからねぇ」

 そう哲人が言うと、乃亜は再び哲人に急接近して、その刀と剣で斬り付けようと刃を向ける。ダイヤモンドが再び距離を詰めてくる事を予測して、既に哲人は行動を始めていた。

「そこだ」

 そう、哲人にはまだ見せていない手札があった。
 彼は懐からその秘密兵器を抜き、その引き金を引く。銃口がマズルフラッシュを放ち、乾いた音と共に、鉛の塊が超高速で発射される。

「ッ!」

 彼が取り出したのは、一丁の拳銃。セミオート式で長いバレルが特徴のそれが放った銃弾は、少女の胸をしっかりと捉えた。人を殺すには十分すぎる攻撃をもろに受けた少女は、あまりの衝撃から、背中を床に付けるように倒された。
 しかし、哲人は更に顔を顰める事になる。

「いたい……」

 痛い、で済んでたまるか。そう哲人は心の中で愚痴った。少女の胸からは、血液のようなものは出てきていない。ムクリと起き上がった彼女は、胸に当たって潰れた弾丸を手に取って、適当に床に放る。まるで服についていた毛玉を払うかのように。
 今まで切ってこなかった、拳銃での攻撃という手札は、どうやら殆ど意味の無いカードだったらしい。こめかみに冷たい汗が垂れるのを感じて、哲人は自然の笑みが溢れた。
 どうしようもないという言葉が詰まった、後ろ向きな笑みだった。



 哲人と乃亜のお互いが進退を繰り返す戦闘とは対称的に、進と大門の戦闘はじりじりと圧力の掛け合いのような消耗戦だった。

「『緑玉エメラルド咆哮ブラスト』」
「『緑玉エメラルド防壁ファランクス』!」

 進を守るエメラルドグリーンの防壁に、大門が緑玉の槍を放つ。空間が緑に色めき立ち、矛と盾が砕け散って宙に霧散する。
 どちらかがフォージを使用して仕掛け、もう一方が防御する。基本的にその繰り返しである。両者遠距離攻撃と防御を兼ね備えたフォージである為、中々決定打のようなものが出ない戦いになっていた。

「カカ。このままじゃ負けちまうぜ?」
「くっ……」

 だが状況はじりじりと、確実に進が劣勢へと傾いていた。出力も、経験も、練度も、何もかもが、大門には適わない。一つ一つの行動を行う度に、僅かに大門が上回り、時には進にダメージが入る。このままでは、塵が積もって山となる未来は明白だった。
 大門は強い。最初から分かりきったことを、進はフォージが芽生えたことにより、深く実感した。だからこそ、疑問だった。

「どうして」

 進は、大門に問う。

「あなたは強いのに、こんな事をするんだ」

 進は、羨ましくて仕方が無かった。自分の不都合をねじ曲げるほどの力を持ちながら、何故それを悪事に向けるのか。失われたはずの記憶の片隅から、嫉妬の感情が滲み出ていた。
 問われた大門は、再び攻撃をしながら言葉を返す。

「いくら強くても、人は救えないんだぜ」

 それは吐き捨てるような言い草だった。散々考え尽くしたと、言わんばかりの言葉。

「だからって、フォージを持ってる人達を消すなんて間違ってる!」

 そう言って、進は手に緑色の輝きを宿し、力の限り踏み込んで大門との間合いを詰めた。大門はそれを見てすぐさま防壁を展開。再び緑玉が共鳴するが、進はすぐに吹き飛ばされ、派手に床に背中を打ち付けた。
 追い打ちをかけるように、大門の言葉が飛んでくる。

「間違ってるか? お前の目の前を見てみろ、フォージは立派な悪だ。隕石が持ってきた、ウイルスなんだよ」

 大門のいつもの余裕の語り口調が、消えつつあった。変わりにそこに芽生え始めたのは、僅かな怒りと、哀しみだ。

「人間は愚かなんだよ。だから、力があるとそれでズルしちまう。それが行き着く先が、化け物なんだよ」

 大門の脳内に、自分が警察時代に検挙した者たちが思い浮かぶ。彼らはまるで当然の権利かのように、他人の生活を破壊し、踏みにじった。
 大門は、いつも遅れて駆け付けることしか出来なかった。その光景が大門の頭にフラッシュバックして、ペストマスクの奥で、苦虫を噛み潰したような顔をする。それは当然、進には見えていない。
 そんな大門に、進は身体を震わせながらなんとか立ち上がり、でも、と返す。

「哲人さんは違った」

 進は、絶望的な運命にあったのかもしれない。哲人と出会わなければ、あの日死んでいたかもしれない。そして、哲人がフォージを使わなければ、進はあの場で犬死していただろう。

「あの人は、僕を救ってくれた。家も、肉親も、お金も、記憶も、何もかも忘れて失った僕に、希望をくれたんだ」

 フォージによって、命を救われた。それが利己的で合理的な判断による、上辺だけの優しさだったとしても、進は構わない。哲人がフォージを使い自分を守った。それ以外の事実を、進にはどうでもいいように思っていた。

「今度は僕が助けになりたい。哲人さんの役に立ちたい。だから、あなたを止める」

 進は更に、言葉を続ける。

「あなただって、守りたいものがある筈だ。あなたの娘も……大門乃亜だって、ブリギットの力で死んでしまうんだぞ!」

 進の言葉に、大門は押し黙る。図星を突いたかと進が思案するも、返ってきたのは、余りにも無責任な一言だった。

「……乃亜は大丈夫だ」
「なんで、そんな適当なことが言えるんだ」
「確信だぜ。……冥土の土産に教えてやるよ」

 大門はもう、愉快そうには喋らない。

「乃亜はな、俺達みたいにブリギットのせいで、フォージに目覚めたわけじゃない」

 まるで吐き出そうとしている言葉達を、心底嫌っているように。

「人工のフォージなのさ。脳に電極ぶっ刺されて、散々身体にメスを入れられて、人権を削ぎ落としたその果てが、あのなんだよ」

 その言葉に、進は唖然として口を開けるだけで、何も言い返せない。雷に打たれたように静まり返った進を傍目に、大門は哲人と今も戦っている愛娘を一瞥した。
 この世から逸脱したモノクロの容姿は、異常な程の輝きを放っていた。


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