複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 流星メタルに精錬フォージ
- 日時: 2022/06/02 00:06
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
20XX年、突如飛来した隕石「ブリギット」。都心に直撃したそれの影響によるものか、異能に目覚める者が現れ始める。金属と性質をなぞらえたそれらを、人々は《フォージ》と呼んだ。
その世界である日、記憶を失った少年は、鉄のフォージを持つ男に出会う。異能、銃弾、金属音の飛び交う世界で、少年は何処へ進むのか。
0.序章
>>1
1.緑玉メタルツリー
>>2-
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.1 )
- 日時: 2022/06/01 01:32
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
人は前に進むものだと言うが、過去を知らねば自分が何をしたかったのかさえ忘れてしまう。そんな事を思いながら少年──狩野進は、何処へ行くことも無く、フラフラと彷徨いていた。
進には文字通り何も無かった。金も荷物もない。そして何よりも、少年は記憶を失っていた。覚えている事は数日前、訳も分からず街中の路地裏で目覚め、公園で水を飲んだりして何とか凌いでいた。
しかしそれでも限界が近付いていたのだろう。遂に進はその場に倒れ伏してしまう。道の真っ只中だろうが関係無い。何故なら彼はもうその場から一歩も動ける気がしなかったからだ。
「死ぬ前に……飯のひとつ……食べたかった……」
パタリ、と事切れたように少年は目を閉じた。一応胸は上下しているが、このままでは衰弱死してもおかしくないだろう。
「もしもーし、大丈夫かい?」
消えゆく意識に、一人の男の声だけが残った。
○
先程の死にかけの様子とは打って変わった様子で、いや死に物狂いと言うべきか、進は一心不乱に箸を動かし、どんぶりから麺を啜っていた。
「んんんんっ! んっ! んっ!」
「ははは。余程腹が減っていたと見える」
熱の篭ったラーメン屋の一角で、進はとある男性と向かい合って食事をしていた。男性は既に夕飯を済ませていたのか、その手元には餃子の乗った皿が置いてある程度。一方進は今なお減っていく、元々は山ほど盛られていたラーメンがあった。
進はどんぶりを持ち上げ、そのままグイッとあおる。スープや具、少し残った麺を纏めて口の中に入れていく。一欠片だろうと一滴だろうと残さないという気迫のまま全てを飲み干し、勢いよくどんぶりをテーブルに叩き付けた。
「ごちそうさまでした……!」
「凄い食べっぷりだねぇ」
「いやほんと、ありがとうございました。あなたが居なかったら今頃……」
「まあ積もる話は置いといて、ここはラーメン代の分というか、少し聞きたい事があるんだ」
進は男性に質問されるまま答える。何故あそこで倒れていたのか、名前、最近の事などだ。だが進は殆どのことに具体的な返答が出来ないでいた。
「記憶喪失か……なるほどねぇ。覚えているのは名前だけ?」
「はい。後は……物の名前とか言葉は分かりますけど、自分が何者なのかとか、そこら辺はサッパリ」
「それじゃ……見当違いか」
「え?」
男性がポツリと呟いた言葉は、少し騒がしめな店内では進の耳に入らなかった。進が聞き返すと、男性はバツの悪そうな顔をした。
「あー、何か聞きたいことはあるかい?」
「名前、聞いてもいいですか?」
「私は灰谷哲人。今は仕事中でねぇ」
へー、と進は返事をしてから改めて哲人を眺める。彼の出で立ちは黒いスーツ姿に黒コートと、確かに私服にしては少し固い。天然パーマがかかった黒い髪だけが、彼の中の柔らかい印象だった。
「さて君。このあと着いてきてくれるかな?」
ラーメン屋で会計を済ませた後、進は哲人の背後をピッタリとついて行った。彼としては何もかも不明瞭な現状で、唯一頼れる存在が哲人であり、そんな彼が着いてこいと言えば願ったり叶ったりであった。
だから、何も考慮していなかった。
哲人は特に何も言わず、早足気味に歩く。大通りを外れ、少し閑散とした場所についてもその足取りは止まらない。流石に何処へ行くのか進も疑問を抱き始めたところで、哲人はとある建物の前で止まった。
「こっちだよ」
哲人がその建物──流通倉庫の一つに入った。彼がそのまま奥に入ってから、初めて進の方を振り返った。
その表情は、進の中では、あまり哲人の印象とは違うものだった。常に微笑みを絶やさない優しい印象とは違う顔だ。その顔はまるで、鉄のように硬く冷たいものだった。
「……哲人さん?」
「舐められたものだねぇ。バレてるよ。君」
あらぬ疑いを掛けられたのかと思って、慌てて手を振りながら進は弁明をしようとした。
が、ふと気が付く。
その目で見据えているのは、自分ではなく、自分の背後だということに。
「いや、君たちと言うべきかな?」
彼がそう言うのと同時に進が背後を振り向く。すると、自分の入ってきた入口から人影が現れた。数にして三つ。そのうちの一つの男が、口を開く。
「何故だ?」
「私が使ったのは大通りじゃない人気のない道だし回り道だ。なのにピッタリついてきている人間が居たら、流石にバレバレだねぇ。何より」
哲人は呆れたように目を伏せながら言う。
「普通、飯屋に人の事を訳もなくジロジロ見る奴はいないだろう?」
「ほう、褒めてやる。だが頭が良いとは言えないな」
後ろに居た二人の男が、各々腰から何かを取り出す。そのフォルムは、記憶のない進でも知識として頭の中に入っているものだった。
ピストルだ。そして前にいた男も片手でピストルを取り出し、それを進に向ける。
「わざわざ人気のない場所に来るとは、こちらとしても願ったり叶ったりだ」
向けられたそれに、進は何も出来ない。恐怖で硬直してしまっていた。頭も回らない進に理解出来ることは一つ。彼らは自分を殺そうとしている。それだけだった。
「死ね」
破裂音がした。
「うわぁぁぁぁぁあっ!」
思わず進は叫び、反射的に目を強く閉ざす。どんな痛みが、衝撃が襲ってくるのか。先程とは対称的に高速回転する頭に、ひたすらに最悪の想像が過ぎる。
不意に、金属音がした。
しかし、それ以降は何も起こらなかった。何も感じなかった。余りにも静寂で、死んだのかと思った。進が不自然に思いながら、ゆっくりと目を開ける。
「すまないね」
自分の前には、真っ黒の彼が立っていた。
「君を守るつもりだったんだが……彼の狙いは私だったらしい」
文字通り、真っ黒に染まった手を前に突き出した哲人は、首だけ背後に回す。
「巻き込んでしまったお詫びは、今日の寝床と明日の飯で何とか頼むよ。ね」
哲人は前に突き出していた手を無造作に振る。カランカランという音と共に、何かが落ちた。
それを見て進は呆然と口を開く。何かに突撃し先端が潰れた弾丸を見て。
一方、男は焦りを顕にしたように騒ぎ始める。
「こ、こいつ……『フォージ』を!」
「おおっと流石に知っていたか」
「化け物め! お前ら!」
男達が一斉に銃弾を放つ。だがそれらは哲人に傷を付けることすら出来ずに地面に散らばっていく。
当たっていない訳では無い。ただ傷が付かないのだ。彼の不自然に真っ黒く染まった肌が、本来ならば身を貫くはずのそれらを弾いている。
「僕のフォージ、《鉄人》だ。この鉄の体は、そんな豆鉄砲じゃ傷付けられないよ」
そして哲人も自分のポケットから拳銃を抜く。彼らのピストルよりも少しバレルの長い、セミオート式のものだ。彼らのものより少し重たい銃声が響く。
それが一人の足を貫き、鮮血が噴き出す。男が悲鳴を上げながら、傷口を抑えて倒れ込む。
だが他の二人の男がそれまで何もしなかった訳でもない。二人は無駄と分かっても再び弾丸を放つ。そのうちの一発が、哲人の右手にヒット。鉄と化した体を傷付けることは叶わなかったが、彼の武器を弾き落とすことには成功した。
「へっ、武器が無けりゃ……」
そう男が言い放ったのとほぼ同時だった。
哲人が身を屈め、自分を撃ち出すように地面を蹴ったのは。
その姿は、まるで砲弾だった。人間の瞬発力とは思えないそれが、一瞬にして男達との距離を詰める。
「残念、私はこちらの方が得意なんだ」
一撃。突撃の威力そのまま放たれた肘打ちが、男の鳩尾を捉え、体をくの字に曲げる。吹き飛ばされた男は壁に激突し、そのままズルズルと背を壁に預けたまま気絶する。
「こ、こっちに来るなっ!」
男は落ち着いて正常な射撃が出来ないのか、銃弾が哲人を捉えることすらなく床を跳ねる。
哲人は容赦なく右手という弾丸で、男の顔面を撃ち抜いた。勢いのまま回転しながら、男は地面に倒れ伏した。
進はその光景をただ棒立ちのまま眺めていた。目の前で起こっていることが何もかも、現実でないように感じていた。
「君、危ない!」
だから、哲人からの警告があるまで、足から血を流した男が、自分に銃口を向けている事など気が付きはしなかった。
進は慌てて、自分の体を守るように両腕を組む。だがそんな事をしたところで意味が無い。それこそ哲人のような力がなければ、彼が弾丸に貫かれるのは必然に思えた。
哲人が砲弾のように、銃を構えた男に迫る。
複数の音が、交錯した。
衝撃がないことを確認し、進は痛みに備え瞑っていた目を開く。
手を抑えてのたうち回る男と、片足を振り抜いた哲人が視界に入った。弾き飛ばされたピストルが、クルクルと回って壁に当たる。
進はほっとした様子で脱力し、そのまま崩れ落ちるようにして膝を着く。余りの事態の変化に、進の緊張の糸が切れてしまった。
だが哲人はそうではなかった。彼は足を下ろすと、男達ではなく進を真っ先に見つめる。
その表情は、進に向けていた柔らかいものではなかった。
「……哲人……さん……?」
進の戸惑うような声に、ハッとしたように哲人は表情を緩めた。能力が解除され手も肌色に戻った哲人は進に駆け寄る。
「大丈夫かい? 最後のは……」
「え? 哲人さんが何とかしたんじゃ……」
哲人は腑に落ちないといった顔をしたが、すぐにその表情を隠す。幸い、進にはバレなかったようだ。
「ああ、間に合っていたのか。良かった良かった」
ははは、とわざとらしく笑う哲人。進も少し変に感じたが、余り追求はしなかった。
「とにかく、今は落ち着こう。この人達は……まあ然るべき所に突き出すとして……ええと」
哲人は少しだけ困ったように言葉に詰まる。
「名前、聞いてなかったね。なんというんだい?」
そう言えば彼は知らなかったな、元々彼の質問には何も答えられなかったな。と思いつつ、進は初めて哲人の問いに答えた。
「狩野進です」
この時、進の真っ黒な瞳には見えていなかった。
足元に転がる銃弾の数が、先程よりも一つだけ増えていたのが。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.2 )
- 日時: 2022/06/02 01:24
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
1-1異警に白昼夢
20XX年、突如飛来した隕石「ブリギット」。都心に直撃したそれの影響によるものか、異能に目覚める者が現れ始める。
金属と性質をなぞらえたそれらを、人々は《フォージ》と呼んだ。
○
一つの物件の前で、進は苦笑いを浮かべていた。
彼が纏っているのは数日間洗濯すらしていなかった小汚い服達ではなく、新品のスーツ一式だった。青みのかかったワイシャツの上から暗い赤色のベストを羽織り、下には灰色のスラックスというスーツにしては少しカジュアルな印象を受けるスタイルだ。暗い赤紫の髪も、清潔感の欠けたものから、前髪を上げたアップバングスタイルとなっている。
「ほんとに、ここが?」
「そうだけど?」
どうかしたかい、と聞き出そうな顔をしている哲人を傍目に、ツッコミどころ満載だろうと心の中で愚痴をこぼす進。彼の目の前にあるのは、三階建ての商業ビルだ。
「事務所は何階に?」
「二階だねぇ」
進はチラリと横の看板を見る。二階の部分には『金剛民間異能警備会社』という文言が記載されている。それはまだ分かる。だが問題は別の部分にあった。
「一階と三階、なんですかこれ」
「何って……ちょっとしたお金貸しの人達とマニアックなバーだけど」
哲人の明らかな遠回しな言い方に進は思わず苦い顔を浮かべる。彼がとてつもないゲテモノ物件に躊躇していると、哲人はスタスタと横の階段を登り始めた。
「ま、待ってくださいよ!」
進は慌ててついて行く。彼は今、哲人について行く事が人生の活路となっていた。
進はあの夜の後、哲人の家に転がり込む事になった。ある条件と引き換えにだ。
『僕の助手になってくれないかな?』
職場の方には話を付けておくから、と言われるがまま、半ばなし崩し的に進は哲人の付き人的な位置に収まっている。
「緊張も取れたみたいで何よりだよ」
「そりゃあんなの見たら……」
「心配しないでいいよ。多分……ね」
「多分ってなんですか」
「はは。まあすぐに分かるさ」
二階に上がってすぐの所にある扉を、哲人が開けた。
「ようこそ。我が金剛異警事務所へ」
民間異能警備会社。一般的な略称は『異警』とされる、現代に生きる警備会社の代名詞とされるものだ。他の略称として『民警』と称される場合もある。
近年は防犯系統のサービスが軒並み警察と提携されるようになった上、警備ロボやドローンの発展により民間警備会社は実質的に実働する人員を必要としないものとなった。
ところが近年フォージの出現により、異能を用いた犯罪は警察では対応に著しく対応に時間がかかるケースが多発した。そこでフォージを有する人材を募った民間異能警備会社が設立され、今では国が個々人に対して発行する異警証があれば有事のフォージの使用。並びに拳銃の使用すらも認められている。
進も知識として異警の存在は知っていたし、武器やフォージを持つという点から、哲人の職業については薄々勘づいていた。
哲人に案内されるままに、事務所の玄関を抜けてオフィスに辿り着く。椅子に机、そしてPCの組が幾つか設置されており、机には各々にネームプレートのようなものが立てられていた。
「確か一つ空きのデスクがあるはずだ……っと、失礼。まあ中で待っていてくれ」
哲人はポケットから着信音を鳴らす携帯端末を取り出して応答する。そのまま彼はどこかへ行ってしまった。
進は言われた通り、オフィスの中に入る。アンティークな装飾の事務所は、どこか暖かみのある雰囲気があった。
哲人の言っていた空きの机を探そうとした進が、ピタリと固まった。
「……ん」
机に枕を置いて、一人の女性がゆっくりと寝息を立てていた。紫色のロングヘアは一つに束ねられており、顔立ちは20代といったところか。だが進が硬直していたのは、それ以上に彼女の服装だった。裾も首元も十分に余裕のある純白のワンピースは、明らかに日中を過ごすためのものではなく、どちらかと言えば寝間着であった。それ以外の身に付けているものといえば、髪を束ねる白いリボンに、足元に履いている柔毛に包まれたスリッパ程度で、傍から見たら完全に部屋着のそれであった。
進が口を開けてただただ呆然としていると、閉じられていた女性がパチリと目を開けた。|琥珀色の瞳と、進の視線がピッタリと合う。
ぐらり、と進の視界が一瞬揺れた気がした。
「…………」
「…………」
お互い、無言だ。時計の秒針が刻む音が、やたらと大きく聞こえる。
「……不法……侵入……」
「ち、違います!」
女性の声は眠たげで、ゆったりとしたものだった。まるで聞いているものすら眠りに誘うような、柔らかい声だと思いつつも進は弁明をする。
「……もしかして……灰谷くんが……言ってた……子?」
「多分、僕です」
そう言いながら女性はゆっくりと体を起こし、机の引き出しを幾つか引いては首を傾げる。どこに行ったかなぁと独り言を呟いた後、思い出したようにある引き出しを開けた。
そこから女性が取り出したのは、白い錠剤が大量に入った瓶だった。ラベルにはびっしりと注意書きのようなものが敷き詰められている。女性は蓋を開けるとその手に一回で服用するとは考えにくい量の薬品を乗せ、一気に呷った。進は飲める訳ない、吐き出すんじゃないかと身構えたが、女性は飲み慣れているのか全く苦しげな様子もなく、何事も無かったかのように進の方を向く。
「……失礼……眠たくて……。確か……狩野くん……だったかしら……」
「はい。狩野進です」
「私は……鐘代……水夢……」
進は目の前の女性に少し違和感を感じていた。彼女のゆったりとした雰囲気や、得体の知れなさからなのかは分からない。だが彼女の瞳を見つめると、吸い込まれてしまいそうな感覚に陥るのだ。
「それじゃあ……」
水夢はゆっくりと、その手を進に伸ばす。なんだなんだと進が身構えていると、彼女の人差し指が、ピタリと進の額に止まった。
「……《白金昼夢》……おやすみなさい……」
「え──」
ぐわんぐわん、と進の視界が、意識が揺らぐ。それは衝撃や痛覚によるものではない。
眠気だ。圧倒的な睡眠欲が進に襲い掛かる。何とかして立とうと足に力を入れるが、全く覚束無い。
ふらりと姿勢を崩しそうになったところで、水夢が隣にあったローラー付きの椅子を進の前に移動させた。
「な、何が……起こって…………」
進は椅子に半ば倒れ込むようにして差し出された椅子に座ると、その言葉を言い切ることなく意識を手放した。
「おーい進くーん……って、もう手を出したんですか?」
ちょうどそこに、哲人が現れる。彼は椅子で眠った進を見て、呆れたように水夢を見た。
「……こうしろと言ったのは……君……」
「はは。まあそれもそうですねぇ。それじゃあお願いしますよ」
水夢はそう言われると、もう一度進の額に人差し指を当てた。
水夢のフォージ《白金昼夢は自他の睡眠欲求を増減させる事が出来る異能だ。そして彼女はフォージによって眠らせた人間の精神を覗くことが出来る。
「……記憶が無いというのは……本当なのね……」
「まあだと思いましたよ。いくら何でも素直過ぎる」
彼女のフォージでは本当の深層心理までは読み取ることが出来ない。失ってしまった記憶などは見つけられそうになかった。
だがそれとは別に、水夢は精神を読み取る内に違和感を覚えた。
「……ちょっと待って……彼……フォージが……無いの……?」
水夢が読み取った情報の中に、彼のフォージに関する情報が無かった。当然だが、異警の存在意義は『フォージを用いた犯罪、及び組織への迅速な対応』にある。一見腕が立ちそうな訳でもなく、フォージすら持たない彼をなぜ連れて来たのか、水夢は哲人に疑いを向けざるを得ない。
「……これは予想なんですけどねぇ」
哲人は眠っている進を見て、先日の事を思い出す。
あの瞬間、男が銃口を進に構え、発砲した瞬間の事だ。哲人は間に合ってはいなかったのだ。彼の蹴りが当たるよりも先に、確かに銃弾が放たれていた筈なのだ。
──だが、進は傷一つ負わなかった。それどころか、まるで自分は何もしていなかったかのような平然とした態度を見せるではないか。
哲人も最初は銃弾が外れただけと考えた。だがそう考えると、明らかに腑に落ちない点がある。
音が交錯した瞬間、自分が蹴りを入れる音、銃弾が放たれる音、そして一つ、まるで弾くような音がしたのだ。
確かに聞き違いかもしれないし、間に合っていたのかもしれない。刹那の出来事だ。誰も正確には覚えてはいない。だが、哲人の中では確信に近いものがあった。
「彼、持ってますよ。……無自覚ながら、フォージを」
それに、と哲人は付け加える。
「都合良いでしょう? 記憶もない、宛もない。そんな人間の方が……ねぇ」
水夢は、特に否定はしなかった。まるで進を利用するかのような物言いに、彼女は何か否定をする訳でもなく、ただ感想を述べた。
「……灰谷くんは……悪い人……」
「はは。鐘代さんに言われても、ねぇ?」
お互い様でしょう、なんて笑う哲人の笑顔には、曇り陰りは見当たらなかった。
呻くような声を上げると同時に、進が身体を震わせる。彼が目を半開きのまま周囲を確認すると、そこには見知った人物がいた。
「……あれ……僕……」
「おはよう進くん。突然で悪いんだが、急用だ」
状況もよく分からないまま、目を擦りながら「急用?」と聞き返す進に、哲人はこう返した。
「初仕事だ」
そう言われれば、進もすぐに意識を覚まさせない訳にはいかなかった。
- Re: 流星メタルに精錬フォージ ( No.3 )
- 日時: 2022/06/02 19:55
- 名前: 波坂 ◆nI0A1IA1oU (ID: ZTqYxzs4)
1-2.ペストマスクにゴシックロリータ
進は浮き足立った様子をしていた。それはこれから起こることについての不安半分、そして目の前の人々に対する恐れ半分といったところだ。彼が不安そうに横を見ると、哲人が普段の様子を崩さずに平然としている。彼の調子に平静を取り戻せた進は、改めて彼が居るエレベーターの様子を確認した。
哲人と進を含めた、10程度の人間が乗っていた。そのうちの二人は警官の服に身を包んでおり、腕を後ろで組んで二つの角に直立不動でいる。だが進が恐れていたのはそれ以外の方だ。彼らの出で立ちは辛うじて……少なくとも鐘代かねしろ水夢すいむよりはフォーマルな衣装であるものの、顔や髪型、風格といった要素からは、とても厳格とは言い難く、血の気が多い、と表現するのが適切であるように思えた。
「哲人さん……異警の人達ってみんなこんな感じなんですか」
「ま、公共組織でもないし、何かと物騒な職業柄だからねぇ」
周りに聞こえないように進が問うが、哲人は見慣れたものだといった様子で特に気になっては居なかったようだ。
息苦しい空間に終わりを告げる、エレベーターのアナウンスが鳴る。扉が開くと、ぞろぞろと人々が移動を始める。二人もその一部となってとある部屋に入ると、少なくとも20以上は席がありそうな長机が設置されていた。既に席は幾つか埋まっており、進も哲人に連れられるまま着席する。
「まあそんなに気を張らずに。ただの定例会議だよ」
哲人と雑談でもしながら待っていると、部屋の壁に設置されてあった巨大なモニターの電源が入った。そこには、厳格な雰囲気のスーツ姿の男が映し出されていた。
『これより民間異能警備会社連盟合同会議を始める』
「あの人は?」
灰色の瞳をした白髪混じりの黒髪の男について進が哲人に尋ねる。
「我堂満之。彼は警視総監だよ。要は警察で一番偉い人」
「え? これってそんなに重要な会議なんですか」
「元々異警のシステムを提案したのは彼だからね。後任が見つかるまでは彼が指揮を取っているのさ」
なるほどなぁ、と進は納得しながらもモニターの向こうの人物を見る。言葉の所々から関西弁のようなものが滲み出ており、厳つい風貌もあってか思わず竦み上がりそうだと感じた。
○
進も張っていた緊張が、徐々に緩んでいくのを感じていた。会議の内容はサッパリ頭に入ってこない上に専門用語のようなものが頻出している為、とても新入りの進が聞いて理解できるようなものでもなかった。
周辺を見回すと、異警の殆どは聞き入ってその内容を記録したりしていた。そもそもこういった場に向かわされるのは事務向きの職員だろうという事に、進は今更のように気付く。なお隣にいる哲人に関しては完全に居眠りを決め込んでいる。
自分には向いてないな、と思いながら向かい側を見る。進達の席は扉側で、向かいの壁はガラス張りとなっていた。高層ビルの上から見えるのは他の高層ビルや遠くに聳そびえ立つ塔のみで、地上から見るよりも広々として見えた。その上を見ればもっと広い空が見えるだろうかと、進が首を上げた時だった。
目が合った。
見た事も無いような、現実離れした目だった。白目との違いが辛うじて分かるような、白銀の瞳から放たれる視線が、進を見据えていた。
それは少女だった。透き通るような白い肌に、同じく白い髪が足元まで伸びており、白いブラウスに袖を通すという統一された上半身と対比するように、下半身はサスペンダーで留められた黒いコルセットスカートに黒いブーツと黒で統一されていた。
「て、哲人さん。あれ、空から女の子が」
「ふぁあ……まだ眠気が抜けてないのかい?」
なにを馬鹿なことをと相手にしない哲人に進が抗議しようとするも、その声が届くことはなかった。
硝子が割れる音は誰しもが聞いたことがあるだろう。しかし、何平方メートルもある強化ガラスが破砕する音は、それはもう想像を絶するものであった。当然、進の声など音の荒波に飲まれて掻き消された。
『何が起こっとる!』
我堂がモニター越しに一喝をするが、誰も反応できない。なぜなら、誰も起こっていることが理解できなかったからだ。
皆が呆然としている中、三角形にくり抜かれたガラス面から、二つのものが飛び込んできた。その陰のうちの二つは、先程進が目撃した少女であった。
もう一つは、端的に言うと不気味だった。進はその人影が着用しているものの名前が、すぐには思い浮かべられなかった。それもそうだろう。ペストマスクなど、普段の生活で中々目にするものでもない。
それは裾が足元まであるような黒いモッズコートを羽織っていた。被ったフードと白いペストマスクの間からは、暗い緑の髪が覗いている。
突如現れた一切の関連性も無さそうな二人に、会議の面々は静まり返っていた。二人の背丈の差は凡そ50cm程度もある。
ペストマスクが周囲を見渡したあと、モニターの方を向いておどけたような会釈をする。
「お初にお目にかかります警視総監どの。俺は大門。こっちは娘の乃亜」
コートのせいで背格好すら不明瞭な人影は男であった。少し高めな声が、やたらと部屋に響く。一方、隣の少女はちょこんとスカートの裾を摘んで会釈していた。
我堂はモニターの向こうから顰めっ面を浮かべている。
『何が目的や』
「ここらに警視総監どのとビデオ通話出来る場所があると聞いてな。ちょっくら失礼させて貰った」
『フン、正面切って話す気にもならんか』
「いやいや勘弁してくれよ。あんたのフォージは相手に命令をする類なんだろう? そんな奴と話すなんて、自殺行為も甚だしい」
『自殺行為ならたった今お前がやってるやろ。お前を囲んどるのは異警達や』
既に周囲の異警達は立ち上がり、それぞれ拳銃を取り出す、フォージを発動させる準備など臨戦態勢に入っていた。
ただならぬ緊張が走る。それでも大門は調子を崩さない。
「じゃあこうしよう。あんたが質問に答えなかったら、一人殺す」
『……全く説得力のない脅しじゃな。大体、何が悲しくてお前らのタイマンを眺めなきゃあかん』
「心配するな。一人当たり大体こんなもんだ」
そう言って、男は手のひらを我堂に見せるようにして差し出す。我堂はため息混じりの声で返す。
『五分? 付き合ってられんな』
いやいや、と男は否定する。
「五秒で十分だね」
その余りにも強気な発言に、思わず進も驚いた。瞬殺宣言に段々と部屋がザワつき始める。中には野次を飛ばすものまで現れ始めた。
『お前ら撃て。責任は儂わしが取る』
そして我堂も我慢の限界だったのか、遂に射撃命令を下した。
瞬間、堰せきを切ったように溢れかえる、幾つもの数え切れない銃声。異警達が一斉にペストマスクの男に銃弾を放った。戦場と間違えるほどの音の洪水と共に、鉛玉が大門を、乃亜を襲う。
「……で、それで終わりか?」
だが彼らは傷一つ負っていなかった。弾丸は彼らの前の空間で、何かにせき止められた様に停止し宙に浮いている。進がよく目を凝らすと、緑の膜のようなものが二人の前に展開されていた。
銃声が止んだ頃には、多くの異警がマガジン内の弾を撃ち切ってしまっていた。中には既に補充を始めている者もいる。
「《緑玉の拒絶》。んなチャカは効かねぇんだぜ」
苦労した様子もなく、再びモニターに向き合う大門。圧倒的な力を誇る彼のフォージ、《緑玉の拒絶》の前に、既に大半の異警は戦意を喪失していた。
「単刀直入に聞くぜ。『ブリギット』の所在は何処だ?」
『……知らんな』
「おいおい仮にも国家機密だぜ。あんたが知らなくて誰が知るんだよ」
進はブリギットという存在を、事務所で少し読んだ資料でしか知らなかった。20年ほど前、都内に墜落した隕石。因果関係は不明だが、ちょうどフォージが発見された頃と同じ時期の事だ。
『……知らんが、関わるのはやめておけや。あれは人間が触れていいもんじゃない』
「カカ
「じゃ、殺やるか」
そう言い放った大門の姿が、消えた。いや違う。高速で移動したのだ。進の目が次に彼を捉えた時、彼は最も近くにいた異警の頭を掴んでいた。掴まれた男が反応を示す前に、それを長机に叩き付ける。とても人間と木がぶつかる音とは思えないものが響き渡る。
三
「おっと、三秒もかからねぇようだな」
「せ、先輩!」
隣にいた女性の異警が悲鳴になりかけた声を上げ、銃口を大門に向ける。そして引き金を引いた。
「邪魔、しないで」
が、向けた拳銃が取っ手部分を除き細切れにされ、銃弾は発射すらされなかった。女性が驚きの表情を浮かべる。銃が一瞬の内に破壊された事、そして少女が女性の目の前に立っている事にだ。
進は目が目を凝らしてみると、少女の手にはガラスのように透き通った刃物が握られていた。その刃渡りは少女が扱えるとは思えない程長い。まるで刀のようなそれを、少女は女性の首の前で止めていた。
「パパ、斬っていいの?」
「ダメだ。死なない程度にな」
「……ちぇっ」
そう言って、少女は女性の首からガラスの刀を離すと、今度はそれを上に掲げる。まるで、女性を真っ二つに断ち切ってやろうと言わんばかりに。
「危ない!」
進が叫んだ頃にはもう遅かった。女性は恐怖のあまり膝をついて、呆然と刀を眺めている。それが彼女の体を深々と切り裂く光景が、進の頭に過ぎる。
ヤケに響くような鈍い金属音が響いた。
「……むぅ」
少女の刀は、誰の肌も傷付けることは出来なかった。彼女の刃やいばを受け止めているのは、捲ったスーツから出ている黒い二本の腕だった。両腕をクロスさせるようにしてその一太刀を防いだ鉄人──灰谷哲人は、右足を突き出すようにして少女の身体に蹴りを打ち込もうとした。
しかし少女は軽やかな身のこなしで背後に跳び、哲人の鋭い攻撃を回避。そして拗ねたように頬を膨らませ、駄々をこねる子供のように言った。
「斬らせて」
「はは。それは無理な話だねぇ」
哲人が断ったとして、はいそうですかと獲物を納めるような相手でもない。少女は再び哲人を斬ろうと右斜めから切り下ろすように斬撃を放つ。そして少女が斬りかかったとして、そのまま喰らってやる哲人でもない。首を捻りながら姿勢を崩して左に回避した哲人は、床に手を着いて右足を回し蹴りのように少女の足元に目掛けて放つ。
少女の反応は機敏だった。彼女はその場で天井に届くほど高く跳躍し、そして急降下。その踵が姿勢を崩したまま動けない哲人の頭に襲いかかる。
瞬間、轟音がした。哲人が自分のすぐ近くにあった長机を力の限りで殴り、反動で滑るように移動したのだ。少女の踵は、机の残骸を踏み抜くだけに留まる。
「あなた、面白いね。斬らせて?」
「そいつはどうも。遠慮させていただくよ」
少女はあの速度で落下しても傷どころかダメージすら感じた様子がない。フォージには自分の身体機能や耐久力を底上げする効果があり、勿論耐久力に優れたものや身体能力補正に優れたもの等、個々に差異はある。少女のフォージは、恐らくかなり高度の耐久力と身体能力補正を兼ね備えたものだった。
哲人と少女の睨み合いは、長くは続かなかった。今度は両者が同時に動き出す。
哲人が踏み込めば、少女はそれを軽やかな身のこなしや奇想天外な手段で交わした。予想以上の跳躍やありえない姿勢からの反撃。歳を取り型に嵌った人間には出来ない独創的な動きは、哲人にとってもやりにくいものだった。
少女が踏み込めば、哲人はそれをいぶし銀のように堅実な守りで防いだ。上段からの斬撃は両腕で受け止め、横に薙ぐ一閃はしゃがみやバックステップなどで交わし、隙をついて反撃を織りまぜる。大振りをすれば当たらなかった時にカウンターが飛んでくるという事実が、少女の動きを少しだけ押し止めていた。
「なんて言う名前なの?」
「灰谷哲人。それは仲良くしたいという意思表示かな?」
「うん、一緒に遊びたい」
「はは、最近の子供のスキンシップは過激だねぇ」
まるで日常会話を交わすかのような雰囲気のまま、二人は誰も入り込めない電撃戦を繰り広げていた。