複雑・ファジー小説

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器用貧乏の異世界探訪録(仮題)
日時: 2024/06/27 02:45
名前: 鳴門海峡 (ID: 07aYTU12)

はじめまして、鳴門海峡と申します。
不定期更新の上、遅筆ですが、ゆくゆくは定期更新を目指していきたいと思っています。
お付き合いのほど、よろしくお願い致します。

リク依頼・相談掲示板にてキャラ募集行ってます。
よろしければ。


2022/09/29 第一話を差し替えました。

2024/06/27 差し替えました。

Re: 器用貧乏の異世界探訪録(仮題) ( No.3 )
日時: 2023/08/03 23:03
名前: 鳴門海峡 (ID: BLmVP1GO)

「あ、地元おんなじだ」
 漂流者ギルドの受付にて、書類の必要事項を埋める安藤。ここまで案内してきてくれた篝は、手持ち無沙汰なのか、ポケットから何かを出そうとしてやめたり、ポスターを読んだりしていたが、それも飽きたのか安藤の手元を覗き込んできた。そうして、最初に出たのが冒頭の台詞であった。言った瞬間、篝はしまった、というように顔をしかめたが、安藤は気がつくことはなかった。
「そうなの? じゃあ、第二中学だった?」
 安藤が聞く。篝は迷うように目を泳がせるが、観念したように早口で答える。
「いえ、第三中学ッス。高校からは遠くのとこ行きました」
 緊張した面持ちの篝。安藤は、
「そっか。俺も高校は電車で2時間くらい離れたところ通ってたなぁ」
 とだけ答え、書類を書き進めることにしたようだ。篝は内心、胸を撫で下ろしつつ、すぐさまその場を離れることにした。
「じ、じゃあ、あたしはこれで。またどっかで会ったらよろしくッス」
「ああ、うん、ここまでありがとな」
 へらっと笑う安藤に、篝は茶目っ気たっぷりにウインクをする。
「ま、この借りはいつか返してくれたら。トイチッスよ?」
「ははは、悪徳だなぁ」
 安藤は横目に篝をちらりと見てひらひらと手を振る。篝もそれに応じ、手を振り返してから、背を向けて立ち去った。
その後、数分かけて書き終えた書類を提出し、待つこと更に10分ほど。
「お待たせしました。こちらが安藤さんの識別標です。『こちら側』でのあなたの身分を証明するものなので失くさないようお願いします」
 受付で安藤の前に出されたカルトンには、鎖で繋がれた小さなプレート───軍隊のドッグタグというものに似ている───が載っていた。安藤はそれを手に取り、取り敢えずポケットにしまう。
「どうも、ありがとうございます」
「はい。では、引き続き、そちらの識別標でできることをご説明しますね」
 そう言って眼鏡をかけた受付係は、にこやかに微笑んだ。

 **********************************************

数時間の後、安藤は、与えられた部屋のベッドに倒れ込んだ。そこは、受付でこの世界の金がないことを告げると案内された部屋であった。広さは4畳半程度だろうか。真っ暗な窓の外をちらりと見てから、安藤は目を閉じ、  、
「疲れたな」
 と、誰にとはなしに呟いた。むべなるかな。この1日だけで、あまりに多くの信じがたい、受け入れがたいことに、彼は対面してしまったのだ。閉じていた目を開き、ポケットから識別標を取り出す。光に透かすと僅かに光が透けており、赤い光の中に複雑な模様が浮かんでいた。それを眺めながら、彼は取り留めもない思考を巡らす。これは本当に夢ではないのだろうか、今にも電話がかかってきて現実に……俺の世界に引き戻されるのではなかろうか、と。しかし、やがて、
「……まあ、どうにかなるか」
 と、自嘲気味に笑い、再び目を閉じた。「なぜ」など、「これ」が夢でないのかなど、わかりようもない。夢を見ている者に夢を自覚することはできないのだ。建設的な思考ができないなら、今は諦めて現状を受け入れるしかない。そうして、安藤の思考はどんどんと鈍化し、彼は眠りについた。

Re: 器用貧乏の異世界探訪録(仮題) ( No.4 )
日時: 2024/06/27 02:44
名前: 鳴門海峡 (ID: 07aYTU12)

 生きていくためには食い扶持が、もちろん、それだけではないが、とかく金がいる。異世界からやってきた者たち、漂流者たちに与えられる社会的地位は最低限のものだ。そんな彼らが金を稼ぐ手段もまた限られている。
「いやぁ、悪いねぇ。お兄さん」
「いえいえ、これくらい。しかし、なかなか色々と落ちてますねぇ、ここ」
 依頼人である恰幅のよい男の労いの言葉に、安藤はにこやかに答える。彼が裸足で入った泥が溜まった水路の縁には、ショートブーツが揃えて置いてある。その脇に広げられたシートに、彼は指先につまんでいた銀貨を並べる。依頼人は頷きながら言う。
「だが、肝心なものは見つからないね」
 その声色には若干の焦りが見える。
「指輪ですよね。もう少し下流も探してみますよ」
 夏樹は額の汗を拭い、ざんぶと歩を進める。そのとき、
「あれ、せーんぱい。こんなとこで偶然ッスねぇ」
 不意にかけられた声に、安藤は、はてと顔を上げる。元の世界でならいざ知らず、この異世界で俺を先輩などと呼ぶ奴がいただろうか、と。はたして、そこには、
「あっ? 君は……篝。久しぶりだな。仕事終わりか?」
 彼にとって命の恩人、篝は片手を腰に当てニヤッと笑う。
「そッスよ。先輩は───仕事中ッスね」
「おう。そこの旦那が指輪をここに落っことしたってんでな。こう、銀色で内側に花の意匠が彫られてるって話なんだが」
 両手の親指と人差し指で輪っかを作り説明する安藤を、篝はふんふんと頷きながら聞いていた。
「ふぅん。手伝います?」
「や、大丈夫だよ。こいつは俺の仕事だからな───」
 安藤がそう言った直後、
「ん? あ、旦那さん。こいつですかねぇー?」
 言葉とともに泥の中から現れた彼の指には、ドロドロに汚れた指輪がつままれていた。

「助かったよ。これで妻に怒られずに済む」
「ははは、それはなによりです」
 腰ベルトに挟んでいたタオルで足を拭きながら、安藤は満足そうに笑う。依頼人の男は、綺麗に洗われた指輪を愛おしそうにハンカチで包みポケットにしまう。そして、
「これは少ないんだが……しまっておいてくれ」
 懐から小さな革袋を取り出す。小さくじゃらりと音が鳴る。安藤はそれをやんわりと押し返し、男の手の中に納める。男は困惑の表情を浮かべる。
「き、君……?」
 安藤は微笑み答える。
「……ありがとうございます。でも、それは奥さんのために使ってください。正規の報酬はギルドの方から受け取れるので、そちらはお気持ちだけ」
「し、しかしね……」
「お気持ちだけ」
 依頼人の男は、断固として受け取らない安藤と手の中の革袋の間で、何度も視線を行ったり来たりさせていた。しかし、ほどなくして諦めて革袋を懐にしまった。手を振る依頼人に別れを告げ、安藤と篝は歩き出す。十分に距離をとってから、篝が口を開く。
「貰っときゃよかったんじゃねぇッスか、さっきの」
「ん?」
 安藤が聞き返すと、篝は頭の後ろで手を組みつつ続ける。
「人のご厚意は素直に受け取っとくもんッスよ」
「……依頼人から直接金貰うのはギルドのルール的にアウトじゃなかったか?」
「そのへんは臨機応変ってやつッスよ。ギルドの正規報酬に比べたらお小遣い程度なんすから」
 篝はふんと鼻を鳴らす。安藤は顎に手を当て、少し考え、
「なんつーかなぁ……あんま、そういうのやりたくねぇんだよ。なんとなく」
 頭をかきながら目をそらす。真面目ちゃんかよ、と篝は内心ひとりごちたが、実際、規則は規則。安藤が言うことには正当性があるわけではあるし、これ以上の反論は無意味だと感じた。
「なんとなく、ッスか。まぁ、先輩がそれでいいならいいッスけどね」
 呆れたように首を振る篝に、安藤は黙って苦笑いを浮かべていた。
「ところで、篝。この後、予定あるか?」
「ん? いや、ないッスよ? なんで?」
「じゃあ、こないだのお礼にさ。飯奢らせてくれよ」
 安藤の言葉に篝は彼とはじめて会ったあの日、別れ際に言ったことを───『トイチ』を思い出した。
「あー、そっか。そんな感じの話してたッスねぇ」
「そうだろ。どうかな?」
「良いッスよ。美味いとこ連れてってくださいよぉ?」
 ニヤッと笑った篝に、安藤は口の片端を上げる。
「おう。俺が部屋借りてる酒場の飯が美味いんだ。期待してくれ」

Re: 器用貧乏の異世界探訪録(仮題) ( No.5 )
日時: 2024/08/18 08:56
名前: 鳴門海峡 (ID: 07aYTU12)

「えっ? 討伐依頼やったことないってマジすか、先輩」
 とある酒場の一角の丸テーブル。そこには、ところ狭しと様々な料理が並んでいる。そのテーブルについた男女二人。その片割れである少女、篝がすっとんきょうな声を出す。
「え? うん。そんな驚くことか?」
 安藤はポテトフライをつまみながら片眉を上げる。
「いや、だって、異世界、ファンタジーとなったら、剣と魔法を携えて冒険でしょ! 先輩、ゲームとかやんないンすか」
 そう言って篝は、読んで字のごとく『モンスターを狩る者』という意味のゲームタイトルや、魔王を倒すため冒険に旅立つ勇者の冒険シリーズを例に挙げた。安藤は宙を見ながら、手元のグラスを傾け空かす。そして、ウェイターを呼び止め、追加を頼んだ。
「やったこたぁあるけど……あれはゲームだろ。俺にはモンスター狩りのノウハウなんかねぇし……」
「んなもん、あたしだって無かったッスよ。何事もチャレンジ! やってみたら案外楽しいかも」
 身を乗り出して熱弁を奮う篝に安藤は温い視線を向ける。
「君はこの世界にすっかり馴染んでるんだなぁ」
「人生楽しんだ者勝ちッスから」
「何事も挑戦、楽しんだ者勝ちか……」
 篝の言葉に安藤はひとりごちる。そして、言い聞かせるように呟く。
「そうだよな。たまには挑戦もいいよな」
 いつの間にやら運ばれてきていたグラスを持ち上げ、安藤はニヤリと笑う。篝はにんまりと笑い、手元のグラスを持ち上げる。それらが合わせられ、澄んだ音が鳴った。

「さて、めでたく討伐依頼デビューとあいなった先輩ですが、取り当たり必要な物があります。何か分かるッスか?」
 わざとらしい口調で篝は安藤に問う。彼は顎に手を当て少し考え答える。
「武器と防具か」
「その通り! この世界を生きる野生生物たちに比べ先輩は依然もやし! へなちょこ! ただの餌!」
「言い方」
「ほんとの事ッスもん。剣と盾を、鎧を身につけて初めて、先輩は戦士となるのです! ようこそ、討伐依頼の世界へ!」
「……妙にテンション高いな」
 不思議そうに言う安藤に、篝はふふんと鼻を鳴らす。
「そりゃあ、依頼をこなすときに人数が多いことは良い事ッスから。肉盾は多ければ多いほど良い!」
「言い方」
 そうやって話していると、彼らはある建物の前に着く。軒先からは剣と盾の意匠が彫り込まれた看板がかかっている。その建物の扉を開くと、そこには大小様々な武器や防具が所狭しと並んでいた。カウンターの奥の椅子に腰掛け、新聞を読んでいた店主が顔を上げ、おや、といったような表情を見せる。
「おお、『四刀流』じゃねぇか。どした? テメェさんのはこないだ手入れしてやったばかりだろうが」
「そそ、今回はね。新しいお客さん連れてきてやったッスよ。この店いつも、やたら寂れてんじゃねぇすか」
「ほっとけ、ガキが」
 篝の遠慮ない言葉に店主は口元を歪めて嗤う。そして、安藤に目を向ける。
「で、そこの兄ちゃんがその客ってか」
「あ、どうも。ご挨拶が遅れまして」
 安藤が笑いかけると、店主は彼の頭から爪先まで見て鼻を鳴らす。
「漂流者様かい。まあ、俺は買ってくれるんなら誰だって構わんがね」

 小一時間、安藤は薄手の鎖帷子とレザーアーマー、ブロードソードとメイス、バックラー、そして、それらの簡単な手入れ道具を購入した。
「ずいぶん買い込むじゃねぇか。重くねぇか?」
 店主が興味なさげな、しかし、安藤の身を案じる心情を隠し切れない声色で聞く。安藤は購入した装備を一通り身につけ、軽くジャンプしたり、肩を回してみるなどしてから頷く。
「大丈夫です。ありがとうございました。色々と相談に乗っていただいたり、実際に触らせていただいたり」
「いやぁ、構わねぇけどよ。頼むぜ、俺ァ自分とこで物買った奴が死んだなんて聞きたかねぇぞ」
「あはは……肝に銘じます」
 頭をかきかき笑う安藤に、店主は肩をすくめてみせた。

 篝は暇を持て余していた。安藤の武器選びが想定より時間が掛かりそうだったので、断りを入れてから店の外で待つこと数十分。
「おっせぇなぁ」
 つい、普段より口汚く呟く。彼女は左手でナイフを玩んでいた。それは所謂、カランビットナイフといわれるものであり、彼女はそれを縦に横に斜めに、あるいは空中に、と自在に回していた。通行人たちはそれを奇異の目で、あるいは憧憬に似たそれを向けながら通り過ぎていく。そのとき不意に声をかけられる。
「あれぇ、篝じゃん。こんなとこで何してんの?」
 いやに鼻にかかったような声だ。篝がそちらに向き直ると、その男のにやけ面が目に入る。逆立った金髪に青い瞳。10台後半くらいの男。彼が纏うのは薄く金色に輝く薄いプレートアーマー。その痩躯は、たてがみばかり立派なハリボテのライオンのようだ。そんな彼に対し、篝の抱いた感想は「誰だっけ」だった。いや、同じ漂流者で、以前、他数名と共に何かの討伐依頼を受けた記憶はある。だが、名前が一向に思い出せない。
「……人待ってんすよ」
 端的に答えた篝に、男は鼻の穴を広げる。
「あ、そぉ。ところで、久しぶりだよな。元気にしてたか? 俺はぼちぼちだけど、こないだはガルブ丘陵にワイバーン退治に行ってさ、手下のリザードをバッサバッサと切り捨てて……」
「聞いてねぇよ」
 篝は男の視線が彼女の身体を舐めるように見るのを感じる。空気が急にベタついたように感じて居心地悪く、彼女が組んでいた足を入れ替えると男が生唾を飲み込む音が聞こえる。彼女は無意識に自身の二の腕をさする。
「あっ、そうだ! これから何か食いに行こうぜ! なっ? 積もる話しもあるし……」
 あたしにはないし。篝は心の中で一人ごちる。
「いや、お腹減ってねぇッスから……」
「じゃ、じゃ、じゃあ、酒……つーか、晩酌? だけでも! バーとか!」
「未成年ッスよ」
 鼻息荒く迫る男に、篝の眉間の皺が深くなる。
「お前、そんなこと言ってんのか!? せっかくの異世界だぜ!? 楽しまなきゃ損だろ!」
 自分も安藤を討伐依頼に誘う際、同じような理屈を使った気もするが……何かこの男のこの言葉は気に障る。
「ほら、行こうぜ! ほら!」
 遂に男は篝の手を掴もうと手を伸ばす。篝の左手に握り込んだナイフに力が入る。しかし、男の手が篝に届く前にその間に何者かが割り込む。
「あ?」
 苛立つように男が割り込んだ人物に目を向ける。
「悪い、篝。遅くなっちまって」
 その人物、安藤は男の顔と篝を交互に見やると、暢気そうに聞くのであった。
「なんか揉め事か?」

Re: 器用貧乏の異世界探訪録(仮題) ( No.6 )
日時: 2024/11/11 13:41
名前: 鳴門海峡 (ID: CWUfn4LZ)

「んだよ、オッサン。邪魔してんじゃねえよ。俺はその子に話しかけてんだから」
 腕組みをしてコツコツと足を鳴らす男。顎を煽りむっつりと結ばれた口は、その痩躯と合わさって痩せぎすの鳥のようである。安藤は眉の片端を上げてにこやかに答える。
「オッサンじゃないよ。俺は安藤。君は?」
「あ? なんで答えなきゃいけねぇんだよ」
「不便だろ、呼びにくいし。偽名でも良いよ」
 男は目を剥いて凄んで見せるが、安藤は涼しげに答える。
「……猫西ねこにし
 男、猫西はしばらく言いにくそうに口を尖らせていたが、絞り出すように答えた。篝は、そうだ猫西だ、と密かにすっきりしていた。
「猫西くん、ね。よろしく。それで、なんで揉めてたんだ?」
「いや、揉めてねえよ」
「そうなのか? 篝」
 猫西が篝を睨むが、安藤がさりげなく間に入り、彼女に振り返る。篝は一瞬言いよどんだが、答える。
「……そいつ、しつこくナンパしてきて……そうだ、前に一緒に依頼行ったときもそうだったんすよ」
「だってさ、猫西。嫌がられてたみたいだぞ」
「嘘ついてんじゃねえよ、別に嫌がってなかったじゃぇか!」
「察し悪すぎかよ!? 変に波風立てたくねぇんすよ、こっちは! ストレートに言わなきゃわかんねぇんすか!?」
 猫西が一歩前に出るが、安藤はその胸を押し返す。
「邪魔だっつってんだろうが、くそが」
 猫西の貫くような視線を、安藤はやはり涼しげに受け止める。猫西がギリギリと歯ぎしりをする。刹那、安藤は、篝に向き直った彼の瞳の奥に破滅的な光を見た。
「おい、猫西───」
猫西が口の片端を歪め嗤う。
「へっ、よく言うよなぁ……なあ、安藤さんよ。知ってるか? でけぇ乳晒しやがって、この女、とんだ尻軽だぜ? 噂に聞いてんだ、そいつは色んなパーティーをふらふらしてやがる。男引っかけてアレするために、な」
 篝が息を呑むのが聞こえる。口の端から泡を飛ばしながら、猫西は捲し立てる。
「そいつの事知ってる奴は皆言ってる、『誰にでも腰振る淫乱』だって。いいや、男だけじゃねえよな? こいつが名乗って呼ばせてる『四刀流』だってそうだ。ありゃあ、男も女も老いも若きも食っちまうって意味で───」
 篝の握り込んだ拳から血が滴る。
「テメェ───」
 篝が吼えようとした瞬間、
「猫西、」
 猫西の甲高い罵声も、篝の獣のごとき咆哮も、彼の静かにただ一言、金髪の男の名を呼ぶ声には勝てなかった。猫西の手が反射的に自身の腰に提げた剣の柄に伸びた。その柄頭を安藤の掌が押さえた。剣は万力に押さえ込まれたようにピクリとも動かず、猫西の喉からひゅっと音が鳴った。
「猫西、」
 安藤がもう一度、金髪の男の名を呼ぶ。男は落ちた顎をわなわなと震わせるばかりで返事が出来ない。
「お前、わざと傷つく言葉を選んでるな? 後先なんか知るか、この子を傷つけられればそれで良い、って」
 篝には安藤の顔は見えない。
「よそうぜ、そういうのは。くだらないから」
「な、なん」
 震える声で言い返そうとする猫西。だが、
「お前、相手が後先を考えてくれると思ってるんだろ」
 低い声。金髪の子猫の息は声にはならず、ふぅふぅと荒く響くばかりである。互いの息遣いさえ聞こえそうな、肌を切り裂くような沈黙。それを割って、
「身の振り方は考えた方がいいぜ。安っぽい全能感で取り返しがつかなくなる前にさ」
 言うが早いか、安藤は猫西の膝裏に足を滑り込ませ引っかける。彼は抵抗することもできず座り込む。安藤はそんな猫西を一瞥すると振り返り、篝の手を取って歩き出す。───めちゃくちゃ汗ばんでる。篝はそう思ったが、振りほどく気にはならなかった。左に、右に、と曲がり角を何度か曲がり、しばらく歩いたところで安藤はふと自分の手を見下ろす。そうして、はっと気づいた様子で篝の手を離した。
「わ、悪い。ずっと掴んでた」
「いえ……だいじょぶッス」
 気まずい沈黙が続く。
「手、大丈夫か」
「手汗くらい誰だって……」
「じゃなくて、血」
 そう言われて、篝はようやく掌の痛みを思い出す。
「ちょっと握り込みすぎたッスね」
 2人は路地を抜けた先の広場で、ベンチに腰掛ける。太陽は西に傾き、空は赤く染まりつつある。
「……ごめんな」
「なんで先輩が謝るんすか」
「俺が遅くなりすぎたせいで、いや、あそこであいつを無視して立ち去ってたら……」
「そんなの、結果論ッスよ」
「せめて、あいつに謝らせるべきだった」
 膝の上で握った手に視線を落とし訥々と喋る安藤。篝は乾いた笑いを返した。
「いいんすよ。どうせ謝られたって許せねぇッスもん」
 またも、沈黙が流れる。広場には徐々に露店の明かりが目立ちはじめ、何か香ばしい匂いが流れてくる。
「あの……」
「なんだ?」
「この格好は別に……誘ってるわけじゃないッスよ。好きなんすよ、こういう服が」
「そうなんだろうな。分かってるよ」
「だけど、皆がそう思ってくれるわけじゃなくて……パーティー転々としてんのは、あいつと同じ手合いが多いんすよ」
「そうか……それは辛いな」 
「好きな格好して何が悪いんすかね。あたしが悪いんすか? いや、そもそも……」
 そこまで言って、彼女は口を半開きにしたまま、口ごもった。鼻の奥がつんと痛くなる。惨めだった。ただ、ただ惨めだった。あんな男の言葉のために涙を流している自分が。隣の男はどんな顔をしているだろうか。私を憐れむだろうか。篝は唇を噛む。
「篝、」
 安藤が口を開いた。篝は安藤に顔を向ける。露店のオレンジ色の光が彼女を、安藤の横顔を照らしていた。
「俺とパーティー組んでくれないか」
「……えっ? それは、はい。もちろん誘った身ッスから、初依頼くらいは手伝って……」
 彼の予想だにしない言葉に、篝は一瞬反応が遅れた。安藤は頭をかきかき言葉を続ける。
「そうじゃなくて、その、なんだ。相棒枠、というかパートナー的な……もうちょっと長期的にさ」
 篝は何も返さない。安藤は少し考えるように黙り込み、そして、また口を開く。
「……考えてたんだ。篝に助けてもらった日、それに今日だって。もう君にはずいぶん世話になったし、これ以上、手を煩わせるわけにもいかないよな、って」
「そんな、あたしは」
「でも、やめた。俺は恩人が、君が、ああいう風に言われるのは嫌だ。……なあ、篝、」
 安藤が篝に向き直る。ああ、同情ではない。この人は怒っているんだ。私のために。
「肉盾で構わないからさ、俺とパーティーを組んでくれよ」
 懇願するようにそう言いきった安藤。篝はそれを呆然と眺めていたが、不意に吹き出す。
「ふっ、はは、あははははは、せ、先輩、それ、ふひっ、へっ、変態みたいッスよっ、ふひひ、あーはっはっはっはっは」
 安藤は目をぱちくりとさせる。
「そ、そうか? あっ! いや、そうだな! 悪ぃ、キモかったよな」
 篝の目の端から涙が後から後から溢れてくる。さっきまでの冷えたものではない。そこには確かに温度がある。
「ふふ、しょーがないッスね。ちゃんとこき使ってやるッスから、役に立ってくださいよ」
 目許の涙を拭い、篝は安藤を見上げる。
「ああ、努力するよ。君に恥じないように」
そして、安藤の返した言葉に満足そうに笑った。

Re: 器用貧乏の異世界探訪録(仮題) ( No.7 )
日時: 2025/04/27 04:06
名前: 鳴門海峡 (ID: V2fBShP3)

 霧の中。街道にガタガタと馬車がやって来る。それを引く騎竜うまの馬具と馬車の幌には菊を象った紋章が見える。馬車が止まると、数人の人影が降りてくる。彼らの眼下には、ひっくり返った荷馬車があり、黒焦げになった大小さまざまな何かとおびただしい血、それらが放つ匂いが充満していた。
「……本部に連絡しろ」
 馬車から降りてきた壮年の男は、眉間に刻まれた谷を一層深くしながら、傍に立っていた部下にそう命令した。

「ほら、次は右! 飛びかかる、足、脇! ほら、危ない!」
 少女の声に合わせ、鈍い金属音と木が軋む音が断続的に続く。人族の子供ほどの体躯の人影が3体、男───安藤の周囲を囲み、鎌やメイス、そして剣を振るうが、彼はそれを盾で受け流し、ひょい、ひょいと足運びで避けていく。
「────ッ!」
 背後に回ったそれ───ゴブリンは、口元に歪んだ笑みに似た表情を見せ、安藤に躍りかかる。が、
「あぶねっ」
 安藤の後ろ蹴りを受け、苦悶の表情を浮かべ吹き飛ばされる。地面に倒れ伏したそれに安藤の膝が乗り掛かり、
「ごめんな」
 盾の裏から抜いた30cmほどの刃渡りを持つ小刀が二度三度と振り下ろされる。仲間が絶命する姿を見たゴブリンたちは苦々しげに後退していき、腰の後ろから引き抜いた投げ針を飛ばす。安藤がそれを盾で弾くと、それらは既に遠くまで走り逃げていた。彼はその背中を見送りながら、ふぅ、と息をつく。ぱち、ぱちと手を叩く音と共に少女は口を開く。
「いやぁ、やるッスねぇ、先輩。マジでヤバくなったら助けに入ろうかと思ってたのに、割と余裕そうだったじゃないッスか」
 篝の言葉に、安藤は汗を拭いながら肩をすくめる。
「ギリギリだよ。残った奴らが捨て身で来てたら、多分ダメだっただろうな。つーか」
 安藤が篝を恨めしげに見る。
「さっきの、わざとだろ。おまえの野次、全部嘘じゃねぇか」
「トーゼン、嘘ッスよ。集中力を鍛える訓練ッスね。ためになるでしょ」
 にんまりと笑う彼女に、安藤はガクッと肩を落とす。
「死んだらどーすんだよ……」
「なーに弱気なこと言ってんすか。実戦に勝る訓練はありませんよ! あたしの相棒名乗りたいんなら、もっともっと頑張ってくれないと」
「そりゃ頑張るけど、死んだら化けて出るぞ、ホントに」
「えっ、やだぁ、ストーカー?」
「このヤロウ」
 2人は冗談交じりに話しながら依頼主に依頼の報告を終え、乗り合い馬車に揺られ帰路についた。いつも通りの日だった。

 2人がギルドの建物の前に辿り着くと、入り口脇には見慣れない馬車が停まっている。馬車の幌には菊を象った紋章があしらわれている。篝は訝しげに眉をひそめる。
「商会の馬車……?」
「商会?」
 安藤が疑問を口にすると篝は答える。
「……シノギク商会。あたしたち漂流者の、っていうかギルドの運営母体。『漂流者ギルド』は商会が立ち上げて、光女神教会の支援によって運営されてる組織なんすよ」
「つまり、俺たちにとっては上司みたいなもんだな」
 納得した様子の安藤に対し、篝は浮かない表情である。
「あんま気にくわないッスね。あの連中が来るときは大体めんどくせぇ案件なんすよ」
「ははは。いつの時代も御上おかみは煩わしいもんだなぁ。けど、こっちから首突っ込まなきゃ、そうそう俺たちにお鉢が回ってくるこたぁないんじゃないか?」
 安藤のお気楽な意見に対し、
「……先輩、言霊って知ってるッスか」
「なんだって?」
 篝はふんと鼻を鳴らす。
「"フラグ"だっつってんすよ」

 1時間後、ギルドの応接間のソファで、篝は安藤の顔をじっと睨む。安藤は身じろぎをして、ため息混じりに言う。
「……俺のせいじゃなくないか?」
「……」
「……悪かったって」
 ふたりは、ギルドの受付に着くなり、名指しで呼び出しを受けた。職員の案内に従い、応接間に通されると、ここで待つように、とだけ言われ、今に至るわけである。安藤は気まずさを飲み込むように、職員が出してくれたお茶に口をつける。ずいぶんと冷めてしまっていた。
「……心当たりは?」
 安藤の問いに、篝は、
ェッスよ。先輩こそ」
 吐き捨てるように答える。
「俺もねぇ。こういう呼び出しが一番困るよなぁ」
 安藤はもう一度お茶に口をつける。すると、不意に応接間のドアが開き、1組の男女が入ってくる。一方の女性は安藤たちにとって見慣れた人物、このギルドの支部長だ。眼鏡の奥の瞳は、少し疲れを感じさせる。もう一方は壮年の男だ。厳つい輪郭と鋭い眼光は、岩から荒く削り出した彫刻のようだ。
「すまないね、ふたりとも。待たせてしまって」
 支部長が眉根を下げて安藤たちに詫びる。
「いえ、そんな」
「いいから、本題から聞いていいッスか? あたしたち、依頼明けで疲れてんすよ」
 すいと背筋を伸ばして座り直した安藤に対し、篝は姿勢を崩したまま、むっつりと口を結び、やって来たふたりを───主に壮年の男を睨んでいる。男は支部長に視線をやると、「彼女たちが?」と聞き、支部長はこくりと頷いた。それを見ると男はこちらに向き直る。
「私は、アエトス・カティフェース。商会ではこの街を含むエインスターク地方一帯の統括をしている。用についてだが、そう時間は取らせんよ。こちらも忙しい身なのでな」
 そう言うと、彼は懐から1枚の紙を取り出し、安藤と篝の前のテーブルに放って、言葉を続けた。
「この男に見覚えは?」
 その紙は人相書のようである。それを見た途端、安藤と篝は驚愕の表情を浮かべた。そこに描かれていたのは、痩せぎすの獅子、猫西の顔であった。

「2日前だ。エアンスターク西部セイグラに到着予定だった我々の商会の馬車が消息を発った。捜索の結果、馬車の残骸は発見されたが、そこに載せられていた荷物の多くは既に持ち去られたあとだった」
「それがこいつと何の関係があるんすか」
 篝が人相書をコツコツと指先で叩く。
「彼はこの馬車の護衛の任務を受けていた。しかし、現場に残された遺体に、彼のものは残されていなかった。そして」
 アエトスはそこで一度、言葉を切りため息をつく。
「持ち去られた荷物の中に、この地方一帯のハザードマップが含まれていたのだ」
「つまり、それを猫西が持ち去った、と。そう言いたいわけですか」
 安藤の問いに、アエトスは重々しく頷く。
「我々はそう考えている。……あれは長い時間をかけてわれわれ商会と、君たちギルドが集めた情報が詰まっている。あれがならず者どもや、あるいは地図を解するだけの知能を備えた魔物の手に渡ってしまえば……一刻も早く回収したい」
「なるほど……でも、それが俺たちを呼んだことと関係が?」
 安藤が更に問う。アエトスはうむ、と頷くと、
「この男の知り合いに聞き込みを行ったところ、彼はここ最近、思い詰めている様子だったそうだ。理由については『知らない』とのことだったが……。更に聞き込みを続けたところ、君たちとこの男が言い争っている様子を見かけた、という証言が上がった。……何か、知っているんじゃないかね」
 その言葉を聞くと篝に口をむっつりと結び、アエトスから目を背ける。安藤はそれをちらりと見てから、答えた。
「個人的ないさかいです。あいつは俺たちに到底看過できない侮辱をした。俺は彼を非難し、強く忠告した。それ以上のことは知りません」
 安藤は慎重に言葉を選びながら、当時のことをアエトスに伝える。
「その後に、あいつが何を考えたのか。何を思って地図を盗んだのか。それは俺たちにはわかりません。……ただ、」
「ただ?」
 アエトスの鋭い視線に、安藤は膝の上で静かに拳を握り込む。
「……個人的な印象をいうなら、あいつにそんな度胸があるとは……態度と言動こそ尊大ですが、あれは臆病な男だと思っています」
 篝は安藤の横顔を見る。短時間で他者の人柄を見抜くのは、現代社会で身につけた安藤の特技のひとつだ。人の顔色ばっか窺ってやがるからまったく、くだらねぇ特技だ。彼は心の中でそう自嘲する。アエトスは少しの間、黙っていたが、やがて口を開く。
「……なるほど、参考にしよう。私が聞きたいことは以上だ」
「じゃ、もう帰っていっすよね? 先輩、ほら早く立って。おつかれっした」
 その言葉を聞くなり、篝はソファを蹴るように立ち上がり、安藤のシャツの袖を掴んで立ち上がらせる。
「お、おい待てよ、篝。どうもすいません、失礼します」
安藤はつんのめるように立ち上がり、半ば引きずられるように部屋の出口に向かう。その背中に、アエトスは言葉を重ねる。
「ああ、そうそう。追って指令がくだるだろうが、彼の捜索にはおそらく君たちにも参加いただくことになると思うので、そのつもりで」
「はっ、はぁっ!?? なんでッスか!?? あたしたちに聞くこともうないんでしょ!? ざけんじゃねぇッスよ!!」
 わなわなと震える篝に、アエトスは聞き分けのない子供を諭すように言う。
「私もそう思うんだが。本部からは、君たちに身の潔白を証明させろ、とのお達しでな。ふっ、まったく心苦しいかぎりだが、こちらの立場も理解して欲しい」
 しゃあしゃあと言うアエトスに、篝は盛大な舌打ちだけを残し、足早に部屋を出ていく。安藤はアエトスに責めるような視線を送り、しかし、何か言うことはなく、篝を追ってその場をあとにした。


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