複雑・ファジー小説

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ウルトラカミキリムシ
日時: 2023/12/17 23:30
名前: 緑川蓮 ◆vcRbhehpKE (ID: flo5Q4NM)

試し書きの殴り書き。

緑川蓮と申します。新作の下書きとして、また小説カキコ様にお世話になります。
紫電の更新が滞っている中で新作に逃げるのもどうかと我ながら思いますが、書きてえなと思った以上はしょうがないという事で、ここはひとつ大目に、ご容赦を。

あと思い付いたままに書き殴る叩き台が故に、作中の時系列はメチャクチャです。
こちらも平にご容赦を。正式な一般公開版は、カクヨム様かノベルアップ+様など……いずれどこかの他サイト様で、細かい部分の修正を加えた上でアップするつもりです。
マジでごめんなさい。各方面に心から陳謝を申し上げます。

Re: 退廃カミキリムシとクソ喰らえの生存 ( No.1 )
日時: 2023/12/18 10:53
名前: 緑川蓮 ◆vcRbhehpKE (ID: 0W9rRz2p)




 安っぽいボロマンションのワンルームで、全裸の男が薄目を開いた。
 ひとつ胡乱に呻いて寝返りを打つと、仰向けになってヤニで黄ばんだ天井を眺める。
 今日も今日とて目覚めてしまった。身体を起こすのも気怠い。
 このまま寝転がってシーツに身を預けたまま、死ぬまで何もしたくない。
 そんな気持ちに脳内を支配される男の名前は、祟羅蛇丸(タタラヘビマル)という。

「……ねえ……今日サボろうよ……仕事サボりたくない……?」

 男の肩が触れるほど近くで寝転がっている、同じく全裸の女が、欠伸のついでに言い放つ。
 女は小柄だ。その歳よりも幾分か幼く映る容姿は、足の爪先ほどまで伸びた銀髪と相まって、どこか浮世離れした印象を与える。あどけない少女と言うよりは、吸血鬼や、物の怪だとか、そういった不可思議で妖しく揺らめく存在感が、そこに横たわっていた。下半身に毛布を纏うままの、まるっきり無防備な姿で。
 銀髪の少女は、その名を織田・プロレスリング・灯(オダ・プロレスリング・アカリ)という。

「というか……サボりたいな……何もしたくない。エロい事だけして、干からびるまで、グッダグダに乳繰り合って、こないだ冷蔵庫の中で萎れきってたニンジンみたいになるまで、気持ち良いコトだけして……黙って死んじゃいたい」

 銀髪の女は、灯は蛇丸の腰に手を回す。
 蛇丸の胸元へ顔を埋め、眠気を振り解けないままの緩慢とした様子で縋り付く。

「俺も……行きたくねえなあ……しんどい、ダルい、めんどくさい……もう生きるの嫌だあ……」

 蛇丸は横になったままで灯の頭を抱きかかえ、ただ嘆く。生きる事すら億劫だと言わんばかりに、生まれた姿のふたりでベッドに落ちている。
 朝なんて来て欲しくなかった。ずっと真夜中でいいのに。そんな感慨をまさしく形にして、彼らは数分ほど微睡みに溺れていた。
 ここは所々セメントが剥がれ、鉄骨が露出しているほど老朽化したマンションだ。違法増築により形は歪であり、モザイクアートめいた様相を露呈している。あちこちに張り巡らされた配管の群れはもはや隠す気もないらしい。逆にそれがちょっと、なんか良い感じ。
 その一室に、燦々たる白い陽光が、カーテンの隙間から差していた。
 朝は絶望。今日も今日とて手足を動かさねばならない。白く静かな朝が、そう勅命を下す。

「……はあ、ああっ、あッ、だるッ!」

 おもむろに蛇丸がベッドを両手で強く押し、吐き捨てる様な悪態と共に起き上がる。
 灯はその拍子で振り払われたように弾かれ「うおん」と情けない声と共にひっくり返った。

「ええ……行くの? マジで? しんどい……」
「俺も行きたくねえけれど……だって……後で社長に怒られんのもダルいし……」
「それはぁ……ううん、そうかもねぇ……」

 まずは服を着る。
 蛇丸はトランクスのパンツに、黒いズボン、黒い靴下を履く。それから白いタンクトップのインナーを着用し、その上から黒いワイシャツを着る。ボタンを順番に留めた後で、黄色いネクタイを緩く絞める。仕上げに、フードに白いファーが付いたオーバーサイズの黒いジャンパーを羽織った。
 灯は黒いフリルが付いたパンツに、黒いニーソックスを履き、同じく黒いミニスカートを腰元まで持ち上げる。スカートのジッパーを引き上げた後で、パンツと同色のブラジャーで乳房を覆う。背中のホックを引っ掛けてから、白いブラウスに袖を通す。銀髪を団子状にまとめた後、ボタンを留めた襟元に紅いリボンタイを結ぶ。更に黒いオーバーサイズのダウンコートを肩から掛ける。
 仕上げにピアスを蛇丸は右耳に3つ、左耳に5つ。灯は両耳にそれぞれ2つずつと、舌に1つ。慣れた手付きでパパッと刺した。
 仕事着に身を包んだ2人は、マンションの一室、狭い廊下を並んで玄関口に向かう。

「道具は持ったの?」
「この通り、腕に着けたよ。灯もちゃんと『棺』持ってくの、忘れんなよ」
「分かってるって。ああ、マジでだっる……」
「それな」

 まず蛇丸がショートブーツに足を通す。
 それから灯がロングブーツに片方ずつ脚を差し入れ、靴紐を結ぶ。
 灯が靴紐を結んでいる間に、蛇丸は簡素な扉を開き、マンションの一室と、外の世界を繋いだ。

「おほーっ、早速やってんじゃん、朝早くからご苦労なこって」



 ボロマンション4階の通路口。
 覗く景色は、地味めな色合いを晒す住宅街だ。どれもこれも穴が空いているか、ベニヤでツギハギしてある。無傷綺麗な物件など、見渡す限り1つも無い。
 そこから少し離れた向こう側で、化け物が咆哮を上げていた。
 見た目の特徴は、言ってしまえば「動き回るし叫び声も上げるデカい樹木の化け物」である。



「え……マジで? もうやってるの? どうする? 先に『巣』に行くの、それとも……」
「いやあ……そんなコト言ってる場合じゃ無いっぽいでしょ、これは」

 呑気に言い合う蛇丸と灯の言葉をよそに、化け物の周りでは赤い花が咲く。
 咲く。咲く。赤い花という名の鮮血が、肉片が、通称『カミキリムシ』と呼ばれる戦士達の最期が咲く。ひとりひとり、舞い踊る花びらの様に、樹木の怪物──通称『マンドラゴラ』と呼ばれる怪物の前に散っていく。

「命が爆ぜてんじゃん。確かに、あれはちょっと急いで行った方が良いかも。それじゃあさ、蛇丸、早速──」
「そうだな、今日は早速──」

 蛇丸は左腕に装着した、黒く無骨なアタッチメントから、刃を引き抜く。
 それは一本の刀に似ていた。されど刃は細かくギザギザに、まるで並び立つサメの牙めいて尖っており、正しく刀状のノコギリと呼ぶ方が似合っている。

「──重労働だ、ああっ、めんどくせえな、もうッ!」

 続いて灯が『棺』と呼ぶ金属ケースの中央に備え付けられたボタンを、深く押し込む。
 身丈ほどある重厚な金属ケースが変形する。
 変形し、歪な形を成した。片方には銃口、もう片方には蛇丸の背丈ほどある長大な刃渡りのチェーンソーが、そこに現出した。

「さっさと終わらせて、早く帰ろ」
「そうすっか。帰り掛けに酒を買うぞ、めんどくせえ」


Re: 退廃カミキリムシとクソ喰らえの生存 ( No.2 )
日時: 2022/11/30 23:05
名前: 緑川蓮 ◆vcRbhehpKE (ID: hi4BpH9d)



 世界樹ユグドラシオン。
 百年くらい前に突如として太平洋のド真ん中に生えたらしい、かの(故)東京スカイツリーも真っ青なクソデカ巨大樹木である。海の向こうにあるけれど、その樹影は、かつて東京と呼ばれていた廃墟の山からでも視認できる。よく晴れた日なら、よりクッキリと形を見れる。
 その世界樹から生み出される怪物が『マンドラゴラ』だ。
 体躯は樹木の幹。動きは野獣。容姿は四足歩行の怪獣だとか、翼を持って空舞う鳥獣。などなど。そんな化け物どもの生きがいは、人を襲い殺す事である。そして触手の様な根を身体から生やし、死体にブッ刺し、養分を吸い上げる。
 海をも泳いで渡るマンドラゴラ共の軍勢を掻い潜り、世界樹へ辿り着いた先遣隊の数はたった4機。その内ひとつは、世界樹の真上から核兵器を落とす事に成功した。
 結果として世界樹ユグドラシオンには傷ひとつ無し。広がる葉っぱの幾らかを焦がしただけ。最後の通信だけを遺して、人類の叡智をいっぱいいっぱいに詰め込んだ最新鋭軍用ヘリは堕ちた。

「ああ、駄目ですね、もうダメダメ、これは」

 そして米軍が誇るエースパイロットが、今際に放った言葉は、意訳するとこうだ。

「人類おしまいっ」

 それから数十年。それでも人類はしぶとく生き延びていた。
 他の3機の内、1機が辛うじて持ち帰った『世界樹の果実』という戦果を以て。
 核兵器を含め、人類が持ち得る既存の火器は、世界樹本体はおろか、刺客である無数のマンドラゴラに対してすら決定打とは成り得ない。
 ただひとつ、たった唯一、世界樹から産み落とされた果実を喰らった兵士たちだけが、なぜかそのマンドラゴラに対して有用だった。
 それが……各国によって呼び名は異なる。日本という国が在ったこの極東地域においては、どこの誰が呼び始めたかも分からない、その名が浸透した、そう……通称『カミキリムシ』である。







「ヘイヘーイ、バッツンバッツンちょん切っちゃうよ、バッサバッサと刈り込んじゃおうね、さっさと今日のお仕事、終わらせたいんだよ、こっちはよ!」

 刃が閃く。
 刀と呼ぶには、あまりにもギザギザな刀身。それを振るい、襲い掛かる樹状の触手を切り払う。切り払い、薙ぎ払い、突き進む。時には伸びた触手の上を駆けて。時には腰元から引っ張り出したワイヤーを、更に別の触手へと引っ掛けて。振り子の様に舞い上がりつつ、迫る触手の穂先を置き去りにして。
 咆哮と共に繰り出される、樹木の暴威。それらを掻い潜った先で、蛇丸は巨躯を誇る怪物の背へと辿り着く。べ、と舌を出した後に、背に背負っていた機械の柄を握る。
 巨大なマンドラゴラの首元に乗った蛇丸が振りかざすは、規則正しく小さな刃が整列した工具。
 対マンドラゴラ外皮剥離用、世界樹果実液塗布済兵装──。

「じゃあ、まず、脱がすね」

 ──通称『バリカン』もしくは『トリマー』。
 その綺麗な凹凸を模す刃が高速で前後し、蛇丸が微笑むと同時に、振るわれる。
 堅牢な樹皮が、細やかな枝が、刃の軌跡と共に削られる。抉られる。剥がされる。切り落とされる。鱗の様に剥がされる樹皮と、枝の断面の後に、残されたのは、丸裸の傷口。
 人間で言うなら、皮膚を剥がされた後の、剥き出しの肉である。

「灯ぃ、ここだ、ブチ込めッ!」
「イエーイ、ボーナスタイム突入!」

 空中から舞い降りる人影があった。
 それは少女であり、手に持つのは巨大なチェーンソーであり、高速回転する刃が目がけるのは……マンドラゴラの首元の、堅牢な外皮を剥がされた、剥き出しの肉。
 深々と突き立つ。灯が『棺』と呼ぶ兵器の切っ先から根本まで、容易くマンドラゴラのうなじへと入り込む。

「断つよ命脈、堕とすよ素っ首、ボクらはね、さっさと仕事ぉ終わらせて……帰りたいんだ、そんでお酒を飲んでグダグダとダベりたいんだッ!」

 駆動する刃が、横へと流れる。
 絶叫するマンドラゴラの、貫かれた首が、半分を裂かれる。
 灯が振るうチェーンソーが再び振り下ろされ、今度は切り開かれた断面を目掛けて、逆方向へと。

「ハイお疲れっ!」

 巨大なマンドラゴラの首が、切り落とされた。
 頭部を奪われた躯体は力を失い、ただそこに佇む。
 沈んでいく。巨躯の怪獣は、廃墟の山に倒れ落ちていく。
 その頂点で、灯は羽織るオーバーサイズなダウンジャケットのポケットから、タバコの箱を取り出した。
 一本のタバコを口に咥えた後で、胸元、腰元、などなど自身のあちこちを探って気付く。ライターを忘れたらしい。やっちゃった、と小さく独りごちる彼女に、小さな安いライターが投げ寄越される。
 投げた主は、蛇丸だ。彼は既に紫煙をふかし、大きく息を吐いていた。

「さんきゅ」
「おう。ところで……これで今日の仕事は終わりって事になんないかな?」

 灯は蛇丸の問い掛けを聞きつつ、タバコの先に火を灯し、息とニコチンを吸い込む。
 汚れた煙を、空に吹き付ける。灰色と白とがグラデーションを醸す、淡いモノクロの空が広がっていた。

「や……難しいでしょ。倒しちゃったし、報告とかもあるし」
「だよなあ……」


Re: 退廃カミキリムシとクソ喰らえの生存 ( No.3 )
日時: 2022/11/27 20:26
名前: 緑川蓮 ◆vcRbhehpKE (ID: hi4BpH9d)




「いや、そのさ、あのね、緊急事態だからと言っても……やっぱり基地の方でいったん手続きを通して貰わないと……こっちも後々ちょっと色々と面倒なのよね……」
「へーい、さーせんしたぁ」
「さーせんしゃー」

 あちこち錆びているし、隅っこの方は蜘蛛の巣が張っているし、けれど受付の辺りは掃除が行き届いているらしく無駄に小綺麗だ。
 そんな世界樹対策局日本支部、通称『巣』で、蛇丸と灯は受付嬢の小言を右から左へ受け流す。
 受付嬢とは言っても良い歳のオバハンだ。しかも嫌味と陰口が特技の、自分がちょっとでもいかに楽して仕事できるかを試行錯誤するだけ、そういう類のオバッハンだ。
 典型的なクッソめんどいお局オバハンと相対し、蛇丸と灯は視線だけそれぞれ明後日の方向に寄越し「今日の晩飯は何にしようかなあ……そうだ、いっそ何も食わなくていいや」「とか思ってるんだろうなあ……酒だけで良いとか思ってそう。ボクもまあそれで良いっちゃ良いんだけど……そうだ、カップ麺にしよう。何か……コーン味噌で大盛りのアレが、裏路地のオッチャンのトコで売ってた気がする」などと考えていた。
 しかしお局のオバッハンは、人の自分に対する無礼にだけ関しては聡く鋭い。
 目尻と眉間に皺を寄せながら、無駄に声色のトーンを落として凄む。

「ちょっと……ちゃんと聞いてるの?」

 ここで蛇丸と灯は同時に思う。やっべ……めんどい方向に入りそうだぞ、と。
 目配せもしない。蛇丸と灯は、互いに感づいたと察する。何となくの空気感で。

「あ、そりゃ、もっちろん聞いてましたよ。ところで全然その、話変わっちゃうんですけれど……お姉さん、何か……ピアス変えましたよね? 何か今まで見たことないヤツだし」
「あらっ……分かっちゃう? 実はね、一昨日……あっ先週だったかしら……ちょっと買っちゃったのよ。ほら見える? この青がね、綺麗で……」

 それ買ったの先々週あたりでしょうが、つい2週間前も訊かれても居ないのにピアスの話で、延々とこの受付で話を聞かされたの忘れちゃいねえぞ、この健忘症予備軍が、とは思っても蛇丸と灯は口に出さない。苦笑交じりの愛想笑いを浮かべる。

「へえ、良いですねえ……その(あン時10分くらい俺らを付き合わせた事も忘れるくらい脳ミソのシワがツルッツルの)綺麗で……」
「あらっ、やだ、でもそうね……ちょっと付ける人は選ぶかも、ねえ?」

 ドヤ顔でウインクするオバッハン。
 この自己肯定感の高さはどこから?
 ちょっと分かんないですね。
 蛇丸と灯は無言で、しかも視線も合わせないままでやり取りした。

「まあ……今回はお陰でカミキリムシ側の死人も抑えられたから、大目に見るわよ。それにしても久々の、大型の襲撃ねえ。しかも居住区に。見てよ、急な事態だからってベテランもルーキーも駆り出されて……いっぱい死んじゃったわよ、嫌ねえ」

 そうして差し出されたのは、小綺麗な紙切れだ。
 そこには今朝方、死んだばかりホヤッホヤの連中が、ただの文字として印刷されていた。

「小牧黎明(コマキレイメイ)……」

 二十行にも並ぶ名前の中から、蛇丸は思わずその名を口に出す。
 横合いから紙ペラを覗き込んだ灯も、目を見開いてから、眉根を寄せた。

「彼岸崎彩士(ヒガンザキアヤシ)……」

 蛇丸と灯が只ならぬ面持ちで紙面に視線を落とす。憂いと呼ぶべきか、理不尽への怒りと呼ぶべきか、それとも寂寥と名付けるべきか。
 それを眺める受付嬢のオバッハンもまた、青いピアス云々の事は忘れていた。

「全く、厭な仕事よね……。彼岸崎さんは凄い人だったわ。誰よりも先に率先して、いちばん危ない仕事を請け負うカミキリムシだったもの。小牧君も、見どころはあったのよね。真面目で、やる気もあって、私だって応援したくなったわ」

 小牧黎明とは、メガネをかけていて、意気揚々とした文字通り真面目な優等生だった。とはいえ、マンドラゴラに対する実戦での動きも申し分ない。マニュアル通りの動きを実践しつつ、それだけで実際の現場は渡り歩けない……それを分かっているかの様に、柔軟に立ち回る少年だった。
 蛇丸も目を見張ったものだ。久々に期待のルーキーが来たぞ、と。
 彼岸崎彩士は、十年も前から日本支部のカミキリムシとして前線を張っていた男だ。
 見た目はしょぼくれた無精髭のオッサンである。本当にこんな男が、日本支部を支えるベテランの一角なのかと……灯は疑っていた。
 しかしバリカンとチェーンソーをそれぞれ片手ずつ携え、先陣を切り込む迫力。バリカンで敵の……マンドラゴラの外皮を削いだ直後に、すかさずチェーンソーを叩き込む凄絶な戦いぶり。
 日本の切り込み隊長は、彼岸崎を於いて他に居ない。そう謳われる理由を、灯は初陣で理解した。

「たくさんの人を守って来た彼岸崎さんでさえ、これから凄い人になるハズだった小牧君でさえ……こんな、戦死者の文字列に落とされてしまう。こっちが、どれだけの想いで、毎朝あの顔を見送っていたかも……まるで……素知らぬ顔で……」

 感情的な人ほど愚痴を吐く。
 感傷的な人ほど、誰かの死に対する悲しみを拾う。
 受付嬢にあるまじき事だ。受付のオバサンは、嫌味なお局様は……受付の石里さんは、ついに嗚咽を噛み殺しきれなくなった。ボロい、それでいて小綺麗に掃除された窓口で俯く。
 日常茶飯事だ。
 誰かが死んでいく。誰かが呆気なく居なくなる。昨日カラッと笑顔で見送った誰かも、今日の夕方には遺骨さえ運ばれない。そのまま日常から失せて、積み重なる想い出の海にまみれて消える。
 それがカミキリムシを、戦地へと送り出す受付嬢の、日常茶飯事だ。
 それでも、たとえそれが日常でも、昨日に笑っていた誰かが居なくなる事への、どうしようもない痛みは擦り減るものか──……。



「そっスね。聖人だろうが君子だろうが、死ぬ時ゃ死にますよ」

 ……──そして痛みに溺れる石里へと、蛇丸の無情な言の刃は振り下ろされる。



 そこで蛇丸を見据えるのは、困惑する石里と、ドン引きする灯だった。
 え、普通、ここで突き放すの、無いでしょ、有り得ないよね、マジで?
 そう言いたげな灯の視線を他所に、しかし蛇丸は平然とした様子で石里に向き合う。

「人は死にますよ、誰しも。俺も、アナタも。遠いか近いか、たったそれだけの違いだ」

 灯は空気が読めない事この上まさしく極まりない、蛇丸の顔を覗き込む。
 そして戦慄した。その顔に、あまりにも何の感情も込められていなかったから。
 人間は本音を吐き出す時、十人が十人、その心根に沿った表情をするのか?
 それは違う。笑顔を浮かべながら、憎悪の根源を吐露する者も居る。般若の様に怒り狂った様相を振り撒きながら、ただただ切実に、誰かに手を差し伸べて欲しい人だって居る。
 蛇丸は確かに本心を晒した。受付嬢である石里に対して、あられもない核心を。

「だから生きるんですよ。ただし決して、俺らが踏み越えてきた命を、忘れずに」

 愛想笑いも、作り笑いも無い。単なる真顔だ。切なる真顔と真剣な眼差しを湛えて、祟羅蛇丸は、石里・カバディ・綾音(イシザト・カバディ・アヤネ)へと──受付嬢のオバハンへと向き直る。

「そうして俺らが語り継ぐ。生きた証を欠片でも残す。その生きた証を刻まれた誰かが、明日を切り開いて生き残る。それでしかないでしょう……人間が生きて、そして死んだ意味なんて」

 蛇丸は踵を返す。

「なんつって……本音を言うと俺らぁ、全部どうでも良いんですけれどね。生きていようが死のうがこの世は地獄に変わり無いんですから。むしろサクッと死ねたらラッキーって感じですよ。痛いのも苦しいのもハイ卒業、死んだら何もないだけ楽ってモンだ」

 蛇丸は言い捨てる。

「ああ、でも……こないだ一緒に飲んだ時、彼岸崎のオッサンに奢られた分を、返せていないのと……」

 蛇丸は、視線を落とす。
 鬱々とした、或いはのしかかる喪失感を受け止めきれない様な顔色を、ようやくそこで浮かべた。

「……小牧君に奢ったジュース代の分を、まだ……返さないままで逝っちまったなあ、アイツら」



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