複雑・ファジー小説

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$!K0 サイコ ーSの数ヶ月ー
日時: 2024/07/19 19:38
名前: 雛 ◆m1dpQPcDQ2 (ID: wNoYLNMT)

『もし機械が人の心を持ったら、機械の反乱が起きたら、この世界はどうなるだろうか?』

 よく話題に出されていたその想像は、遥か昔に消滅した。

 この頃の流行は

『人間である必要性は、機械である必要性は、あるのだろうか』

 という嘆きの一句である。

 機械たちは人間とほぼ同じ身体を持ち、独自の自己発展を経て参加を果たし、自我と感情を手に入れてしまった。

 しかし機械たちは感情に苦しむようになり、人間の機能を脱離する願望を持つようになった。
 彼らのために感覚機能を停止させる薬剤、$!K0 ーサイコーが開発される。

 それは機械を救う救世主となったのだが

 同時に人間を破滅させる劇物となった。

 人間がサイコを飲み、バケモノと化すようになってしまったのである。

ーー

 お久しぶりです。

 書き終わりそうなのでちょっと投稿してみます……〆(・ω・o)カキカキ

Re: $!K0 サイコ ーSの数ヶ月ー ( No.6 )
日時: 2024/07/19 20:12
名前: 雛 ◆m1dpQPcDQ2 (ID: wNoYLNMT)


第6話「異常なバグ」



 正生はバグの攻撃を避けながら周りを旋回し、敵の様子を確かめていた。

 少し表情が硬くなり、バグを見ながら校舎や周囲を見回しの大きさを確認する。

(なんだこいつ。ずいぶんデカいな)

 通常戦うバグは自分二人分くらいの大きさだが、いま目の前にいるバグの身長は校舎の四階に相当する。

 ここまで大きなバグを見るのは正生も初めてだった。

(まあデカくても、部分部分で四肢を破壊すればいいだけの話だ)

 正生は上昇して腕時計を斧に変形させ、バグの肩に向かって勢いよく刃を叩きつけた。

 轟音がして強圧でバグの巨足が地面に沈む。
 しかし、バグの肩に刃は刺さっておらず、バキッと斧に亀裂が入って刃が砕け散った。

「な……」

 驚きで目を見開き固まってしまう。
 その隙に、バグが振り返って横殴りを叩きつけた。

 巨大な拳が横腹を直撃し、「ゔ」と短く濁った声を漏らして横に吹っ飛ばされる。
 離れた校舎まで飛ばされ壁に叩きつけられ、正生の身体が下に落ちないほどに大きく壁が窪んだ。

 叩きつけられた強圧で一瞬呼吸が止まる。
 力が入らなくなり、壊れた斧が手から滑り落ちた。

 気道が開いた瞬間、乾いた声と共に血を吐き出す。

「げほっ、ったくよォ……デカい上にカタいとか。なに喰ったらそんなんになるんだよ」

(しくったな、まともに食らっちまった。だがやべえなコイツ……一撃が重すぎる。速度はそこまで速くないから避けられるが、次食らったら確実に死ぬぞ)

 口角が上がっているが額から冷や汗が伝う。
 細い呼吸が外界に排出され、脳内に女性の声が流れた。

《大きな負傷を検知。SAシステムを起動して傷の治療を行います。読み込み中、七パーセント。サイコを服用してください》

 何やら指示をされるが、正生はその指示を聞かない。
 すると目の前にデカデカと電子ウインドウが出てくる。

〈負傷率・死亡確率が標準値を超えました。警告。サイコを服用してください〉

 大きな文字が視界を占領してくる。

 正生は大きく舌打ちして、ウインドウを拳で薙ぎ払い壁に叩きつけた。
 ガラスの割れる甲高い割裂音が響き、ウインドウの破片の青が飛散する。

「勝手に修復なおそうとすんじゃねーよ」

 正生は忌々しそうに奥歯を噛み締め、叩き潰したウインドウのカケラを睨んだ。

 前に視線を移せば、バグがこちらに向かって来ていた。正生は自分の背後、校舎へ目をやる。

 ここで戦えば校舎は完全に破壊されるだろうし、ここはまだ避難できていない生徒たちが多い。

 背中の痛みを押し殺しながら、体を起こしてヴィークルに触れる。
 今の衝突で一部が破損してしまったのか、緑の火花を数回散らしていた。

(型落ち機だしそろそろ限界か。買い替えるにも新型は高いんだよなあ)

 などと考えながら、正生はヴィークルを無理やりにでも動かしてその場を離れる。

 再び運動場に行き、バグを誘導して攻撃を避ける。

(刃物で粘ってみても良いが、全部壊されるのがオチだろうな)

 横に電子ウインドウを出すと、画面からボルトアクション式ライフルが出てきた。

 バグの攻撃を避けながら手のひらでボルトハンドルを跳ね上げ、ハンドルを後方に引いてロックを解く。

 手元に電子ウインドウを出して弾薬を出現させ薬室に一発ずつ押し込み、ボルトを前に押し出し薬室の弾薬を装填した。
 ボルトハンドルを押し下げて薬室を閉じると、銃口をバグへと向ける。

 一発。
 銃声と共に放出された弾丸はバグへと命中する。

 しかし着弾した瞬間、弾が破砕してしまった。

(硬質すぎて普通の武器じゃ効かねえか……だったら)

 正生が手を前に出すと、炎の槍が複数出現した。

 バグに向かって一斉に放ち、大きな衝撃音が鳴り響いて白煙が立ち込める。

 顔の前で手を振って煙を払い、前方を確認する。
 煙の中で動く影に、正生はジト目になった。

(全然効いてねえし)

 バグは巨拳を振るって煙を薙ぎ払う。
 その体には傷一つついていず、正生は大きくため息をついた。

「正生!」

 避難誘導を終えた再子がヴィークルで正生のもとまで来た。

 会話する間もなくバグの拳が振ってきて、二手に分かれて回避しバグを錯乱させる。

「正生! このバグちょっと大きすぎない?」
「ああ、しかも体が硬くて傷すらつかねえ。SAシステムも効いてないみたいだしな」

 正生はボルトハンドルを起こしてロックを解き、ボルトを引いて薬莢を排出する。

 銃身を軽く撫でると、薬室に入っている弾薬に水色の文字コードのようなものが刻まれた。

 再びボルトを押して弾薬を装填し、ハンドルを倒して薬室を閉じる。
 銃口をバグの足に向け、引き金を引いた。

 発砲音がとどろき、水色コードの刻まれた弾丸が猛スピードで射出される。
 弾はバグの足に被弾した瞬間に砕け散るが、バグの足が着弾点を中心として氷に覆われ始めた。

 バグの足が動かなくなり、動きを封じることができた。
 しかしバグは全体が凍る前に自身の足の凍った部分に拳を叩きつけ、足ごと氷を破壊してしまった。

 自損した足がバラバラになって地面に落ちるが、数秒と経たずバグの身体に集結して元の体躯に戻っていく。

「チッ。こいつ自己再生すんのかよ」

 正生は苦い顔をして不快をあらわにする。
 ライフルから手を離して消し去り、再子へ目を向けた。

「再子。悪いが周りの安全の確保、頼めるか」

 彼の言葉を聞いて再子は目を見開いた。
 視線を下げて顔に影がかかり、少しして「わかった」と短く返答する。

 再子はヴィークルで後方に下がり、手を横に振るう。
 青色の結界が出現してバグと再子たちを囲んだ。

「あんま使いたくなかったが……」

 正生は手元で電子ウインドウを開き、そこからカプセル剤を出した。

 透明の殻に青い液体の入った薬――サイコである。

 正生はそれを口に放り込んだ。
 飲み込んで「マズ」と低い声をこぼす。

《特定解除コードを確認》

 脳内に機械的な女性の声が響く。

《システムコール。S01、ユーザー認識。外敵を確認しました》
《承認します。ストレージ容量、〇・一パーセント消費。SAシステムの安全装置を解除します》

 声が止み、正生の赤い目に青字で数字コードが浮かび上がる。
 正生はヴィークルでバグへと急接近した。

 バグの拳が勢いよく降ってきて、背後に回って避け右手を横に振るう。
 直後、天空から巨大な光線がバグに向かって放たれた。

 光線は轟音を鳴らしてバグの片腕を滅却し、爆風をまき散らす。

 再子は強風に髪を流され腕を顔の前にやる。

 木々やフェンスなど周りの物が吹き飛び、地面が大きくえぐれて瓦礫が舞い踊る。
 飛散したものが結界に衝突し、ところどころ結界に亀裂が入っていた。

「っ、まずい」

 再子はヴィークルを風に煽られつつ、電子ウインドウから鉄槍を出して瓦礫や飛散物を弾き落とす。

 バグは光線を受けて動きが鈍くなり、正生はその隙にバグの懐まで潜り込んだ。

 手元で電子ウインドウを開き拳銃を出す。バレルに赤字のコードが刻まれた。

 正生の口角が引き上がり、彼は銃口をバグに押し当てる。
 引き金が引かれ、ゼロ距離で炎の弾丸がバグの身体を貫いた。

 バグの機械質な体に風穴が開いて青い液体が噴き出す。
 もろに顔面に噴射を受け、正生は「うべッ!」と汚い声を上げた。
 少し飲み込んでしまったようで、腕で顔を拭いながら口の中の液体を吐き出す。

 不快げに眉を寄せ、視線をバグの方に戻した。
――瞬間、目を見開いた。

 風穴の開いた機体内に光の粒が集まっていて、正生の視界に〈高濃度のサイエネルギーを察知〉と表示が出る。

(何でバグがSAシステムを……ツ! まずッ!!)

 回避する間もなく正生に向かって光線が放たれた。
 それと同時に、再子が猛スピードでヴィークルで正生に突っ込んできた。

 勢いに任せて彼ごと横に押し出すが、再子は避けきれず光線が腹部に当たって強圧で吹っ飛ばされてしまった。

 身体を結界に叩きつけられ血を吐き出し、彼女の意識が遮断される。

 光線を受けてヴィークルが破砕し、再子の体躯と共に地面に落下した。

 バグは正生が仕留めたはずだったが、腹部の穴が徐々に再生して再び動き出す。

「! なんで……」

 バグは腹部を再生しながら再子のもとへゆっくりと歩みを進めるが、彼女は気絶して動けない。

「再子!! クソッ!」

 正生はすぐに能力を発動しようと手を前に出す。
 しかしいくら力を込めてもSAシステムが応答しない。

(おい嘘だろ、なんで発動しない!?)
《コードがリジェクトされました。システムにエラーが発生。ユーザーID・S01のSAシステムにサイバー攻撃を確認。システムを強制終了し、再起動します》

「んなことしてる場合じゃねえって!!」

 武器を出そうにもSAシステムが開かない。

 正生は胸ポケットに入れていたペンを出してショットガンに変形させた。

 射程範囲内までバグに近き、ヴィークルに付属している赤いボタンを足で踏んで銃を構える。

 バグの注意を引き付けるために数回発砲した。
 射出の衝撃が腕に伝わるがヴィークルが反応し、衝撃を吸収してバランスを維持する。

 ショットガンの弾丸は命中したが、SAシステムの強化を受けていないため着弾と同時に簡単に破砕してしまう。
 銃撃を受けて、バグが正生へ目を向ける。

〈高濃度のサイエネルギーを察知。緊急回避してください〉

 視界に警告文が出る頃にはもう遅かった。

 背後にいくつもの剣が出現して、猛スピードで降り注いだ。

「かはッ!!」

 剣に身体を貫かれて口から血を吐き出す。

 猛進してくる剣にヴィークルが破壊され、正生は地面に叩き落とされた。

 地面に手をついて上半身だけ起こすが、数回咳き込んで赤い血をこぼす。
 痛みに眉を寄せて視線を前に動かした。

 バグは正生に構うことなく、再子の方へ向き直る。

 バグが口を開き、そこに白い光の粒が集まった。
 再びサイエネルギーの警告文が視界を占領する。

「再子ッッ!!」

 正生が必死に手を伸ばすが、SAシステムは反応しない。

 見開かれた彼の赤い目に、眩しく輝く光線が映った。

 爆音と光が生まれる
――と同時に、再子の前に複数の結界が張られた。

 バグの上から坊主頭の男が降ってきて、薙刀でバグを真っ二つに叩き斬った。

「なッ……!」

 男が着地して薙刀を横にふるった瞬間、バグが巨大な音を立てて爆発した。

Re: $!K0 サイコ ーSの数ヶ月ー ( No.7 )
日時: 2024/07/19 20:16
名前: 雛 ◆m1dpQPcDQ2 (ID: wNoYLNMT)


第7話「ICPOと刑事と機工医師」


 爆風が炎と煙をまき散らし、男は手を顔の前にやって風よけ

 二十代後半くらいだろうか、整った顔立ちを持ち、両耳にピアスをつけて全身黒の服を身にまとっている。
 彼は振り返って、その青い目に再子を映した。

「バグ一体に負傷者は一人。取締官……機械種か」

 小さくつぶやく。
 男は再子が機械種だと分かると、冷たい目で彼女を見下した。

「再子!!」

 正生はサイコの服用効果で徐々に傷が塞がり、立てるようになってすぐさま再子のもとへ走った。

 彼女は口と腹部から赤い血を流しており、小さなスパークを起こしていた。

 正生は血で服が汚れるのもいとわず気絶した彼女を抱き上げ、患部を手で押さえて止血する。

「何だ、取締官は二人いたのか……二人ならターゲットを分散させれば、こんな破壊されずに済んだのにな」

 男は呆れた様子で再子たちのもとに行き、二人の前で足を止めて見おろす。
 再び口を開けば――

「お前、無能な機械種だな」

 顔に険を浮かべて、気絶した再子に吐き捨てた。

 正生は彼の発言に眉を寄せる。

 感情の圧に押し出されて口が勝手に開き、鋭い言のを吐き出しそうになる。

 だが己の呼吸がこぼれた直後、すぐに口を閉じ奥歯を噛み締めて言葉を飲み込んだ。
 正生は応急手当をして再子を抱き上げ、病院に連れて行こうとする。

 しかし正生が行こうとした矢先、男が進路方向を塞いできた。

 正生は眉を寄せ男を鋭く睨みつけ、隠すことなく不快をあらわにする。
 普段の死んだような赤い目が黒く濁り、殺意を持って相手を奥底に沈めようしていた。

 開口する前に一度目を伏せ、一つ鼻から息を吸い込んで一拍の刻を飲み込む。
 再びまぶたを開いて、同じような殺気立った目を向けた。

「……誰だよアンタ。俺は今すぐこいつを病院に連れ行きたいんだが」
「病院? 機械なら修理所だろ。近頃の学生はまともに日本語も使えないのか」

 正生は眉に力が入り、口角が下がる。

「……おっさんには痛みの感情がねーのかよ。機械より人形じみてんじゃねーか」
「俺はお前のように、機械を人間と同じように扱う情弱じゃないんでね」
「んだとコラ」
「はいはーい! 二人とも落ち着いてー!」

 張り詰めた空気の中で、女が二人の間に割って入ってきた。

 男と同じく見た目は二十代後半ほどで黒い服を身にまとい、長い金髪が揺れ緑眼が太陽の光を受けて優しく輝いている。

「アンタ誰だよ」

 女が険悪な空気を打ち壊したことで正生の怒りが少し緩くなるが、彼は不快げな声のまま女に悪態をついた。
 それに返答したのは女、ではなく坊主の男の方で。

「初対面の奴に対してそんな態度とか育ちの悪さ出てるぞガキ」
「その言葉そっくりそのまま返してやるよハゲ」
「ハゲじゃねー、坊主だ。お前はハゲと坊主とスキンヘッドの違いがわからん馬鹿だったか」
「どーでもいーわそんなもん。つーかテメーに聞いてねえんだよ。話に入ってくんなKY」
「ちょっとちょっと! 二人とも喧嘩しないで! 全くもー、いつも定原君は一言多いんだよ。相手を煽らないの」

 殴り合いを始めそうな雰囲気になって女は慌てて二人を制止する。
 大きくため息をつき、正生へ向き直った。

「ごめんね、彼は大の機械嫌いなんだ。あと、いつもあんな感じで機嫌悪いから」
「子供か……」

 チャシャが苦笑いして言えば、正生は男に呆れた視線を向けた。

「改めまして、私はチャシャ・レイバレン。 ICPO(インターポール)のサイコ取締局に所属している一級人間種取締官だよ。で、こっちは警視庁捜査一課の定原証さだはらしょう刑事」
(刑事? こいつが?)

 正生は眉を寄せ、不審そうに証に目を移す。

 証は相変わらず蔑んだ目でこちらを見おろしてきていて。

「捜査一課の『機械種取締官』だ」
「いや……何でそこだけ強調するかな」

 証が威圧的に「機械種取締官」の部分だけ強調して言うもので、チャシャは眉間を押さえて大きくため息をついた。

「刑事がSAシステム使っただと……」

 正生は驚くが警戒して表情が硬くなる。

 証は先ほど、再子の前に結界を張って彼女を守っていた。
 しかしそれは通常のサイエネルギーを応用した技術ではできないもの、SAシステムを使った能力ということになる。
 だがSAシステムは機関のみが使う技術である。

 サイコの服用を伴うため、サイコ取締機関は一般人にSAシステムを隠しているが、警察はその存在を知っている。
 知っているうえで、それ以外にバグへの対抗手段がないため黙認していた。

 黙認はするが、その方法を支持しているわけではない。

 SAシステムは制御も難しく、人体の安全も保障されていない。
 刑事がわざわざそんな危ない橋を渡ってまで持つ必要はないとされ、警察内部でもサイコの服用は禁じられているはずなのである。

「インターポールの取締官が来るとか。刑事がSAシステム使ってることといい色々聞きたいことはあるが……今はこいつを病院に連れて行かなきゃいけないんで」
「病院……」

 正生の言葉を聞いてチャシャは目を見開き、声をもらした。

 破損した機械種は、機工医療所と呼ばれる場所で修復治療を受ける。

 機工医療所は人間にとっての病院と同じであり、機械種のほとんどが機工医療所を「病院」と呼んでいた。
 しかし人間種の間では「修理所」と呼ぶ者がまだまだ多い。

 機械種は肌や細胞など人間と同じような肉体を持つが細部の治療方法は異なるため、機工医師と呼ばれる機械種専門の医者が修復を行っている。

 人間の体調と同じようにして機械種も内部の不調で機工医療所を訪れることが多く、混雑は日常茶飯事である。

「ちょっと待って。一般の病院は取締官も修復を待たなきゃいけなくなるから時間がかかると思うよ。私の知り合いに暇してる機工医師がいるから、ついてきて」
「……後処理はいいのかよ。インターポールの連中が出てきたんだ。こんだけでかいバグなら何か調査すべきことでもあんだろ。俺たちに構ってたら先に回収課に持ってかれるぞ」
「私たちには優秀な部下がついているからね。その人たちに任せるよ」

 正生に疑心の目を向けられ警戒されてチャシャは眉を下げる。

 しかし食い下がって譲らず、巨大なバグの調査より救護に回ろうとしている。

「なにが目的っすか」
「……何のことかな?」

 問われてチャシャは、にっこり優しく微笑んで返した。

「いづれにしても、修復する目的は変わらない。一緒に来て。すぐにでも直してあげたいでしょう?」

 チャシャが手を差し伸べてきて、正生はうつむいて黙り込む。

 グッと再子を抱く手に力が入り、「わかった」と小さく了承の意を流した。

 チャシャたちと共に学校を出ようとすると、後ろから下野と上野が走ってきた。

「おい正生!!」
「再子どうしたの!!」

 声を聞いて正生は足を止める。
 再子の負傷を見て、チャシャへ視線を移す。

「すみません、レイバレンさん。再子連れて先に外に出ててもらっていいですか」
「え?」

 チャシャは驚くが下野たちを見て彼の意図を理解し、「分かった」と返した。

 再子を預かり、証と共に先に学校を出て校門前で正生を待つ。

 下野と上野は正生のもとまで来ると荒い息を吐きながら、焦燥した表情を浮かべた。

「お、おい。起動は」
「何かあったの!?」

 二人が取り乱した様子で食い気味に訪ねてきて頭をかく。

「大丈夫だ。なんもねーよ」
「何もないって……」

 二人の視線は、正生の赤く染まった服に向けられていた。
 正生は自分の服に視線を向けて小さくため息をつく。

「俺は問題ないが、再子が負傷した。今は気絶してる状態で、核データは無事だろうから一旦は大丈夫だ。身体もすぐ戻るだろうから安心しろ」
「でも……」

 上野はうつむき不安そうに両手を組む。
 正生はその様子を見て困ったように眉を下げ、彼女の肩に手を置いた。

「んな顔すんなって。死ぬわけじゃねーんだから。再子が戻ってきたら、いっぱい構ってやれ」
「……うん」

 上野は不安が消えないながらも、少し気持ちが落ち着き小さくうなずいた。

「じゃあ、俺は行くわ。下野、上野を頼む」
「……ああ」

 下野も何か言いたげだったが、言葉を飲み込んだ。

 正生は二人に背を向け、校門前で待つチャシャのもとへ行く。
 彼女が事前に呼んでいた迎えの車に乗り、機工医師のもとへと向かった。

 しばらくして小さな研究施設の前で停まり、車から降りて建物の中に入る。
 中は大量の機器部品類が散在し、至る所に汚れが飛び散っていた。

 足の踏み場はちゃんとあるが床に箱が点々と置かれていて、下を注視しておかないとつまずきそうになる。
 お世辞にも綺麗とはいいがたい場所だった。

「なんだまた変なの拾ってきたのか、レイ」

 低く渋い男性の声が聞こえ、奥から屈強な男が姿を現した。

 三十代後半の人間種で、オールバックの黒髪に赤い目を持ち、左目元に縦の傷跡がある。
 白シャツに黒いズボンを身にまとっているが、シャツごしでも筋骨隆々なのが分かる。

 彼はチャシャをレイと呼び、彼女の腕にいる再子の怪我を見て呆れた顔をした。

「彼は機工医師の黒岩博文さんです」
「!! 黒岩ってあの」

 正生はその名を聞いて驚愕する。

 黒岩博文、二十年前に特務零課で最強の戦士と称されていた人物である。

 今と違って、昔は新人がダイレクトで特務零課に入れないよう制限がかけられていた。

 しかし彼はその既存の体系を打ち壊すほどの実力を発揮し、当時では異例の十八という若さでサイコ取締機関零課に新人で入隊したのである。

 博文は現役時代、一人でバグを数十体倒し、サイコやSAシステムに頼らずとも素手や通常武器で薙ぎ倒していた。

 仲間を庇う際に怪我をするだけで、あとは一切の負傷もなく戦地を駆け抜ける強者として知られている。

 零課だけでなく、機関内の取締官にとっては憧れの存在だった。

「あの、バグを片手で握り潰せるって逸話、アレ本当なんですか」

 正生は少し興奮した様子で尋ねる。
 博文は現役時代に様々な逸話を残しているが、いつの時代になってもそれが受け継がれている。

 しかし彼は問われて気まずそうに手を頭にやる。

「あー……いやすまん、それはただのデマだ。まあ、おそらくその時の話だろうって、思い当たる節はあるんだが、正確に言うと握り潰したわけじゃない。はたいたら全壊しちまっただけだ」

 正生は「え」と短い声をこぼし、そばで聞いていたチャシャと証は呆れた表情を浮かべる。

「そのとき相手してたのは珍しい形のバグでな。本来ならバグを破壊せずに、なるべく綺麗な状態でサンプリングとして回収しなきゃならなかったんだ。それができなかったってんで、上層にかなり怒られちまったんだよ」
(なんか、身に覚えある気がするそのシチュエーション)

 正生もバグのサンプリングを取るように指示されたことがあるが、つい破壊してしまって境崎に怒られていた。

 もっとも、正生の場合はサイコとSAシステムの強化効果を得ているため、博文のようにサイコなしで素手でバグを全壊させることはできないだろう。

 しかし彼は入隊から数年後に突然、除隊して機工医師に転身した。

 圧倒的な戦闘能力を持ち合わせていただけに、皆が除隊に疑問を抱いていた。
 機工医師になってからも機工医療所の場所を公表せず、表舞台からは姿を消したとされている。

 正生は改めて建物内を見回す。

 普通、機工医療所には何人もスタッフがいて機器類が整然と並んでいるものである。
 対してこの場所は、医療所というよりは研究所に近い。

「ここって本当に機工医療所なんすか」
「一応な。ここで治療するのは少ないが……それで、レイ。そいつを治せばいいのか」
「あ、はい。データは無事ですが、腹部周辺の破損が大きいです」

 チャシャは博文に再子を預ける。
 彼は再子を抱き上げ、正生たちを連れて奥の部屋に向かった。

Re: $!K0 サイコ ーSの数ヶ月ー ( No.8 )
日時: 2024/07/19 20:18
名前: 雛 ◆m1dpQPcDQ2 (ID: lgNgJHs5)


第8話「再子の脳芯」


 博文は奥の部屋の寝台に再子を寝かせる。

「ずいぶん派手にえぐられてるな。ステラ、脂肪部を六ケースと骨部一ケース持ってきてくれ。あと表皮セット一箱に血管ロールと、胃と肝臓、腸も頼む」

 博文が誰かに向かって言うと、奥から「かしこまりました」と女性の声が聞こえてくる。

 少しして、上部にモニターのついた透明なガラスケースの機械がいくつか浮遊して出てきた。

 ガラスケースの中には臓物の入った瓶や箱やらがあり、上部のモニターにはそれぞれ何かのデータが映されている。

「すまないステラ。しばらくそのままで頼む」
「かしこまりました」

 博文は手袋をはめ、ステラと呼ぶ機械から臓物を取った。ステラは、どうやら機工医師の助手のようである。

 手足がある方が医療行為には適しているため、普通は非人型機械種を助手につける者はいない。

 正生も非人型が医療行為の場にいるのは初めて見た。

 離れて見ていた正生は、博文を邪魔するわけにはいかないのでチャシャに視線をやる。

「もしかしてあれ助手なのか」
「うん。あの子は〈アストラル七・八型〉。名前はステラちゃん」
「アストラルって……」
「三十年前に造られた無足型機械種だ」

 だいぶ昔の話のため正生は機種の名前しか知らず、証がステラの機種について説明した。

 アストラルシリーズは人間が開発している機種であり、星の流れるような動きをテーマにした非人型で足のない機械の一つである。

 七・八型は、三十年前のアストラルシリーズの最新機種だった。
 ガラスケースに物を入れて動かせる利便性の高さから、当時は宅配や小型物運送で重宝されていた。

 博文の親戚が経営していたレストランでも活用されていたが、それらの機体がいくつか機械進化して意思を持った。
 その一つが、ステラである。

 チャシャがステラと博文の関係性を補足する。

「ステラっていう名前は、当時十歳だった黒岩さんが付けたものなの。進化した機体は個人として扱われて、店に残って働くか、離れるかの選択を与えられた。その時ステラちゃんは名付けの縁から、博文さんの家で過ごすようになったんだって」

 機械進化後の機体には、生活に支障が出ないように補助制度がある。

 ステラはそれを活用して博文と同じ学校に通い、その時からずっと彼と生活を共にしているという。

「黒岩さんが十八で特務零課に入った時、彼女も一緒に試験を受けて合格して入隊してたの」
「いわゆる、長年の相棒ってヤツだな。あの二人、相性よくて当時は特務零課で誰も勝てないバディだったらしい」

 証は少し羨ましげな目で、治療する博文を見つめた。

 博文はステラが運んできた臓物を、再子の損傷部にあてがっていき紐で固定していった。

 機械種の肉体は人間とほぼ同じであるが自然治癒能力はなく、機体に修復コードを読み込まなければ傷は直らない。

 修復するために必要なものを揃え、機体にある「脳芯」と呼ばれる部分に修復コードを読み込ませれば自動で肉体を再構築していく。

 一見すると、機工医師など必要なさそうにも見えるが、修復する機体の脳芯を探し出すところからまず難しいのである。

 脳芯とは、機械種の体内に複数点在するデータの結晶のことである。

 脳芯一つ一つに、一個人を形成するデータが保管されている。
 その脳芯にコードを送り込むとそのコードに付随した反応が返ってくるのである。
 機械種が唯一、脱離できない機械性能とも呼ばれていた。

 脳芯は平均して二十個ほどで、全てが血液のように体内を流れまわっている。
 機械種の要となる「核データ」が無事であれば、脳芯はいくらでも再生する。

 しかし脳芯が全て破壊されてしまうと、機体は動かなくなってしまう。
 動けなくなるリスクを減らすために、内部構造が精密な機体ほど脳芯の個数は多くなっていた。

 機械種の修復医療行為では、それらの流れる脳芯を全て探し出して同じコードを読み込ませなけらばならない。

 博文は再子の手首を軽く親指で押さえた。

 彼の視界に〈核芯の信号を検知〉と文字が表示される。ピピと電子音が鳴り、ステラの箱の上のモニターにデータが表示された。

「全ての脳芯の検出しました。脳芯は計三十八個です」
「思ったより多いな。D#54の体内の精密さにはいつも驚かされているが、ここまで脳芯が多い奴は見たことがない。それにおそらく、本来ならもっと脳芯があるんだろうな」

 今の再子は大きく身体を損傷していて、脳芯もかなり破壊されているはずである。

(通常状態の脳芯の全数は五十……いや、もしかしたら八十あたりまでいくかもしれんな)

 博文の目に白い数字コードが浮かび、伝達プログラムが起動する。

 サイエネルギーを使って遠隔で機械種にコードを送信できるものである。

「そこの少年、名前なんつったか」

 博文は視線を再子に向けたまま、脳芯の位置を確認しながら正生に尋ねた。

「特務零課の取締官の細川正生です。そっちは俺とバディを組んでる起動再子です」
「やはり零課か……こんな怪我すんのそこしかねえからな」

 博文は苦虫を噛み潰したような表情をしてつぶやく。

 一つ二つと再子の脳芯を見つけ出し、再子の手首を親指で少し押し込むと脳芯の流動が一時的に停止した。
 止まった脳芯に修復コードを送信していく。

「お前はこの嬢ちゃんと組んで長いか」
「年数で言えば四年程度っすけど、機関に入った時からのバディです」
「そうか、なら何度も共闘したことがあるな。こいつの修復治療はいつも誰がしてるんだ」

 博文に問われるが、正生はすぐに答えられなかった。

 チャシャと証は不思議そうに彼を見る。
 正生は困ったように眉を寄せた。

「実は再子が機工医師に診てもらったの、今回が初めてなんすよ」

 え、とチャシャと証の声が重なり、博文は勢いよく正生の方へ目を向けた。

 彼の目に映っていた伝達プログラムの白いコードが消え、その赤い目には驚きの色が見える。

「博文さん、伝達プログラムの急停止は危険です」
「わ、悪い……」

 ステラにお叱りを受けて博文は顔をひきつらせて謝る。

 正生は三人の反応が予想外で、怪訝そうにしていた。

「どうかしたんすか」
「どうもこうも、特務零課の機械種で機工医師の治療を受けてない奴なんざいねえぞ」
「そう、なんすか?」

 博文に言われても正生はいまいちピンときていない様子だった。

 バグという化け物と戦う者たちにとって、怪我は当たり前のものである。
 特に機械種となると、前衛に回って大きく破損することも多い。

 チャシャもそうなのだが、何年もバグと戦っている機械種で機工医師の治療を受けていない者は誰一人としていない。
 チャシャは何か考えるように顎に手を当てる。

「インターポールは日本のサイコ取締機関とも関わりがあるから、細川君と起動さんの特務零課での活躍は聞いているよ。でも……これまでバグと戦って酷い怪我をした経験が一度もないの?」
「ああ、いや。俺も再子も怪我ならしてますよ。けど俺は死にそうになった時だけSAシステムで回復してて、再子は……なんか自然に回復してるみたいっす」
「どういうことだ。機械種は自然回復しないはずだぞ」
「それが俺もよく分からないんすよ。致命傷を負ったと思ったら、一分も経たないうちに傷がなくなってて」

 正生は答えにくそうにして頰をかいた。

 再子も致命傷を負うことはあったが、どんなに大きな傷だろうと内臓が破壊されていようと、気づけばその傷が塞がっているのだという。

「中学の入学式んときにも死にかけたんすけど、何か気づいたら治ってて。再子に聞いたことはあるんすけど、本人も分かっていないみたいです」

 本人は今まで、怪我をしたときにSAシステムを使ったことはないのだという。

 仮にSAシステムの能力で治癒を行ったとしても、そこまで即座に全快することはできない。

「だから今回、再子の身体が回復しなかったのは初めてで……」

 正生も初めてのことで、このままだと再子が死滅してしまうと焦っていたらしい。

(機械種の新たな進化……人間化して「自然治癒能力」を手に入れたというのか? いや、話を聞く限りコイツは、普通の人間を遥かに超えた治癒速度を持つってことになるが……)

 博文は改めて再子へ目を向ける。
 伝達プログラムを再び起動させた。
 その瞬間、目を見開く。

「おい細川。この嬢ちゃんの脳芯の数、聞いたことはあるか?」

 再子に目を向けたまま、正生に問いかけた。

「え? あー……一応」

 博文に問われて正生は、横に目をそらした。

「けど本人は間違ってるかもしれないって言ってたんで、正確なところは分からないんすよ」
「どういうこと?」

 歯切れの悪い返答にチャシャは怪訝そうにする。

 通常、機械種は目を閉じて脳芯に共鳴コードを送ることで、体内の脳芯の数を正確に把握することができるようになっている。

 自分の脳芯を数えることなど簡単なはずだった。

「いや、それが……再子が言うには脳芯の数が――百三十を超えるらしいんすよ」
『……え?』

 チャシャと証は唖然とする。

 しかし、博文は特に表情を変えず、小さくため息をついた。

「その数は間違っちゃいねえだろうさ……この嬢ちゃん、並の機工医師じゃ対応できねえぞ」

 博文は視界に広がる景色に、なかば呆れながら言う。
 彼の視界の中で、再子の体内の脳芯が高速で再生していた。

 治療後に脳芯が再生する分にはコードの送信は不要である。
 しかし修復治療中に脳芯が再生した場合、それら全てに修復コードを送らなければ治療を完了することができない。

 博文はどんどん増していく脳芯を、狩りをするように追って何とか必死に食らいつきコードを読み込ませていく。

「悪いが治療に少し時間がかかりそうだ。悪いが三人とも外で待っていてくれ」

 博文に指示され、チャシャは正生たちを連れて部屋の外に出た。

Re: $!K0 サイコ ーSの数ヶ月ー ( No.9 )
日時: 2024/07/19 20:46
名前: 雛 ◆m1dpQPcDQ2 (ID: lgNgJHs5)


第9話「チャシャと証」



 証は施設の外に出て、先ほどのバグの調査班と通話をしに行った。

 チャシャは外の椅子に腰かけ、気がかりなことがある様子で顎に手を当てて考え込む。

「……あの。刑事とICPOの取締官って、どういう組み合わせなんすか」

 正生は疑問に思っていたことをチャシャに投げかけた。

 ICPOにはサイコ関連の事件を担当する、サイコ取締局が設けられている。
 必要に応じて各国の警察にサイコやバグの調査要請をしていた。

 日本ではサイコ取締機関と警視庁が調査を受けているが、特異な事件が起きた場合はICPOの取締官が直接赴くこともある。

 しかしこの二人のように、バディを組んでいることは珍しい。

 組むにしろ、バグと戦う可能性があるためICPOの取締官の相棒はサイコ取締機関に所属する者のはずである。

「本来ならICPOの取締官がバディを組む相手は、ICPO内の取締官じゃないとダメなんだけど、定原君が私の相棒を嘆願してきてね」
「え、あの人がですか?」
「うん。でもこれまでの体制を歪めることになるから、ICPOの上層は反対して彼に無理難題を叩きつけて諦めさせようとしたの。けど定原君、それを全部クリアしちゃってね」

 短期間で一人でバグを五十討伐しろだとか、一介の刑事はおろか並みの取締官でも難しいものを彼はやってのけてしまった。

 何をやらせても完遂して帰ってくるもので、そこまで有力な者とのバディを棄却する理由もなくなっていった。

 結局、ICPOの者たちは証の実力を認めざるを得なかったのである。

「でもあの人、機械嫌いの機械種取締官なんですよね」

 証は機械種を毛嫌いしているようだったが、チャシャは機械種である。

 なぜそんな人物がそこまでして、わざわざ機械種の相棒になったのか正生は納得できずにいた。

「正直なところ、機械種の相棒を大事にする人とは思えないっすよアイツ。さっきも再子のこと無能呼ばわりしたし」

 正生は学校で彼に助けられた時のことを思い返し、眉を寄せる。
 助けてもらった相手ではあるが、幼馴染の再子を見下したことは許せない。

 チャシャはそれを聞いて困ったように眉を下げ、証のいる外へと視線を向ける。

「ごめんね。あの子、不器用な子だから」
「不器用?」
「正確に言うと、定原君は機械種を嫌いなわけではないと思うの。そういう風に言葉を選んで演じてはいるけど、内心はちゃんと機械種を一つの生命体として扱っている。でもだからこそ無理をしたり、平気で死にかけるような機械種が気にくわない……実力不足な機械種が戦闘に出ることを、毛嫌いしているんだよ」

 機械種は機体を破壊されても、バックアップを取っていて核データが無事であれば再び意識を取り戻すことができる。

 だからこそサイコで痛覚を消し人間より無理をして、平気で壊されに行く者が多い。

 先ほど戦った時の再子もそうだったが、機械種は自分が破損することになっても「死ぬ可能性の高い人間を守るためなら、機械の自分が体をもってでも攻撃を防ぐことは『合理的である』という」判断を下す傾向にある。

 それは無意識に算出された、本人にとっての最良の選択だった。

 誰かを守りたいという善性が働いているわけでも、自分たちが盾になるべきだと考える従属性でもない。
 ただただ、効率的かつ合理的な判断を下しているだけなのである。

 しかし誰から指示されたわけでもない、本人の意思と判断でやっていることなら、なおのこと証は気にくわなかった。

 正生は証の考えが分かる気がして、うつむき手を組む。

「アイツ、そんなこと考えてたんですね……けど俺も、盾だとか道具だとか、そういうのは嫌いっすよ。いつかそういう、潜在的な意識そのものがなくなるときが来ないかって思うんすけど」
「……それはきっと、難しいんじゃないかな」
(根本的に、人間種あなたたち機械種わたしたちは違うから。それに、これ以上二種族の境界線を薄めてちゃダメだ。じゃないときっと……)

 チャシャは物憂げに視線を下げた。
 しかし上から影が降ってきてすぐに顔を上げる。
 彼女の前に証が戻ってきていた。

 少し悲しげな表情のチャシャを見て眉を寄せ、正生を睨む。

「なに話してたんだ」
「なんでこっち睨むんだよ。別になんもしてねーって。アンタは性悪なハゲじゃなくてツンデレなハゲってことが分かったって話してただけだ」
「は? ツンデレじゃねーしハゲでもねーよガキ」
「ガキじゃねー舐めんなコラ」
(どっちも子供だなあ……)

 戻ってきてそうそう言い合いを始められチャシャは苦笑いして二人をなだめた。

 しばらくして博文が部屋から出てきて、正生たちに再子の様子を見せる。

 彼女の負傷部は全て完治しており、今は静かに眠っていた。
 正生は安堵の息を吐き、寝台のそばにしゃがんで再子の手を握る。

「時間はかかったが、元の身体に修復できた。脳芯も全て戻っている。ただ明日の朝までは目を覚まさないだろう。術後のエラーが起こるかもしれないから、一旦彼女はここで預かる」
「分かりました。急に押しかけてしまってすみません。ご対応ありがとうございます」
「そこの定原といい、お前はよく変なの拾ってくるからな」

 博文に言われてチャシャは否定できずに苦笑いする。
 証は名前を出されて顔を背けた。

「細川君はどうしますか」
「黒岩のおっさんが良いなら、再子が起きるまでここにいたいんだが」
「別に構わないが、寝るところがないな。悪いがそこのソファーで寝てくれ」

 チャシャと証は帰っていき博文は器具を片付けに部屋を出ていった。

 正生は電子ウインドウを出し、両親に今日は帰らない旨のメールを送る。
 再子のそばに椅子を持ってきて彼女の手を握り、寝ずに再子を見守った。

 しばらくして博文が部屋に戻ってくるが、正生は寝台に突っ伏して寝てしまっていた。

 博文は小さくため息をつき、正生を担いでソファーに寝かせる。
 風邪を引かないようにブランケットを被せて自室に戻っていった。

 翌朝、窓から差し込む太陽の光に充てられて、再子は目を覚ました。
 小さく声をもらし、ゆっくり体を起こす。

「あれ、私……」

 学校でバグと戦った後の記憶がなく、顔を手で覆う。
 知らない場所にいて少し困惑しつつ辺りを見回した。

 すぐそばのソファーで正生が眠っていて不思議そうに首をかしげる。
 前方でドアが開く音がしてそちらへ視線を向ければ、博文が部屋に入ってきた。

「ああ、起きたか」
「あなたは?」
「俺は機工医師の黒岩博文だ。負傷したお前の治療をしていた。腹部の損傷が酷かったが、調子はどうだ」
「え、黒岩さんって……あ、ありがとうございます。特に痛みはないので大丈夫です」
「そうか」

 再子も特務零課にいた頃の博文について話には聞いていたので少し驚いていた。
 彼からここに来た時の一連の状況を聞く。

「あ、あの治療費」
「レイから前払いで受け取ってるから大丈夫だ」
「え、そうなんですか……じゃあそのレイバレンさんに払わないと。連絡先分かりますか」
「分かるが、たぶんアイツ金は受け取らないと思うから礼を言うだけにしておけ。どっにしろ、あの脳芯の数だ。普通の値を付けたらあまり学生が払えるような金額でもない。ここはレイに甘えておけ」
「……分かりました」

 博文は電子ウインドウを開いて再子の通信網に追加する。

 再子は他人に治療費を払わせてしまって申し訳なさそうにしていた。
 彼女の様子に博文は眉を下げて小さくため息をつく。

「レイに何かしてやりたいんだったら、アイツの調査に少し協力してやってくれ」
「調査、ですか?」
「ああ。なんでも最近、特異な性質を持つバグが発生しているらしくてな。アイツはその調査をしているんだが、特務零課の嬢ちゃんたちならある程度の調査協力もできるだろう。アイツが何か困っていたら助けてやってくれ」
「! はいっ」

 博文に言われて再子の表情が明るくなり、笑顔で返答した。

「ああ、それとお前の脳芯のことなんだが」

 彼が何か言おうとしたが、それを遮るようにソファーの方から大きなあくびが聞こえてきた。

 正生は目を覚まして体を起こし、大きく上に伸びをする。
 いくつか骨の鳴る音がして肩を回し、ソファーから降りた。

「再子、起きたのか。体は大丈夫か?」
「あ、うん」

 再子は博文から身体に異常がないか診てもらったあと研究室から出る。
 帰ろうとするが、博文が二人を呼び止めた。

「お嬢ちゃん。アンタの身体を修復治療できる奴は、おそらくほぼいないだろう」
「え……」
「何が原因でそこまで脳芯が増殖しているのかは分からんが、また何かあったら他の機工医療所じゃなくここに来い。費用の面は気にするな。俺が生きているうちは、俺が嬢ちゃんの治療をしてやる」

 再子は驚いて目を見開いた。

 機工医師は普通、富豪や要人以外の専属医師になることはない。
 特務零課で武力をもって名を馳せていた彼なら、なおさら一介の学生の専属医になるなど有り得ないことだった。

「分かりました。これから、よろしくお願いします」

 再子も、普通の機工医師では自分の治療ができないことを何となく察していた。
 博文の申し出を承諾し、礼をいってその場を後にした。

 直接学校に向かいながら、正生は昨日のバグのことを思い返す。

「今回は無事にお前を治せたが……あのバグがまた来たら、次は二人とも死ぬ可能性もあるな」
「あのバグ、SAシステムを使ってたね」

 昨日のバグの問題点は、そこだった。

 SAシステムの能力を使えるバグなど、今まで一体もいなかった。

 バグの原型が人間であるからには、その体を浸食したバグがSAシステムを使えることもあり得るのかもしれない。
 しかしSAシステムはシステムのIDを持つ者にしか使えない。

 IDを持つのは機関の取締官と機関に認められた数名だけである。

「取締官の誰かが、バグになったのかな」
「……いや、それはない。取締官の名簿は変わっていないからな」

 正生は電子ウインドウを出して機関の業務サイトに飛び、機関に所属する取締官の名簿データを開いた。

 このデータはリアルタイムで記録されており、誰かが死亡すれば即座に名前が赤字になり死亡リストに移動するようになっている。

 昨日のバグが取締官なら殺してしまったので人数が減っているはずだが、名簿データは数日前から変動がない。

「バグの進化って可能性もあるが、問題はそれだけじゃない。あの時、俺のSAシステムがサイバー攻撃を受けて動かなくなった」
「! それって」
「誰かが俺のシステムに干渉してきた。あの状況で妨害をするってことは、俺たちを始末したい連中がいるってことになるが」

 突然二人の手元に電子ウインドウが出て業務通知が流れてきた。

 二人とも立ち止まり通知内容を確認する。
 てっきり二人とも昨日の件かと思っていたのだが書かれていたのは、特務零課に配属される者との顔合わせをするので機関本庁に来るようにとの旨だった。

 指定された場所は会議室ではなく、境崎が普段使う部屋である。

(なんで俺たちだけ)

 新しい取締官が来て顔合わせするときは、通常なら全員に業務通知が送られる。
 しかし今回、宛先欄に入っていたのは正生と再子の名前だけだった。
 しかも会議室ではなく境崎の部屋となると、おそらく公務として話をする類のものではない。

 正生は少し嫌そうな顔をして通知を消し、再子と共に機関本庁舎へ向かった。

Re: $!K0 サイコ ーSの数ヶ月ー ( No.10 )
日時: 2024/08/30 02:47
名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: flo5Q4NM)

こんにちは。
良かったのでコメントさせていただきます。

すっご面白いです、マジで。
緻密に組んだ設定と世界観は言わずもがな、それは一気に出しちゃうと読み手も胸焼けしちゃうから。どうやったら読み手に最適に刺さるかな?を意識したテンポ感こそ非凡だと思います。
本当はオタク語りしたい箇所は無数にあるのですが、いっちゃん伝えたい所があるので、そっちを優先します。
非常にクールで、かつワクワクします。ファンになりました。

今のところ推しは(正生君か黒岩さんかでも悩んだんですが)まず定原さんですかね。なんとなく「これから俺は好きになっていくんだろうな、この人を」って気配がめっちゃしています。

応援しています。すごく面白いです。わたしに刺さりました。
この物語を最後まで読みたいのでコメントさせていただきました。
また折を見てコメントを投げられたらと思います。


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