コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- はじまりの物語 完結
- 日時: 2022/04/02 17:22
- 名前: 詩織 (ID: .DYzCgCx)
・〜・〜・〜・〜・〜・
赤い髪の少女は、不敵に笑った。
その瞳に諦めの色はない。
浮かぶのは、『希望』。きっと・・・彼も同じ瞳をしているはず。
今は顔の見えない少年を想った。
合わせた背中に感じる熱は‘信頼’と‘安心’を与えてくれる。
ぬくもりが伝わる。
君が、そこに居てくれる。
お互いそれだけで、強くなれる気がした。
『いくよ、シルファ?』
『了解、ラヴィン。』
囁くように交わされた会話を合図に、2人は地を蹴り飛び出した。
−−− 前だけを見つめて。
・〜・〜・〜・〜・〜・
はじめまして☆
小説を書くのは初挑戦(^^)
初心者なりに、まずは一話書ききること!・・を目標に頑張ります。
よろしければ、ぜひお付き合いくださいませ。
初めてで読みにくかったりするかもですが、
もし感想など頂けましたら、とってもうれしいです。
追加・・コメントいただいている作者さんのご紹介欄☆
☆せいやさん
言葉や文章がとても綺麗です。
表現が上手で、情景が浮かぶところが私は好きです。
☆ビタミンB2さん 「翼と自転車」
コメディ・ライトに書かれてます。軽快で、テンポが良くて、とっても読みやすいです。思わず笑っちゃうシーン多数。
☆あんずさん 「白銀の小鳥 From of the love」
素敵な短編集です。
優しく、でもその中にある強さが心に残る、暖かい文章です。
楽しい話から切ない話まで、表現が豊かで、そのメッセージにはいつも心を動かされます。
☆えみりあさん 複雑・ファジー「イノチノツバサ」
すごくかっこいい!丁寧な設定と文章で、感情移入して読んでしまいます。
☆星飯緋奈さん コメ・ライ「陰陽師ー紫鶴」
まず設定がすごい。私は設定だけでもかなりワクワクでした。
歴史もので、平安時代の雰囲気がびっくりするほど上手です。
☆てるてる522さん コメディ・ライト
たくさん執筆してらして、更新も早いので、すごいなぁと思ってます。
「〜Dolce〜Tarantella」は、読みやすく、可愛いお話です。
☆湯桁のろまさん コメディ・ライト
どれも空気感とか季節感とか、描写がすごく丁寧で素敵です。
私はストーリーも気になりますが、その文章を読むだけでも味があってとても楽しいです。
☆風花 彩花さん コメディ・ライト
とっても可愛らしいお話です。たくさん仲間がでてきて楽しそう。どうなっていくのかドキドキです。
☆いろはうたさん
とにかく文章力がすごいです。和も洋も、物語が本格的で惹きつけられます。表情や景色や温度が感じられる描写はさすがだなぁと思います。
☆ゴマ猫さん
短編も長編も素敵です。『雨と野良猫』はキャラクター達の会話の面白さもストーリーが読みやすいところも読んでいて楽しいです。
《 はじまりの物語 》
登場人物
ラヴィン・ドール・・ラズベリー色の赤毛の少女。好奇心旺盛な16歳。考えるより行動派。明るく素直、割と単純。今回の主人公。
シルファ・ライドネル・・銀色の髪の少年。魔法使いの名門ライドネル家の末弟、17歳。魔法の修行中。悩めるお年頃。
ジェイド・ドール・・ラヴィンの叔父。王都に店をもつ貿易商で、昔は兄であるラヴィンの父と世界中旅した冒険家。姪っ子ラブ。
アレン・・ジェイドの相棒。灰色の髪と瞳。性格、生い立ちは正反対だがジェイドのよき親友。
ラパス・・金髪、碧眼。体育会系の青年。元・王宮騎士団。ジェイドに憧れ護衛の仕事に転身。
ジェン・・漆黒の髪の青年。お兄さんというか「お母さん」。
研究には寝食忘れるタイプだが、それ以外は割とのんびり。
マリー・・見た目は10歳?くらいの少女。綺麗な水色の髪。ジェンの妹ということになっているが、本当は・・?
《 目次 》
序章 とおく聴こえるはじまりのおと >>000
第一章 赤毛の少女、王都へ行く >>001-002
第二章 ジェイド・ドールと噂の古城 >>003-007
第三章 シルファ・ライドネル、いつもの朝 >>008 >>013
第四章 出会いは冬の空の下 >>016-019 >>021-022
第五章 友達 >>024-025 >>027-028 >>030-031
第六章 動き出す歯車 〜ジェンとマリーの研究室〜>>033-035
動き出す歯車 〜ライドネル邸〜 >>036-037
第7章 石碑の謎解き 〜読めない魔法文字〜 >>039 >>040 >>041 >>042 >>045
第8章 夢 >>046-048
夢〜冬の終わり、帰り道。〜 >>049-050
第9章 真夜中の訪問者 >>051-055
第10章 旅支度 >>059-061 >>062-064
第11章 女神の守る村 〜エイベリーの石碑〜 >>065-067 >>068-069 >>070-071
第12章 『魔女の棲む山』〜入口、発見!〜>>074 〜森の中の急襲〜 >>075 >>076
〜女神エルスの子守唄〜 >>077 >>080 >>081 〜密会〜 >>082
目次Ⅱ >>141
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
序章 とおく聴こえるはじまりのおと
優しい風に、彼女の赤い髪が踊る。
季節は冬も終わりに近づく頃。
凍てつく寒さがほんの少しだけ緩み、窓から差し込む日差しは、微かに柔らかさを増した。
まだまだ春は遠かったが、町には厳しい冬からゆっくりと、季節の移り変わりを予感させる風が吹いている。
雲ひとつないその日は、青い空がどこまでも高かった。
太陽の光が、その透けるような赤い髪の上に降り注ぐ。
肩まである美しい赤毛をひとつに括り、旅支度を終えた彼女は家の前に立っていた。
「じゃあ皆・・、いってくるね。」
見送る人々を振り返る。
家族、友人・・とりわけ心配そうな顔でこちらを見つめている親友に、彼女は言った。
「だーいじょうぶだって、フリア。向こうにいけば、ジェイドおじさんの仕事仲間のひとたちがいるし、店の支店だってたくさんあるんだしさ。おじさんを見つけて、事情を確認したらすぐに戻ってくるから。」
親友には安心して待っていてほしいから、笑顔で語りかける。
「ほんとに?ほんとにすぐ帰ってくるのよ。無茶しちゃダメよ。」
フリアと呼ばれた少女は、腰まである薄茶色の髪を揺らし、赤毛の少女の右手をぎゅっと握る。紫色の瞳が、目の前の親友を映す。
「ラヴィン・・」
そっとつぶやく。
ラヴィンと呼ばれた彼女・・赤い髪の少女、ラヴィン・ドールは、そんな親友・フリアを愛しげに見つめた。
「ほんとだって。うん、無茶なことなんてしないよ。
そんな大げさなモンじゃないってー。ちょっとしたおつかいなんだからさ。すぐ帰ってくるよ。」
空いたほうの左手をひらひらと振り、へらっと笑った。
「そしたらさ、またいつもの丘でお茶しよう。向こうの街にはめずらしいお菓子があるよ。おみやげいっぱい買ってくるからさ。・・そのころには、ユリアンの花もきっと綺麗だよ。」
にかっと歯を見せて笑う。
ユリアンは、この地方の春に咲く美しい紫色の花で、二人がよく過ごす丘には毎年春になると満開に咲くのだ。
「だから、安心して待ってて。フリアとお茶するの、楽しみにしてるから、私。」
フリアの手を両手でそっと握り返しながら、ラヴィンは優しく言った。
そして手を離すと、よっこらしょ、と荷物を肩にかける。
「じゃあね・・。いってくる!」
気をつけていけよー、連絡よこすんだよ、早く戻ってこいよ、
皆の声を後ろに
軽く手を振りながら、彼女は歩きだした。
彼女は、彼女の目的のために旅立った。
まだ少し肌寒く、春が待ち遠しい季節の、ある晴れた朝のことだった。
これから起こることも、出会う人も・・・
少女はまだ何も知らない。
でも、今は、足取り軽く踏み出した一歩。
・・それは、とおく聴こえるはじまりのおと。
微かなそれに、少年はまだ気付かない。
ため息をつき、空を見上げる。
そんな彼の髪を風が揺らす。
風に運ばれ、出会うは人と人のものがたり。
冬の最中の春のように、未だ見ぬそれは何も見えず、何も聴こえず。
・・・けれど、確かにはじまっている。
とおい町の、小さな小さな はじまりの音・・
少年に届くのはもう少し先・・
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- 最終章 おわりとはじまりの物語 〜光の歌〜 ( No.215 )
- 日時: 2018/08/04 12:39
- 名前: 詩織 (ID: RSw5RuTO)
最終章 おわりとはじまりの物語
〜 光の歌 〜
ルル湖の周りに駆け付けたラヴィンとシルファも、満身創痍のライドネル家やウォルズ商会の面々も。
遠く離れた場所に避難した村人たちや、この地を去ろうと足を進めるクロドたちでさえ、みな空を見上げたまま息をのんだ。
湖のちょうど真ん中、灰色の雲に覆われた昏い空と湖面の間に浮かぶ光。
その中心にあるのは、——光の粒子をまとい揺らめくリーメイルの姿だった。
「……歌、が」
誰かが呟く。
聖女の姿から目が離せないままの彼らの耳に、女性の歌声が聴こえる。
空から降るような歌声は限りなく透明で、何にも遮られることなく聞く者の心に入り込む。
「リーメイルが歌ってるんだ……」
ラヴィンの口から、かすれた声が漏れた。
リーメイルは、閉じていた瞼をゆっくりと上げる。
魔力のうねりと風の悲鳴が渦をまいている。
重い空気に逆らうように、両手を空へと差し出した。
全身から声を響かせ歌う。女神の歌、言祝ぎの歌を。
歌う彼女の眼前で、空気が陽炎のように歪んだ。
リーメイルは歌い続ける。
そして陽炎はゆっくりと変化し、次第に人の形を作っていった。
(ああ)
リーメイルが小さく微笑みを浮かべる。
(久しぶりね。——リアン)
名前を呼ばれた人影は……リアン・クロウド・ファリスの姿をしていた。
黙ったまま、唇を噛みしめているかつての幼馴染を、リーメイルは優しいまなざしで見つめた。
分かってしまったから。ひとつの魔力になって、長い間眠っていたから。
彼の、『ほんとうの』気持ち、が。
(大丈夫よ、リアン)
怖がらないで。大丈夫。
もうすべて、終わったのだから。
”リーメイル”
リアンの形をした陽炎の、口元が動いた。
オリーブ色の瞳を、紅い瞳が見つめ返す。
どこまでも強く優しい紅色に、リアンの表情が歪んだ。
”僕は間違えたのだろうか?”
「何が間違いで何が正しいのかなんて、私たちには分からないわ。今更それを裁くことにも意味はない」
魂が会話する間も、リーメイルの歌声が止むことはない。
”力を手に入れたら、楽になれると思ったのに”
いつも苦しかった。悲しかった。——愛してくれた母を亡くしてから。
厳しい父。孤独。
きっと助けてくれると信じた女神は母を助けてはくれなかった。
信じた分だけ、襲う絶望。
何も信じられなくなった。
大切な友人だと思っていた相手さえ、嘘つきだった。彼らの女神は自分を見捨てた。
全部壊してしまえば、つきまとう苦しみが恨みが憎しみが消えると思った。
それなのに。
”消えないんだ、ずっと”
痛みは痛みのままで、苦しみは苦しみのままだった。
”全部壊して消してしまえば、居もしない女神なんかより強い力を手に入れられれば、この感覚も消えるのだと思っていたのに”
悲しみ、怒り、憎しみ、狂気。
「リアン、あなたは……本当は何が欲しかったの」
沈黙ののち。
視線を落としたリアンは微かに呟く。
”……よく分からない。ただ……幸せになりたかった。笑いたかった。笑いかけて欲しかった。誰かに助けて欲しかった。
——愛されたかった。”
でも、どうしたら救われるのか、いくら考えても分からなかった。
リーメイルはリアンに近づくと、その魂をそっと抱きしめる。
「ねぇリアン。何が正しかったのか、間違えたのか、私たちには分からない。でももう十分よ。あなたも、皆も、たくさん傷ついて苦しんできた。闇の中で、もがいて、苦しんで、それでも最期まで懸命に生きた」
リアンの頬を両手で包んで、柔らかく微笑む。
「あなたはちゃんと、最期まで生きたのよ、リアン。そして、ちゃんと愛されていたし、今も愛されているわ。ここから解放されて、還りましょう—— 一緒に」
ゆるゆると、リアンの瞼が上がる。
そのオリーブ色の瞳に、愛と光を称えた笑顔が、幼かった彼が愛した少女の花の咲くような笑顔が映っている。
「また、みんなで一緒に笑いましょうよ」
あの頃いつも自分に向けられていた、掛け値なしの笑顔。
ああ、なんだ。
こんなところにあったのか。
リアンの強ばった心から力が抜けていく。
頑なで強固な結び目が、溶けるようにほどけていく。
失くしたと思っていた。僕が笑える場所も、愛する場所も、ずっとここにあったのか。
”まだ、大丈夫かな”
リーメイルの頬を両手で包かえしながら、リアンはその瞳を覗き込む。
久しぶりに見る、穏やかな表情の自分がいた。
”僕も、一緒にいけるのかな”
”当たり前じゃない。ずっと一緒よ、私たち”
ふふ、と楽し気な声でささやくリーメイルに、全身が愛しさでいっぱいになる。
リアンは、幸福だった。
”いろいろと済まなかった、リーメイル。……ありがとう”
リアンの姿が、淡い光に包まれる。
「すべて終わったら、私もすぐにいくから」
晴れやかな笑顔を浮かべ、解放されたリアンは風に溶けた。
- はじまりの物語 ( No.216 )
- 日時: 2019/04/30 21:01
- 名前: 詩織 (ID: 7JU8JzHD)
風が吹き上げる。
渦巻く空に吸い上げられるような流れのなか、
目の前の光景に、ユサファは目を見開く。
思わず呼吸を忘れた。
向こうが透けて見えるほど薄い光の粒子。
それでも見間違いようのないその顔立ち、瞳、舞い上がるのは銀色の——。
「……あなた、は……」
波打つ野原の中で、柔らかな笑みを湛えてこちらを見ている『彼』を、ユサファはじっと見つめた。
「ああ」
間違いない。
姿など知らないはずなのに、本能が告げる。
祖父が、自分たち兄弟が、ずっとずっと待ち焦がれた瞬間だ。
気付けば一筋、温かいものが頬を伝っていた。
「やっとお会いできましたね」
背中から静かに声がかけられた。リュイだ。長男として、次期当主として、唯一ユサファの胸中を知っていた息子である。
「ああ」
振り返らずにユサファは呟いた。自分でも驚くほど、穏やかな声がでた。
あんな手を使ってでも望みを叶えようとした父親を責めるでもなく、自分に寄り添おうとしてくれる息子に、ユサファは感謝した。
幻想の風に銀髪をなびかせながら佇んでいた『彼』の顔が、くしゃ、と笑み崩れた。
兄のもとへ行かせてくれて。
一族を守ってくれて。
ここまで、逢いに来てくれて。
『ありがとう』
音にはならない声なき声はその場にいたライドネル家の者すべてに届き、隠されていたすべてを伝えた。
(やっと、終わったな)
はるか遠くから運んできた大きな荷物を届けるべき場所に納められたというような、寂寥感とも達成感ともひとことでは言い表せない感情とともにユサファは空を見上げていた。
「ジェン、これって……」
湖のほとりまでやって来ていたマリーは息を飲み、繋いだジェンの手を強く握る。
「あの赤い花……?」
リーメイルの歌声に合わせて、ルル湖の周りの野には赤い花の幻想が浮かび上がっていた。
咲き誇る赤い花弁が、現実の風に合わせてさわさわと揺れる。
リーメイルが好きだったあの、赤。
一面を美しく彩っている。まるで、祝福するかのように。
歌声が一層高くなった。
- はじまりの物語 最終章 おわりとはじまりの物語 ( No.217 )
- 日時: 2019/06/20 15:01
- 名前: 詩織 (ID: sNU/fhM0)
ごうと空が唸り、重く立ちこめた雲が中心から渦巻くようにうねる。
リーメイルから光がほとばしる。
うねりは大きくなり、雲の隙間から幾筋もの光のはしごが降りてくる。
次の瞬間。
光は輝きをいっそう強め視界を埋め尽くし、ラヴィンは思わず腕で目をかばった。
「シルファ?!」
隣に立っていたシルファが突然座りこんだため、ラヴィンは慌ててそばにしゃがむと、光をよけながらその顔をのぞき込んむ。
「大丈夫シルファ! どうしたの?」
「・・・・・・魔力の圧、が」
「え?」
消えた。
かすれたようなつぶやきと同時に、あれほど強く世界を支配していた光が視界から消え去った。反射した夏の日差しのように、煌めいて飛散した。
何が起こったかわからず困惑するラヴィンの背後、バタバタと音がして振り返れば、あちこちで同じように膝をつく魔法使いたちの姿があった。皆一様に呆けた様子で今までリーメイルがいた場所ーー雲は消え去り、高く抜けるように広がる青空ーーを見上げている。
嘘のような静けさが漂う中、ラヴィンはハッとして声を上げた。
「圧が消えたって・・・・・・魔法が解けたってこと? え、じゃあリーメイルは? トーヤは? どうなったの」
魔法使いたちは一様に動けないまま、茫洋とした表情で空を見つめるだけ。
答えはない。
まさか。
「このままお別れってこと・・・・・・?」
トーヤは、ちゃんとリーメイルに会えたのだろうか。
魔法は解けたというけれど、リーメイルは解放されたのだろうか?
自分には何もわからないままなのに。
『大丈夫だ、ラヴィン』
風に乗って、低く落ち着いた声が届いた。
「トーヤ!」
かすかなその声は、確かに彼のものだった。
必死にあたりを見回すラヴィンの服の裾をシルファが引いた。
「ラヴィン、こっち」
ラヴィンがシルファの視線をたどるとそこには、向こうの景色が透けて見えるほどうっすらとした人影がふたつある。
「トーヤ」
安堵の声をもらすラヴィンの呼びかけに、
トーヤは微笑みを浮かべる。彼の隣には、寄り添うように立つ女性がいた。地下の隠れ家で見た肖像画を思い出す。聖女、リーメイル。その表情は穏やかで満ち足りていて、紅い瞳は清々しい輝きを放っていた。
描かれた姿よりずっときれいで、ずっとずっと、幸せそうに微笑んでいる。
『ありがとう』
トーヤが言う。声と言うよりも、音だ。耳からではなく身体全体に直接響いてくるから、言葉を超えた彼の感情そのものが伝わってきて共鳴する。
『すべて終わった。歪んだ魔法の力は、すべて世界に還った。お前たちのおかげだ』
常に滲んでいた憂いは消え去り、晴れ晴れとした面持ちだった。
その腕はしっかりと、リーメイルを抱きしめている。
「良かったね、彼女と再会できて」
世界ももちろん大切だけれど、今目の前の二人から溢れる幸福感がラヴィンは何よりも嬉しい。
照れくさそうに、けれど素直にうなずくトーヤに、リーメイルがクスリと笑った。
『良かったねトーヤ。会いたかったでしょう? 私に』
トーヤは顔をしかめてみせようとしたが、結局、仕方ないなというように笑った。
長い長い別離を経ても、二人の間は変わらない。
リーメイルが声を上げて笑う。
空気がぱあっと華やぐ。
(わあ、このひと、すごく可愛い)
綺麗で強くて、確かに女神みたいにもみえる人だけれど、くすぐったそうな顔でころころと笑う姿は間違いなく人間で、自分たちと変わらない一人の女性だ。
何も変わらない、一人の優しい女の子なんだ。
ラヴィンはゆっくり立ち上がると、まぶしげに目を細めて二人を見上げているシルファに手を差し出した。シルファも同じような気持ちでいるような気がする。伸ばしたてのひらを、シルファの大きくて見た目よりもがっしりとした手がつかんだ。
つないだ手は暖かかった。
『あなたが、魔法の力を分けてくれたのね』
つ、と動いたリーメイルの視線の先、同じように手を携えたマリーとジェンが近づいてきた
ゆっくりと歩み出て神妙な顔
で自分を見上げるマリーに、リーメイルはふわりとしゃがみ込むと、まだあどけない水色の瞳に目線を合わせる。
『はじめまして。あなたはラト族の子よね』
「知ってるの?」
『ええ』
うなずいて、そっとマリーの頭をなでる。優しい手つきだ。経験はないけれど、母から受ける愛情というのはこん
な感じなのだろうか。心地よい。
言葉はないけれど、リーメイルはすべてを知ってくれているんだとマリーには分かった。
唇をきゅっと結ぶ。
これまでの人生を、生き方を、ねぎらい認めてもらえた気がして、どうしてか泣きたい気持ちが生まれた。
リーメイルは微笑んでいる。
彼女の纏う空気は安らかで、例えるなら癒やしとか浄化とか、そんな風に強ばった心を溶かしてくれる。そう、優しい春の日差しのようだ。
『その姿と力のせいで悲しい思いをたくさんしてきたのでしょう』
「うん」
マリーは正直に答えた。
『私はあなたの力に救われたわ。トーヤも、この地自体もね。大きすぎる力
は諸刃の剣だから、今まであなた自身もたくさん傷ついてきたでしょう。でも私には分かるの。あなたなら必ず、その力を自分のものにすることができる。ちゃんと、力をあなたの味方につけることができる。だから、お願い。どんなときも、あなたはあなたを大切にして。自分を価値のないものだとみて諦めてしまわないで。あなたは幸せになれる。絶対よ。だから、あなたとして生まれてきたあなたを嫌ったりしないでほしいの』
黙って聞いているマリーに、リーメイルがにっこりと微笑みかける。
『あなたが幸せでいることが、あなたの大切な人の幸せにつながるわ』
優しい手が肩に置かれ顔をあげると、いつも彼女を見守ってくれる彼の瞳がマリーを見下ろしていた。愛情深い、大好きな人。
「・・・・・・ジェン」
視線を合わせて小さくうなずくと、マリーはリーメイルを見た。
「分かったわ。約束する。私、ちゃんと自分を大事にするわ。まわりのみんなのことも幸せにするわ」
静かな決意を湛える少女に、過ぎ去った世界の巫女と戦士は慈しむような眼差しを向けた。
「わっ! え、ちょ、ラヴィン?」
後ろから思い切り抱きしめられて戸惑うマリーの耳元で、彼女の頭に額をつけたラヴィンはそっと告げた。大好きよ、と。
そんな少女たちの光景を、まわり
の人間たちも眩しげに眺めていた。
『さあ、お別れの時間だ』
トーヤの声と同時に、彼らの姿から急速に色が失われていく。瞬きをするような間に、ぼんやりとした光に包まれ、そのまま巻き上がる風にさらわれていく。
『ありがとう! ほんとうに』
『ありがとう』
出会えて、よかった。
二人の声が高らかに響き光が一瞬強くなる。
そうして__。
光は中心から外側へと散っていき、水に溶けるように消えていく。光も二人の笑みも空気に溶ける。
「花が!」
髪を煽られながら、マリーが叫んだ。幻想と現実、混ざり合う赤い花びらは風に舞い上がり、空に吸い込まれていく。
永遠のような、一瞬の幻のような。煌めく光と風、空。
いつしか風は止み、皆が顔をあげるとそこには、一点の陰りもない青空だけがどこまでも穏やかに広がっていた。
- はじまりの物語 最終章 おわりとはじまりの物語 ( No.218 )
- 日時: 2020/01/05 16:14
- 名前: 詩織 (ID: pUqzJmkp)
最終話 おわりとはじまりの物語
「おめでとうございます」
自室から出たところで、廊下の向こう側からやってくる兄に気づいたシルファは歩み寄って声をかけた。それに気づき、リュイも足を止める。
明るい午前の日差しは窓のかたちに足下を照らしている。
「王宮付き魔法使いに就任の儀、無事終
わったそうですね。よかった」
「当たり前だ。お前、まさか俺がなにか失敗するとでも思ってたのか?」
廊下の真ん中でにこにこと屈託のない笑顔を浮かべる弟に、リュイはふんと鼻を鳴らす。
「お前こそ、どうしたんだこんなところで。戻るのは来週じゃなかったのか、そうか、さっそくクビにな
ったか」
「違いますっ! 天候が良かったので予定より早く帰ってこられたんですよ、もう」
これでもなかなかいい働きっぷりだって褒められたんですから。
そう言い返すシルファを眺め、リュイは微かに目を細めた。まぶしげに。
あの事件から三ヶ月。
季節はすっかり夏になっていた。
開け放たれた窓からは、風に乗って鳥のさえずりが聞こえる。
カーテンが揺れ、庭の緑が陽を反射してきらきらと眩しい。
「次の行き先はルーガの街だそうだな」
「姉上から聞いたんですか?」
「近いんだろ、ベルリル」
「ええ」
「あの娘にもよろしく伝えておいてくれ」
「はい」
「せいぜい格好つけていくことだな。忘れられてないよう祈っててやる」
相変わらず意地の悪い笑みを浮かべてみせる兄に、シルファは苦笑する。
「一言余計ですよ、兄上」
今までさんざん繰り返されてきたやりとり。2人の関係にはなんら変わりはないのに、どこか大人びて見える弟の表情を、リュイは不思議な気持ちで眺めていた。
事件後、父ユサファは第一線を退き、王宮付き魔法使いという皆が羨む立場も自ら辞した。
表沙汰にはなっていない出来事だったが、父なりのけじめだったのだろう。
リュイはユサファの跡を引き継ぐことになった。
シルファはライドネル家を出て行った。
ジェイドの計らいで、しばしの間、ウォルズ商会を手伝うことになったのだ。
『まだ若いんだ。いつか叶える自分の夢のために、ちょっとばかし世界をみてみるのも悪くないぜ』
豪快に笑うジェイドの、シルファを見る目は優しかった。
今までずっとライドネル家の、ユサファの価値観に従って生きてきたシルファ
。
いつでも自分たちを追いかけ、比べ、浮かない顔をしていた末の弟。
どこか自分に自信がなくて、強く意見することもなかった弟。
そんなシルファが変わったのは、あの娘に出会ってからだ。
新しい世界に気付きだした弟へ、新たな経験をするための選択肢をジェイドが与えてくれたことに、
リュイは心から感謝した。
「ーー変わるもんだな」
「え? なにがですか?」
「なんでもない。それより仕事はいいのか?」
「あ! もういかなきゃ、荷物をとりにきただけなんで」
じゃあ戻ります。兄上もがんばってくださいね!
小走りに駆けていく弟の、いつの間にか頼もしくなった背中を
、リュイは感慨深く見送った。
***
爽やかなミントの香りにジェンが視線をあげると、書き物机の上にそっとグラスが置かれるところだった。
「ミント水か?」
「うん。少しレモンも搾ってあるの。さっぱりしておいしいよ」
アレンさんに教えてもらったの。
そう言ってにっこりとマリーは笑う。
2人でグラスの水を飲むと、爽涼感が喉を駆けた。
いつもの日々。
店の方からはお客と談笑する店員たちの声や、商品を運びこむ物音が聞こえる。
今までと変わらない、ここでの生活。
でも、確かに変わったものもある。
これまで心の隅にいつもあった「本当にここに自分がいてもいい
のか」という暗い不安が、「ここで生きていく」という確信に変わったことを、マリーは実感していた。
しあわせになることを諦めないで。
リーメイルの言葉と、私をとりまくみんなのおかげ。
「どうした?」
視線の先には穏やかに笑うジェンの、優しい瞳。
大切にしたい、私の人生。生きていく場所。
「なんでもない! これ飲んだら私、お店の手伝いしてくるね。夜はシルファに勉強みてもらう約束してるし」
「おう、がんばれ。あんま無理すんなよ」
大きなてのひらが頭をなでてくれるから、マリーはとてもしあわせになった。
***
夏の風を受けて、赤い髪が踊る。
ベルリルの丘の上、青々と光る草の絨毯に足を投げ出して、ラヴィンは空を見上げた。
緑と土と夏の太陽の匂いがする風を思い切り吸い込んで目を閉じると、まぶたに透ける光とともに大好きなひとたちの声が聞こえた気がした。
あの寒い朝、ここを発ったときは、まさかあんな冒険をすることにな
るなんてちっとも思っていなかったなぁ。
叔父さんの無事を確認して、何日か泊めてもらってみんなとごはんを食べて。
それからまたこの町に戻ってきて、ここでいつもの春を迎えると思ってたのに。
縁って不思議だ。
帰宅してから何度も思った事実が頭の中を巡る。
運命とか、あるのかどうかなんて分からないけど、でもあの冷たい朝にはラヴィンはシルファの存在を知らず、シルファもラヴィンのことなどこの世界のどこにも認めていなかった。
けれど、2人はこの世界に確かに生きていて。
世界は2人が出逢う未来を知っていたのだろうか。
あのとき、目には見えなくても、すでにはじまっていた2人の出会い。
「出逢えて、良かった」
そんなひとりごとを呟いたラヴィンの耳に、遠くで自分を呼ぶ声がした。
ハッとして跳ね起き振り返る。
呼んでいる母親の隣に、数ヶ月ぶりにみる彼の姿を見つけて心が跳ねる。
ちょっと背が伸びた?
予定よりずいぶん早いけど、そんなことはどうだっていい。
「シルファ!」
笑顔で腕を広げるシルファに、ラヴィンは思いきり飛びついた。
2人の笑い声が、夏の光にはじけて散った。
**
風に運ばれ、出会うは人と人の物語。
彼と彼女の、はじまりの物語。
そしてここから、また、始まる物語。
fin
- はじまりの物語 あとがき ( No.219 )
- 日時: 2020/01/15 19:40
- 名前: 詩織 (ID: rNQHbR8H)
かれこれ5年、ゆっくりゆっくり書いてきたお話が、本日終了いたしました。
5年前、冬から春に移るころ、ふと思い立って衝動的に始めた、初めての小説。
長期間お休みしたり、ぼちぼちマイペースで書いていたものですが、なんとか最終話まで辿り着くことができてほっとしています。
今まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
メッセージくださった方、めちゃくちゃ嬉しかったです。
おかげさまでこんなところまで書くことができました。
チャレンジできたのも続けられたのも、みなさんの存在のおかげです。
感謝(^ ^)
みなさんの毎日が、楽しくて幸せな日々であることを祈って。
ありがとうございました。
追伸 よろしければ感想でもメッセージでも聞かせてもらえると嬉しいです。
ひとことでも結構ですので、ぜひ(^^)
お願いしますm(_ _)m
詩織
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