コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 【完全版】
日時: 2019/02/08 08:35
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 
 --------------------------------------------

 これは

 運命に抗う、義兄妹の戦記
 
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 *不定期更新になりました。


 ■ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



 ■目次

 一気読み >>001-

 プロローグ >>001 
 ・第001次元 >>002
 ・第002次元 >>003
 ・第003次元 >>004 

 【花の降る町】 
  >>005-007

 【海の向こうの王女と執事】
  >>008-009 >>012-025

 ・第023次元 >>026

 【君を待つ木花】
  >>027-046

 ・第044次元 >>047
 ・第045次元 >>048
 ・第046次元 >>049
 ・第047次元 >>050
 ・第048次元 >>051
 ・第049次元 >>052
 ・第050次元 >>055
 ・第051次元 >>056

 【はじまりの雪】
  >>057-


 ■お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13



Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.36 )
日時: 2018/09/10 00:25
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 第033次元 君を待つ木花Ⅹ

 木製の酒器になみなみと注いだ血のような赤紫色を、顎髭を生やした中年の男が一気に煽った。バンッ、と大きな音を立て、カラになった酒器の底で机の上を叩く。顎髭の男は、1人で座るにはやや大きめの腰掛の背もたれに片腕を跨がせた。もう片方の手には紙が握られていて、それを彼はじろじろと舐め回すように睨む。

 「最近、少なくなってきてるような気がするんだァよなァ……。サボってんじゃねェかァ、あいつらァ!」

 ぐしゃりと紙を握り潰した男は、目の前にあるテーブルを荒々しく蹴り飛ばした。カラになった酒器が床の上で跳ね、ごろりと転がる。男は1度舌打ちをしてから、どこへ向けるでもなく大声を出した。

 「おォい! 酒持ってこい! いますぐにだ!!」
 「はいはい」

 青年らしき声が、どこからともなく聞こえてきた。広い室内はあまり統一性のない陶芸品などでごった返ししていて、ほかにも部屋があるらしいが扉ではなく暖簾のれんで隔てられている。ゆえに、酒を注いでいるような物音が暖簾の向こう側からしっかりと聞こえてくる。さらりとそれをのけて、その青年は姿を現した。
 前髪は両端だけがすっと長く伸びていて、額のあたりはとても短い。いくつもの小さな銀の装飾品が耳たぶを噛んでいる。青碧色の髪をしているが、先端はところどころ白く、独特だ。瞳の色も、髪の碧さと同様だった。
 青年はひっくり返ったテーブルを、酒器を持っていない方の手で正位置に戻すと、その上に酒器を置いた。

 「あいよ、ヴィースさん」

 青年はけだるげに声をかけ、そのまま流れるように暖簾の向こう側へと帰っていった。顎鬚の男、ヴィースは返事をせず、酒器の取っ手に左手を伸ばしてその縁に口をつけた。

 「……こりゃァ、村のやつらに、いっぺん灸を据えてやらねェとかァ……?」

 口元から酒器を離した、そのとき。
 ──突然、耳を劈くような低い轟音が響き渡り、左手に持っていた酒器が激しく飛散した。

 「…………あァ?」

 ヴィースの背後。入り口である木製の門が打ち破られ、強風が殴りこんでくる。室内では棚に置いてあった硝子器が落ちて破損し、数多の陶芸品が床の上を転げ回った。ヴィースの黒い巻き毛も煽られ、視界が不確かになる。
 左手が、わずかに痺れ、動かせなかった。

 ヴィースは首だけを回し、振り返る。その途端、彼は瞠目した。
 木の門をぶち破った挙句、当然のように室内へ侵入してきたその犯人は、若草色の髪をした少女だった。
 
 「ヴィースって領主は、どこだあっ!」

 電気が絡まった右腕をまっすぐ突き出しながら、ロクアンズは叫んだ。
 顎鬚の男──ヴィースは鋭く吊り上がった目を、すっと細めた。

 「……あ? オレだよ」

 ロクはヴィースの姿を視認する。茶褐色の肌。深い黒色の髪の毛は天然なのだろうか、ひどくうねっている巻き毛を前髪ごと巻きこんで、乱雑に一つに束ねている。いかにも遊んで暮らしていそうな服装が、ロクの目に障った。黒光りする眼光と睨み合う。

 「村の人たちを苦しめるのはもうやめて!」
 「……。はァ……ここは、幼いガキが来るとこじゃないゼ、嬢ちゃん」
 「聞こえなかったの? あなたが、村の人たちを苦しめてる張本人なんでしょ! ……守り神もウメって子も、みんなみんな傷つけて……村の人たちがどれほど悲しかったか、あなたは考えたことあるの!?」
 「……」
 「食べ物がなくて水も足りなくて、ずっと苦しんでるんだ……! あなたのせいで! ──痛い目見たくなかったら、いますぐ村の人たちに食べ物や水を渡してっ!」

 怒気を孕んだロクの一喝を受け、ヴィースは、ハッと鼻を鳴らした。

 「そいつはギゼンってやつかァ、嬢ちゃん?」
 「……ぎぜん?」
 「"カワイソウだから"……"ほっとくと胸糞悪いから"……そんなクソみたいな理由でここまで来たってんなら、うちに帰ってネンネしな、嬢ちゃん」
 
 苦虫を嚙み潰したような目で、ヴィースがロクを睨みつける。正義感を振りかざすことを悦に感じているのだろうが、所詮は子どもの考える夢希望にすぎない。怯んで逃げ帰る様子を想像しながら、ヴィースは薄く笑った。
 しかし。
 ロクはただ一言、小さくも力強い声で、「ちがう」と返した。

 「あたしは、目の前で苦しんでる人を、ぜったいに放っておかない」

 ──視界に、一瞬、淡い雪が舞った。ロクは知っている。あてのない、凍えた世界に、手を差し伸べてくれることの奇跡を。その温度がどれほどあたたかかったのかも。

 「だからぜったい、助けてみせる! あたしはそのために──あなたを殴り飛ばしにきたんだッ!」

 ロクはぐっと右の拳を引く。彼女の全身を覆うように、拳から電熱が奔った。
 そのとき。

 「……っ!?」

 "太い縄"が、ロクに向かって一直線に伸びてきたかと思うと、その右腕に素早く巻きついた。
 無理やりにでも動かそうとするが、右腕はびくともしない。ロクは表情を歪める。
 
 「な、にこれ……!」
 「おーっと。雷を使うなんて、おっかないお嬢さんだなー。それにかわいい顔が台無しだ」
 「……あなたは」
 「リリエン・テール。あんたとおなじ、次元師だよ」

 青碧色の髪の青年、リリエンは悠然と告げた。驚くロクをよそに、彼女の腕から伸びる縄のもとをぐっと引っ張る。

 「痛い目、見たくなかったら、とか言ってたな?」

 リリエンの口角が吊り上がった、
 次の瞬間。

 「次元の扉、発動」

 少女、のようで冷然とした声が聞こえて、刹那。ロクとリリエンとを繋ぐ縄が鮮やかに断ち斬られた。

 「──『双斬そうざん』」

 両手に"双剣"を携えたレトヴェールが、颯爽とロクとリリエンとの間に滑りこんだ。

 「レト!」
 「なんだなんだ? こちらさんはずいぶんと、キレイなお嬢さんだな?」
 「俺、男だけど」
 「……マジかよ」

 ロクとレト、そしてリリエンは対峙する。ロクはふたたび右腕に雷を纏った。

 「あなたに用はない! こっちは2で、そっちは1。……おとなしく降参したほうが、いいと思うけど?」
 「へぇ。そーかい」

 リリエンは、床の上で無残に寝ている縄を拾い上げた。それを腕にくるくると引っかけると、腕を持ちあげ、両手で耳を塞いだ。
 2人がそれを訝しむ間もなく、

 「──なら、2対2ならどーだ?」

 空間を叩き割らんばかりの、刃物を思わせる鋭利な"音"が突如、2人の鼓膜に突き刺さった。

 「うわああッ!」

 激しく空気が波立つと、突風が巻き起こった。2人の身体はしなやかに後方へ弾け跳ぶ。強制的に室内から外へと追い出された2人は、勢いよく地面の上を転がっていく。
 カツン、と音がする。ロクとレトはふいに視線を上げた。
 黒いもやのような人影が、立ちこめる土埃の中から、その姿を露にした。

 「ウソは嫌いよぉ、リリエン。アタシちゃん、かわいくない子は専門外なんだけどな~ぁ?」

 耳に障るような高い声。クスッ、と乾いた笑みがこぼれる。
 わざとらしく小首を傾げると同時に、その女の、青碧色の短い髪が揺れた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.37 )
日時: 2018/09/17 00:24
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 第034次元 君を待つ木花ⅩⅠ

 ロクアンズとレトヴェールの前に現れた女は、リリエンとおなじ青碧の髪色をしていた。ところどころ白くなっている髪の先端が、わずかに肩にかかっている。頭に響くような甘ったるい声色をしているが、顔つきや体格は大人びている。そのギャップが、余計にロクとレトの2人の思考を混乱させた。
 リリエンとおなじ顔のつくりをしたその女は、フッと厭らしく口角を上げた。

 「お、おんなじ顔っ!?」
 「双子なんだろ。それにさっきの、変な音もおそらく、次元の力だ」

 女の背後から、リリエンがだらだらと歩いてやってくる。2人が並ぶとまるで鏡のようだった。しかしどちらも虚像ではなく、極めて似たような雰囲気を身に纏いながら話し始める。

 「リリアン、あんま虐めてやんなよ。特に女の子のほうは」
 「やっだぁ~リリエン、あーんな子が好みなのぉ? 顔に傷もあるしぃ、ブスじゃないのよぉ~。むしろあっちの金髪の子のほうがカワイっ」
 「ばぁか。女の子は、女の子ってだけでかわいいの」
 「なにそれぇ! それってつまりぃ、女の子ならだれでもイイってことじゃなぁいっ」
 「そうともゆ~」

 けたけたと笑い声が重なる。と、リリエンとリリアンの間を割くように、並んだ足元に鋭い電撃が落ちた。

 「おわっ!」
 「ちょっとぉ! なにすんのよっ!」

 まっすぐ右手を伸ばしたロクは、その額にぴきっと青筋を浮かばせた。

 「あなたたちに用はないってば! そこをどいて!」
 「なぁにぃ? もしかしてぇ、ブスってゆわれたこと気にしちゃってるのぉ? やっだーぁっ! どうせ直せないんだからぁ、気にしなくてもいいのにぃ」 
 「う、うぅ~! よくわかんないけどムカつく!」
 「カワイくないから、ムカつくんでしょっ?」

 言いながら、リリアンは薄肌色の"長笛"の吹口をそっと厚い唇に添えた。笛尾には真っ赤な紐がくくりつけられており、長いそれは地面に向かってまっすぐ垂れている。

 「五元解錠、"思穿しせん"!」

 リリアンは叫び、吹口を食んだ。彼女の持つ長笛の穴から金切り声のような鋭い旋律が放たれる。
 咄嗟に、ロクとレトは両手で耳を塞いだ。

 「う──ッ! な、にこ……れ!」

 頭蓋の内側に、ガンガンと響くような不協和音。一瞬にして思考のすべてが奪われ、代わりに酷い痛覚が単身殴りこんでくる。長笛から発せられている音のせいだということは理解していたが、その音から逃れようと強く耳を塞いでも、まるで効果がなかった。
 激しい痛みに全神経を持っていかれた2人は、その場で岩のように動かなくなった。

 「キャッハハハ! おもしろぉーい! ぜぇんぜん動かなくなっちゃったぁっ。思穿は、アタシちゃんの次元の力、『爛笛らんてき』の技のヒトツ。強烈な音波で、相手の脳ミソをトコトン痛めつけちゃう、つっよぉい次元技な・のっ。キャッハハぁ!」

 リリアンの高笑いが、余計にロクとレトの耳に障った。この思穿しせんという次元技は、リリアンの手によって音の方向や範囲をある程度調整できる。その範囲内にいる人間すべてが対象となり、また広範囲での襲撃を可能とするため非常に性能が高い。いくら耳を塞いでも効果が薄まらないのは、そもそもこの次元技が鼓膜ではなく脳を標的としているという事実に起因する。
 そのため、依然として痛みは弱まらず、一定の攻撃力を保ちながらロクとレトの脳に襲いかかっている。2人は意識が飛びそうになるのを堪えるのに必死だった。
 だがレトは、それに抵抗するように視界にうっすらとだけリリアンの姿を取り入れ、決死の思いで喉を開いた。

 「ロク! 下がるぞ!」
 「え!?」
 「距離を離すんだ! 相手の、次元技が音なら、離れれば痛みはなくなる!」
 「そっか!」

 ロクとレトは、耳元に手を押しつけたまま踵を返し、後方へと走りだした。ただの野原のような広い庭を横断し、リリアンのいる場所から遠く離れていく。リリアンはとくに追いかけるという動作も見せず、その場でクスッと笑った。
 立ち並ぶ双子の間から顔を覗かせたヴィースが、2人の肩に両腕をかけ、愉快そうに言い放った。

 「イイぞ、2人とも。正義の味方気取りのガキどもを、完膚なきまでに叩き潰せ」
 
 
 レトの発言通り、リリアンから離れていくと徐々にその強烈な音が弱まっていくのを実感した。庭を抜け、草木の茂みに駆けこむと、ほとんど痛みは感じなくなった。自然と耳元から手を離す。

 「はあ、はあ……。ここまでくれば、音はもうぜんぜん聴こえないね」
 「ああ。だけどこれはあくまで一時的な対処だ。攻撃をしかけようと近づけば、すぐにあの音で邪魔してくるだろう。とりあえず思考が正常なうちに、作戦を練らないと」
 「うん」

 追いかけてこないということは、まだ余裕があるということなのだろう。小さくなった双子をじっと眺めながら、レトはそう思った。
 
 「ロク、おまえの次元技、長距離では出せないのか?」
 「雷撃とか雷柱のこと? ……たぶん、届かないと思う。雨が降ってればべつだけど……」

 ロクは、ローノを出発してから一番初めに見かけた崖でのことを思い出した。高い崖の頂上を狙った雷撃は、思うようにその岩肌を崩せなかった。届きはしたが、あのとき出したものが現段階で出せる最高距離だと考えると、とてもじゃないが双子のいる場所まで雷は届かないだろうと冷静に判断した。それほどまでにいま、双子との距離は離れている。試し打ちをしたいところだが、それは『元力』を無駄に減らすことにもなってしまう。

 (もっと、距離を出すことができたら……──)

 ロクは悔しい気持ちに駆られながらも、小さくかぶりを振った。

 「……そうなると、極力近づいてあのリリアンっていう女の手から笛を離すしかないな。あの音はやっかいだ。おそらく、脳への直接攻撃だろうからな。あの音波をどうにかできれば……」
 「音波……」
 「避ける以外に、なにか……」
 「……」

 レトはなんとかいい作戦はないかと逡巡していた。そしてロクも、静かに考えていた。
 音波。広範囲での攻撃。避ける以外の道──。
 はっ、と先にひらめいたのは、ロクだった。

 「レト、あたしさいしょにローノの森で元魔を倒したとき、自分の周りに電気の膜を張ったんだ。あのときはただの思いつきでやったことだけど、それを生かせたりしないかな?」
 「ああ、あれか」
 「……? あれか、って……レト、あのときいたっけ?」
 「え?」

 レトは、すぐにしまったという表情になった。まさか、ロクと元魔が対峙しているところへ早々に到着していたがその戦闘にわざと介入しなかったなどとは言えずに、適当にお茶を濁す。

 「あ、いや、いたよ。ちょうどあれやったときに、到着したんだ。そのあとすぐに核を壊してただろ」
 「ああ、そっか」
 「……。で、それを生かせないかってことだよな」
 「うん。あの音波に、電気で直接ぶつかってみる。そうしたら、なんか、音の流れを邪魔できないかなって……」

 レトは、ロクの提案に驚いた。意外だったのはその作戦の内容だけではなく、ロク自身がそれを考えついたということだ。いつもなら「どうしようレト」などと言って、問題が起きた際どう対処すべきかの発案を彼に一任していたロクが、自ら考えて打ち出した作戦。それもレトが思いつかなかった見方だ。避けることができないのなら、わざと衝突させて音波を打ち消す。相殺、という形をとると明言したのだ。
 こんなことをロクが思いつくなんて、と。半ば見下したような感情がふっと湧いて出たが、レトは目を瞑り、重い頭を振った。

 「それでいこう。男のほうが攻撃をしかけてきたら俺が対処する。おまえは、あの音波に負けないように電気の膜を張り続けて、そのまま直進するんだ。隙ができたら、あの笛を狙う」
 「うん!」

 ロクが力強く頷く。レトは、広大な庭にぽつりと佇む領主の家に視線を向けた。
 作戦開始だ。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.38 )
日時: 2018/10/15 01:04
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 第035次元 君を待つ木花ⅩⅡ

 脱兎のごとく、ロクアンズが草木の茂みから飛び出した。身体中から微弱な電気を発しながら、リリアンとリリエンに向かって猛突進する。
 ようやく出てきたかといわんばかりに、双子の片割れであるリリアンが口角を吊りあげた。肩までの青碧色の髪を耳にかけ、横長の笛を唇に近づける。色気を孕んだその口元から、まるで品のない叫びが飛んだ。

 「何回来ても同じだっつぅの! ──五元解錠、思穿ッ!」

 甲高い悲鳴のような音が伝播する。狙うは、馬鹿正直に向かってくるロクと、その後ろに続いているレトヴェールの2人。繰り出した音波は凄まじい速さで2人の身体を呑み込もうとする。
 しかし。

 「五元解錠──雷撃ィ!」

 ロクはその場で急停止すると同時に、両手を突き出した。掌から雷撃が放出される。従来通りであれば雷は四方に拡散しているところだ。しかし、それがまるで壁となるように姿を変えていて、ロクとレトの2人を守り──音波と衝突した。
 ロクの思惑通りだ。"思穿"による強烈な音は、電気の壁とぶつかることによってその進路を絶った。雷鳴と旋律との対峙によって生まれた爆音が直接鼓膜に襲いかかってはくるが、耐えがたいほどの刺激ではない。驚いたリリアンの唇が、吹口からすこしだけ外れる。

 「な……ッ!」
 「女の子のほうが雷を使って、お前の音にぶつけてるんだ。イイ対策だ」
 「キィ~ッ! ナマイキねっ!」
 
 ロクは動きだした。半球状の壁から漏れ出している微弱な電気が、音の波を掻き分け直進する。重たい力が働いているために、思ったように前へ進めずにいるが、彼女はそれでも一歩ずつ確実に土を踏みしめていく。
 ふっと音の波が弱まった。汚いものを見る目で、リリアンがロクのことを睨みつける。
 
 「大人しく……苦しんでなさいよッ!」

 耳を劈くような音波が再来した。ロクはまたしても雷の膜を張り巡らせ、強烈な音に正面から迎え撃つ。
 が、その場で踏ん張るロクの足元が、わずかに後ろへ下がった。

 「っ! 威力を上げた……!?」

 圧し負けないようにと固めた姿勢のまま、どんどん後方へと押し返されていく。気は緩めていないはずなのに、とロクが顔をしかめた。
 ──そっちがその気なら。ロクの全身から勢いよく電気が飛び散ると、若草色の長い髪がぶわりと巻き上がった。

 「こっちだって!」

 火力が、電熱が、急上昇する。力と力の衝突が生んだ暴風がロクの長い髪を嬲った。足元はぴたと止まる。押し返されはしないが、前進できるほどの余裕もない。力は拮抗している。
 いままで動きを見せなかったリリエンが、隣で立つリリアンに耳打ちする。

 「リリアン、いまだ。技を解け」

 リリアンが眉と目だけで笑みを返すと、次の瞬間。
 ──驚くほど唐突に、すべての音が消え去った。

 「え?」

 バチッ、と、電気が空を縫って溶ける音。それだけだった。夜に酒場から、だれもいない湖畔へと瞬間移動したかのような想像に陥る。恐ろしいほどの静寂の中、ロクの身体が、反動によって前へ大きく傾いた。

 「五元解錠──"進伸しんしん"!」

 1本の縄が、ロクの身体をめがけて物凄い速さで向かってくる。

 「ロク!」

 ロクの肩を乱暴に掴み、レトは即座に前へ躍り出た。次元の力『双斬』はすでに発動している。レトはその手に握っていた双剣で素早く空を薙ぎ、迫る来る縄の先端を斬り払った。
 
 「うっわマジで? そんじゃ」

 縄は、まるで意思を持っているかのようにひとりでに動いた。そして体勢を持ち直すとすぐに、レトの身体に飛びかかった。

 「レト!」

 ロクの叫びは虚空へと吸いこまれる。捕らえられたレトの身体が宙に浮いた。すると、彼は瞬く間に地上を離れ、どんどんと空高く、高く、浮上していくのを嫌でも実感した。胃液が逆流しそうだった。ひどい吐き気と眩暈が同時に襲いかかってくる。
 気がつけば、地上とは絶縁した、遥かな空の上にいた。
 そこからの景色には、広大な平地とその周囲を取り囲んでいる森、そして小さな点が3つ並んでいた。レトの身体は固く縛りつけられて、身動きは一切とれなかった。
 おなじようにロクにとってレトが小さな点となると、彼女は真っ青な顔で空に向かい、大声を張った。

 「レトーっ! レト!」
 「ありゃりゃ~。残念だったねぇ、お嬢ちゃん。あの男の子、こーんなに小さくなっちゃって」

 リリエンは右手の人差し指と親指の先を近づけ、わずかにできた隙間によっていまのレトの姿を再現した。もう片方の左手で握っている"縄"は、空の上にいるレトの身体と繋がっている。
 リリエンがその手に掴んでいる縄は『尺縄じゃくじょう』と呼ばれている、まぎれもない次元の力だ。
 『尺縄』は一見ただの縄だが、次元技によってはその縄を自分の手足であるかのように自在に操ることもできる。さきほど、縄が生き物のようにレトの身体に飛びついたのもその能力に由来する。
 まるで子どもが玩具で遊ぶように、リリエンは縄をゆらゆらと揺らした。

 「いますぐレトを離して!」
 「べつにいーけど、ほんとに離しちゃっていいワケ?」
 「え?」
 「あの高さから落ちたら……どうなるんだろうねーぇ?」

 体内中の血液が急速に沸騰するような、そんな感覚を覚えた。ロクは打って響くように怒鳴り声をあげる。

 「ふざけたこと言わないで! 人の命をなんだと思ってんだッ!」
 「アンタそれ、人のこと言えんの? なりふり構わず雷ビリビリさせちゃってさぁ。それで万が一、人が死んじゃったらどーすんのよ」
 「あたしはぜったいにそんなことしない!」
 「あっそ。つかべつにいーじゃん。人を殺しちゃいけないルールもないのにさぁ。他国とドンパチやってるこの時代に、命の尊さとか言われてもねぇ。まあオレとしては? べつにあの男が死のうが生きようがどっちでもいーんだけど……」

 あっちへこっちへ視線を遊ばせていたリリエンが、ふいにロクと目を合わせた。

 「さ、どーするお嬢ちゃん? この村のことはすっぱり諦めてウチに帰るか?」
 「あたしは、この村の人たちを助けたくてここまで来たんだ! このまま帰るわけないでしょ!」
 「へー。んじゃ、そっちを選ぶってことで……あの金髪くんは、どうなってもいいっつーことだな?」
 「そんなわけあるか! そんな、どっちか片方なんて」
 「選べよ。どっちか、片方。人生だっておなじだろ? 選んでんだよ、知らず知らずのうちにな」
 「──ッ!」

 小さな点が、3つ。レトにわかっているのは、その点の1つが自分の味方で、もう2つが敵ということ。そしていま、こちら側が確実に劣勢であるということだけだ。

 (……悪い予感がする。もし俺の予想が正しければ、いま、ロクは……俺のせいで動けなくなってるはずだ)

 レトは地上で起こっているであろう事態を懸念していた。皮肉なことに、彼の優秀な考察力によって打ち出されたその悪い予感は、的を得ていたのだ。
 レトを離してほしければ。落とされたくなければ。目の前で殺されたくなければ──。
 そんなような文言を、ロクに吐いているに違いない。レトはいまほど自分の状況を呪ったことはなかった。悔しさのあまり噛んだ唇から、小さな血の雫が滴り落ちる。

 (……くそッ、なんで!)

 よりにもよって自分が、最悪の状況を招いてしまった。心のどこかで、いつの間にか頼りにするようになってしまっていた。だれからも愛されてだれからも期待される、そんな小さな英雄のようにも思える義妹の、──荷物でしかないいまの自分が、恥ずかしくて、嫌でたまらなかった。

 どうせ追いつけやしないのに。
 それならせめてと、足枷にだけはならないように、
 ずっとそう思ってきたのに。

 (俺は、)

 レトは右手に持った短剣を、痛いほど強く握りしめた。

 身体中をきつく縛られてはいるが、幸いなことに手首の自由だけは許されていた。
 地上に向かってまっすぐに伸びる縄。手首の動作を確認する。軽く振っただけだったが、剣の刃が、きちんと縄に触れた。

 レトは息を吸いこんだ。
 通信機が、ピッ、と音を立てる。

 『ロク、聞こえるか』
 「レト! レトだよね!? 待っててね、レト! いますぐ助けるから!」
 『……。ロク、おまえあの女の笛を狙えるか? ただ狙うだけじゃなくて、雷の膜を張ってからだ。その膜から一点だけでいい。糸みたいに伸ばして笛を狙ってほしい。俺のことは気にしなくていいから』
 「え……? で、でもそんなことしたら」
 『俺にも策があんだよ。おまえは、おまえのことだけやればいい』

 機器の向こう側にいるレトは、至って落ち着いた口調だった。相当自信のある策なのかもしれない。レトの腕を信じて疑わないロクは、間を置かずに頷いた。

 「わかった。あたし信じるよ、レトのこと」

 ロクは決意をこめてそう返す。いつもの短い返事がなかったが、それほどレトも切迫しているということなのだろう。そう思ったロクは、くるりとリリアンのほうに向き直った。

 「なぁにぃ? もしかして、あの子の命はどうでもよくなっちゃったのぉ? アンタけっこう薄情なヤツだったのねぇ~?」
 「ちがうよ。信じてるんだ。──レトのこと、信じてるから、あたしは戦えるんだ!」

 ぐんと右手を突き出す。と、雷電が掌から腕にかけて這い上がった。

 「五元解錠──雷撃ィ!!」

 眩い光とともに放たれた雷撃は、金色の壁となってロクの周りを丸く囲った。ロクは突き出した右手に、おなじように左手を添えた。
 一点を、糸のように。
 レトからの指示を、頭の中で反芻する。イメージする。ロクは一度閉じた左目を、力強く開いた。

 「いっけェ──!」

 半球状の雷の壁から、一本の糸が伸びる。それは電気の糸だった。空を焼き切りながら直進する雷の閃光は、リリアンの持つ長笛にまっすぐ向かっていく。
 動揺したリリアンは、咄嗟に吹口を噛んだ。

 「こっ、こないでよ! ──き、"響波きょうは"!!」

 甲高い音色が響き渡る。空気が大きく波打ち、次いで突風が巻き起こった。脳を刺激するような音ではなかった。が、荒く波立った風には、電気の糸の軌道をねじ曲げるくらい造作もなかった。

 「しまっ──!」

 そのとき。

 「あれ?」

 リリエンが、手元に違和感を感じたときには、遅かった。
 彼はふと空を仰いだ。

 「……は?」

 黒くて細長い一本線。大空を横断しているそれが、自身の次元の力である『尺縄』だということはすぐに理解できた。だが、それとはべつの黒い点のようななにかが、なにかの輪郭が、徐々に大きくなっていくのも見えた。
 リリエンは目を剥いたまま完全に硬直する。形が明らかになるより先に、全身から血の気が引いていくのを感じ取った。

 「う……ウソだろ! あいつ、あの高さから飛び降りやがったッ!」

 ──え、と。ロクは小さく声をもらして、反射的に空を見上げた。
 その左目に映ったのは、まぎれもなく、レトヴェールその人が空から落ちてくる様だった。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.39 )
日時: 2018/10/04 10:53
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 第036次元 君を待つ木花ⅩⅢ

 リリエンの次元の力『尺縄』によって空の上へ連れていかれたレトヴェールは、驚くべき行動に出た。ロクアンズが空を見上げたときすでに彼は、大空に波打つ風の中へ飛びこんでいたのだ。金の髪を振り乱しながら、彼は地上へ向かって急降下している。

 驚愕のあまり声も出せなかったのは、フィラもおなじだった。

 (い、いったい、なにが起こって……──っ!?)

 フィラは息を整える間もなく唖然とした。彼女はたったいま到着したばかりだった。木の幹に添えた手が震えている。
 ロクがヴィースの家に向かったということはわかっていた。だが、まさか彼の付き人である双子の次元師と相見あいまみえていたとは夢にも思わなかった。

 「……そんな……」

 カタカタと震えた両手で口元を覆い隠すように驚くことしか、フィラにはできなかった。

 地上では風が吹き荒れている。『爛笛』の次元技の1つ、"響波"が引き起こしたものだ。ロクは強風によってその左目を瞑るほかなかった。が、すぐに瞼を起こそうと奮起する。
 理由はほかでもない。義兄のレトが空から降ってくるのだ。気にしなくていいとはたしかに告げていたが、これほど無鉄砲な策だったとはまったく予想していなかった。できなかった。頭の中は正直にできていて、ロクは混乱していた。
 風で濁った視界に、レトの姿が飛びこんでくる。
 彼は顔の前で両腕を交差させていた。身体を丸めて、リリアンが繰り出した強風の中に突っこんでくる。
 激しい潮の流れに身を任せるように、強風の中へ投じられた肢体は容赦なくその力に嬲られ真横へ吹き飛んだ。

 「レト!!」

 ロクは、レトの姿を目で追った。風に弄ばれ、地面に身体を打ちつけたかと思ったらすこしだけ浮いてまた地面と衝突し、平地の上をもの凄い勢いで転がっていく。
 ふと、風の力が弱まった。ロクはすかさず、人形のように倒れているレトのもとへ駆け寄るとその背中に飛びついた。

 「レト! ねえレト! レトってばっ!」

 顔を覗きこむも、金色の前髪がちらついていて具合の善し悪しはわからなかった。ロクは必死にレトの上体を揺らし何度も声をかける。間もなくして、レトの唇がわずかに動いた。

 「……るせ。心配、すんなって、言っただろ」
 「レトっ! ……よかった、レト……よかったぁ」

 ロクはいまにも泣きだしそうな顔で、へにゃりと笑みをこぼす。情けない顔だなと思いながらレトはすこしだけ俯き、とにかく立ち上がろうと試みるが、すぐに、全身に力が入らないことを悟った。それだけではない。腕や足をすこしでも動かそうものなら途端に激痛が走り、体勢を正すことすら憚られた。顔には出さないが、もうこれ以上動けないだろうとレトは察した。

 「……うっわぁ~……あいつ、リリアンの風を利用しやがったな。あそこまでやられちゃうとちょっと、さすがに引くわぁ」

 遠くのほうでやりとりをしているロクとレトを眺めながら、リリエンが頬を掻いた。
 隣で、リリアンが小さく呟く。

 「……なにあれ」

 彼女の口から聞いたことのない低音がこぼれて、リリエンはぎょっとした。

 「アタシちゃん、ああゆうの、ホンっトに無理!!」

 リリアンは激昂しながら長笛に噛みついた。

 「六元解錠──思穿!!」

 ロクは咄嗟に振り返った。しかし、すでに眼前にまで迫っていた音波が、猛烈な勢いで2人の脳内に喰らいついた。

 「うああッ!」

 これまでの比ではない。両手を離せばすぐにでも頭部が砕け散ってしまうのではないか。そんな想像が脳裏を駆け抜けていった。意識を保てているのが奇跡といえるほど、その痛覚は想像を絶するものだった。

 (こ……これが──六元、解錠!?)

 考えてから、ロクははっとした。気を抜けばすぐにでもどこかへ持っていかれそうな意識を懸命に呼び止めて、義兄であるレトのほうを向いた。彼は地面に突っ伏し、苦しそうにうずくまっていた。

 「……っ、ら、雷撃ィ!」

 頭を強く抑えながらロクは絶叫した。手の甲から、雷が火花のように発散する。空中を彷徨う電気はロクとレトを包みこむように球体を象り、防壁と化した。
 なおも抵抗しようとするその姿勢は、リリアンの加虐心を余計に煽った。

 「そんなモロい壁で、防げたつもりぃッ!?」

 笛から発せられた音波が、広い平地の風を切る。どしん、と一帯に負荷がかかった。かろうじて両足で立てているだけでロクの膝はひどく震えていた。ロクが苦しげに表情を歪ませているのを、リリアンは持ち前の甘ったるい声音で笑い飛ばす。
 
 「キャッハハハハハ! イイ気味ぃ~! どっかの国でなんかうまいことやってぇ? いまじゃ有名人なんかになっちゃってチヤホヤされてるみたいだケド……ブ・ザ・マね~ぇ! さっすが、おこちゃまってトコかしらぁ!?」

 カチン、と。ロクの脳裏を怒りの感情が掠めた。彼女は『子ども』を示唆する言葉にいい色を示さない。一層きつく眉をしかめ、快活な笑い声を遮って言った。

 「か……関係、ない!」
 「はぁ?」
 「──次元の、力に、子どもも大人も関係ない!!」

 項垂れていたフィラが、視線を上げた。

 ロクの身体が強く発光した。独特の轟音が音の波を割き、リリアンの鼓膜を突き抜ける。一瞬、気をとられたリリアンが、しまったという顔つきに一変する。そんな彼女の意を汲んだかのように、暴君と化していた音波の力が弱まった。

 「チッ……! なによぉ、まだそんな力が残ってたの?」
 「あたしは、そういう言い方が大ッ嫌い! 大人だから偉いの? 大人だから強いの? 歳だけとってて、子どもが子どもがって文句ばっか言って……そんなの、やってることは子ども以下だ!」
 「ハァッ!? ガキがなに粋がってンのよ! オトナに理想でも抱いてンの!? バァーカ! アンタが思うほど、オトナはキレイじゃないっつぅーの!」
 「しかたないって、これが世の中なんだって、そうやってあきらめさせて、汚いことを押しつけて、なにが大人だよ! お金欲しさに子どもからぜんぶ取り上げることが──フィラさんからウメを奪うことが、あなたたちの正義だったっていうのかッ!」
 「うっせぇンだよブス黙りなッ! これだからガキは嫌いなのよ! ……いーい? あんた子ども子どもって言ってるケド、あの蛇たちを金に換えるの、村中の人間が認めたのよ? だぁれも反論しなかった。人形みたいにお利口だったの! わかるでしょ。村の大人たちも子どもたちも、みんなよ、みぃんな。そのフィラってやつが1人騒いでただぁけ。聞き分けのなってないガキだったの! 賢い子どもがたくさんいたのにね? あんたもそーよ。頭の悪いガキなのよ!」
 「フィラさんは、村のだれもがあの人を恐れてできなかったことをやったんだ。あれほど大事にしてた白蛇様たちを奪われて……悔しくて悔しくてたまらない村の人たちのために、勇気を持って立ち向かったんだッ! そんなフィラさんのことをバカにすんな!!」

 フィラは、喉の奥から急速に熱が込み上げてくるのを感じた。胸のあたりが苦しくなる。咄嗟に衣服を掴むが、ちがう熱と熱とを孕んだその痛みは複雑に絡み合って、いまにも喉元が焼き切れそうだった。

 「ホンっトに、気に食わない……! キライキライ大ッキライ!!」

 苦虫を嚙み潰すかのように、リリアンは吹口に歯を突き立て絶叫した。

 「うわあああ!」

 突風が吹き荒れる。ロクの肢体がしなやかに跳びあがった。受け身もとれず彼女は地面と衝突し、車輪のごとく勢いのまま転がっていく。ついにロクまでも膝をついた。
 すぐに起き上がろうと両肘を伸ばすが、まるで小枝のように簡単に関節が折り畳まれ、額から砂地に落っこちる。ぐしゃりと乱れている若草色の髪が、何度も起き上がろうとして、ふらふらと揺れていた。

 「キャッハハハハハぁ! バッカみたぁい! そんなにがんばっちゃっても、なぁんにもならないのに!」

 不愉快な笑い声が、フィラの耳に届く。ボロ雑巾のように伏せっているロクとレトの姿をこれ以上見ることができなかった。彼女は膝から崩れ落ち、木の幹に触れていただけの左手を、固く握り締めた。

 「そんな……っ」

 (どうしよう、どうしよう……! 私の、また、私のせいで……)

 ベルク村の話をしなければよかったと、そう思った。祖母とロクの会話を無理やりにでも止めるべきだった。自分が話したくなってしまうほど、ロクに、気を許さなければよかったのだ。
 フィラを取り巻く後悔の渦が、どんどん深くなっていく。

 次元師に太刀打ちできるのは、次元師しかいない。
 それはフィラ自身も痛いほど理解していた。

 (助けたい……これ以上あの子たちに傷ついてほしくない。私のせいで傷つく姿を、見ていられない……! それなのに)

 フィラは次元師だ。いまこの場で、ロクとレトの2人を助け出せるのは彼女しかいない。人間を遥かに凌駕する次元の力。フィラはそれを胸に秘めているのだ。
 しかし、フィラにはどうしても、その名を叫ぶことができなかった。

 (あの子たちを助けたい、のに……私……。私はまた、──ウメを傷つける……っ! 私はあの子を、もう傷つけるわけには……!)

 ──あの日見た"あか色"が、ずっと、瞳の中に閉じ込められたままだ。
 
 臙脂色を滲ませた涙が、ぽたぽたと溢れて落ちていく。リリアンの言う通りだ。子どもだったのだ。ただウメのことが可哀想で、助けてあげたくて、なにも考えずに逃がした。結果的に、ウメの命の奪ってしまったのはそんな愚かな自分だった。
 あんな悲劇は二度と繰り返さない。
 初めて自分の次元の力を、紅色の大蛇を目の当たりしたそのときに、フィラはそう心に誓った。
 誓ったはずだった。

 「……わた、し、どうしたらいいの……? わからない、わからないよ……──ウメっ!」

 ──ざあっ、と。長閑な風が鳴いた。

 《フィラ》

 聞いたことのない、懐かしい気持ちだけが、フィラの胸に吹き抜けた。

 「え……」

 《フィラ》

 聞き間違いではなかった。だれかが自分の名前を呼んでいる。咄嗟に振り返るが、人の姿はなかった。
 フィラは、その名前を呼んでいた。

 「ウメ……?」

 返事はなかった。フィラはゆらりと立ち上がる。だれもいない山道を見渡して、もう一度名前を叫んだ。

 「ウメ! どこ、近くにいるの、ウメ! ウメっ!」

 フィラは走りだした。ウメ、ウメ、どこにいるの──と、しきりに名前を呼ぶが、返事はないままだった。
 なにかに導かれるように、ただひたすらに森の中を駆け回る。乾いた地面を、無造作に伸びた草木を、でこぼこの山道を踏み抜ける。
 ──そうして、フィラはある場所に辿り着いた。
 すこしだけ開けた草原。さわさわと揺れている木漏れ日。見覚えのある風景だった。ゆっくりと速度を落とし、辺りを見渡す。

 フィラは、立ち止まった。

 「……ウメ……」

 目の前には小さな墓標が立っていた。
 それはかつて、炎に焼かれていなくなったウメを想い、唯一その場に遺っていた炭を必死にかき集め、埋めた場所だった。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.40 )
日時: 2018/11/19 20:46
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 第037次元 君を待つ木花ⅩⅣ
 
 ウメの大好物だった果実も添えたはずだったが、13年も経ったいまとなってはもう跡形もない。その赤紫色の果実がなる木の枝だけが、しゃんとまっすぐ立っている。

 「ウメ……」

 フィラは墓標に近づいていった。墓標を目の前に据えると、その場でしゃがみこむ。

 「……ねえ、ウメ。私どうしたらいい? あの子たちを助けたい気持ちはあるのに私、それ以上にあなたを傷つけたくないの。……最低よね。心のどこかで、まだ、あなたのこと……」

 弱々しく吐いた言葉が、ただの土の表面にぽつりぽつりと落ちていく。

 「……ばかね、私。答えてくれるわけなんてないのに。……本当はね、わかってるの。もうあなたがこの世界のどこにもいないことくらい。次元の力が、『巳梅』が、あなたじゃないってことくらい……わかってるのよ」

 『次元の力と、ふつうの生き物はちがうよ、フィラさん!』──ロクアンズの言葉を思い返しながら、フィラはそう呟いた。
 心のどこかで、『巳梅』がウメであることを肯定したかったのだと思った。ウメはまだ自分の中でちゃんと生きているのだと、そんな夢を見たかっただけなのかもしれない。フィラは薄く笑みを浮かべた。

 「まだ子どものままだったのね。体ばっかり大きくなっても、心はあの日のまま……なにも変わってない。あの子が言うほど私……勇気なんか、ないわ」

 フィラはすっくと立ち上がり、墓標に背を向けた。

 「村の人たちに知らせなくちゃ。……どうにかしてくれるかもしれない」















 《フィラ》


 凛、と。一輪の鳴き声。
 浮かせた足がぴたと静止する。
 もう一度フィラは、墓標と見つめ合った。

 そのとき。
 背後。

 ドシン──と地表が激しく震動した。
 フィラはよろけて転びそうになる。大きななにかが影を落とした。
 頭上から、雨のように、砂粒が降ってくる。

 「──え……」

 ぱらぱらと落ちてくる大地の欠片を浴びながら、フィラはゆっくり顔を上げた。
 13年の月日を経て、ふたたびその目にした真紅の鱗は、息を呑むほどに鮮やかだった。

 「……あ、あなたは……」

 心音が跳ね上がる。紅色の鱗を持った大蛇は、真一文字に結ばれた口から、ちろりと舌を出した。
 真ん丸の両眼。それを縦に割くような細長い瞳孔が、じっとフィラを見つめていた。

 《フィラ》

 どこからともなく声が聞こえた。
 フィラは、はっとして墓標のほうに向き直った。

 「……もしかして」

 フィラはあることに思い至った。いままでフィラを呼んでいた声の主は、もしかしたらウメではなかったのではないかと。
 彼女の視界の中でたしかに息をしている、『巳梅』の声だったのではないかと。

 『巳梅』は依然としてフィラのことを見下ろしていたが、大きな頭部をわずかに動かしたかと思うと、ぐっと彼女に顔を近づけた。肩を強張らせ、彼女は思わず目を瞑った。
 しかし、頬に生温い感触を覚えると、フィラはすぐに目を開けた。

 「……」

 『巳梅』の顔をはっきりと見たのは、これが初めてのことだった。『巳梅』はじっとしている。噛みつくでも、鳴くでもなく、ただずっとフィラの目を見つめ返している。
 ずっと。
 深い赤色のに、光が差す。

 「なんだ」

 呟いた声がすこしだけ震えた。

 指先を宙に泳がせて、そっと、鱗に触れた。丸い眼は琥珀の色。硬質な頬を、指の腹で優しく掻いた。そこには真白の花を押したような斑点はなかった。
 真っ紅で、美しい鱗を、何度も撫でた。

 瞼が熱を帯びる。

 「よく見たら、あなた……ウメに、ぜんぜん似てないのね」

 フィラは笑みを浮かべた。その頬に一筋、涙が伝った。

 「ごめんなさい。あなたはウメじゃないのに、勝手にウメと重ねて、ウメだと思いこみたくて……あなたをずっと閉じこめてた。怒ってるわよね。……13年も、ほったらかしにするなんて、主失格だわ……っ」

 フィラの泣き声がして、『巳梅』はすこしだけ頭を落とした。真一文字に結んだ口をフィラの額にそっと押しつける。

 「こんなにも長い間、待たせて、本当にごめんなさい」

 でも、おねがい。フィラは熱のこもった声音でそう続けた。

 「今度こそ私……あなたといっしょに戦いたいの」

 ──私と、戦ってくれる?

 『巳梅』がちろりと舌を出す。鳴きも頷きもしないが、フィラにはわかっていた。13年という月日の間、ずっと棲み続けた心の中に、その声が流れこんでくるようだった。

 「いこう、巳梅」

 胸の中に咲いた、熱色の花を携えて、1人と1匹はともに駆けだした。



 頭蓋骨が砕け散ってしまいそうだった。意識を保つことに全神経を費やしているロクアンズは、声も出せず、立ってもいられず、ぐっと堪えるように這いつくばっていた。

 (どうしたら……っ!)

 バチッ、と手の甲から弱々しく電気が伸びる。使える元力の量もそろそろ限界に近い。じりじりと、苦境へ追い詰められているのを実感する。
 次元師が体内に有している元力には限りがある。もちろんそれは個人差があるため一概には言えないが、年齢による差というものがあるのは確実だった。
 元力の量に個人差があるのは、各個人の思考能力、身体能力、そのほか個人を形成するためのあらゆるステータスがもとになっているためである。簡単に言ってしまえば、体力があればあるほど、頭の回転が速ければ速いほど元力の量が伸びていくのだ。どの能力も抜かりなく高められている者がハイスペックであると言われる、その点においては、普通の人間も次元師も変わらないだろう。
 当然、子どもと大人とでは体力や筋肉量、知識の数などで大きく差が出るため、どちらが劣っているかなどは歴然だ。おそらく、リリアンとリリエンの2人に元力量では敵わない。わかっているからこそ、ロクの表情にただならぬ悔しさが滲み出ていた。
 リリアンは、腹の底からこみ上げてくる優越感を堪えきれずに、ぶはっと吹きだした。

 「キャッハハハ! イイ顔するじゃなぁ~いっ! だぁから言ったでしょぉ? ガキは大人しく、おうちに帰りなさいってねぇッ!」

 悦楽に満ちた表情。高らかな笑い声。甲高い音波が空気を揺るがし──

 「ガキでごめんなさいね」

 花のような一声。
 次の瞬間──大地が激しく躍動した。一瞬、浮遊感に襲われたリリアンの足元に亀裂が奔った。彼女は反射的に数歩退き、
 声を裏返らせた。

 「は?」

 ──紅色の大蛇が、地表を穿つとともに、けたたましい咆哮をあげて君臨した。

 人間では発し得ない凄まじい叫喚が空間一帯を殴打する。ひび割れた大地は剥がれて吹き飛び、リリアンもリリエンも、家宅の傍らで様子を伺っていたヴィースも、無防備な姿で宙に投げ出される。
 ロクは大きく目を瞠った。

 「も、もしかして……っ──これが『巳梅みうめ』!?」

 話を聞いたときに想像したものとは桁違いだ。本物であるという迫力、風貌に身の毛がよだつ。その全長は一目見ただけではとても計り知れない。太くて長い肢体を持つその大蛇はちろりと細長い舌を出し、2つの琥珀色の珠を妖しく光らせた。
 ロクの耳に、ザッ、と靴底で砂を蹴るような音が届いた。

 「フィラさん!」

 木陰から、臙脂色の横髪を耳にかけながらフィラが歩み寄ってくる。

 「遅くなってごめんなさい」
 「フィラさん……あの、あれって」
 「ええ。でももう、大丈夫よ」

 平地であったことが嘘のように地面がひっくり返っている。盛り上がった大地の一片に捕まるリリアン、岩塊に挟まれ身動きをとれずにいるリリエン。そして、腰を抜かし愕然としている領主ヴィース。
 3人の姿を一瞥したフィラが、ここからは、と続けた。

 「私が力を貸すわ。あいつらをぶん殴るんだって、そう言っていたわよね?」
 
 
 


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