コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/11/29 21:34
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜第175次元 >>176-193
■第2章「片鱗」
・第176次元~第178次元 >>194-196
〇「或る記録の番人」編 >>197-
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.170 )
- 日時: 2025/05/11 21:27
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第152次元 時の止む都28
胴部の毛先に、細い電気の糸が纏いつき、クレッタはぐらりと傾きかけた。次いで、素早く飛んできた斬撃がクレッタの片足の関節部に突き刺さった。するとクレッタは激しい音とともに転倒した。
レトヴェールは持ち直しており、到着したロクアンズと遠目ながらに視線を交わし合うと、二人はコルドのもとへと向かった。
倒れ伏すクレッタが、もぞもぞと動きだすのを見据え、コルドは詠唱した。
「五元解錠──、"額洛"!」
地面の上に散らばった鎖の破片たちが、ばらばらと浮上して組み合わさっていく。そうしてできあがった鎖の壁の内側へと、ロクとレトが滑りこんだ。
「ロク!」
「──五元解錠、"雷円"!」
コルドの呼び声に応えるようにして、ロクも立て続けに詠唱を繰り出した。ロクは、"雷円"という名の半円状の電気の膜を生み出し、それを"額洛"とぴったり重ね合わせる。
横たわっていたクレッタはとっくに体勢を立て直し、怒り心頭といった形相ですかさず駆けてくると、鎖と雷の壁に突撃した。が、二つの次元技によって築かれた壁は、歪みこそしても崩れはせず、また電気の鋭い痺れによって、クレッタは弾かれてしまった。
負けじと、クレッタががつん、がつん、と角をぶつけてくる音が、頭上から聞こえてくる。そのうちに、レトはロクへと問いかけた。
「ロク、こいつと戦ったか」
「うん、サオーリオっていう東の都で遭ったんだ! 名前は【CRETE】(クレッタ)。生命を司どる神族だって言ってたよ。クレッタは、あらゆる生物の姿に変化できるし、植物も操れる。それと、元魔を生み出していたのもクレッタだったみたい。その瞬間もちゃんと見たよ」
「クレッタ……」
ロクは矢継ぎ早にそう説明した。レトが、ほかにもわかっていることをロクに訊こうとすると、コルドが壁に注意を注ぎながら、口を挟んだ。
「二人とも、まだ戦えるか」
コルドは二人の顔を振り返った。頭上からは、絶え間なく、激しい衝突の音が降り注いでいる。
ロクとレトは、示し合わせたわけでもないのに、声を揃えて答えた。
「戦うよ」
コルドは、そう答えるだろうとわかっていたが、その返事を聞いてわずかに口角を上げた。返事を口にした二人の表情は引き締まっていた。
レトは、目の前にいるロクとコルドからは見えないように、震える手先を固く握りこんでいた。
あらためて、コルドはロクに問いかけた。
「俺もレトも、もう元力が底を尽きかけている。ロクはどうだ?」
「……あたしもあんまり自信ない。ここにたどりつくまでにだいぶ回復したけど、最初にクレッタたちと戦闘したときの消耗が激しかったんだ」
コルドは頷いた。それに、とロクは付け加えて、エントリアに戻ってくるまでの道中、クレッタがいたずらに生み出したのであろう数多くの元魔にも遭遇し、対処に追われていたと言った。
ロクが二体の神族と遭遇してからの経緯をかいつまんで説明し、それを聞き終える頃には、コルドはさらに表情を険しくしていた。
「わかった。さっきも言った通り、俺たちの元力は残りわずかだ。だから連携を取り、反撃の隙を与えず、奴を討つ。いいな、二人とも」
「うん!」
「了解」
遥か頭上では、躍起になったクレッタが、意地になって鎖と雷の壁を壊そうと衝突を続けている。ロクは、頭上を見上げて、壁から飛び出しているクレッタの顔を睨んでいた。そのうちにコルドが口を開いた。
「まず心臓の有無がわからないからな。心臓があると仮定して動きを……」
「いいや、コルド副班、たぶんクレッタに心臓はないよ。一度胸からお腹にかけて大きな穴を開けたし、何度も雷で焼いてみてるけど、ずっと余裕そうなんだ。見てるとわかると思うけど、クレッタはかなり野生動物っぽくて、直情的だから、嘘をついて余裕に見せてるってこともないと思うんだよね」
「そうか。なら、あの大きな白い神族にやったみたいに、再起不能にするしかないのか……」
二人が話をしている間、睫毛を伏せ、レトはしばらく考えこんでいた。
ふと顔をあげると、彼は口を挟んだ。
「ロク、さっきぐらいの等級の次元技をあと何回発動できる?」
「えっと、六元なら三回かな。五元とか四元にするなら撃てる回数は増えるけど……」
「クレッタ相手に四元以下は通用しないな」
「うん、そうだね」
「コルド副班は?」
「……七元、六元が一度ずつで限界だな。お前が寝かせてくれたおかげで多少、戻ってきたよ」
コルドが冗談まじりに言って、拳を握ったり開いたりした。それほど時間は稼げなかった、と返そうとしたが、レトは言葉を飲み込んで、ロクとコルドの目を見つめ直した。
「耳を貸してくれ。考えがある。コルド副班、俺が最後に合図をする。そしたら──やってほしいことがある」
低い唸り声が、だんだんと凄みを増して、クレッタの苛立ちは最高潮に達していた。クレッタは、筋肉の膨らんだ前足を跳ね上げた。そして胴を立たせると、鎖と雷の壁に向かって前足からのしかかった。
クレッタの全体重がかかった壁は、途端に崩れだし、瞬く間にばらばらに砕け散って、陥落した。
鎖の破片の雨が降り注ぐ中、飛び出したレトが、『双斬』を薙いだ。
「四元解錠、"真斬"!」
飛んでいった斬撃はクレッタの巨大な角の根元に衝突した。だが、角は傷ひとつつかず、悠々と持ち上げられて、レトを目がけて振り下ろされた。すぐに逃げる準備をしていたレトは、角の追撃から免れた。
「弱い。コルドォ!」
「六元解錠──、"雷撃"!」
次いで、雷光が瞬く。"雷撃"は、ロクの手元を中心に飛散して、そのままクレッタの全身を包みこんだ。クレッタが前足を振り上げ、地団駄を踏むと、そこらじゅうに散乱している鎖の破片が高く跳ねた。クレッタはたたらを踏んだあと、頭を振って、そして地面の上に立っているロクの姿をみとめた。
「電気のガキ。おっ死んでなかったのかよ」
「まだ死ねないよ……! あなたたちを斃すまでは!」
「言ったぜ。何度やっても殺せねエよ。心臓はねエんだからよ!」
クレッタは、ロクを目がけて猛突進した。すかさずロクは拳を握りしめ、電光を纏う。
「──これならどうだ! 六元解錠、"雷柱"!」
握った拳を振り上げて、地面に叩きつけると、駆けだしたばかりのクレッタの足元から猛烈な勢いで、雷の柱が放出した。"雷柱"はクレッタの胴を貫く。同時に無数の鎖の破片を天上へと突きあげた。
だが、大きな雷の柱が胴を貫通しているまま、クレッタは、激しく鳴き喚いた。
「グラアア! 邪魔だ! 邪魔をするな! どいつもこいつも! 殺させろ! コルドォ! オマエじゃないと話にならない!」
「なら、登場させてあげる!」
ロクはそう言って振り返る。その拍子に、こめかみに滲んだ汗の粒が跳ねて、彼女は声を投げかけた。
「コルド副班!」
すでに体勢を整えて待機していたコルドが、クレッタを遠くに見据え、鎖の破片を握りしめた。
「動くなよ、生命の神【CRETE】」
雷の柱が、立ち消える。
しかし、遥か高く天上に打ち上げられた鎖は消えない。まるで大粒の雨のように、クレッタの頭上からそれらが降り注ごうとする、直前に、コルドは力の限り詠唱した。
「七元解錠──、"鸞業区"!!」
天上天下に散乱した鎖の破片が、主人の声に呼応して、形を成す。
鎖の破片は寄り集まって、太い鉄柱へと姿を変える。天上で形成された無数の鉄柱は、すぐさま、クレッタの角から頭を、背中から腹部を貫通して地表に突き刺さった。そして地表に咲いた無数の柱は逆に、腹部、顎の下、腿を突き上げ空に向かって幹を伸ばした。
神族ノーラを屠った、逃げ場のない鎖の監獄。"鸞業区"がふたたび神族の身に突き刺さる。
ふいに静寂が訪れる。三人の息遣いが、地上に吹く風に混ざって、流れる。
全身を鎖の柱によって串刺しにされ、静止したクレッタだったが、口は免れたようで、やがて喚きだした。
「知ってるぜ。こいつでノーラを殺ったんだろ。身体中にこいつを突き刺して……アハハ! ハハ! 死ぬなんてもったいねえなあ、ノーラ! 目が冴えてたまらねえよ! 永遠だ。永遠にこうして戦おう! ずっとずっとずっとずっと!」
そのとき、まるで横槍を入れるかのように鋭い斬撃が飛んだ。大きく開いた口内にそれが突き刺さって、クレッタの顎が跳ねあがった。
「しゃべってるとこ悪いな」
合図だ、とレトは続けて言った。
鎖の柱が振動する。呼吸を整えるのと、身体中に流れる残りわずかの元力を極限まで掴みきるのに、数秒、時間がかかったものの、コルドは合図を受けてからすぐに詠唱した。
「七元解錠」
──七元、六元が一度ずつで限界だ、と言っていたのに、彼は昂っていく意思に正真正銘の全力を賭けて、前言を覆した。
「"嵩重・特"!」
周辺一帯の気圧が変化した、と錯覚させるような重苦しい衝撃が走った瞬間、クレッタの背が中心からがくりと割れ、顎と四つ脚が跳ねあがり、全身がくの字に折れ曲がった。"鸞業区"、そのすべての鎖の柱が重みを増して、さらに地面の下へとめりこむと、巨大なクレッタの身体があらぬ形に歪曲した。
そして、間髪入れずに、ロクの手元から電気が飛散する。彼女も、頭に血が昇っていくのを、心臓がうるさく跳ねあがっているのを差し置いて、コルドに続いた。
「六元解錠──"雷円"!!」
眩い光があたりを覆い、そして鋭い轟音が鳴り響くと、いびつな形のまま白目を剥いているクレッタの周囲に雷の膜が張った。それは球体状で、文字通り、クレッタを包囲する。
「ァ、ヴ……ッ、グガガ……」
声を発する余力はあるようだった。だが、クレッタの頬には大量の汗が噴き出していて、開きっぱなしの口をはくはくと動すのみだった。
「形を変えたければ変えてみろ。できないだろうけどな」
レトは、額に滲んだ汗を拭って、息を整えてから言った。手元の集中を切らさないように、ロクは注意を払いながら、レトに訊ねた。
「ほ、本当に身動きとれてない……! でも、なんで? もっと大きくならないの?」
「なれるならとっくになってるんだよ。おそらく、あの体積が最大なんだ。だからあいつにはもう、いまのままの大きさでいるか、小さくなるかの二択しかない。だが小さくなるのはかえって状況が悪化する。体積が縮小すれば、体内に入れこんだ鎖も集約されるからな。つまり、いまの筋肉量でも受け止めきれていない重量を、小さい身体で支える羽目になり、余計に身動きがとれなくなる。もしいま以上の大きさになったとしても、お前の"雷円"に引っかかって自滅する」
もがくこともできず荒い呼吸ばかりしているクレッタを見上げながら、レトはロクにそう返した。
「でかい図体は的も同然だ。さっさと小さくなっておけば免れただろうけど……それを利用させてもらった」
連携のさきがけが、レトによる四元級の攻撃だったのは、クレッタを追い詰めないためだった。追い詰めてしまえば状況の悪化を恐れて、戦闘の最中に身体を変化させてしまう──現状より小さい身体に変わる──可能性があった。そのあとロクが続いたのもほとんど同様の役割で、ロクとレトは、クレッタに決定打を与えず「現状のままで戦える」と丁寧に擦りこんでから、コルドに手番を渡したのだ。
緊張が走る。クレッタの目はさらに赤く血走り、いまにも歯を剥き出しにして噛みついてきそうな形相で、三人を見下ろしていた。すると、クレッタがガタガタと縦に揺れ始めた。三人が警戒を強めたとき、クレッタは高らかに吼えた。
「グァッ──ガガア!!」
次の瞬間、三人は、地面の下から異様な殺気が迫り上がってくるのを察知した。しかし、間に合わない。回避しようとしたとき、突然地面が隆起し、無数の木の根が産声をあげた。
「まずい、避けろッ!」
木の根の切先が三人を目がけて伸びる──しかし、襲いかかってきた木の根の切先がすべて、速やかに斬り落とされた。
ぼとぼとと音を立て、木の根の残骸が次々に転がり落ちた。咄嗟のことで驚く三人だったが、唯一ひとつだけ、一陣の風が横切った気がしていた。だがそれは気のせいではなかった。一人の老齢の女が、半壊した東門を通り抜け、近づいてきた。
「なるほど。これも神族の力ですね」
左手に刀を携えたチェシアがゆっくりと歩み寄ってくる。その出で立ちには一分の隙もなかった。険しい表情でクレッタを見上げるチェシアの姿をみとめると、コルドが目をしばたいた。
「チェシア副隊長」
「そのまま、注意を逸らさずお聞きなさい。住民の退避は完了しています。また、元魔の再発生に備えて、街の中には次元師を残してきていますから、ご安心を」
チェシアの言う次元師は、ラッドウールを指しているのだが、三人は彼が到着していることを知らされていない。そもそも、チェシアが次元師であることを知っているのはコルドだけで、ロクとレトはしばし呆気にとられていた。ロクが、チェシアにそれを訊ねようと口を開きかけたが、言葉は続かなかった。
「信仰しろ」
頭上から聞こえてきたその声に、意識が取りあげられた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.171 )
- 日時: 2025/05/19 00:34
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第153次元 時の止む都29
チェシアは『それ』をじかに耳にするのが初めてだったが、ロクアンズ、レトヴェール、コルドの三人の目に強い警戒の色が灯ったのを見て、臨戦態勢をとった。
すばやく"希刀"の柄に左手を翳し、チェシアは叫んだ。
「下がりなさい!」
地面の下からせりあがってきた無数の木の根が断ち切られた。
クレッタの様子が、見る見るうちに変化していく。灰色の体毛がより一層濃くなって、四肢にはどす黒い血管が浮き上がった。そしてクレッタの身体は、これ以上大きくならないと考えていたのに、また見る見るうちに成長していき、"雷円"の膜を破った。
瞳の赤色は、まるで噴き出したばかりの血潮のように、磨きをかけて鮮やかになった。
雄々しく高鳴きをするクレッタの鼻先も見えなくなって、四人は絶句した。
クレッタが頭の位置を下げ、勢いをつけて巨大な角を振り仰ぐ。それとともに地面を割って跳ねあがった無数の木の根が四人に襲いかかった。
刀身が鮮やかに空を薙ぎ、軌跡が走る。チェシアは、満身創痍な三人の姿から、激闘を終えたばかりだとわかっていて、己が最前に立つべきと自負していた。
木の根の大群は、一本も余すことなく断頭され、弾け飛ぶ。しかし、豹変したクレッタの巨角は凌ぐに及ばなかった。
クレッタが動き出す。
("嵩重"で重くした"鸞業区"を身体中に抱えたまま……動けるのか!?)
コルドは顔から血の気が引いていくのがわかった。クレッタは、角を地面に突き刺したまま、ぐぐと地中を泳がせて、そして地面を割って角を突き上げた。
「回避に集中しなさい!」
振り返らずにチェシアは言い渡して、すばやく腰の位置を落とした。
(元力は残り僅か)
であるなら、最大出力で、最速で片をつけるしかない。チェシアは刀の柄を握る手に力をこめ、闘志を燃やす。
「七元解錠──、"井駄斬り"!」
刹那、格子状の烈閃が迸る。それは刀身から解き放たれると、クレッタの頭部を捉えて切り刻んだ。
だが。クレッタはまるで微動だにせず、首を仰け反らせもしない。
目をしばたく、間もなく、クレッタは大口を開けてチェシアを丸呑みにした。雑に数回咀嚼したのち口の端から彼女は吐き捨てられた。五体を投げ出し、空中を飛んだ彼女は城壁だった瓦礫の山の天辺に落ちた。それを目で追っていたロクは、たまらずに叫んだ。
「副隊長さん!!」
コルドは鎖の破片を握りしめた拳を震わせ、疾走していた。
そのとき、首を伸ばしてどこかを見据えたかと思うと、クレッタはわずかに呼気を吐き、すぐに身体の向きを変えた。そしていきなり駆け出して、エントリアの街の中へと入っていった。
否、街の中ではない。クレッタの視線は街の端、西門に注がれていた。
「早く追いかけなさい! 私はあとに続きます!」
チェシアは瓦礫の山から這い出てきて、怒号をあげた。額から絶え間なく流血している彼女は、そうでなくとも顔を真っ赤にして、きつく目の端を吊りあげていた。
ロクは、チェシアの姿を見て胸が押し潰される思いだったが、それを振り切って自身を奮い立たせた。
「副たいちょ……っ、ごめんなさい! ──行こう、レト、コルド副班! 絶対に止めるんだ!」
レトとコルドが頷き、三人は、足元がもつれながらもクレッタのあとを追う。元力はもう底を尽きかけている。彼らの顔にはひどい疲労の色が滲んでいて、いますぐに倒れてもおかしくなかったが、駆ける両足を止めてはならないと心臓がずっと言っていた。
変わり果てた街中を三人の影が疾走する。さきがけを務めたのはレトだった。ほかの二人に比べればまだ元力に余裕があったのだ。だがレトはもうずっと歯を食いしばっていて、一秒が経つたびに、いつ息を切らして倒れるのだろうと不安を抱えていた。
レトはクレッタの脛に焦点を合わせる。残りわずかな元力を燃焼して、叫ぶように詠唱した。
「五元解錠──"真斬"ッ!」
振り薙いだ銀の刃から鋭い斬撃が飛ぶ。狙ったままに、一直線上に空を掻き切って、斬撃はクレッタの左足に突き刺さった。
しかし、足を止めるどころか振り向きもせず、まったく意に介していない素振りで、クレッタはぐんぐん遠ざかろうとする。
「っ、硬すぎる、だろ……!」
直後、レトの身体の重心がぐらついた。そのまま意識が吹き飛びかけて、彼はさらに強く奥歯を噛みしめた。
そのとき後ろを走っていたロクが、咄嗟にレトを抱きとめた。
「レト!」
レトと義母にかけられた呪いを知っているロクは、それを察したのか、一瞬の間、心配そうな目を彼に向けた。
だがレトと目を合わせるとすぐに前を向いて、足元に電気を纏わせる。そして、早く行けと言わんばかりの顔をしている彼をその場に残して駆け出し、加速した。
巨大な屋根のような腹の下をくぐり抜け、ロクはクレッタの正面に躍り出ると、格子状の傷がついた顔面に向かって手を翳した。
「これ以上先には行かせない──!」
細い電気の糸が、ロクの全身から噴出する。びっしょりと頬を濡らす汗を雷光が照り返した。これまで、今日ほど元力を消耗した戦いはなかった。血液ではないそれがからからに渇いていくのが手に取るようにわかる。けれどもかき集めて、集めて、小さな手のひらにそれを託そうと全身全霊で足掻く。
そしてロクは手のひらに眩い光を蓄えて、口を開いた。
「六元か」
しかし紡げなかった。
ロクの手からさあっと雷光が飛散して、消える。身体の内側から激しい警鐘が鳴り響いていた。
"これ以上は本当に底を尽きてしまう"、と。
「──」
ロクは大きな左目をさらに見開いて、硬直した。発動できない。その事実に打ちひしがれ激しく動揺したせいなのか、身体が先に限界を迎えたのか、そのどちらも要因になってしまったのかもしれない。ロクは、ふいに全身から力が抜けて、踏ん張ることもできずに、倒れこんだ。
薄目を開けて突っ伏すロクの頭上にそのとき、影が降りかかった。クレッタの頭部が、屋根のようになって、沈みかけた太陽の光を遮ろうとしていた。
踏み潰される。
なかば意識を失ったロクがそうぼんやりと肌で感じ取ったとき、事態はまたしても唐突に変化した。クレッタの首が、がくんと激しく折れ曲がって、瞬間地面に頭を叩きつけた。頭だけではない。角も胴も足もすべて沈んで、その衝撃で激しい音が立った。
目を光らせたコルドがその手に鎖の欠片を固く握りしめていた。血が滴り落ちていた。彼は、クレッタが轢き潰したのであろう、逃げ遅れた人間の無残な死体の一片を踏まないように立って、鋭い眼差しをくれる。
「止まれ……!!」
クレッタの全身に突き刺さっている何本もの大きな鎖の柱が、かの神をふたたび地面に縫い留める。コルドは、新しく次元技を発動できるほどの余裕がなかったし、"嵩重"や"鸞業区"を解除したところでほかに引き留める策を持ち合わせてもいなかった。だが偶然にも、無意識にも、高めた"意思"をさらに注がれた次元技は力を増して、ようやくクレッタは足を止めた。
だが。それもつかの間だった。クレッタの足の関節が伸びる。背が浮きあがる。角がまっすぐ空を向く。そして目が赤く赤く光ったとき、クレッタは我を失ったようにがむしゃらにがなった。
「信仰しろ! 信仰しろ! 信仰しろ! 信仰しろ! 信仰しろ!」
咆哮しながら、クレッタは前足を振りあげて立ち、背中を仰け反らせた。そのままぐるんと身をねじった。前足の影が、コルドの頭上に落ちた。
前足が地面を殴打すると、街路樹や石畳が粉々になって飛散し、土煙があたりを覆い尽くした。
一人街路の真ん中に突っ立って、呼吸をするので精一杯になっていたレトは、土煙のせいで顔を伏せていたのだが、やがて視界が晴れてくると、倒れているコルドの姿を目のあたりにした。
「コ、ルド、副班」
口をはくと動かして、レトは眉を寄せた。
そのときだった。レトは、荒々しい視線を全身に浴びて、打たれたように顔をあげた。
クレッタの赤い視線がレトの瞳に突き刺さる。クレッタはぴたと進行をやめて、立ち止まり、レトを注視していた。
(──なんだ?)
だれかに見られている。それも、クレッタではないだれかが、クレッタの視界を介してレトを見ている。そんな気がした。
そして次の瞬間、クレッタは頭の位置を低くすると、いきなり猛突進した。
「グル、ア。アガ、ルアアア゛!」
巨大な角が怒涛の勢いで迫ってきてレトは成す術がなかった。真正面から角の激突を受け横跳びに吹き飛んだ。崩れかけた家屋の石壁に背中から衝突する。ぐしゃりと倒れこみ、ひゅうと細い息を吸いこむと、すぐにまた角の鋭い先端が降った。降り注いだ。何度も、家屋の屋根を叩いては角を引き抜き、叩いては引き抜いて、ぐちゃぐちゃになるまで押し潰した。
そして、ゆらりと頭部が持ちあがったかと思うと、クレッタは空を仰いで雄叫びをあげた。
「ヒオオオオ」
ヒオオオ。ヒオオオオ。クレッタが咆えるたびに街路の石畳はめくれ、草木は傾いて、街中に咲いていた国花の花弁が散り散りに舞う。
しばらくすると、クレッタの身体がだんだんと小さく、縮んでいった。
やがて人間の姿へと変化すると、ぶらりと首を垂れて、クレッタはじっと立ち尽くした。そして、ぱちぱちと目をしばたいたのち、素っ頓狂な声をあげながら顔をあげた。
「ア? ……。ああ、クソ。あいつ、干渉しやがったな」
ごきりと首の骨を鳴らして、クレッタは独り言ちた。
それからクレッタは二本足で歩きだして、倒れ伏しているコルドの前で立ち止まった。片手でコルドの頭を鷲掴みにして乱暴に持ちあげる。コルドが呻き声をあげるのを、つまらなさそう目でクレッタは見た。
「こんなもんか。飽きた」
雑にコルドの頭を放り投げたあと、視線を滑らせたクレッタはあるものを見つけた。それは金色の髪だった。近づいて、瓦礫に埋もれたそれを引っ張りだしたクレッタは、昏倒しているレトの顔を見つめた。
呆けた表情のまま、クレッタは「ああ」と声をあげ、そして徐々に口角をあげた。
「見たことある、あれだ。オマエ……エポールだ! ダイキライな、この国の王ども!」
クレッタはそう言うと、金の髪を掴みあげたその腕を乱暴に振って、レトを街路に放り投げた。
「そうだ、そうだよな! ダイキライな! 憎い! 忌々しい! 敬愛すべき! 称えるべき! ダイキライな、ダイキライな、ダイキライなキライなキライなキライな王ども!!」
裂けんばかりに口の端を曲げたクレッタは矢継ぎ早にそうわめいて、レトの首を掴み、振り回し、投げては、蹴り飛ばし、笑って、笑って笑いながら殴った。すでにレトに意識はなかった。でもクレッタは目の前の金の髪にただひたすら手を伸ばし、突き放した。それを繰り返していた。
クレッタの笑い声だけがあたりに響きはじめた頃、うっすらと開いていたロクの瞳に光が灯った。
細くぼんやりとした視界の奥では、二足歩行の影が手足を存分に振り回して、金色の髪がそのたびに乱れていた。
「れ」
景色がだんだんと鮮明に映し出されていって、レトが危険だと悟ったロクだったが、彼女はうまく動けなかった。手を地面につけ、身体を寄せるようにして起きあがろうとした。しかし力が入らなかった。動きたいのに、飛び出していきたいのに、いつでもできたはずなのに、できなかった。
潰れかけた喉がひゅうと音を鳴らした。
「ぇ、……」
左目の端に滲んだ涙が、零れて落ち、つうと鼻の上を滑って、地面を濡らす。
「レト……!」
喉のずっと下からこみ上げてきた声を、吐き出したそのときだった。
激しく心臓が跳ねて、ロクアンズは締めつけられるような頭痛に襲われた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.172 )
- 日時: 2025/06/01 18:14
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第154次元 時の止む都30
これまでに感じたことのない痛みだった。
ロクアンズの頭の中では断続的に、鈍痛が響いている。心臓は激しく脈打ち、元力の枯渇した血液がすさまじい速さで体内の隅々まで巡っている。重心を支えていなければ、地面の下に沈んでしまうのではないかと不安に駆られるほど、身体全体が重たくなった。
(なにが、起こっ……)
サオーリオにいたときからどうも、ずっと、調子がおかしい。知らない頭痛がしている。まるで胃から逆流したものをすかさず喉から下へ押し戻すように、静かに寄せては返す暗い海の波のように、頭の中心にとどまり続けている不安感が、緩やかにロクを締めつけている。
思い当たる節はないはずだった。
『さようならね』
ふいに、だれかの声が頭の中で響く。
『あなたと私は、もう二度と会うことはないでしょう。幸せだったわ。私のもとへ来てくれて、ありがとう』
だれかが目の前にいて、自分に声をかけている、そんな光景だった。頭のてっぺんから、足の爪先まで、しっとりと雨水に濡れていくような寒気が肌を撫でた。
『あなたの幸せを願っています、』
──"ロクアンズ"。声の主が、そう言ったように聞こえた。
雷鳴。
エントリアを覆う暗雲に一筋の雷光が迸り、広い街路の上を、その光の大塊が穿った。落雷だ。落ちたのは、クレッタの立っている位置から近く、無防備にしていたクレッタは咄嗟に飛びのいた。
半円状の大きな穴が地面に空いて、黒い煙が逆立った。
ぽつりと、空から落ちてきた雨粒が、ロクの頬を濡らす。途端に、篠突くような雨が降りだした。
ロクは左目をいっぱいに見開き、驚愕と困惑の色をその目に浮かべていた。
(あれ、いまの、あたしの力じゃ、)
ない。鼓動が逸る。
元力はもうわずかにしか残っていなかったはずだ。だって術は発動できなかった。なのに、ロクの心臓はどくどくとうるさくて、血が巡って、なにかを強く主張しているみたいだった。
(──だれの力……?)
ロクの瞳が揺らぐ。
クレッタのため息が聞こえてきて、ロクははっと我に返った。
「驚かせンなよ」
クレッタは口を尖らせて、そう言いながら、レトヴェールの首根っこを掴む。彼はされるがまま、ぶらりと頭を垂れた。また彼に暴力を振るわれるかと恐怖したロクの喉はぐっと締まったが、彼女は反射的に口を開いていた。
「待って!」
ロクが、目尻をきつく釣りあげて叫んだそのときだった。彼女の全身から猛烈な電気が飛散し、地上をすばやく滑走してクレッタの脚元を焼き払った。クレッタはまたしても反応が遅れた。ついレトの首を離し、跳びあがったあとに、大きく舌打ちを鳴らした。
身体中に電気の糸を纏わせる。四肢に鞭打って、ロクは立ちあがった。
どこから湧いているのか、ロクにはまったくわからなかった。しかし間違いなく元力だった。拳を握り締めれば、雷光が飛散するのを、彼女はぼうっとした目で見下ろした。
長い耳に小指を突っこんで、クレッタはけだるげに言った。
「もう用はない。そいつを殺したら帰──」
頬が裂け、黒い血潮が跳んだ。緩慢に首をねじったクレッタは、ロクが距離を詰めてきていて、電気を纏った腕で殴りかかってきたのだとわかった。
クレッタはすかさずロクの腕を強い力で掴んだ。しかし空いたほうの腕でロクは今度こそ、クレッタの頬を殴りつけた。すると、電気の力で勢いづいたのか、クレッタの身体がねじれて飛んだ。横転したクレッタだったが、指先がぴくりと跳ねた。一瞬にして爪が長く伸びて、クレッタは前動作もなしに、筋力だけで跳びあがった。そしてまるで獣の鉤爪のような鋭利な光を放つそれを振りかぶり、ロクに襲いかかった。
ロクは、肉薄したクレッタの爪の矛先をすんでのところで躱し、手首を掴んだ。なにも口にしなかった。彼女の手からは、烈火のごとく、雷撃が噴出した。
「ヴアアア」
クレッタは顎を天に突きあげ、絶叫する。顔の輪郭がぶれ、首が左右にがくがくと揺れて、クレッタは絶えず鳴き喚いた。
「オマエ! オマエ゛! なンだ!!」
鼻の先がつくほどの至近距離で、クレッタはロクに怒号を浴びせる。すると、クレッタの両肩がぼこりと音を立てていかった。ぼこり、ぼこりと、骨が膨らんで、ずらして、徐々に身体の形を変えていく。クレッタは熊のような太い胴と手足、牛の角を頭に据え、そして背中にはたくましい竜翼を広げた。荒息を吐き、眼下のロクに向かって腕を振り下ろす! ロクが飛び退くと、拳が地面に叩き込まれて陥没した。
矢継ぎ早に、強烈な殴打が目にも止まらぬ速さで降り注ぐ。電気の糸が、残光を引く。踊るように躱す。いなす。喰らう。けれど倒れず、鋭い眼光でクレッタを睨みつけると、燦燦とした雷光が放たれた。
クレッタと格闘を繰り広げるロクの動きは、電気で筋肉を刺激しているのか、目で捉えられない瞬間があるくらいに俊敏だった。
地面に伏しているコルドは、起きあがろうとしていたが、ロクの姿に釘づけになっていた。正確には、まるで彼女らしくない動きを目の当たりにして、驚いていた。
(ロク、なのか……?)
妙に、視界が広い。左目だけのロクの視界は常に、右側が不明瞭だったのに、長年付き合ってきた不利な景色を忘れてしまいそうなほどに、徐々に鮮明になる。
けれど、頭の痛みは増すばかりで、一向に引く気配がないのだ。それどころか、痛みは収束して、塊みたいになって、頭の中心に寄り集まってくる。ずっとずっと、そこでなにかが響いていた。
目の前の人間の目の色が変わったことには、クレッタは気づいていた。そしてなぜだか、この人間に喰われそうだ、という野生の勘が働いていた。にじり寄ってくる本能的なそれは恐怖とは違っていた。まるで、得体の知れない生き物と遭遇したときに湧いてくるような警戒心だ。
判然としない。気味が悪い。むしゃくしゃする。クレッタは底知れない心地悪さに、無意識のうちに低く唸っていた。
そして、ぷつりと目尻の血管を切らし、白目を剥くと、クレッタは腹の底にためていた渾身の力を振るった。
「アア──! ヴアア゛ッ!」
太い腕が存分に振るわれる。ついにロクは、反応ができなかった。咄嗟に、腕で顔を覆ったものの、襲いかかってきた猛威に身体が弾けた。ロクは高く飛びあがり、弧を描いて空を舞うと、地面の上にぐしゃりと落下した。
クレッタは鼻の穴も、口も広げて、呼吸を荒くしていた。
「ハア、ハア」
ロクはすかさず、雷を焚いて、四肢を叱咤する。立て。起きあがれ、と。命令は一瞬にして全身を巡り、頭に、腕に、胸に、脚に、意思を点火する。彼女はふたたび立ちあがろうとしていた。
しかしぴたりと動きが止まってしまう。ロクは飛びこんできた光景に瞠目した。
見ればクレッタが、倒れているレトを目がけて、怒涛の勢いで地の上を走っていた。
「オマエがいるから、この国のヤツらは、喚き立つ。また殺してやるよ! ヒトリ残さず! 跡形もなく! 殴って引き裂いてちぎってブザマに、殺してやるんだ!!」
心臓が跳ねる。見開いた左の目は、瞬きができず、逸らせず、義兄の潰れてでこぼこになった顔を直視した。
口だけが動いた。
「だめだ」
電気の糸が舞う。
「──、レトっ!!」
力で無理やりに動かした棒のような手足よりも、ずっと痛いままの頭よりも、高鳴る心臓を真っ先に連れて、ロクは走った。
そのとき。
目の前で雷光が爆ぜた。
光に包まれたロクは、この一瞬。
白い世界の中で一人だった。
痛かったのは頭ではなく右の目だったのだと、ようやく気がついた。
眩い光が天上から一直線に落ちて地を穿つ。残光が空を真っ二つに裂いた。一本の光の大槍は、クレッタの脳天を突くとただちに爆発するように膨張した。天から下された巨雷の鉄槌がクレッタを殴打する。人間より遥かに大きな身体を持つクレッタがまるで豆粒かのように圧倒的な質量で、雷撃は神の身を塵芥にせんと燃え盛る。
若草色の前髪が、風に弄ばれて揺れた。
雷を呼んだ少女は瞳孔をかっ開き、硬直していた。
視界が、広い。
星を数えられるほどに鮮明で、本当の景色を映し出していて、けれど彼女の意識は内側にあった。
「────」
このとき、ロクアンズは失っていたすべての記憶を思い出した。
「………………──え……?」
巨雷の渦の中、クレッタは、全身の輪郭が消し飛ばされるかと錯覚するほどの激痛に耐えていた。猛火のごとく盛る電撃が、皮を焼き、肉を焦がし、骨を溶かすのだ。雷の勢力はとどまるところを知らず、拍車をかけて激しくなっていく。
「、ォ、ォ、ォ゛!」
しかしロクは、クレッタには目もくれず、立ち尽くしたまま、俯いていた。
片手は右目を覆っていて、その腕ごと小刻みに震えていた。頭も脚もがたがたと揺れだしていた。それは、雨粒と冷や汗の混ざったものが肌を濡らしたせいではなかった。
「……あ、ああ。あ……っ」
彼女の口元が、はく、はくと、開閉する。衣服をぐしゃりと掴んで胸を抑える。なにか吐き出したがっていた。けれど出てきたのは、言葉にならない声ばかりだった。どこにも焦点が合っていない左の瞳も曇っている。呆然としているのか、動揺しているのかもわからないような彼女の表情には、ただ暗い影が落ちていた。
「うそ。わたし、私は」
そう呟く声が雨の音にかき消された。
すると突如、彼女の足元が陥没して地面の下から十数本もの木の根の群れが飛び出した。
彼女は、咄嗟を利かせて高く跳びあがり、回避した。その拍子に巨雷の柱がふっと収束し、細い電気の糸を残して、瞬く間に立ち消えた。雷の渦中からようやく解放されるや否や、クレッタはけたたましく喚き散らした。それから歯茎まで剥き出しにして、脱兎のごとく地上を疾走し、猛烈な速度をもって彼女に迫った。
しかし、視界の先ではすでに、雷を生み出すあの手のひらが待ち構えていた。
「オイ、その目」
クレッタの口から想像もできないほどの静かな声が、ふいにこぼれ落ちた。
金色の光が彼女の顔を照らしだす。轟く雷鳴が耳に差す。横殴りの雨風が、ごうと吹き荒れる、まさにそのときだった。
「オマエ、いたのかよ」
若草色の前髪がめくれあがってそれが見えた。
「裏切者の……──【心情神(ハルエール)】ッ!」
開かれた右の瞳は、血に濡れたような鮮やかな赤色だった。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.173 )
- 日時: 2025/06/01 18:22
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第155次元 時の止む都31
赤い瞳が光る。
その艶やかで、いたく鋭い眼光は、いくら雨足が強くなっていこうとも、月明りが曇ってしまっても、なおも煌々と輝いて、迫りくる生命の神を真っ向から射抜いた。
激しい雨が地面を叩く。暗雲の間をやみくもに駆けた雷光が、街中のいたる場所に次から次へと降り落ちる。
高く跳びあがって八重歯を見せつけてきたクレッタを仰ぎ見て、ロクアンズは片手を掲げた。
「八元解錠」
彼女は扉を開く。
「──"雷撃"!」
巨大に膨張した雷電の塊が解き放たれ、光を浴びたクレッタが燃え盛った。クレッタは口を縦一杯に開けて絶叫する。その質量の余力をいったいどこに隠し持っていたのだろうか。彼女だけではない。天候さえ豹変し、嵐のように強い雨風が吹き荒れている。
一瞬のうちに、クレッタの外皮は真っ黒焦げになる。灰塵も同然の肉体は、ただの黒い塊に変えられて、ぼろ雑巾のように落っこちた。直後だった。黒い塊がうごうごと身動ぎをしだす。そして何度も地面の上を跳ね、焦げた皮膚を剥がす。ぼこぼこと音を立てながら伸び縮みしていると、やがて頭が膨らみ、手足も伸びてくる。
しかし赤い眼差しは看過しなかった。
眩い一閃。力を圧縮させた細い雷の砲撃がまっすぐに飛んで、いびつな黒い塊のままのクレッタに突き刺さった。そのまま、地面と並行に、クレッタは中空を横っ飛びする。その速さは凄まじかった。あっという間に、クレッタは東門の城壁と衝突した。
左右で長さの違う手で、積み上がった瓦礫の山肌を掴むクレッタが、のっそりと這い出てくる。
かろうじて二足歩行の生物の外形をとっていた。が、すぐに背骨が柔らかく曲がって、身体と脚の長さが変形する。より速く、より遠くまで走れる肉体に替える。しかし走り出せなかった。ぴりっとした鋭い気配を感じ取り、耳が立つ。視界を動かすと、その奥から、目に痛いような光を纏った人影が、人間には出せない速度で地面を蹴って迫ってきた。雷光だ。雷を纏ったロクが、地面を踏みこんで、跳躍する。残光が斜線を描いて空を裂き、その脚を張って彼女はクレッタを蹴り飛ばした。
ごうと低く唸る雷鳴が、一向に止まずにあたりに轟いていて、チェシアは失いかけていた意識を明らかにした。
瓦礫の山の中から下半身を引き抜いて、彼女はようやく地に足をつけたのだが、その目に映ったのはロクがクレッタらしき生物と差し向かいになって、そして攻撃の手を緩めず果敢に戦っている様だった。状況を読み取るのに困難したチェシアは、唖然としてしまった。
北門から視線を捧げるラッドウールも、巨大な鹿の姿をしていたクレッタが街を横断して疾走しているのを目にしてから合流を目指していたが、その道中で、天気がおかしくなったことに気がついていた。
「……ロク──……?」
落雷が、すぐ近くの地点を強打して、キールアは高い声をあげて身体を逸らした。この場を離れてようとしても意味はないのだろう。まるで突然嵐が訪れたかのような、横殴りの豪雨と降りしきる落雷が、街中を襲っているのだ。
キールアは遠くの空に、幾度となく瞬く雷光を、不安げな瞳で見つめていた。
──危険信号はとっくに鳴りだしていた。
神が、外皮を焦がされ、骨を痺れさせ、胴を貫かれ、頭を殴られ、再生も変形も許されず一方的な暴力を許容しているなどと、天地がひっくり返っても認められるはずがなかった。クレッタは、はらわたが煮えくりかえるほどの憎しみを育てていたが、それを吐き出す隙さえなく電撃は降った。
赤い視線がかち合う。
このままでは、"殺される"。クレッタの憎しみとは裏腹に、全細胞が危険を知らせるように沸き立っていた。
クレッタはすばやく思考を巡らせた。走ろうとすれば脚を焼かれて、叫ぼうと口を開けば喉を焼かれる。無論、植物を操ろうとするものならば、火を灯したような熱い切っ先をした電撃で斬り捨てられるだろう。
高い空を見つめ、クレッタは逃走の手を決めた。雷撃を受ける、それが捨て身になってでも、クレッタは背中に小さな翼をたくわえた。そして彼女の一挙手一投足を眼と耳で観察する。彼女が片腕を突き出したそのとき、もう片腕が後ろへ振り切るのを目で見て、身体の重心がもっとも地面に負荷をかけた瞬間を足のつま先で感じ取って、両目で瞬きをする音を聞き分けた。野生の勘が"ここだ"と告げる。すかさず、クレッタは翼を大きく広げて、飛び立った。
身体の形は飛行しながら操作するしかなく、クレッタは急いで鳥本来の体格へと変形した。そして暗雲に紛れてしまえるまで高く、疾く、ぐんぐんと高度を上げて飛翔した。
しかし。ロクの赤い目に映る景色は恐ろしく鮮明だった。彼女は空に手を翳す。豆粒大にまで小さくなったクレッタの目頭に眩い光が降る。雷鳴。激しい爆音を伴った落雷が飛ぶ鳥を叩き落とした。
黒い煙をあげる消し炭のような小さな塊が、真っ逆さまに落下する。
ロクは赤い目をぎらつかせて、ゆっくり足を動かした。一歩、また一歩と、しっかりとした足どりで向かった先はクレッタの落下地点だ。
しかしロクは、道中でぴたと足を止めた。そしてまだ空中にいるクレッタを視界の真ん中に捉えてから、自身の腕を見下ろした。
纏っていた電気がふいに立ち消える。
彼女が小さな口でわずかに息を吸う。すると、右目の赤色はより濃密に、より色鮮やかに光を放った。
落下するクレッタに焦点を合わせ、詠唱する。
「────"呪記ノ零条"」
黒い消し炭と化したクレッタは"それ"の気配を感じ取って我が身をがたがたと震わせた。
"それ"がどのような呪いであるかを知っているのだ。
鳴り続けている危険信号が一層激しくがなる。クレッタは、ふたたび鳥の姿に戻ってゆきながら、空の上からロクを睨みつけて号哭した。
「クソクソクソクソッ、オマエェ──ッ!!」
突然、クレッタの落下地点から、無数の木の根、あらゆる植物が地面を割って噴き出した。怒涛の勢いで急成長し、それらは東門の方角に向かって幹や茎を伸ばす。そして気絶しているアイムを乱暴に捕まえると、ばねのように反動を利かせて、巨体のアイムを投げ飛ばした。
旋回しながら宙を飛んだアイムはついに、クレッタの落下地点──ロクの視界の中央に到達した。
次の瞬間。
──異様な紋様が、アイムの白い皮膚の上に刻みこまれる。紋様は崩した文字の羅列のようだったが、現代語ではなかった。紋様は徐々に、不安を誘うような赤黒い色合いに変色して、まるでアイムを侵食するかのように幾重にも折り重なって滲んでいく。
最後に、赤い目が覆い隠されて、やがて完全に赤黒色の薄膜にアイムが包みこまれると──
四散。
衝撃的な光景だった。アイムの身体が酷く凄惨に、しかし花開くようにも大きく弾け飛んで、散る。撒かれた肉体はもはや雨粒と相違ないほどに細切れだった。十尺はあった胴体も、九本の触手も、おかしく並んだ目鼻立ちも、なにもかもばらばらになって飛び散った。
降る雨粒に、黒い血潮が覆い被さった。
ばたばと降る雨音だけが、街中を包みこむ。あとに残った黒い液体の水溜りはすぐに、雨水に流されて、消えてしまった。しかしぼんやりと地面を見つめていれば、その液体は雨水とは混ざらずに、ひとりでに蒸発したようにも見えた。
気がつくと、クレッタの姿はもうどこにもなかった。おそらく暗雲の向こうに消えていったのだろう、目で追える距離にはもういなくて、街の中へと視線を戻した。
ロクは踵を返し、ゆっくりと歩きだした。
足どりは覚束ない、だから小石に躓いただけで、簡単に膝を崩した。息も絶え絶えで、指の一本も動かせそうにないほど疲れた横顔をしているのに、身体を起こして、荒れ果てた街の中を、一心不乱に歩き続けた。
しかし、やがてぷつりと糸が切れたみたいに、彼女は道の途中で倒れた。
さあさあと、耳のすぐ傍で雨音が響いている。そうしてようやく、彼女は瞼を閉じた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.174 )
- 日時: 2025/06/08 23:03
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第156次元 時の止む都32
瞼を持ちあげる。目に飛びこんできたのは、知らない色をした天井だった。
起きあがろうとすると身体の節々が痛んだ。よく見れば、痣だらけで、顔も腫れているようでまだ熱を持っている。
戦いはどうなっただろう。エントリアの街の様子は。クレッタとアイムはどこに──?
レトヴェールが、次々と頭に浮かんでくる不安や疑問と格闘していると、藪から棒に声がかかった。
「レトヴェールさん、起きたんですね。よかった。具合はいかがですか?」
レトははっとして、意識を引っ張られた。見知らぬ部屋の中に、見知った医療部班の班員が立っていて、こちらの顔色を窺っている。部屋の壁や時計、机なんかの調度品は見慣れないが、室内にいる人物や、薬品の匂い、道具の類はごくごく慣れ親しんだもので、此花隊本部の医務室を想起させる。
しかし、医務室でもなければ、本部の一室でもなさそうだった。内装は、まるで貴族が住まう屋敷の客室のような様相を呈している。
しばらく部屋の中を見渡してから、レトは班員の女の質問に答えた。
「……悪くない。まだ、傷は痛むけど」
「そうですか。食べられそうなものをお持ちしますね。すこしお待ちください」
「待て。戦いはどうなった? 収束したのか? エントリアの街は? 神族たちはどこに行った。ここは」
レトは、矢継ぎ早に訊ねた。女は、急にたくさん問いかけられて、思わず手に持っている布巾をくしゃりと潰してしまったが、やがて手の緊張を解いた。
彼女は次のようにレトに伝えた。
神族【CRETE】と神族【IME】のエントリアへの襲撃事件は、つい数日前に幕を閉じた。エントリアは、街中に生存者がいないことを入念に確認されたあとですべての門を封鎖した。街の住民たちは、隣町のカナラと最西の港町トンターバにそれぞれ身柄を置いている。国でもっとも栄えた都市に住む住民の数だ。カナラだけでは、エントリアからの避難民を賄いきれず、此花隊隊長ラッドウールが西部の領主であるバスランド・ツォーケンに協力を要請した。ラッドウールが直近までウーヴァンニーフを気にかけていた経緯もあり、バスランドは快く避難民の受け入れを承諾した。
カナラはエントリア領の一部であるから、領主のイルバーナ家にチェシアが都合を利かせて、避難民の受け入れ体制を整え、また彼らがの所有する別邸を借りられるよう話を通した。別邸は使用人以外の出入りがなくほとんど使われていなかったが、十分な広さがあり、手入れも行き届いていて清潔な状態だった。
この邸宅が現在、此花隊本部の仮の拠点となっている。
此花隊隊員たちは、かつてないほど多忙の日々を送っている。エントリアからの避難民の支援にはじまって、怪我人の治療、神族の再出現への厳戒警備、死亡者の確認とエントリア街内の巡回、やることは多岐にわたり、あげればきりがなかった。
一通り答えたあと、彼女は「あとは」とレトの質問を順番に思い出していって、ふいに眉を下げた。
「……すみません、現場にいなかったもので、これは医療部班の班長から伝え聞いたお話になるのですが……神族は、エントリアの街から消えた、と」
「消えた?」
「はい」
女は頷いた。
レトは戦いの途中で意識を失い、ことの顛末を知らない。消えた、と一口に告げられても、どうにも頭の中では整理がつかない。戦闘部班の班員に訊ねたほうが話が早いだろう。
「……わかった。たくさん聞いて悪い。あと、班長たちはいまどうしてる?」
「ええと、それが……」
彼女はそれを聞くと、今度は歯切れが悪そうに、口元を結んだ。レトが不思議に思っていると、彼女はすこし小声になって答えた。
「……今日は、副班長以上の方が全員で、なにやら会議をしているみたいで……それが、どうにもただならない雰囲気というか。隊のこれからのお話についてかとも思ったんですが、なんだか違うようなんです……。朝から、皆さん、ぴりついていました。まだ、私たち一端の班員には降りてきていないお話みたいです」
女の頬には汗が滲んでいた。邸内のどこかですれ違った上層部の人間たちの緊張を宿した目を見て、萎縮したのかもしれない。
レトにはぴんときていなかったが、次に彼女が口にした言葉を聞いて、目の色を変えた。
「ああ、でも。戦闘部班の方々は、なぜだか班員も出席されているみたいですよ。レトヴェールさんはお怪我がまだひどいので、このまま欠席されたほうがいいかと……」
戦闘部班の班員だけは出席を許可されているのなら、議題は、組織のこれからでもなければエントリアに関わる話でもないのだろう。
次元師もしくは神族にまつわる重大な議題が掲げられている可能性がある。
レトはなんだか嫌な予感がして、毛布を剥がして寝台を降りた。
「会議はどこでやってる」
「え? ええと、二階で……」
「わかった」
「待ってください! まだ、安静に」
女の制止する声も聞かずに、レトは扉に向けて歩き出した。歩くたびに筋肉の軋む音がして、眉をひそめたが、痛い素振りを見せれば強く止められる。だからレトは堂々と歩いてやって、部屋を出た。扉を閉めてすぐに、頭のてっぺんから足の爪先まで、そこかしこが痛んでどっと汗が噴き出した。
壁に手をついてでも、廊下を歩き進めた。やはり、訪れた覚えのない施設だったが、階さえわかれば辿り着くのに時間はかからないだろう。できるだけ人目につかないよう注意を払いながら、レトは会議室を探して回った。
「神族ならば、殺してしまえ!」
木目調の机を叩き、顔を真っ赤にして男が叫ぶ。胴も手足も丸太のように太いその浅黒の男、ニダンタフ・ジーセンは、金の肩章を提げる援助部班の班長である。机を叩いた腕には血管が浮き出ていて震えている。
会議が執り行われているのは、もとは書斎だったようで、壁沿いに本棚が立ち並んでいる。壁紙も絨毯も落ち着いたくすんだ赤色で揃えられていて、調度品は一流の品ばかりだった。隅々まで控えめな煌びやかさを放ち、閑静だったはずの室内はいま人で溢れ、もうずっと騒然としている。鋭い声をあげたのはニダンタフだけではなかった。研究部班、医療部班が腰かけている席の周辺からも、不安の声は相次いで放たれている。黙りこんでいるのはラッドウール、チェシアと並んで、戦闘部班の班員だけであるほどに、ざわめきは嵩んでいく一方だった。
「たかが処分に時間をかけすぎではないか、セブン・ルーカー班長。情報を引き摺り出すならさっさとしろ。お前のことだ、吐かせるのは得意なはず。いったい、収束して何日経ったと思っているんだ? この事実が、万が一外部に漏れたらどうする。そうなれば隊の沽券に関わる事態。『我々が神族を飼っていた』と国中から反感を買う前に、処分しなければならないのは自明の理! これは断じて、譲ってはならない!」
「ニダンタフ班長。言いたいことは理解できますが、冷静に話をさせていただきたい。皆、貴方の大きな声に感化され、興奮してしまっています。これでは話が進まない」
「その娘の目が毒々しいほどに赤いことをしかと目に焼きつけ、神族だとわかっていながら、なぜさっさと殺さないのかと訊いているのだ!」
室内はさらに、ざわめきの声に満ちていく。
その娘、と指をさされたロクアンズが、部屋の中央でまるで見せ物みたいに立たされていた。顔の半分は、右目を覆い隠すように白い布が巻かれている。首から下は鎖で縛られていて、身動きひとつとらせないつもりだ。鎖は、コルドの次元の力によって生み出したもので、彼がロクの隣に控えている。
コルドは、自身の横に立つ、ロクの横顔を見やった。だが、前髪から落ちる影の暗さが深くて、表情が読み取れなかった。そんなコルドもまた、いつにも増して深刻な顔をして、困惑を隠しきれていなかった。
──ロクアンズ・エポールが神族である。
先の戦いで、その事実を目のあたりにしたのはコルドとチェシアの二名だった。彼らは、ロクの右目がほかの神族とおなじように真っ赤であるのを目視し、そして神族が所有する特別な力、"呪記"を行使する瞬間を目撃した。さらにエントリアの街中を襲った雷雨が彼女の力によるものだとわかると、隊員たちはなおのこと納得せざるを得なかった。
二人の証言によって、戦いのあとしばらく昏倒していたロクは目を覚ますや否や、厳重な拘束と監視を受けた。そして、全班の副班長以上の隊員と、戦闘部班の班員の目の前で、つい先刻に、右の瞳の色を明らかにされた。即刻、協議にかけられる運びとなり、現在に至る。
ロクはもうすでに、数多くの尋問と忌避の視線を浴びている。
けれども口を閉ざしていた。
目の端を鋭く尖らせたセブンが、語調を固くして、言い返した。
「まず、神族に関する情報の連携をいたしました。神族は心臓を持たず、肉体の損壊だけで討伐することは不可能。神族に心臓を与える方法もあるようですが、即時の実行は現実的ではありません」
「それも神族【NAURE】の虚言という可能性は?」
白い隊服に身を包み、セブンやニダンタフとおなじく肩章に金の飾りをつけた一人の女が、片手をあげていた。医療部班の班長を務めるミツナイ・マランは、しっかりと結いまとめて崩れそうにない団子状の髪を左右に揺らして、淡々と意見した。
「ノーラの討伐時、ノーラはある機を境に正気を失ったような状態になり、その直後、神族の心臓について発言をし、消滅に至ったと聞きました。正気でなかったのなら、発言の信憑性は低いように感じますが。なににせよ、一度ロクアンズ・エポールの肉体を解体し、検証するのも手だと思います」
「ああ、そうだ、ロクアンズ・エポールをひき潰せば、すぐにわかること」
加勢の声に調子をあげたニダンタフが、セブンがなにかを答える前に、睨みをきかせた。
頬杖をついていたチェシアが、ニダンタフの態度になかば苛立っているような声色で、すかさず切りこんだ。
「神族が心臓を持たないのは、真実でしょう。神族【CRETE】、神族【IME】ともに、我が隊の戦闘部班が総員でかかりましたが、いくら肉体に損傷を加えようとも討伐は叶いませんでした。神族【NAURE】との戦いのあと、報告があがった"歪な結晶のような赤い心臓"を持っていなかった、そうですね?」
チェシアは、コルドに視線を投げた。
戦闘部班の班員は、メッセルとレトを除いて頭を揃えていた。中でもフィラの顔色はひどく、考えこむようにずっと眉根を寄せており、俯いている。
視線のいどころに迷う者が多い中、しきりに瞬きをしながらでも、キールアだけがロクの顔を見つめて、手元を握っていた。
緊張した面持ちで頷いて、コルドがチェシアの発言を肯定する。
「はい。左様でございます、副隊長」
「ひとえに攻撃の手が緩かったのでは? それに子どもばかりが戦線に立っていたのですから」
ついに、チェシアは沸点に達して、右の拳で机を強く叩いた。そして目に角を立て、矢継ぎ早に言い募る。
「口を慎みなさい。先の戦いで、我が隊の次元師がどれほど危険な戦況に立ち、前線を張っていたと知っておいでですか。サオーリオではメッセル・トーニオ副班長が、エントリアではレトヴェール・エポールが善戦し、現在も意識不明です。二人だけではありません。次元師総員、肉体と精神を捧げ戦いに臨みました。それを、我々の軟弱さが招いた結果と? その子どもたちがいなければ、戦況は酷烈を極めていたと断言します」
「であれば! その犠牲を払って得た、ロクアンズ・エポールという大きな餌を前にして悠長に構えていないで、一刻も早く情報を引き摺り出し、心臓を持たせ、抹消する。これ以外のいったいなにが最善だと!? この国の宿敵が目の前にいて、それが豹変するかもしれぬ可能性を秘めているだなんて、我々は巨大な雷雲の真下にいるのと変わらないのですよ!」
だから早く殺してしまわなければならない。ニダンタフの発言の強さに、周囲の雰囲気が徐々に呑まれていく。此花隊に所属する隊員の多くは、神族や元魔に怨恨を抱く。それにメルギース国の民としての矜持もある。二百年も国の敵とされている神族を目の前にして、興奮しやすいのは火を見るよりも明らかだった。だから一つ大きな旗を掲げてしまえば簡単に引き寄せられる。
「ともかく、神族ロクアンズに厳重な処分を」
「彼女はこの次元研究所を壊滅させる目的で紛れこんだに違いない」
「ノーラやクレッタのように豹変してしまう前に、早く!」
「まったく、すこし静かになさい。室外に話が漏れてしまいます。情報の取り扱いに注意を」
チェシアは、室内にこもっていく熱を鎮めようとしたが、とても治まりきらなかった。ニダンタフの激昂を皮切りにして隊員たちが好き好きに発言を放ち、声が飛び交う。どうしたものかと収束にあえいでいると、部屋の奥の窓際にあるもっとも豪奢な長机からたん、と大きな音が立った。
その席に腰をかけたラッドウールが、片手に持った扇子を机に突き立てていた。大きな音の正体は、扇子の親骨の先端が、机をついて出たものだった。
「静かにしろ。まだ、ロクアンズ・エポールがなにも発言していない」
騒然としていたのが嘘のように、室内は、しんと静まり返った。
そして、立ち尽くしているロクに部屋中の視線が集中したときだった。
部屋の扉が開かれる。病衣に身を包んだレトが、室内に足を踏み入れた。
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