コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/06/22 21:01
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜 >>176-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.160 )
日時: 2025/04/05 14:03
名前: 瑚雲 (ID: 57S6xAsa)

 
 第143次元 時の止む都ⅩⅨ

 一頭の早馬が高らかに蹄を鳴らし、野畑を駆け、エントリアの城門へと急いでいた。馬に跨っている灰色の隊服に身を包んだ男は、手綱とともに大量の汗を握りこみ、早々に門を抜けると街の中心部──此花隊本部へと脇目もふらず向かっていった。街の住民や、警備中の此花隊隊員らが、ただならぬ表情をしたその男を一目見て、ざわめき立つ。

「隊長ッ! ラッドウール隊長! お戻りですか! 緊急事態にございます! どうかお返事を!」

 その男の隊員は、本部の門を抜けるや否や、額から滝のような汗を流しながら、人目も憚らず叫んだ。廊下を突っ切っていく彼を見て、なにごとかと注目が集まった頃、廊下の曲がり角から怪訝な顔をした老齢の女性が顔を覗かせた。
 チェシアは、副隊長らしく赤い外套を身に纏い、しゃんと背筋を伸ばした立ち姿で、慌てふためく男を制止するように彼の前に立ちはだかった。

「何です、騒々しい。あなたは……本部の隊員ではありませんね。隊長は現在、ウーヴァンニーフに滞在中です。急用ならば私に言いなさい」

 男はチェシアの姿を見ると、慌てつつも、恭しく首を垂れて、矢継ぎ早に告げた。
 
「大蛇が、紅い大蛇がセースダースに現れたのです、副隊長!」
「大蛇? それはたしか……フィラ・クリストンの次元の力では」
「それが、見たこともない数の元魔と、謎の異形らとともに街で暴動を起こし、セースダースはいま、壊滅の危機に瀕しています!」

 隊員が、唾を散らすほどの勢いでチェシアに告げると、彼女の目の色が変わった。

「とにかく一刻も早く住民の避難と、東門の封鎖を! 赤い大蛇が一体、謎の異形二体、元魔複数体──それらが群れを成し、この街に向かってきております!」

 間もなく、緊急事態を知らせる大鐘の音が何度も、何度も、エントリア上空に鳴り響いた。

 
 本部の廊下では灰色や白色の隊服が忙しなく行き交って、その一部の隊員たちは門の外へと飛び出していく。隊員たちの怒号が飛び交う中、チェシアは鍛錬場で汗を流していたレトヴェールと医務室で養生をしていたコルドを引き連れて、だれよりも機敏な足取りで正門を目指していた。
 その表情はいつにも増して固く強張っている。チェシアは颯爽と廊下を歩きながら、後ろをついてくる二人に告げた。

「端的に説明をいたします。おそらく神族と思われる個体が二体、元魔複数体、それから原因は不明ですがフィラ・クリストンの次元の力『巳梅』のような大蛇が、ともに北東の方角よりこのエントリアに向かっています。東門の警備班員にはすでに事実確認も取らせています。フィリチア付近で謎の軍勢が確認できていると。事は一刻を争います。お二人は急ぎ東門へ向かい、彼らを迎え討ちなさい」
「了解」

 レトとコルドは声を揃えて返事をした。此花隊本部の正門前でチェシアと別れると、二人は指示通り東門へ向けて出動した。

 
 援助部班班長、医療部班班長らとともに、人員の配置指示を含む各所への伝令を早々に終え、セブンは一度班長室に戻ってきた。それまでは平静を保っていたが、ふと一人になると、耳の奥から心音が聞こえだして、何度も息を吐いた。本部中に、そして街中に緊張の糸が張り巡らされていて、部屋の中は静かなのに、頭の奥がずっと騒がしいままだった。
 資料や紙束の山で散らかった長机の端をとんとんと指で叩きながら、セブンは思考をまとめていた。

(神族が二体出現……。その事実だけで卒倒しそうだったが、隊員たちが思うよりも動揺していないのが救いだ。先の神族ノーラの出現が大きいだろう。私も調整を終えたらただちに、避難誘導を行っている西門へ向かわなければ)
 
 東方へと戦闘部班の二班を向かわせたが、二つあった宛のうちどちらかの見当が当たったらしい。それも『己梅』の姿が確認されている以上、フィラの身になにかあったのは間違いない。しかしセースダースからやってきた支部の隊員は、戦闘部班の班員については「姿を見かけていない」と報告してきた。
 セブンはさらに眉間を深めた。
 
(……『巳梅』が神族と行動をともにしているのは、なぜだ?)

 セブンはすぐにかぶりを振った。考えても仕方がない。研究者でもなければ、次元師でもない自分には、想像もできない力の働きがきっとあるのだ。
 そのとき。班長室前の廊下がなにやら騒がしく、セブンは顔を上げた。扉に近づくにつれて、声は大きくなり聞き取れるようになった。

「だから、お、俺だって、戦いに行きたいんだよ……! 止めないでよ!」
「だめよナトニくんっ。キミが次元師かもしれないっていうのはコッソリ聞いたけど……でもまだ使えないんでしょ? エントリアに残ってたら危険だわ……。私たちと一緒にカナラへ向かって、現地の態勢を整えましょ? ね?」
「そんなこと言って、エントリアでカミサマとかを食い止められなかったらどうすんだよ! 二体もいるって! こないだなんか一体だったのにあの戦闘部班の……マジメそうな男の人! 強そうだったのに、腕怪我して休んでるじゃんか! じゃあ一人でも多く次元師がいたほうがいいだろ!」

 ウーヴァンニーフの此花隊第一支部からナトニ・マリーンを引き取り、本部の援助部班手配班へと所属させた。当班のモッカに面倒を見させているが、ナトニの旺盛さに手を焼いているらしいのがこの会話からも伺える。扉越しでも、モッカが眉を下げている表情が目に浮かぶようだった。

「安心したまえ。コルド副班長は回復しつつあるし、さきほど神族らが到着すると思われる東門に向かわせた。同じ方角からは別班の副班長と、君の友だちのロクアンズも向かっているよ」

 セブンは班長室の扉を開けて、廊下で立ち往生をしている二人の前に姿を現した。ナトニを安心させるために、フィラやロクが問題なく向かっているような嘘までついてしまったが、これでナトニが諦めて従ってくれるのなら、嘘も真実も大差ない。
 ナトニは、首をぐるりと回して、セブンの顔を見上げた。

「あ! アンタ……班長の人!」
「君には君の仕事があるだろう? 急ぎカナラへ向かい、先に現地へ向かったほかの援助部班の班員と連携をとってくれ。カナラの街も混乱しているはずだからね」
「なあ! 俺も、俺も戦地に出動させてくれよ! 次元師なんだったら、きっと役に立つから!」
「だめだ。次元の力を発現していない以上、危険な場所に送ることはできないよ」
「じゃあ力がねえ俺たちは、次元師のみんなが勝つのを遠くから祈って、じっさいなにもできないっていうのかよ……!」

 セブンは間を置いたが、表情を崩さずに鋭い声を降らせた。

「なにもできないわけがないだろう。だから指示をしたんだよ。カナラに向かって、君は君ができることをやってほしいんだ」
「で、でもそれじゃあ……みんな戦ってるのに!」
「戦う場所が違うだけだよ、ナトニくん。僕たちは僕たちの戦いをしよう。一人でも多くの人の命を守り、そして一秒でも早く安全を確保する。これが、かっこ悪い仕事だと思うかい?」
「……」

 セブンが片膝を折って、ナトニにそう言葉をかける。まっすぐに視線が重なって、ナトニはなにも言えなくなった。
 しばらく二人の様子を見てはらはらしていたモッカだったが、セブンの言葉を聞くとふいに口元を緩めて、ナトニの背中を優しく撫でた。

「行きましょ、ナトニくん。私たちだって力になれるわよ。……そして、いざってときは、私たちを守ってね。未来の次元師サマ」

 ナトニは、悔しそうに下唇を噛み、ぐっと眉を寄せていたが、すぐに「うん」と頷いた。モッカがもう一度背中を押したので、自然と歩き出していて、二人は正門へと向かった。彼らを見送ったセブンにもまだ本部内の調整、各所への指令、西門の確認──やるべき仕事は多く残っている。

 東の城門塔に配属された警備班の班員たちは、目尻までかっ開いて、城壁の外の景色を睨んでいた。揺らめく影がだんだんと輪郭を大きくして確実に近づいてきているのがわかっていた。それらの軍勢を警戒して、東門を閉じる準備を進めている。城壁の外を出歩いていた街人たちは一人と残さず中へと誘導し、人気がなくなったことを確認した。塔内の班員たちを取りまとめている副班長の男の声に合わせて、鉄製の落とし扉がゆっくりと下ろされていく。

「よーし! そのまま! ゆっくりと下ろせ! 焦らずとも間に合う!」

 副班長の男が、そのときふいに目を見開いた。

「ま、待て! 一時中断! 城門の外に子どもを確認! 一時中断!」

 男が焦ったように叫ぶと、落とし扉がびたりと動きを止める。男たちの視線の先には、草陰から飛び出してきた一人の少年がいた。少年は注目されると、びくりと肩を震わせて、きょろきょろとあたりを見渡したあと、閉じかけた門を見て、焦ったように走り出した。
 ぱたぱたと細い足を振って、少年が門をくぐり抜けようとした、そのときだった。
 少年の背後の空間が不自然に歪んだのだ。

「げ、元魔……っ!!」

 歪みの中心から、黒い塊のようななにかがまろび出てくる。それは赤い粒ような両目を持ち、口らしい部分をがぱりと縦に大きく開いた。奇声が聞こえてきて、やっと振り返った少年だったが、目前にまで元魔の口が迫り、驚きで息を呑んだ。
 動かなくなった手をだれかが引いた。
 そのまま抱き寄せられた少年は、その何者かの腕に抱かれながら宙を跳んで、ガチンと虚空を噛み潰す元魔の姿を見る。
 少年は、頭上から凛とした冷静な声が降ってくるのを聞いた。

「──四元解錠、"真斬"!」

 レトヴェールは『双斬』を持つ片腕を横向きに大きく振って、鋭い真空波を放った。それは空中を跳んで、元魔の身体を真っ二つに切り裂いた。
 ぽかんと口を開ける少年を抱えて走り、レトは東門の前まですばやくやってくると、警備班の班員たちに向けて力強く叫んだ。

「こいつを入れて早く門を閉じろ!」

 しかし、次の瞬間だった。背筋が、ぞっと粟立ち、レトは数多の生き物の息遣いを感じ取った。
 振り返ると、空中にいくつもいくつも歪みが生じていた。それらの歪みの中心から黒い頭が、黒い四肢が、黒い胴が飛び出し、そうして数えきれないほどの元魔がレトを取り囲んだ。
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.161 )
日時: 2025/03/09 20:51
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
第144次元 時の止む都20

 中空に浮かぶもの、地面の上を這うもの、それらは十何体にもなり、レトヴェールに嫌な視線を浴びせた。元魔の群れを前にして、レトはすばやく『双斬』を握り直し、姿勢を低くする。重心を身体の前面に据える。たっぷりと時間を使って構えると、目を閉じた。まるで、彼の周囲だけ時間が止まっているかのようだった。
 ふいに雑音が途絶えて、レトは小さく息を吸った。

「五元解錠」

 黄金の美しい相貌が開いて、瞬間レトは跳び上がった。

「──"裂星閃れつせいせん"」

 目にも止まらぬ速さで斬撃が飛んだ。否、"飛び交った"。あたりに蔓延る無数の元魔たちが、ほぼ一斉に断末魔をあげ、身体の表面をぱっくりと切り裂かれたのだ。まさに瞬きをする間に、幾度となく斬撃を繰り出したレトがやっと地面に着地すると、元魔たちは一匹残らず霧散していった。
 しかし安堵するにはまだ早い。
 撃退した元魔の塵の幕が開けていくと、紅色の鱗を持った大蛇の姿が、レトの視界の先に迫っていた。

「ア゛アア! ギ、イアアアッ!」
「──」

 『巳梅』の口からはとても聞いたことのない奇声が響き渡り、レトは全身がびりびりと痺れるように感じた──そして『巳梅』が巨体をしならせて、怒涛の勢いでこちらに突進してくる!
 レトはこめかみに汗を滲ませ、固く身構えた。『巳梅』の鱗の上には何者かが搭乗していて、さらに、大きな灰色の化け物が無数の元魔に囲まれながら運ばれているのが見えるのだ。
 心構えを新たにして、レトはさらに鋭く目を細める。

(間違いない──……あいつらは、どちらも神族!)

 『巳梅』の鱗の上に乗りかかった何者かが、すうと腹を膨らませ、高らかに雄叫びをあげた。
  
「コルド・ヘイナーはどこだア──!」

 レトは下半身に力をためて、片方の短剣を力強く薙いだ。繰り出された斬撃は一直線に空を切り、『巳梅』の顎を目がけて飛翔する。

「五元解錠、"真斬"!」

 飛んでくるのを察知したか、『巳梅』はぐるりと頭を回して、向かってくる術の波動に激しい奇声を浴びせた。奇声は空気を殴打し、波動は空中で砕けた。あまりにもわずらわしくて大きな鳴き声に、レトは唇を噛み締め、両耳を塞いでしまう。加えて足元を踏ん張っていないと、咆哮の余波に身体が浮きそうにもなった。やがて『巳梅』は、けたたましく絶叫したまま、巨大な頭部を城壁へと叩きつけた。

「ギイアアアッ!」

 大蛇の頭を叩きつけられると城門の一角が凄まじい音を立てて崩壊した。たちまちに悲鳴が聞こえてきてレトは絶句する。半信半疑だったのだ。『巳梅』が神族とともに行動し、挙句に人に危害を加えようとは、到底考えられなかった。
 やめろと叫ぼうとしてレトが前のめりになったそのとき。崩壊した東門の付近から数本の鎖が飛び出して、『巳梅』の頭から胴体にかけて巻きついた。『巳梅』が頭から尾まで激しくしならせているうちに、城門の塀の上に乗りあがったコルドが、鎖を束にして力一杯握りこんでいた。

「俺が……コルド・ヘイナーだ! お前たちは、神族だな!」

 『巳梅』はがむしゃらに頭を振り乱すも、鎖の拘束が解けず、のたうち回った。悲痛そうな鳴き声がコルドの耳に刺さる。彼は表情を歪めた。すでに『巳梅』は全身に怪我を負っていて、血だらけだった。
 苦しそうにもがく『巳梅』をまったく意に介さず、人間の姿をしたクレッタは灰色の頬を紅潮させて、真っ赤な目を輝かせた。

「コルド・ヘイナー……オマエが、コルド! 会いたかったぜ、なア! ノーラを殺した男!! コルド!!」

 興奮の色を剥き出しにしたクレッタは、感情の昂ぶりに合わせて、その身体を変化させた。首や手足がぐっと太く膨れて、隆々とした筋肉に発達していく。瞬く間に、背丈はもとの十倍以上にまで高くなって、全身は硬い皮膚で覆われ、頬の周りには立派なたてがみを生やし、上顎には鋭い牙をたくわえた。巨大な野獣は、大口を開け、空に向かって吠えた。すると、周囲の草木がざわついて、途端に黒い靄が出現した。レトはその目でしかと見てしまった。草陰の下で息絶えている虫や小動物たちから黒い靄が噴き出して、見る見るうちに姿を変えていくのを。
 "元魔"が生み出されたのは、東門の周辺だけではなかった。野獣クレッタの雄叫びが高らかに響き渡ると、エントリアの街中から、暗雲のような黒い靄が立ち昇った。
 間もなかった。街中の全方位から人々の絶叫がこだまする。レトはさらに、元魔の誕生を目前にして混乱もしていたが、すぐに意識が引き戻された。

 巨大な野獣へと変化を遂げたクレッタは、コルドの手元から『巳梅』へと繋がっている鎖の束を一纏めにして、むんずと掴んだ。そして、まるで『巳梅』を槌にでもするように、いきなり鎖ごと振り回した。コルドは、驚愕のあまり咄嗟に回避できなかった。前動作は一切なかったのに、ごう、と風を切る音は凄まじく、すでに半壊している城壁も巻き込まれた。

「コルド副班!」

 レトは急いで、コルドのもとへ向かった。クレッタはコルドの名前を口にしていたし、ノーラを討伐したことも耳に入れているようだった。仲間を殺されたことで因縁をつけてやってきたのだろう。運命の神【DESNY】の姿は見えない。
 城壁の近くから逃げていく者、崩壊に巻き込まれて息絶えている者らを眼下にして、クレッタは咆哮のごとく唸った。

「コルド! コルド・ヘイナー! カンタンに死ぬなよ! なア!!」

 城壁の傍では、これまた巨大な蛇が、ぐったりと横たわっている。鎖に絡まったまま『巳梅』は完全に静止していた。舌を伸ばし、白目を剥いた『巳梅』の傍らで、一人の男が瓦礫を押しのけて姿を見せた。コルドが、クレッタをひどく睨みつけて、眉間に皺を寄せる。

「誰が死ぬか……!」

 『巳梅』に絡まった鎖が、解ける。ばらばらになったそれらは、もう一度空中で渦を巻いて、一つになっていく。
 竜巻が起きる。数えきれないほど無数の鎖の破片が寄り集まって、黒い影がどんどんと膨らみ、形を成していく。コルドは詠唱した。

「──七元解錠、"浪咬なみかみ"!」
 
 渦巻く無数の鎖たちは、巨大な蛇のように竜巻の中をぐるりと遊泳する。見る見るうちに肥大化した鎖の大蛇は、クレッタの喉笛に噛みつきかかった。クレッタの巨大な身体は、勢いに喰われて後方へと傾いた。
 ちょうど城壁に辿り着いたレトは、コルドを見つけて、彼のもとへ駆け寄った。

「コルド副班、街中も危ない! ここは別れた方が……」

 街中からは住民の悲鳴が響き続けている。コルドは百も承知の上で、鋭く切り返した。
 
「いや、いい! 俺たちはここで神族を足止めする。どの道、俺を狙っているようだから、俺がここにいる限り、奴が動くことはないだろうが……万が一、もう一体のあの、いまは動いていないほうの化け物が動きだしたら、一人では対処しきれない」
「そしたら、街のほうは……」
「不安だろうが、あの方に任せておけ。それが最善手だ」

 コルドは、転倒したクレッタから目を離さず、レトに告げた。次第に、クレッタが起きあがってくる。足はしっかりと地に着き、ギラギラと光る赤い両目が、獲物を狙うように、こちらを強く睨みつけている。
 「承知」と、レトは短く了承し、息を荒げている巨大な野獣──クレッタに、意識を集中させた。
 

 エントリアではいま、混乱の渦が巻き起こっている。
 神族の来襲を告げられた街の住民たちのうち、まず怪我人と医師と高齢の者が、西門から外へ逃がされた。しかし想定よりも早く神族が到着し、そしてほどなくして、無数の元魔が街中で発生した。地面の下から、街角から、屋根の上から、あらゆる場所から元魔は姿を現し、退避が間に合っていない街の住民はさらなる混乱を余儀なくされ、一刻も早く街を出ようと西門へと急いでいた。しかし、襲撃から逃れることができなかった者は、西門に行きつくまでに息絶えた。絶望と不安が、一瞬のうちに街中を包み込んだ。

「早く、急いで! 西門で我々此花隊隊員が待機しています! 誘導をしますから、早く退避を!」

 避難誘導に忙しなくしている警備班の班員たちが、切羽詰まった表情で、必死に呼びかけている。街中に残っている住民は若い男が多いが、それでも元魔を初めて目にする者も多く、緊張で走れなかったり、腰を抜かしてしまう者が相次いだ。
 
「……っ、ひ、ああ!」
「ギイイイ」

 中央広場で、足をもつれさせ、派手に転げた住民の男の目の前に、元魔が立ちはだかる。奇怪な鳴き声で男を威圧し、男は完全に委縮してしまった。男は目を大きく見開いて、声を枯らしながら必死に助けを乞う。

「だ、だれか! だれか!」
 
 ついに元魔は大口を開けて、男を丸呑みにしようと覆い被さった。
 ──しかし、そのときだった。
 男が悲痛の叫び声をあげ、腕で顔を覆う。だが、いくつ数えても、死にもしなければ痛くもない。混乱して、顔を上げた男は目にした。
 背後から鋭い一閃を浴びた元魔が、目の前で真っ二つに斬り捨てられた。
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.162 )
日時: 2025/04/05 13:36
名前: 瑚雲 (ID: 57S6xAsa)

 
 第145次元 時の止む都21

 尻餅をつく男は唖然として、いま目の前で、真っ二つに切り裂かれた元魔に釘づけになっていた。残骸が地面の上に落下する。ざり、と靴の裏面で地面を擦った人物を認めて、男はさらに驚いた。

「あ、あなたは……!」

 男の声を置き去りに、彼女は彼の脇をすり抜ける。つられて男が振り向くと、複数体の元魔が次から次へと迫っていた。華奢な彼女は、軽々しく跳びあがり、"刀身"を輝かせる。

「──五元解錠、"疾千しっせん"」

 凛とした妙齢の女性の声が、ゆっくり紡がれるのとは裏腹に、瞬きひとつするのも遅いほどの烈閃が迸った。幾重もの軌跡が宙空を切り刻む。美しい刀捌きですべての元魔の赤い核を叩き割ると、女性は、音もなく地面に降り立った。
 彼女は静かな所作で、鞘に刀を収めた。それから赤い外套をはためかせて振り返った。

「なにをしているのです。早くお行きなさい。この近くに、我が隊の警備班が待機していますのでそちらへ」

 イルバーナ侯爵家の前当主であり、此花隊現副隊長の位置に座するチェシア・イルバーナが、鋭い声で男に告げる。
 チェシアは"刀"と呼ばれる、剣とは形の異なる刃物を扱う次元師であった。刀は、遥か遠くの国に由来し、メルギースとドルギースの連なるこの大陸ではほとんど見かけない。しかし彼女は、メルギース人でありながら遥か遠い大地の刀術の腕を磨き、ムジナド・ギルクスに次ぐ優れた刀剣士としても名が知れている。
 周囲に元魔の気配がないことはわかっていても、すっかり腰を抜かしてしまった男を前にしてチェシアは眉間を深めて嘆息し、さらに語気を強めて恫喝した。

「早くしなさい! 死にたいのですか!」
「あっ、あ! すみません!」

 男は、鋭い一喝を浴びると反射的に身体を跳ねさせて、慌ててその場から逃げ去った。エントリアを領地とするイルバーナ家の前侯爵という肩書きは案外役に立ち、とっくに席を退いていても、この街の住民は、いまだに自分を見て萎縮する。しかし、元魔との遭遇で動けなくなる者の尻を叩いて立たせてやれるならまだいいが、それに間に合わず手遅れになった者も、この短い間に多く目にした。

(街中の至る場所から元魔が発生している。私一人では御しきれないでしょう。かといって、コルド・ヘイナーとレトヴェール・エポールを街に呼び戻すことは不可能。東の方角から聞こえる激しい争いの音は、読み通り、神族が出現した証拠。第二班ならびに第三班は、エントリアへの道中で戦闘不能になっている可能性が高い。警備班の者たちが、持ち堪えてくれればよいのだけれど……)

 チェシアは、元魔の禍々しい気配を察知して、息つく間もなく駆け出した。

 エントリア南西部。気さくな主人が経営している狭い酒場の前には、酔っ払いではなく緊張の面持ちで元魔と対峙する数人の警備班員たちがいた。路上で数体の元魔を取り囲んだ警備班の班員たちは、槍の穂先を元魔たちへ向けて、じりじりと一箇所に集める。その間にも、一般市民を逃がし、西門へと向かわせた。元魔がひとたび奇声をあげれば班員たちはみな、息を呑んで槍を取り落としそうになった。しかし逃げようとする班員は一人もいない。
 近くに次元師がいないときには元魔の注意を惹きつけ、一般市民を現場から離れさせる。これは警備班班長、ひいては隊長ラッドウール・ボキシスより下されている、警備班員が守るべき最重要の鉄則である。
 副班長の男は、胸につけた隊章の前で拳を握ると、その手を掲げて班員たちに言い渡した。
 
「瞬きをするな! 一匹とて逃してはならない!!」

 元魔の唸り声が大きく膨らんでいく。一回り大きな元魔が、激しく奇声をあげて、群れの中から飛び出した。

「ガ、ィアア!」
「おおおッ!」

 大柄な男の班員が、槍を強く握りこんで、飛び出した元魔の脳天を突く。続けて弓兵の班員二人が、高所から元魔らの足元に向かって矢を放った。ただちに矢の檻を乱立させ、元魔らが一瞬、身動きに詰まる。しかし、地面に突き立った矢を噛みちぎって、元魔らは矢の檻にのしかかった。
 元魔らは一斉に動きだした。勢いよく突進し、班員たちの身体に覆い被さる。班員たちは、腕を食われても、脚を貫かれても、元魔を離すまいと喰らいついていた。

「必ず、ここで止めろっ!!」
「この先へは……行かせない! 行かせないぞ、元魔ども!!」

 一回り大きな元魔が身体を起こした。そして、歪な腕を振って乱暴に風を切り、大柄な男に掴みかかった。鋭い爪を男の腕に突き刺し地面に縫いつける。男は絶叫しそうになったが耐え忍んでいた。
 意識の糸が切れる直前、なにかが空を切る、音がした。
 後方から鋭い斬撃が一陣飛来、景色を裁断する。男に覆い被さっていた元魔の顔半分が"斬り飛ばされた"。

「よく耐えました」

 胡蝶のごとく軽やかさで飛翔する、人影──チェシアは、切先まで顕になった刀身を天に翳し、凛とした声で詠唱した。

「──七元解錠。"囲駄斬いだぎり"」

 目では捉えられぬ、"美技"だった。
 術が口遊まれるや否や、格子状に成った斬撃がくうを裂いた。瞬間、十数体の元魔が瞬く間に細切れにされ、黒い肉片が空を舞う。
 が、空中から落下するチェシアに、それは迫っていた。彼女の右側の肩口から赤い血潮が噴き出した。先刻、顔半分を斬り飛ばされた大きな元魔がチェシアの身体に密着し、長い爪で彼女の肩を刺し貫いていた。
 チェシアの顔面に、自身の血が降り注ぐ。細い骨が砕ける音が鳴った。しかしチェシアは声ひとつ上げずに、代わりに一層眉間に皺を集めた。

「副隊長!!」

 大柄な男の班員が力の限り叫んだ声とは打って変わって、底冷えするような低い声でチェシアは言った。

「これ以上、此の街を侵すことは断じて許しません」

 右手から、ふっと刀が立ち消える。しかし。一瞬で、刀は左手の中に現れた。彼女は左肩を後ろへ引かせ、刹那、力強く刀身を振るった。

「七元解錠──、"真斬しんざん"!」

 切先が眩い光を帯びた。刀身は元魔の頬を真一文字に斬り払い、顎の下にあった赤い宝石のような核を砕く。チェシアの何倍もあった大きな元魔の身体が黒い粒子となり飛び散って、霧散した。チェシアは空中から落下し、直後、地面に身体を叩きつけたが、彼女は丁寧に受け身を取った。
 副班長の男が、元魔に噛まれた足を引き摺りながら、慌ててチェシアのもとへと駆け寄った。

「ふ、副隊長……! お怪我を!」

 チェシアは班員の助けを借りずに立ち上がり、頬についた血を軽く拭った。
 ことが済んだのに、班員たちはまだ目を丸くして、呆然としていた。そのうちの一人が喉を鳴らし、思わず笑みをこぼす。

「う、噂には聞いていたが……」
「ああ。あれが、チェシア・イルバーナ副隊長の次元の力──『希刀きとう』だ……!」

 チェシアは動かなくなった右腕の代わりに、左腕で『希刀』を一振りするとそれを鞘に収めた。チェシアの傍まで寄ってきた副班長の男の情けない表情を見ると、チェシアは眉根をひそめ、一蹴した。

「この程度のことで騒ぐんじゃありません。周辺の元魔は撃退していますから、いまのうちに、残った住民を逃がし、体制を立て直しなさい」

 冷然とした声でチェシアは告げる。元魔に襲われたものの一命を取り留めた班員たちが、表情を引き締めてチェシアの周囲に集まり、整列する。班員たちの目からはまだ闘志の色が消えていない。チェシアは全員の顔を順番に見てから、厳しく言い渡した。

「一般市民を南門から退避させることが最優先です。この周辺をくまなく捜索し、逃げ遅れた者がいないと確認が取れましたら、ただちにここを離れ、別班と合流しなさい。よいですか、元魔と遭遇しても、近くに一般市民がいなければ無駄な戦闘は避けること。自らの命を重んじられない者に他者の命を守ることはできません。この先一層、気を引き締めて行動しなさい。これ以上奴らの好き勝手にさせてはなりません。この事態の収束は、我々此花隊隊員の手に懸かっています」

 班員たちは声を揃えて返事をする。彼らの目を見て、チェシアはひとまず安堵した。各所に配置した警備班員たちが持ち堪えてくれなければ、とてもチェシア一人では被害を最小限に抑えられないのだ。
 そのとき、チェシアは急に右肩を痛めて、耳につけた紅色の飾りを揺らした。簡単に骨を砕かせてしまうとは、歳を言い訳にしたくはないが、しごく情けない。すぐに固定しなければならないので、添え木になるものを班員から譲ってもらうと、やむをえず救護用の天幕の中で腰を下ろした。
 剣士として鍛錬を積んでいるチェシアにとっては、右で振ろうが左で振ろうが大した差はないが、老体の腕一本で守るにはこの街は広すぎる。

(肝心なときに不在とは。まったく、役に立たない男だこと)

 チェシアは愚痴を振り払うようにさっさと処置を済ませると、赤い外套を肩にかけた。悠長に腰を落ち着かせている暇はない。彼女は班員たちから敬礼を受け、すぐさまその場をあとにした。
 

 エントリア北部。赤や、浅葱色の屋根を被った家々の前の通りでは、街灯が横薙ぎに倒され、割れた表札の破片が飛び散っていた。足場の悪い戦場に立ち、警備班の班員たちは元魔の群れと睨み合いをしていた。元魔は三体で、数は少ないが、どれも運悪く身体の大きい個体ばかりだ。そのうちの一体が、班員の腰からもぎとった片脚をがりがりと咀嚼して、飲み込んだ。

「ぐ、うぅ……!」
「おい、カラッド立てるか!? 退がるぞ! ここにいれば食われちまう!」

 カラッドと呼ばれた男は苦悶の表情を浮かべて、腰から下の、脚があったはずのところを凝視していたが、それに従って顔を上げる。肩を差し出してきた班員の一人にもたれかかって、そして立ちあがったとき、足元に異変が訪れた。地面がぼこぼこと波打って、二人で咄嗟に後退すると、地面の下から新たに一体の元魔が飛びあがった。

「うわああ!」
「ガアア!」

 男たちの頭上をめがけて元魔ががぱりと口を開く。そのとき、小さな人影が男たちの前に飛び出して、元魔に向かって両腕を伸ばした。元魔はその細い腕に食いついて、鋭い歯で噛みちぎろうとした。しかし、横から飛んできた槍の石突が元魔の頬を叩いた。不意を突かれた元魔は口を開けてのけぞると、奇怪な鳴き声をあげて、うごうごと地面を這う。そして、三体の元魔の群れの中に混ざった。
 槍を握った男は、振り返って、声を荒げた。

「お、おい! 大丈夫なのかお嬢さん!」

 耳の上で二つに結い上げた小麦色の髪を揺らす少女の両腕から、新鮮な血が滴り落ちる。彼女は返事の代わりに詠唱を繰り出した。
 
「四元解錠」

 穴の空いた両腕から球体状の薄い膜が膨らみ、傷口を包み込む。槍を持った男はあんぐりと口を開け、その光景を見ていた。

「──"治傷ちしょう"」

 少女、キールアは薄く唇を開き、口遊む。球体状の薄い膜の内側に柔らかな光が満ちた。
 
  

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.163 )
日時: 2025/03/30 21:41
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第146次元 時の止む都22

 眩い光が、花開くように芽吹き、キールアの細い両腕を包みこむ。腕の傷口から絶え間なく流れ出る新鮮な血液に、その光の粒子が降りかかった。すると血は、みるみるうちに凝固していき、やがて傷口も縮まって閉じていく。生々しい傷痕はあっという間に、跡形もなくなって、すぐ傍らで傷が癒えていくのを見ていた男が手に持った槍を取り落としそうになった。男の口から、感嘆の声がついて出た。
 
「き、傷が……!」
「私は大丈夫です。奇跡の子……いいえ。……次元師、なので」

 キールアは控えめに笑って、視線を下げた。怪我や病気などがわざわいして身動きがとれなくなっている住民を一人でも多く、支援するのが、彼女に与えられた任務だ。診療所や、薬屋にも片っ端から向かっては、街中を駆け回り、避難の手助けをしていた。だがしかし、この民家に辿り着いたとき近くで元魔が発生し、足止めを食らってしまった。どうやら元魔の発生は、周辺各地で起こっているらしい。どこからともなく悲鳴する声が聞こえてきて、キールアは一層不安になった。
 次元師だと言ってみせたものの、キールアは攻撃の手段を持たず、どちらかといえば戦場の後方で待機しているような次元師だ。
 ロクアンズやレトヴェール、ほかの次元師たちのように元魔を撃退する力がないキールアは、あまり深く意識していなかった歯がゆさに直面していた。

(さっきみたいに、攻撃を庇って、自分で自分を治すことでしか……街の人たちを守れない)

 傷口は閉じても、痛みはすこしの間、尾を引いた。無意識のうちに腕をさすったそのとき、前方から鳴き声が聞こえてきて、キールアは顔を上げた。
 声は人間から発せられたものではなかった。寄り集まった四体の元魔がいびつな輪唱を空に捧げて、不協和音を奏でている。

「な……なんだ?」

 キールアは本能的に、心臓をうるさく鳴らし、ひどい緊張を覚えた。
 背後から、翼のはためく音が聞こえた。
 咄嗟に振り返ったキールアは瞠目する。上空で一体の元魔が立派な両翼を扇ぎ、こちらに向かってきて降下していたのだ。

「……! あ、危ない! 気をつけてっ!」

 翼竜の元魔が翼を広げ、猛烈な勢いで飛来する。警備班員たちは悲鳴をあげ狼狽えた。しかし翼竜の元魔は一目散に、元魔の群れに頭から突っ込むと、元魔らを貪り共食いを始めた。不快な咀嚼音が響くたびに、翼竜の元魔の身体がどんどん膨れあがっていく。
 キールアは息を呑んだ。
 食われた元魔らの残骸が、煙に巻かれて、消える。そして食事を──否、"一体化"を済ませた翼竜の元魔がゆっくりとこちらに振り返った。手足はよりたくましく発達し、鼻を膨らませて息を吹く。一つの大きな赤い核が広い額の上で輝いていた。翼竜の元魔は、大きな翼を扇いでひと風起こすと、空気を割らんばかりにけたたましく喚いた。

 キールアはぞっとして、口の端を噛んだ。過去に、レイチェル村に翼竜の元魔が現れたときの恐ろしさと緊張感を思い出したのだ。ロクが次元の力を目覚めさせたきっかけにもなったあの日の出来事は、キールアにとっては恐ろしい経験として記憶に根づいている。
 キールアが動けないでいると、警備班員たちが突撃しようと武器を構え直した。

「怯むな! キールア隊員を守り、この場を切り抜ける!」

 班員たちは、副班長の男のかけ声に応じて、果敢に飛び出した。しかし、キールアはすぐにでも止めたかった。恐怖で震えあがっていた彼女は、一拍遅れて、声の限り叫んだ。

「だ……だめ! その元魔は……ほかの元魔とは違うの……!」

 だが声はすぐにかき消されることとなった。翼竜の元魔がもう一度空に向かって咆哮する。すると長い首をしっかりと据えて、突進してくる班員たちを追い払うように、大きな翼で風を薙ぎ払った。ひとたび翼を扇げば、強風が巻き起こって、班員たちは厚い風の壁と衝突した。身体の大きい男たちが軽々と弾け飛んで、宙を舞う。落下し、地面に身体を打ちつけた者のうち、何人かは負けじと己を奮い立たせて、翼竜の元魔に突進していく。
 当たりどころが悪く、地面の上で悶える男たちに向かって、キールアはすかさず、"治傷"を展開した。術を展開しながら彼女は、到底敵わない、と察していた。男たちの持つ槍の穂先では、あの元魔の硬い皮膚は貫けないだろうし、赤い核を砕けるのは強烈な意思を宿した次元の力だけだ。

(どうしたら……どうしたらいいの……!?)

 不安と焦りで、キールアは苦しい顔をしていた。翼竜の元魔は素知らぬような黒い目で人間を見下ろすと、鋭い爪を生やした腕をまっすぐ振り下ろした。
 一人の男にその矛先が向くと、キールアは、思わず飛び出していて、虚をついて男の上半身を押し除ける。太い爪がキールアの肩から腰までを一直線に掻き裂く。赤い血が横っ飛びに噴き出した。
 庇われた男が狼狽する傍らで、キールアは間を置かずに詠唱した。

「四元解錠、"治傷"……!」

 光の球体がキールアの背中を包むように膨らんで、傷口を覆う。が、間髪入れずに、翼竜の元魔の腕がふたたびキールアたちに迫った。逃げられない、キールアは判断して、治ったばかりの腕をわざと頭上に掲げた。太い竜爪が腕を貫通する。頭を鈍器で殴られたみたいに、意識が飛びそうになる、それを無理やりに捕まえてキールアは叫んだ。

「──五元、解錠……!」

 キールアの顔の前で光の球体がふわりと立ち昇って、彼女の表情を照らし出す。眉をきつく寄せて、瞳を鋭く尖らせた彼女を眼前にした翼竜の元魔は爪を引き抜いた。
 両腕を覆う光が強くなるさなかに、キールアは続けて紡ぐ。

「"治傷"……っ!」

 傷口から、血と混じった水泡が次から次へと立ち昇る。何度、傷ついても、その傷は恐ろしいほど"綺麗"に治っていく。奇跡の力、と称賛されたのは傷がすぐに治るからだけではない。痛み以外の痕跡をまったく残さず、まさしく"完治"させてしまう御業みわざを、奇跡と呼ぶほかなかったのだ。
 男は驚いていたが、すぐに切り替えて、キールアに下がるよう促した。
 
「キールア隊員、ここは、我々が……! ですから、どうかご無理は……!」
「無理じゃ、ないんです。怖くても、逃げだしたくても、飛び出さなきゃいけないときが、わたしたちには、あるから……っ」

 かつて元魔から守ってくれた幼馴染二人の姿を、いまでもお守りのように記憶の隅に置いている。キールアはこのとき、戦いへの恐ろしさを隠しきれずに不安にまみれた表情をしていたに違いないが、男はさらにかけようとした言葉を飲みこんでしまった。
 しかし、いくら自身らに降りかかる負傷を取り払っても、元魔本体には傷一つつけられていない。翼竜の元魔は、大きな翼を扇ぎ、飛び立つ。そしてキールアではなく、男たちを標的に据えると、翼を畳んで急降下した。
 庇おうにも距離がありすぎる。間に合わない、とキールアはわかっていても前のめりになった。
 
「に、逃げてっ!」

 翼竜の元魔は口を大きく開け拡げ、男たちに喰いかかろうとした。が、なにかと衝突して元魔の頭部が弾けた。中空に突然壁が現れたのではない。突然、現れたのは、一人の大柄の男だった。
 男は赤い外套を靡かせて、まっすぐに突き出した手に"扇子"を掴んでいた。

「六元、解錠」

 腹の底に直接響くような低い声色と、そして臙脂色に燃える鋭い眼光。男は、ぱちりと音を立てて扇子を閉じた。

「"打烙だらく"」

 翼竜の元魔が額を打たれてぐらついて、地面に倒れれば、激しい砂ぼこりが舞って、あたりを包みこんだ。此花隊隊員の男たちはいましがた目にした光景と、そして砂煙の中に紛れる男の広い背中姿と、赤い外套に唖然としていた。

「あ、た、隊……──」

 竜が、吼える。ひとたび撃ち放たれた咆哮が、砂煙を払い飛ばして、家屋、看板、樹木、石畳──あらゆるものを震わせる。激しい咆哮に隊員たちがひっくり返っている中、赤い外套を身に纏った男だけが微動だにせず、翼竜の元魔から視線を外さなかった。
 翼竜の元魔は爪を振り下ろした。が、赤い男が扇子の先でいなした。次いで足をあげて踏みつけにしようとする。赤い男は素早く身をねじり、扇子の尾で元魔の腹部を鋭く刺すと、元魔が悲鳴をあげて、顎を天に向けた。一歩。歩み出ただけで、翼竜の懐へと静かに踏みこんだ男の手元で、扇子が鮮やかに開く。

「六元解錠、"嵐舞らんぶ"」

 赤い男が口遊み、扇子を煽ればたちまち竜巻が巻き起こった。巨大な風の渦が男と翼竜の元魔を飲みこんで、瞬間、元魔は遥か上空へと突き上げられた。
 竜巻は溶け、霧消する。すると、上空から、翼竜の元魔が真っ逆さまに落下してくる。だが男は顔色ひとつ変えずに、その真下で、緩慢に扇子を掲げた。
 ぴったりと閉じられた扇子の先と、落ちてくる翼竜の元魔の額に輝く真っ赤な核とが、接触する。

 「七元解錠──"打烙"!」

 ──、一触即発。扇子の先と衝突した真っ赤な核が、粉砕する。途端、元魔は口を開けたまま黒い靄と化して、中空で激しく霧散し、消えてしまった。
 赤い外套を靡かせて立つ、臙脂色の瞳の男は、静かに扇子を閉じた。ぱちり、という音が鳴ると、それを皮切りに隊員の男たちが彼のもとへ駆け寄った。
 此花隊の副隊長以下全隊員、全部班を統括するその男の名は、ラッドウール・ボキシス。
 軍人なみの体格と、臙脂色の鋭い眼光を併せ持った彼に、気安く近づくことはそうそうないのだが、隊員の男たちは興奮を抑えきれず、次々に声をかけた。
 
「ら……ラッドウール隊長……!」
「た、隊長! お戻りで……!?」

 副隊長のチェシアと顔を合わせることは何度かあったが、隊長のラッドウールにお目にかかったことのないキールアは、しばらくぼんやりとして、彼の姿を遠目に眺めていた。フィラの祖父という話だが、瞳の色がおなじなので、血縁だとわかるくらいにはほとんど似ていないように見えた。
 ラッドウールは、赤い外套の中で両腕を組むと、隊員の男たちに告げた。

「指示だ。この場にいる住民を連れて退避しろ。残党は請け負う」
「……は、はっ!」

 男たちは一斉に敬礼をし、持ち場へと戻っていく。
 いまだ呆然と立ち尽くしているキールアだったが、突然ラッドウールがこちらに振り向いて、目を見開いた。

「キールア・シーホリー、会うのは初めてだな」

 苗字まで呼ばれるとは思わず、キールアは変に委縮して、返事の声をひっこめてしまった。こめかみから一粒の汗が伝うのが、妙にゆっくり感じられた。
 
「……」
「俺は血筋のことなど毛ほども興味はない。恐れるな」

 そう言うと、ラッドウールはゆっくりとキールアのほうへと歩み寄り、目の前で立ち止まった。そして臙脂色の瞳でまっすぐキールアを見下ろして続けた。

「お前の持つ、治癒の力が必要だ。休んでいる暇はない。早急にここを発ち、己の責務を完遂せよ」
「は……はい。承知しました」

 キールアに言えたのは、そのたった一言だけだった。ラッドウールもまた、それだけを告げると、ほかにはほとんど指示もなく、隊員たちを鼓舞するような言葉もなかった。だが、短い言葉の中に、上に立つ者としての威厳や強さを感じ取れる。だから彼は、此花隊の隊長に就任した日から、隊員たちの憧れの的であり続けている。
 ──己の責務を完遂せよ。キールアは、かけられたその言葉を、重く受け止めた。
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.164 )
日時: 2025/04/10 07:16
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第147次元 時の止む都23

 エントリアの街はどこを見渡してもひどい有り様で、人の声もなければ秩序もなく、理不尽と緊張感ばかりが街中から漂っている。最後に戻ったのは数月も前の話だが、この街は、王国時代から変わらず、活気に溢れたメルギース最大の都市であったはずだ。
 倒壊した家の石柱に運悪く捕まった一人の女が、意識を取り落とすまいと、息を荒げていた。しかし呼吸がしづらく、まともに声が出ない。
 女は息も絶え絶えになりながら、必死に周囲に呼びかけていた。

「だ……れか! だれか……」

 身動きひとつとれず、泣くことしかできない女がなかば諦めかけたとき、突然、背中がふわりと浮いた気がした。浮いたのは、背中を押し潰していた石柱のほうで、女は見開いた目に光を浴びる。
 女は仏頂面の大男に見下ろされていた。

「息は」

 男、ラッドウールが臙脂色の瞳を鋭くさせて問いかけると、女ははくはくと、乾いた口を動かした。そして目にためた涙をぼろぼろとこぼしながら伝えた。

「わた、私はもう、死にます。この子を、この子を……」
「……」

 見ると、女は下腹部から足の先まで潰れており、血の海がいまも広がり続けていた。間もなく死に絶えるだろうと、ラッドウールにも予測できた。
 女の腕に抱かれた赤子が、突然、わあわあと泣きだす。赤子は頬に擦り傷があるのみで、ほかに目立った外傷はない。
 ラッドウールは女の上に乗りかかっているいくつかの石柱をひとつひとつ持ちあげてはどかしていく。やがて、女の身が自由になると、血の赤にべったりと染まった布に包まれたその赤子を手渡された。

「おねがい、します。お優しい方……」

 女は言うと静かに目を閉じた。
 ラッドウールの腕の中で、赤子はより激しく泣きわめきだした。たしか、近くに見える機織りの店を左折してしばらく行くと、警備班が配置されている待機所を見かけたはずだ。班員に赤子を引き渡し、あとを任せようとラッドウールが振り返ると、視線の先に刀を握ったチェシアが立っていた。

「隊長、お戻りになられていたのですね」
「つい先刻だ。もとより近々戻る予定だった」
「左様でございますか。……して、そちらの赤子は?」

 ラッドウールが答えるより先に、チェシアは視線を動かして倒れている女の姿を認めると、事の顛末をすぐに理解した。
 このラッドウール・ボキシスという男は、滅多にエントリアへは戻ってこない。此花隊の隊長であるわりには、本部に滞在している時間が極端に短く、本部の管理はほとんどチェシアが行なっているといっても過言ではない。彼は各地へ視察のために飛び回っているのがほとんどだが、政会の上層部と頻繁に会合の席をともに、情報を集めている。ウーヴァンニーフに向かっていたのは、現地の此花隊隊員の様子を見に行ったのもあるだろうが、おそらく体制立て直しに口出ししているのだろうと、チェシアは推測していた。ラッドウールは山奥の辺鄙な村の出身と聞くから、食糧問題には鼻が利くだろうし、口を挟むなんてしていたのだろう。
 彼は、意見介入の機会を逃さず奪い取り、政会の上層部に価値と権威を示すことで、「政会と此花隊はあくまで対等な協力関係である」という意識づけを常に実行する。口数が極端に少ないせいで隊内での交流はまったく上手くいっていないが、その手腕を買っているから、チェシアは文句をたれつつも本部の門を従順に守っているのだ。

 チェシアは女のほうに歩み寄って、腰を落とすと、すでに息絶えている女の身体を起こして、石柱にもたれさせる。そのうちにもラッドウールに報告をしようと口を開いたが、まだ赤子が割れんばかりに泣いているので、チェシアはいつもより声を張った。

「ご存じかもしれませんが、念のためご報告を。二体の神族、ならびに街の各地に元魔が出現しております。神族らが到着する前に情報を得ておりましたので、市民はおおむね、西門よりカナラ街へ退避が完了しております。元魔は、神族が生み出しているものと判断しております。戦闘部班第一班のコルド・ヘイナー、レトヴェール・エポールの二名が現在神族と交戦中です。現状は上手く持ちこたえているようで、街の中へ進行してくる様子はございません。よって警備班ならびに第一班以外の次元師は、街内に残る市民の退避の支援、そして出現し続けている元魔の対処に動員しております」
「では、引き続き元魔の掃討にあたる。南へ向かえ。北半分は俺が受け持つ」
「は」

 続けてチェシアは、援助部班と医療部班の詳しい配置を、時間をかけずに報告した。ラッドウールはその間、一度も相槌を打たなかった。聞いているのかいないのかもわからない、態度の悪い男の横顔を見てもチェシアは、気にとめずに一方的に報告を終える。その何の変哲もない横顔からわずかな憤りを感じ取れるくらいには、付き合いが短くないのだ。
 チェシアは、視線を女に戻し、女の閉じた瞼を見つめると、左手で『希刀』の鍔に触れた。

「この老体で、また戦線に立つことになろうとは。まったく隠居の隙がございませんね」

 ラッドウールは、チェシアの右腕を一瞥して、それから口を開いた。

「エントリアを守るのは死ぬまで貴様の責務だろう」
「……」

 チェシアは一瞬黙ったが、すぐに、凛とした表情が崩れて代わりに苦い悪態が口をついて出た。

「女を捕まえて"貴様"とは。相も変わらず、口の悪いガキが」
「口の悪さは互い様だ。それに枯れた枝を女とは言わん」
「……」

 チェシアはまた、眉の上がぴくりと動くのを感じたが、嘆息しただけで言い返さなかった。この男は、引退したとはいえ侯爵家一族の人間に向かってまるで口の利き方がなっていない。それも、出会った当初から一片も態度が変わっていないのだ。チェシアはそのたびに、口うるさく苦言を呈してきたつもりだが、どうやら改める気はさらさらないらしい。
 チェシアは、ラッドウールの顔をひと睨みすると、すっくと立ち上がった。まだなにか言いたげな顔をしているが口喧嘩を長引かせるだけだ。チェシアは口調を整えて言った。

「そのようなこと、言われずとも……」

 そこまでチェシアが言って、二人は、同時に元魔の気配を感じ取った。
 チェシアが気配の出所を探るつもりで素早く振り返ると、一体の元魔が死んだ女のもたれかかった石柱にしがみついていた。元魔は丸く大きな口を開けて、黒い汚泥をこぼし、女を頭から喰らおうと前のめりになった。
 真一文字に一太刀が走る。
 元魔は顎の下の赤い核ごと身体を一瞬で真っ二つに斬り裂かれた。

 チェシアは藍色の眼光を鋭くさせた。たとえ腰下ろす席が変わろうと、歳をいくらくったとしても、彼女の為すべきは変わらずこの街を守護し続けることだ。

「塵も残らず排除致します」

 間を置かず、地面の下から新たな元魔が飛び出した。しかしすでにラッドウールが扇を片手に構えていた。チェシアが振り返ったときには、扇の要が元魔の核を突いていて、要から伸びる美しい房が揺れていた。
 屋根の上から、柱の裏から、街路を這いながら、数多の元魔らが二人を取り囲んだ。二人の顔がまったく動揺の色を見せず、平常を伴っているのとは裏腹に、ラッドウールの腕の中ではまだ赤子が泣いていた。

「向こうからやってくるとは、願ってもいない」
「盛況なことだ」
「そちらの赤子を、私が預かりたいところでございましたが」
「いい。貴様は片腕で剣を握るので一杯だろう」

 ラッドウールは、赤子をあやす素ぶりはなかったのに、片腕でしっかりと抱きかかえるのは慣れたようだった。
 元魔らが固まっている地点へとチェシアは視線を定める。ラッドウールは逆方向に顔を向けた。特別な合図はなかった。二人はそれぞれに動き出して、"扉の鍵"を開ける。

「六元解錠」

 詠唱が重なる──瞬く、間もなく。刀身が輝けば、扇子が開けば彼らは意思のままに扉の向こうから、異界の術を解き放つ。

「"囲駄斬り"」
「"嵐舞"」

 格子状の斬撃が中空を乱暴に掻き切って、細切れになった元魔たちは風の縁に捕まる。刹那、風は肥大化して数多の元魔らを一体も、いや一欠片も残さずに天上へと突き上げた。
 風の渦の中で、元魔らが次から次へと黒く霧散していく。

 だが、次の瞬間、二人が見ていたはずの景色が一変した。
 
 二人は街道の真ん中に並んで立ち、数多の元魔らから、一斉に、赤い視線を浴びせられていた。
 既視感。そして、後頭部を引っ張られるような奇妙な感覚が身体中にまとわりついた。


 つい、たったの数瞬前、縦横無尽に跳ねるクレッタの太い足首にレトヴェールが"二対の斬撃"を食らわせてやった隙をついて、コルドは"鎖"で手足を捉えた。そして空高く投げ飛ばした。だが、はっと気がついたときには、クレッタは鎖に繋がれていなかった。それどころか、足首に斬り傷もなく、二人が驚いている間にも太い腕を振り上げ、クレッタは握り拳を下した。

「──……!?」
「ウラアアアッ!」

 崩れた城壁──いまや瓦礫の積み上がる山となったそれをさらに殴り飛ばした衝撃で、レトとコルドはまとめて宙へ投げ出された。理解が追いつかないうちに、クレッタは激しく腕を振り回して、がむしゃらに殴打を、踏みつけを、雄叫びを、繰り返した。
 アイムが能力を使って、時間が巻き戻したのだが、まだ知らない二人は事態が飲みこめていなかった。
 しかしレトが、崩れかけの城壁の影から飛び出すと、彼は迷いのない目をしていた。

 巨獣のクレッタの影に隠れて呆然と聳えている、アイムの赤い目を目がけてレトは、『双斬』を構え、その刀身から鋭く斬撃を飛ばした。

「五元解錠──"真斬"!」
 
 


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