コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 【完全版】
日時: 2018/12/11 10:38
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 
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 これは

 運命に抗う、義兄妹の戦記
 
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 *毎週月曜日に更新(※書き溜めができたら木曜日にも更新します)


 ■ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



 ■目次

 一気読み >>001-

 プロローグ >>001 
 ・第001次元 >>002
 ・第002次元 >>003
 ・第003次元 >>004 

 【花の降る町編】 
  >>005-007

 【海の向こうの王女と執事編】
  >>008-009 >>012-025

 ・第023次元 >>026

 【君を待つ木花編】
  >>027-046

 ・第044次元 >>047
 ・第045次元 >>048
 ・第046次元 >>049
 ・第047次元 >>050
 ・第048次元 >>051
 ・第049次元 >>052


 ■お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11



Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.13 )
日時: 2018/06/10 01:18
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 第010次元 海の向こうの王女と執事Ⅳ

 「……あ、そうだ。ねえ、子帝ってなに?」
 「子帝、というのは次期国王様のことを意味します。この国では、現国王様の身になにかあってから次の国王様を選ぶのではなく、前もって次期国王様を決めておくのです。政治的混乱や民心の乱れを最小限に抑えるためにこの国で定められていることです。子帝に選ばれた王族の方は、必ず、次の国王様になります」
 「……なるほどねえ」

 『国王になるのは、──おねえちゃんだもん……っ!』──ついさきほどのことを思い出す。
 本来ならば、第一王女であるライラ・ショーストリアがその子帝と呼ばれる地位に就くはずだったのが、不慮の事故によって彼女は亡くなってしまった。代わりに第二王女であるルイルがその役目を担うというのはごく自然な流れである。しかし心の内は単純ではないだろう。
 ロクアンズはしばらく扉の表面を見つめていたが、ふっと踵を返した。

 「また明日来るね!」

 メイドたちに手を振りながら、ロクは長い廊下の奥へ消えていった。

          *

 
 「ルイル王女様のお嫌いなものはお出ししていませんよ。最近は特に、お出ししたものがそのまま調理場に戻ってきますから……。お嫌いな野菜も飲み物も、なおのことお出ししていません」
 「じゃあ、好きなものを出してるのに食べないってこと?」
 「ええ。もはやおやつとしか言えないようなものでも、召し上がらなくなってしまって……。すこし前までは、菓子は大好物でしたので、そればかり口にされていたのですが……」
 「お菓子? どんな?」
 「ケーキや焼き菓子がほとんどです。ルイル王女様は、焼き菓子を大変好んでおられます」
 「焼き菓子……」

 翌日のことだった。城内の調理場へと訪れたロクは、そこで調理師を見つけるなり声をかけた。話の内容は、ルイルの食べるものに関することだった。
 ロクはしばらく唸ったのち、話題を変えた。

 「ねえ、ルイルが籠りきりになった理由って、やっぱり第一王女のことで?」
 「そうでしょうな……。ルイル王女様は、ライラ王女様のことを実の母上様のように慕っておられました。それが、突然ご逝去なさるとは……ルイル王女様も、困惑なさっていると思います。ライラ王女様が亡くなられてから、ひと月も経っておりませんし」
 「そっか……。ねえ」
 「あ、はい」
 「ここ、ちょっと借りてもいい?」
 「え?」

 コートの袖をまくりながら、ロクは厨房を見渡して言った。



 「ルイルー! おーい!」

 広い廊下に、ガンガンと扉を叩く音が響き渡る。
 ロクは昨日と変わらずルイルの部屋に訪れていた。

 「いないのー? ルイルー! おーい!」
 「……」

 ロクの若草色の後ろ髪を見るように、ガネストが壁に凭れかかっていた。彼は特になにをする様子もなく、ただそこにいるだけだった。

 「おーい、ってば! ……もー。じゃあさっそく、こいつの出番かな!」

 ロクは、床に置いていた籠を持ち上げると、それを扉の前で翳してみせた。
 
 「ルイル! いっしょにお菓子食べよっ! 作ってきたんだ~!」

 ガネストはぎょっとした。「ジャーン!」というかけ声をとともに籠から布が取り払われると、そこには、奇妙な形をしたこげ茶色のなにかが山のように積まれていた。

 「ね、食べよ!」
 「ちょっとあなた、ルイル様になにをお出しするつもりですか!」
 「うわっガネスト! なにさっ、さっきまで知らんぷりしてたのに!」
 「こんなもの見せられて知らないふりはできません! それと呼び捨てはやめてください」
 「なにおう!?」

 ロクとガネストは菓子の入った籠を引っ張り合っていたが、ふと、彼のほうが手を離すとその中身ともども彼女はひっくり返った。

 「いっ、たぁ~……」
 「これでわかりましたか? 興味本位でルイル様に近づくのはやめてください」
 「ちがうよ! あたしは真剣に……!」
 「真剣に? なら、もうすこし真剣に菓子作りをしてください。さっきのあれは、とても人が食べる物とは思えない」
 「な、なんでそんなことわかるのさ!」
 「それくらいわかります」

 ガネストは、眉をしかめて強く言い放った。

 「掃除は僕がやっておくので、あなたはもうお帰りください」
 「え、でも!」
 「お帰りください」

 重ねて言うと、ガネストは背を向けて歩きだした。掃除用具を取りに行くのだろう。
 尻もちをついた状態からロクは立ち上がり、自分の手にくっついた菓子のかけらを払う。
 ふいに、自分の足元で無惨に散らばっている菓子の山に目をやると、ロクはその中のひとかけらを手に取り、口に運んだ。

 「まっず!」

 遠くで歩いていたガネストがその大きな声に足を止めた。
 思わず半身振り返ったが、一体なにがしたいんだと嘆息して、さっさと目を逸らした。
 

 
 
 その翌日。ロクはふたたび、籠を持ってルイルの部屋の前に訪れた。

 「ねえルイル! いっしょに食べよ! またお菓子作ってきたんだ、クッキーだよ! 今日は失敗してないからさ~!」

 昨日とおなじように壁に寄りかかるガネストが、またかといった表情でロクを一瞥した。

 「おーい、ルイルってばー!」
 「……いらない」

 かすかながら声が返ってきた。昨日とはちがって反応がある。このチャンスを逃すまいと、ロクはいくらか上ずった声で畳みかけた。

 「でもルイル、最近あんまり食べてないんでしょ? あたしもいっしょに食べるから、ねっ! 食べようクッキー!」
 「いらない! 好きじゃないもん!」
 「……ええ? ウソ!」
 「うそじゃないもん!」

 ロクはその場で呆然と立ち尽くした。自分が持ってきた菓子の籠を見つめてから、

 「……じゃあお花がいい? 一応摘んできたんだけど」

 と、床に置いていた数本の花を掴んで持ち上げた。

 「勝手に摘まないでくださいよ……」
 「だって、ルイルの好きそうなものわからないんだもん。ねえガネスト、ルイルってなにが好きなの?」
 「わからないなら諦めたらどうですか」
 「やだ!」

 間髪入れずにロクが答える。
 清々しいほど元気のいい返事に、

 「……どうしてですか?」

 ガネストは眉をひそめて問い返した。

 「え?」
 「……」

 ガネストは、ふっと視線を外す。彼がそれ以上なにかを聞いてくることはなかった。
 沈黙が訪れる。
 ロクは左手に籠、右手に花を握った自分の姿を見下ろした。

 「……また明日、来るからっ」

 赤いカーペットの表面をドタバタと蹴りながら、若草色の髪は遠のいていった。
 ガネストは顔を上げた。おなじことの繰り返しだ。いつか「飽きた」と投げ出すだろう。そう心の内で唱える彼は知っているのだ。目の前の扉がいかに重く、厚い壁なのかということを。


 そして。
 その翌日も、そのまた翌日も、ロクはルイルの部屋に通い続けるが、その扉を開かせることがただの一度も叶わないまま──刻一刻と、『子帝授冠式』の日が迫ってきていた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.14 )
日時: 2018/11/19 21:02
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

  
 第011次元 海の向こうの王女と執事Ⅴ

 菓子の籠とすこしの花を持ってルイルの部屋に訪れた日の、夕方のことだった。
 ロクアンズはまたしてもルイルの部屋の前にやってきた。一日に二度来るのは初めてだな、とロクを注視するガネストだったが、
 彼女は昼間と変わらない笑顔と、山のように菓子類を乗せたワゴンを連れて現れた。

 「ルイル、お待たせっ! ごめんね、あたし気づくの遅くて……問題は味じゃなくて、量だったんだねっ!」
 「……心配した僕がバカだった」
 「さあっ! いっぱいあるから、たあんとお食べー!」
 「そうですね。問題なのは味じゃなくて、その頭の軽さだと思います」
 「な、なななんだとぉ!?」
 「それと一日に何度も来ないでください」

 「たくさん会いに来る作戦は失敗か……」そう独り言を吐きながら、ロクはワゴンとともに引き返した。小さなその背中は落ちこんでいるようだったが、こぼれんばかりの山の中からときおり菓子をつまみながら去っていくのを見て、ガネストはふたたびバカを見たと眉をひくつかせた。
 当然、ルイルは部屋から出てこなかった。

 その翌日。菓子や花ではやはり効果がないと、そう思ったロクが次にとった行動は、楽器の演奏だった。

 「ルイル起きてるー? ロクだよ! いまからちょっと聴いてほしいものがあるんだ。いくよー!」

 ロクは言いながら、ところどころ歪んだ長い箱のようなものを抱えて部屋の前で座りこんだ。その箱には糸のような細さから紐のような太さまで様々な弦が張られている。アルタナ王国の伝統的な楽器『オウラ』だ。彼女はそのうちの一本に指を添え、粛々と弾き始めた。
 が、しかし。
 素人が聴いても「下手だ」と理解できてしまうほどの不協和音が、ガネストの鼓膜に突き刺さった。

 「やめてください! 追い出されたいんですか、あなたは!」

 始まって数秒も経たないうちに楽器を取り上げられ、ロクはしぶしぶ引き下がった。


 その後日も、ロクは楽器の種類や数を変えたり「わあー火事だ!」などとハッタリを騒いでみたりと、手札を変えながらルイルの反応を窺ってきたが、どれも失敗に終わった。

 そうして、初めてルイルの部屋に訪れた日から、6日目の朝を迎えた。

 「ルイルー! ねえ、『棒倒し』しようよ! これはね、あたしがいた村ですごい流行った遊びで、まず木の枝を用意するの。たくさんね。そんで4、5本くらい使って束にしたものを5つくらい作って、それをちょっと遠くの土に軽く埋めたら準備完了! あとは軽めの石を用意して、順番に蹴ってくだけ。立てた木の枝の束をいちばん多く倒した人が勝ちなんだ!」

 ロクは丸い桶のようなものを運びだした。ちらりとガネストが覗くと、そこには大量の砂が入っていて、止めるよりも先に彼女は廊下の真ん中で砂をぶち撒けた。
 ほかにもどこで見つけてきたのかは定かでないが、木の枝で組み立てたいくつかの標的と、小石を取り出した。だから勝手に採集するなとふたたび言及したところで聞く耳を持たないだろうということは、さすがのガネストも学んでいる。ただ黙って、大きなため息をついた。

 「いっくよ~……! えいっ! ……──やったあ! 2本倒れたっ! ねえ見てル……」

 興奮した様子でロクは扉のほうを向いたが、壁に埋めこまれただけのそれは、なんの反応も示さなかった。

 「ルイル、部屋出て見てみなって! すごいんだよほんとに! そんでいっしょに遊ぼうよ ! 楽しいよこれー!」

 元気な声音はその扉の表面に弾かれると、広い廊下の中で行き場を失った。

 「……んん~。これでもダメかあ……。ほんとに、どうしたら出てきてくれるんだろう?」
 「だから諦めたほうがいいって言っているじゃないですか」

 呆れを通り越した淡泊な忠告が、うわ言のように告げられた。
 ──ふと、
 ロクはガネストのほうに向きなおった。

 「……ねえガネスト、あなたはなんですこしも手伝ってくれないの?」
 「は?」
 「あなたはルイルの執事なんでしょ? だったらなんで、ずっとそこで突っ立ったまんまなの? ルイルを国王様にしたいなら、どうして説得とかしないの? その日が来るのを、ただ黙って待ってるだけなの!?」
 「……」
 「ルイルは不安だから部屋に籠ってるんでしょ! その不安を取り除いてあげたいとかすこしも思わないの!? ルイルのそばに一番いるのは、あなたなのに!」
 「──よそ者のあなたに、いったいなにがわかるっていうんですか……?」

 酷く冷たい瞳が、まるで弾丸のようにロクの口上を打ち止めにした。

 「あなたこそ、ルイル王女殿下を愚弄しているんじゃないですか」
 「なっ、なんだって!?」
 「ここ数日にわたる不可解な行動の数々。それに伴っているのは成功ではなく、不信感です。まるで効果が見られないというのになぜ諦めようとしないのですか?」
 「それは、だって、諦めたくないよ!」
 「仕事だからですか?」
 「え?」
 「あなたはこの国で、『ルイル王女殿下の機嫌をとる』という、仕事で来たんじゃないんですか」

 一瞬、喉の奥のほうで息がつまった。

 「そ、れは……いまはそんな」
 「諦めてください、次元師様。ルイル王女殿下の御心を乱し、殿下の御部屋の前で醜態をさらし、騒ぎ立てるなどという行為は今後一切お見過ごしいたしません。お引き取り願います」

 ロクは、二の句を告ぐことができずに、ただの棒のように立っていた。
 どのくらいそうしていたかは知らない。くるりと背を向けはしたが、感覚を失った足ではそれも覚えていなかった。



 寝所のある宿舎の中を、意図もなく歩いていた。ぼんやりとした意識だけが前へ進む。いつまでも変わらない一直線上の赤色に時間の感覚を狂わされていた。縦に長い大きな窓から、夜の明かりが仄かに注ぐ廊下を、いつから徘徊しているのかもロクははっきり記憶していない。

 「ロク?」

 聞き覚えのある声に、はっとした。

 「どうしたんだ、こんな時間に。それに隊服着たままで……。寝つけないのか?」
 「……」
 「……なにかあったのか? 俺でよければ聞くぞ」

 向こうで話を聞こう。そうコルドに促され、同じ階にある談話スペースに足を運んだ。そこには簡素なデザインのソファが窓を向いておかれていた。ロクはどこか宙を見つめたままそのソファに腰をかけ、じっと俯きながら、ここ数日のことを話し始めた。
 
 「なんか、どうしたらいいのかわかんなくって……。たしかに、ルイルのことは仕事だと思って来た。でもいまはそうじゃなくて……。外へ出してあげたいのに、その気持ちぜんぜん伝えられなくて、そしたらもう来るなって言われちゃって……」

 ロクは細い両脚を抱きこんだ。膝に顎を乗せると、背中が丸くなる。
 コルドはそんなロクをしばらく見つめてから、ふっと口元を緩めた。

 「……お前にも、弱気になる瞬間があるんだな」
 「え?」
 「──そうだなあ、」

 わざとらしい言い方で、考えるふりをしながら前に向き直ると、コルドはロクを見ずにこう続けた。

 「俺の仕事、実はほとんど終わってるんだ。確認されてた元魔はとっくに討伐したし、最近は巡回に出てるだけで特になにもしていない。つまるところ、暇なんだ。巡回のついでに観光も終わらせたしな。でもお前は、まだだったろ?」
 「……?」
 「だからお前の任務……俺が代わりにやってもいいぞ?」

 ロクは目を見開いた。
 ──どうする? とでも言いたげに、コルドは黙って返事を待っていた。

 「……ううん」

 絞りだした答えから、自然と、ロクは言葉を紡いでいた。

 「あたしがいい。これはあたしの問題で……あたし、ルイルと話がしてみたいんだ。ほんとに。この気持ちにウソはひとつもない」
 「そうか」

 あっさりと返すコルドは、ロクの横顔を眺めながら言った。

 「ロク、お前はそれでいい。そのままでいいんだ」
 「? どういうこと?」
 「まっすぐぶつかっていけ。言いたいことややりたいことを、ためらう必要はない。その相手が民間人でも王女様でも、お前はお前らしく、ぶつかっていけばいい」
 「……」
 「だってお前は、そういうやつだろ?」

 ロクの頭に、コルドの大きな手が伸びた。くしゃりとかき回される。骨ばったその手は温かった。ちょっと痛いかな、なんて考えていながら、ロクの口から笑みがこぼれた。

 「……うん。ありがとうっ、コルド副班」

 顔を上げたロクの左瞳に、光が差した。淡い緑の石が輝きを取り戻す。磨かれた原石は、ときに宝玉の意義を惑わせるほど美しくなる。
 コルドと別れたロクは、たしかな足取りで自分の部屋へと戻っていった。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.15 )
日時: 2018/09/07 17:14
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

  
 第012次元 海の向こうの王女と執事Ⅵ
 
 「おや、レト君じゃないか。こんなところでなにをしてるんだい?」

 メルギース国の最大都市、エントリアに位置する次元研究所『此花隊』本部は、ちょうど昼時を迎えていた。
 戦闘部班副班長のコルドと、班員のロクアンズがメルギースを発ってから、5日目のことだった。同じく班員のレトヴェールは、資料室で戦闘部班班長のセブンと出くわした。

 「セブン班長」
 「いまはお昼だろう? 食べに行かなくていいのかい?」
 「俺、さっき起きたから。寝起きはお腹空かなくて」
 「……ああ、そういえばロク君がそんなことを言っていたような……」
 「なんのことだ?」
 「いや、なんでもないよ」
 
 レトは持っていた紙束に視線を戻す。セブンは、上からその紙面を覗きこんだ。

 「元魔の出現地……?」
 「……ああ、まあ一応。関連性がないとは思うけど……。ほんとに読みたいやつは届いてないし」
 「本当に読みたいもの?」
 「──神様の、出没情報」

 低い声色。独り言のようだった。瞬間、空気が変わったことを察したセブンは、細心の注意を払いながら発言した。

 「そうかい。彼らは人前に姿を現さないからね。たしかに情報は少ない」
 「……。もし現れた場合、情報はここに来るのか?」
 「来ると思うよ。資料室は特に、いつも新鮮な情報を届けさせてる場所とこだから」
 「……そうか」

 普段からあまり温度差を示さない声音であるがゆえに、そんなレトの微細な感情の変化を掴みきれずにいる。しかし思ったよりも穏やかな語尾だったなと勝手ながらに解釈したセブンは、自然に話を切り替えた。

 「そういえばレト君。いま、コルド君とロク君がアルタナ王国にいるのは知っているかな?」
 「ああ。何日か前に発ったんだろ。任務で」
 「君も行くかい?」

 レトはきょとんとした。珍しく年相応のあどけない反応を見せたレトに、セブンはくくっと笑う。

 「もしかしたら、君の助けが必要になるかもしれないよ? ちょうど私も出るところだったし、途中まで送るよ」
 「……いや、べつにいいよ」
 「ロク君もいないし、どうせ暇してるんだろう?」
 「……」
 「あそこは観光するにもいい国だよ」

 ニコッと微笑みかけるセブンだったが、返ってきたのは相変わらずの仏頂面だった。
 深く息を吐きながら、机の上に紙束を置くと、レトはそのまま扉に向かって歩きだした。

 「行かないのかい?」

 バタン、と扉が閉まる。セブンは、やれやれと肩を竦めた。
 
 
 
 所用を済ませ、支度を終えたセブンは、荷馬車の手配をするために厩舎に訪れていた。数人の人間が、馬に餌をやったり掃除をしていたりと、各々の活動をしている。
 その中で、馬の頭を撫でていた男がセブンの存在に気がつき、声をかけた。
 
 「セブン班長!」
 「やあ、いつもご苦労様。さっそくで悪いんだけど一台出してほしいんだ」
 「わかりました」
 「しかしあれだね、援助部班っていうところは、仕事が多くて大変だ」
 「そんなことはありません。たしかに仕事の数は多いですが、担当によって班もちがいますし、班員もすごい数なのでみんなで協力し合っているというか」
 「はは。それはいいね」

 此花隊における組織の一つ、『援助部班』。この組織の仕事内容は、主にほか組織のサポートを務めることだ。施設内の清掃や食堂での調理、依頼の手配、そして任務で外へ行く隊員たちのために馬を引くことも仕事の一つである。

 セブンは舍内にいる馬を撫でていると、なにかに気づいたように目をぱちくりさせた。

 「あれ? 一番速い子がいないね」
 「ああ、さきほど戦闘部班の……金髪の子が乗っていきましたよ」
 「え?」
 「行き先は言ってませんでしたけど」

 驚いて目を丸くしていたセブンの口元が、みるみるうちに緩んでいく。
 そして、ぶはっ、とセブンは吹き出した。

 「やっぱり面白い子だなあ」
 「ど、どうかなさいましたか」
 「いやー、なんでもない。動物は苦手じゃなかったのかな」
 「?」
 「それにしても……いったいいつ、馬術なんてものを会得したんだ?」

 遠くにある門を眺めながら、セブンは感嘆の声をもらした。

          *
 
 7日目の朝。アルタナ王国の空はここのところ調子を崩しつつあるが、王城内で生活している者たちの心配が及ぶ範囲ではない。
 大きな窓硝子の向こうにある曇天が、城内の廊下から陰陽の境を奪いとった。覚えた道は薄暗い影に呑まれていたが、グレーのコートは着実に目的地へと向かっていた。
 コートの裾が大人しくなる。ロクアンズが足を止めたのは、いつもはいるはずの人物が、そこにいなかったからだ。

 「あれ? ガネストがいない……どこかに行ってるのかな」

 さほど気に留めることもなく、ロクはルイルの部屋の前まで歩いていった。
 立ち止まる。ロクは、コンコン、と扉を叩いた。

 「ルイル、おはようっ。いる?」

 返事はなかった。しかしロクは笑顔を崩さなかった。

 「ねえルイル。ひとつ聞いてもいいかな?」

 返事を待たずに、ロクは問いかけた。
 
 「どうして、王様になりたくないの?」
 「……」

 部屋の奥で、布の擦れる音がした。寝台の上で座っているのだろうか。予想外の質問にいささか動揺したように思えた。

 「王様ってさ、国のことを一番に考えてて、支えて、そうして国中の人に愛される。どっかの国にはそうじゃない王様もいるかもしれない。でもそれはその人次第で……。ルイルだったらきっといい王様になれるよ」
 「……なんで、ルイルのこと、しらないくせに」

 冷たく突き放すような、それでいてどこかふてくされているような、幼い声が返ってきた。

 「そうだね。あんまり知らない。だからもっとお話したい。ねえルイル、聞かせて? どうして王様になりたくないの?」
 「っ、やだ!」

 扉から、バンッ! と強い音がした。初めて訪れたときと同じだ。ルイルがなにかを投げつけたのだ。

 「いやだっ! かえって! なんでそういうこというの……? ルイルは王様になんかならないっ!」
 「だから、どうして?」
 「あなたにはわかんない! わかんないよ! ……おねえちゃんがなるんだったの……ルイルは、ルイルは王様になんかなりたくない!」
 「──もういないよ!」

 ロクは、拳をつくって扉を殴りつけ、叫んだ。

 「あなたのお姉ちゃんは、もういない! 亡くなってしまった人はもう帰ってこない! ルイルだってわかってるでしょう!?」
 「ちがうっ! ちがうもん! いるもん! おねえちゃんはかえってくるもん……ルイルをひとりにしないって……いってくれたの……おかあさんもしんじゃって、ないてたルイルに、そういってくれたんだもん……だから、おねえちゃんは、かえってくるんだもん!」

 ひくっ、と小さくひきつっていたのが、途端に大声で泣きだした。
 ロクは耳を疑った。この国の王妃は亡くなっていたのだ。いまここで初めて耳にしたのも偶然にすぎず、おそらく何年も昔の話なのだろう。ロクは、息を吐いた。

 「……あなたの気持ちもわかる。でもねルイル、ここで泣いてたってお姉ちゃんは帰ってこないし、なにも変わんな」
 「わかんないよルイルのきもちなんか! だれもわかってくれない! ルイルは、ひとりぼっちで……だからだれも……ルイルのこと、これっぽっちもわかってくれないくせに! わかんないよ!」
 「わかるよ!」
 「わかんないよ!!」

 ロクは口を噤んだ。周囲を見渡したがだれもいない。扉に背中を預けると、そのまま腰を下ろした。

 窓硝子の向こう側は、降りだしそうな曇り空だった。

 「……わかるよ」

 ロクは、ぽつりと呟くように言った。

 「あたし、拾い子なんだ」

 静寂が訪れる。ルイルは、薄暗い部屋の中でゆっくりと首を動かして、扉のほうを向いた。

 「拾われた子どもって意味。もともと、捨てられてたんだ。だからね、あたしにはお母さんもお父さんも、お姉ちゃんも……お兄ちゃんも、ほんとはいないの」
 「……」
 「だから、わかるよ。あたしも……ひとりぼっちだから」

 灰色の雲によって閉ざされた空へ、二羽の白い鳥が駆けていった。
 ロクは、静かに語りだした。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.16 )
日時: 2018/06/23 02:09
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 第013次元 海の向こうの王女と執事Ⅶ
 
 雪の降る夜だった。
 暗闇の世界で唯一覚えたものは、途方もない虚無感だった。意識の糸をすこしずつ手繰り寄せ、だんだんと視界が確かなものになっていくと、同時に、思考の渦に呑みこまれそうになった。
 そこは知らない場所だった。知らない匂いだった。地面はひんやりと冷たくて、朦朧とした意識が無理やり冴えていったのを覚えている。
 しかし、自分がいったい何者で、どこから来たのかも──なにひとつ思いだせなかった。

 「メルギース国の、カナラ街っていう街の路地だったんだ。そこで眠ってたらしくて……。目を覚まして、すぐに、女の人の声がした」

 『……大丈夫? あなた、とても冷たいわ。お母さんやお父さんは?』

 首を振ることは愚か、答えることもできずにただその女性の顔を見上げた。金色の長い髪に、白くてふわふわした雪が触れてじわりと溶ける。同じ色の瞳でまっすぐ見つめ返されていた。

 『うちにおいで、お嬢ちゃん』

 果てのない暗夜に輝く、月の光に導かれて、その手をとった。

 「その人の名前はエアリスっていって、カナラ街からすぐ近くの『レイチェル村』に住んでる人だった。行く宛のないあたしはその人についていって、その人の家に上げてもらったの。そしたら、その家に一人だけ男の子がいたんだ」
 「……おとこの、こ?」
 「そう。その人の子どもで、レトヴェールっていう名前の男の子。あたしとおんなじくらいの年で、これが女の子みたいな顔してるんだっ。本人にこれ言ったら怒るけど。でね、家に上げてもらって、ご飯食べさせてもらって……。すごいお腹空いてたから、それがもうほんとに嬉しくて……おいしくて。レトには『なんだこいつ』みたいな目で見られてたんだけど……あ、レトっていうのはその男の子の略称ね。それで、ご飯食べながらあたし、『これからどうしたらいいんだろう』って思ってたんだけど……」

 家に着いてすぐに、暖炉の火で身体を温めさせてもらった。出された食事は美味しく、どこか懐かしく、促されるまま木皿の中のスープをすくっては流しこんだ。
 ロクが食事をするその様子を眺めていたエアリスは、出した皿がきれいになる頃合いを見計らって、お風呂に入ろうかと提案した。
 そこからというもの、あれよあれよという間にロクは身体を洗い終え、ほかほかになったら急に眠気を覚え、居間のソファに寝転んでいた。
 次に起きたときは朝になっていて、自分の身体には毛布をかけられていた。よく晴れた冬の空だった。

 「朝起きたら、おばさんはふつうに『おはよう』って言ってくれた。……不思議だった。なんでここまでしてくれるのか、なんでふつうのことのように、接してくれるのか」

 正直なところ怖い気持ちもあった。
 知らない場所に連れていかれ、食事も風呂も寝所も与えられたのに対して、なんの代償も支払わないなんてことはない。
 恐ろしい目に遭わされるかもしれない。
 そう思った矢先、ロクは思い切って口を開いていた。

 『どうして、こんなにしてくれるんですか?』
 『ん? ああ』
 『あたし……』
 『そうねえ。じゃあ逃げる?』
 『え?』
 『いいわ。あそこのドアは開けておいてあげる。どこへでもお行きなさい』
 『……』
 『ずっと、開けておいてあげる。いつでも帰ってこられるように』

 目尻に、じわりと涙が浮かんで、必死に堪えていたらエアリスはロクの視線に合わせてその場で屈んだ。
 エアリスはゆっくりとロクの手をとって、言った。

 『ねえお嬢ちゃん、今日からうちの子にならない?』

 その金色の瞳があまりにも綺麗で、新緑と滲んで、我慢ができずに涙がこぼれた。

 「……でもそれじゃあ、ほんとのおとうさんとおかあさんは……?」
 「……わかんない。でもそのときね、おばさんが小さな紙を出したの。あたしが着てた服にはさまってたんだって。『この子を引き取ってください』って、そう書いてあった」
 「……」

 『ごめんなさい。こんなもの、あなたに読ませるべきじゃないわ。でもね……だからこそ、あなたが、あなた自身のことを決めてほしいの』
 『……』
 『私は、あなたに娘になってほしい』

 「それで……どうしたの?」
 「その家に、いることにした。髪の色もちがうあたしが、娘なんてとんでもないと思ったよ。でもおばさんはあたしに、『ロクアンズ』って名前をくれて、居場所をくれて……あ、誕生日もくれた」

 『あ! でもここに来たのは昨日だから……昨日から、ね。うっかりうっかり』
 『……』
 『12月25日。あなたの誕生日にしましょう』

 「本当の娘みたいに愛情を注いでくれた。レトは義理の兄になるから仲良くしてねっていつも言われて、なんか本当に……家族、にしてもらったんだ」
 「……」
 「レトと仲良くなるのは大変だったよ! レトね、ほんっとぶっきらぼうで、いまもだけど昔はもっと冷たくてぜんぜん優しくなくてさ。最初の頃『おまえなんかいもうとじゃない!』ってすっごい言われたんだ。本当に大変だったけど……それでもいいとこあったんだ、レト。自分が正しいと思うことを見失わないの。だからあたしは、レトのそういうところが大好きになって……兄妹になりたいって、そう思った」

 ぽつり、ぽつりと──雨が降りだした。窓の外を見つめていたロクは、はっとして半身だけ振り返った。

 「あっ。だからどうのっていうわけじゃないんだけど……」
 「……」
 「……ルイルの気持ちがわかるって言ったのは……あたしも、そんな……大好きだったおばさんを、亡くしたから」
 「え?」

 ロクは、ぱちぱちと瞬きをすると、顔を上げた。

 「半年前の、12月に亡くなったんだ。そのおばさん」
 「……びょうき?」
 「ううん。病気じゃなくて……」
 「……?」
 「────神様に、呪われてたんだって」

 ロクは、扉から背を離しゆっくりと膝を抱えた。雨の音が大きくなる。槍のような雨粒が、窓硝子を強く叩いていた。

 「……かみ……さま?」
 「──神族しんぞく、って知ってるかな? ルイル。この世界のどこかにいる……"神様の一族"。そのうちの一人に……『呪い』を受けてたんだって、おばさん。どうしてかは知らない。でも、身体に痣があった。……亡くなったあとに知った」

 どこへもやれない深い憤りと慕情を携えた、その両手をロクは強く握りしめた。
 
 「大好きだったおばさんが目の前にいたのに、あたしとレトはなにもできなかった。亡くしたんだ。…………あんなに愛してもらったのに」
 「……」

 消え入りそうな声が、赤暗いカーペットにこぼれ落ちる。
 しばしの沈黙が流れた。

 「……ああっ、ごめんね! またあたし、余計な話しちゃった。でもね、だからその気持ちわかるっていうかなんていうか……まあでもあたしの場合、血は繋がってないし、ルイルのほうがきっともっと寂しくて悲しかっただろうし、でも」

 そのときだった。
 ギィ、と。ゆっくり、扉が開く音がした。

 「……」

 中から出てきたのは、桃色の髪をした幼い女の子だった。肩まで伸びた髪の毛がそのまま横に跳ねている。彼女はまんまるの目を赤くして、じっとロクのことを見下ろした。

 「ルイル……」
 「……おなじ、なんだ」

 ぽろり、と大きな瞳でひとつこぼす。するとルイルはひっきりなしに、ぼろぼろと涙を落としはじめた。
 
 「ねえ、あなたなら、わかってくれる……?」
 「うん。わかるよ」
 「……たすけて……」
 「え?」

 次の瞬間。小さな身体がぐらりと傾いて、そのまま床に倒れこもうとした。ロクが咄嗟に腕を伸ばし、抱きかかえる。

 「ルイル! どうしたのルイル!」
 「ルイル!」

 後ろから声が飛んできて、ロクが振り返ると、ガネストが焦った顔で駆け寄ってきていた。

 「がっ、ガネスト! いたの?」
 「いまはそんなことを言っている場合じゃありません。すぐにでも王医様の診療が必要です」
 「あ、じゃああたし呼んでくるよ! どこにいるかな?」
 「時間がありません。僕が運びます」

 ロクの腕の中から、ガネストはルイルの身体を抱き上げた。そして急いで駆けだす。
 それに続くようにロクもガネストの背中を追いかけた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.17 )
日時: 2018/06/29 11:16
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

  
 第014次元 海の向こうの王女と執事Ⅷ

 「栄養の不足が主な原因でしょう。それと、軽い脱水症状も見られます。だいぶ衰弱しておられますから、しばらくはお薬をお出しします。ですが、ルイル王女殿下は体力もございますし症状も軽度なので、すぐに目を覚まされると思います」
 「そうですか……。王医様、ありがとうございます」
 「とんでもありません」

 施療室へと運ばれたルイルは、すぐに王医の治療を受けることができた。王医が煎じた薬湯を飲み、いまは寝台で寝息を立てているという状態だ。
 ガネストは、ほっと息をついた。ロクアンズもルイルの幼い寝顔を見て、安心したように笑みを浮かべた。

 「よかったね、ルイル。大事に至らなくて」
 「……。すこしもよくありません。もし、気づくのがもっと遅かったら、ルイルは……」

 ガネストが弱々しく呟いた。
 ──『……たすけて……』部屋から出てきたルイルが、ロクにそう言っていたのを彼女はぼんやりと思い返した。

 「……立ち聞きするつもりはなかったんですが……。……すみません」
 「え?」
 「……」
 「……ああ、なんだ、やっぱり聞いてたんだ。べつにいいよっ。隠したいわけでもないしね」

 ロクは、あっけらかんとして言った。不意を突かれ、ガネストは一瞬呆けた顔になった。

 「ガネストのことね、なんだかレトみたいって思ってたんだ。冷たいし、優しくないし」
 「はい?」
 「でも、レトのほうが優しい。レトは案外素直だから」
 「……」

 ロクは、ぐぐっと伸びをして、ガネストの顔を覗きこんだ。

 「ねえガネスト! ルイルって、ココッシュ好きかな?」
 「え? ココッシュって……」
 「この国の伝統のお菓子なんでしょ? なんか、生地がふんわりしてて貝みたいな形で、中にクリームとかジャムをはさんでるやつ! 実は城下町で聞いたんだ~! ねえ、好きかなっ?」
 「ま、まあ……」
 「ほんとっ!? じゃあ作ってよガネスト~! ねっ、お願い!」
 「なんで僕が?」
 「だって、あたしじゃダメなんだもん。調理場の人が言ってたよ。『ガネスト様はお料理も巧みで、特に菓子は絶品なんです。ガネスト様の作ったものじゃないと、ルイル王女様は召し上がらない菓子もあるくらいで』ってね」
 「……」

 ガネストは、ロクが度々調理場に行っていたことを思い出して、バツが悪そうに視線を外した。

 「ルイルが起きたとき、ルイルの好きなものを一番に食べてもらって……そしたらきっと元気出るよ、ルイル! だからお願いガネスト! いっしょにルイルのこと元気づけよ? ねっ」

 太陽のような笑みだった。捨て子だったとか、拾ってくれた義母を亡くしただとか、そんなことを一切匂わせることのない底抜けの明るさが眩しかった。ガネストは目を閉じて言った。

 「わかりました」
 「ほんと!? やったー!」
 「……いっしょに、と言ってましたがあなたは手伝わないんですよね?」
 「うっ。あ、い、いや! お……応援するっ、やっぱり! フレーフレー、って! 後ろは任せて!」
 「邪魔ですね」
 「ひどい!」

 ロクを置いて、ガネストはさっさと医療室から退出した。最後に見たロクの絶望したような顔を思い出して、思わず笑いそうになる。
 ふとガネストは立ち止まって、考えた。笑うのなんて、いったいいつ以来だろうと。
 
 
 
 
 
 ──事件が起こったのは、その日の夕方だった。
 
 
 ルイルは、4時をすぎたころに目を覚ました。ガネストはココッシュ作りのためにと材料調達をしている最中にその報せを聞き、ルイルのもとへは寄らずに調理場へ向かった。さながら職人のような手さばきであっという間にココッシュを作り終えると、それを持って施療室に戻ってきた。

 「王医様、ガネスト・クァピットです。入ります」

 菓子の入った籠を片手に、ガネストは扉を押し開いた。彼のあとについてきたロクも遠目からその隙間を見やり、室内を覗く。
 ガネストは脈が早くなるのを感じながら、ルイルの寝台へと目をやった。
 しかし、
 ──室内は、何者かに侵入されたかのように荒れ果てていた。

 「……! ルイル……王医様! 王医様!」

 ルイルはいなかった。それを認識してすぐ、ガネストは王医の姿を探した。しかし室内は不気味なくらい静まり返っていて、人ひとりいなかった。
 そんなとき。

 「がっ、ガネスト様! 大変です!」

 廊下のほうから声がして、ガネストとロクはすぐさま振り返った。
 すると、顔中に汗を滲ませた王医が、焦りと困惑に満ちた表情で駆け寄ってくるのが見えた。

 「王医様! これはいったい」
 「わ、私が薬室へ行っている、その数刻の間に、ルイル王女殿下が……殿下がいなくなってしまいました!」
 「なんだって!?」

 ガネストは、血相を変えて王医の分厚い肩に掴みかかった。

 「も、申し訳ありませんっ! 私が人を置いていれば……どうか罰を! 罰をお与えください!」
 「……。このことを、知っているのは」
 「医官に留まらず、城中が、パニックに陥っています……! も、もももし国王陛下のお耳に入ってしまったら……」
 「……」
 「──ねえ! 見て、ガネスト! 窓が……!」
 「!」

 ロクが室内を指差した。寝台に近い壁の窓硝子が割られていて、辺り一面にその破片が散らばっていた。
 荒らされた室内をただ呆然と眺める。ガネストは、全身から力が抜けていくのを実感した。

 「……」
 「行かなきゃ。あたしがルイルを助けに行く!」

 室内へと駆けこんだロクが、割れた窓へ向けて前進した。ガネストが我に返ったのは、彼女が硝子の破片を踏みつけ、躊躇うことなく窓から飛び降りたのを見たときだった。

 「! ロクアンズさんッ!」

 ガネストも室内へ入った。こぼれた薬品、無造作に放られた道具や大量の本、そして辺り一帯に散らばっている硝子の破片を踏み抜いて、窓の縁に食いついた。するとその真下から、ロクの叫び声が聞こえてきた。

 「心配しないでガネスト! ルイルのこと、必ず連れ戻すから!!」
 「……」

 決して飛び降りられない距離ではない。が、一瞬の躊躇もなく窓から外へ飛び出していけるかと問われれば、否と答えてしまうだろう。それほど、すぐ目下の地面との距離が恐怖心を煽ってくる。
 しかし、ガネストは窓の縁に足をかけると、茂みに向かって勢いよく飛び降りた。

 「ガネスト!?」
 「……僕も行きます」

 ロクが驚きの声をあげると、ガネストは着地の衝撃を負った両脚で、負けじと立ち上がった。

 「ルイルを守るのは僕の務めだ」

 淡い海色の双眸が、太陽の光を照り返し、強く言い放った。
 
 
 


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