コメディ・ライト小説(新)
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- 不遇冒険者ですが、美少女に助けてもらえるようです(完結)
- 日時: 2020/03/12 09:24
- 名前: タダノヒト (ID: tfithZZM)
「本当になんとお礼を言えば良いのやら……お礼と言ってはなんですが、これを受け取ってく下さい」
少女はそう言うと、布袋の中から数枚の金貨を取り出した。これだけあれば、数ヶ月は普通に暮らせる額であり中々の大金である。しかし青年はそれを受け取ろうとはせず、少女の手を制するように優しく押し戻す。
「いえ、大丈夫です」
典型的なお人好しだった青年からすれば本当に要らなかったのだが、少女の方からすればそれで気が済む訳がない。自分の人生がかかった大事な大金をひったくりから取り返してもらったのだ。少女は、これだけの大金を前にしても、無欲な態度を崩さない青年に尊敬を覚えながらも、とにかく何か礼をしたい一心で説得しようと試みる。
「どうせ無くなるはずだったお金です。最低でもこのくらいは受け取ってもらわなきゃ私の気持ちも収まりませんよ。だからお願いです。どうか受け取って下さい」
「受け取ってほしい」と頭を下げる少女の様子に、青年は少し戸惑ったように手をばたつかせる。
「あっ、そんなっ、頭なんか下げないでくださいよ……分かりました。ありがたく頂きます」
男と別れてから少し後、青年の姿はギルドの玄関先にあった。青年は俗に言う冒険者であり、先程の件はギルドに向かう道すがらの出来事だった。従って、いつもより少しばかり遅れて職場に着いた彼だったが、そんな彼に対して、先に集合場所についていた男は、苛立ちを顕にする。
「おい、遅かったじゃねぇか」
「……ごめん」
「ごめんじゃねぇよ!! あっ? 俺より遅く来んじゃねぇよってあんだけ言ってんだろうが!!」
青年を怒鳴りつけた男は、その勢いに任せて、青年の腹部を思い切り殴りつけた。
「がぁっ!? がはっげほっ」
前触れもなくいきなり殴りつけられた青年は、たまらず膝から崩れ落ちて激しく咳き込む。そんな青年の髪を引っ張り、自分の顔の位置まで青年の顔を引き寄せた男は、まだダメージが残っていることなどお構い無しに、その理由を言及する。
「なんで遅れた? 正直に答えろ」
「っ……それは……」
青年は、今日の朝あった出来事を偽ることも、隠すこともせずに話した。男は、一応その話を最後まで聞き、さも当然と言わんばかりに手を出すと
「じゃあその金貨よこせ。それで、今日の遅刻は無かったことにしてやるよ」
いかにも等価交換を持ちかけるかのような口ぶりで金貨を要求する。男の言動はまさに横暴の極みとも言えるものであるが、青年は特にためらう素振りすら見せず懐から金貨を取り出し、手渡した。
「へへ、四、五、六……と」
男はそれをありがたがることもせずに受け取ると、手早くその枚数を数えて懐へとしまった。一方の青年の方はと言うと、金を半ば強制的に奪われたことに、というよりかは折角の好意を自分の保身のために捨ててしまったことに対する負の感情を表に出すまいとひっそりと唇を噛みしめた。
彼らの関係性を簡単に説明すると、ギルドのパーティーである。他にパーティーメンバーはおらず、比較的珍しい規模の小さいパーティーである。しかし、仲間と言うにはあまりにも横暴なこの男を、青年はなぜパートナーに選んだのか。それを説明するには少しだけ過去の話をしなければならない。
「おいそこの。何勝手に割り込んでやがる」
まだ駆け出しの冒険者だった青年が、受付を待つ列に並んだ際に起こったことだ。ドスの聞いた声と共にどこからともなく現れた、体格が良くお世辞にも人相が良いとは言えない男が青年の元に言い寄る。青年からすれば、ただ列の最後尾に並んだだけであり何か文句を言われるようなことは一切していないため、なぜ男が自分に言い寄って来たのか分かるはずもなく困惑した素振りを見せる。
「えっ?」
そんな青年の反応に対して、男はいきなり胸ぐらを掴むと
「とぼけてんじゃねぇよ。そこは俺が予約しておいた所だろうが。てめえみたいな坊主がこんななめた真似して許されると思ってんのか?」
まさに無茶苦茶である。それは十人が見れば十人全員がそう思うほど間違いないはずのことであるのだが、周囲は多少ざわつくだけで男の行動を咎めようとはしない。むしろ、関わらないようにしようと一度は注がれた視線が段々と離れていく。
青年は、男の言葉をただ聞くことしかできず、周りもそんな青年を助けようとはしなかったためこの場の主導権は完全に男が握ることになってしまった。男はそんな雰囲気を良いことに、青年のことをすっとんきょうな理論で責め立て、そして最後には
「もしこのまま冒険者を続けられないような状態にされたくないって言うんならこれを払うしかないよな。金額は予約を無視したことと、俺の時間を奪ったことを考えて金貨五枚ってところか? まぁ安いもんだよな。それだけでなにもされずに済むって言うんだからよぉ」
金銭を要求してきた。それも中々に高額の。何度も言うがまだ駆け出しだった青年が、大した金を持っているわけがなかった。それこそもうどうしようもなくなった彼の耳に、ある声が届く。
「もう止めろよ。そいつも困ってんだろうが」
その声の主こそが、現パートナーのあの男だった。結果、難癖をつけてきた男は渋々ながらも青年から手を引き、青年は助けられた。これを機に、二人は事あるごとに関わるようになった。
何かと自分のことを助けてくれる同年代の男に対して、青年は何かと親しみを感じると共に、尊敬のようなものを覚えるようになる。そんな相手からパーティーを組もうと言われて、断る理由などあるはずもなかった。
- Re: 不遇冒険者ですが、美少女に助けてもらえるようです ( No.2 )
- 日時: 2020/03/12 08:55
- 名前: タダノヒト (ID: tfithZZM)
男の手によって完全に騙された青年は、ギルドの金を盗もうとした盗人という無実の罪を着せられてしまった。彼が犯人として断定されてしまった理由は至極単純で、『盗みを働く青年を見たという男の証言』と、『盗まれた額と同額の硬貨が入った布袋を保持していたから』という二つのみであった。
当然、青年は真実を話し自らの無実を証明しようとしたが、男に対しての偽りで結ばれた信頼は想像以上に厚かったようだ。そのため、青年が話せば話すほど状況は青年にとって不利な方向へと傾くだけであった。
そして、そんな青年を影でほくそ笑む男を、幸運か不運か、見逃さなかった青年は生まれてこの方初めて強力で明確な負の感情を覚えた。しかし、それも抱かには遅すぎた感情であり、青年は盗みを働いた愚か者というレッテルと共に獄中へと送られることになってしまうのだった。
「はぁ……」
これから「地獄」に閉じ込められると言うことに対する絶望と、魔力の使用を完全に封じられる腕輪をつけられていることから来る急激な疲労感によってもたらされた青年のため息は、閉塞感のある空間に響く、品のない喧騒にかき消される。
何を見ているのかすら分からないような目で、前を歩く看守の足元を見つめていた青年だが、看守が唐突に足を止めたので、男臭い背中に危うくぶつかりそうになりながらもなんとか足を止めた。
「ここが今日からお前が過ごす部屋だ。お前の場合、そこまで期間が長い訳じゃない。変な気を起こすなよ?」
看守は青年にそう告げると、懐から取り出した鍵で牢屋の扉を開け、その中に青年を押し込んだ。
この監獄には一人部屋などなく、人数にばらつきはあるものの大体三から五人までの囚人が劣悪な環境下での共同生活を強いられる。青年も当然例外ではなく、青年の部屋には既に三人の先客がいた。その容姿はいかにも街にたむろっているゴロツキといった感じで、部屋の奥の方の壁に寄りかかって入ってきた青年を気持ちの悪い笑みを浮かべながら見つめている。
青年はそんな三人にまともに関わろうとする訳がなく、距離のある部屋の入り口付近の場所に座り込もうとした。すると
「おい!! 挨拶位しねぇか。にいちゃんよ?」
と奥に座っていた茶髪の男が青年に迫る。すると、何かを言おうとしていた青年に対して
「おら、なんとか言えや!!」
「あがっ!?」
その顔面を思い切り殴りつけた。そして、後方によろめいた青年の腹部めがけて躊躇することもなく、膝蹴りを叩き込んだ。
青年が倒れこんでからは、その後方で一連の流れを見ているだけだった二人も混じり、青年の体を好き放題に蹴りつけ、踏みつけた。いくら冒険者と言えども魔力の使用を封じられた状況ではただ体が丈夫なだけのただの人間である。もちろん、魔力を封じられたとしても到底普通の人間とは言えない化け物も存在はするが、そうではない側の冒険者である青年がこの状況で抵抗することなど出来るわけもないことだった。
「ううっ……」
青年は極度の空腹と寒さ、そして痛みにただひたすら耐え抜いていた。ほんの少しの時間が、その数倍、いや数十倍程に長く感じられるその長く苦しい時間を過ごしてきた青年が待ち望んで瞬間がついにやって来た。
「おいお前ら飯だ。ここに置いておくから勝手にとって食え」
置かれていたのは四切れのパン。青年はすぐにでも飛びつきたいような衝動に駈られたが、我慢する。ここで我慢しなければ全てが水の泡になってしまうからだ。と言うのも、ここで鉄格子の隙間に置いてある食料を取り、それを分配するのはこの部屋のリーダー格である茶髪の青年の役目なのだ。
「よし。じゃあこれが俺の分な」
茶髪の男は、自分の分と称して一切れと、半切れにちぎったものを自分の方によせた。そしていつもつるんでいる二人には一切れずつを与えた。そして残った半切れのパン。これが青年の分である。理不尽だが、分けて貰えるだけまだマシな日だった。少しでも機嫌を損ねてしまえば一切分けて貰えないといったこともざらにあるのだ。
青年は半切れ分けてもらえたことにほっと胸を撫で下ろしながら、パンに手を伸ばした。
「おい。ちょっと待て」
しかし、そんな青年の手を茶髪の男の嫌らしい声が止める。そのニタニタとした笑みから、ろくでもないことを考えているのは容易に想像できたが、従わなければ十中八九、その半切れのパンは茶髪の男の胃に収まってしまう。極度の空腹を少しでも満たなければいけない青年が、従わないわけにはいかなかった。
「いやぁ。お前の分まで貰っちまって申し訳ねぇからよ。そのお礼に一番うまいパンの食い方でも教えてやろうと思ってな」
そう言って自分の分と称していた半切れのパンを口のなかに放り込んだ男は、有無を言わさずもう片方の半切れのパンに手を伸ばした。
そして、その掴んだパンをもはや何分割にしたのかも分からないようになるまで細かくちぎり、それを足で捻るように踏みつけた。そうして、ぐしゃぐしゃになったパンに、男はとどめと言わんばかりに唾を吐き捨てる。
「ほら、出来たぞ。力作だから味わって食べてくれよ」
三人の笑いを堪えるような視線が青年に突き刺さる。しかし、青年はそんなものお構い無しにそのパンだったものを掴み食べ始めた。
「ダハハハハハ!! お前マジかよ!! 意地きたねえやつだなそんなになったゴミを食うなんてよぉ」
下品で最低な三人の笑い声が、青年に浴びせられる。しかし、早く食べなければ、それこそ食べることが出来ないような状態にされてしまう可能性がある青年は、そんなものお構い無しでパンだったものを胃のなかに流し込んだ。
青年へのいじめは、食事以外のあらゆる面でも行われた。例えば、冬のこの時期には、囚人たちが極寒を耐えしのぐための極々薄い毛布が一人一枚ずつ配られるのだが青年の分は当然のように奪い取られている。それだけでも青年は凍え死ぬのではないかと思えるほどの寒さを感じていたのだが、男らはそれに加えて、寝ている青年に水をかけたりしていたため青年の体は常にこれ以上ないほどに冷えきっていた。また、暴力による睡眠妨害は当たり前。当然、起きている場合であっても理由のない暴力を受けることは多々あり、青年はまさに地獄のような生活を送ることを余儀なくされていた。
そんな地獄にギリギリのところで耐え抜き、刑期がちょうど残り半分となったその日。青年達の部屋に新入りが入ってきた。看守に連れられ入ってきた新入りのその姿は青年の予想を大きく裏切った。
腰まで伸びた白髪とそれに負けない程の白い肌、紛れもない美少女がそこには立っていたのだ。
- Re: 不遇冒険者ですが、美少女に助けてもらえるようです ( No.3 )
- 日時: 2020/03/12 08:56
- 名前: タダノヒト (ID: tfithZZM)
あの時の青年のように、何を言うこともせず少女は入り口付近に腰掛けようとした。しかし、そんな少女の動きを、どこかで聞いたことのあるフレーズが止める。
「おい嬢ちゃん。挨拶ぐらいしたらどうだ?」
そう言うとやはり、茶髪の男が立ち上がり、少女の元に詰め寄る。しかし、そんな男に対して一切臆する様子を見せない少女は
「それはすまなかった。よろしく頼む」
とあっけらかんと答えた。しかし、男にとってみれば本当に欲しいのは挨拶ではなく大義名分。今度は少女の口調について言及する。
「あっ? 『先輩』に向かってなんて口の聞き方してんだ。お前、女だからって殴られねぇとでも思ってんだろ。あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ」
そして、その言葉に対しての返答を待つこともせず、男は握りこぶしを振り上げた。それを見かねた青年はボロボロの体を立ち上がらせてそれを止めようとするも、残り二人の男に妨害され、動くことができない。
少女の眼前まで迫る拳。避けようのない、男の暴力による支配の始まりを告げる遠慮のない一撃が少女の顔を捉えた。と、この場にいる少女以外の誰もが思っていた。しかし、現実は違った。
男の拳は空を切り、視界からその姿が完全に消えたことにあからさまに戸惑う。そして、次の瞬間、男の右足に強い衝撃が走る。そして、何が起こったのか理解することもできないまま、その側頭部を地面に打ちつけていた。実際の少女の動作は、しゃがみこんだ後に、手を支点として男の足を払うような回し蹴りを入れる。というものだったのだが、その速さは電光石火とも言うべき驚異的なもので、男が何が起こったのか理解すら出来ないと言うのはある意味当然とも言えることだろう。
「があっ!? っ……いてぇ……」
想像もしていなかった痛みにもんどりうつ男に対して、おもむろに立ち上がった少女は、
「女だから……か。一番嫌いな類いの言葉だ」
と、男の軽薄な言葉を責めるように吐き捨てた。あまりの痛みに言い返すことすら出来ない男を尻目に、少女は青年の方へと歩き始める。
二人の男は、目の前で起こったことが理解できず、青年の手を力無く握りしめていたが、少女の無言の圧力を受けてその手を自らの体の後ろに隠した。
そして、青年の前までたどり着いた少女は、自分のことを助けてくれようとした彼に対しての感謝の意を告げる……つもりだった。
「……どうして、ここに。どうして、こんな所にあなたがいる?」
少女のその言葉にはありとあらゆる感情が入り交じっていたため、その真意を知ることは出来なかったが、その口ぶりから青年に対して何らかの面識を持っていることは間違いなかった。当然、青年もそれを察して、目の前の少女との記憶を思い出そうと試みる。
「……あっ」
青年の脳裏に、まだ幼かった少女の姿が思い出された。
「お願い……こっちに来ないで」
後ずさりする少女に合わせて、じりじりと距離を詰める熊のようなフォルムの魔獣に、少女が震えた声で懇願する。しかし、魔獣が少女の言葉を理解する訳もなく、少女との距離は少しずつ少しずつ縮まっていく。
あまりの恐怖に冷静な思考を失った少女は「魔獣に出会ったら絶対に背を向けてはいけない」という両親の教えも忘れて、森の中へと思い切り駆け出した。当然、少女の足では到底振り切ることなど出来る訳もなく、少女に合わせて走り出した魔獣は瞬く間にその距離を縮める。
迫る足音に、少女は逃げ切れないことを察したが、それでも足を止めることは出来ない。死への恐怖が強制的に足を動かしているのだ。
少女が逃げることの意義をしいて挙げるとすれば、誰かの助けが来るまでの時間を稼ぐこと位だろう。しかし、その時間も大した意味は持たない。そんなせいぜい数秒の時間を生き永らえた所で、それにより助かる可能性など奇跡でも起こらない限りほとんど無いに等しいのだ。
少女と魔獣の距離は、遂に人間の足でいう十歩分を切った。足音に加えて、その強靭な足で地面を蹴ることによって起こる地響きが少女の背中を捉えんと迫る。
もはや助からない。少女の脳内で死という意識がより強くその思考を支配する。しかし、この少女はその[奇跡]を起こすだけの運を持ち合わせていた。
「えっ?」
少女のすぐ横を、どこからともなく現れた影が横切る。そしてその直後。少女の耳に聞こえたのは魔獣の命が断たれたことを示す断末魔。
影の正体を確かめたくとも、振り返ることが出来なかった少女がこの時初めて足を止め、後ろを振り返った。
「大丈夫? 怪我してない?」
この時、そっと微笑みかけてきたまだ若い冒険者の姿は、少女の脳裏に強く焼きつくことになる。彼女の崇拝する対象として、彼女が人生をかけて追いつこうと決めた目標として。
- Re: 不遇冒険者ですが、美少女に助けてもらえるようです ( No.4 )
- 日時: 2020/03/12 08:57
- 名前: タダノヒト (ID: tfithZZM)
「……そうか。それなら良かった」
青年が服役することになった経緯を聞いた少女は、若干頬を緩ませながら、安堵の意をこぼした。もちろん、青年を陥れた男に対する怒りもそこにはあったのだが、それ以上に彼女の信じていた青年が、罪を犯していないことに対する安堵の気持ちが強かったようだ。
それから、二人は獄中であることも感じさせないような明るい雰囲気で積もる話をした。その中で青年は、少女があの一件以降どのような経緯を辿ってきたのかを大まかに知った。
少女は、青年に助けられた後、その体験に強い影響を受けた彼女は、青年のような誰かの命を守る冒険者となることを決意。
その後、魔法学校に入学した彼女は、その圧倒的な努力量と高いポテンシャルで学年の首席に上り詰める(ただし、この部分に関しては、首席どうこうという点について少女は触れていない)。卒業まで残り数ヶ月。少女の志した冒険者としての生活が、もう目の前までやってきているというその時期に事件は起こった。
領主の息子に対する暴行。それが彼女の罪状だった。
「ううぅ……ひぐっえぐっ」
「汚らわしい面で泣きやがって。あぁ? 次期領主であるこの俺様に怪我を負わせておいて泣けば許されるとでも思ってんのか!!」
顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる子供を大人気なく怒鳴りつけるのは、丸々と太った体をした領主の息子。何か重大な事件の発生を感じさせるこの場所では、つい先程、そのでっぷりとした体に、駆け回っていた子供がぶつかるという他愛もない出来事が起こっていた。しかし、甘やかされに、甘やかされた挙げ句、自身の立場を過信し過ぎている息子にとっては非常に許しがたい出来事だったようだ。
そんなとばっちりに巻き込まれてしまった子供を見かねて、野次馬の中から子供を庇うような言葉をかける者が現れる。
「小さい子供のやったことですし、何もそこまでは……」
更に、それに便乗する者も現れる。
「っ……そうだそうだ!!」
雰囲気は今、少年を擁護する方向に変わりかけている。しかし、雰囲気が変わろうとするこの流れを、野太い叫び声が断ち切った。
「黙れ!! 子供だろうがなんだろうが俺様に手を出したことに変わりはない。もし、また口答えしてみろ。ここにいるやつら全員に厳罰を加えてやる!!」
厳罰。その一言で、野次馬たちの声は一斉に静まり、少年の泣き声だけが辺りに響き渡る。
息子はやれやれと言わんばかりに軽くため息をつくと、依然泣き続ける少年に対してあろうことか、その腰に携えた全く不相応な名刀の切っ先を向けた。
辺りは瞬く間に観衆の悲鳴で満たされる。また、その雰囲気の異様さに怖気づいた少年も、何が起こっているのかも良く分からないままその泣き声をより大きくした。そんな喧騒をまたもや野太い声がかき消した。
「ふん、もう良い。俺様に怪我をさせた罪、その命で償ってもらおう!!」
剣が高々と振り上げられると、再び周囲では悲鳴が起こり出す。少年を助けなければ。誰もがそう思うも、恐怖のあまり誰も動き出すことは出来ない。
結局、止めに入る者は現れず、掲げられた剣はいよいよ少年に向かって振り下ろされる。間もなく訪れる惨状に誰もが目を背けようとした瞬間、人々の間を白い風が吹き抜けた。
「があっ!?」
領主の息子の体が、前触れのない衝撃によって吹き飛ばされる。唐突に現れたその少女は、足元でうずくまる少年の頭をそっと撫でた。
「大丈夫か? 怪我してないか?」
「うっ。げほっげほっ」
真夜中の獄中で四つん這いになって咳き込むのは、茶髪の男。その傍らでは、青い瞳がその様子を睨みつけている。
「ばれないとでも思った? 私の寝ている間に暗闇に乗じてやれば気づかないとでも? ……まぁ何にせよ。私の大切な人を傷つけようとしたことは絶対に許さない」
四つん這いの男の腹に再び強烈な蹴りが見舞われた。
少女が入所して以降、青年に対するいじめは無くなった。代わりに、顔を腫らした男達の姿をよく見るようになったのだが、やがてその姿さへも見ることは無くなっていった。
一方、青年は、少女と生活を共にすることでより親睦を深め、不自由ながらも充実感のある日々を送るようになった。そんな、ある日のこと。
寝床についた青年は、突然、毛布の暖かさとは違う、人肌の暖かさのようなものを覚える。その感覚から、青年は、その正体が少女であることをすぐに察した。
「すまない。どうしても寒くて眠れなくてな……よければ、このままここで寝てもいいだろうか?」
「うん。いいよ」
少女からすればそれは只の建前だったのだが、青年は少女の言葉を鵜呑みにし、その上でそれを承諾した。二人の間に少しだけ静かな時間が流れた後、少女が青年に問いかけた。
「まだ、少し気が早いかもしれんが、ここから出たらどうするつもりだ?」
「ん~。まぁまた冒険者をやるだけかな。普通に信頼をしてもらえるようになるのは大変だろうし、正直、あいつのことを許せる自信もない。それでもやっぱり、俺は冒険者がやりたい」
「……そうか。それなら……ここから出たら私と一緒に仕事をしないか? 私とパーティーを組んでくれないか?」
突然の申し出に、青年は即答することが出来ない。実のところ、青年はどう返答するのか。九割方決めていたのだが、その伝え方を考えるのにそれなりの時間を要した。
「ごめん。そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり駄目だ。俺と一緒にいれば、多分周りからは色々言われるし、君をそれに巻き込みたくなんかない。それに、俺みたいな下級冒険者なんかよりもっとふさわしい相手が絶対にいる。だから……」
「関係ない」
自分とパーティーを組んだ際のデメリットを話して、少女の提案を断ろうとした青年だったが、そんな青年の話を珍しく少女が遮った。
「えっ?」
あっけにとられ情けない声を出した青年に対して、普段、感情の変化が口調に現れない彼女が、明らかに力の入った声で訴えかける。
「……そんなこと関係ない。誰になんと言われようが、もっとふさわしい相手がいようが、どうでもいい。私はあなたと一緒にいたい。それでも駄目だと言うなら、その時は仕方ない……これは、ただの私のわがま……」
「分かった。良いよ。でも、本当に俺なんかで良いの?」
「あぁ。俺だから良いんだ……ありがとう。本当にありがとう」
そして、月日は流れ、遂に青年が釈放される日を迎えた。
「おい、出所だ。出てこい」
その日の朝、看守が青年に牢から出るように促す。それに応じて青年が立ち上がると、少女がそれを追うように立ち上がる。
「私も、出所したらすぐにあなたの所に行くからな」
「あぁ。でもその前に、たまには会いに来るけどね……あっ。それと……」
(ここで言う青年の「会いに来る」とは、決してもう一度捕まるということではなく、面会のことを指しているということだけは断っておく)
青年は、何かを思い出したように看守の持つ自分の着替えに手を伸ばすとその中から青い石のペンダントを手に取り
「はい。お守り」
少女に手渡した。それを受け取った少女は、手元のペンダントから青年という順で視線を移す。
「良いのか? ……ありがとう」
少女が、それを大事そうに握りしめたを確認すると、看守は青年に早く牢から出るように促した。
「……さっさとしろ。こちとら、お前に長々と構っている時間は無いんだ」
青年は、待ってくれていた看守への感謝の気持ちもかねて頭を軽く下げると、足早に牢の外へと出て、看守から着替えを受け取る。
「すみません……それじゃあまたね」
「あぁ。またな」
青年は最後の挨拶を交わすと、看守に連れられて牢獄を後にした。
そんな、二人の一連のやり取りを三人の男達は、妬ましそうに睨んでいたが、それでも少女が何か危害を受けるようなことはないだろう。少女は、青年にしばらく会えないことを寂しく思いながらも、青年から貰ったペンダントを眺めながら微笑んでいた。
- Re: 不遇冒険者ですが、美少女に助けてもらえるようです ( No.5 )
- 日時: 2020/03/12 08:58
- 名前: タダノヒト (ID: tfithZZM)
この日の冒険者ギルドのカウンターには、見慣れない少女の姿があった。その容姿は、首もとで切り揃えたボブショートの黒髪が特徴的な、華奢な体型の美少女といった感じで、男を中心に少なくない視線を集めている。
そんな少女は、周りの視線を特に気にすることもなく、大きな声で姿の見えない受付嬢を呼び出した。
「すいませ~ん!!」
「あっ、はーい」
少女の大声に、少し眉をひそめた受付嬢だったが、いつもと変わらない声色でそれに答える。
「本日はいかがなさいましたか?」
「えっと、実は、先日あるお方に大変お世話になりましてね。その身なりから、恐らく冒険者のお方だと踏んだ私はこうして冒険者ギルドを訪れた訳です!!」
何かを演じているとでも言わんばかりに大げさな口調で話す少女に対して、受付嬢は冷ややかな視線を送りながらも、話を進める。
「それで、そのお方というのはどなたのことなのでしょうか」
「それが、お名前を聞き忘れてしまったので、分からんのです……直接お会いしたら分かると思うのですが……」
その返答に、受付嬢は少し考え込むように顎下に手を添えため。少しして、考えがまとまると少女に対してその人間の特徴を問うた。
「……その方の特徴を覚えていらっしゃいますか?」
それを受けた少女は、記憶の中の青年の容姿を想像し、おもむろに話し出す。
「えっと確か、髪と目の色は黒で、体格は大体平均位。後、服装は……アレ何て言うんですかね? 覚えてはいるんですがオシャレには疎いもので説明が難しくて……。まぁ少なくとも鎧が露出したガチガチの重装備ではなかったですね。むしろ、軽そうな布地が目立つ感じでした。後は、とにかく笑顔が素敵な青年でしたね……」
思い出に浸る少女に特に関心を示すこともなく、その特徴に当てはまる人物を紙に書き出した。
「ありがとうございます。何人かそれらしい方がいらっしゃいますので、一応声をかけてみますね」
「……はぁ」
少女は分かりやすくため息をついた。その様子からは落胆以外の感情を感じとることはできない。そんな少女に対して、受付嬢はもっともらしい口調で早くこの場を去るように促す。
「残念ですが、他を当たってください……」
「……はい。ありがとうございました」
元々下がっていた頭を軽く下げ、力のない足取りでその場を去ろうとしていた少女の足を、とある男の柔らかい声が止めた。
「どうかしましたか? 何かお困りのようですが……」
少女が声のした方を見上げると、そこには優しげな笑顔で少女を見下ろす、青年を裏切ったあの男の姿があった。もちろん、そんな事情を知るわけもない少女は素直にその好意に感謝の意を示し、これまでの経緯を話し始めた。
「あぁ。わざわざご親切にありがとうございます。それが……」
少女の話の途中で、男が当然口を開いた。
「そいつのこと知ってますよ。多分ですけど僕の元パーティーメンバーだったやつなんで」
男の言葉を聞いた受付嬢も、その存在を思い出したように男の言葉を肯定する。
「あっ確かに、言われてみればそうですね」
その流れから、自分の探している青年がその人物であると察した少女は当然、男に対して飛びかからんばかりの勢いでその居場所を聞き出そうとする。
「……本当ですか!? じゃあ、今どこにいるのかも知ってたりしますか!?」
「……あぁはい」
しかし、男の返事は何か事情があることを感じざるをえないようなものだった。
「?」
「どうかしましたか?」と言わんばかりに首をかしげた少女に、男がゆっくりとその口を開いた。
「……そいつ、ギルドの金を盗んでいたのがばれて、今牢獄にいるんです」
「……えっ? いやいや、一度助けられただけの人間である私がこんなことを言うのは変ですが。あんなに無欲で他人思いな人がそんなことするわけないですよ」
「えぇ。俺だって信じたくはなかったですよ。まさかあいつがそんなことするやつだなんて思ってませんでしたから」
「……そうですか。教えていただきありがとうございます」
男に頭も下げずに礼を告げ、再びカウンターの前まで戻った少女は、受付嬢の前に名刺のようなものを置いた。
「……私、こう見えてもつい先日から探偵業をしている者でしてね。ここから先は完全に私のわがままなんですが、その盗難事件について調査させて頂けませんか? どうしても彼がそんなことをするようには思えない。いや、思いたくないのです」
- Re: 不遇冒険者ですが、美少女に助けてもらえるようです ( No.6 )
- 日時: 2020/03/12 09:00
- 名前: タダノヒト (ID: tfithZZM)
獄中を出て、晴れて冒険者としての生活を再開することが出来る青年には、一つ不安があった。それはギルドが自分を受け入れてくれるのか。ということである。
無実の罪であるとは言え、ギルド内では青年が犯人であると言うことになっているのだ。周りからきつく当たられること位は覚悟していた青年だったが、この期に及んで「そもそも、冒険者ギルドに本当に戻れるのか?」という疑念をいだき始めたのである。
そんな訳もあり、ギルドに向かう青年の足取りはどこか重い。しかし、まだ着かないでくれと思うときに限って目的地はすぐに現れる。
考えれば考える程、青年の頭の中には、ネガティブな想像ばかりが溢れ出す。そんな想像を振り切るように軽く息を吸うと青年はギルドの戸を開けた。
中に入ると、音のした扉の方を見た数名と、目があった。どういう反応が返ってくるのだろうか。青年の体に緊張が走る。
「おい、お前大変だったな!!」
反応した数名のうち、青年にとってあまり面識のない一人の男が青年に何かを労うような口調で話しかけた。青年に男の言葉の意味を理解することができなかった青年は、男の次の言葉を待つ。
「いやぁ。アイツがまさかあんなクズ野郎だって思わなかったよ。本当にすまねぇな。俺は正直、あいつの言ったことを鵜呑みにして、お前がやったとばかり思ってたよ」
「……えっ?」
未だに状況がよく理解できない青年は分かりやすく戸惑いをみせる。そんな青年に対して男はどこか腑に落ちない様子で青年に問いかける。
「なんだ、お前それで帰ってきたんじゃないのか?」
「なんかよく分からないけど、俺は、刑期が昨日までだったから、今日帰ってきただけだよ」
そんな青年の返答に対して、男はそれなら納得がいくと言わんばかりに、手をぽんと叩いた。
「あーなるほどな。それなら確かに知らなくても無理はねぇ。えっとな。この前、ここにお前のことを探してるっていう女の子が来たんだよ……」
「……犯人が分かりました」
目を開けた少女が言い放ったのは、冗談としか思えない一言だった。当然、その場にいた誰もがざわめき、少女の発言に疑問を抱く。
「おいおい。流石に、ろくに調べもせずに分かったなんて言われても冗談としか思えねぇよ」
男も当然その中の一人であり、野次馬の意見を代表するかのように少女に不満を呈した。しかし、少女自身もこの反応を予想していたのだろう。特に動じる様子は見受けられない。
「まぁ、そりゃそうですよね。私が普通の探偵なら、今のは質の悪い冗談で話は終わるでしょう。でも私見えるんですよ。特になにも調べなくてもその事件の全貌が。そこの親切なお方。あなたがこの事件の真犯人だってこともね」
少女が指差した先には、例の男。少女は確かに事件の犯人を的中させたのだ。しかし、あまりにも現実離れした少女の言動を皆がすんなりと受け入れられる訳もなく、男もその雰囲気に乗じて難を逃れようとする。
「無茶苦茶な話だ。どこに証拠があるんだよ!? そんな当てずっぽうで犯人扱いされてたまるか!!」
男は、あえて声を荒げ、いかにも怒っているかのような様子を見せた。周囲の野次馬もこれに合わせて少女を責め立てる。この、男を擁護するムードは、男が築いてきた偽りの信頼の賜物といえるだろう。しかし、これでも少女は動じない。
「金貨ニ十ニ枚。ですよね? 受付嬢さん」
少女が唐突に口にしたのは、あの時、盗まれた金額だった。この数字が何を示すのか。いち早く察したのは男と受付嬢だった。
受付嬢はあわててメモ帳を取り出し、手慣れた動作で、事件について書かれているページまで遡った。そして、すぐに受付嬢は自身の目を疑うことになる。
「……えっ、嘘? ……はい。盗まれたのは金貨二十二枚です」
受付嬢の返答に周囲がざわつく。それは、少女が知り得るはずもない情報であり、ましてや、当てずっぽうで当てられるようなものでもなかったからだ。半ば胡散臭かった少女の言動が急に信憑性を持ち始めたことで、当然、男にも動揺が走る。
「ど、どうせたまたま知ってただけだろ!! そんなもん決定的な証拠にはならねぇし、そんなこじつけで勝手に犯人扱いされるなんざたまったもんじゃねぇ」
確かに場の雰囲気は変わったが、それでも、男の築いたものは相当なものらしい。未だに、男を擁護するような雰囲気の方が多勢を占めている。そんな、男をさらに追い込むべく少女は次の手に出る。
「じゃあ、あなたの犯行の状況でも当ててみましょうか。日付は一月の三十日。時刻は午後の十時。受付嬢さんに頼みごとをして、カウンターががら空きになったタイミングで盗みを働いた。違いますか?」
「へっ。残念ながら違うな。日付は確かにそうだが、時間は午後の十一時、手法はカウンターに誰もいなくなる時間を見計らっt……はっ!?」
男は、少女の仕掛けた簡単な罠にはまった。あえて、間違った情報を言うことで、口を滑らせる至極簡単な罠。冷静な状態であれば、到底引っ掛かることもないものだが、動揺していれば話は別である。さらに男の場合、少女に対しての一種の敵対心を顕にしていたため、少女はある種の確信を持って、リスクを伴うこの方法を選ぶことができた。
「いや、違う。今のは……」
「詳しく、話して頂けますか?」
青年の冒険者ライフは、再びその色を取り戻した。どちらかと言えば「普通」という部類に入るその生活ぶりだったが、今までのことを考えれば、青年にとってそれは幸せと呼ぶには十分すぎるものだった。
そして、今日。
「じゃあ、行こうか」
「……あぁ」
新たに結成された男女パーティーが、初依頼へと向かうのだった。
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