複雑・ファジー小説

守護神アクセス
日時: 2018/11/19 00:24
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM  (dami-dayo@docomo.ne.jp

更新再開しました。


異能バトルはいいぞ(黙れ)

この名前、見たことがあるあなたはきっと昔からいるお方。まあ知り合いや読者は少なかったのですがね!
違う名前を使うようになったのですが、ゴリゴリとドンパチするような異能ファンタジー書くので、形から入るために名前を戻しました。

以下目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119

▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

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Re: 守護神アクセス ( No.115 )
日時: 2018/10/18 23:49
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM


 所詮はただ武器を変形させる程度の能力。その程度に侮っていた。形状を変えるというだけで、これ程までに手数が増えるとは思っていなかったためだ。迫る鎌の刃を避け、途端に姿を変えた鉄槌を横から蹴りつける。流石に隙が出来たかと殴りかかれば、鼻先にはレイピアの先端が触れていた。
 何とか首ごと頭を大きくずらして貫通を避ける。鼻の頭を引っかかれ、そのまま鮮血が踊った。武器を掴んだ腕を突き出している今こそ好機、とはならない。武器の変形に乗じて、アメーバのようにぐじゃぐじゃと輪郭を失ったレイピアはもう片方の手の中に納まった。今度の形状は無骨な大刀。鉈のように押しつぶし、鈍重に斬り裂こうと振り下ろされる。
 いつまでも防戦一方でいられない。剣を握りしめた手首を思い切り奏白は蹴りつけた。衝撃に押し負け、掌から大剣が離れる。しめたとばかりに近づこうとしたものの、次の瞬間にはもう一方の腕の中に槍が潜んでいた。弾き飛ばしたと思った剣はというと、もうとうに姿を消していた。
 子安貝の放つ虹色の光をあの武器が受けると、その能力が発動するらしい。暫定的な奏白の仮定では『ある物質の構成成分を原子ごと変化させ、構造や形状をも自由自在に変形させる』ものだ。自分自身の肉体にかけていなかったり、敵対する奏白の肉体を直接変化させていないことから、何らかの能力発動の制限があると見て間違いは無い。
 ただ武器が変わるだけならば、どのみち回避を続けるだけで済む話であるためさしたる問題ではなかった。この能力で真に恐ろしいのは、武器が手元から離れないという点だ。さらには任意のタイミングで武器を握る手をスイッチさせられる。右手で槍を突けば、本来引き戻さねばならず、嫌が応にも隙が生じるというのにそれが無い。今度は左手に持ち替えて刀で斬りかかるだけだ。
 そもそも変形を生かして、その瞬間に奏白を貫けばいいものをと考えたものだが、それはできないらしい。変形途中の液状化した金属を殴りつけようとしても、実体が無いのか拳が突き抜けた。変形中は質量を持っていないということなのだろう。
 音も無く変形するため、その形状変化を利用した斬撃や刺突などが可能ならば奏白はとうに肉片となっていたことだろう。その制限がかかっている事実は有難い事だ。しかし、それにしても攻めあぐねてしまう。迂闊に踏み込めば首筋に刃が触れていることもある。後一瞬の判断を誤っていれば死んでいた、そういった局面も少なくなかった。
 自分で言うだけあるじゃねえかと、奏白は徐々に目の前の従者の実力を認めていた。炎を吐き出す龍のような派手さは無い。しかし、先ほど面と向かって実感したが、あの龍であれば素直に正面から殴り倒せそうだったのに対し、変幻自在のこの兵士はそうそう手早く片付けられそうにない。
 いつしか戦闘服はところどころ血に濡れていた。それは相手の鼻先を殴った鼻血の返り血であったり、自分のかすり傷から垂れた血潮とが入り混じっていた。一進一退の攻防。徐々に奏白は変幻自在の能力に対応し始めているため、油断しない限り形勢は傾けられるだろうが、それがいつになるかはとんと見当がつかない。
 またしても、拳と刃とがぶつかり合う。ぶつかると言っても側面を弾き飛ばしたり、大気の振動をぶつけて逸らしたりしている程度なのだが。身を捻っては槍の突きを避け、後ろに跳んでは振り下ろされる斧から逃げる。
距離を取れば一塊の鉄球を放り投げてきた。新幹線程度の速度は出ているだろうか。しかし、音速にはまだほど遠い。あっさりと屈みこんでその鉄球を頭上に見送る。そのまま刹那の後に音速に到達、もう幾度目か分からないがかぐや姫の側近、その背後を取った。しかし、おそらくその動きは読まれている。
 奏白が金属弾の投擲を避けた時には既に、子安貝からは光が放たれていた。そして彼の次なる手を見るより早く、従者はというと防御に転じている。虹色の極光を受けた漆黒の砲弾はというと、勢いも全て殺して再びどろどろのアメーバ状になっていた。意志を持って生きているかのように瞬時に楽の兵士の手元に戻り、羽衣と筋肉の隙間に潜り込む。
 そのまま、背中全部を覆い尽くしたかと思えば、その場で剣山を形成した。白銀の棘が無数に羽衣を突き破り、奏白の眼前に迫る。またこれか、ここまでの多岐に渡る攻防の中で幾度となく攻め手を遮った防御手段に舌打ちをする。
 これ以上踏み込めば全身串刺しになってしまう。何とか停止し、舵を切って死角に潜りなおす。しかし隙を与えてしまったに変わりない。ハリネズミのように背中だけ覆っていただけだったのに、いつしか男は毬栗のように全身を棘で覆い尽くしていた。
 このままでは触れられそうにも無い。音の衝撃で吹き飛ばそうにも、密着しきれない以上大した痛手は与えられないだろう。こうなると向こうからも攻められないため、一度仕切り直さねばならない。

「何べんも殻にこもりやがって、びびってちゃ俺には勝てねえぞ」
「ふふ、一度目にそれで腕を傷つけた君が言ってもただの負け惜しみだよ」

 その言葉に苦々し気に顔を歪める。彼のスーツ、その右腕のあたりは鋭利な刃物で引き裂かれたような痕跡が残っていた。覗いている肌には細長い裂傷が見られ、勢いは大したことが無いものの血が流れている。
 スピードで翻弄し、死角から一息に叩きのめそうとした時のことだった、唐突に、一瞬手前の瞬間まで剣の形を取っていた黄金の武器は、瞬く間に身を護る鎧となっていた。それ以降は二度と同じ仕掛けで手傷を負うようなことは無かったものの、こちらからもろくにダメージを与えられていない。
 何分経過したものだろうか、分からない。下でもきっと戦闘は始まっている。先ほどどの従者に対してかは判別できなかったが、太陽が名乗りを上げていたのは感知していた。すなわち、地上でも同様の化け物が暴れているという事になる。民間人は決戦の舞台が東京になると決まった時に避難勧告を出しておいた。事情があって逃げられない人々も居るだろうから、強制はできない。あくまで勧告止まりだ。
 しかし流石に、現実に攻め入って来たかぐや姫たちを見てからという者の、近隣住民だけはもっと遠いところに逃げ出してくれたようだった。そのため、多少下で暴れていても、警官達が足止めをしている内は一般人の被害は出ない。何とか戦場を抜け出している兵士は誰一人いないようで。今のところは治安維持組織としての矜持を保ってはいる。

「あれあれ、こんなもの? あんなに警戒してた奏白音也って、こんな程度?」
「うるせえよ」
「いやいや、確かにすっごく楽しいよ。僕の攻撃も全部防ぐし、避けるし。でもさあ、なーんか期待外れなんだよね。初めの勢いが無いっていうかさ、気を抜けば死んじゃいそうなあのヒリヒリした緊張感が無いっていうか」

 口に手を当てて嘲笑の笑みを浮かべる。なるほど今度は、挑発を楽しんでいる訳だ。思いの外大したことがないものだと嘲って、奏白が地団太を踏み、不快で表情を捻じ曲げるのを期待している。そんな風に己を叱咤し、無力さに嘆く人を眺める事さえ、彼には楽しくて仕方が無いのだろう。
 本当に悪趣味だ。おたまじゃくしは悪食で有名だ。泥を食う、虫の死骸を食う、魚の死骸を食う。そんなものしか食べられないから、生きるために仕方なく。だが目の前のこいつはどうだろうか。楽しむために悪行をしている、ならばまだ理解できる。残虐で、人でなしの行いを楽しい事だと判断して率先して行っているのであれば、憎らしく思うもまだ理解ができる。
 しかし実態は違う。この側近は、万物万象を娯楽だと思っている。とりあえず煽ってみた、楽しい。とりあえず殺してみた、愉快だ。意義も目的も無く残虐な行為を、人でなしの振る舞いを為して、それら全てに享楽を見出すことができる。

「やっぱり人間なんて大したことないね。警戒するべき君がこれなら、地上に残ってる彼らなんて、豚の餌の方が上等なんじゃない?」

 怒るだけの価値も無い。途端に怒りの熱が抜けていく。凶暴化していたドロシーの仲間たちは、太陽たちを嘲ることを、他者を見下す事に快楽を見出していた。それゆえに、その性根を叩き直そうと思えた。だが、こいつはどうだ。怒りも哀しみも持っていないからこそ、あらゆる善行も悪行も、苦しいだなんて思えない。だからこそ、何をしでかすか分かったものでは無い。
 道化という言葉がいやに似合う。何となく、雨に打たれた体から熱が抜けるように、怒りが零れ落ちていった理由が理解できた。哀れなピエロにしか見えないこの男が、同情するべきだと思えたからだ。
 楽しくないはずのものまで楽しんでしまう、こんな悲しい生物は、分身は、早く始末してやるべきだと信じたからだ。楽しいという、本来人間を幸せにするための感情に囚われて、真逆の方向へ進路をとった哀れな人形を、解放してやらねばならないのだと。

「お前さ……多分、楽しくねえだろ」
「何言ってるの、とても楽しいよ」

 そもそもそれ以外の気持ちなんて分からないしね。あっけらかんと、言い放つ。そっかと、小さく、泣き出しそうな声で奏白は返した。別段本気で涙するつもりなど無い、こんな奴のために流す涙などないと割り切っているからだ。
 ただ、それでも、彼の感じる悦楽に愉悦は、否定せねばならない。説教じみていて、独りよがりに思えても、そんな事認めてはならないのだ。
 それは別に聖職者としてだとか、正義に生きているとか、そんな大層な理由ではない。彼が、彼として生まれているその大前提として持つ事実こそが、目の前の男の娯楽を否定するべき根拠となる。

「人生、楽しいことばっかだったら、って誰もが思うんだよ。でもな、結局辛い事苦しい事の方が多いんだ、嫌んなっちまうよな」
「ごめんね、そう言うの分からなくて」
「ああ、その方が幸せだろうなって思うかもしれねえさ。でもよ、それじゃ多分味気ないし、飽きちまうんだよ」

 そう、彼の言葉は、人間として、否定せねばならない。

「辛いことが沢山あるからさ、楽しい思い出が輝いて見えるんだよ。お前さ、楽しい楽しいって言ってるけど、楽しいって気持ちを喜べてないだろ」
「そりゃ、喜ぶ感情は火鼠の奴が持って行ってるからね」
「うん、そっか。そうだよな……。だからそんな可哀想なんだ」

 終わらせよう。救ってやるべき男にすら聞こえないほど小さな声で、一人の男はそう呟いた。

「アマデウス! 一旦全力で行くぞ」
「体にかかる負荷はどうする? シンデレラの相手ができなくなる可能性も……」
「大丈夫だ」

 すぐに片付けてやる。身体にガタが来る前に。彼はそう宣言した。そうかと、短い相槌だけを残す。

「大きく出たね、全然勝てる見込みも無いってのに」

 侮辱という行為に味をしめたのだろうか。目の前の男はひたすらに奏白を煽り続ける。おそらく彼の中に警戒や不安は無い。だからこそ、今の奏白は温存などしていないし、その言葉も強がりに過ぎないと思い込んでいる。
 そんな姿が、契約者だけではなく、力を貸しているアマデウスにとっても憐れに思えた。もしも自分の言葉が届くというなら、彼に伝えてやろうものを、と。嘆息混じりに口にする。我が契約者は、有言実行を為し遂げる男なのだと。

「俺からお前への言葉は、これが最後だよ。『天才』って二文字はな」

 また、消える。否、消えたように映るだけだ、目で追い切れぬだけだ。常人どころか人間離れした動体視力を持つ者にも、音速など捉えられない。
 消えたと思い、従者は息を呑む。また後ろかと警戒するも、奏白は今度は真正面に現れた。わざわざ目に見えるところに現れた事実に面食らうも、それも当然かとようやく頭が追いついた。どうせ目にも止まらぬ早業であれば、直接目の前に現れても変わらない。

「そんな甘くねえんだよ」

 突然、視界が揺れた。防御に意識を向けるのがあまりに手遅れで、気が付けば奏白の脚が首元に減り込んでいた。そのまま筋が千切れて、頭と体が離れてしまうのではないかと感じる程の衝撃が走る。しかし首は千切れることも折れることも無く、踏ん張る大地も無い空中でその身体は半回転した。強すぎる圧迫感に、気道がひしゃげて息が吸えなくなる。何とかかぐや姫から供給されるエネルギーで修復するも、息苦しさは晴れない。
 しかし愚直に攻め込んでくるだけならば、これまでと同じだ。自棄を起こしたのだろうか、それとも速度についてこれないと思ったのだろうか。甘いと奏白に知らしめるために、全身を針で覆い尽くす。これで再び、奏白からは手が出せなくなると判断して。
 しかしその認識こそが甘かったのだと、刹那の後に思い知らされることとなる。
 奏白の手の甲がその剣山の先端に触れると同時に、尖りきったその針は接触した部位から次第に吹き飛んでいった。掘削され、塵となって大気中に消えていく。その様子に目を見開いていただけの須臾の時間に、その拳は腹部を穿っていた。内臓がそのまま勢いで口から飛び出しそうな嘔吐感を必死にこらえる。その吐き気を飲み込めても、痛みだけは呑み込みきれそうにない。
 ただ殴られただけではない感覚が腹部に広がっていた。あらゆる方向への衝撃が、肚の中の臓腑の中心で荒ぶっていた。彼が触れた部位だけ引き千切れ、剥がれ落ちてしまいそうな異物感。見れば内出血のように紫色にうっ血していた。
 その正体に辿り着いたのは、偏に音の鎧と言われる能力が由来であろう。身の回りの空気を音波により強い勢いで振動させ、近づく攻撃を弾き飛ばす空気の鎧。彼はそれを防御ではなく、攻撃に転じさせた。ただ転じさせたのではない。身の回りの大気を振動させるのではなく、己の身体を音波により強く振動させることで、その振動の勢いであらゆるものを破砕する。
 出し渋っていた理由は簡単に察せられた。言うなればこれは、自分自身に音の能力で攻撃している状態に他ならない。身体にかかる負荷が尋常ではないのだろう。音速戦闘を可能にさせる程の肉体を以てしてもだ。
 時間を稼げばいつかは勝手に相手がガス欠になる。ならば逃げるが得策か、そう思った矢先にその発想が絶望に塗れていると知る。何処へ、ではない、どうやって逃げろというのだろうか。音の速さで空をも走るこの男から、どうやって逃げればいいのだろうか。
 ならば守り切ればいい。それさえも絶望だ。たった今、頼り切っていた防衛手段を無効化されたところではないか。
 ここで幸運だったのは、その絶望すら感じ得ぬことだったろうか。逃げも隠れもできないのであれば、迎え撃つしか無いと、脳裏を真っ白に燃え尽きさせることなく切り替えられたのは、彼が逃げ腰の感情を授かっていなかったためだ。
 迎え撃つ、そう決めた後に彼が過ごした十秒に満たないような時間は、これまで過ごしてきた数百年全てと比較しても遜色のない程の量、興奮と、熱狂全てを凝集させた、永遠にも思えるような最期の時であった。
 眼前に迫る拳を避ける。破壊力は充分にもう先ほどまでに学んだ。手で払って受け止める事さえしてはならない。掠めた髪がはじけ飛ぶ。はらはらと舞い散る黒の残滓が、その後の自分を暗示しているようであった。
 もし僕に、悔やむ心を持っていたならば、感謝をできぬことを悔やんだだろう。彼はそう考察した。このあまりにも楽しすぎる今際の時間を、僅かにしか堪能できない事実を悔やんだだろう。もし喜びの感情を持っていたならば、模造品の作られた人生に過ぎない生者としての終わり際に、こんな至上の時間を賜ったことを、主のみならず存在の是非も分からぬ神にさえ感謝しただろう。
 しかし、自分にできることと言えば、一時の快楽に溺れることのみ。命を散らし、身体中を駆け巡る痛みに楽しみを見出すことだけ。ならばせめて目の前の捜査官に対してできる最大限の賛辞を送ろう。この時間を、一秒でも長引かせて見せる。輝かしい笑みを、最期の最後まで彼に贈って見せよう。
 防戦一方ではきっと詰まらない。もしかしたら音という概念を体現した化身の彼には、武器さえも砕け散ってしまうのかもしれない。しかし、無抵抗というのは全霊で挑んでくる者への侮辱に思えた。侮辱も楽しいものだと先ほどは感じたものだ。しかし、しかしだ。全力を尽くす事こそ、さらに楽しいものではないだろうか。
 ならば、手を止めてなどいられない。立ち止まってなど居られない。痛みに意識が溶けていく、衝撃で思考が吹き飛んでいく。舞い散る血霞は、もう自分の血液ばかりだ。秒を追うごとに自由に動かせる体の範囲が狭くなっていく。手にした武器は擦り切れていく。

 それでいい。
 それでいい。
 それだけで、きっと僕は満足だ。
 そうして、心など何一つ持たないまま生き続けた従者は、最後にたった一つの感情だけ与えられ、満たされたまま、甘い蜜の中に溶けゆくようにして、散っていったという話だ。

Re: 守護神アクセス ( No.116 )
日時: 2018/10/27 00:36
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM


 一時はとんだ下衆野郎だと思ったもんだけどな。互いに鎬を削り、捨て身の攻防を繰り返しながら奏白は、彼と過ごしたこの幾何かの短い時間のことを振り返っていた。終わってみれば案外、そう悪く思えないものだ。この心身の削られるやり取りを、心底楽しみ続ける眩い笑顔を見ていれば、嫌悪感も吹き飛んでしまう。
 そうかい、俺との手合わせはそんなにも素敵なもんか。声に出して確認する必要など無かった。明確な答えをわざわざ引き出す必要なんて無かった。訊かずとも、答えずとも、もう知っている。彼を悦ばせることができるのは、彼という存在そのものをすり減らすような殺し合いの中にしかないのだと。そして自分が、その期待に、期待以上に応えられているだろうことも。
 剣、槍、斧、槌。降り注がれ、突き出され、振り上げられては叩きつけられて。またしてもその姿が変わる。鈍器かと思えば鈍器に代わり、黄金色に瞬いたかと思えば黒塗りの鋼へとまた変遷する。流れる水のように、二度として同じ姿をした武器にはならなかった。剣という括りで見れば同じかもしれない、しかし新たな形を得る度にその詳細な造形は見たこともないものとなっていた。
 なるほど、手を変え品を変え。その方が楽しいということだろうか。こんな時までそんな事ばっかり、そう想えども今度ばかりは、叱責する訳にいかない。そういった思考回路を無理に埋め込まれているのだから、その程度の些細な振舞いには目を瞑ろう。
 ほとんど勝負は決したと断じて相違ない。全力の奏白の動きに、もはや相手はついてこれそうにもなかった。先ほどからして、何とか全方位に棘を突き出して壁にしていただけだ。それが通用しなくなった今、防御などできないのだろう。
 ならばできることこそするべき。打たれながらも、蹴りつけられながらも、次々と殺意を飛ばしてくる。悪意という刃で切り付けてくる。光輝き、そのまま燃え朽ちてしまいそうな眼光を爛々と煌かせて。屈託の無い笑顔だった。実際にしているものなど、ただの殺し合いだ。快楽など本来あるはずもない。鈍痛と負傷に淀んだ澱の中へ沈んでいるだけに過ぎない。
 鼻先に迫る短刀を避ける。避けずとも今の状態の彼であれば、触れるだけでその刀を砕けた可能性はある。しかし、油断は禁物。命を奪いかねない刃物なのだから、警戒に超したことはない。
 悪あがき、時間稼ぎ。そんな発想が現れてはすぐさま立ち消える。そうきっと、この男はそんなことなど微塵も考えていないのだろう。ただ自分が、一秒でも長くその極楽の秘湯に浸かっていたいだけだ。奏白と相対した強者のみに理解できる、この男と渡り合えているという高揚感に、刹那の誤差に過ぎない一瞬であろうと、それでも長いこと満たされていたいだけだ。
 拳を交えて理解できる。この男には勝てないと。こと闘争において反則じみた能力を持つこの男を、認めずにはいられない。だからだ、仕方が無い。英雄を名乗る星の下に生まれたような男に、自分が立ち向かっている事実を誇ってしまうというのは。
 これまでずっと一振りの大得物を操って来た従者であるが、最後に彼は手にしたたった一つの武器を何十というナイフに変化させた。子安貝の首飾り、それの持つ能力は言うなれば錬金だ。原子レベルどころではない、中性子や陽子レベルで物質の再構成を行う。能力の対象となる物体には、非生物であることや重量制限など、様々な縛りこそ設けられているが、それを守っている限りは原材料の変化から形状の転換まで全てが術者の思うまま。燕が貝など生むはずはない。それと同様に、鉄の板切れが金貨に変わるはずはない。それと同じ、あり得ないはずの因(おや)と果(こ)の間に縁を結ぶ。
 腕に、足に、首筋に。鉛色の切っ先がぴとりと触れた。だがその瞬間、またしても空気は竦み上がり、怯えたように強く震えた。アマデウスの能力により、強力な音波が奏白の全身から放たれた。もはや音と呼ぶにはあまりにも暴力的過ぎる、単なる大気の振動。一時は奏白の肌に触れたはずのナイフも、その皮を切り裂く事も出来ずに砕け散り、はじけ飛ぶ。
 小刻みに震え続ける削岩機のような拳が、とうとう従者の鳩尾に再びねじ込まれた。皮膚が破れ、筋肉が露出する。だが、そこまでだ。グッと歯を食いしばり、腹に力を込めてそれ以上抉らせない。腹を貫かれかけてもなお、その目に映る最後の灯火は死せず、より強く輝きを増して。
 武器は失ったか。その問いの答えは決して否だ。戦とは、槌で将の頭をかち割るに非ず。槍でその心臓を刺し貫くに非ず。己の胆力を以て敵の矜持を打ち砕き、踏み躙り。たとえ牙が折れようと爪が剥がれようともその命を引き裂くものだ。
 外聞も、恥じらいも、歯牙にかける余裕は無い。躊躇いなど、月面にでも捨て置いてきてしまった。己が与えられた命令は何か、腕も足も動かぬ現状でできることは何か。思い至った従者はと言えば、目の前の捜査官の首筋めがけて大きく口を開け、尖った犬歯でその肉を食い破ろうとする。
 その意気や良し。だが、辛くも、その牙はかの天才に届くことは無かった。腹に叩きつけられていた衝撃が消える。目の前にいた男の実像すら消える。目の前の情報の処理さえ追いつかず、虚像に縋り、むしゃぶりつく思いで強靭な顎を打ち鳴らせども、手ごたえさえもそこには無い。
 背後か、上空か。それとも、眼下か。それらのあらゆる可能性は打ち消される。この期に及んで不意など討たない。奏白は目の前にいた。僅かに身を退き、歯の打ち付けられる範囲外に逃れただけだ。瞬きを一つする間に、いつしか再び眼前へ。肩で切られた空気が乱れる。風が吹き、満身創痍の従者の羽衣を揺らした。その熱量はアマデウスのオーラ故か、体温故か、はたまたその男が胸に灯した情熱に由来するのだろうか、あまりの熱さに焦げ付いてしまいそうになる。
 まだ自分とて、灰となって消えてしまう訳にいかない。ひりひりとするやけどのような刺激は全て錯覚だ。炎症も起きていない、水膨れもできそうにない。日中のように明るいとはいえ、晩夏の夜風は冷たいままだ。音の衝撃で弾き飛ばされた刃の残骸を再びかき集めようと、意識を子安貝のネックレスに向ける。しかし、それよりも速く伸びた手が、主君より与えられた宝を掴み、繋ぎ止める意図を引きちぎった。
 一繋ぎの神秘が、ばらばらに崩れていく。七色の宝石たちが、一つ、また一つと孤立していく。モザイクの群体が、赤は赤、青は青へと、散り散りに。統制の無い虹色の集合体が、ただ一色の個体となっていく。その方が、一個体として統一された、規則的で美しいものであるはずなのに、何故だかずっと醜く見えた。闇鍋のようにただ豪華に、統率も取れないままに連続した首飾りになっていた方がよほど美しい。
 どこかで見覚えがあった。これは一体何と同じなのだろう。散り散りに零れ落ちていく、自分が身に纏っていたはずのタカラガイを見つめながら、薄れゆく意識の中で、ひたすらに走馬灯を見ていた。千年生きたこの自我が、終わり際に余韻を噛み締めるように、無感情に過ごした日々を振り返っている。
 その今際の、己が生きた記録の再生の終わり。最後の最後に、彼が気持ち悪いと思い至った、モザイクの群体が個々の要素に切り分けられる様子を目にした。かぐや姫が、わざわざ心を分断し、感情を自分たちに分け与えたあの日のことだ。
 奏白の言葉が蘇った。楽しいことを喜べていない。だから自分は奏白から醜く見えてしまったのだろう。これならばいっそ、何も持っていなかった頃の方がよかったのだろうか。常人であればそのように後悔するのだろう。しかし、悔やむ心さえ彼は持ち合わせていなかった。
 ともすれば、彼にできるのは一つだけ。もう、肩から先は動かせない。足とてただの鉄棒のようで、膝を曲げる事さえも叶わない。動かせるのは表情のみ、完膚無きまでの敗北だ。あれだけ大見得切っておいて、小悪党のように散っていく自分の最期は、ちっとも面白くなどなかったけれど。
 彼は自身の終幕に、目の前の男に対して見せつけるように、破顔してみせた。
 口にせずとも、楽しかったよと伝えられるように。
 目にした茶髪の男はというと、眉尻を僅かに下げ、馬鹿野郎がと小さく呟くことしかできなかった。
 靴のつま先から、あるいは右手の中指の先端から、世界に溶け行くように消えていく。黄金に輝く星屑のみをたなびかせ、散り際に一際大きな光を見せて、蝋燭のように消えていった。
 感傷に浸る暇は無い。けれども、数秒の間だけ奏白はただ茫然としていた。楽しかったのは自分も同じだ。だからこそ、相対していたあの側近の男のように、自分もいつしか変容してしまうのではないかと危惧してしまう。
 誰かを助けるふりをして、ただ自分が戦場に溺れていたいだけなのを誤魔化してはいないだろうか。強く否定できるだけの自信は、さらさら無かった。
 しかし、そうずっとくよくよと立ち悩むこともなく、意識を切り替える。本当に、そんな人間になりたくないのならば、ここで動かずしてどうする。早いところ下に降りて加勢に向かうべきだろうか。
 その躊躇を吹き飛ばすように、熱風が背後に吹き荒れた。何事かと振り返れば、黄金ではなく紅蓮の業火。夜だというのに真昼のような光景が広がっているが、とぐろを巻いて全身を炎で覆った龍の姿はまさしく太陽の化身に他ならない。
 真凜もまだ戦っている。加勢するとすればそちらを優先するべきだ。即座に討ち倒してしまえば、真凜も無事なまま二人そろって下の面々のサポートに駆けつけられる。
 彼の妹がメルリヌスの魔力を用いて解き放つ光線と、龍の顎から溢れ出る熱線とがぶつかっている。先ほど対峙している姿を確認した時と比べ、さらに熱量が上昇していた。流石はここまでその余波が届くまではある。
 近づこうにも、融け落ち、燃え尽きてしまいそうな空気に足が止まる。自分の能力ではこれ以上近づくことができないと察した。真凜はというとメルリヌスのヴェールを身に纏い、熱気を遮断しているようだ。濃紺のオーラがスノーボードごと、彼女の身体を中心としてぐるりと取り囲むよう展開されている。
 次第にその火力を増す龍の怒号は、まさしく発散されない憤怒が募り募っていく様子と同じだ。より強く、より熱く、より赤く。次第にぶつかり合う二色の砲撃、その均衡が崩れ始める。空色の光線が、次第に押し返されていく。蛇の舌のように、真紅の炎がメルリヌスに絡みつき、呑み込んでいく。
 押し負け気味なのは重々承知だ。意地を張り合うつもりは真凜には無い。押し返せないならば別の手段で弾くだけのこと。虹色の天板を多量に展開する。衝突した熱線はそれぞれ明後日の方向に勢いを削がれ、弱体する。何とか威力は減衰させたものの、それ以上のペースでまたも火力は上がっていく。小賢しい手段でしぶとく抗う姿に、より一層ご立腹のようだ。
 だが、この灼熱の息吹は吐息の延長。肺の中身全てを吐き出せば限界は来るはずである。その推測も未来視により確定しており、予定通りの時刻に灼炎の嵐は収まった。
 しかし、奏白にはそれ以上近づく手段が無かった。オーブンの中と同じように、人の身を焦がすほどに熱された大気の中に踏み込む手段を彼は持っていない。メルリヌスは膨大な魔力を身から放つことで術者が安全な空間を作り出せるが、アマデウスにその能力は無い。周囲の大気を押しのければ呼吸ができず、息を吸えば体の芯から焼け焦げていく。そんな空間に踏み入るだけの能力を、奏白は有していなかった。
 胸に蓄えた空気こそ吐き尽くした。されど、その身体の中に燻り続ける憎悪にも似た激情は、未だ燃え盛り続けている。むしろ吹けば吹くほどに、終わらない抵抗へと苛立ちを募らせる。鱗の下に隠した筋には力が込められ、頭には血が昇っていく。腸を煮えくり返らせるほどの衝動は止まることなく体の芯から湧いてきて、それを持て余した天に座す大蛇はと言えば、その怒号を一つ南天に轟かせた。
 もはやそれは声ではなかった。意味のある言葉の羅列であるとは誰にも肯定できなかった。死ね、と、許さない、と、さらに汚く聞くに堪えない言葉とが、磨り潰されてどろどろになって捏ね混ぜられていた。
 そして尾が打ち付けられたかと思えば、その長細い体が踊る。一直線の軌跡を残し、真凜のいる側へと襲い掛かる。その勢いは真凜が飛ぶよりもずっと速く、予め察知していなければおそらくは回避などできようもない。
 その予見があるからこそ、奏白も安心していた。しかし、迫る龍を前にして微動だにしない真凜に違和感を覚える。よくよく確認してみようものなら、彼女はもう、とうに肩で息をするまでに至っていた。呼吸さえも苦しくなってきたか、肺の辺りを手で押さえ、喘ぐように空気を取り込んでいる。
 そこまで追い込まれていると気が付けなかった失態に、今更ながら焦燥する。自分も充分に消耗していたのだろう。何せ刻一刻と移り変わる武器の形状に追いつき、受け流し、回避せねばならなかったのだから。その困難は熾烈極まる。変形自体の速度が音速を超えていた以上、常に音也自身も気を配りっぱなしだったのだから。
 そもそもその熱気の中に割って入る訳にもいかない。そこに辿り着く頃には間違いなく消し炭だ。そのせいだ、彼には傍観しか許されていないのは。

「おい真凜!」

 呼びかける声が虚しい。龍の牙はその声よりも速く、彼女の身体にまで届いてその肉体を突き破ろうとしている。食いちぎり、引き千切り、糧とすることも無く吐き捨てようとしている。
 彼の悲痛な叫び声も虚しいまま、彼の目の前で対峙する二人の決着は、無情にもついてしまった。

Re: 守護神アクセス ( No.117 )
日時: 2018/11/02 12:30
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM

 時は少し遡り、真凜は怒り狂う蛇の姿をした異形の使徒と対峙していた。相手の吐き出す熱線に怯むことなく、そして浴びることも無く、その包囲を、掃射を、かいくぐり、中天を駆け抜ける。空の上を意のままに泳ぐその蛇のような胴体は、今にも絡まってしまいそうなのに、器用にも檻のように真凜の逃げ場を塞ごうとするのみで、自分に不利には働かないようだ。
 しかし、複雑怪奇に絡まり合っているとはいえ、大柄な体躯故にどこかしら逃げ場はある。開けた空間は一秒、また一秒と移り変わっていくせいか、予め逃げ道を確保しておかねばすぐさま捉えられ、体表の炎鱗に焼かれてしまうだろうが、真凜にとって回避など造作も無い。
 次はそこ、今度はそちらの門が開く。駆け抜けた先には行き止まりが現れるため急下降。単純な速度だけで言えばその龍の方がよほど優れている。しかし、先見の能力がある真凜に、絶対的な速度だけでは追い越せていても捉えられない。追い抜き、その進路を断ったかと思えば、その瞬間には切り返している。
 それこそ、捕えるためには兄である奏白程の速度が無ければ不可能だ。それに加えて、適切な瞬間にカウンターのレーザーや砲撃に反応できるだけの反射神経も要求される。どの瞬間にどの位置にその姿があるのか真凜は理解した上で魔力の砲弾を射出できる以上、攻めているからといって相手は気を抜けない。
 メルリヌスの機嫌次第ではあるが、近頃では砲弾、爆弾以外にも鋭利な槍や矢のような形に錬成した魔力を飛ばせるようにもなった。気分屋なところが余りにも大きい上に、己の能力に絶対的な自負を持っているせいか、メルリヌスは曲芸じみた魔法の使い道を是とすることは少ない。適切に未来視を行い、それらを鑑みて最適な迎撃を為せばそれだけで如何様な者をも屠れると信じている。
 今日はいやに上機嫌な日だった。六月以降、こき使われることが多かったせいだろうか。フェアリーテイルという未曽有の災禍が漸く今日終結するとなれば、その華々しい千秋楽は派手に暴れたくなるものなのだろう。気分屋であることは最早否定のしようが無いが、それと同じぐらいにメルリヌスは目立ちたがり屋で自尊心も強い。その技量を誇示するためには、今日ばかりは曲芸も辞さない所存のようだ。
 飛び交い、避け続ける真凜の背後を追いかけ、一対の真紅に燃ゆる眼光は迫り続ける。振り切るために幾度となく宙で旋回を繰り返しているが、それでも執念深く追い続けてくる。おそらくは、許せないという、言葉にすればいたく短い激しい想いに駆られているだけだ。只管に、その怒りの矛先を向けた真凜を、考えなしに追い続けている。
 本能と感情だけで動く、単細胞な獣に過ぎないというのに。振り切れない現実が、彼が強者たることを明確に示していた。魔力のヴェールを鎧のように纏っているおかげで、その龍の身体から漏れ出た熱気に燃やされずに済んでいる。おそらくこれが無ければ太陽に近づきすぎたイカロスのように、無様に地に落ちていたことだろう。

「確かに貴方は強いけれど……」

 単純な実力を値として換算した、数値の大小を比較する戦であれば真凜の敗北だ。しかし、こと戦闘の勝敗において、その結果を左右するのは何もそれだけではない。心の持ちよう、環境、周囲の援助、最後に天命。様々な条件やバイアスが複雑怪奇に混ざり合った中で、勝利へと繋がる細い糸を手繰り寄せた人間にこそ、女神はほほ笑む。
 メルリヌスの未来視は、さながらその糸を大海の中から見分けられるようなものだ。徹底的に間違いを潰す。最適、あるいは最上に極限まで近づいた答えを探し出すことができる。死なないための道を、負けないための道を。そして待つのだ、その時まで。敵がおのずと敗着へ繋がるダミーの綱を手にして、思い切り引き込んでしまうまで。
 そうやって、彼女は戦ってきた。これまでの戦闘を、何度も。同じように、明らかに自分よりも格が上の者とも対峙して。

「私、番狂わせは得意なの」

 気は抜くな、緊張の糸を緩めるな。しかし視界を狭めるな。自分には見える景色が他人より広大に広がっている。自分にしか見えない不明瞭な領域さえも。未だ確定し得ない事象さえも思うまま、大魔法使いの能力にて察知することができる。
 熱くならず、意固地にならず。冷静に、勝利への方程式を解くほかない。近道など無く、石橋を叩いてでもその安全性を確認しろ。無事な姿を待ってくれる人がいる。自分が乗り越えられると信じてくれる人がいる。沈着に分析するべきだ。この敵と比べたら、アレキサンダーの軍隊の方がよほど把握が困難だ。桃太郎の方が、よほど迅い。さらには、赤ずきんの方が、ずっとずっと一打が重たい。
 バランスよく全ての基礎値が高水準かと問われれば、そうだとも言えない。特に状況判断能力など、理性と共に憤怒の業火に焼け朽ちている。ただただ腹の奥から煮え滾り、溶岩のように吹き出す衝動に衝き動かされ、殺すべき対象を追っているのみ。そのような深謀遠慮のまるきり駆けた、剥き出しの敵意になど、負けてやるつもりは毛頭ない。
 再び、スノーボードを滑空させる向きを直角に折り曲げる。一瞬後には眼前に、赤い炎を纏った胴体が出現するのが視えたためだ。代わりに障害の無くなった上方へと駆け抜ける。炎の格子から脱した真凜は、その龍の頭上から全貌を見下ろしていた。醜い炎に身を包む、怒りと復讐の化身。あまりにも醜い感情のみを与えられた、悲しい怪物だ。
 彼自身は悲しいだなどと感じられないのだろう。涙を流す能も与えられていないのだろう。しかし真凜の目には血の涙が見えるようであった。強大な能力を持つ誰かを妬み、苛立ちの形でぶつけるしかなかった自分が、不甲斐ない自分の無能ぶりを許せず、路を誤ったあの日の己が、怒り狂う化生の姿に重なって離れない。癒着したまま、醜い感情を剥き出しにさせていた自分を悔い、そこから脱せていない怒れる従者を憐れまずにはいられなかった。
 絡めとるはずの彼女が、いつしか鳥かごから脱出していたことに、より一層の苛立ちを募らせる。もうとっくに、深く思考するだけの余地はその頭に残されていないというのに、より一層に、熱を帯び。さらには、よりどす黒く染まっていく。煤混じりの黒煙が上がるというよりも、その憎悪の篝火はそれそのものが、どす黒く淀んでいた。
 その、胸の内の感情をあるがまま投影しているかのように。
 知っている。彼女はそんな様子を眺めるに、誰に言うともなく頷いた。周りのものが、何一つ見えなくなってしまう程、自分さえも見失ってしまう程、怒りはその人を呑んでしまう。自力では絶対に脱出できない。できたとしても、引き裂かれそうな心痛に耐えねばならない。こんなにも赤熱した想いを抱えているというのに、誰にぶつけることもできず、ただ一人その身体の芯を焦がし続けたまま、向き合い続けねばならない。孤独のまま乗り越えられる者など、一体どれほどいたものだろうか。
 だから誰かにぶつけてしまう。ぶつけられた誰かも、また別の人に。そうして連鎖して、繋がって、ぶつけ合って押し付け合って、最後の最後に、誰にもそれを渡せない人が抱えてしまう。心配かけないようにと笑って、その裏で、涙を隠す人間に、押し付けてしまう。
 そんなのはもう御免だ。優しい人が壊れてしまう姿など、もう彼女は見たくなかった。だが、それだけではなく、願ってしまう。志してしまう。どうせなら自分も、そう言う人になりたいものだと。
 そっぽを向けたくなるような、汚い自分の反面と、向き合えるだけの人間に。実のところ、『彼』もかつては、そんなことできてはいなかった。けれども、為し遂げてみせたのだ。真凜の目の前で、さらには他の仲間の目の前で。無二の親友の、目の前で。
 ずっと受け入れることを拒絶し続けてきた、己の映し身を、自分の一部だと、必要な欠片の一つだと受け入れた。認めていた。だからこそ今の彼は、以前の彼よりもずっと大きく見える。以前の彼でさえ、彼女よりもずっと大きな存在だというのに。

「仲間なんだって、言ってあげたからにはちゃんとそれらしい事見せてあげなきゃね」

 だって私は、大人なんだから。

 何もない空間から、次第に蒼い粒子が立ち昇る。収束し、幾千の槍を展開する。指すは龍の眉間、あるいはその首にて輝く橙色の玉石。穿ち、引き裂くのは均衡。互いに消耗を重ねるのみの不毛な時間はもう終わらねばならぬ。真凜は当然体力の摩耗、そして相対する化け物はと言えば、神経がすり減っている。疲れ知らずの肉体は羨ましく想えども、自分でさえ自覚できないまま怒りに自我を溶かしていくその姿は、見ていられない。
 おそらく自分では、あの度し難い感情を発散させてはやれない。それ以上の正の感情に、転換させてはあげられない。ならばできることは何だろう。考えても、一つしか結論は見当たらない。そこに至るしか無いのかと、思慮の足りない己が嫌になる。
 仕方の無い事だと割り切る。情けをかけていいのは、同情した上で圧倒できるだけの強者の特権だ。今や彼女は自覚していた。私は、才能だけの弱者に他ならないのだと。より強い才能を持つ人を見てきた、同じだけの才を自分以上の努力で磨いた肉親を見てきた。私は弱いから、だから、非常に徹することだけが、最も人道的な選択だと断定した。
 あれは敵だ。その理屈を後押しする。あれは所詮傀儡に過ぎない。立ち塞がる人影を、人間では無いと言い聞かせる。これから自分は人間を手にかけるのではない。哀れなかぐや姫の人形を、処分するだけだ。見た目が人間と同じだけ、血も通っていなければ人間らしい感情も、ただ一つを除きその他一切を欠落している。
 青空の遥か高みよりもよく澄んだ、透き通る蒼の槍。指揮者のごとく腕で指示を出す。真凜のイメージに寄り添って、思い思いに刃の葬列は天を駆けた。真正面から鼻先へ眼へと降りかかる先駆けを、灼炎一つで従者は消し飛ばす。真凜の放った槍を焼き尽くしたまま、その紅蓮の業火は彼女のもとまで迫りくる。虹色の反射板を用いて跳ね返したところで、全身が炎に包まれた怒りの化身は、怪我一つ負おうともしない。
 天に唾を吐く愚か者とは違うという訳ねと、攻撃の反射に意味は無いと再確認する。事前に周囲へと迂回させておいた残る槍の群れが、四方から次々と蛇の如き体躯に降り注いだ。ここまで戦闘が長引いて、いくつか気づいていることはある。体表に纏った炎は、あくまで鎧。人間が直に触れられないようにという程度のものでしかない。口から吐き出す、触れた者を全て一瞬で消し炭へと変容させる類の猛火ではない。
 だからこそ、先ほどからこちらの攻撃も通用してきた。砲撃をぶつければ顔を顰め、光線を浴びせれば苦悶に喘ぐ。ならば鋭利な斬撃でも斬り裂ける可能性がある。宙を踊るように、あるいは這うようにしてまた、南天の空を大蛇が泳ぐ。槍の間隙を縫うようにしているようだが、それさえも全て真凜の掌の上だ。未来予知の結果によって導き出される進路に向けて、予め矛先を向けておく。
 またもや鼻先を掠める切っ先にも、もはや反応しているだけの余裕が従者には無かった。それは別段、それ程までに焦っているためではない。確かに余裕が無いというのは事実ではあるが、忙しないせいで平静を失っているのとは程遠い。耐えられないほどの狂気が湧いてくるためだ。全て壊せと、我が身さえも顧みるなと。
 南の天に高く昇る、神聖な光放つ炎の化身。それが今の俺の姿なのだから。であれば、気に食わぬもの全て、万象一切灰燼と帰すべし。短絡的な衝動のみが、またしても理性を押しつぶす。端からそんなもの存在していなかったと己に錯覚させるように。真っ当な判断能力も冷静な状況把握も何一つできないまま、それで構わないと雄たけびを上げる。
 もはやわざわざ回避に転じる暇さえも惜しい。腹が貫かれようが、鱗が剥がれ落ちようが、殺せぬ屈辱と比較してしまえば全てが些事だ。破壊の追いつかぬ自身の不出来を呪うことと並べてみれば、全てが矮小な事実だ。腹の奥底が熱い。燃え盛る血が滴っているせいだ。煮え滾る体液が零れているせいだ。血と呼ぶには似つかわしくない、水銀のごとき雫ではある。彼らの身体の蘇生は人間とは違う。あくまでも、虚構の存在。
 それでも、負傷した事実に間違いは無い。ぼたぼたと命が漏れ出ているというのに、それさえも気が付けない。腸(はらわた)が煮え滾っているのは何も今に始まった事ではないのだから。この我が身をも燃やし尽くそうとする、精神をも蝕む感情は、常に五感を鈍らせていた。気を抜けば、仕えるべき主君にも、この激情をそのままぶつけてしまいそうな程だ。
 どうして、どうして、どうして。その四文字までが頭の中を埋め尽くしている。そこから先は思い浮かばない。果たして自分は、主君に何を抗議しようとしているのだろうか。感謝の感情を与えられていないとはいえ、それでも特別な道具を賜った事実に敬服せざるを得ないはずなのに、何を訴えようとしているのだろうか。
 分からない。分からない事実が、加えて、分からないのに主に牙を向けようとしている自分のことが、より一層に許せない。護るべき者に反駁しようだなどと、存在意義に反してしまう。しかし、持てあますこの怒りというものはそれ程までに見境が無い。理不尽にも、手当たり次第に隣に立つ者に降り注ぐ。
 それはさながら、見たままの己の姿と何も変わらなかった。炎の化身である自分にはもはや、常人であれば近寄ることも叶わない。降りかかる火の粉を浴びるだけで、そのまま不幸を嘆いて死んでしまう。寄り添うことも能わない。なぜなら、近づこうとするだけでその肌を突くような痛みに、拒まれてしまうから。
 何人をも拒む孤独な業火。熱いはずだ。肌はヒリヒリと灼けるだろう。喉もからからに乾くだろう。下の上は罅割れて、汗ももう一滴も落とせぬほどの乾物となるだろう。それなのに、龍の胸の奥は嫌に冷たかった。腹の方はそのまま焼け落ちてしまいそうなのに、凍てつくほどの吹雪が、肺の中を渦巻いているようだ。
 極北の突風のようだと思っているのに、口から吐き出せばそれは途端に劫火となって宙を飛び交う。触れた物質にその熱を映し、形を歪めて黒く塗りつぶす姿に、違和感を覚える。これが炎であるならば、この絶対零度の胸の内は、一体何だと言うのであろうか。
 それは当然、彼には分からない。判る由も無い。失ってしまった訳では無い、初めから与えられていなかったせいだ。心ある者が、その精神を砕いてしまわぬため、定められている筈の機構が、彼には与えられていなかった。ストレスだけは、怒りのせいで溜まってしまうというのに。
 身体の中頃の部分を、数百の刃に貫かれたまま、またしても獰猛な獣のごとく、咆哮が打ち鳴らされる。強い振動が臓腑を揺らし、弱い嘔吐感が真凜を襲った。胃の内容物が逆流しそうになるが、何とかその催吐をもねじ伏せ、呑み込む。
 己が傷ついた事にも、気が付かず、ただその血潮をだらしなく垂らしながら、それでも涙は一つも流すことができない。

「可哀想ね、本当に」

 見ていられなかった。怒りに囚われ、他人にその苛立ちをぶつけることしかできない獣が。その行動に、振舞いに、きっとあの従者は本能的に、違和感を抱えている。それが『悲しいこと』であると、悲哀の感情を知らないままに勘付いている。
 されども、彼は悲しむことができなかった。だからこそ、その違和感の正体が分からない。それゆえ、氷のような異物と、身を焦がす衝動の狭間で、常に心の安寧は失われている。人間であれば、悲しければ泣けばいいというのに。かぐや姫の従者には、それさえ許されていなかった。

 だから。


「……荒療治で申し訳ないけれど」

 助けてあげるんだから、文句言わないでよねと、最早聞く耳さえ持たぬ龍に、真凜は呼びかけた。

Re: 守護神アクセス ( No.118 )
日時: 2018/11/19 00:24
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM

 助けてあげるんだから、文句言わないでよねと、最早聞く耳さえ持たぬ龍に、真凜は呼びかけた。
 閃光、また一つ瞬いて。透き通る青がまた空に軌跡を残す。適切に配置した反射板でその進路を変えながら、上下左右からタイミングをずらし、光の矢が線を描く。真正面から撃ち合えば、まず間違いなく竜の息吹にてかき消されるだろう。
 正面突破は困難。単純な馬力だけならば自分の方が劣っている。番狂わせを起こしたいと望むのならば搦め手を用いて、あるいは技巧を使って攻め立てる。両者の間に違いがあるのかは分からない。力の及ばない領域を知恵と技術で補うというのならばどちらも変わらない。それを小賢しいと考えるのか、あるいは理知に優れていると捉えるのか。それだけの差異だろう。
 卑怯だと謗られても構わない。賢者であると褒められたところで歯牙にもかけない。彼女が欲しているのは、ただ立てた誓いを果たすことだけだ。もう二度と自分の信念を見失わず、目標を曲げず、望むがままに見たい未来を予知でなく自らの双眸で見届けて見せる。
 全身全霊を振り絞る。確かに下に攻め入った他の従者達のことを考えるのならば、ここで全て使い果たしてしまうのは愚策にも思える。しかし、一番愚かであることは体力の節制を目的とした結果、目の前の手負いの獣に押し切られてしまうことだ。
 だからここで、全て出し切る。理性を失った獣とはいえ、本能は失っていない。むしろ直感じみたものは研ぎ澄まされえているくらいだ。その証拠に、我が身を顧みずに戦っているように見えて、その実致命傷だけは的確に避けている。眉間を貫きかねない弾丸は灼熱の息吹で焼き払い、心臓を穿ちかねない光線は身を捻って回避している。
 避けられるのは構わない。むしろそれこそが彼女の狙いだった。真正面からの一斉掃射で気を引きながら、不意に四方からの狙撃を重ねる。肉を切らせて骨を断つ、それを示さんがばかりに龍の巨躯が甘んじて真凜の魔術をその身に受けるも、どれもこれも決定打にならない。仕留める気で放ったレーザーに弾丸は、悉くが無力化されると言うのに。
 だから一切の容赦は持ち合わせない。これは救いだと意志を改め、また放つ。撃って、撃って、撃ちまくって、細い糸がより合わさって太く強靭な糸となるようにメルリヌスの魔力で夜空を塗りつぶしていく。計算された道筋をなぞり、虹色の天板に跳ね返り、乱反射する青い熱線。全方位から怒れる従者に襲い掛かるも、首にぶら下げた玉石に当たりかねないもののみを、身を捩って避ける。その他の威嚇射撃はといえば、鱗を弾き飛ばし、その強靭な皮を引き裂き、鋼のような肉体に風穴を開けたというのに。衝動が支配するその巨体には、僅かばかりの痛みも走らない。
 また、目元から零れ落ちる炎鱗の残滓が見えた。紅蓮が零れるその姿は、まるで血涙のようで。泣きたいのに、涙を流せないようにしか真凜には見えなかった。苦悶こそ感じているのにその事実を悲しめない様子が、哀れでならない。
 対峙している自分が撃ち抜いたから、泣いている訳では無いのだろう。怒りこそは真凜自身がきっかけとなってしまったかもしれない。けれどもあの涙はきっと違う。あの血涙の要因となったのは向かい合う真凜などにはあらず、きっと龍と化した彼自身の背後に立っている。
 彼はきっと、運が悪かった。四分の一の確率、最悪の外れを引き当てた。隣で戦っていた、奏白 音也に敗れた従者は、相対する者にとってはこの上なく厄介この上ない類の、災害に等しい奔放さを携えていた。それは、第二者にとっての最大の不幸者だ。
 だが、彼はどうだろう。怒りしか知らぬと口にして、怒りと縁遠い涙を流し、頬に赤い線を引くこの男は。この怒りの従者こそがきっと、最大の不幸をその一心に背負ってしまった男だ。
 私が相対するのはお門違いなのかもしれない。そんな事も、考える。強すぎる怒りが身を滅ぼすと、彼女以上に知っている者がいるから。その人こそが、彼に諭してあげるべきではないかと、伝えてあげるべきではないかと。身を焦がす怒りに晒されたことのある人間こそ、教えられることがあるのではないだろうか。
 嫉妬はきっと、ただの淀みだ。怒りが炎に例えられ、本人にも危害を加えてしまうのに対して、それはあまりにも矮小な影響しか及ぼさない。ただ、『私』だとか『僕』という人間をより汚い誰かに染めてしまうだけ。私はあの人と比べて色褪せてるから、淡い色をしているから、もっと濃くならなくちゃって絵の具のチューブを握りつぶす。溢れたのは、陰惨な、憎悪と同じ色の塗料だけ。元々あったはずの自分だけの色さえも全部上から塗り替える。卑怯で、可哀想で、心が汚くて見ていられない。性格の悪い誰かさんにしかなれなくなってしまう。
 憤怒と比べてしまうと、あまりにも凡庸で、ちっぽけで、取り上げるに値しない、卑怯者の逃げ道。乗り越えたとはいえ、その程度のもの。この声が届くのかは分からない、けれども。


 どうして、こんなに冷たいんだろうなあ。

 あんなに、暖かそうに見えたのに。


 あんな事、もう思わせてはいけないのだから。
 チャンスは一度きり。機会を窺え、決して気を緩めるな。己に言い聞かせ、またしても全方位掃射。もう一体、どれほどの砲撃を撃ち放したことだろうか。しかし、気力はまだ残っている。メルリヌスから借り受ける魔力にもまだまだ余裕がある。未来視を重ね、最善の未来を選択し続ける。次に狙撃すべき地点は、次に取るべき進路は。
 炎に呑まれないか、その体躯に弾かれることは無いか。あるいは、真凜への関心を失った炎の化身が奏白や地上へと矛先を向けたりはしないか。つかず離れずの距離、極限の集中状態を乱すこともなく維持し続ける。
 一直線に眉間へ、次の弾道は敢えて外す。急に体を縮ませた大蛇は、速度を増して彼女に飛び掛かる。迎え撃つ魔力の弾丸も弾かれて、瞬きする頃には鼻先にて牙がぎらりと瞬いた。けれども、織り込み済み。下方へと舵を切り、何とか難を逃れる。髪の毛先が焦げ付いて、嫌な臭いが鼻を掠める。避けきれなかったことを把握するには充分な判断材料だ。
 おそらく自分は気力体力集中力、全てにおいて摩耗している。それは間違いない。生きている人間だ、疲労とは切っても切り離せない。もし倦怠感を全て取り去って、敵意と闘争心だけを残した生物が居るとすれば、それは兵器ですらなくてただの鬼や悪魔に過ぎない。
 かぐや姫の従者は、果たして彼女が疲弊している事実に気が付いているのだろうか、それは問うまでも無かった。目玉がまた、一際強くギョロリと除く。この好機は逃してやらんと言いたげに、牛一頭容易く丸呑みするほどの口を大きく開いた。その奥ではまた、紅炎が踊っている。
 息を強く吸い込んでいる。夜を否定するほどに明るい天の海、炎によって生じた煤や灰といったものが吸い込まれていくのが見えた。自分が優勢に立った自覚があるのか、本能的に真凜が劣勢に陥ったと察知したのか、立ち振る舞いからは余裕が窺えられた。先ほどまでは感情的に真凜を追いかけるだけであったのに、明確な意図を持った火炎を吹こうとしている。
 振り返れば、兄である音也が一人の従者を下したところであった。きらきらと、天の川の雫のような何かが地面に向かって落ちていく。一人の屈強な兵士が失墜しているのと重なったせいか、兄の寂寥に包まれた顔に影響を受けたせいか、その姿に彼女も、侘しさを感じ取る。

「分かるよ、兄さん。……正しいことって分かってても、生きてる人間じゃないって分かってても、辛いものは辛いわよね」

 本当は悪意など持っておらず、平和に暮らしていただけの守護神の分体でしかない。そのはずなのに、誰かに利用された結果、彼らの正義にぶつかってしまった。人間界の平和に刃先を突き付けてしまった。
 己の意志も、感情も無いのに。必要だからと劇薬じみた心の断片を押し付けられて、したいとも思っていない破壊の衝動に衝き動かされている。
 救わなくてはならないのは、ただ危機にさらされている人々だけではなくて。利用されるだけされて、罪を背負えない程に抱えさせられたフェアリーテイル達も同じだ。
 奏白は一線終えたばかりの状況で、放心状態になっているようだった。それを見逃すほど敵は甘くない。いつしか状況を判断できる冷静さも取り戻したのだろう。五秒の後真凜のみならず、その遥か後方に位置する奏白をもまとめて、一息に紅蓮の業火を吐き出すと予知できた。
 本当に、今回の戦いは“あの時”を思い出して仕方ない。

「壊死谷の時と、することは変わらないみたいね」

 あの時からどれだけ変われたのかを見せるなら、それはきっと今。「撃たせない」と叫びながら、最低限炎を弾き返せるだけの力だけを残し、メルリヌスから借り受けたエネルギー全てを一筋の光線へと変換する。
 これまでの戦いの間に、貯蓄は積み重ねてきた。そしてこれが、最後の一つ。自らに込められるだけの力、それら全てを一つに込めた結晶を、向き合った相手よりも先に撃ち放つ。これまで見せてきたどの裂閃よりも澄んだ青が、淡い水色を広げた空を走る。その閃光は、己の存在感を強く知らしめるように、空の遥か高みにおいて、深海のごとき深い藍を示していた。
 その光は地上までも届く。彼女の才覚を知らしめるがごとく、あるいは、誰かに大丈夫だと伝えるように。
 これまでのように回避を怠ってくれれば。そんな期待は簡単に裏切られる。期待通りに事が運べば想定よりも遥かに楽に終わってくれるのだが。胸の辺りをぱんぱんに膨らませた龍は、器用に体を折り曲げながら、その青い一閃に触れることも無く後方に見送った。
 既定の時刻。真凜は一枚を除き、作り得る限りの反射板を自分と炎との間に乱雑に配置した。流石に奏白の位置は危険なままだが、地上までは到達しないだろうと、上下左右に均等に振りまくように反射板の行列を配置する。鏡のような性質があるとはいえ、障壁と同じように耐久出来る限界の強度は定まっている。
 刻一刻と、数十枚、百有余枚と創造した虹を切り取ったかのような天板は溶けていく。僅かに炎の出力を四方に分散させながら、己の身体も同じように消え失せていく。
 威力の大半を削ぎ落したところで、展開していた反射板の全てが消失する。プラン通りでは、これだけでしのぎ切るつもりであった。一応このまま飛んで回避することもできる。しかし、兄の方はというと、まだ少しぼんやりとしているようだ。
 退く訳に行かない。念のために保持しておいた、文字通り最後の気力の一滴。エネルギーの消耗の激しい反射板はもう満足には使えないだろう。単なるエネルギーを壁の形に集約させた障壁を代わりに眼前に展開した。

Re: 守護神アクセス ( No.119 )
日時: 2018/11/19 00:23
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM

 耐えられるだろうか。それは分からない。目の前で受け止めたせいか、その熱気全てが伝わってくる。メルリヌスの魔力のヴェールによる熱気の遮断も弱っている証拠だ。肌の水分が全て飛ぶ。喉の奥が乾燥でヒリヒリと痛みだす。束ねた髪の毛がそのまま燃え始めてしまうのではないか、じりじりと、目の前に張ったバリアさえも燃えていく感触が手の中にある。しのぎ切ることはできるのか、貫かれ、灰燼と化してしまうのか、それさえももう予知できない。
 人事は尽くした。持ち得る限りの全ての能力は尽くした。されど、やはり本番と言うのは想定外の事ばかりだ。本来自分が視ていた光景では、もう少し楽にしのげていたはずなのだけれど。
 攻撃の方に魔力を配分しすぎたのだろうか。きっと逆だとは理解していた。自分が見ていた未来図では、お互いに満身創痍と言った様子だった。何度か胴体をレーザーで貫通させたとはいえ、攻め手が不十分であったことは否めない。より激しく攻め立てて、心身により一層の負担を強いておくべきだった。
 人はその姿を優しさと言うのだろうか。きっと、甘いと述べる人は少ないだろう。配分を間違えたとはいえ、全霊でぶつかったのは事実だ。手ぬるい過程を選択してしまったのは事実だが。それでも、全力を賭した者に甘いと述べる者は少ないだろう。
 自分の周囲の人間は、心根が優しいから、きっと厳しい言葉は投げかけない。だからこそ、自分だけは必ず、自分のことを甘やかしてはならない。これはきっと、自分の弱さだ。正しいことを為すために、超えてはならない一線を超えることを躊躇っている。実際、その線を跨いだら帰ってはこれない。だからこそ、声無いという選択肢は間違っていない。
 足りていないのは、そのギリギリのところに立つ覚悟だ。そして覚悟が足りていなかったのならば、その責任は自分で果たさなければならない。
 それが、彼女の信じる、子供に示すべき大人の姿なのだから。

「見てなさい、二人とも……。人魚姫ちゃん、入れたら……三人かしらね?」

 単純な強さだけでは、兄にも知君にも敵わないだろう。だから、数値で表すことのできない意志だけは、教えられる人間にならなければならない。
 いいや、違う。そんな義務など存在しない。そんな傲慢は存在しない。ただほんの少し、強欲なだけだ。

「私が、そうなりたいだけ。そしてなるのだとしたら……」

 楽になりたいと体が叫んでいる。眩暈も少しずつ訪れる。己の目で見る景色が褪せていく。吸い込んだ吐息さえも身を焼くほどで、全身にこめた力が抜けていきそうになる。酸素が足りているのだろうか、息を吐き出してまた吸っても、胸の内側から焼けてしまいそうな息苦しさ。
 後僅かでも気を緩めてしまえば、自身の身体は、骨さえ残すこともなく燃え尽きてしまうだろう。苦しみなんてきっと無く、一瞬で全てが終わるのだろう。堪えていても辛いだけ、それならば。
 だがしかし、そんな甘い誘惑に流される事など無くて。指先にまで、再び力を込める。意志を固め、ピントがぼやけそうな目を細め、討つべき敵を見据えた。折れてたまるかと、芯の方から意地が力となり、彼女を支える。
 嫉妬は乗り越えた、だからこそ、彼女の胸の内から湧き上がってくる原動力は負けず嫌いの唯一点。

「今以外ありえないじゃない」

 日頃攻撃に転じる際に用いる砲弾の炸裂、それは素材を同じくするこの魔法の障壁でも同じことが可能だ。炸裂と同時に彼女を乗せたボードが後方へとスライドした。猛火を吹き飛ばした青白い光と熱風の奔流の中から、彼女の身体が飛び出す。自爆と同義の防御であったため、全身煤だらけの姿になりこそしたが、それでも迫りくる炎全ては無力化した。

「どう……見直したかしら?」

 強がって笑ってみるも、最早余力は使い果たした。本当はもう少し楽に片づけて、地上に駆け付けようとしたものだが、結局はこのざまかと自嘲する。それも仕方ない。格上と戦っている自覚はあった。その上で、余力など残さないと決めたではないか。
 それにしても、もはやこれ以上滑空することさえできそうにない。数秒でも時間を稼ぐことができればすぐさま飛び立てるだろうに、それは不可能。

「◆■〇△×★□◎▼◇××××××××!!!!」

 最早、その咆哮は言葉の体を為していなかった。ようやく、怒りに溺れながらも翻弄され続けた真凜のことを殺せたと思ったら、しぶとく、執念深く、生き残っていたその事実がまた勘に触れたのだろう。
 ぼろ雑巾のようになってまで、生に縋ろうとするこの様子がそんなに醜く映っているのだろうか。最早その怒りの原因など突き止められそうにも無い。人間の感情は複雑で、様々な思いが絡まっているから。たった一つの些事で怒り狂う人間はそうそういない。
 しかし、目の前の一匹の獣はそういった心しか持っていないらしい。

「また、目の前しか見えなくなってるわね」

 少し、話があるのだけれどと、今にもまた真凜に飛び掛かりそうな龍の形相を見つめながら、語りだす。

「私の反射板の能力はね、攻撃と防御の両方に使えるのだけれど、それはとある特性のおかげなのよね」

 その声に聴く耳など持たず、細長い胴体が宙を翔け抜ける。最早身動きも取れず、防御もできない真凜は、ただただその姿を受け入れていた。

「おい真凜!」

 兄の声が遠い。ああ、心配をかけてしまっているのだろうか。それは申し訳ない事をしたなと、彼女は振り返る。果たして奏白にその表情は届いていたというのだろうか、彼女は柔らかく微笑みを湛えていた。
 大丈夫だから、そんな事、呟くことも無く。悲痛と、虚しさに満ちた危機を伝える声の主。奏白の心配する声も虚しく、無情にも彼の眼前で決着はついた。燃え盛る炎鱗に包まれた鬼のような顔つきの龍が、そのまま華奢な真凜を丸呑みにしてしまう。
 そんな姿を、目にするまでも無く奏白が瞼の裏に思い描いたその瞬間の出来事であった、光の雨が降ったのは。
 降り注ぐ閃光が、またしても空のキャンパスに線を描いていく。もう、画家は筆を手にしていないというのに、流れ星のように空一面を引き裂いていく。完全に油断しきった意識の外、流星群が怒りの権化、逆鱗に触れられた龍の身体を貫き、降り注ぎ、一息に引き裂いた。

「これ、どうなって……」
「反射板の能力は、名前の通りキャパシティを超えない範囲であらゆる能力を跳ね返す、ただ……」

 真凜の目の前で、怒りの従者は龍化を解除していた。それは彼の意思によるものではない。後頭部から喉を一直線に突き破った濃紺の光線が、首元に下げていた珠を貫通し、撃ち砕いたせいだ。

「その際にエネルギーは、完全に保存されるの」

 この戦闘において、数え切れぬほどの光線を撃ち放った。何百、で済むのだろうか。千に達しても可笑しくは無い。それらのほとんどは、確かに無力化され、打ち消され、かき消された。しかし、打ち消されることなく回避されたものだけでも、数十と存在する。

「それを雲の中で維持していたの。見られることが無いように、飛び出すことが無いように。雲の動きを未来予知で見ながら反射板の位置をこまめに移動させるのなんて初めてだったから、大変」

 それを巨竜と相対し、かいくぐりながらこなす処理能力が末恐ろしいと、先ほどまでと異なる冷や汗を奏白は浮かべる。切迫していた緊張など今更どこへやら、かぐや姫から受け取った道具を打ち砕かれ、身体中を貫かれた一介の月の民に過ぎない従者は、もう星屑となって消え失せるしかない。

「なぜ……なぜ……」

 彼は泣いていた。損傷しすぎた体には、もう何者の声も届いておらず、何者の姿も映っていない。できることと言えば、今まで言えなかった思いの丈を吐き出すことだけ。それを聞いてあげられるのが、真に伝えたい相手などではなく、求めるままに怒りをぶつけていただけの敵に過ぎない人間のみという事実は、悲劇と呼ぶほかない。

「こんな醜い感情を、よりによって……俺に……」

 きっと、彼は悲しかったのだろう。怨むことしかできない感情譲渡が。愛することもできないまま、自分もろとも誰かを壊してしまう感情だけを与えられてしまった事実が。辛くて、苦しくて、悲しくって。主君相手に文句を言うこともままならなくて。
 悲しむこともできないまま、ひたすら憎悪の念を押し殺し続けて、与えられた心が砕け散った結果、血の涙を流すほどに苦しんでしまった。

「だったら、解放してあげるのがせめてもの優しさよね」

 その声は、彼に届いていたのかは、もう誰にも分からない。龍の首の珠同様に、彼を苦しめるものさえも撃ち砕くことができていたならば。それは私にとっても誇らしいことだと、夜空に溶けるように漏れ出ていく、星の残滓をその手に掴みながら、昇りゆく魂をただただ見送ることしか、彼女にはできなかった。

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