複雑・ファジー小説

守護神アクセス
日時: 2019/01/31 23:02
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM  (dami-dayo@docomo.ne.jp

2019/1/31の呟き。
卒業発表間近で更新頻度激落ち侍です。
最近読んでくださる人もそこそこいらっしゃるようなので頑張りたいなとは思ってます。
File12完結予定なのもあって無事に完走できたらいいなと思ってます。

そろそろこの作品もスレッドを立ててから一年なんですけどね。
実は予定通りなら夏に完結しているつもりだったのでした。
どうしてこんなことに()
2019年内の完結を目指しますので、作者と一緒に最終回を迎えていただけると幸いです。


異能バトルはいいぞ(黙れ)

この名前、見たことがあるあなたはきっと昔からいるお方。まあ知り合いや読者は少なかったのですがね!
違う名前を使うようになったのですが、ゴリゴリとドンパチするような異能ファンタジー書くので、形から入るために名前を戻しました。

以下目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129

▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71
 クリスマス >>120

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

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Re: 守護神アクセス ( No.125 )
日時: 2019/01/09 00:09
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM


 アイザックの能力を行使している太陽さえも、苦悶に顔を歪めている。今仏様は握力を加えていないというのに、だ。導き出される結論は当然、過剰な重力がかかっている空間に太陽自身が身を投じているせいだろう。その影響で、太陽の身体を捕えている腕さえも、だらしなく地面に寝そべっている。
 先ほど十倍の重力下においては容易く体を動かせたはずだ。

「貴方は今……どれだけの過重を……!」
「あ? 三十倍ってところだ。お前らから見たら普段の百八十倍ってところだな」
「馬鹿げた数値ですね……しかし、貴方もただでは済まないでしょうに」
「はっ、それがどうしたよ。苦しかったら投げ出すのか? 届かないからって手ぇ伸ばすの止めんのか? お前らがそうでも、俺たちは馬鹿だから、そうじゃねえって胸張って言うんだよ」

 そんな事ばかりだった。自分より優れた人間など、上げれば枚挙に暇が無い。羨んでしまうのは、そう言った人間をも追い越したいという欲求の表われだ。仮に憧れてしまったとしたら、もう二度と追いつけないだろう。
 たとえ醜かろうと、妬んで、やきもち焼いて、苦しい中でもがいて、ちょっとでも近づこうと思う。その繰り返しが成長なのだろう。努力とて、いつだって綺麗ごとの範疇に収まらない。同じだけの努力でより高みへ昇る人間もいれば、努力を放棄し安易な逃げ道に走る者もいる。

「俺には何もねえよ、冴える頭も天性の肉体も。多少守護神に恵まれた、そんだけだ。捜査官ってのはそれが最低条件で、俺と同等以上の奴なんてごろごろいる。上を見ても、下を見ても、自分が出来損ないだって痛感するばっかりだ。どこにでもいる、替えの利く雑兵。お前が名前を知らなかったのも無理ない。でもな……」

 ずっと、汚い自分の心さえ嫌ってきた。誰かを貶す言葉を吐く自分の意地汚さに絶望して、それを誤魔化すためにまた別の粗を他人の中に探した。そうし続けても、自分自身は何も変わらないというのに。
 それらは全て、諦めたくなかったのが一番の理由だった。自分だって、やる時はやれる人間だ。自分だって機会さえあれば。俺だって、俺だって。そんな時も機会も招こうとしないまま、ただ口先だけで誤魔化してきた。
 しかし、それでもだ。

「何も恵まれてなくてもだ。だからこそだ、それでも諦めてたまるもんかって根性だけは恵まれた天才共に負けてやるもんかよ!」

 もう、どこに残っているのかも分からない気迫を、最期の一滴に及ぶまで振り絞る。ただでさえ普段行使しない程の負荷に、太陽の身体も限界だった。日頃能力を用いてもその効果範囲に自分自身が身を投じるようなことなど無い。にも関わらず、今まで誰にも使ってこなかった程の出力の真っただ中に、他ならぬ己を投じている。
 だが、まだ折れない。さらにその能力の出力が上がる。太陽自身、どの程度アイザックに力を使わせているのか分かっていない。受けている従者さえ、今やどれほど倍加された重量を支えているのか分からない。次第に、従者よりも太陽よりも先に、仏の掌の方が根負けし、ずるりと握っていた太陽の身体を取りこぼした。地面に太陽が滑り落ち、それと同時に従者の掌から、ころりと仏の御石の鉢が転がり落ちた。
 地面を僅かに転がった鉢は、かぐや姫の付き人の支配から離れてしまった。それと同時に大仏の巨躯は霞のように消えてしまう。能力が解除されてしまった影響だろう。不味い。焦る従者の目の前が真っ白になる。重力をある程度弱められ、主君より授けられた道具を奪い取られてしまったら。最悪の想像がその脳裏を過る。
 何としてもそれだけは避けねばならない。こんなところで終わる訳には。先ほど、奏白と思しき声の伝達を鵜呑みにするなら、上空に残った『三人の』従者の内二人までが破れたという事。ここで自分も伏してしまえば残るは二人になってしまう。過半数が撃破されるなど、そんなことあってはなるものか。



 それは、仏様を能力として利用していた彼だったからであろうか。その願いがまるで天に届いたかのように、身に降り注ぐ荷重の全てが不意に消え去る。一瞬、茫然としてしまった事実に気が付く。
 馬鹿者めと、叱咤すると同時に違和感を覚える。どうして目の前に立つ太陽の方が余程顔を顰めているのだろうかと。その理由を察すると同時に、地面を蹴った。それはおそらく、高揚に体が突き動かされたからに違いない。
 理解した真実は、至ってシンプルなものだった。『太陽の守護神アクセスが途絶えた』、それだけだ。
 何という僥倖、天の御導き。

「やはり天上の姫たるかぐや様の付き人なれば、この想いも天に届くというものなのですね」

 仏に感謝を、そして仇為す者には誅罰を。それこそが天子より至上の命を下された自分が果たすべき義務なのだと。
 かぐや姫の従者は、一度は取りこぼしたその御石の鉢を再び手に取る。





 筈だった。

「これは……氷?」

 拾い上げようとしたその鉢に指先が触れることは無かった。ガラスのショーケースの中に閉じ込められてしまったように、従者の指先とかぐや姫より賜った道具の間は、透明な壁一枚で隔てられていた。

「どういう……ことです?」
「簡単な話だろうが」

 守護神アクセス、そう小さく呟いて、再び太陽はアイザックを呼びだした。目を見開き、振り返る。視野が狭まっていたために気が付いていなかったが、その背後には幾人もの警官が駆け付けていた。
 その内の二人は強力な氷雪系の能力者であることは、当然月上人の頭脳で把握していた。とすれば間違いなく、今こうして道具を封じてみせたのは、その能力者の影響だと断じるしかない。

「俺は、俺だけしか持ってないもんはろくに持ってないけどよ」

 一対一であれば、このような事態など起こり得なかった。その事実が歯痒い。奥歯を互いに押し付け合い、軋ませる。ギリギリと唸りを上げて、そのまま砕けてしまいそうな程だ。
 こんな無様な負け筋などあってなるものか。せめて一人くらい道連れにせずしてどうする。もはや言語とも取れぬ号哭だけを高らかに上げ、自らの腕で掴みかかる。遮二無二、誇りも何もかも捨て去って拳を振りかぶった。

「でもよ、誰だって持ってるもんはちゃんと俺も手にしてんだよ」

 手を伸ばせば届く距離、拳打が届く間合いに太陽を入れた。浮き出た指の骨が、刻一刻と太陽の鼻先に迫る。しかし、何気ない所作で太陽は頭を僅かにずらし、突きの軌道上から逸れた。空ぶった腕が空のみを裂く。虚空だけを捉え、何物も掴めなかった手は、ただ虚しく伸ばされていた。

「信頼できる同僚ってのはな」

 それは、どれほど長い間取り組んできたのだろうか。初動の瞬間さえ把握できぬほど、何気ない所作だった。気が付けば、目の前に握りこぶしが迫っていた。頬骨を軋ませながら、無骨な拳骨が、従者の顔面にめり込んでいく。
 ズンと、重たい足音が響いた。太陽が正拳突きを突き出す際に足元を踏みしめた、地響きにも似た踏み込みの声だった。その勢いさえも全て腕に乗せ、太陽は物心ついて以来、二十余年繰り返してきた通りに、目の前の的を殴り飛ばした。
 背に風を受けたかと思えば、地盤に叩きつけられる。その勢いのままもはや意識も無い従者の身体は転がりながら、何度も地面に打ち付けられる。数メートル転がり続けて、もはやぼろ雑巾のように横たわる一人の兵士は、もう動こうともしなかった。
 数秒の間、誰もがその口を噤んでいた。目の前で起きたことが信じられず、夢でも見ているのではないかと茫然としてしまっていた。
 しかし、一人の男が勝鬨を上げた。その主は、太陽にも分からなかった。疲労のせいか、ストレスからか、歓喜からか、その声はしわがれ、裏返っていた。何とか「勝ったんだ」と高らかに叫んだことだけ把握できた。
 後はもう、堰の壊れてしまったように、次々と歓声が上がった。もはや、声に声が重なって何と口にしているものか分かったものではない。しかし、それでも、声にならないような喧騒であっても、そこに込められた感情だけは察しが付く。
 この胸の内にあるのは、間違いなく歓喜であると。いつの間にか太陽も、同じように大声で叫んでいた。もう、身体は悲鳴を上げているのに。まだ戦いが完全に終わった訳でもないのに。
 しかし、彼はその喜びを抑えることはどうしてもできなかった。
 勝利の凱歌は、高らかに、ただ凡人達の功績を讃えていた。

Re: 守護神アクセス ( No.126 )
日時: 2019/01/10 00:55
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM

 喜怒哀楽の従者の内、三人までは滞りなく撃退できた。太陽たちの目の前では、先立った怒りの感情を得た従者や、享楽に衝き動かされる付き人の後を追うように、哀しみの傀儡である彼も、その姿を消そうとしている。
 屈辱に塗れているのだろうか。それとも、唯一譲渡された哀しみの中にただ浸っているのだろうか。もはや、口を開こうともしない。身体の末梢から次第に黄金の砂のように崩れ落ち、夜の涼しい風に舞い上がっていく。その行動理念こそ凶悪で、思想こそ危険なものの、散り際だけはどうしても美しい。
 彼らも、赤ずきんと同じような犠牲者なのだろうか。高慢に振る舞い高説を述べる様子は、破壊衝動に満たされているとは思えなかった。しかし、そもそも月の民と呼んでいる兵隊たちは怒りや喜びさえも知らないような、機械的な思考回路をしている。そういった破壊衝動さえもきっと、芽生えたところで自覚することがないのだろう。その胸の中にあるのは、自分たちの能力全てを支配し、統括しているかぐや姫への絶対の忠誠のみであろう。
 かぐや姫は確かに、原点である竹取物語のクライマックスにおいて感情を失ってしまう。しかし、それまでは地上の人間と遜色ない感情を抱えていたはずだ。なればこそ、ドルフコーストの能力によって支配され、憎しみと怨嗟の情動に囚われてしまったのだろう。そして主君が誤っていたところで、正義感などあったものではない配下の月上人達は、止めようとも思わない。ただその意に添うように、剣となり、盾となるのみだ。
 正義も悪も何も無く、正誤さえも歯牙にかけない。冷徹とも思える程に、命令を冷静にこなしていく彼らだからこど、逆境に立っても奮い立たない彼らだからこそ何とかこうして勝利を掴めた。
 目の前の荒事が片付き、ひとしきり感極まった喜びの声も鳴り止んだその時、胸に訪れたのは安堵だった。守護神アクセスを解くと同時に、緊張の糸が切れたせいか膝から崩れる。そもそも、体力も気力も既に限界が近い。まだ、かぐや姫本体すら見てもいないというのに。
 元々、かぐや姫というのがフェアリーガーデンという異世界において最古の守護神であるらしい。作者という、作中人物を支配する立場を得たシェヘラザードが王、ELEVENとして君臨しているものの、持ちうる能力は非常に幅広く、どれも侮れない。
 何人もいる側近の一人だけでこれだけの力かと、呆れずにはいられない。確かに、先ほどまで戦っていた男の能力は、多人数を相手どるのに向いていたことだろう。それにしても、十数人がかりで漸く辛うじて鎮圧できたというのに、それが未だ残っている。
 あまり丁寧に竹取物語を知ってはいないが、貴族に求めた道具が五つであるとは太陽も知っていた。別格の能力を与えられた付き人が果たして何人いたものかは知らないが、それを超えることはおそらく無い。もしかぐや姫本体がその内の一つを持っているとしたら上限は四人。喜怒哀楽の感情も四つであるためそれが最も妥当だと思われた。

「一旦呼吸を整えよう。慌ててもむざむざやられに行くようなもんだ」
「ああ、そうだな」

 近くにいた、日頃対策課の四班として行動を共にしていた仲間と段取りを決めて、一度体を休ませようとする。しかし、そうさせてはならないのだと、血相を変えた様子で、一人の捜査官が太陽の下へ駆け寄った。

「休んじゃ駄目だ、王子さん」

 詰め寄って来たその男が、どうしてそれほど青ざめているのか理解できなかった。目下、脅威は取り除き、周囲には誰も居はしないというのに、何をこんなに焦っているのだろうかと。怯え、竦んでいるのではない。逸る心を抑えようとしながらも、急がなくてはならないと冷静さを失いかけている。
 一度落ち着いて息を吸い込めと言ってみるも、それどころではないの一点張り。これまであまり口を聞いた記憶は無いが、自分の一年後輩で奏白の一つ上の世代だとは分かる。名前は思い出せないが、この男はどちらかというと奏白よりむしろ自分寄りの人間だったように思う。

「一人、兵士を取り逃した……。服装がかなり変で、他の従者達と様子が違っていた」
「変ってのはどういう風にだ?」
「……多くの兵隊共は、裸体に羽衣を纏っているだけだけど、そいつだけ真っ赤な装束を着ていた」

 真っ赤な装束、というところでピンと来た者もいた。実際、それが赤いかどうかの記述は原典にはおそらく無い。何せ、本来存在しない代物であるためだ。しかし、火という言葉から連想する色が赤であり、先刻まで対峙していた男のことを思い返すに、導き出される答えは一つだけだ。

「火鼠の衣、それを着た上位兵か」
「おそらく」

 大げさに頷き、太陽の肩越しに推察を口にした男に向け、青ざめたままの表情はその言葉を肯定した。

「だけど、取り逃したってのはどういう事だ? 逃げたのか?」

 今この場にいないのであれば恐れる必要も警戒の義務も無い。どうしてこんなに慌てふためいているのか、縋りつかれている太陽には理解できなかった。

「違う! そいつの目的は初めからここに無かった。もっと別のところなんだよ王子さん!」
「それはどういう……」

 未だに腑に落ちない太陽の肩に、手が置かれる。振り返れば同僚の一人も、緊迫した面持ちのまま静かに、行こうとだけ端的に告げてきた。

「そいつは後方の……総監達が控えている本部に向かっているんだ! 王子さん……あんたの弟さんの所にだよ!」

 何にもぶつかっていないのに、脳髄をおもいきりぶん殴られたような気がした。ひゅっと内臓は縮こまり、沸騰していたはずの血液が途端にその熱を失っていく。身体の芯から凍っていくような錯覚、それに囚われるよりも先に、その足は動こうとしていた。

「待て、今からじゃ間に合わん」
「でも、ここで待ってる訳にもいかないだろ」
「その姿に気づいた連中がそいつを追ってる。一先ずは任せたけど、嫌な報告だ。あちらさんの能力は」
「どうせ防御系の能力だろ」
「ええ。高速で駆け抜けるその背に、ひたすら能力や銃火器で攻撃しているらしい。でも、どれも効いている素振りは無い」

 おそらくこれまでの例からして体術の練度は他の兵士たちと同等かそれ以上に優れていることだろう。
 確かに自分たちからしてみれば、大したことの無い練度。とはいえ、守護神アクセスもせずに後方で待機している王子にとってそれは、ナイフを持った傭兵に襲われるに等しい脅威だ。中学の半ばごろから、長い事鍛錬をしてこなかった上、そもそもあの年齢が故に圧倒的に経験が足りていない。同時に待機している、ELEVENである残り二人に問題は無くても、王子 光葉だけはその不意打ちで充分に死に至る可能性がある。

「なら本部に連絡取れないのかよ! そいつらから連絡は来てんだろ!」
「もうやっている! だけど、誰かが妨害してるみたいで、一向に繋がらない。多分本部じゃ、そんな状態になってることも気が付いていない」
「何でだよ、相手はあの総監だぞ。今回敵対してるのは、シンデレラとかぐやとは言え、所詮は一介の守護神。……あの人を欺ける訳……」
「でも、現実に気づかれていない」

 何が起こっているというのか。どのような隠ぺいであったとしても、今の厳戒態勢の本部への電波障害など隠せるはずも無い。とすればこの偽装は守護神の能力によるものだ。だとしても、ELEVENが二人も待機しているその場所へ能力干渉をただ行ったところで、易々と打ち払われる。
 後出しになったとしても、ジャンヌダルクなら全ての事象を拒絶できるはず。それなのに、既に起こっている電波障害に対応できない、あるいは気づけないままでいる。
 これは果たして、本当にかぐや姫の仕業であろうか。

「やっぱり、間に合わなかったとしても俺に行かせてくれ。間に合わない事より、誰かに任せて見過ごした方がよっぽど、俺は……」
「落ち着け、太陽」
「落ち着ける訳が無いだろう!」

 進路を遮る男に彼は、鼻息荒く掴みかかった。もう精魂尽き果てたはずなのに、剥き出しの感情が暴れている。

「いえ、間に合う可能性はあるわ」

 見ていられないとばかりに、諍いにようやく仲裁らしい仲裁が入った。その声は、うら若い女性のものであろうに、芯の通った凛と澄んだものだった。奏白 真凜がもう少し成長すればこのようになるだろうか、そう重なるほどに居住まいは似通っていた。雪女の守護神を呼びだし、髪まで真っ白に染めた彼女は、捜査官とはまた別、ライダースと呼ばれる部隊において、奏白のようにエースと称される存在だ。
 女帝のごとく、大事にさえ揺らがない精神を持つその姿への憧憬からか、クイーンと呼ばれることもある。

「輸送車が到着したわ。とすれば、足止めを誰かがしていても可笑しくは無いはず」

 何の輸送車か、それを確認する必要は無い。今作戦において、この地に後から訪れるはずの車両は一台しか無い。前日の会議室での詳細説明に際して聞かされた、この戦争における最後の切り札。
 その切り札は、本来倫理的には切ってはいけないカードであったろう。しかし、それを可能にしたのは、他ならぬ王子家に降り注いだ悲劇故であった。その許可を求められた洋介はと言うと、鼻の頭を掻いて恥ずかしそうに「塞翁が馬とはよく言ったもんだ」と前置き、二つ返事に了承した。

「でも駄目だろう。あれは、かぐや姫を討伐しない限りあまりにリスクが高いと……」
「たった一人を除いて、ね」

 いえ、二人かしらとその場の空気を覚ましてやるように、彼女は微笑を浮かべていた。

Re: 守護神アクセス ( No.127 )
日時: 2019/01/10 10:55
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM

 一方、その頃。議題に乗せられた歓喜の従者はと言えば、下卑た笑みを高らかに響かせていた。

「ああ、嬉しいなあ。喜ばしいなあ。可笑しくって仕方ないなあ。寄って集っても蟻は蟻。この皮衣を前になぁんにもできないんだもんなあ」

 夜の市街地に反響する高笑いに、思わず彼は口を噤む。いけないいけない、流石に下品も極まれりであると、先日主からも指摘されたばかりであった。それ以来、一応人前、特に御前ではできるだけ上品にと努めているのだが、どうにもその目が無ければ気が緩んでしまう。
 残る側近の兵士が捜査官の多くを足止めしている間に、彼一人だけは王子のもとへと向かっていた。わき目も振らず、一心に。飛び交う炎に礫の雨霰さえものともせず。それはひとえに、彼が身に纏っていた火鼠の皮衣に由来するものだった。
 火鼠の皮衣の能力、それは火の中に投じても燃えることが無いと言われる逸話に由来する。そこから発展した恩寵として、その皮衣は強靭な耐久力を誇る。ちんけな炎では燃え尽きぬ程に、銃弾であろうとも貫けぬほどに。それだけではない、冷気も、熱気も、衝撃さえも全て打ち消す。空間全体に干渉する重力の強化能力などは流石に遮断できないが、皮衣に当たったエネルギーはその全てが遮られる。
 一部の能力者はこの防護を看破できるようではある。しかし、そういった者の多くは目に見えて暴れている大仏の暴走にかかずらっている。目に見えて巨大で、危機感を煽るその異形の存在に人はくぎ付けになる。勝とうが、負けようが、そこに多くの人間を繋ぎ止めることができる。
 追っ手の数はどうだろうか。振り返れども、たった二人しかいない。その奥から近寄ってくるような息遣いも無い。この二人を処理してしまえばもうどうしようもないだろう。先ほど、味方に連絡を取ろうとしていたようだが、無駄だ。協力者の手により、自分の目的地への通信は妨げられている。後方、つまりは大仏の暴れていた方には連絡を取られてしまったようだが、今や追いつかれることも無かろう。
 ならば、少し遊んででもここで追っ手を沈黙させてしまうべき。理性的に彼はそう判断した。決して、勝利の余韻にいち早く浸り、歓喜の沼に身を投じようとした訳では無い。王子暗殺のために詰め寄った際に、その本部の近くで騒がれては気づかれるというもの。どのみち、ここいらで始末しておくべきというもの。
 いや、始末は不味い。断末魔などが響いてはならない。不意を打ち、締め落とすのが一番だ。気を失わせるだけで充分。入念に殺してしまっては後続に追いつかれる。確かに弱者をいたぶるというのも月上には無い余興ではあるが、主の命令を果たす事こそこの身最大の幸福。なれば、その最短距離を行くべく最善の妙手を打つのが最も優れた民の在り方というもの。
 足裏と地面との間で摩擦が起こる。砂の擦れる音が静けさの中に染み入り、一目散に走り続けていた男の脚が止まる。地上を滑るようにして減速しながら、身体を反転させて追っ手を確認する。一人は炎の能力者、もう一人はよく把握できたものではないが、その手に身の丈程の大刀を携えている。守護神のオーラを纏い、自ら光を放つその大太刀は、本物の武器ではなく守護神アクセスの付随品であると察せられた。
 おそらくは日本の剣士の守護神であろう。たとえ火鼠の毛で編んだとはいえ、布は布。容易く裂けると思ったのだろうか。その甘すぎる認識が不憫であると同時に、既に確定されたような勝利が嬉しくて仕方が無い。思わず、我を忘れてしまいそうなほどに。だが、今はまだ己が為すべき使命の只中にいる以上、理性を飛ばす訳にはいかない。
 炎が踊る。回避するとでも思っているのだろうか、右からも左からも、追い立てるように襲い掛かる。狼が狩りをしているようだなと思うも、火力が軟弱すぎて子犬の戯れにしか思えない。惰弱、惰弱。ニッと笑って従者は、腕の辺りで余っている布を翻らせる。血濡れたような色合いの、真紅の衣が宵闇を舞う。かぐや姫の牛車の直下から離れた位置に来ているため、この辺りは夜の暗闇に包まれていた。
 宙でひらひらとその身を漂わせる布が、真正面から炎を飲み込んだ。炎が衣を飲み込むのでなく、薄い布が、炎熱をだ。あるまじき光景に目を丸くするも、そう言った宝なのだろうとすぐに把握する。
 そこに現れた捜査官は謙虚であると同時に、聡明だった。真正面から燃やそうとしても不可能と即座に理解し、ならばとさらに距離を詰める。今だけは、向こうから距離を詰めさせてくれようとしている。ならば懐まで潜り込み、衣の下から直接焦がせば、自分の物足りない火力でも痛手を負わせられるはずだ。

「そう、考えているな?」

 だが、甘い。うぬぼれでもなく、侮りでもない。純然たる事実として、従者のみが理解していた。そもそもの地力がまるで異なるという現実を。
 そもそも、皮衣の大きさはこの従者が纏うにしても少し大きく、布が余るようになっていた。外套のように頭を覆うように被ることもできる。一度全身に纏ってしまうと、露出している部分など手先や口元程度しかない。
 そしてそこをピンポイントで狙いながら、紅の衣を纏った従者の反撃をいなすだけの器量が、その捜査官にはまるで足りていなかった。後方を、炎の壁が埋め尽くす。退避させない、つもりなのだろう。暗闇を、炎の温かな光が照らし出した。従者の顔が照らし出されるもあまり意味が無い。というのも、他の月の民と寸分変わらぬ相貌であるためだ。強いて挙げるならば、表情だけは大きく異なっているだろうか。初めて、その顔で笑む姿を確認した。これまで相手にしていた、心知らぬ傀儡とは明確に違う。
 実際、これまでは詰め寄ってしまえば、楽に従者は倒せていた。それはあくまで敵兵を倒すに十分なだけの力があったためだ。
 しかし今はその前提が覆されている。ごく狭い領域を的確に狙撃しない限り有効打を与えられず、向こうはその皮衣越しに膝蹴りや肘打ちをしてくる以上、これまでの槍や剣のように、炎で燃やすこともできない。
 顎の辺りを肘がかすめ、僅かに揺さぶれる。脳震盪が起こりかけたのか、少々足元がぐらついた。その隙を見逃す甘い相手でもない。すぐさま後頭部に肘を落とされる。反射的に紅蓮の業火をぶつけようとするも、ちんけな火力では火傷一つ負わせられなかった。
 呻き声一つ上げ、炎を操る捜査官は沈黙する。立ち上がり、追ってくる可能性を完全に断つには、一思いに手にかけるべきであろう。しかし、まだ敵は残っている。大太刀を携えた男は、それまでも剣閃を瞬かせ後ろから斬撃で支援していたものの、どれもこれも皮衣を裂くことも出来ず、肌が見えている位置を斬ろうともしていなかった。
 どんな剣士が転生した守護神なのかは知った事ではない。独眼竜のような武将なのか、より過去の義経や武蔵坊であるのか。佐々木小次郎の線も捨てがたい、何せあの身の丈程の大刀だ。
 しかし、使い手がお粗末すぎる。これまで自身が刀を振るう鍛錬をろくに積んでこなかったのだろう。斬撃そのものは恐れるべき鋭利さを持ち、そのリーチも腕の長さを含めれば非常に長い。接近されてしまうと確かに回避は困難である。しかし、防ぐ手立てのある者にとって、それはあまりに無力だ。
 天高く向けて振り上げた白刃を、宙を引き裂くような気迫で一息に振り下ろす。刀身に跳ね返る月の光が、ぎらりと瞬くも、悲しいかな、その刃は容易く布切れ一枚に防がれてしまった。

「残念至極。この衣引き裂きたくば、日の本一の剣士でも連れてきたまえ」

 もしそれがその守護神だったとしたならば、興ざめもいいところだ。誰であろうと止められない。イージスの盾のような能力だ。特定の、ELEVENのような強大無比の守護神でなくては抑止力にもならないのだから。
 腹部に、重たい蹴りを一つ。それだけで剣豪の能力者は、その場に蹲って動けなくなった。連絡が取れない程度に痛めつける必要はある。そう判断した従者はもう一つ蹴りを放ち、地面の上を転がした。肺の空気が衝撃で吐き出される喘鳴だけを残し、その場でもう一人の捜査官も意識を手放した。

「急ぐか」

 追っ手も消えた任務の続きは、驚くほどに容易だった。溜め息や欠伸を漏らしてしまいたくなるほどに。ものの一、二分。足音を殺して走り抜けるだけで、王子達が控えている本陣へと辿り着いた。
 大げさな設備を搭載した、トラックのような大型車両。そこにはレーダーなど様々な機械が設置され、戦場の状況が即時報告されるようになっている。成程、ここが琴割の居所で間違いないらしい。
 琴割本人を殺すことはできない。それはジャンヌダルクの能力により防がれているため、絶対の真理だ。しかし、彼の信用に泥を塗ることはできる。その失脚の前がかりとして必要なことが、この決戦において、決着をつけぬ内に、あるいはこちら陣営の勝利という形で、十二時を迎える事だ。
 見せしめの形で、ある女が死することで、琴割 月光の正義に墨を垂らす。彼の経歴は真っ白な布のようなもので、悪評という悪評の多くを、ジャンヌダルクの能力により、露呈を拒み隠し続けてきた。そこに、たった一つの汚点を植え付ける。広がるのはあっという間だ。そして、一度ついた染みを落とすことはなかなかできない。
 しかし、この度の失策の機密は守られない。その機密を目に収める男の凶行を、ジャンヌダルクでは防げない。

「王子 光葉。そのたった一人を殺してしまえば詰みだ。もう一人の、戸籍すらない少年に関しては詳細が掴めていないが、傾城にだけは能力が働かないことは白雪姫との戦いで理解している」

 おそらくはネロルキウスだろうと察しはついている。しかし、その証拠だけはどう足掻いても得ることはできない。そのため、それを理由に琴割 月光を法的に追い込むことはできないようだ。
 だからと言って、これは少々回りくどいような気もするがなと、ボスに対して彼は毒づいた。ボスというのは当然かぐや姫でない、黒幕と思われた彼女の、さらに後方に位置する純粋無垢な自己中心主義者。
 歪んだ正義を掲げ続ける永遠の支配者に、自分が主役の物語を紡ぎたくて仕方ないストーリーテラー。全く、ELEVENというのはどいつもこいつも救いようがない。

「キングアーサーの契約者は欧米に住むおどおどした学士と言っていたろうか。ふん、その方が余程生かし甲斐がある」

 とはいえ、油を売るのももう終いだ。
 もう、邪魔立ては無い。この辺りに戦闘員は配置されていない。琴割一人で最悪事足りると断じているためだ。もしかすれば、もう一人の異分子である小柄な少年の存在故、その可能性もある。ただ、どちらにせよ、今この瞬間は油断しているはずだ。
 気配が忍び寄って来る気配も無い。そしてこの自分からも気配を隠し通す程優れた暗殺者など、警察という平和を守る組織に存在する由も無い。
 そもそも自分の存在に気が付いた上で、追いつけるだけの速度を持っている人間が何人いるか。奏白はおそらくガス欠を引きずっている。如何に彼と言えど、上空に残った従者の相手は骨が折れる。
 そもそも、目の前に元凶のかぐや姫が無防備に座していると思い込んでいる彼らが、地上に戻って来る筈が無いのだ。
 人間は、万策尽きた。今度こそそう断定した。もう、予定外など何一つ起こることも無いだろう。
 音も無く、陰に潜むようにして近づく。後数歩もすれば明るい場所に出てしまうが、監視の目もほとんど無い。一息に、理解させる暇を与えることも無く、トラックそのものを大破し、燃料に引火させて爆発させる。王子一人だけなら、それで終わりだ。

 息を呑む。
 これで、三か月続いた、一人の男の我儘に終止符が打たれる。
 自分たちは心をほとんど持っていないが故、破壊衝動に苦痛を感じていなかったものの、他のフェアリーガーデンの守護神の様子は痛ましいものだった。
 しかし、それもここで終わり。人間にもたくさんの死者が出た。そしてまた、自分の目の前で、人魚姫の契約者だからという理由だけで王子 光葉は殺されようとしている。本来ならば慈悲をかけるところだろう。しかし、そんな感情を持ち合わせてはいない。ただ彼の胸の内にあるのは、使命を達した己を躍らせる、一足早い歓喜のみ。
 さあ、これで全てを終わらせよう。勢いよく、彼は闇の中から飛び出した。




 甲高い音が夜空に響き渡る。静寂な夜空に、鍔鳴りが一つ、星の光と同じように、瞬くように走り抜けた。
 鞘に納められた刀の鍔が、鯉口と打ち合う小さな音。静謐の最中、余韻を残すように、暗がりに溶けていく。
 身体に違和感を覚えると同時に、不意に世界が回りだした。前に進もうとしているのに、全く前進している感覚が無い。それどころか、世界が右回りに転がり始めた。段々、見える視界が下向きに落ちていく。
 何事だ、一体何が起きている。頭をしかと打ち付け、何とか起き上がろうとするも、右腕はともかく左腕の感覚が無い。息を吸ってもまるで胸の中に満たされず、首を動かして辺りを見回すこともままならない。
 眼球だけをぎょろりと動かし、周囲の様子を見まわす。そこには、一つの肉塊と、見知らぬ人物の脚が見えた。日本刀を鞘に納めたまま、浅黒い肢体を見せつけている。
 そこに倒れている肉の塊が、己の半身だと気づくのは容易だった。その半身は、火鼠の皮衣を纏っていた。その事実に、戦慄する。今、己の頭が付いたままの上半身にも赤い衣がまとわりついている。この皮衣は一点もの、しかし今や二分されている。
 そう、目の前のこの人物は、火鼠の皮衣を両断してみせたという事だ。

 一体、誰がそんな事を。
 不可能に決まっているというのに。
 今自分に迫っている者はいないはずでは。
 いたとして、誰が追いつけるというのか。
 追いついたとて、どうやって今の今まで気配を殺していたのか。
 生粋の暗殺者が、この国にどうして存在しているのか。

 肺から空気を吐き出せない以上、ろくに声も出ない。情けない音を立て、笛のような音だけ喉から漏らしながら、四人目の従者は見上げ、その顔を拝んでみせた。
 東洋人の女性だった。一体貴様は誰だとの問いを、口にはできない。それゆえ、視線だけでその疑念をぶつける。
 その女は、お世辞にも賢いとは言えなかった。しかし、妙に聡く、直感だけはやけに強い。その視線の意図を瞬時に読み取った彼女は、それを確認するべく、問いを言葉で返す。

「んあ? あたしか?」

 その惚けたような声音に、ようやく合点がいった。
 存在をすっかり忘れていた。初めに戦場に現れていなかった事実から、今日は現れないものだとばかり思い込んでいた。
 奏白音也に匹敵するだけの脚力、気配を完璧に殺せるだけの経歴、そして何よりも、火鼠の皮衣を裂くだけの激烈な暴威。
 皮肉だろうか、奇しくも彼女は先ほど彼自身が連れてこいと言ってみせた、腕の立つ剣士に他ならなかった。
 そう、彼女は彼らにとっては裏切り者の。

「冥土の土産に教えてやるよ。日本一の桃太郎、ってなぁ」

 息絶える間際、その従者が目にしたのは、闇に紛れるような純黒のパーカーに身を包んだ傭兵、クーニャンの得意げな表情だった。

Re: 守護神アクセス ( No.128 )
日時: 2019/01/31 22:59
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM


「何とか間に合ったみたいだな」
「良かった……」

 上空、整い始めた呼吸と共に、安堵の声を奏白は漏らした。隣に立つ真凜も、ホッと胸を撫でおろす。先ほどまでは冷や汗ばかりであったが、ようやくその不安ごと拭い去ることができた。
 奏白の能力の有効範囲は決まっている。それゆえ、真下に居る太陽たちとは辛うじて意思疎通ができるものの、比較的後方で待機している琴割達の座する拠点までは届かない。それゆえ彼の能力を以てしても、知君達に注意喚起ができず、通信阻害によって本部の者たちは『本人達も知らぬまま』陸の孤島と化していた。
 誰が為し遂げたとも分からぬ電波障害。知君の悪い懸念が当たっていたりはしないだろうかと、端正な顔を歪ませて奏白は眉根を寄せた。だが、少なくとも王子や知君達が無事に済んだのは最低限幸運だったと言うべきだろう。
 何とか戦場に、輸送車を護衛していたクーニャンの到着が間に合った。辛うじてアマデウスにより奏白の声が届けられる範囲内にその足音を捉えたため、急いで奏白は彼女と会話を試みた。今からもう一人かぐや姫の側近と戦うだけの余力を残していない彼であったため、多少気に食わぬ面があるとはいえ、琴割専属の腕利きの傭兵に頼るしかない。
 実力だけなら悔しいが自分と同等以上、であれば相手が特殊な道具を使いこなす従者であったとしても実力は拮抗する、あるいは圧倒できるはずだと見込んだ。それに、彼女自身これまで友のいない生涯だったためか、知君と王子へはビジネス抜きで特別な思い入れがあるのも知っていた。そうして、その期待に見事答えてくれたのが桃太郎の契約者、クーニャンだった。
 不意打ちとはいえ一撃で仕留めるとか。やはり規格外だという他ない。あれだけの力を持っておきながらスマートに闇討ちする手段の選ばなさも、奏白の持っていない強みだ。見栄と、捜査官である誇りが足を引っ張り、彼の場合正面から正々堂々としか相手できない。

「自分が獲物を仕留めようとしている時こそ一番油断しているものとは言うから、そこを突いたのは流石と称してあげるしか無いわね」
「そのくせ自分は油断してないのがあの色黒猫娘の一番怖いとこだよ」

 一応はキビ団子を三個同時に摂取している、彼女自身最高の強化状態であったことも事実だ。最も鋭い一太刀を、一番気が緩んだ瞬間に叩きこむ。如何に強靭な火鼠の皮衣とはいえ、一刀両断されても仕方ない。
 日本一有名な英雄譚であるというのに、少々悪役臭い立ち回りな事には目を逸らさざるを得ないが。

「でも、ここまで来たら後は一息だよな」
「ええ、私達でかぐや姫を無力化する」

 気絶させて王子のところに連れて行き、人魚姫の歌により浄化する。瘴気を払ってしまえば、人に仇為す破壊衝動も止む。全てのフェアリーテイルは、彼女からあの瘴気を伝播されたことに由来している。元凶であるかぐや姫を治癒してしまえば、これ以上の悲劇は生まれない。
 全ての従者は退けた。特別な武器を手にしていない。ただの雑兵も、次第に数を減らしつつある。確かに一騎当千の力を持つ月の民ではあるのだろう。しかし、一連の事件を数か月に渡り乗り越えてきた捜査官一同にとってはそんなもの、脅威であっても絶望になることは無い。

「輸送車は来たけど、まだあいつらには頼れないんだよな?」
「ええ。また感染したら厄介なことになるから」

 まだシンデレラは姿を現していない。時計を見る。そろそろ開戦から一時間が経とうとしていた。今日、満ちた月が浮かぶ夜を指定してきたのはシンデレラ、その契約者である星羅 ソフィアの方だった。しかし、今に至るまで局面は、かぐや姫一人に支配されていた。確かに彼女が黒幕ではあるのだろう。しかし、表立ってフェアリーテイルを率いてきたような、いわば表の棟梁であるシンデレラは、どうして姿を見せないのか。
 不気味と呼ぶほかないように思える。しかし、奏白達筆頭に、第七班と琴割の側近だけはその動機をよく理解していた。機を窺う、不意打ちのために控えている。そういった側面も皆無ではないのだろう。
 守護神アクセスの活動限界。契約者が守護神をその身に宿し、能力を借り受けて行使できる時間は限られている。ソフィアが契約してから二か月程度しか時間が経っていない。その間、活動限界を引き上げるために鍛錬は重ねたのだろうが、それでも長時間戦い続けられる訳では無い。
 初めから二人同時に侵攻した方が有利に事が運んだのではないか。答えは否だ。それ以上の戦力が残されていない彼女らは、全戦力を投じればすぐさま窮地に陥る。それ以上が無い、そう判断すればこちらも余力は残さない。知君を投じるだけだ。傾城に能力が効かないと言っても全く戦えない訳ではない。お互い能力が効かない状態になるだけだ。何らかの手段でいくらでも戦力になる。
 ジョーカーをおいそれと切る訳に行かない以上、知君はまだ出陣できない。そのプレッシャーをかけるためにシンデレラは温存され、かぐや姫はシンデレラを最大限活用すべく戦局を荒らしている。
 知君とネロルキウスの間柄は、つい先日まで劣悪だったと評せざるを得ない。互いの力を、存在をかけて綱引きをしていたようなものだ。それも、時として殺意さえ超えた傍若無人ぶりを見せて。それゆえ、彼の守護神アクセスの許容時間も、およそ長いと言えたものではない。即座にネロルキウスを召喚しなおせばいいというものでもない。ネロルキウスと和解を果たした今でも、接続した際には体に強い負荷がかかる。以前のような、即座に眠りにつき、意識を失うようなことさえ無くなったものの、赤ずきん討伐後は時折腕や足に脱力感があった。
 せめてシンデレラが姿を見せるまでは、知君は戦線に立たせない。ELEVENの契約者に特徴的な超耐性と呼ばれる特質により、能力は受け付けないものの、その身体は脆弱な少年に過ぎない。瓦礫が直撃すれば死に至り、薬物を摂取すれば昏倒する。琴割月光の傍で匿うことが、今できる最善だと判断していた。

「流石にかぐやの窮地には現れるだろうけど……未来予知、今できないんだったか?」
「ごめん。まだちょっとガス欠気味」
「まあいいさ。かぐや姫は赤ずきんよりむしろアリス型。自分の戦闘能力は低いんだろ?」

 かぐや姫の能力の全貌を知っている者は少ない。直接対峙した赤ずきんだけが、その片鱗を知ることが出来た。かぐや姫は、月を媒介に厄介な能力を相手にかけることができるものの、月を目にしなければ能力にかかることはない、と。空を見上げない限りその能力の餌食になることは無い。そして、かぐや姫の待ち構える天の牛車より高い位置に立ってしまえば、もうその時点で恐れることは何もない。
 身体能力はガーデンの守護神の中でも一、二を争うぐらいに弱い。配下である軍隊の身体能力は高いが、率いている頭が屈強な体を持つ必要は無い。むしろ、雅に佇んでいられるよう、美貌だけがあればよい。

「お付きの人は喜怒哀楽の四人全員倒した。残るは本体だけだ」
「持っているとしたら、蓬莱の玉の枝かしら」

 能力の推測は正直なところ困難だ。そもそも、竹取物語に出てくる宝物で、逸話が残っているようなものが半分もあるだろうか。燕の生んだ子安貝、あるいは燕の巣の子安貝などと呼ばれているものは、本当に何の変哲もない、ただの貝殻である。蓬莱の玉の枝もそれと同じ、ただ蓬莱という特別な地に存在する木の枝というだけだ。
 火鼠の皮衣は確かにその耐久性が伝承となっている。しかし龍の首の珠はおそらく龍から見ればただの首飾りに過ぎず、仏の御石の鉢も、仏様の持つものだからとても重いというだけでただの鉢だ。
 下に降りた従者の能力こそこの目では見ていないため、断言はできないのだが、それでも五つの宝物からは、その名前に相応しい特異な性質を持つことが窺えた。燕から子安貝へ、という条件からおそらくあの転身、あるいは変身の能力を得た。龍の首の珠は安直に己の身体を龍と変化させ、文字通り龍の首にある状態を作り出す能力だった。
 ならば、蓬莱の玉の枝はどのような能力を持っているのだろうか。おそらく、枝の部分には何の意味もない。きっとその能力は蓬莱の側に由来すると真凜は断じていた。中国に伝わる伝説で、仙人が住まう土地とされている。そしてその地にまつわる伝承として最も高名なのは不老不死に他ならないだろう。
 可能性があるとすれば、如何に致死量の毒を盛られようと死なず、頭を吹き飛ばされようと、たちどころに全て再生してしまうような能力。死を知らず、老いを知らず、美しいままあり続ける。その能力が働いている限り、制圧は無い。

「兄さん、まず初めに……」
「分かってる。道具の破壊だろ」

 既に怒りの従者と愉悦の従者、二人の側近を倒していた二人にとって、攻略法は今更口にするまでもない。この目でしかと見届けている。かぐや姫本体から託された道具を壊された途端に、戦闘能力が他の雑兵たちと同程度に落ちてしまうことは。
 であれば、かぐや姫自身を倒すのも、同じ道理であるはずだ。まず初めに、蓬莱の玉の枝を破壊する。枝自身が復活するかもしれないため、壊さず奪い取った方が良い可能性もある。それは臨機応変に対応するとして、初めに為すべきはそれだろう。

「今、自分が孤立している状況に気づいてないのかはわかんねーけど、何もしてこないなら今が好機だ」

 体力は万全とは言い難い。しかし、こうなってしまってはたった一人腕力に自信のない女性を取り押さえるだけだ。この二人である必要が無い。攻撃性能がまるで想像できない道具に、本体は弱いと評されているかぐや姫。おそらく今のコンディションであっても二人が遅れをとることは無いだろう。

「どこまで回復してる?」
「あの牛車三回壊すぐらいかしら」
「充分だ」

 作戦をわざわざ立てる必要も無いだろうが、無鉄砲に飛び込んで痛い目を見る訳にもいかない。スタミナの温存、手段の簡便化に走っても仕方が無いとも思えるが、今最優先すべきは身の安全だ。捜査官一人一人の重要性は計り知れない。この後現れるであろうシンデレラとの交戦だけではない。明日も、明後日も。この事件が解決してもしなくても、またどこかで事件は起きるのだろう。
 今度はきっと、人間を相手どることになるだけだ。弱きを挫こうとする強気を、逆に挫かねばならない。そのためには、極力傷を負わずに生還することが求められる。万全を期するに超したことはない。

「私がここから一気に牛車をレーザーで撃ち抜いて壊す」
「本体を確認し次第、蓬莱の玉の枝を奪取、ついでに気絶させられれば万々歳、ってか」

 段取りを相談で決め、互いに頷き合う。骨の折れる時間だったが、くたびれもうけにならずに済んだ。奏白が今だと指示すれば、真凜は即座に溜め込んだ魔力を光線として撃ち放すだろう。
 全身の感覚をもう一度研ぎ澄ます。どれだけ準備をしようと、速度は亜音速のまま変わらない。ただ、手足の先まで動かす意識を張り巡らせておけば、無駄な動作を削ぎ落すことはできる。ミスは許されない。瞬きするほどの刹那であっても、所要時間は短縮するべきだ。対策など、打たれないように。
 急造の策とはいえ、二人の想定は万全だった。事実、この後簡単に目的の内、一つを果たすことはできた。しかしこの時、二人はまだ気が付いていない。
 いつの間にか、思い込みという罠に嵌まっていたことに。

Re: 守護神アクセス ( No.129 )
日時: 2019/01/31 22:59
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM


「いくぞ」

 いつもよりも低い彼の声は、夜の中に溶けるようであった。すぐ傍にいた真凜でも無いと聞こえないような重たい声音は、日頃の明るい喋り方からは想像できない。しかし、ここぞという局面では人が変わったように集中する奏白 音也という人間を、幼い頃から妹である彼女は熟知していた。
 初めは太陽と見間違えるほど明るかった牛車の光は、次第にその力強さを失っていた。従者を倒すごとに、または時間が経つごとに光は弱まっており、今では夜空に浮かんだ月の方が余程明るい程だ。夜の静けさ、さらには闇が戻って来る。
 従者の残存数に依存している、もしくはかぐや姫の渡した道具が破壊される度にこの牛車の出力も連動して弱まっている。そのような仮説を二人は立てていた。考えにくいが、一応その次の案として、秒を覆うごとにかぐや姫にも疲労があるという可能性も。
 ただしそれらの仮説は全てが間違っていた。それに気が付くのはあまりに遅すぎた。
 暗くなった墨色の背景を、蒼い閃光が引き裂いた。流れ星のように空を二つに両断し、金色に煌く荷車を貫いた。貫いた直後に、虹色の天板に衝突し、進路を変える。幾度となく光線は玉虫色の反射板により跳ね返り、四方八方から牛車の背後にある二台を穿ち、砕き続けた。
 構成している素材が、木っ端を上げて砕けていく。時代背景を反映しているのだろうか、それは木でできているようであった。宙に浮かんでいた足場を失い、鎮座していた一つの人影が落ちていく。その手には想像通り、淡い光を放っているものの、神々しい一振りの枝が握られていた。
 彼らの推測は的確だったと評する外無い。それは事実だ。蓬莱の玉の枝が有する能力は、所持者を老いと死、病と怪我から遠ざける万能の快復能力を有していた。奪い取れば、あるいはそれそのものを壊してしまえば無力化されるというのも想像通りだ。
 竹取物語に由来する五つ道具、その最期の一つの無力化こそ成功した両者だったが、撃ち砕いた荷車から落ちる人影を、詳細に確認した瞬間、目を見開いたまま体を硬直させた。そこには、居るはずの者がおらず、居ると思っていなかった者が座していた。

「あれってただの……雑兵?」
「……いや、それは一旦後回しだ」

 突然芽生えた疑問に、呆気に取られてしまった。先に立ち直ったのは奏白の方だ。そこにいた従者は、見る間に怪我が治っていくようではあった。しかし抵抗の意志は無い。それゆえそのまま地面へと落ちていこうとしているが、放置はできないと判断した奏白は須臾の後にトップスピードまで達して追いついた。
 落ちていく従者は、ろくに握力もこめられたものではない。全ての感覚と思考をはく奪されているかのごとく、何に反応することも無く地面へ向かっている。こんなものが上空から落下するだけで地上では大事になる。急いでそのだらしなくぶら下がっているだけの手から蓬莱の玉の枝を奪い取った奏白は、アマデウスの能力を用いて従者の身体を押し潰した。
 これまでの雑兵たちと同じように、血の一滴も流すことなく指先から次第に星屑となって消えていく。殴った時には生身の肉体の感触をしているため、消えていく間際こそ幻想的だが拳の上には肉塊を無理に打ち砕いた嫌な触覚が残っていた。
 持ち主が消えてしまうと、役目は果たしたと言わんがばかりに蓬莱の玉の枝も消えてしまった。かぐや姫本人の意志である。この道具は、術者の意志と関係なく、所有者を回復する能力を持っている。敵に利用されてしまっては堪らないと、奏白達が自分たちに使用する前にこの世から消し去ってしまった。
 取り残された真凜も、ようやくスノーボードを念動力で操作し彼に追いついた。今眼前で目撃した情報を処理できず、茫然としている。かぐや姫が現れると思っていた。優雅に着物を羽織り、長い髪をたなびかせた女性が。しかしどうだ、実際に出てきたのは一人の屈強な男の兵士。それはどう見ても、かぐや姫と呼ぶことはできない。

「どういう事……どうしてあの中に、全然違う従者なんて……」
「側近ですらねえよ。こいつは単なる張りぼてだ」

 そこに居さえすればいい。陽炎のように、その場にかぐや姫が残っていると思い込ませる事が出来れば。御簾の向こうに居る以上、奏白達には人影が一つあることしかわかっていなかった。それを勝手に、大本であるかぐや姫だと思い込んでいたのはむしろ、奏白と真凜の方だった。

「何でだ……何でこんな事に……」
「ねえ、兄さん」

 初めにその思い込みに気が付いたのは真凜の方だった。一体いつから自分たちは、最後まで本体が動かないなどと錯覚していたのだろうか。一体いつから、かぐや姫が最後尾で護られているだけだなどと思い込んでいたのか。

「私達、何で道具が五つあると分かってて、従者が四人だと思い込んでたの?」
「そりゃ、最初に俺たちを出迎えたのは四人だけだったし、そこに本体足したら五人で丁度になるだろ」
「一人この場を離脱した可能性だってあるのに?」
「だけどあいつらの性格見ただろ。喜怒哀楽で合わせて四人、あいつら自身かぐや姫が分割したっていう本人の感情を得て個性を手に入れたって」
「……それは敵の言葉だから、鵜呑みにしていいものじゃないわ」

 初めからブラフだった。そう、考える外無い。
 その可能性を提示された途端に、ようやく彼自身気が付いた。いつからか、誰もそんな事口にしていないというのに、自分たちが都合のいいように戦局を捉えていたことを。攻め込まれている最中だというのに、逃げようとも戦おうともしないかぐや姫、それもまずあり得ない。そして主の下に異分子が二人も現れたのに、四人がかりで制圧してからまとまって地上へ戻ればよかったものを、わざわざ戦力を分散した敵。
 そもそも彼らが最も警戒していたのは王子と知君であるとは、先ほど地上からの連絡で知ることができた上、クーニャンが駆け付けたことから裏付けも取れた。つまり相手陣営にとって自分達二人は、脅威と呼ぶほどではないが戦場から隔離するべき、その程度に認識されていたにすぎないと。

「今この場に、かぐや姫はいない。……途中から、段々空に浮かんでいた荷車の光が弱くなってたの見たよね?」

 彼女の問いかけに、奏白は頷いた。その理由が、今となっては一つしか無いように思われた。その原因は決して、かぐや姫が消耗しすぎたためでも、五つの道具を順次無効化したためでもないのだろう。

「それって……かぐや姫がこの場から段々遠ざかっていたからじゃないの?」

 大して強力とも言い難い、此処の戦闘力で見ると捜査官一人一人を大きく下回る月の民の大軍隊。あれをわざわざ地上まで派遣した目的は、何かを隠すためではなかったのだろうか。日本にも古くからこんな言葉がある。

「木を隠すなら森の中、だったら……」
「かぐや姫を隠すなら月の民の中、ってことか……。いや冗談きついぜ」

 慌てて駆け戻ろうと奏白が即断してしまう前に、真凜は兄の肩を掴んだ。別に未来予知をした訳でもない。自分でもそうするだろうと感じた。感じてしまったからこそ、止めねばならない。冷静さも体力も欠いた今、これだけ周到に準備をしていた相手に挑むべきではないと。

「まず第一に、身を守るための絶対条件。今私達は背を向けているから大丈夫だけど、もう振り返っちゃダメ。月を眼にしたらどんな影響が出るか分からない」

 横目で真凜に視線を送り、同意する。慌てても逆効果だという事も何とか受け入れた。先ほどから自分でも何度か確認していた通り、かぐや姫にできる事と言えばかなり少ない。それに地上にはまだ知君も琴割もいる。壊滅的な被害が出るとしてもまだ先の話だろうと。

「そしてもう一つ……すぐに真下の王子先輩達に連絡とって。もしかしたら、もう……」
「……言われるまでもねえよ、もう繋げた。でもよ……」
「奏白達か? そっちはどうだ。こっちはちょっと忙しくてよ」

 アマデウスの能力は、適用できる範囲内のあらゆる音や声を伝えたい場所に伝えたい大きさで届けることができるため、彼を中心に広範囲に及び、通信機無しでの意思疎通が可能だ。コードレス、どころか受話器さえも必要のない糸電話のようなものだ。それも精度は直に会って話しているほどに優れている。

「こっちはとっくに従者二人倒して……今、かぐや姫の影武者に惹きつけられてたことに気が付いたとこっすよ」
「やっぱ一杯食わされてたか」
「今そんなこと聞いてる場合なんですか王子先輩。そっちの様子はどうなんです」

 噛み付かんばかりの勢いで、急に届いた太陽へ問いを返した。

「大体わかってんだろ? ついさっきの事だ」

 最早、驚く必要も無かった。何せ、そうとしか考えられなかったためだ。わざわざこの場をもぬけの殻にしてまでいなくなった理由など、それ以外に思いつかない。
 王子を殺してしまえば一連の騒動はもはや解決できない。それゆえ捜査官チームとしては、かぐや姫とシンデレラの鎮静のため、王子には現場にいてもらわなくてはならないが、チェスのキングのごとく取られてはいけない大事なピースとして扱っていた。当然、向こうにしてみると彼さえ仕留めてしまえば勝利はほとんど確定する。シンデレラを真の意味で止められる者は一人として存在しなくなる。
 それゆえ側近の兵士を派遣して暗殺を目論んだが、企ては阻まれてしまった。であれば彼女らとしても、サブプランに切り替えるのは必然。
 姿を消したかぐや姫が、地上に現れたのだ。

「お前んとこの少年は、まだ戦えねえのか?」
「ええ……おそらく総監が許可しません。知君がネロルキウス呼ぶ場面を誰かに見られてしまうことを、何より警戒してるんで」
「らしいな。……何でかはよく分かんねえけど」

 琴割が、秘密裏にジャンヌダルクの能力をいつものように濫用して知君を盗撮することを拒絶してしまえば何の問題も無い。というのに、何をそんなに配慮しているのか、疑念を覚えるのは仕方の無いことなのだろう。
 特に太陽は、シンデレラの契約者がソフィアであり、琴割の失脚を目論んでいるとは知らない身だ。その温存がどういった意図を孕んでいるのか、知りはしないだろう。
 しかし、今考察した通り、如何にソフィアがその場面を抑えようにも、琴割が拒絶してしまえば済む話だ。それなのに、なぜわざわざ知君を出す訳に行かないと頑なに待機させているのだろうか。
 まだ、自分たちにさえ知らされていない一抹の不安があるというのだろうか。

「ジャンヌダルクでも対処できない? いや、まさかな」

 そんな独り言を漏らしてしまいそうになるも、すぐ傍に真凜もいることを思い返す。そうと決まっていないのに、余計な不安を煽る必要も無いだろう。だんまりを決め込んだまま、再び彼は地上の様子を尋ねることにした。

「俺たちが向かわなくても大丈夫なんですか?」
「ああ、本体はそんなに強くねえからな。こっちで何とかできると思う。シンデレラ戦を考えて、ちょっとでも休んでてくれ」
「分かりました」
「じゃあな。舌噛んぢまいそうだからもう切ってくれ」

 確かに地上には大多数の捜査官が残っている。今回の作戦においてはフェアリーテイルの対策課だけではなく、別の管轄の有力な警官さえも招聘している。強力な直属配下である四人の従者を倒したともなれば、かぐや姫自体にはそれほど苦戦はしないと言われても頷ける。
 地上と現在地を結ぶ通信でも、消耗があるのは事実だ。一度どこかに地に足ついて休んだ方が賢明かもしれないと、駆け足気味に二人は下降を始める。もし、現場が急変したとしても駆け付けられるように。
 しかし二人が、その現場に間に合うことは無かった。付け加えるならば、その何かはもうとっくに起こった後のことだった。
 彼らが今アマデウスの能力越しに言葉を交わした王子 太陽。彼が既にかぐや姫の能力によって幻覚を見せられていた事実を、二人はまだ知らない。

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