複雑・ファジー小説

守護神アクセス
日時: 2018/09/18 20:18
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM  (dami-dayo@docomo.ne.jp

更新再開しました。


異能バトルはいいぞ(黙れ)

この名前、見たことがあるあなたはきっと昔からいるお方。まあ知り合いや読者は少なかったのですがね!
違う名前を使うようになったのですが、ゴリゴリとドンパチするような異能ファンタジー書くので、形から入るために名前を戻しました。

以下目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109

▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

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Re: 守護神アクセス ( No.105 )
日時: 2018/09/05 01:30
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM

「どっちでもいいってあんた、何適当なこと……」
「待ってくれ。そこで終わったら確かにろくでもねえ答えだけどまだ続きがあるんだ」
「は? ろくでなしって分かっててよく言えたもんすねあんた!」

 額を硝子の板に押し付け、犬歯をぎらつかせながら、赤ずきんは吠えた。王子の言葉にこれ以上耳を傾けようともせず、眉間に強く力をこめて、二本の眉で谷を形成するようにして。厚い透明な隔壁越しでも、その声の圧が届く。びりびりと、手先が痺れるような感覚を覚えるほどに。
 流石は最恐とまで言わしめたフェアリーテイル。個人での実力はシンデレラに譲れども、彼女もまた立ちはだかれば強大な壁。いざ立ちはだかれば多くの命を簡単に薙ぎ払う、その印象が植え付けた恐怖の種が、腹の奥の方で呼応しているようだった。もう、恐れるような悪人でもないというのに、以前殺されかけた記憶が蘇り、ひゅっと背筋が冷たくなる。

「カレット、話を聞いてあげて」
「セイラも何言ってんすか。今の言葉ちゃんと聞いてたんすか、こいつあろうことかどうでもいいって言ったんすよ」
「そんな事言ってない。どちらでも構わないって事よ」
「つまりどっちでもいいんじゃないすか、適当過ぎっすよこの男」
「王子くんはそんな人じゃない」
「ほだされないで欲しいもんすね、ちったぁセイラも現実を見て」
「現実を見るのは貴女の方よ」

 息を巻く少女であったが、不意の尖り声に喉を詰まらせた。あっ、と声になるかならないか、その狭間の吐息を漏らして、同時に怒りの朱色が頬から引いていく。虎の尾を踏んでしまった。それに気が付くには些か遅すぎた。
 目にするのはあまりに珍しい。黄金の瞳が鈍く瞬いていた。いつも優しく包み込んでくれる、春の日差しのような眼光だと言うに。真夏の日差しのようにぎらぎらと照り付けてくるのに、秋の終わり、木枯らしのような寒気を覚えた。

「話を聞きなさい。まだ続きがあると言われたでしょう」
「けど……」
「返事は?」
「分かりました」
「他に言うことは?」

 言い訳がましく主張しようとも、すぐさま続く言葉を遮られる。しゅんとして、小さく背を丸めた彼女は引き下がり、親友である人魚の様子を窺った。まだ、金色の双眸は、淀んだ怒気を孕んでいる。
 他に言う事、と促されてもすぐには思いつかなかった。当惑しながら首を傾げるも、より一層セイラの表情は強張っていく。怒るとしたら自分云々というよりも、他人への振る舞いに関しての事だろう。彼女の性格上、怒るとしたらそこ以外に考えられない。
 とすれば今は、彼女の隣に座る少年に対してのものだろう。仕方が無いから、渋々、誰が見てもそれが伝わる態度で彼女は謝辞を述べた。むくれ面が見えないようにそっぽを向いて。少女が不満げに頬を膨らます表情は、真っ赤な頭巾に隠れて見えなかった。

「話遮って悪かったっすよ。続けてください」
「よくできました」

 辛うじて、柔らかくなった鈴の音に、ホッと胸を撫でおろした。セイラが怒るようなことはめったに無い。それでも、彼女を一度怒らせたとなると厄介だ。何せ大概の場合、セイラは間違った者と対立するようにしてその激情を露わにするのだから。
 もう大丈夫かな。そう判断した少年は、ほとんど目にしないパートナーの怒り姿を新鮮に想いつつも、一旦閉じていた口を再び開いた。

「俺は、セイラがどっちを選んでも構わないと思ってる。ちゃんと自分で考えて、悔いのない決断ができたんだとしたら」

 何よりも大切なことは、後から悔やまないことだ。あの時、ああしていれば。そう思う余地も無い程悩んで、考え抜いて、あれだけ考えてこちらがいいと決めた結論であれば、将来辛く苦しく感じた時にも納得できるだろうから。

「赤ずきんの言ってることは分かる。俺が死んだら、ずっとこっちで一人ぼっちだって。白雪姫が言う通り、それでもこちらに残るべきなのかもしれない。けどそれは多分、俺らがごちゃごちゃ押し付けていいものじゃないんだ。例えそのいずれかが、明らかに不幸な道だったとしても」

 セイラの意志は誰の者でもない、強いてあげるならば彼女自身のものだ。であれば、こちらの方が良いだとか、あちらの道の方がより幸福だなどと指示するのは間違っている。誰かが命令した通り従っても、後になってきっと不満は出てくるだろう。そんな時、今自分が歩いているレールを敷いたのが他人であれば、ふと思ってしまうことだろう。
『ああ、やっぱりあの時、ああしていれば良かったんじゃないか』と。
 そう思ってしまわないように。未来の彼女がかつての選択を後悔しないために。最も大切にするべきなのは、誰と一緒に過ごすかを決めることではない。

「俺は今までさ、選択肢がない人生だったんだよ。なりたい未来へ続く橋が無かったんだ。だからこそ思うんだよ、どっちに進むか悩むことが何より大切なんじゃないかって」

 思えば、これは自分の経験だけではない。生まれながらにして、最前線での戦闘を宿命づけられた友人の姿を思い浮かべる。本人は、野蛮で物騒なことなど何も望んでいないと言うのに、敵対した者のみならず、万人からあらゆるものを奪い取るよう操られていた少年。
 彼もまた、選択肢の無い、他人に引かれたレールばかり歩まされていた。そしてどうなった事だろう。不調や故障に気が付かないまま、いつしか脱線してしまった。真凜という優秀な整備士が居なければ、廃車になってしまっていた程派手に。

「どちらの道が幸福なのか、どっちを選ぶべきかなんてそんなに大事なことじゃないってのはそういう事なんだ。一番護るべき意志は、セイラ自身が自分の選択は幸せだったと、ずっと信じていられるかどうか。あの日選んだ答えは間違いじゃないって言えるよう、“どんな風に選ぶか”なんだよ」

 だから自分は何も言わない。その選択に、他者の願望が入り混じってしまわないように。その期待は、願いは、きっといつかノイズになってしまう。

「俺も、今後セイラがそっちとこっちを行き来できなくなるってさっき知ったばかりだ。まだ困惑してる。何て声をかけていいのかよく分かってないし、焦らなくていいよ、って問題を先延ばしにしてるようなことしか伝えられてない」

 そんな折に思い出したのは、何よりもまず自分の家族たちの事だった。人魚姫という守護神といつしか契約していた彼に、家族は揃って目を丸くした。勝手な事をしてと怒ろうとした父と兄の怒りも、見ることができた。それでも、二人とも怒ろうとしなかった。能天気な母親だけがよかったわねと手放しで喜んでくれて。
 そしてそのまま、自分で選ばせてくれた。危ないから下がっていろと喉仏まで押し寄せてきた言葉を取り下げた。心配で、不安で、できることなら危険な場所に来てほしくないというのは、眉尻の微妙な皺で簡単に察せられた。それを伝えようにも、伝えられないもどかしさも含めて。
 なぜなら全員、知っていたからだ。残酷な現実に、幾度となく声を殺し彼が涙した現実を。
 それを暴露した日までに王子は、とっくに何度も死地を越えていた。特に最大の死地は、その日直面していた桃太郎との対面であったが。一度目と違い、契約者を得た桃太郎相手に、二度も殺されかけて、その度に助けられた。まずは真凜、二度目は知君。
 それを乗り越えてなおも、立ち上がると決めた王子に、否定的な声をかける家族は一人としていなかった。

「だから俺は黙って待つよ。確かにこれはセイラにとっては少し酷かもしれない。この辛い悩みを、誰の意見を聞くことも無く、死ぬほど悩んで。悩んで苦しんで悩み抜いた上で、自分一人で決めろって言ってるんだから。でも、自分で決めなくちゃ駄目なんだよ」

 惚れた腫れたではない。自分が誰かの役に立って悦に浸りたいだけではない。彼が彼女のために努力する理由は、初めからずっと自分のためだった。自己満足であって、自己陶酔ではない。彼はずっと証明したかった。不幸の星の下に生まれたような自分達でも、幸せになれると。哀れで可哀想でも無く、望みや夢を叶えられると。
 人魚姫をハッピーエンドにする。それを通じて、自分の願いだって叶えられると、証明したかったからだ。
 彼女に幸福な結末を迎えさせてあげたい。迎えさせる。してみせる。あの日の欲求は、いつしか願掛けのようになり、自分独りの中で誓いとなって、今となっては約束となっていた。

「俺は、そう言いたかったんだ。納得してもらえたか?」
「ふん、ま、及第点ぐらいじゃないすかね」

 頭巾を目深に被りなおす。適当なこと言いやがってと早とちりした自分が、ひどく幼稚だったからだ。羞恥で顔がやけに熱い。それを認めるのも見られるのも屈辱的で、咄嗟に顔をより一層隠してしまった。僅かでもその敗北感にも似た劣情を隠すように、ふんぞり返った言葉で一先ずは王子を認めることとした。
 その強がりが可愛らしくて、隣に座す白雪姫はくつくつと声を漏らしながら肩を震わせていた。

「では、私がセイラに残るよう勧めたのも、お節介だったようですね」
「そういう訳じゃ……とは言いたいけど、まあそうなるか」
「ほんと、セイラはいい人を見つけましたこと」

 そこからほんの少し談笑を続けたあたりでのことだった。面会時間の終わりを告げるアナウンスがスピーカーから流され、席を立つよう促される。そのままの姿では歩きにくいだろうと、王子はセイラの手を取った。その意を汲んだ彼女も、すぐに呼吸を彼と合わせる。
 守護神アクセス、そう揃って口にすると、セイラの姿はたちまち空に溶けるように消えてしまった。目にできるのは今や、契約者の王子只一人。

「じゃあな、二人とも。今日はわざわざ有難うな」
「いいえ。むしろ急な呼びかけに応じていただき、礼を述べるならこちらでしてよ」
 ほらカレットと、また少しいじけた様子の少女を急き立てる。
「分かってるっすよ」
 そんな風にぶっきらぼうな口ぶりで、王子をまたじろりと弱く睨んだ。
「……不幸にさせたりなんかしたら、絶対許さないっすよ。よく覚えてろよおたんこなす、ばーかばーか」
「はあ……また貴女はそうやって子供のような事を……」

 名残惜しく親友の消えた空間を見つめなおし、俯いた。きっとその表情を見られたくなど無かったのだろう。足元ばかり穴が開くほど凝視しているかのような彼女の背を、白雪姫の真っ白な手がそっと撫でた。
 そのまま王子が部屋を出て、扉を閉めるその時まで、ついぞ彼女が顔を上げることは無かった。新しい建物だけあって、軋むようなことも無く。ただ閉じるときにドアのラッチが首をすぼめては、また飛び出す音だけがカチャリと一言漏らす。
 残る二人も早いところ自室へと戻るように、係員から促される。赤ずきんが落ち着くまで待ってもらえないかと白雪姫はカメラに向かって尋ねた。万一自分たちが暴れたりしないよう、ここでの会話は聞かれているし、様子も見られている。
 なるべく急ぐようにと、寛容な答えが返ってきた。謝意を口にするようなことは無く、代わりにただ浅く腰を折ってお辞儀をした。姿勢を戻すと、そのまま赤ずきんの傍に再度寄り添って、頭巾ごしに頭を撫でてやる。
 よく堪えたわねと、口には出さずにただ優しくその輪郭をなぞる。力のこもらない小さな掌が、ノイトのドレスの袖口を掴んだ。子供っぽくて、暖かそうな、赤い掌はまるで秋口の紅葉のように映った。

「何であんな事言ったんすかノイトは」
「セイラは残るべき、という事かしら」
「それ以外に何があるんすか」

 雫が一つ、二つ。床に滲むように広がった。落ちて放射状に広がった雫の跡は、何かが潰れたシルエットとよく似ていた。

「貴女と同じ。私は私なりに、彼女の幸福を考えたつもりでしてよ」
「でも……それでも何で、何でノイトは……」

 上手く言葉が紡げない。嗚咽に塗りつぶされてしまい、想いは上手く伝達できそうになかったというのに。言うまでも無く、その意思は元来白雪姫の胸中にも根付いているものであった。
 心にぽっかりと穴が空いてしまいそうなのは、何もカレット一人だけではなかった。その空白を埋めるように、ノイトも小柄な乙女を抱き留めた。純白のドレスに顔をうずめて、真紅の瞳からは水晶の雨のように寂寥が滴り落ちた。
 瞼から零れることなく、眼球の傍に涙液が溜まっている様子は、虹彩の色が透けているせいか血涙によく似ていた。

「私だって、セイラと離れたくないと思っていますわ」

 涙を見せるのは、一人でいいだろう。脆い彼女を支える自分ぐらい、気丈に笑っていなければならない。
 取っておこう、この喪失感は。いずれ、本当に別れが来たその時のために。
 できる事ならば、そんな日が来ないことを願って。

Re: 守護神アクセス ( No.106 )
日時: 2018/09/12 17:21
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM


 王子が彼女らに呼びだしを受けたのと同刻、知君達も琴割に招集を受けていた。初めは知君一人で構わないと考えていたのだが、奏白達は信頼するに値する。既に、知君がELEVENという機密さえ知ってしまっているのだから、これ以上隠し事を重ねる必要性も無い。無闇に人に語るどころか、信頼できる相手にも沈黙を守ってもらえることだろう。
 琴割の部屋に呼びだしを受けたのは、奏白にとっては三か月近く前に一度のみ。真凜にとっては初めての体験だ。元々あまり上の人間に呼び出されてもあまり緊張しない奏白だが、彼とは違って妹の方はというと、少し体が固くなっていた。
 たまに忘れてしまいそうにもなるが、無理も無い。奏白は真凜の、ぎこちない態度を見ても別段驚きはしなかった。もはや戦力として無くてはならない彼女ではあるが、それでもまだ警察内部に入ってまだ半年弱。社会に出たばかりの新人もいいところだ。
 大企業の平社員が、伝手とはいえそれほど面識がある訳でない社長に呼び出されるとすると、かなり異例の状況だと言えるだろう。
 呼びだされた理由は分かるやろ。モニターの電源をオンにしつつ、白髪の男は問いかけた。わざわざ映写するものを用意しているのだから、録画された映像を見るに違いない。となれば、先ほど名の上がった、シンデレラの契約者からのメッセージと考えて間違いないだろう。
 シンデレラの契約者の名は、世間的に開示されていない。というのも理由があった。ただでさえ混乱した世の中において、これ以上不安要素を加えてやる訳にいかなかったためだ。此度の騒動を表に立って主導する者が、世界的に著名な人物であったなら、その衝撃はさらに大きい。
 所詮は見知らぬ誰かだからこそ、一般的な殺人鬼には純粋な嫌悪が募る。第一印象が咎人で固定されるためだ。そのフィルターを通して人物を眺めるために、時に憎悪を純真に込められる。この者は、罪を犯した人間だから、否定しても構わないと。
 奏白にはまだ伝えられていない。伝える暇が無かったためだ。しかし、真凜と知君は病室において予め知らされていた。シンデレラの契約者は、星羅 ソフィア。世界的に活躍している歌手の一人。いや、その程度の言葉では物足りない。つい先日復帰したばかりの、現代において最も待ち望まれている、歌姫だ。
 彼女は一年前に活動を停止するまで、母親が日本人ということもあり、親日派のシンガーとして名をはせていた。他国と比べれば、他の歌手と比べれば日本公演の数も多く、本人の言語も堪能だ。災害が起きればチャリティイベントも行い、プライベートで家族旅行にも訪れる程。
 そんな人間が、日本を隅々まで磨り潰そうとしている、実際に東京を半壊させた一連の事件の主犯であると発表するのはあまりに恐ろしかった。行き過ぎたファンさえ通り越し、信者と呼ぶに値する人間が暴動を起こす可能性もある。警察の情報は出鱈目だ、マスコミが偽の情報を流していると。
 世間についたイメージも、さらには悪い方向に働く可能性もある。これまであれだけ日本を愛してくれた彼女がそんな事するだなんて、彼女が憎む人間がいるに違いない。その人間こそが真に今回事件を引き起こした人間であると。そういった風評が流れないとも限らない。
 事実彼女は、男が正義か悪かはさておいて、琴割への憎しみで動いている事は届いた映像からして明白であった。この部屋の中で唯一先に目を通していた琴割は、それを見越して外部に一切の情報を漏らさなかったのである。

「あの歌姫が、シンデレラの契約者? おい知君、それってマジなのかよ」
「本当です。……ですが、彼女が契約したのはフェアリーテイル事件が起きて以降の話だと思われます」
「ま、確かに前から似てるって言われてたけどよ……。それなら、いつ契約したって言うんだ?」
「それは分かりません。あくまで僕はその事を、ネロルキウスの能力で推察しているだけですので」

 ネロルキウスの能力は、形勢の特質を有しているシンデレラの通用しない。その延長で、傾城であるシンデレラにまつわる情報を仕入れることもできない。故に、彼女がいつ頃契約したのか、契約したとしたらその相手が誰であるのか、調べることなど不可能、という訳である。
 ならばなぜ、彼女が契約者となったのが事件が起こって以降と断言できたのか、それは王子達の影響に他ならない。人魚姫に関する情報は仕入れられる。そのため、人魚姫が『世界で初めて守護神アクセスを行ったフェアリーガーデンの守護神である』という情報を知っている以上、シンデレラ達が契約したのはそれ以降ということになる。

「そして、アリスと戦った際に、僕の脳裏にちゃんとソフィアさんの情報は入ってきました。例の歌姫が一年ぶりに活動を再開するという情報です。当時日本に入国したばかりの日付で、何人かの対策課外の人間が警備に当たっていると聞いていたせいか、その情報は強く頭に残っています」

 もしあの瞬間、既に契約を結んでいたとすれば、そんな情報は飛び込んでこない。そもそもアリスとの交戦時においては、王子達すら契約していないため、それよりさらに後になるだろう。すなわち、現世にシンデレラが姿を見せてから一か月以上の後に、契約したと言う事実だけは間違いない。

「一時シンデレラが一か月以上、全く姿を見せていない時期がありました。あれはおそらく」
「まず、間違いなく契約者が海外におったからやろうな」
「同行していた可能性も高いですね。守護神アクセスを重ねていないと、接続許容時間は伸びにくいので」
「星羅がこないだ日本公演した日、日付が変わる直前にシンデレラの襲撃があったはずや。そん時もしかしたら既に契約しとった可能性もあるか」

 むしろそのタイミングを逃せば、他には無いのだろう。あの日確かに、普段よりもシンデレラの撤退はずっと早かった。十一時を超えてから現れたと言うのに、いつものように十二時直前ではなく、十分以上も余裕を残して去っていった。
 あれが、気まぐれではなく守護神アクセスの許容時間限界に関係していたとすれば、そうとしか考えられない。

「……でしたら総監。わざわざ私達をここに呼んだとなると、その映像を見ればよいのでしょうか」
「せや。そうでも無かったら呼んどらんわ」

 届いた映像を公開できない理由は他にもまだある。映る彼女が発する言葉のせいだ。彼女は、一年越しの怨恨を、腐ることなくより濃く煮詰めて、琴割にぶつけていた。目にすれば、彼女の怒りに共感する人間も少なくは無いだろう。むしろ琴割が悪だと断じる者もいない。
 警察という正義がフェアリーテイルという暴漢達を諫める構図が、武力で弾圧する琴割に対する、一人の少女の復讐劇に変わりかねない。被害者である自分達日本人であれば、そのような感傷に囚われることは無いだろうが、決して自国の出来事でない面々にとっては、琴割という男がたちまち弾圧者に早変わりしてしまう懸念がある。
 しかし、星羅ソフィアというのは強い意志を持っていた。目的を違えることなど無かった。あくまでも彼女は、琴割を貶めるのではなく、琴割への復讐を果たすことを目的としている。彼の信じる正義の破壊。平穏の落日。それは、彼を権力者の立場から引きずり落とす事とは異なる。
 むしろ、そのまま天に居続けてくれた方が好都合だ。彼を引きずり下ろすだけでは、また昇りつめてしまう可能性が高い。多くの人々と違い、琴割の生は無限に等しい。ここで彼一人どん底へと叩き落しても、ソフィアの死後に再び覇権を取りかねない。
 彼女の復讐は、琴割が最高権力者であるまま、作り上げた平和の概念を叩き壊すところにあるのだから。その失態は、終わり無い琴割の生に穿つ楔だ。完璧でなくてはならない、ELEVENの契約者としての軌跡。その中に拭い去ることのできない汚点を刻み付ける。
 彼は、一度自分の家族を取りこぼしてしまった、それゆえに完璧主義者だ。自身の失敗など到底許せない、認めようともしない。それは知君に対して取り続けてきた態度も裏付けていることだ。その態度が間違っていたと諭すのに、一体幾人の労力を割いたことだろうか。

「知君の身の上話を聞いた時にも、儂への不信は募ったじゃろうが、今回もまた募るかもしれん。けどな、儂を怨むんは一旦後回しや。この事件の主犯の理屈を知る。目的、そして手段を。そして日の本を護るんがまずは最優先や」

 当然ですと、真凜は頷いた。かつて、アレキサンダーの契約者、壊死谷を検挙するまで見当違いに囚われていた彼女だからこそ、強くその言葉に同意した。面子に囚われて目的を履き違えてしまうのは愚者の行い。そのように過日の己を恥じ、戒めていた。
 彼女の知君への認識が大きく変化したあの日まで、彼女は自分の在り方というものが不安定だった。心の奥底では護りたい誰かの平穏を願っていたのに、それを叶えられているか否かという、自分の見栄ばかり尊重していた。その後も、取るべき態度のずれは付きまとった。警察の外部、一般人の延長の知君に無理をさせたくないと願い、遠ざけ続けた。
 認めて褒めてあげることが、一番喜ばせられる選択であったのに。無理にでも休ませてあげようと、負担を減らしてやろうと奮起したのが、余計に彼を傷つけていた。意地を張って、声をかけずにい続けたせいで。
 だからこそ、もうこれからは、見据えるべき一番の目標を定め間違える訳にはいかないのだ。もし何か、悲しい理由があったとして、同情も憐憫も後回しだ。琴割への場違いな憤慨も当然脇に避けるべきだ。たとえ彼自身が、初めからそのメッセージを理由に、琴割 月光という男への敵意を煽られる可能性があると宣告するほどであろうが、今考えることはそうではない。
 この大規模なテロ行為を、まずは終わらせる。市民にとっての安全こそ、何より優先して然るべき、最も尊いものであるのだ。
 モニターのスイッチが入れられる。音も無く、暗かった液晶が無数の色に彩られた。映し出されたのは、東洋人に近い顔立ちながらも、色白の肌に彫りの深い顔を持つ麗人。明るいブラウンのヘアと人魚姫に程近い黄金の瞳を持つ女。星羅 ソフィア、世界の歌姫と呼ばれ、その名を知らぬ者の方が少ないだろうと言わしめる程の人物。真凜よりもなお年下だというのに、歌唱界においては現代世界一と讃えられる。
 ホテルの一室、高級そうな椅子に座っている姿を見ていると、ライブDVDの特典映像か何かを思い起こさせる。そう言った女性なのだ、このソフィアという者は。何気なく、敵意を剥き出しにしてカメラと向き合っていると言うのに、人を虜にするような魅力を備えている。
 彼女と同じ血を引いているとは、知君には到底思えなかった。ネロルキウスを呼びだした時であればこれだけの覇気を自分も帯びているのかもしれない。しかし、自分一人だけでこれだけの凄みとも呼べる威圧感を纏えるかと問われても、不可能に思えた。
 これはきっと、聴衆の前で威風堂々と歌い続けてきた彼女の気迫。誰に対しても臆せず、怯むことの無い凛とした佇まい。きっと、各国の著名人と顔を合わせるような機会も多かったのだろう。音楽の世界、その頂点を走る一人として、若いながらもその態度を示さねばならなかった彼女は、貫禄にも似た沈着さを得ているように見えた。
 母親が同じというのであれば、これは父親の違いからくるものだろうか。そう考えども、すぐに自分で否定する。これはきっと、信念の違いだ。教育環境の違いに他ならない。彼女はその類稀なる才能から、自分の存在価値というものを評価され続けてきた。
 しかし知君はそれと正反対だ。才能を無理やり持たされた。その上でしたくもない努力を強要された。結果として失敗してしまい、それゆえに努力も生きる意味も否定されてしまった。彼は、自他共に価値を認められない道化に過ぎなかった。
 その自信が、眼光に宿っているだけだ。ラメの目立つ薄桃色のルージュの隙間から、言葉が漏れた。初めまして、そう述べただけのはずなのに。声だけで意識を鷲掴みにされたような心地だった。誰かの声によく似ている。そう思った時、ふと思い浮かんだのはソフィアと同じ黄金の瞳を持った、幻想の国の緑髪の乙女の後ろ姿。級友である彼と、手を繋ぐ後ろ姿。

「初めまして、名前も知らない弟君。そして久しぶりね、月光」

 関心を奪われた。だからこそ、続く言葉が重く染み入った。久しぶり、そう語る彼女の声音には、強い憎悪が灯っていた。掴まれた心の中に、あまりに強く燃え盛るどす黒い負の感情を直接注ぎ込まれる。目を耳を、意識の全てを画面に映し出された彼女に向けていたせいで、隠すことの無い憎しみが、音も無く蔓のように絡みつく。
 決してこれは守護神の能力でも何でもない。だからこそ知君にも強く響いた。気づけば、その激しすぎる情動に中てられ、視線を逸らす事さえもできなくなっていた。
 執念というものはいつの時代も、ただでさえ強い想いをより濃縮させて取り返しのつかないものへ変えてしまう。もはや収集も、引っ込みもつかない。昂り続けた熱を捨てる場所がないために。溶かし続けた時間を思うとやりきれなくなるために。
 初めは怒りのみが彼女を突き動かしていた。必ずや母の仇に復讐してやると、泣き崩れるのをやめて立ち上がった。しかし今となっては、点し続けてきた復讐の業火を、絶やさない事だけを義務のように感じていた。薪のようにくべ続けてきたこれまでの時を、悲しみを無為にしてしまわないための責任だけで今や立っている。
 妄執が、琴割を殺せと呻いていた。

「貴方が頑なに首を縦に振らなかったせいで母は死んだわ。必要な時には利用しておいて、私の弟をも監禁して。貴方は、この私から家族を奪い取って、変わらない澄まし顔で平和の象徴然としている。許せない。貴方の勝手な取り決めを護ったせいで、母は死んでしまったのに。貴方だけ堂々と例外的に生き延び続けているだなんて」

 琴割のせいで彼女の母親、ひいては知君を産んだ際の卵子の提供者が死んだ。ソフィアの告げた事実にその場に居合わせた面々が目を丸くした。世間的には、彼女の母は病魔に冒されて死んだとされている。その認識と、彼女の告白から受ける印象があまりにかけ離れていた。
 しかし、脈絡の無さそうな二つの事実は、共に真実であった。真実はいつも一つしか無いと、多くの名探偵は語るだろう。今回においても当然真実など一つしか無い。ただそれは、見方を変えるだけで複数の解釈が生まれるというだけの話だ。
 彼女の母、朱鷺子は不治の病を患っていた。科学的な治療は不可能。唯一治せる可能性があるとすれば、ELEVEN、ナイチンゲールの能力のみだ。
 しかしそれは、琴割の定めた条例に反する。ELEVENの力は、私的に、個人規模で行使してはならない。大規模なテロ活動において、数万人規模の負傷者が出た時ならば、おそらくナイチンゲールの能力行使権は認められる。しかし、例え一国の統率者であったとしても、一人の病人だけを治癒する目的で許可を降ろすことはできない。
 これを決めたのは琴割だ。たとえ彼以外の各国首脳が星羅朱鷺子の病巣を取り除くのに許可を降ろして欲しいとの要請に、頑として首を縦に振らなかったとしても。琴割が定めたこの規約さえなければ、そんな事ばかり考えてしまう。
 彼一人だけが、自分の能力で老いと死を拒んでいることも原因に他ならない。他全ての者が、守護神にさえ縋ってしまえば大半の望みを叶えられるというのに、禁じられている。そんな中、規則を整備した男だけが我が物顔で力を振りかざしていたら。それはまさしく憎悪の対象となって然るべきだ。

「七十二億人が認めたとして、私だけは許してあげない。ねえ、弟君。君もそう思ってくれたりはしないかしら」

 画面の中、まだ見ぬ肉親に想いを馳せて、彼女は寂し気に目を細めてみせた。

Re: 守護神アクセス ( No.107 )
日時: 2018/09/17 21:56
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM

「貴方の名前は知らないけれど、私と同じ母を持つ子供が日本にいることはダディから聞いてるわ」

 ソフィアが二歳の頃、とある訳あって星羅朱鷺子は卵子を提供するように琴割から依頼された。彼女が選ばれた理由は大きく挙げて二つ、一つは遺伝子の都合上、もう一つは人柄の都合上だ。前者は確実に必要な条件であり、後者は迷信めいたもの。最上人の界に住む守護神と契約する運命にある人間の中で、心根の優しい人間を選んだのだ。
 ネロルキウスの契約者を生み出す以上、求められる遺伝子は最上人の界をコードしていること。そして、あくまで性格は遺伝しないと分かっていながらも、できるだけ広い心を持った人間の遺伝子が欲しかった。琴割の性格は、当然それほど褒められたものでもない。ならばせめて母親ぐらい誇りに思える人間を選ぶべきだと思った、それだけだ。
 そして白羽の矢が立てられたのは、今更言うまでも無くソフィアの母。ソフィアだけではなく、母親からして才能ある人間であった。彼女は表舞台に立つ側ではない、むしろ裏方寄りの人間であった。若くして多くの賞を受けた、才能ある一人の映画監督だった。娘が生まれた時には、いつかこの子にも出演して欲しいと述べたエピソードが有名だ。結局それは叶わないまま終わってしまったのだが。
 彼女は戦争をモチーフにした重たい作品を取り扱ったこともあった。それはただスプラッタに走るのではなく、戦火で懸命に生きる農民たちの家族愛の話だった。彼女の作る作品には愛に満ちており、ハッピーエンドで終わることが共通していた。反戦を訴えたその作品が世界中で反響を呼んだこともあり、ノーベル平和賞にノミネートされた経験とてある。
 ただ、琴割が卵子提供を頼んだのはそれよりも昔の話。丁度彼女が新進気鋭の演出家として、才能という巨大な宝物、その氷山の一角を表した頃だ。己の守護神が誰であるのかを検索するシステムというのは完成しており、その機械の性能調査の実験の協力者の中に彼女が居た。そしてその実験を受けた人間の中で、唯一琴割が求めていた条件を満たしていた女性でもあった。当時の朱鷺子は経済的に余裕が無かったため、実験協力のアルバイトに協力していただけなのだが、それが縁となった。
 会ってみれば、人柄の良さもあって、ネロルキウスの手綱を握る人間の親に相応しいように思えた。元々体外受精、子宮外培養を前提にしていたため、彼女が既婚者である事実は問題では無かった。

「それにしても、よく断られなかったものですね」
「いやいや、んなもん断れる訳ねえだろ」

 その申し出をすんなりと相手が受け入れた口ぶりに、いささか怪訝そうにしていた真凜であるが、その様子に奏白は嘆息した。ここまで琴割を見てきて、よくもそんな発想に至ったものだと呆れかえる。間抜けた吐息を一つ漏らして、真凜は何を琴割が施したのかを納得した。

「ジャンヌダルクの能力ですね」
「せや。そら今まで儂の部下やってたら分かるやろ。自分の正義に反さない範囲やったら能力ぐらい使うわ」
「自分で、他のELEVENには守護神アクセスするなと言っておきながら……」

 今度は真凜の側が呆れかえる番だった。これなら確かに、あのソフィアが憤るのも無理は無いかとも思える。話を聞く限り、ナイチンゲールの能力さえ使ってもらえれば、彼女の母は今も存命で、こんな騒動も起こっていなかった。しかし、彼は自分の定めた規約に反するからと、例外を認めなかった。その琴割が自分では能力を私用していると知れば、憎悪は募るのもなるべくして起こったことと思えてくる。

「いや、一応正確には反してないんですよ……。琴割さんが定めたのは、『ELEVENの私的なphoneの使用を禁ずる』という内容ですので……。琴割さんは端末無しでジャンヌダルクを呼べますから」
「ガキ大将の理屈じゃねえか」
「条約なんてそんなもんや。大体吹っ掛けた方が有利に立つように出来上がっとる」

 それでも、あまり他国から厳しい目を使われないよう、彼自身ジャンヌダルクの能力行使は最低限かそれ以下に抑えていた。本来であれば、白雪姫や赤ずきん自身、彼が対応すべき大厄災であったように思える。彼がこの条約を定めてから、いくつもの地震や竜巻という、災害さえも受け入れてきた。
 そうやって己を律してこそ、他人への無茶が押し通ると言うもの。事実彼が己の力を濫用しないだけあって、他のELEVENのほとんど全員も、自分の持つ能力とは軽はずみに使用してはいけないものだと理解していた。

「しかもこれを結んだ当時、各国首脳にELEVENは一人としていなかったからな」
「せやな。あの頃裏で好き勝手シェヘラザードを酷使してたロバートも、当時はまだ有力議員止まり。途中からはその身一つで票数稼ぎをせなあかんかったろうに、実際大統領選挙を勝ち抜いたんは本人にもそんな悪うないカリスマ性があったからじゃろうな」

 今となっては、先進国の大統領に、たった一人だけELEVENが紛れ込んでいる。今回のフェアリーテイル事件の関連者を統率する女王。その契約者であるロバートは、ELEVENであり一国の顔である。そこまで登り詰めたのは、ほぼほぼその守護神の力と見て間違えようがない。ある年までは無名な秘書止まりだった彼だが、守護神と契約をしてからは異例の速さで議員となり、次期大統領候補という地位にまで手をかけた。
 このような輩が野心だけで国を動かせる立場についてはならない。そう判断したのも、琴割がELEVENの能力の使用に制限をかけた理由の一つだ。悲しいかな、皮肉にもラックハッカーの能力行使を拒む一番の理由とは、際限なく欲望に忠実に守護神の能力を行使し続けたせいであった。
 とはいえ、最終的に当選したのは彼自身の実力である。おそらくは、せっかくここまで登り詰めたのだからという執念が背中を押したのであろう。実際、ひいき目無しに見ても彼の最終演説は、かつての人望ある大統領に匹敵するほどに堂々とした姿で映っていた。

「ロバートはそのまま何期も大統領を続けとる。最近じゃその地位に満足したからかあんま言うてはこんけど、それまでは能力を自由に使わせろと、まあ五月蠅く吹っ掛けてきたもんじゃ」

 特に、今俎上にあがっているソフィアの母に関する要請の時もそうだ。ナイチンゲールの能力を使ってやるべきだと彼は主張していた。しかし、頑として、他の国のトップはその声に賛同しようとはしなかった。簡単だ、前例を作ってしまえばすぐにこの条約は形だけのものになってしまう。有名人の親だからと特別扱いしては、実質的に国を動かしている大衆の側が不公平だと暴動を起こすことだろう。
 一度ナイチンゲールの能力を、重病人一人を治療するために使ってしまえば、今度は自分も直してくれと言い出す人間が世界中で現れる。医学が発達したとは言っても、それはまだ全ての病気の機序を解明するに至っていない。治せない病も数多く残っている。そんな中、守護神の能力に頼ってしまえば、問題が珠積みになるのは明らかだ。
 まず第一に、その力で治癒される人間をどう篩い分けるかについて。第二に、契約者である人間が、寝る間も惜しまず守護神アクセスし続けなくてはならず、病人のためとはいえその契約者の人権を確保できなくなる可能性について。そして第三に、そんな事をし始めればこれ以上医学が進展しなくなると言う由々しき事態を引き起こさないためだ。
 ある特定の守護神に頼りきりの社会ができあがってしまえば、今の契約者が死に、次代の契約者が現れなかった際に不都合が生じる。現れたとしても、向こう十年以上はその者に情操教育を施すための時間が必要だろう。それだけではない、生まれてきた該当者が悪人だった時、簡単に世の中の平衡が傾いてしまう。
 今の世の中は守護神によって支えられ、発展し、回っている。それは否定のしようの事実であるが、同時にそのまま受け入れていい事実でもない。人間はあくまで、人間の力でこの世の中をより洗練された姿へと研鑽していく必要があるのだ。
 なればこそだ、琴割の定めた条約を今更覆そうとする者が少ないのは。者によっては琴割の主張を否定しようと知識を蓄えるが、有識者となった途端に察してしまう。実際、この取り決めが無くなった際、最悪に加速しつづければどのような結末を辿るのか。
 そしてその最期の歯止めとなる人間として、琴割という男が必要なのだ。老いることも朽ちることも死ぬことも消えることもない象徴が。彼がいなくてはならないと、誰もが認めているのだから。

「厳しい話やとは思う。非人道的と後ろ指指す奴の気持ちも理解できる。けどな、理解できてもほだされたらあかんかってん。ほだされへんからこそここに儂がい続けられる訳やけどな」
「そうですね……昨年、学生に過ぎなかった私も、ひどい話だと思っていましたが……今となっては、認められなかった理屈も分かります」
「まあな。こうやって守護神の恐ろしさを理解してへんとそんな事思えへんしなあ」

 日々、異能力を用いた犯罪に対応する捜査官となったからこそ真凜は理解できるようになった。馬鹿と鋏は使いよう。武器にもなる守護神の能力というのはまさに鋏に他ならない。適切な運用を心がければ、誰もが幸福になるものだと信じて疑っていなかった。しかし、今の世の中で、それが如何ほどに難しいことか。
 強すぎる力を持って、驕らない人間の方がよほど少ない。自分とて、これまでの人生で何か一つでも道を踏み外していれば、このメルリヌスの能力を賭博に用いようとしたものだろう。
 その、使いようを、適切に用いない者はごまんといる。最大利益を生む使い方ではあるのだが、道理に反する使い道。それを取る者があまりにも多いものだから、規制だらけの現代社会においても、真凜達捜査官の仕事は絶えない。
 むしろ、規制をより固め、抜け道を塞ごうとする度に増えているのではないかと錯覚するほどだ。それほどまでに、人の欲は尽きないものだ。琴割や知君が、道を踏み外していないことが、これ以上のない奇跡としか言いようがない。
 むしろ知君であれば、苛烈な教育のせいかと納得できる。しかし琴割という男は、自らの背景について語ろうとしない。それゆえ、なぜ彼がこうして正義の使徒として君臨するに至ったのかは本人しか知りようがない。何せかつての知人は皆、寿命でその命を失ってしまったのだから。
 彼らはそうやって、幸せな結末を辿れた事だろうから、琴割が思い出すことは少ない。失った者たちの中で、彼がわざわざ思い返そうとするような人間は、やはり事故で失ってしまった際し以外にはあり得ないのだから。
 あの時既に、ジャンヌダルクの能力を持っていればと、琴割すら願ってしまう。もしそうならば、ジャンヌダルクの能力で無理に延命して平和などという大それた理想を追い求めようとはしなかっただろう。
 そして、もしあの時救えたならば、彼は私利私欲でその力を用いたはずだ。誰から糾弾されようと、家族を優先したはずだ。しかし手遅れだった。ジャンヌダルクは過去において既に確定された事実は拒絶できない。歴史の改変ができる守護神は存在せず、居てはならないのだと言う。いかなる能力を以てしても、死と過去だけは絶対だ。
 話が長引きそうになったところで一時停止していた、ソフィアからのメッセージの視聴を再開した。

「貴方はそうやって、ずっと利用されたままでいいの? 貴方の母を見殺しにしたその男が憎くないの?」

 当時二歳だった彼女は琴割が何を目的に朱鷺子の遺伝子を欲しがったのかは知り得ない。唯一知っているとすれば父親ぐらいのものだ。そして彼には研究内容を他言する事は許されていない。そのため、知君が生み出された理由を知っているのは、彼女の父の身にとどまっていた。

「私は貴方が何を目的に生み出されたのかは知らない。それでも、琴割という人間がわざわざ作ったのなら、それは何か目的があるはず。いいえ、こういうべきかしら。何かしらの『用途』があるから作ったのよ」

 あの男は君を物としか見ていないわ。鼻を慣らし、吐き捨てるように彼女は告げた。それを耳にした奏白兄弟はどんな表情を作ったものか分からず顔を伏せ、当の知君はと言えば曖昧な苦笑を浮かべるばかり。琴割はと言えば笑うようなことも無く、真剣な表情のまま液晶の中の彼女の一投足に集中していた。

「そして貴方は利用されているだけ。いや、それだけならまだいいの。もし虐待されていたらと考えたら、気が気じゃなくなりそう」
「あはは……耳が痛くなっちゃいますね」

 もしも幼少期の躾がどのようなものであったか、彼女が聞けば卒倒するに違いない。これは伝えるに伝えられないなと冷や汗を浮かべた。

「ただ、私のしている事は単なる復讐よ。それはとうに理解しているわ。でも、それでも泣き寝入りなんてできない。私にこれ以上ない悲しみをくれたあの琴割に、何か復讐しなきゃ我慢できないの。もしかしたら、そもそもこの映像自体、隠蔽されて貴方に届けられていないのかもしれないわね。それならそれで構わない。琴割月光、お前の底の浅さが知れるだけ」

 もしこの言葉が貴方に届いているならば、どうか目を覚まして欲しい。それが彼女の望みだった。討つべき仇が誰であるのか、自分の声に耳を傾けて欲しい。君もきっと、あの男に憎むところがあるだろうから。だから、だから、だから。
 確かにそれは、冷静に言い含められれば頷いてしまいたくなる理屈だった。感情を語っているはずなのに、全ては自分の正当性を何とかして確保したいと主張する、言い訳に似た理論だ。因果が整然としており、琴割がまず悪くて、そして私達の復讐が正義であるべきだと。
 誰に言い訳しているのであろうか。言い訳の相手は、きっと自分ではない。それだけは簡単に理解できた。だとすれば、ソフィアが言い訳をしたい相手は誰なのだろうか。
 それはきっと、一人しかいない。彼女の行いを、どこかで見ているかもしれない人。彼女の歌声を、いつしか聴いているかもしれない人。その人の姿は目には見えず、触れることも出来ず、居ないかもしれなくて、居るかもしれない。会いたくても、会えず、もしかしたら見てくれているんじゃ、などと期待してしまう。この世界で彼女が最も、嫌われたくなくて仕方の無い大切な人だ。
 もしかしたらその人は、僕のことも見てくれていたりはしないだろうか。会ったことさえない、『その人』の姿を想起する。本当に彼女が映画監督だと言うのならば、ウェブページで検索をかければその顔も出てくることだろう。娘があれだけ美人なのだから、きっと美しい人なのだろうな。そんな気がしてならなかった。
 もう少し映像は続いたけれども、それ以上の情報と言えば、シンデレラが今月の十五日に攻め入ってくること、そしてそれが最後の戦いになろうということぐらいだった。

「……ソフィアさんには申し訳ありませんが、僕はもうこちらに立つと決めているんですよね」

 再生が終わった途端に、うずうずしていたとでも言いたげに、知君は我先にと口を開いた。沈黙が訪れるようなことも無く、ずっと話題に上がっていた彼のもとへ皆が視線を寄越すより先に、黙っていられないといった具合に、想いが口から溢れ出した。

「少し前までなら、揺らいでいたのかもしれません。揺らいで揺らいで、結果として琴割さんに逆らえないと言う理由だけでこちらに残っていたことでしょう。けれど今の僕は違います。いつも励ましてくれる奏白さんの事が、やっと友達になれた王子君の事が、色々ありましたけど僕の事をこの世界に作り出してくれた琴割さんの事が、それと……」

 ある人物に対して向き直り、僅かに目線を上げた。何分、彼女の方が目線が高いのだから仕方ない。時折冷淡ともとられかねない、切れ長の瞳を真っすぐ見据える。どうかしたのかしらと首を傾げた彼女の首の動きに合わせて、頭の後ろで束ねた髪も揺れていた。

「それと、初めて僕を認めてくれた真凜さんの事が、僕は大好きです。こっちの方が居心地がいいんですよね」

 ソフィアと真凜の語り方は少し似ていた。貴方と言うようにしているけれど、昂った時には君と呼びかけたり、そう言ったところも含めて。二人とも我の強そうな女性なのもあるのだろうかと推察する。
 ソフィアという人間は何度かテレビで見たからどういった人柄なのか知っている。中学校時代の王子の笑顔から受ける印象の変化にも気が付いた知君だ。そう言ったソフィアの態度が、有名人としての皮ではなく本心としての振る舞いであるとは分かっていた。
 本来であればとても優しくて、日本を愛している人。そんな人が憎悪にかられ、復讐に囚われて、大切なものを見失っているのはどうにも耐えがたい。
 だからこそ、彼女の側に立つ訳には行かなかった。何としてでも止める。それこそが生まれ変わった彼が、己の意志のみで自分の意見として下した、初めての決断だった。

Re: 守護神アクセス ( No.108 )
日時: 2018/09/18 20:17
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM


 時として、時間はあっという間に過ぎてしまう。そもそも、最後の戦いまでの期限が十日も無かった。もう、いくつ寝るとお正月だなんて騒ぎではない。気が付けば、年賀状も書かずしてクリスマスを終えてしまったぐらいに慌ただしい。ただ此度においては、それと比べることもできない程に陰惨としたものが近づいてきているのだが。
 王子はずっとテレビの画面を睨んでいた。朝七時、テレビを見ていると二か月前のことが思い出される。事件が初めに起こり、一か月経って初めてフェアリーテイルが検挙されたころ、報道番組では連日その武功を湛えるように、フェアリーテイル事件が取り上げられていた。
 八月には、事態も少しずつ鎮静化されていた事や、あまり人目を引くトピックと判断されなかったのか、交通事故と同じような扱いで前日の赤ずきんの犠牲者が伝えられる程度。確かに彼女の被害はあまりにも多く、都会に住む人々はいつ自分の目の前に現れるかと戦々恐々だったろうが、それでも結局確立としては交通事故に遭う方が高かっただろう。
 そんなフェアリーテイルの報道が、今になって再びマスコミに取り上げられるようになった原因は、一週間前に琴割が公表したとある情報であった。今月の十五日に、フェアリーテイル事件は必ず収束させる。今までいつ終わるとも明言されなかったこの未曽有の守護神によるテロ行為、それが期限付きで終わると宣告されたために、お茶の間は沸き立ったのだ。
 そもそも、赤ずきんが捕らえられたというだけで、充分世間を安心させるだけのニュースであった。十五日に終戦、という情報を出す以前に、赤ずきんがこれまで出した被害を振り返りながら、心底安堵した表情で検挙を述べるアナウンサーの顔つきには同意を隠し切れない。
 実際面と向かってみた時、クーニャン達以上の絶望感があった。そもそも、そのクーニャンが本気を出してなお勝てない相手という時点で、どちらを恐れるかなど明白なのだが、それでもあの時、桃太郎達によって刻まれた絶望は中々拭えない。

「本当に、ソフィアの名前は出ないんだな」

 リビングに、たった一人。それゆえ何ともなしに王子は極秘の情報を漏らした。残されたフェアリーテイルはたったの二体。そして彼女らは、指定した期日までは確実に動かないと宣言していた。今更そんな宣言をブラフにする必要も無いのだろう。これまでいくら労力を費やしても、捕え切れていないと言う事実が彼女らの自信に繋がっていた。
 そもそも、知君以外にかぐや姫に勘付いている者はおらず、その知君も赤ずきんから聞き出すまではその存在を確信できなかった。とすれば彼女らの余裕は侮っている訳では無い。正直無能と言われても仕方の無いこちらの陣営に対する、正当な評価だ。
 むしろ舐めているような態度をとってこそ、ソフィアの悲願は達成される。彼女の悲願は、当然琴割への復讐であり、その失脚だ。となれば、彼が抑止を振り切って、ジャンヌダルクの力を使わねばならぬ局面を作り出せばよい。
 全力を出さずしてなお、警察には抑えきれない。そのような状況を作り出せば、流石に琴割も出陣せざるを得ない。きっとそれは、国際連合の許可が下りるよりも先になってしまうだろう。
 そうなれば、彼は自分の定めた規則のせいで糾弾されること間違いなし。確かに失脚は心置きなく成功する。確かに開き直った彼ならば、その失脚さえも拒絶できるだろうが、琴割は完璧であること、完全であることを望む。自分が罰則を受けることなく、定めた条約が形骸化してしまうことを恐れるならばきっと、今の地位を放棄することも考えるだろう。
 だからこそ彼は、事件終息後のケアも考えて、星羅ソフィアの名を公表しなかった。ファンの数は当然億をも超える、一国の大統領よりも知名度がある可能性も否定できない歌姫。彼女がこんな事件を引き起こしたとなれば、ショックを受けるファンは多い。彼女自身の殺人は結局ゼロのままとはいえ、その契約相手のシンデレラは初日に数人の警官を屠っている。
 そもそもフェアリーテイルを率いていた事実こそが、大きな影響を与える。赤ずきんに桃太郎、水俣病以上の公害を引き起こした白雪姫など、数え切れぬほどの犠牲を出し続けた一連のテロ活動の首謀者。そこにあの歌姫があったとなっては、混乱は音楽界隈のみに留まらないだろう。
 彼女に関連する商品を展開する企業も多い。CM起用によるイメージの都合もある。経済的にもその衝撃は計り知れないのだ。だからこそ、知君と知君の周りのごく限られた人間においてのみ、この事実は伝えられた。知っている者を一から挙げるとすれば、琴割、その秘書官、第7班の三人に、王子。クーニャンはそもそも知らされていたため、伝える必要は無い。他言の心配は無い。何せ彼女が口を利く相手はそもそも、王子と知君、そして大人だと真凜と琴割に限られるせいだ。
 戦時においては奏白ともコミュニケーションは取れる。しかし他の者はと言えば、知君以上に彼女のことを受け入れきれないでいる。それも当然、中国で傭兵として雇われていた頃には仕事として暗殺までしていたのだから。王子とも、打ち解けるまではかなり時間を要した。
 そしてこれは、琴割しか知り得ない事だが、もう一つだけ理由があった。誰も尋ねようとはしないし、気づこうともしていない。けれども、琴割が知君を眺めるその視線に、自分と似た光が時折見えることに王子は気が付いた。信頼できる一人の人間として見ている中に、僅かばかりの陰りが見える。これまで彼に対して行った数々の仕打ちを、悔い恥じて何とか償わねばと義務感を覚えている。
 これはきっと、琴割なりの罪滅ぼしだ。これまで沢山の物を知君から奪ってきた琴割だ。一つぐらい捧げたいのだろう、彼が欲しいと願うものを。血で繋がった家族というものを。琴割にも事情はある。たとえ遺伝学的にあの男が少年の父であることに違いないとはいえ、少年を息子だとは認知できないのだと吐露していた。
 だからこそ、ソフィアだけは失う訳にはいかない。あの歌姫は母親さえ死ななければ、すなわち自分への憎悪が募らなければ、あんな事は決してしていなかっただろうから。きっと知君は、彼女が琴割を怨むのは琴割のせいでないと理解しており、実際そのように告げてくれることだろう。
 だがそれでも、ようやく知君のことを家族だと、弟だと認知した彼女を奪いたくなかった。勝利の余韻に浸ることなく、姉の投獄という結末を辿る弟の姿など見ていられない。病室で、姉の存在に胸打たれていた彼の事だ。またもや肉親と永劫会うことも能わなくなる姿など見たくなかったのだろう。
 幸いなことに、理由は無いのかもしれないが、まだソフィアは人を殺すまでは至っていないはずだ。シンデレラに脅迫されて無理に従わされていたことにして情報操作すれば、元々の地位も相まってむしろ同情を呼ぶ事が出来る。

「にしてもやっぱり、ソフィアとセイラって似てるよな。シンデレラとも似てるのか?」

 赤ずきんや白雪姫はそれほど似ていなかったが、どうしてだろうかと問いかける。フェアリーテイルはその性質上、絶世の美女や息を呑むほどの美少女が多い。男にしたって精悍な男前や、女に間違える程に整った顔の美青年ばかりだ。特に夏休みに浜辺で出会ったシンドバッドなどは、男である自分さえその魅力に酔いしれかねない程の好青年であった。
 多くの守護神は、かつて生きていた人間の魂が転生したもの。しかしフェアリーテイルは、人間のあこがれや夢が意志を持って守護神となったもの。幻想に憧れた人間が、文句のつけようのない綺麗な顔立ちを夢想するのは、当然の帰結である。

「確かに私とアシュリーは似ていますが、特に理由は無いように思えます。アシュリーと私が似ているのは、ですが。彼女とソフィアさんが似ているのはきっと、契約者だからでしょう。私達はどこか自分と似たような人間と契約するものですから。なので、やっぱり私とソフィアさんが似ているのは偶然ですよ」
「俺とセイラは、確かに境遇が似てたもんな」
「ええ、そうですね」

 それと同じように、アシュリーとソフィアでは容姿が似ていた。強いて言うならば、実の母を失っているところも挙げられるだろうか。しかしシンデレラはその後意地悪な継母が現れたのに対して、アシュリーの父は独身を貫いている。
 何にせよ、人魚姫とソフィアが目の色といい、顔立ちと言い、どことなく似た雰囲気を持っているのは全て、セイラが偶々シンデレラと似ていた、というだけの話だ。

「でも王子君、その話は他の人の前ではしてはいけませんよ」

 ソフィアがシンデレラと契約しているのは、この家では彼しか知らない。というのも王子自身、先日知君から直接伝えられて知ったばかりだ。別段彼から尋ねた訳では無い。むしろ知君が、王子には伝えておこうと帰る道すがら伝えてきたことだ。
 その時、衝撃的なはずの事実を伝えられた王子は、別段驚きこそしなかった。むしろ腑に落ちるところの方が大きかった。ああ、だからあの時自分が異質な存在だと彼女は気が付いたのかと、かつて河川敷でソフィアを捕まえた時のことを思い出した。あの時人魚姫と守護神アクセスしたと分かったのはきっと、彼女自身フェアリーテイルとどのように守護神アクセスをするのか知っていたからなのだろう。
 誰にも言わないでくださいねと、知君は言っていた。当然家族にもだ。セイラの存在を一か月も隠し続けた君だから、口は堅いだろうと彼は信頼していた。事実、そろそろそれを告げられて五日ほど経とうとしているが、家族の前でその事を口にした試しは無い。
 その時、玄関の方から錠前を回す音がした。誰かが帰ってきたようだと察する。父と兄とは、フェアリーテイルが現れないとはいえ、通常業務のために出払っている。洋介はもう引退が確定しているとはいえ、引継ぎは多い。母はただ買い物に行っているだけなので、帰ってきたとすれば母だろうな、そう思っていたのだが、予想に反して家の扉をくぐったのは、額に汗を浮かべて慌ただしくしている太陽だった。

「あれ、兄貴仕事は?」
「早退してきた、それどころじゃないんだよ」
「一体どうして」

 ハスイしたと、歳の離れた兄が告げた。その三文字の言葉が何を指すのか理解できず、王子は首を傾げる。その言葉とはより一層に縁が遠いセイラも、今一ピンと来ていない様子だ。
 しかし、太陽がここ最近置かれていた状況を思い返すに、ようやく王子はどのように変換するのかを察した。なるほど、それはこんなに慌てる訳だし、それほど忙しくない今日であれば早退も許された訳だ。フェアリーテイルが過激すぎる影響か、人間による犯罪は控えめになっている。しかも、下手にフェアリーテイル達が刺激したせいで、警官の精鋭が日々ピリピリしながら目を光らせている。並の犯罪者など、片手間で捉えられる程にだ。
 だからこそ最近暇な訳なのであるが、それでも王子は台風の前の凪のような現状に少々呆れてみせた。俺が生まれる時には親父は凶悪犯罪負ったままだったってのに。それでもやはり、平穏な状況で人生の一大事を迎えられるのは微笑ましい事だ。

Re: 守護神アクセス ( No.109 )
日時: 2018/09/18 20:17
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM

「陣痛はどうなの?」
「まだらしい。でも先に破水したんだってさ。もしかしたら生まれるのは明日かもしれないな」
「よりによって明日かよ……」
「明日生まれるってなると死亡フラグみたいだから、できたら今日の内に赤ん坊と会いたいもんだぜ」

 明日の夜には当然、シンデレラとの最後の戦いが控えている。カレンダーを見る。デジタル時計を見る。どちらを見ても、今日は十四日だと示していた。彼女が告げた、約束の刻限まで、もう後一日しかないのだ。
 俺、この戦いが終わったら、娘のことを抱っこしてやるんだ。冗談めかすためにか、太陽はそんな事を口にする。僅かに声が震えていたのは、きっと彼自身娘に出会えないかもしれない恐怖を払拭したかったのではないだろうか。そう思えば、かける声が見当たらなくなる。唇が重い。何と口を開いたものか。
 しかし、一拍遅れて太陽の妻、月子の出産が目前に迫っているとようやく理解したセイラは、不安を覚える太陽とも、喉が詰まったように押し黙った光葉とも対照的に、パッとその顔を輝かせた。

「とうとう生まれるんですね! おめでとうございます!」

 唐突に、向日葵が咲いたように。そしてそれは、不意に上がった花火のように。落ち込んだ空気を明るく照らしてみせた。守護神アクセスを解除して、不意に王子の隣に現れたかと思うと、祝辞を直接太陽に伝える。居たのかと驚きながらも太陽は、しどろもどろにありがとうと口にした。
 それまで息が詰まりそうだったのも忘れてしまう程、その声は軽やかだった。その言葉は暖かかった。闇を振り払うには笑顔が一番だと、言葉にせずとも、彼女自身意図していなくとも、雄弁に教えてくれる。

「そうだな。確かに、こんな時だからこそ喜ばないとな」
「こんな時とか関係ありませんよ、嬉しい事は嬉しいんです。お先が真っ暗だからと、幸せなことからも目を背けてはいけません」
「……うん。悪いな光葉、ちょっと心配かけちまった。とりあえず月子んとこ行ってくるよ。明日のことは明日悩むことにする」
「うじうじするのはよくないもんな。……付いて行こうか?」
「いやいいよ。お前はもっと、他に話し合うことがあんだろうがよ」

 まだ決めきれてないんだろうと人魚姫に尋ねた。太陽の問いかけに、申し訳なさそうにセイラは頷く。仕方ないと太陽は笑い飛ばした。今セイラに強いられた選択は、簡単に決めきれるものでは無い。むしろ、盲目的に、瞬時に決めている方が正気を疑ってしまう。最後の最後まで悩み抜こうとしているからこそ、人魚姫という守護神を自分たちは信用できるのだと、彼女の葛藤を肯定してみせた。

「俺からは何も言わねえよ。光葉からも無理強いさせんなって釘刺されてるからな」

 愛されてるねぇと、出産間近の朗報に顔を綻ばせている彼女を冷やかす。途端にその頬が朱に染まり、俯くと同時に前髪で表情が隠れてしまった様子にほほ笑む。

「うるさいな! 余計なこと言ってないで嫁さんのとこ行ってこい!」
「照れるな照れるな」
「照れてない! 意味わかんねー冷やかしを否定してるだけだ! ニヤニヤするな馬鹿兄貴!」
「はっはは。初めて反抗期っぽいこと言ってきたな」
「怒らしてんのはどっちだよ!」
「俺だわ」
「分かってんじゃねえか!」

 声を荒げ、肩を上下させて王子は吠える。いつしか頭に昇った血のせいで、彼まで顔が真っ赤だ。小学生並に初心な二人だなと、背を向けた後でも笑いそうになってしまう。

「でもありがとな、緊張はほぐれたわ」
「そいつはどうも。いいから早く姉さんのとこ行ってきなよ」
「そうだな、早く二人きりにしてやらんとな」
「閉め出すぞ!」

 怖い怖いと、また笑う。もうそこには、娘と会えるか会えないか、明日無事に全てを済ませられるかに悩む戦士の顔は無かった。娘の生誕を待ち焦がれる、一人の父親の姿があるだけだ。眉間に皺を寄せたまま、月子と合わせるのも忍びない。そう言った意味では、これで不安が和らいでリラックスしてくれたのなら僥倖だ。
 身支度を終えた太陽がまた家の外へ飛び出していき、またもや二人きりになる。さっき太陽に煽られたせいか、顔がまだまだ熱いままだ。セイラの顔を見てしまえば、より一層ひどい事になりそうだからと目を伏せる。
 守護神アクセスしようにも、手を繋げばより一層上気しかねない。
 結局、どうしたものかなと、母親が帰ってくるまでずっとぎこちないまま過ごし続ける二人であった。





 しかし、忘れてはならない。
 たとえ甘い時間を過ごそうとも。
 例え吉報が届こうとも。
 這い寄る魔の手はもうすぐ傍まで迫っている。
 開いた掌は、もう彼らの首筋に触れようとしている。
 それはきっと目に見えない、人によっては柳が揺れているようにしか感じない事だろう。
 しかし着実に忍び寄っている、気づける者だけが気づいている、その細く冷たい紐のような指先が、首にかかった事実を。
 願っても時は止まってくれない。
 異界の王でさえ、時間の流れは拒絶できず、断ち切れず、また、時間から速度を奪うこともできない。
 死を覆せないのと同様に、時の流れも、何人たりとも干渉できないと世界のルールが決めている。

「ねえお父さん、魔王がいるよ」
「急に何のつもりだ」
「ごめんねダディ、ちょっとシューベルトを思い出して」
「そうか。……気の利いた事も言えなくて済まないな」
「魔王討伐もそろそろ大詰めだから、ちょっと緊張を紛らわせたくて」

 魔王とは無論、琴割に他ならない。脳裏に思い浮かべたあの冷たい笑みを、幻想の業火にくべる。現実には当然あり得なくても、苦悶の表情を浮かべた彼の虚像が燃えていく。

「だが、魔王はむしろこちらだと私は思うがね」
「あら、それはどうして?」
「私の目に、灰色の古い柳は映らない。代わりに揺れているのは、灰に塗れたスカートだけだ」
「あら、気の利いたことも言ってくれるじゃない」
「当然だ、君の母を口説いたくらいなのだから」
「ねえ、灰被りの名で呼ばないでくださる?」
「失礼。貴女の逆鱗を失念していた。非礼をお許しいただきたい」
「……いいわ。貴女も味方なのだからね」

 次は無いと釘を刺す。慇懃に男は腰を折り、お辞儀を一つ。その態度に免じてそれ以上引きずるのをシンデレラも控えた。

「アシュリー、明日が『最後』よ。……力を貸してくれるわね?」
「ええ、『最期』まできちんと貸してあげる。何せ私は壊せれば何でもいいのですから。……これまで少し欲求不満だった分も、全部ぶつけてあげる」

 久しぶりに会えるかしら。
 魔法にかけられた姫君は、禍々しく煌く満月を瞼に隠し、その裏に彼女の黄金の瞳を映し出して見せた。

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