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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
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10~ 20~ 30~ 40~

*2*

          † 一の罪 “堕天使斯く顕現す”(後)

「これはこれは、任務の最中お越しいただいて申し訳ない。異端狩り主将、ドゥーベです。此方の隊長は……」
「異端狩りの主将ともあろうお方が直々にいらっしゃるとは恐縮です。ソロモン王より此度この隊を預けられた騎士、イヴと申します」
 数人の部下を伴い近づいて来る筋骨隆々とした壮年の大男に、彼女は挨拶した。
「おお、女性の方がこの人数を率いておられたとは。それにお若いようだけれども……」
 イヴに移ったその視線は、訝しむような目をしている。
「18ですが、それが何か?」
 毅然として答えるイヴ。
「失礼なことを! 隊長はあの聖騎士ローラン様のご息女であられますぞ」
 侮られたと受け取り、仲間も割って入る。
「おお、あの大英雄の……!」
 ドゥーベの顔色が変わった。
「それはそれは、ご無礼致しました。心配するのも無粋というもの。……ゴホンッ、それにしても無理の参戦をお願いして申し訳ない」
「ふふっ、持ちつ持たれつですよ。相手は共通の脅威。王と神と民のためなれば、任務の途上、立ち寄った地であろうと戦うのは騎士たる者として当然のこと」
 凛とした面持ちで返す彼女であったが、一息置いて声色を落とす。
「しかし共闘といっても、実質あなた方の指揮下に入れというわけですよね。手柄も全てそちら側のもの、と」
「何を申されたい……馳せ参じはしたが助勢する気など無いとでも?」
 イヴの物言いに、武骨な面をさらに厳めしくする異端狩り主将。
「敵は討ちましょう。けれども、わたしたちはあくまで王に仕える騎士。地上にあって天使の代行者である異端狩りの部下ではありません。隊の指揮権はわたしにありますし、万が一どうにも危険となれば一存で撤退することもありえる、と表明しておきましょう」
「このっ、女の分際でドゥーベ様に何を……!」
 歩み出ようとした異端狩りの若者を、ドゥーベが黙したまま腕で遮った。
「一報があった魔術師二人は、いわく何も無い宙より悠々と出現しただとか……それが真実ならば空間移動すら可能にする高度な魔術の使い手。あなたも一軍の将。判断は任せましょう」
 その返答に、睨み合っていた両陣営の緊張感が解ける。
「とは言え、ご安心を。今や異端狩りの実力は全盛。この自覚が戦意となり、技が実証する。我々の力が、刃が、誇りが……そう容易く跪くことを赦してはくれません。天使と悪魔の二強であった時代は終わった。今や悪魔と並び、天使に次ぐ……いや、悪魔をも超えし強さに至ったのだ!」
「――悪魔を超えた、とほざいたか」
 その時、空気を裂かんばかりに冷たい声で何者かが呟いた。見渡す限りの軍勢が犇めく場で僅かに一言が発せられただけながら、恰も空から降ってきたかのように唐突で不気味な問いかけに、居合わせた誰もが思わず見上げる。
「ああッ!」
 正面の聳える楼上に、かの者はいた。
「むっ、出たな! 魔術師……!」
 十字架に腰かけている痩身が、背にした紅き月によって闇夜から浮かび上がる。
(この男…………)
 イヴは直感的に強者であると悟った。得物は携えていない模様だが、尋常ならざる威圧感を放っている。なれど、これまで目にしてきた達人たちとは全く別物……任務や訓練で見かけた武芸者の清澄さとは異質の気配。屋根に悠々と佇む漆黒から溶け出したような姿は、恰もこの世に存在していないかとすら感じられる。
「弓、構え」
 ドゥーベの逞しい右腕が掲げられると、弓兵たちが矢を番える。
「おやおや、みなさんおそろいで」
 遺跡の壁を蹴破り、紫煙を吐き出してアモンが現れた。
「今日は酔狂祭かい?」
 彼女が煙草を踏み消して不敵に嗤うと、構えられていた矢が一斉に砕け散る。
「なに……ッ!?」
 狼狽する一同を見下ろし、謎めいた黒衣の若者は詠唱を始めるのであった。
「――“Fortes fortuna adjuvat(運命は、強い者を助ける)”
“Mens agitat molem(精神は大塊を動かす)”
然り、強き信念が強き此の身を突き動かす。何時如何なる地に於いても……!
此れより、此処なる場は万魔殿。地獄の門は開かれた。
さあ……世の闇、其の凡てを――我が手に、再び……!」


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