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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
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*20*

               † 十の罪 “崩壊への序曲” (後)


 降ってきた声に仰ぎ見ると、木漏れ日を背にした痩身が煙突の上に佇立していた。
「結界は破られ、我等の使い魔も感知できなかった。つまり此方を熟知した上で対策してくる相手。何より隠しようの無い強大な波動の残滓……我等が同胞に相違無い」
 華麗に舞い降りて説く魔王。
「……ソロモンめ! 天使に先を越されまいと力技に出たか。こうしちゃおられん、あやつがまたあの子に何かしようものなら……」
「待て」
 長老の面前に立ちはだかる。
「斯様な時こそ、長が谷を護らずして如何する?」
 射抜くような視線と共に言い聞かせた。
「……彼女を守れなかった僕が悪いんだ。僕が助けないと……!」
 小さな拳を握り締める。
「浅はかな、其れは勇敢ではなく無謀に過ぎぬ。貴様が往って何が変わる? 他者を救おうと自ら死に急ぐ……其の行いが本人を傷つけるとも知れず恩を押し売りか、此れは良心ではなく偽善と呼ぶべきであろう」
「違う! 僕は誰も失いたくない、誰一人として失いたくはないんだ……!」
 嘆くように息を吐くと、喚く少年に向き直るルシファー。
「やはり童は分別が無い。其の中に貴様自身を含め忘れておる」
項垂れて奥歯を噛み締めていたデアフリンガーであったが、意を決したように縋り付いた。
「お願いだ。頭ならいくらでも下げるから、だから……アザミを…………」
「此の身を誰と心得る。魔王は何人の指図も受けぬ。貴様らの申し出で動く訳が無かろう」
「えっ」
 少年の双眸が見開かれる。
「……だよね」
 肩を落とすデアフリンガー。
「心得たら貴様は其処で見ていよ。足手纏い故着いて来るでない。無力な己を憎み、自分の身ぐらい護れる様にしておけ」
「すまんのう。行ってくれるか」
「貴様らに頼まれる道理は非ず。ベルゼブブの件で先を越されたこともある、ソロモンはあの童の力を以て此の身に盾突くであろう。早めに始末しておくに越したことは無い」
「本当に、勝てるの……?」
 不安げに見上げる。
「地獄の主が何に臆する。あの者は俺が止める、そう決めた。
――“Qui non est hodie cras minus aptus erit(今日覚悟の出来ていない者は、明日になればさらに覚悟が出来ていない)”
 運命を拒むのであれば剣を執れ! 然すれば貴様の前に戰いと云う道が視えて来るであろう。其の道を、他でもない……己が剣で切り開いてゆくが良い」
 颯爽と去り往くルシファーを清々しい顔つきで少年は見送った。
(僕は今よりずっと強くなってみせる。アザミを守れるぐらいに、あいつを見返せるぐらいに成長して驚かせてやる。だから……ちゃんと帰ってこいよ……!)


「おやおや、もう会うことはないと思ってたのにどうしたんですか?」
 満面の笑みを浮かべ、荒野に金髪白服の美青年が立っている。
「アリオトが命を助けてくれた故、態勢を立て直し、反撃に出ようと……」
「で、戻ってきたと。それはそれは大変でしたねー」
 強張った形相のドゥーベに、微笑んで近づくミカエル。
「……じゃあ死ねよ、負け犬に用はないからさ」
 刺すような眼で睥睨して冷酷に囁いた。
「なっ……!?」
 咄嗟に跳び退いて防壁を張るも、身動き一つも無しに消失させられる。即座に半分となった長斧を構えたが、瞬く間に肉薄したミカエルの貫手が金色の輝きを放ったと思うや否や、吹き飛ばされた。立ち上がると同時に後方へ走り出そうと反転したドゥーベの往く手に、巨大な十字架が次々と現出し、退路を阻む。
「武人を名乗る割に往生際が悪いですねえ」
「う……おおおお!」
 眼前に降り立った絶望へ、異端狩り主将は苦し紛れの一撃を振り下ろした。
「……やれやれ、最後まで呆れたお人だなぁ。そんなやけくその力押しで倒れるようじゃ大天使長なんてやってられませんよ」
 手刀で斬り捨てた大男が崩れ落ちると、ミカエルは半笑いで独白する。
「僕が戦ってきたのは、そんな生やさしい相手じゃなかったのでね――――」
 そう口にし、地平線へと荒涼と続く大地を遠く見据えた。


 静まり返った森に異質な存在を感じる。鳥獣の類ではない。人間、それも武装した複数人。追跡(つけ)られている……そう悟ったルシファーは足を止めた。
「そこで何をしている?」
 茂みより兵士が呼びかける。
「此処にいられて困ることがあるのか?」
「その口振り……生きては帰せんな。かかれ!」
 合図と共に十人程の手下が飛び出した。先陣を切る大男がルシファーに飛びかかろうと跳躍した刹那――――
「ドゥフ……ッ!」
 突如として側方より飛び蹴りを受け、草叢に落下した。脇の林道より姿を現し、出会い頭の初撃で自身の倍は重いであろう巨体を蹴り飛ばした乱入者は、驚くべきことに如何なる早業を使ったのか、着地した時には彼が持っていた大剣を構えている。加えて、その人間離れした曲芸を成し遂げた張本人の佇まいに、居合わせた者たちは驚愕した。信じ難きことに……およそ戦闘とは無縁に見える可愛らしい恰好をした少女である。
「そろいもそろってだるまさんが転んだじゃないんだから……あなたたち、さっきの勢いはどうしたの?」
 あまりの急展開に誰もが固まった。
「お、女……貴様っ、何をしているのか分かっているのか!」
 隊長らしき1人が漸く剣を構え直す。
「で、どうするの? そっちが引き下がらないならこの剣をお借りするけど」
 男性でも扱いが難しい長大な剣を、涼しい顔で二、三度素振りしてみせる彼女。
「ナメやがって……やれ!」
 一斉に押し寄せる男共を舞うようにして華麗に往なし、何れも一撃の元に倒してゆく。それでいて、誰一人として殺めていない。元より重い両刃の大型剣を以て擦れ違い様に刀身の腹で打ち据え、棒代わりに地面へと突き立てて跳び、懐に潜り込んでは柄の先端で急所を突き、たちまちに数人を叩き伏せた。
「信じられん……身の丈ほどもある大剣を横にして扱う女だと……?」
 続々と部下が崩れてゆく光景に、茫然と立ち尽くす隊長。
「残るはあなた1人ね、隊を撤収させなさい」
「見事な猛者っぷりだったが、鈍器で俺には勝てん。殺す気で来い!」
 男は疾駆すると、渾身の力で剣を振り下ろした。なれど彼女の姿は消えている。
「ん……?」
 事態を呑み込むより早く、手にしていた剣が折れ、鈍い音を響かせ転がった。
「なん……あがぁッ!」
 股間に膝蹴りを撃ち込まれ、苦悶の唸り声と共に倒れ込む。
「誰も剣しか使わないとは言ってないでしょう。父が昔よく言っていたわ。剣は闇雲に振り回す為の道具ではないと」
 のた打ち回る相手を一瞥して呟くと、蹴られた脇腹を押さえている持ち主の傍らに、得物を突き立てた。
「いい剣だったわ」
 背後で隊長が起き上がり、よろめきつつ煙玉を取り出す。
「くそっ、増援を…………」
「まずいわ。乗って!」
 一部始終を黙々と観戦していたルシファーの手を強引に引き、兵の誰かが連れていたであろう馬に飛び乗った。
「ああっ、待て!」
 後方の叫びを無視して、鬱蒼と木々の茂る悪路を駆けてゆく。
「お前、真に馬術の心得は有るのか?」
 怪訝な顔で揺られながら尋ねるルシファー。
「わひっ!? びっくりした、いきなり耳元で喋らないでよ。騎士なんだから馬術の類は見習いの時に一通り身に付けたわよ。だいたいなんでそんなに密着してるの……って、どこに手を!」
 身を捩った拍子に肘で顔面を突き上げた。投げ出された勢いで数回転して木の根に叩き付けられる魔王。
「ちょっと、大丈夫ー?」
「腰に掴まった程度で叩き落とすとは……相も変わらず男に縁が無いのか、生娘」
 座り込んだまま口元の血を拭って、駆け寄る彼女を見上げた。
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど驚いて……いやつかまるとこないし道も悪いからしょうがないとは分かるんだけど、あなたからわたしに触れてくるなんてそんな…………」
 口篭って赤面する。
「えっと、別にわたしだって縁がないわけじゃないんだけど……その……」
「何を小声で呟いておる。まあ此処迄走れば問題あるまい」
 ルシファーは、外套を叩いて立ち上がった。
「いくら丈夫とはいえひどいことしたのは謝るわ。まあ何はともあれ、この騎士イヴが通りかかって助かったわね」
「お前の加勢が無くとも斯様な雑魚等一蹴しておったわ」
 小さく吐息を吐くと、イヴは苦笑を浮かべる。
「平常運転ってわけね。でも、ここで魔力を使ったら不都合があるんじゃなくて?」
「如何にも、ソロモンの手先が各所を監視しているに相違無き今、我が身程の魔力発動を見過ごしはしないであろう。して、お前は此の森で何をしていた?」
「キ、キノコ狩りよ! え、その……せっかく休みだから出かけようかなって。あはは」
 訝しげなルシファーの視線。
「なっ、なによその顔はー! そもそも私服じゃなかったら王の手下を妨害なんて真似しないってば」
「お前が女物の服を私用で持っているとはな。妖精より妖精の如き出で立ちであるが、見せる者はいるのか?」
 普段の身体に密着した格好と異なり、微風にふわふわと揺らめく衣を冷めた目で見遣る。
「どうせいませんよー! 悪魔は知らないだろうけど、人間界じゃ森用の服装に似つかわなくても女は森の装いって言うもんなの!」
「……戯言は十分だ。斯様な時に何故一人で山奥を歩いていたのか教えよ」

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