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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
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*40*

                  † 十八の罪 “地獄侯爵” (後)


「……終わった、のか……?」
 眩耀が落ち着き、恐る恐る目を開けて呟くベルゼブブ。幾重にも外界を隔てていた結界はおろか、壁面も派手に消し飛んでいた。出力を抑えても想像を絶する威力。
「とりあえず……助かったみたいだな」
 衝撃で天使たちを操っていた術式が解除されたのか、糸の切れた人形のように悉く墜ちていった。
「――って思うじゃん?」
 アモンが問いかけると、穿たれた大穴より新たな天使が矢継ぎ早に飛び立ってゆく。
「ええええ、そんなのありかよー!」
 肩を落とすベルゼブブとデアフリンガー。
「アタシは残る。若い者は先に行きな」
 そう言って再度、彼女は両腕を硬化させる。
「戰闘天使の大軍に一人では無謀だ」
 アモンを諌める主君。
「もうだいぶ能力を使っちゃったからねえ。この体じゃいつまでもつか分からん――ついてって迷惑になるのは勘弁だが年寄りにも活躍の場が欲しいのさ。アンタはミカエルと決着つけんだろ、こんなトコで魔力を無駄づかいしてる場合か」
「……決して無理をするでない――――」
「――ったく、さんざん今まで無理させといて今更水くさいねー。そんじゃアンタたち、露払いは頼んだよ」
 苦笑いを見せると、彼女は背を向けた。
「おい、待てよアモン。間違っても死ぬなよ。兄上の分もあなたより強くなるって、僕は誓ったんだ」
 アモンの後ろ姿に、デアフリンガーが声をかける。
「買いかぶられんのも癪にさわっから言っとくけどさ、アタシぁ悪魔だよ。悪魔が人のために命を使うなんて聞いたことないだろ」
 振り返ること無く言い残し、戦闘天使たちの待ち受ける元へと羽撃(はばた)いてゆく地獄侯爵。
「……我が盟友は見返りの為に人に手を貸す様な輩ではない」
 呆然と立ち尽くす少年の肩をルシファーが掴んだ。
「寧ろ救った相手が生き延びることがあの者にとって何よりの報いになるであろう。理解ったら先を急ぐぞ」
 名残惜しげに遠ざかるアモンに見入る彼らを連れて、破孔を生じた室内へと降下してゆく。

「――つーわけで、こっから先は一歩も通すわけにはいかねーんだわ」
 不敵な面構えで視野を埋め尽くす敵軍と向かい合うアモン。異様な闘気に危険を察したのか、数体が側方より通り抜けようと散開する。
「おいおい、どこ行くんだい? 楽しもうよ」
 指を鳴らし、大規模な結界で周辺の空間ごと覆い尽くした。
「ごきげんよう皆さん――ここは天空の闘技場。さあ、アンタら全員とこの地獄侯爵アモンのどっちかが死ぬまで出られんよ」
 煉獄の業火にも似た、緋色の魔力光が彼女の近辺に立ち昇る。戦闘天使たちは、押し寄せるようにして襲いかかった。


(ちょっとー。なんでこうなるのよ…………)
 イヴは部屋を見渡して途方に暮れる。
「退屈ですか。少しお出迎えに力を入れ過ぎてしまったかもしれません、兄さんはたどり着けるかなー」
 ティーカップを片手に姿を現すミカエル。
「ずいぶんと規模の大きな兄弟喧嘩ね」
 魔術拘束で後ろ手に縛られた彼女が、しゃがみ込んだまま横目で見遣る。
「僕もあなたと同じく彼が待ち遠しいですが、まだ時間がかかるようですねー。ガブリエルが亡くなって話し相手がいないのも味気ないので、よかったら一緒に暇をつぶしましょう」
「……身動きできなくしといて図々しい物言いだこと」
 微笑みかける大天使長を見上げて吐き捨てた。
「飲みますか? おいしいですよ」
「じゃあこの手をほどいて」
 敵意しか無い顔で要求する。
「拘束をとけばあなたは僕に飛びかかる。身に危険が迫れば法廷で会いましょうなんて悠長なことは言ってられませんね、やむを得ずあなたを斬り捨てるしかない――こんな美人を殺めるのは気が引けます」
「白々しい――――」
 険のある形相で睥睨する彼女。
「解放はできませんが、飲ませてさしあげましょう」
 立ち上がったミカエルが、満面の笑みで近付いて来る。
「……いらないから」
 なおも距離を詰める大天使長。
「ちょ、ちょっと……?」
「――人の好意は受け取るものですよ」
 イヴの顎を掴んで囁く。
「やめてってば!」
 身を捩って拒絶を示すが、彼は手を放そうとしない。
「離して……ッ!」
 背けた顔を正面に向けられる。
「いや、やめて……触らないで!」
「兄さんには喜んで触られるクセに」
 眼鏡越しに嗤い、力を強めるミカエル。
「いやぁ……ッ!」
 脚を跳ね上げて押し退ける。カップの砕ける音が耳朶を打った。
「……天使を足蹴にしたか、この人間風情が!」
 ミカエルは口調を豹変させ、彼女を躊躇無く踏みつける。
「うぅ…………」
「フフッ、おしおきしてあげましょう」
 イヴの頭を壁に擦りつけ、嘲るようにして覗き込む姿は、もはや爽やかな笑顔を絶やさない大天使長とは別人であった。滑るような手つきで頬から首筋へと指を這わせてゆき、彼女の襟元を摘む。
「……十代の柔肌、悪くないですね。それに意外といい身体つきだ」
 舐めるように間近で凝視する妖しげな瞳。
「おねがい……助けて…………」
 涙目で請うイヴ。
「――其の女より離れろ。外道」
 冷たい一声が発せられ、扉が粉々に吹き飛んだ。

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