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*39*
† 十八の罪 “地獄侯爵” (中)
目を回したアザミを抱え、ベルゼブブが矢の如く天を駆け、デアフリンガーに群がる天使たちを一蹴した。
「おわ……ッ!」
投げ出された少女を今度は落とさずに抱き止める。ルシファーに施された宙を泳ぐ術が効いているのか、驚く程に負担が少ない。
「身を隠していよと申し付けた筈であったが」
「ごめんなさい……でもどうしても心配でいてもたってもいられなくて」
「アザミ! それは――――」
雲に降り立ったアザミの四肢があの時と同じように竜化していることに気づき、デアフリンガーが声を上げる。
「うん」
彼女は哀しげに笑うと、張り詰めた表情でルシファーに向き直った。
「……ぼくに、やらせて。ぼくの力なら内部への影響をおさえて防壁を破れる」
「勝算は如何程に?」
銀髪の合間より少女を見据える。
「できるとは言いきれない。でも、今ここで使わなきゃ――――」
死闘の最中にあるベルゼブブとアモンを思い詰めた眼で追いながら、必死に主張するアザミ。
「で、でもさ……! またこの前みたいなことになるかもしれないんだよね? 次も戻れるとは限らないんだし…………」
(――アザミ。そちは人として幸せに生きてゆけ)
デアフリンガーの言葉に、長老の笑顔が脳裏を過(よぎ)った。
「くっそぉおおお! まだまだーッ!」
こうしている間にも、刻一刻と二人は消耗しているという事実に、彼女は薄い唇を噛み締める。
「……ぼく、やるよ。全員で――地上に戻りたい……!」
決意に満ちた眼差しで言い放った。
「アザミは……怖くないの……?」
困惑を隠せないデアフリンガー。
「もちろん怖いよ。でも、ぼくも人として一緒に帰るんだ。犠牲を出さずになしとげる――そうでしょ?」
迷いの消えた声色で宣言し、ルシファーを正視した。
「……フン、よく喋る様になったな」
真っ直ぐな彼女の視線に、内心は嬉しそうな魔王。
「猶予は無い。一分で完遂出来なくば我が奥義を以て突破する」
「良いであろう。心得た」
声を低くして我が物顔で答えてみせ、アザミは大きく息を吸う。
「一、二、三、四、五――――」
ルシファーは一瞬、僅かに口元を弛めたが即座に無愛想な面様へ戻り、淡々と数え始めた。
(……よし……!)
小さく頷くと、竜の爪が顕わになった指で結界に触れる。
「う……っ!」
雷光が奔ったように魔力光が瞬き、弾き返された。
「アザミッ!?」
「大丈夫。大丈夫だから」
デアフリンガーに支えられた彼女は、自分に言い聞かせるようにして大袈裟に首肯する。
「……二十」
無機質に唱えるルシファー。
(落ち着いてやればできる……! 自分の力を信じよう)
再び歩み出て、手を翳す。
「無事か、アモン?」
一向に攻勢が衰えない為、振り向かず呼びかけるベルゼブブ。
「なんとかね。それにしても数が多すぎる……あっちはまだなのかねぇ」
既に第二形態まで解放している彼女の息は、荒くなりつつあった。
「三十」
ルシファーは微塵も勘定を鈍らせる気は無い。
(……あわてずに、少しずつ魔力を流し込むんだ――――)
固唾を飲んでデアフリンガーは、アザミの後ろ姿を見守る。
「……ッ!?」
ルシファーが四十秒の訪れを示すのと、時を同じくしてアザミの身体が悲鳴を上げた。
(もう浸蝕がこんなに…………)
痺れる手足を見ると、早くも肘、膝まで鱗や棘で覆われている。
「五十――」
残りが十秒を切ったことを宣告し、ルシファーは徐に半身を傾けた。
(……ここで折れるわけにはいかない! それでも、生きたいんだ――――)
目を見開き、薄紅の魔力光を帯びてゆく半人半竜の少女。
「ぼくは人として生きる……!」
結界は激しい反発を繰り返すが、彼女は毅然として立ち向かう。
「……五十五――」
突き出した左手に紫の燐光を宿し、その波動に黒衣を靡かせて魔王は告げた。
(……アザミ……!)
デアフリンガーは、息を呑んで翼の生えた小さな背を見つめる。
「くそぅ……限界か…………」
包囲されて背中合わせになった二人。
「――告げる」
莫大な魔力がルシファーの指先に集束してゆく。彼が続く詠唱を口にしようと、双唇を開いた瞬間――――
鈍い音が響き、結界の表面に罅が入ったと思いきや、白光が解き放たれた。明滅する世界。
「う、うぁ……あ……ッ!」
肉体が脈動し、あまりの負荷に頭の割れるような感覚がアザミを襲う。声も出せない程の重圧。幾度に渡り視界が閃く間、爆音が轟いた。