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*3*
彼女がニコニコと笑って俺を見つめている中、俺は何が何やらな状態に陥った。お互いがお互い、特に会話をすることなく数分が経った。さすがにこの状態での会話は無理と感じた俺は女の子にそう提案した。
「なぁ、とりあえず降りてくれない?」
すると彼女は親指を立ててこう言った。
「OKだよ!」
そして女の子は俺から降りる、かに思われた。
「あっ」
間の抜けたような彼女の一言が俺に嫌な予感を与えた。例えるなら小動物が天敵に狙われている事を察知する第六感が働いたかのようなイメージだ。
しかし、その六感が働いたのはほんの一秒前。
「ッ!!?」
気付けば彼女の体は勢い良く俺の上にのしかかった。肺は圧迫され、中の空気は絞り取られハンバーガーのパティのような気分を味わった。
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「さっきはごめんね!立ち上がろうとしたら滑っちゃって!」
両手を合わせてから軽く頭を下げ、何度も謝る彼女。こっちとしては特に気にしていない。なんせ夢の中なのだから。多少は痛い目にあっても死ぬ事はない。
「……気にすんな。だから……そんなに謝らないでくれ。こっちまでなんか辛い…」
俺は彼女と視線を合わせないようそっぽを向いて話す。なぜ合わさないか?当然恥ずかしいに決まっている。
「ありがとう!」
視界の端でパァと表情を広げる彼女に思わず顔が熱くなった。
「よ……よし、これで終わりだ…」
俺は彼女に背を向けて腕を組む。この動作に何の意味があるのかについて聞かれると答えは『ない』だ。
俺の意味不明な行動にクスッと笑って女の子は興味ありげな表情で口を開いた。
「ところでさ、あなたの名前教えてよ!」
おお、女子に名前を聞かれるとは思わなかった。確かに名前を言ってなかったな。
「ああ、俺の名前は……」
その時、口から出かけていた自分の名前が急に出てこなくなった。
と言うより、あったのかさえ疑えるほどに俺の頭の中から消えていた。
「どうしたの?」
不思議そうな表情で首を傾げる女の子。
「ん……ああ、名前が出てこなくって」
名前が出てこない。こんな経験は初めてだ。どんなに嫌な数式を忘れても、どんなに嫌な古典を忘れても、名前だけは忘れなかったのに。
ちょっと気持ち的にヘコんだ俺だが、対照的に彼女は笑みを浮かべた。
「へぇ、私と一緒だね!」
女の子はちょっと考える素振りを見せると、何か閃いたのかハッと表情を変える。
「よし、じゃああなたはテンパ君だね!」
「テンパ……?」
俺がそう返すと、そうそうと女の子は何度も頷く。
「ほらっ、なんか何かあるとテンパッてそうなイメージだから!」
「そ、そうなのか……」
俺、第三者から見るとテンパッてるイメージなのか……。再び少しヘコむ俺だが、ふとこんな事を口に出した。
「お前も……自分の名前を忘れたのか?」
すると、うんと苦笑いをして頷く彼女。彼女がおれの名前を考えたなら俺も考えてやろう…そう思ったが実際人の名前を付けるなんて恥ずかしい。その人の個性がまんま出る名前なんてそう簡単には出ないだろう。
それをあっさりと決めるこの女の子は結構凄いと思う。
俺は顔に熱がこもるのを感じながら、彼女に伝える。
「じゃあ………お前の名前はユメで……どうだ?」
彼女の小さな口が少しだけ開く。ここでドン引きされたら俺のメンタルがやられる。夢の中でも女子にキモいと言われたら発狂する。
言うんじゃなかったと若干後悔しながら、俺は目をぎゅっと瞑る。
その時、
「良いね!とっても可愛い!」
え?
「男の子がこういう名前を付けるのは良い意味で少しビックリしたけどとっても良い名前!」
安堵感の為か膝に手を付け、ため息を吐く。
「良かった…本当に良かった……」
「えぇ!?どうしたのテンパ君!!」
そして、俺の夢はまだ続く。