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僕は夢の中の君に恋をした【短編】 『完結』 番外編更新
作者: 電波  (総ページ数: 15ページ)
関連タグ:  恋愛 ファンタジー 
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10~

*5*


 「え、俺のこと覚えてない?ほら、昨日テンパ君って俺の事呼んでたよな?」

 信じられなかった。彼女とはたった一晩の出会いとは言え、自分にとってはかけがえのない思い出となっていた。自分の悩みを真剣に考えてくれ、明かるげに答えを導いてくれたりしてくれた。

 あの時の受け答えだけでどれだけ俺は救われたか…。

 
 ユメは苦笑いしながら言いにくそうに答えた。

 
 「ごめんね。全然知らないんだ」

 
 心の中で何かが吹き抜けていく。

 いや、仕方ない。これは所詮夢だ。繰り返される夢だ。何でもありなら記憶のリセットもある。


 一生懸命に自分にそう言い聞かせた。


 「いや、こっちこそごめん。びっくりさせたね」


 すると、慌ててユメは両手を使ってそれを否定する。

 
 「いやいや、私の方こそごめんね!覚えてなくて……!」


 その光景を見てると、記憶が無くなってもユメはユメだなって思えた。記憶が消えてもその本質は変わらない。そのことが分かって少し安心した。

 「とりあえず、降りよっか」

 
 「あっ」





 ―――――――――――――――――



 ユメは楽しそうに道を駆け抜けていく。その後ろには俺が追いかける形で走る訳だが、相手は女子なのになかなかどうして。足がとても速く付いていくのが精いっぱいだ。

 「鬼さんこっちだ!」


 あははっ、と無邪気に笑いながらユメはそう言う。


 「くっそ〜なんて足してんだよぉ!」


 俺とユメは今、鬼ごっこをしている。せっかく夢を見ているのだから何かしないと勿体ない。そこでユメが提案したのはこの『鬼ごっこ』である。
 
 最初は、まぁ女子だからハンデやるか…と安易な気持ちで俺が鬼を引き受け、10メートル位離れた場所から追いかけるという感じだった。しかし、いざ始まってみるとユメの脚力は見た目と反してとんでもなかった。

 俺が用意始め、と言った途端に気づいた時には既に数メートル離されていた。唖然とする俺を余所にユメは楽しそうに走って行く。華奢な体をしている割に陸上部顔負けの脚力をして戸惑うが、俺だって負けられない。


 「うおおおおおおおおお!!!」


 女子相手に全力疾走する俺。全く情けない。



 それからどれだけの時間が過ぎたかは分からない。


 結果から言うと俺の惨敗である。


 どれだけ走ってもどれだけ疲れ知らずでも全然彼女に追いつく気配はない。これでは全然勝負が着かない、そう判断した俺はユメに降伏した。

 「いやぁ楽しかった!久々に走った感じだったかな!」


 ご満悦の表情のユメについ笑みを浮かべる。ただ走っただけなのにそんな表情されるとなんかホッとさせられた。


 「また走りたくなったら付き合うよ」

 
 「……うん、ありがとね!」


 すると、彼女の表情に陰りが見えた。最初、なぜそのような表情をするのかと気になった。しかし、すぐにその理由は理解できた。

 
 「あっ、記憶が……」

  
 「うん、テンパ君が言うことが本当なら次の私はあなたを忘れてる……だけど、私であることに変わりはないから誘ってくれると嬉しいな!」


 笑顔でそう言う彼女だったがどこか辛そうだった。そんな表情に俺は見てられず目をつい逸らしてしまう。


 恐らくだが彼女の記憶は一晩経つ毎にリセットされる。前回俺がユメと別れる際、ユメが最後に残した言葉があった。あの時何を言っているか分からなかったが今ならその言葉の意味が分かる気がする。


 たぶんあの時、俺に「さよなら」と言っていたのかもしれない。夢から覚める瞬間、ユメは何かを察してそう俺に別れの言葉を言っていたのかもしれない。
 

 あの時のユメの顔を見ると、心に刺さる物があった。

 
 このままではダメだ、拳に力を込める。


 「分かった。次会ったとき必ずお前と今日みたいに遊びに誘ってやる。けど、お前も忘れることを前提に話を進めるな」


 「テンパ君……?」


 ポカンとするユメだったが俺は構わず話を進めた。


 「絶対思い出すんだ!明日はまた会ったね!って言うんだ!明日もいつも通りに俺の背中に飛び込んで今日は何する?って話しかけるんだ!だから……」


 「テンパ君…」


 「忘れないで……」


 搾り取るように出た声から本音が漏れる。たった二日の出会いだった。たった二日の出会いでなぜこんなにも一生懸命彼女にこだわるのか分からない。けど、彼女には笑っていて欲しかった。


 彼女はクスッと笑うと、

 
 「こんのぉ!」


 俺の頭を両手でクシャクシャとした。身長が俺より低いのに無理して背伸びをして手を頭に伸ばす辺りが少し和ませられた。


 「……」

 言葉に困る俺にユメはこう言った。


 「忘れないよ!」


 「……!!」


 俺から離れるユメは後ろで手を組みながら、続きを言う。


 「だから言ったでしょ!テンパ君の言ってることが本当ならって!もしかしたら嘘があるかもしれないじゃん!」


 確かに、俺の言っていることに嘘があるのかもしれない。そう思わずにいられなかった。彼女は一歩一歩大きく歩きながら振り向きざまにこう言った。


 「大丈夫、また会えるよ」


 彼女がそう言って見せた笑顔は今日一番の笑顔だった。しかし、俺は途中で気づいてしまった。その笑顔は作った偽物であり、俺を気遣ってのものだと…。

 俺は笑顔で返さえずにはいられなかった。あんな笑顔を見せられては悲しい表情なんてできなかった。


 「じゃあ、そろそろ時間だから…」


 そう言って手を振るユメ。俺もそれに答えるよう手を振った。


 「ああ、またな」

 
 ここで敢えてさよならは言わない。次また会うことを俺はユメと約束した。だから、さよならは言わない。


 そしてユメも、

  「うん、またね」


 無邪気に笑いながらそう言った。

 
 
 

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