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*21*
むうです。次回の更新は、4月5日(目安)です。
よろしくお願いします!
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〈――XXside〉
『いとちゃん!』
彼は、うちの全てだった。
お日様のような明るい笑顔と、毛布のようなふんわりとした優しさを持った数少ない友人だった。
『いとちゃん、初主演おめでとう! ホラほら見て、チケット買っちゃった! 文化祭、絶対見に行くねっ』
『いとちゃんが好きなアイドルって、歌い手グループだよね。僕ボカロとかあんま知らないけど、一緒にライブ行きたい!』
『わ、この人の高音、すごく綺麗だね。かっこいいねっ』
無邪気で純粋で、汚いもので溢れている世界を素直に美しいと感じられる性格だ。
嘘がつけないあまり騙されやすく、ヒョイヒョイ友達を作っては裏切られていたけど、それでも本人は笑顔を絶やすことはなかった。
『人間関係って難しいねー』
独り言のように呟いて、何事もなかったかのようにうちの前の席に座って。
教室の窓際。日の当たる席で毎日、猫のように伸びをして。
あまりにマイペースだから、時々彼が同学年なのを忘れてしまう。子供っぽい言動が目立つから、わたしも無意識に弟扱いをしてしまっていた。
―――彼も同じ人間だということをを、頭の引き出しに置いてしまっていた。
友人の表の顔だけを見て来たわたしの眼は、彼が屋上の柵に手をかける寸前まで、その事実を受け止めきれなかった。
『いとちゃん。ごめんね』
暖かい風が吹く秋空に零れた、彼の涙。
わたしは慌てて駆け寄り、自分の小さな右手を友人へと差し出した。
なにかが変わるわけではない。なにかを変えるわけでもない。少女の細い腕では、多分相手の苦しみは抱えきれない。
でも、それでも。
それでもわたしは。
「由比(ゆい)! 早くこっちに来て! ……ねえ、帰ろう! 5時間目始まっちゃうよ! ねえ!」
わたしは、あなたを。
あなたのことが、ずっと前から。
「ぶ、文化祭、見に来てくれるんじゃなかったの!? チケット、一番最初に買ってくれて……。ライブだって当選したのに! も、もうすぐ由比の誕生日だし、一緒に遊びに行こうって……」
ずっと。
「ねえ、由比! 戻ってきて! ねえ!」
ずっと、好きだったんだ。
のんびり生きていたはずのあなたが、最期の最期、『ごめんね』と宙に身を投げ出すその瞬間まで。私はあなたが大好きだったんだ……。
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〈こいとside〉
悪霊が消滅し、捕まっていた宇月サンはドスンと床に尻餅をついた。
「~~っっっ!」と打ち付けたお尻をさすりながら、痛みに暫し悶絶する。
「だ、大丈夫ですか? 怪我は?」
わたしは、宇月サンにそっと右手を差し出す。
彼は申し訳なさそうに笑って、よっこらせと立ち上がり、ズボンの埃を手で払った。
「あー、死ぬかと思ったわ。ありがとうな、桃根ちゃん」
「え? いやいや。あの状況で見殺しになんかできませんって」
あわあわと手を振るわたしを、彼は面白そうに見つめた。
な、なんだろう。顔になにかついているのかな?
そっとほっぺたを触ってみるけれど、別に汚れてはいない。あれ?
「なんで頬っぺたなんか触っとるん?」
「なにかついてたかなと思いまして。なにもついてないじゃん。ジロジロ見ないでくれますか」
「なんやその扱い。ボクはただ、きみが助けてくれたのが信じられなかっただけやで」
助けてくれたのが信じられなかった。それは一体どういう意味だろうか。
つまり、わたしが自分を見捨てると思っていたの?
それこそ、信じられないんですけど? 自分の命を大事にしないとかマジでないわ。
あなた流に言い換えるなら、『自分すら大事にできんのに、他人を見下すとか聞いてあきれるわ』ってことです。
「あー、そういうんやない。あの、なんて言えばいいかな。ええと」
宇月さんは、頬を頭でかき、うーんと首をひねる。
「てっきり、敵視されてるんかと」
そりゃあ、ボロクソ言う人がいたら誰だって警戒しますよ。
でもわたし、神様の血が混じってるから分かるんです。かすかな気持ちの揺らぎとか、息の使い方とか。そういう些細な部分。
「え、なにそれウケるんですけど。わたし、あなたのこと結構信頼してますよー」
「あっははは、マジで?」
「うわ」
「どしたん?」
「あなたもそんな砕けた発言するんですね」
「今時しない人の方が珍しいで?」
宇月さんはその場で「よいっしょ」と伸びをすると、戦闘で乱れた髪を手で整え始めた。
サラサラの髪。すらりとした体型。時折見せるリラックスした表情。
それら全てに、彼の面影を重ねてしまうわたしは、やっぱり馬鹿だ。
「それで、桃根ちゃん」
くるりと振り返った宇月さんは、スーパーで会った時と同じように目を細める。
何もかも見透かしたような、周りから離れて物事を俯瞰で見ているような。
強い眼差しがわたしを射抜く。
「ボクに話したいことがあるんやったな。いいで、聞くわ。遠慮なく言ってみ」
すうっと息を吐く。大事なことほど、しっかりした言葉で伝えたいものだ。
唇が上手く動くかどうかを確認して、声に出そうとした単語が適切かどうか吟味して。
長い長い時間をかけて、わたしは自分の想いを発する。
「宇月さんは、幽霊や妖怪を操れるんですよね。霊能力者は、幽霊の存在を、その目で認識できるん……ですよね」
――いとちゃん。いとちゃんは生きて。もうどっか行ってよ。
――五時間目、始まっちゃうよ。
――文化祭で、ヒロインやるんでしょ、いとちゃん。
「守れなかった人がいるんです。……伝えたかったことがある。言えなかった文句も、いっぱい、いっぱいあって。そいつに、あのバカに、どうしても謝りたいんです。コマリさん達に嘘をついてまで、会いたい人がいるんです。探してほしいんです、あなたに」
死んだらもうそれで終わりだとか。死者は蘇生できないとか。
そんなことはとっくに分かってる。
でも、わたしはこの目で見たんだ。
『死んだらハイサヨナラ』の常識が崩れる光景を、あの時あの瞬間。この目で。
「だからお願いします。わたしに、失った時間を取り戻すチャンスを下さい!!」