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憑きもん!~こんな日常疲れます~【更新停止】
作者: むう  (総ページ数: 78ページ)
関連タグ: コメディ ラブコメ 妖怪幽霊 学園 未完結作品 現代ファンタジー 
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*21*

むうです。次回の更新は、4月5日(目安)です。
 よろしくお願いします!

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 〈――XXside〉

 『いとちゃん!』

 彼は、うちの全てだった。
 お日様のような明るい笑顔と、毛布のようなふんわりとした優しさを持った数少ない友人だった。

『いとちゃん、初主演おめでとう! ホラほら見て、チケット買っちゃった! 文化祭、絶対見に行くねっ』
『いとちゃんが好きなアイドルって、歌い手グループだよね。僕ボカロとかあんま知らないけど、一緒にライブ行きたい!』
『わ、この人の高音、すごく綺麗だね。かっこいいねっ』

 無邪気で純粋で、汚いもので溢れている世界を素直に美しいと感じられる性格だ。
 嘘がつけないあまり騙されやすく、ヒョイヒョイ友達を作っては裏切られていたけど、それでも本人は笑顔を絶やすことはなかった。

『人間関係って難しいねー』

 独り言のように呟いて、何事もなかったかのようにうちの前の席に座って。
 教室の窓際。日の当たる席で毎日、猫のように伸びをして。
 あまりにマイペースだから、時々彼が同学年なのを忘れてしまう。子供っぽい言動が目立つから、わたしも無意識に弟扱いをしてしまっていた。


 ―――彼も同じ人間だということをを、頭の引き出しに置いてしまっていた。


 友人の表の顔だけを見て来たわたしの眼は、彼が屋上の柵に手をかける寸前まで、その事実を受け止めきれなかった。
 

『いとちゃん。ごめんね』

 暖かい風が吹く秋空に零れた、彼の涙。
 わたしは慌てて駆け寄り、自分の小さな右手を友人へと差し出した。
 なにかが変わるわけではない。なにかを変えるわけでもない。少女の細い腕では、多分相手の苦しみは抱えきれない。


 でも、それでも。
 それでもわたしは。

 
「由比(ゆい)! 早くこっちに来て! ……ねえ、帰ろう! 5時間目始まっちゃうよ! ねえ!」


 わたしは、あなたを。
 あなたのことが、ずっと前から。


「ぶ、文化祭、見に来てくれるんじゃなかったの!? チケット、一番最初に買ってくれて……。ライブだって当選したのに! も、もうすぐ由比の誕生日だし、一緒に遊びに行こうって……」



 ずっと。


「ねえ、由比! 戻ってきて! ねえ!」



 ずっと、好きだったんだ。




 のんびり生きていたはずのあなたが、最期の最期、『ごめんね』と宙に身を投げ出すその瞬間まで。私はあなたが大好きだったんだ……。



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 〈こいとside〉

 悪霊が消滅し、捕まっていた宇月サンはドスンと床に尻餅をついた。
「~~っっっ!」と打ち付けたお尻をさすりながら、痛みに暫し悶絶する。

「だ、大丈夫ですか? 怪我は?」

 わたしは、宇月サンにそっと右手を差し出す。
 彼は申し訳なさそうに笑って、よっこらせと立ち上がり、ズボンの埃を手で払った。

「あー、死ぬかと思ったわ。ありがとうな、桃根ちゃん」
「え? いやいや。あの状況で見殺しになんかできませんって」

 あわあわと手を振るわたしを、彼は面白そうに見つめた。
 な、なんだろう。顔になにかついているのかな?
 そっとほっぺたを触ってみるけれど、別に汚れてはいない。あれ?

「なんで頬っぺたなんか触っとるん?」
「なにかついてたかなと思いまして。なにもついてないじゃん。ジロジロ見ないでくれますか」
「なんやその扱い。ボクはただ、きみが助けてくれたのが信じられなかっただけやで」

 助けてくれたのが信じられなかった。それは一体どういう意味だろうか。
 つまり、わたしが自分を見捨てると思っていたの?
 それこそ、信じられないんですけど? 自分の命を大事にしないとかマジでないわ。

 あなた流に言い換えるなら、『自分すら大事にできんのに、他人を見下すとか聞いてあきれるわ』ってことです。

「あー、そういうんやない。あの、なんて言えばいいかな。ええと」
 宇月さんは、頬を頭でかき、うーんと首をひねる。
「てっきり、敵視されてるんかと」

 そりゃあ、ボロクソ言う人がいたら誰だって警戒しますよ。
 でもわたし、神様の血が混じってるから分かるんです。かすかな気持ちの揺らぎとか、息の使い方とか。そういう些細な部分。

「え、なにそれウケるんですけど。わたし、あなたのこと結構信頼してますよー」
「あっははは、マジで?」

「うわ」
「どしたん?」
「あなたもそんな砕けた発言するんですね」
「今時しない人の方が珍しいで?」

 宇月さんはその場で「よいっしょ」と伸びをすると、戦闘で乱れた髪を手で整え始めた。
 サラサラの髪。すらりとした体型。時折見せるリラックスした表情。
 それら全てに、彼の面影を重ねてしまうわたしは、やっぱり馬鹿だ。

「それで、桃根ちゃん」
 くるりと振り返った宇月さんは、スーパーで会った時と同じように目を細める。
 何もかも見透かしたような、周りから離れて物事を俯瞰で見ているような。
 強い眼差しがわたしを射抜く。

「ボクに話したいことがあるんやったな。いいで、聞くわ。遠慮なく言ってみ」

 すうっと息を吐く。大事なことほど、しっかりした言葉で伝えたいものだ。
 唇が上手く動くかどうかを確認して、声に出そうとした単語が適切かどうか吟味して。
 長い長い時間をかけて、わたしは自分の想いを発する。


「宇月さんは、幽霊や妖怪を操れるんですよね。霊能力者は、幽霊の存在を、その目で認識できるん……ですよね」



 ――いとちゃん。いとちゃんは生きて。もうどっか行ってよ。





 ――五時間目、始まっちゃうよ。



 ――文化祭で、ヒロインやるんでしょ、いとちゃん。



「守れなかった人がいるんです。……伝えたかったことがある。言えなかった文句も、いっぱい、いっぱいあって。そいつに、あのバカに、どうしても謝りたいんです。コマリさん達に嘘をついてまで、会いたい人がいるんです。探してほしいんです、あなたに」


 死んだらもうそれで終わりだとか。死者は蘇生できないとか。
 そんなことはとっくに分かってる。

 でも、わたしはこの目で見たんだ。
 『死んだらハイサヨナラ』の常識が崩れる光景を、あの時あの瞬間。この目で。


「だからお願いします。わたしに、失った時間を取り戻すチャンスを下さい!!」






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