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*4*
外に出ると、少し、肌寒かった。
思ったよりは雨は降っていなくて、ほぼ霧のような雨だった。
「どっちやろ……うー、こっちかな。」言うが早い、彼は建物の右手に伸びる道をスタスタと歩いて行った。
急いで後を付いていくと、いきなりピタッと止まって回れ右をした。「ごめんな、やっぱこっちかも。」
え、地元民じゃなかったんすか……。多少不安になってきたが、私には付いていく以外に選択肢はない。他愛のない、すぐに途切れる会話をしながらも歩みを進めた。これは、本当に帰れるのだろうか……?
しかしそれは杞憂だったようだ。何だかんだで彼は物凄く勘が良かった。
こっちかな、いや、こっちかなぁ、とかブツブツ言いながらも、数分ですぐに駅に着くことができた。小さい駅で、どうやら地下鉄のようだ。地上にぽっかりと開いた穴のような入口をくぐり、地下へと続く階段を下った。
気のせいかもしれないが、駅が見えたときらへんから彼の口数が多くなっていったような気がする。彼も私と同じで本当に駅に着けるかどうか不安だったのかもしれない。
階段を下る度にカンカンカン、とリズムのよい音がする。階段を下る靴音がめちゃくちゃ響いているのに、彼はお構いなしに喋り続けた。さっきまでの調子からでは考えられないくらいに喋っていた。けれど相変わらずボソボソと喋るもんだから、何と言っているのかよく分からない……きっと喋り慣れしていない人なんだろう、と勝手に解釈した。
階段を下り終わって、ホームに着いた。やはり喋り続けていた。私の方も慣れてきて、ベラベラと喋った。初対面の人とこんなに喋れたのは初めてだった。
どこに住んでいるのか、何と言う学校に通っているのか、部活は何しているのか。そんな自己紹介的な話題から始まって、いつの間にか視力の話まで発展していたもんだから恐ろしい。
話しているとお互いに、「え?」とよく聞き返した。無理はないだろう。あちらは京都弁で、こちらは東北なまりの標準語で喋りまくっていたのだから。
まぁとにかく、喋りまくった。
私は学校の仲の良い女友達ともこんなには喋らない。どうして初対面の、それも異性の人とこんなに会話が弾んだのか自分でもよく分からなかった。不思議だった。今でも不思議に思う。
まるで、昔から知っている人みたいだった。しかし当然ながら今まで一度も会ったことは無いのだ。
やがて電車がやって来て、二人で乗った。関西と関東では随分と電車の仕様というか、中のデザインが違っていて新鮮だった。
二駅ほどですぐに乗り換え、また新しい電車に乗った。こっちも斬新だった。デザインがカッコよくてびっくりした。なにせ電車の床が黒くて、石畳風のデザインだった。
「なにこれ、石畳!?」
興奮してそう言うと、彼が笑った。「いや、ゴムだと思うけど。」
座席に座ると、やけにふかふかだった。高級感が漂っていた。思わず有料電車なんじゃないかと思ったが、違うらしい。
「俺は毎日これ乗ってるよ。たぶんここらで一番綺麗な電車だと思う。」
隣同士で座った。初め、なんだか照れ臭かったが、数十秒で慣れた。
「今何時だろうね。」言いながら、携帯の電源を付けた。19時ちょっと過ぎたらへんだった。
「え、なにその待ち受け。地元?」彼が私の携帯の待ち受け画面の写真を覗きながら言った。
「うん、地元。こことは比べものにならないくらい景色が悪いけど。」
「ほぅ。よく見せてよ。」
「ああ、いいよ。」
どーせ見てもつまんねぇよ、と思いながらも携帯を渡した。渡した時に、少しだけ手が触れて、温かかった。あ、この人ちゃんと生きてる人間なんだな、と当然のことを改めて認識した。なんだか変な話だが、同じ生きてる人間だという感覚が薄かったので、少しびっくりした。