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*5*
その後はしばらく電車に揺られていた。短いようで、長いようで、よく分からない時間だった。何を喋ったのかあまり覚えていないが、どうでもいいことを喋ったような気がする。あちらもどうでもいいことを喋っていた気がする。
ただ、居心地は悪くはなかった。
確か、別れた駅は丹波駅だったと思う。
別れ際、乗り換えについて詳しく教えてくれた。
電車慣れはしていたのでそんなに説明はいらなかったのだが、彼は電車の色やホーム、電車が来る方向まで全て事細かに教えてくれた。半端なく親切な人なんだなと思った。
やがて電車は速度を落とし始める。もう、ここでお別れか。
「いつ頃地元に着けるの?」
「そうだな……」できるだけ、視線が合わないように私は下を見ながら話した。「日が変わる前には着けると思うんだけどね(笑) なんせ、田舎だからさ。そっちは明日試合なんだろ、頑張ってね。」
「ありがとう。頑張る。」
いよいよ電車は完全に止まって、私は座席から立ち上がった。あまり帰りたくないな、と思った。
「じゃあ。」
「気を付けてな。」ふと目が合って、思わず逸らした。
「大丈夫、ちゃんと帰れるよ。」笑って答えると、あちらも笑い返したみたいだった。
「そっか。元気でな。」
それから少しだけ、お互いに手を振った。その後は振り返らなかった。振り返れなかった。
やがて、目が覚める。
品川駅だった。寝ている間に数時間が経過して、あっと言う間に東京に着いていたようだ。ここからまた、地方への電車に乗り換えて、それでやっと地元に帰れる。
新幹線から降りるとき、他の大勢の人も同じように降りていた。みんな何をしてきて、あるいは今から何をするのだろうと疑問に思った。こんなに大勢の人が、それぞれの予定に基づいてそれぞれ行動しているのかと少し不思議な気分になった。
地元行きの電車に乗った後もまた眠った。寝ていた時の記憶と意識は全くなかった。
数十分後、車内放送が聞きなれた駅名を告げる。まだ眠っていたいと訴える体を無理やり動かして、ホームに降りた。
やっと地元に着けば、もう夜はだいぶ深まって、寒かった。
駅から降りると、なんだかとても懐かしい匂いがした。たった一日地元から離れたけで、こんなにも恋しくなるものかと思った。
暗い夜道に、一人、帰路に着く。
微かに吹く夜風が、ひんやりと頬に冷たかった。
今思えば全て夢だったんじゃないかと思った。数時間前まで、数百キロも離れた地に居たなんて、到底信じられなかった。