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*14*
ぽつり、ぽつり。
頬に水玉がはじけた。雨が降ってきたようだ。
埃くさい蔵の中に、静かに腰を下ろす。蔵の中は暗くて、ときどき、なんだか分からない虫やネズミなんかが壁沿いに走る音が聞こえる。
「苓見……苓見なの?」
蔵の奥から、名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、リトが布団から少し身を起こして俺の方を見つめていた。
「なんだ、起きていたのか。」
「うん。」痰の絡んだ、あまりよく聞き取れない声でリトが頷いた。「鬼は、鬼は捕まえたの?」
「いや。見つけることはできた。でも捕まえるのは無理だった。」
すると、リトはふっと表情を緩めた。「そっか。よかった。」
「………よかった?」
「うん。だってね、だって、鬼を捕まえると捕まえた人も鬼になっちゃうんだって。昔お母さんが言ってた。」
「はははは!馬鹿言え。そんなことあるものか。第一、鬼になるも、なかなか良いではないか。鬼は飢えない、暗闇の中でも目が見える、金や身分からも自由だ。しかも数千の寿命があるそうじゃないか。」
「だめだったら!」ゲホゲホと、咳き込みながらリトが叫んだ。「鬼になんか絶対なっちゃだめだ、苓見は死ぬまで人じゃなくちゃ駄目だ!!」
「わかった、わかったから。もう寝ろ。……夜中にお前の咳で起こされるのはもう御免だからな。」
そう言うと、リトは不満そうに溜め息をつくと再び布団の中に潜った。今は落ち着いているが、日が沈むのと共に、リトの呼吸と咳はいつもひどくなる。
みんなそうだった。咳がずっと続いてから、熱が出て、それからは数日と持たずに死んでゆく。そうやって、この館の人間は一人、また一人と減っていき……残るは、主様と矢々丸、リト、それに俺だけとなった。
主様は昨晩熱が出てしまった。リトもこの有様だ。もうすぐに、ここは無人館と化すだろう。俺も矢々丸も、いつ咳が出始めるか分からない。
ザアザアザアザアザア
蔵の屋根を叩く雨音は、だんだんと強くなってきている。
ふと、着物の折り目を裏返して肩の入れ墨を見ると、入れ墨の模様が変わっていた。前までは絡みついて、一つの塊のようになっていた蛇のうちの一匹が、塊から離れて、腕の方へ伸びている。じっと蛇を見つめていると、若干だが、少しずつ、少しずつ蛇は皮膚の下を這い進んでいた。気味が悪かったが、人の身で、しかも奴婢の身である俺にはどうすることもできない。
……もし、本当に、鬼になれたら。