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*16*
ついに、今日も陽が落ちた。
先程から降っていた雨は強くなる一方で、どんどんと街の温度を下げていく。
この雨のせいなのであろうか。ついに、恐れていたことが起こった。リトの咳がぴたりと止んで、熱が出てしまったのだ。熱が出たからには、もう、死、以外の道はない。ましてや幼子の身である。今晩を越すこともできないかも知れない。
しかし、どうすることもできない。
喉が渇くと言えば水を差しだすし、寒いと言えば火を起こしてやる。
しかし、楽にしてくれ、と頼まれても何もしてやれることは無い。ただただ、慰めにもならない下手な言葉を掛けてやる。それさえも、無駄に思えてきてしまう。
蔵の外で、犬が煩く吠えていて、リトが頭に響くと言うので、黙らせに外へと出た。
ギギギギ……と、重たい蔵の扉を開けると、予期せぬ、不吉な影が立っていた。昨晩、出会った銀髪の鬼であった。
俺の怪訝な表情を読み取ってか、鬼はハハハ、と低い声で笑った。
「若造、今晩はお前の番だぞ。なかなか動かぬものだから、こうしてわざわざ催促しにやって来てやったのだ。」
「人外に用は無い。失せろ。」
すると鬼は困ったように真紅の面を長く、黒い爪でガリガリと掻いた。「そうともいかんて。」
話にならないと思った。これ以上、鬼と関わると余計なことしか起こらないので、蔵の扉を再度、閉じることにした。
「待て待て。お主、病のおなごを助けたいとは思わんか。」扉を閉める腕が、瞬間、止まる。
「と、いうと?」
「話を聞く気になったか。嗚呼、いい子だいい子だ。気付いていると思うがな、今日は八日目だ。即ち8人が今宵の内に殺されなくてはならん。いいか、八日目の今日が一番大事な日なのだ。そして七日目の入れ墨を持つ者はお前だ。もう分かったかな?」
「俺に人を殺せと?ふざけるな、何がおなごを助けるだ。」
すると鬼は呆れたように鼻を鳴らした。
「馬鹿は相も変わらず馬鹿やの。褒美をやる。その褒美があのおなごの病を治すことということだ。うまい話だぞ。」
「……断る。人外の言うことは信用ならん。とっとと失せろ。」
「何故だ?人の紡ぐ言霊よりも、我らの言霊の方が信頼はあるはずであろう。己の私欲の為にすぐに数多の嘘をつく人間よりはな。
人を殺すのが怖いのか?罪深いのか?それならいいだろう、南市の牢獄に行け。そこの罪人衆のうち、明日、処刑が行われるものがちょうど八人おる。全員、一番北の牢に繋がれている。奴らをやれ。どうだ、相手は罪人で、しかも死ぬべき日が少しずれるだけだ。何も悪いことは無かろう。
八人の悪人を殺して、一人の無垢な子供が救われるのだ。良い話ではないか。」
「………」
黙る俺を鬼はしげしげと表情の無い面で眺めた。「まぁいい、ここまでだ。もし今宵、八人が用意できなかったのなら、それはそれでいい。どうなるかは俺の知ったことではない。」
そこまで言うと、鬼の周りから、紫色の煙がしゅうしゅうと出てきて、鬼の姿を丸ごと包んだ。しばらくすると、煙は失せて、鬼も一緒にそこから消えていた。