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*17*
………八人の悪人を殺して、一人の子供が助かる。
あの鬼は約束を守るだろう。鬼は嘘をつけない。そんなことぐらい教えられなくとも知っている。
扉の前で呆然と立ち尽くしていると、後ろから苦しそうな声がした。熱で頭のおかしくなったリトが、もうこの世には居ないはずの母親を呼んでいるのだ。
急いで近づくと、俺の姿を見てリトは擦れた声を精一杯に張り上げた。
「母さま、ねぇ私ね、私、体が重いよ。うまく息ができないの。」ぽつり、ぽつり。まるで喉を絞るように、言葉を紡ぐ。
「阿呆、無駄に喋るな。」
「母さまったら、ひどい。」それでも、苦しそうな笑顔を見せる。
“人を殺すのが怖いのか?罪深いのか?”
ふいに耳元で、鬼の囁く声が聞こえたような気がした。銀色の長い髪が、目の前でちらついたように感じた。
……違う。人殺しだなんて、そんな下賤な存在にはなりたくないだけ。
“何を云う?お前は奴婢だ。綺麗に生きようなど、もとより叶わぬ願いではないか”
“少しだけ、死ぬ日にちがずれるだけだ。少しだけ”
“それともお前は幼子が目の前で苦しもうとも、平気なのかな?”
邪鬼の問いかけが、頭の中で永遠にガンガンと響いた。両耳を塞いでもあの鬼の声ははっきりと、むしろより明確に聞こえてくる。一瞬の間も開けずに。同じトーンで、何の抑揚もなく。
それはまるで、人を狂わす呪いのよう。
だんだんと、正常な思考が侵されていく。
「リト、一刻ほどで帰ってくる。それまで傍にいてやれんが、許してくれ。」
リトは、やっと会えた母親が留守にしてしまうのは残念だったが、強がって微笑み、母さまいってらっしゃい、と小さな声で付け加えた。
………一刻、そんな小さな時間、黙って耐えて見せるんだ。
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