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*9*
「日本書紀……?」
「そういうね、胡散臭い話が腐るほど載ってる面白いものがあるんです。それに出てくるんですよ。ヤマタノオロチっていう八つ頭の大蛇の怪物がね。」
「それは……その怪物は本当に居たのか?この国に?」
「本当に居たかどうか、そんなことはどうでもいいんです。」由雅は人差し指を一本、ピンと立てて、空中にくるくると円を描きながら話し続けた。「昔の人が、そういう話を日本書紀に書いた、つまり後世の人間、私たちにそれを伝えたかった。そういうことが最も重要なことではないんででしょうか?」
「怪物の存在の真偽より、先人の意向の方が重要だ、ということか。」
由雅はフフフと楽しそうに笑った。「面白くなってきましたね。私、こういうの大好きです。」
「人がとんでもない呪いを受けたのかもしれないのに?」……つくづく、恐ろしい娘である。
「別に、土我さんがどうなろうと私の知ったことではないでしょ?最初からアカの他人なんですから。」
確かに、どうして、自分は今の今までこの矛盾に気が付かなかったんだろうか。………どうして、さっき、殺すのを躊躇ったのだろう。どうして、こんなにも同情を求めてしまうのだろう。
「では、どうしてお前は8日前の朝、俺を助けたのだ。」
「おもしろそうだったから、ただそれだけです。……それにね、土我さん、あなた最初の時と随分人当たりが違うじゃない?なんなんですか、その乱暴な言葉遣いは?」
「別にどうこうという意味はない。あの時は太刀をお前に取られていたからな。いい面でもしておかないと返ってこないかと思っただけだ。」……それでなくとも、こいつと話しているとだんだんと口が悪くなるのが自分でもはっきりと分かる。「それでなんなのだ、ヤマタノオロチとは。」
由雅は大儀そうに腕を組み直した。「そんなにヤマタノオロチの話が聞きたいんですか?人にものを頼むときはもうちょっと言葉遣いに気を付けるものです。」
やっと、少しだがこの娘の性格が掴めてきたようだ。どこまでも人を小馬鹿にする、人を苛立たせる、怪奇話が好き、女のくせに文字が読めて頭も良い………おまけに、妙な妖術も使える。まるで歯の立たない女だ。こいつこそ本物の鬼ではないのか。
「で、聞きたいんですか?聞きたくないんですか?」
「………聞きたいが、」
由雅は偉そうに ふふん、と鼻を鳴らした。「そんなに聞きたいならしょうがないですねー。では、この国が誕生したところから始めましょうかね。」
「昔々、境界なんてものは無くて、地の泥も天の雲も同じ靄だった時代。世界が生まれたばかりの話です………