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沙界集/砂漠の彼女
作者: ryuka ◆wtjNtxaTX2  (総ページ数: 12ページ)
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10~

*2*



 ■『夢見る天気予報』




 午前六時。
 空は、青く澄んでいる。


 ……今日の天気は晴れのち曇り、また時々にわか雨に見舞われるでしょう。お出かけになる際は、折り畳み傘を忘れずに!




 
 ○。○。○。○




 今朝、目が覚めると。
 私は、ツバメになっていた。



 「ええええええええーーーっ!!」
 ……と、いう精一杯の叫びも、ただの「ピィー」という小鳥のさえずりにしかならない。

 今居るのは泥でできた標準的なツバメの巣。巣の淵から少しだけ、恐る恐る顔を覗かせて下を見ると、どうしたことか懐かしい学校の校舎が見えた。数年前に卒業したっきりの小学校である。

 ―― ああ、じゃあ私は小学校の軒下に巣を作ったツバメになっているのね。

 一人納得して、ふと目線を上げると、広い空が目に入った。
 ああ、鳥の目に空はこんなに広く蒼く映るのか。

 しかし考えてみれば、どうして自分がツバメになったのか、またどうやってツバメになったことに気がつけたのか、めっぽう検討がつかない。朝、目が覚めると自分の身体はツバメのそれになっていて、それをいつの間にか知っていて、とりあえず少し驚いて、けれど今ではその事実を容易く受け入れている。本当に可笑しな話だ。

 とりあえず空を飛んでみたくなった。そういえばツバメになる前は、一度でいいから空を飛んでみたいとよく思ったものだ。

 翼を広げて、空中に飛び込んだ。不思議なことだが、それはすごく自然なことに思えた。するとタイミングよく穏やかな風が羽根の下に滑り込んできて、身体がふわりと宙に浮いた。そのまま気流の上昇していくのに任せる。見ている景色はどんどん小さくなって、下の方に消えていって……やがて、目に見えるものは四方八方澄んだ青色のみとなった。少し向こうに、白線を引いていく飛行機が見える。

 ふいに、滑降してみたらどうだろうと考えた。きっとどんな乗り物よりも楽しく空を切れるに違いない、だって私は鳥なのだから。もう人ではない、空を掴んだ鳥なのだから!

 いいや、最初から私は鳥であったのかもしれない。今朝、突然ツバメになっていたわけでなくて、きっと初めから私はツバメだったのだ。
 そう、そうに違いない。私は長い間、人間になった夢を見ていたのだ。なんて阿呆な話だろう!私は寝ぼけて人間から鳥になってしまったと思い込んでいたに違いない!

 そんな事を考えながら、遥か地上を目指して滑降を続けた。小さかった建物たちが、どんどん大きくなって目の前へと迫ってくる。全身を切り裂いていくようなスピード感と高揚が、胸元ギリギリまでせり上がってくる。

 地面スレスレ、というところで翼を翻して態勢を立て直した。すると、目の前にランドセルを背負った女の子二人組が見えたので、彼女たちの横を素早く通り抜けた。瞬間、驚いた声が後ろから聞こえる。

 「わぁ見て、今日は雨が降るね!」
 「どおして分かったの?」もう片方の女の子が不思議そうに聞いた。
 「ツバメのお天気予報だよ。」得意気に、そう答える。「ツバメがね、低く飛んでいると雨が降るんだよ。」
 「へぇ〜。」 

 その微笑ましいやり取りに私は思わずにやけてしまった。
 


 瞬間、



 目の前が真っ暗になり、見ていた世界が反転した。







  ○。○。○。○。○



 ピピピピピピピピ、ピピピピピピピピ……

 うるさい音がした。小鳥のさえずりではない。もっと電子的で、煩わしい音。ああこれは確か ――――目覚まし時計の音だ。


 午前六時。羽毛布団の中。
 
 今朝、目が覚めると。



 私は人間になっていた。





 (おわり)



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