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作者: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (総ページ数: 12ページ)
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*3*
■「あーした、天気になーれ!」っていうのも嘘(笑)
「あっらまぁー、乙海ったら岡部と同じ班になっちゃったの?」
放課後、部活終わりの帰り道。
隣で歩いている安藤がいきなりすっとんきょうな声を出した。
「なんだよ、そんなヤバイ奴なの?岡部って。」
「ヤバイ、ヤバイよー。最強にヤバイ。ヤバすぎるわよ。」
何の話をしているのかと言うと、今度の学校遠足の話だ。その準備で今日のホームルームではクジ引きをして、各班のメンバーを決めたのだった。
「へぇ、そんなにヤバイ奴なのか。確かにクラスで浮いてる感じはあったけど。じゃあ岡部のせいかなぁ、みんな居なくなっちゃったの。」
「みんな居なくなっちゃったのって?」安藤が長い髪を乱暴に結いながら聞いた。髪ゴムを口にくわえているので、モゴモゴと聞きづらい声になっている。
「いやぁ、それが聞いてくれよ、ひっどい話でさぁ。うちの班、始めは七人だったわけね。男五人に、あたしともう一人女の子で七人。そしたらさ、その女の子ったらさ、『私、彼氏と横浜回るから班抜けるねー』とか言って居なくなっちゃったんだよ。」
「えー、何それラッキーじゃない。逆ハーレム状態じゃん。」
「待て待て、続きがあるんだよ。そしたら他の五人もさ、『部活の奴と行くから』、とか、『一人で観光したいから。』とか適当なこと言ってどんどん居なくなっちゃってさ、結局最後に残ったのがあたしと岡部だけっていう顛末よ。」
すると安藤がこれでもかというくらいに大笑いし出した。「アハハハハハ、何ソレ最高!乙海と岡部で二人っきりぃ?ちょ、最強にウケるんですけどーギャハハハハハ!」
安藤がバッサバッサと長い髪をまるで何かの武器のように振り回して笑いこけるので、少し距離を取った。「教えろよ、どういう奴なんだよ岡部って。クラス替えしたばっかだしあたし全然分かんないんだよ。」
安藤がゼェゼェと乱れた息を整えながら答えた。「いや、それは違うわよ。岡部のヤバさは去年から学年中に知れ渡ってたんだから。乙海が岡部のこと知らないのは単にあんたが友達少ないからでしょ?」
「うっ……。なかなか痛いこと言うなぁ。」
「あーもぉー落ち込まないでよ、冗談よぉ。可愛いわよ、乙海のそういう案外女の子っぽいトコ。」言いながら、奴は完璧なウィンクを投げかけてきた。どっかの女優みたいだ。
「うっるさいな、勝手にしろや。」少しムカついたのでそう言ってやると、「そこも可愛いわよ。」と安藤に返された。どこまでも腹の立つ奴である。
「ま、岡部がどういう奴だかは身を以て知るといいわ。」
そう言い残して、安藤は分かれ道を左へ曲がって行った。
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そして遠足当日。
私服で来い、ということだったので、特に何も考えずに部活のジャージを着て出かけた。すると、あろうことか駅で偶然出くわした安藤にめちゃめちゃ馬鹿にされてしまった。
「ちょ、乙海ジャージ!?」
「安藤おはよー。……眠いや。」
「じゃなくって、なんでジャージ!? 前言撤回!あんた全然女の子っぽくない!有り得ない!」
「うるせーなーもう。別にどっかのだれかさんみたいに狙ってる男が居るわけでも無いんだよ。汚れてもいい恰好で来たんだよ。」
「汚れてもいい恰好って……小学校の遠足じゃないのよ!」
そんなこんなでさんざん駄目出しされた。あんまりにも安藤が隣でピーピーと高い声で喚くので頭が痛い。脳ミソがガンガン殴られてるかのような気分だ。
それから安藤とはクラスが違うので違うバスに乗り、一人静かに一番後ろの端っこの座席に座って本を読んでいた。遠足というだけでクラスは浮かれた雰囲気になっていて、バスの中は溢れかえったように、嬉々として喋る声で充満していた。
ふと、読んでいる文庫本の端から目線を上げて周りを伺う。するとあろうことか隣の空席を挟んで、例の岡部がでーんと座っていた。
耳にはイヤホンをしていて、携帯をいじっている。なんていうか、全世界を自分自身からシャットアウトしているような感じだった。
……まぁ、かくゆう私も隅っこで本読んでるくらいなのだが。
岡部は、別に見た目は悪くない。というかむしろいい方だと思う。あの安藤でさぇ、『顔は悪くないのよ、顔はー。』と遠回しに岡部の顔のいいことを言っていた。
何も知らない私にとっては、どうして岡部がクラスから浮いていて、避けられているのかも分からなかったし、このくらいイケメンならもっと女子からモテてもいいのではないかとボンヤリと思ったのだった。
現地横浜に到着すると、そこで班ごとに解散となった。もちろん私は岡部と二人っきり。喋る話題も無いし、でも沈黙は辛いしで、とりあえず どこに行こうか?と聞いてみた。
すると岡部は質問には答えずに、少し首を傾けた。「乙海さん、別に俺と一緒に居なくていいんだよ。他の人と行っていいんだよ。」
「え、」少し混乱した。全然ヤバイ奴じゃないじゃないか。「なんでそんな事言うんだよ。」
「だって俺、嫌われ者だし。乙海さんも俺と一緒にいてもいい事無いと思うよ。」岡部は顔色一つ変えずにさらりとそんなことを言った。
「えーでもさぁ、他に行けって言われても行くとこ無いんだよ。あたし友達少ないから。だから一緒に行っていい?」昨日、少しでも岡部やだな、と思った自分が恥ずかしかった。やっぱ根拠も無く人のことを嫌うのは良くない。
すると岡部は少し驚いた顔になった後、笑いかけてきた。
「俺さ、乙海さんのそういうところ好き。」
「はっ?」
一瞬で頭が真っ白になる。好き?え、今好きって言われた?いや、自意識過剰じゃないかなんでこんなんで動揺してんだよあたしみっともないぞしっかりしろうわぁあああああ!
恥ずかしいことに、その岡部の一撃で私の頭は真っ白、体は硬直、顔は真っ赤になってしまった。
「なーんて、嘘。」
「え。」
岡部が急に意地の悪い顔になった。ニヤリと悪魔のように口角を釣り上げて、嘲笑うようにクスクスと小さな声で笑っている。
「こんなんで顔真っ赤になっちゃうなんて、乙海さんも案外女子っぽいところあるんだね。いやぁ、でも驚いたなあ。ジャージで来ちゃうんだもの、やっぱ田舎者全開なカンジだよね。どこ住んでるんだっけ?野菜畑?」
「ちょ、おま、今なんつった!?」
岡部は全く動じずに、再びへらへらと喋り出した。「それにさぁ、乙海さんみたいな変な女子、俺が好きになるとでも思ったの?俺に限らずそんな人居ないと思うけどね。いや、居たとしても余程の変人君だろうねぇ。あはは。」
「ってめぇ!人の些細な乙女心に漬け込んでぬけぬけと!タイマン張ったるかオラァ!!」
「おー怖い怖い。」岡部が薄笑いで私から一歩離れた。「いやぁ、タイマンだなんて、遠慮しときます。俺、喧嘩弱いんだよねぇー。乙海さんみたいなマッチョに殴られたら一発でやられちゃう。っていうか乙海さん身長いくつあんの?デカすぎじゃない?」岡部がわざとらしく私を見上げるような姿勢を取って馬鹿にしてくる。
一番気にしていることをさらりと言われて、さすがにちょっとへこんだ。仕方ないじゃない、勝手に身長が伸びちゃったんだから。デカくなりたくてこんなにデカくなったんじゃないんだから。
「あれ?ちょっと傷付いちゃったぁ?やっぱこんなにデカくても女の子だもんねー、傷付くよねー。」
さらに追い打ちを掛けてくる。確かに、岡部はヤバイ奴だった。安藤の言葉は正しかった。
「あーもういいよ、どうとでも好きに言ってろ。」
「お、さっきの戦闘態勢はどこに行っちゃったのかなぁ?」
そんな岡部の挑発を無視して質問してみる。「岡部さ、あたし以外の人にもそういう風に馬鹿にすんのか。」
「するけど?だからこんな嫌われてんじゃん。……おっと、お説教タイムは御免だよ。」
「別に説教なんかしねーよ。嫌われるの好きなの?」
「うん、大好き。でも俺さぁ、見ての通りこんなイケメンだから死ぬほど女の子寄って来ちゃうんだよね。あ、そうだ乙海さん陸上部だっけ。安藤さんって人、同じ陸上部で居るでしょ?彼女も去年、俺に猛アタックして来てさぁ、面白かったなぁ。だってちょっと馬鹿にしただけですぐに怒っちゃって、泣いちゃったんだよ。彼女プライド高いタイプでしょ、あーゆー奴を虐めるのが一番楽しいんだよねぇ。」
「猛アタック……」まぁ、安藤なら有り得なくは無いだろう。けれど、親友をそんな風に言われてやはり腹が立った。そして岡部をより一層嫌いになった。
なんだかどうしても、このふざけた男を一発ギャフンと言わせたくなってしまった。このままやられっぱなしではどうにも気分が悪い。我が友、安藤のためにもちょっとは反撃したくなった。
けれど、どうすれば岡部にダメージを与えられるのか。人をムカつかせることが大好きで、しかも人から嫌われることに無上の幸せを感じるヤバイ奴。姑息な手段だが、欠点を探してやろうとも顔は完璧に整っているし、身長も決して低くは無い。太っているわけでもないし、ガリガリに痩せているわけでも無い。……悔しい。
そんなこんなで思考を巡らせていると、ふいに、いい考えが浮かんだ。これなら、もしかして岡部を倒せるかもしれない。
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「なぁ、岡部。」
「ん、何?ちなみにこれで質問最後にしてね。俺、君との馬鹿話に付き合ってる暇無いんだ。」
「ごめん、あたし、岡部のこと好きになっちゃった。その憎まれ口も、誰かに取りあえず構ってほしい感じも、全部ひっくるめて岡部のこと、好き。大好き。」
「はぁ? そういうの気持ち悪いよ、乙海さん。うわーキモ、キモッ。」明らかに岡部が動揺した声で答えた。
「なーんてね、嘘。」
「……ッ!」
「っていうのも嘘、だったりして。」フフフ、と勝ち誇ったようにして笑ってやる。どうだ、岡部。この私に勝てるとでも百年経っても思うなよ。「人から嫌われることが大好きな岡部のために、私が全力で岡部のことを好きになってやろう。どうだよ岡部?気持ち悪いか?気分悪いか?それとも実は嬉しいのかな?」
「っ、ふっざけんなよ!俺が嬉しいわけ無いだろ!キモ、キモ、キモ!お前超キモイ!キモすぎて吐き気するわ!」
岡部が明らかに動揺した声と表情で反撃してくるが、痛くも痒くも何ともない。むしろ若干可愛く見えてきたぐらいだから、私ってすごい(笑)
「ははん、確かにお前みたいなプライド高いタイプを虐めるのって楽しいなぁ。おら、ピーピーギャーギャー喚いてないで早く横浜観光するぞ。あはは、二人っきりでデートみたいで楽しいなぁ〜。」
捨て身になれば、次から次へと岡部が嫌がりそうな言葉がひょいひょいと出てくる。
「……きもい。乙海さんきもい。きもい。」
もはや戦闘能力を失った岡部は小さいガキのように キモイ を連発してくる。これは、私の完全勝利と見ていいだろう。
「いくらでも言ったら?あたし人から嫌われるの嫌だけど、岡部に嫌われるの好きだわ。もっとあたしを楽しませてよ?」
それで岡部は観念したのか、その後は、楽しく二人で横浜を味わった。もちろん楽しく、とは表面的な話で、お互いに隙あらば攻撃してやる気満々だった。
中華街でしばらくブラブラした後、赤レンガ倉庫を目指して二人で歩いた。すると途中、予報はずれの雨が突然降ってきた。賑やかな横浜の街も、土砂降りの雨のお陰で台無しである。
「ちっきしょー、天気予報で雨降らないって言ってたのに!」思わず悪態を付くと、岡部が隣で馬鹿にしたように鼻で笑った。
「馬鹿だな、乙海さん。」ここぞとばかりに反撃してくる。「それ、地元の天気予報見たでしょ。ここ横浜だよ?ちゃんと横浜の天気予報見たの?」
「あ……。」
ショック。こんなところで揚げ足を取られるとは。
あーあ、と思って灰色の雨降る空を見上げていると、ふいに視界が遮られた。岡部が傘を出したのだった。
「あれ、岡部どっから傘出したの?さっきまで傘なんか持ってなかったじゃん。」
「ちゃんと見なよ、これ折り畳み傘だから。馬鹿な乙海さんと違って俺はちゃんとこっちの天気予報調べてきたからね。雨が降ることぐらい分かってたさ。」
お、ここに反撃のチャンスあり。
「マジでー!岡部ありがと〜。岡部と相合い傘なんて夢みたいだなぁ。」
「気持ち悪。でもその攻撃パターンそろそろ飽きてきたんだけど。」
「どこまでも可愛い奴だな。でも天気予報しっかり見てくるなんて、岡部ったら案外あたしとの遠足楽しみにしてたんじゃないのぉ?可愛いなぁもう。」
岡部がパッと傘を持ったまま、私から離れた。
「この、自意識過剰女!自分が濡れるの嫌だから調べたんだよ、楽しみにしてなんかねぇよ、むしろ怠いぐらいだ!」
「ちょっとー、傘ん中入れてよ。濡れちゃうじゃん。」ザァザァと、雨が脳天を叩きつけてくる。
「嫌だ、絶対入れてやんないからな!そこで濡れてろバカ女!」
そう一声叫んで、岡部が逃げるように走り出した。
その後を、つかさず追いかけた。私の足音に気が付いて、走りながら振り向いた岡部が ギャーッ! とか叫んで更に逃げるが、そんなの構わず更に追いかける。相手が男と言えども、陸上部である意地をかけて、帰宅部には負けたくない。ひたすらに岡部の背中を追い続ける。
何でったって、そりゃあ岡部の嫌がる顔が見たいから(笑)
(おわり)