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*3*
六月。
快晴。最近全く雨が降っていない為、土が乾き過ぎて剥がれ砕かれ、粉のようになっている。
「気持ちーね」
「そうだね」
木陰で風が吹けば、少し涼しい。日光が木の葉に透けて、透明な薄緑色の空気の中。肌の表面を軽く、焼くような日光が芝に反射して、夜空の大きな星の様だった。
乾いた無音の中、彼女はふと口を開いた。
「海の向こうは、もっとあついんだって。お母さんが言ってた」
「君は、行った事ないの?」
僕の問いに、彼女は首を傾げる。初めは漫画で見るような、可愛らしい角度だったが、徐々にホラー映画の様になってきた。
二ヶ月の付き合いで分かったが、彼女は記憶を漁ったり、物事を考えたりする時、首を傾げる癖があるようだ。それも、考える度合いによって角度が変わる。今回は、今までに無いほど考え込んでいた。
別に、そんなにまでなるような質問では、無かったと思うのだけど。
十数秒掛った後、首の角度はそのままで、彼女は言う。
「きっと、無いと思う。……多分」
途轍もなく自信無さ気な、言葉だった。
「赤ちゃんの時に、行ってるかもしれないけど」
なるほど。憶えていないのか。
「お兄さんは?」
次は彼女が、僕の方を見て問うてきた。
彼女の言葉に、瞼を下ろして過去を振り返る。
「そうだなぁ……」
暗闇に散乱する虹色の粒が、徐々に景色を模っていく。
六月の今日。五月の曇天。四月の桜色。
そして三月の――。
「――お兄さん?」
彼女の声が、目の前の景色を砕いた。
景色の欠片が、再び虹色の粒に戻る前に、目を開く。
「……泣いてるの?」
頬を手首で拭うと、濡れた感触があった。無意識の内に泣いていたらしい。
目の前の彼女は、とても心配そうに僕を見ていて。
『……痛い?』
「……大丈夫だよ」
ふと重なって見えた過去と、同じ答えを返した。