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be there *完結*
作者: 花音  (総ページ数: 23ページ)
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10~ 20~

*2*

 期末が終わったら衣替えをしよう、どうせ普段は制服しか着ないんだから、とのんびり構えていたせいで、パイプハンガーにかけられた上着はこの暑さに参ってしまいそうなものばかりだった。そろそろ夏服も取りに行かないと……いや、この際だから安物を見つけて買い込んでおくか。いちいちあの目の回るマンションに取りに行くのも面倒だし、たまには生活費以外の金を遣ってやらないと面倒臭い男から「金銭的に切迫してませんか?」などと言って、これまた目の回りそうな額が通帳に入金されそうだ。

 夏とはいえ肌を晒すのが好きではないので、Tシャツの上にフード付きのパーカーをはおった。下はお決まりのジーンズ。装飾品は持ち合わせていないので財布と携帯で終了。財布を持つ習慣がなかった僕は遊びに行く時でさえ財布を忘れた経験がある。「お前ってかなり天然だよな、サザエさんみてぇ」と友人に大爆笑されたっけ。
 おっと、余談に耽ってる場合ではない。待ち合わせは6時。急がないと。
 食器棚にしまってある本の形を思い出して、心の中で「すぐ戻るよ」と呟いた。




 待ち合わせは僕たちの通う西宮(にしのみや)学園のある駅前。新宿で待ち合わせすれば?という橋場さんの案を蹴って僕が提案した。人の密集した中で誰かを待つなんて既に気が滅入りそうだったから。快速を使えば15分で新宿だし、みんな定期あるからその方が楽だし。
 あの日――殺し屋をやめてから一度も足を運ばなかった新宿に、僕は違う世界で生きてきた友人たちと戻ってきた。相変わらずの人・人・人……。それでも誰かと一緒に歩くことがなかったこの街は、左右に仲間がいるというだけでこんなにも視界が違うものなのだろうか。歩調を合わせ、試験の答えや夏休みの予定などを喋りながら人ごみに隠れることなく、むしろ同調して歩く。ビルの隙間やターゲットを睨むことなく、まだ日の高い街を歩く。そんなことが出来たことに感謝したいくらいだ。
「西島、ダーツやったことあるか?」
 頭上から朝日奈(あさひな)の声。バスケ部で次期キャプテンと囁かれる彼は僕より頭1.5分ほど高いので、いつも天から声をかけられた気になってしまう。ちなみに彼の隣りにいる男もまたでかい。こちらはバレー部の有力選手で滝沢由(たきざわ・よし)と言う。親が漢字を付け忘れたかのような簡潔さが、逆に本人は気に入っているのだとか。
「ないよ。朝日奈は?」
「片手で数えるくらいだな。難しいけど、ハマるぜ?」
「ふぅん」
「身長とリーチがある割にはコントロール悪いよな、朝日奈は」
 今度は左から桜井女史の声。何でも2年連続のクラス委員長をしているそうで、みんなから『女史』と呼ばれている才媛だ。
「コントロールが悪いって……バスケ部のエースに言う台詞じゃないよ、女史」
 僕と朝日奈を飛び越えて滝沢が口を挟む。
「ボールとダーツの大きさが違うせいもあるんだろう。それにシュートは下から上に投げるしな。ダーツは垂直に投げるのがコツだ」
「へぇ?女史もダーツやるんだ」
「しーさんはね」と橋場さん。こちらは名前を呼ぶ。「剣道で一点集中を狙うのが上手いんだって言うんだけど、距離が足りないんだよね」
 こちらは腕力の問題か。
「ユイ」は、橋場さんの名前だ。「君は腕力も距離もコントロールもない」
 全員で大爆笑した。
 歌舞伎町を中央まで進んでいくと、6階建てのビルが目の前に現れる。確か昔は各フロアでカラオケだのボウリング場だのがあったと記憶しているけど、統合したのか別の会社が丸ごと買い占めたのか、全フロアを自由に移動できるアミューズメントパークに変身したらしい。  入り口は1階の正面。ここでビルに入場する時間を決めてチケットを購入するのだそうだ。ただし時間になっても店員が教えてくれる訳ではなく、退場する時に延長料金を払うシステムらしい。つまり、うっかり遊びすぎても困るのは客ってことだ。どうせ延長するのは判りきっているので、手っ取り早く1時間のチケットを購入して学生証を見せて終わり。最近は未成年者の喫煙や飲酒に店側も苦労しているみたいだ。昔は平気で学生みたいなグループに酒を提供してたような気がするんだけど……。
「何から遊ぶ〜♪」
「ボウリングやりたい」と僕。
「いきなり疲れるモノからかよ〜」
 滝沢が呆れたように笑った。……疲れるのか?ボウリングって。
 ボウリングがやりたい、と言ったのは別にボウリングが上手いからとか好きだからとかではない。やったことがないのだ。一度も。以前に食べ放題を体験したことがない、と言ったらみんなから驚かれたのでボウリング未経験ということは敢えて伏せておこう。
「でも、最近テストで部活も休みだったし、体動かした方がいいんじゃないの?――僕と橋場さん以外は」
 朝日奈はバスケ部、滝沢はバレー部、女史は剣道部に所属している。帰宅部なのは僕と橋場さんだけだ。言われた3人は「確かに……」とそれぞれ納得してくれたようなので、最後に橋場さんにも尋ねてみる。
「別にいいよ。基本的に何から遊んでも。珍しいね、西島くんから遊ぶものリクるの」
「内緒なんだけどさ」小声で「ボウリング、やってみたくって」
「……もしかして、それも初体験ってやつですか?」
 

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